無責任賛歌
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きれいに晴れ渡った空。 公演日和、なんて言葉はないが、雨に祟られた去年に比べれば、格段にツイている。問題はお客さんが来てくれたとしてもそれに見合うだけの芝居を見せられるかどうかだが。
しげとよしひと嬢、昨日も余りよく寝てないだろうに、朝から会場のぽんプラザへ。今回、会場とムチャクチャトラブルがあったとかいう話で、しげもよしひと嬢も朝っぱらから機嫌が悪い。ストレス溜まるのは分るけれど、それをうまく回避してこその劇団運営である。話を聞く限り、みんな揃ってアチラに手玉に取られている感じで、情けないったらない。 しげは私に「アンタを交渉に行かせればよかったかな。クレーマーだし」とかこきゃあがるが、私ゃ趣味でクレームつけたりゃしないぞ。 例えば、修理に出したビデオデッキの故障が直ってなかったり、郵便物が時間指定通りに届かなかったら、文句言うのは当然だろう。文句をつけなかったら、代金だけ取られてデッキは壊れたままだし、郵便物は送り主に送り返されてしまうじゃないか。
今回、会館の受付がきちんと説明をしてないために、一部機材などを使うのに支障を来たしたというのだけれど、みんな唯々諾々と会館の理不尽に対してペコペコ頭下げてるのな(--#)。 ……いや、頭を下げることが悪いとは言わない。 相手がアタマ下げただけで上機嫌になる程度のお寒いメンタリティしか持ち合わせてないってんなら、それも一つの方法だ。話を聞く限り、所詮はお役所仕事しかできない、経営者として使い手の便宜とか、図ってやろうなんて当たり前の対応すらできないやつららしいし。そんなのといちいちケンカしたってなあ、と判断したのも分らなくはない。 アチラにもどこの馬の骨かわからない劇団に会場を貸したくはないっていうのはあるんだろうな。以前ホリゾントに穴をあけられたって話だから。 けど、それをやったのウチじゃないんだぞ。 そこで、ハイそうですか、と納得したら、ウチもそんな唐変木と同レベルだって自分で認めたことになるんだぞ。それでいいのか。 せめて「負けて勝つ」くらいのことは考えてもいいんじゃないか。「負けて負けて」どうするかね。
私はこうたろう君を迎えるために、福岡空港へ出発。 地下鉄の駅を上がって、到着口まで、100メートルは歩く。……長いよ。 スカイマークで11時10分に到着とのことだったが、5分ほど遅れる。 去年、私が東京に行った時には天候不順とかで1時間くらい遅れたのだけれど、今回は理由が解らない。案内嬢さんに「何か事故でも?」と問い合わせた途端に飛行機到着のランプが掲示板に点る。 ほどなくこうたろう君が降りてくるが、荷物がない。 「手ぶら?」 「ああ、今日は土産はないよ」 誰も要求しとらんわ(^_^;)。……って、前回東京に行ったとき、こうたろう君からはたっぷり土産を頂いているので、ここで更に土産を期待したりしたら、それこそ人でなしと言うものであろう。
公演にはしばらく間があるので、それまで博多の町をこうたろう君を連れてムリヤリ観光。と言っても、あまり会場から遠くへ行くわけにはいかない。 まずは腹ごしらえと、博多駅で降りてキャナルシティへ回るが、アテにしていたラーメンスタジアム、どこも行列状態。 仕方なく、食事は川端に回ってしようと、コンコースを辿る。実はその途中に今回の公演会場の「ぽんプラザ」がある。 「『ぽんプラザ』って、ヘンな名前だと思ったら、水道局だから『ポンプ』ラザなのか!」 こうたろう君、驚くと言うより笑っている。確かに、お世辞でもセンスのいいネーミングとは言えない。まあ、役所にとんがったセンスを求めても仕方ないけどね。ダサイくらいがちょうどよいのだが、演劇の会場としてはまるで似合わない。ちょっと中を覗いてみても、全くの「公共施設」なんだもの。 けれど、どういうわけか、表のどこにもチラシが貼ってない。これじゃここで公演があるって分らないのじゃないか。 「せっかくだから、みんなの様子、覗いてみる?」 私が口にする前に、こうたろう君に誘われて、会場の4階に上がる。 うわあ、受付も入口も、てんで殺風景で、まるで演劇を上演するような感じじゃないなあ。……って、見た目、倉庫のドアじゃん。 ちょうど、待ち合いのところで、赤ちゃんをあやしながらチラシを折っている愛上嬢と会う。 「あらあ! お久しぶりですゥ!」 私とこうたろう君の両方への挨拶だろうな、これ。 そう言えば、殆ど前回の公演以来かな(間に一回くらい遊びに来たかもしれないが忘れた)。けれど相変わらず喋りのテンションが高い高い。 でもって、愛上嬢、とても二人の子持ちにゃ見えないくらい若い。もうハタチも半ばを過ぎてるくらいだろうけれど、赤んぼ抱いてなきゃ10代にだって見える美人さんだ。……羨ましいぞ、鈴邑君(←旦那さんね)。 しかし、ウチで一番演技力のあるやつが二人の子供の子育てに忙殺されてるんだから、もったいないったらないんだけど、どうもご本人もそう思っているらしくて、散々今回の役者に関して愚痴を言う(^_^;)。コラコラ、愚痴を言うのは私の仕事だ。 この子も、もう一回くらい、チョイ役でもいいから舞台に立たせたいんだけど、生活のことを考えると難しいんだよね。ウチ、一応、人材がいないわけじゃないんで、練習する時間と各家庭の経済状況さえよければ、もっと、人が見ておもしろがれる芝居が作れると思うんだけどなあ。 会場内をちょっと覗いて、その狭さに唖然としながら、腹が減って来たので、食事に出る。
こうたろう君と「かろのうろん」で昼食。 彼は肉とじ、私はしめじとじを食べながら、「博多のうどんの腰は『伸び』があるんだよ」などとウンチクを垂れる。例の『博多学』の中に、「博多のうどんは腰がない」と書いてあるけど、それは「福岡のうどん」だ、と注釈をつける。ウンチク聞きながらの食事って、あまり楽しいものではないだろうが、こうたろう君、美味しいと言って食べてくれる。ありがたいことだ。 櫛田神社を突っ切って、「博多ふるさと館」で博多織の実演を見る。ここは小さいところだが、時間がちょうど合えば、博多人形造りなどの実演が見られて、観光の穴場になっているのだ。しかも日曜祝日に来ても殆ど混んでいないのがいい。 「爺ちゃんの家がこんなだったからなあ。ほら、この引き戸の木が擦れる音が好きだったんだよなあ」なんて、こうたろう君を置いてきぼりで懐旧に浸る私。……職人の家に生まれると、どうしてもこういう昔の「生活臭さ」ってヤツに惹かれてしまうんだよね。 今日がちょうど「母の日」であったことにも気づいて、萬行寺に寄って、母の墓参り。そう言えば今年はまだ墓参りもしてなかった。もっとも、カーネーションの一つも持ってきてないんだけれど。 こうたろう君に「悪いね、無理やり付き合わせちゃって」と謝ると、「いや、以前、お世話になったから」と言ってくれる。ううう、こんちくしょう、私を泣かせようって算段だな。く、くそう、な、泣いてたまるかよう。 天神まで足を伸ばして、福家書店でオタク本など漁る。 買うつもりはなかったのに、気がついたら雑誌や単行本など数冊購入。 ベスト電器LIMBのテラスでひと休憩。ついまたDVDを買いそうになり、こうたろう君に止められる。いかんいかん、また悪いクセが(^_^;)。 夕方近くになって来たので、川端通で「焼きカレー」を食べて、ぽんプラザへ舞い戻る。これもこうたろう君、美味いと言ってくれてホッとする。
しかし、開演前2時間、もう4時になろうってのに、やっぱりチラシの一枚もオモテに貼ってない。リハーサルや調整に時間がかかってるのは分るけれど、聞いてみると受け付けも愛上嬢しかいないそうだし(子連れに受け付けさせてどうする)、準備がデタラメ。 しげの話だと、チラシはここの管理人に渡して貼ってもらうように頼んでたそうだが、未だに貼ってないってことは忘れられてるんじゃないか。仕事してねーぞ、ぽんプラザ。 仕方なく、私とこうたろう君で手分けして、一階、二階の入口と、4階の出入り口に、チラシをベタベタ貼りまくる。 受付にも愛上嬢だけを座らせておくわけにはいかないので、私とこうたろう君で座って待っている。……芝居の公演の受付が四十男二人ってのはいくらなんでもマズいと思うぞ。塩浦嬢とかが当日だけでも来てくれりゃ、受付くらいなんとかなったんだろうけど、あの子も貧乏で来られなくなったらしいし。 コヤの中では、鈴邑君が演出そっちのけで舞台の指示を取りしきっている。本来なら、舞台監督がそこまで出しゃばるのは、指揮系統の面から言ってもあまりいいこっちゃないんだが、演出より舞台監督の方が実力があって実質的に頼りになるんだから仕方がない。タイムテーブルを確認しているあたり、堂に入ったものだ。 ああ、お手伝いに見学だけだったはずのラクーンドッグさんや、つぶらや君のお友達も三人ほど走り回っているぞ。でも、本来の劇団員である「彼」の姿はない。年に1回しかない公演だってのに、事前に休みが取れなかったのか。そんなに職場での立場がないのか。 だからみんな、芝居をやれる態勢作ってから、公演打てよなあ!
……と、内心、準備の不手際にイライラしてるのは私だけではないので、口には出さない。私の仕事は撮影だけなので、それに専念するだけである。 「メイクが遅れてる!」なんて声が聞こえたが、気のせいだろう。
いよいよ本番。
今回の芝居は2本立てである。 『HERO』は、よしひと嬢の脚本、主演。 私以外の脚本を上演するのは初めてなので、これが試金石になって、ほかの人たちも脚本を書いてくれることを望んじゃいるんだが、どうなることか。 あるシナリオライターの男の妻が殺人を犯すのだが、彼女は「これは『正義のヒーロー』がこの女の体を借りて、悪を倒したのだ」とトランス状態で語る。 その殺した相手というのが男の不倫相手なものだから、果たして、妻は本当に「ヒーロー」に体を乗っ取られたのか、それとも、これはすべて妻の演技なのか、はたまた妄想なのか、真相がが分らないまま終わる、というのが、つまり「リドル・ストーリー」としての効果を狙っているわけなのだが、ドラマとして、そこで終わっちゃうのはチト弱い。 本当は、そこまでをもっと凝縮してムダなセリフを省いてプロローグにして、不倫相手の死体をどうやって誤魔化すか、というドラマに仕立てた方がずっと面白くなるんだけれど、そこまで練り上げるのは時間的制約もあって難しかったのだろう。 それならばそれで、芝居にメリハリを付けて、途中、ダレさせないようにしなきゃならないのだけれど、ともかくみんな揃って下半身の動きが弱い。 あのなー、愛人がよー、男を責めるんならよー、抱きついて、腰に手を回してキスして、甘えてるように見せかけながら「アンタ、離さないから」って絡みついて見せるくらいの情念ほとばしる演技見せなきゃ、観客はリアルさなんて感じてくれねーよ。 芝居やるなら、その程度の度胸はつけろよ。
『ねこまん』は私の脚本なので、演技や演出を貶すと、責任を役者に転嫁するような形になっちゃいかねないので言いにくいのだが、それでも客観的に見れば、あちこち穴だらけなのは否定出来ない。 やっぱり、ギャグなのにセリフとセリフの間が徹底的に悪い。 客に絡む脚本を書いているのに、役者が客を無意識のうちに怖がっているのが分る。これはイタイ。 しげからもらった原案は、「猫だと名乗る女が現れる」だけだったので、それをマンガ家の設定にして、編集者との四角関係に仕立ててギャグにした。ヘタクソな歌詞も交えて、ミュージカルっぽくしたのは、クレージー・キャッツ映画へのオマージュである(植木等よりも、人見明のセン)。 だから、歌い手は客に絡まなければ(実際に客にしなだれかかったりしなくても、心理的に絡んでくれりゃそれでOKなんだが、それもなかった)この脚本はギャグとして成立しないんだけど、そこに演出もキャストも気づかなかったのかなあ。 笑いが好きなら、みんなもっとコメディ見ろ。昔のも今のも。「趣味に合わない」とか「面白くなかったら損」とかいう発想は、役者には厳禁だ。そんなお高く止まって取り澄ましたような態度で、人の心を動かせるものかどうか、考えてみればいい。
私が言わなくても、お客さんは正直である。 三十人ほどのお客さん(例年、こんなものだ)のアンケート、今回はいつもの不条理劇でない分、役者の技量不足をストレートに批判した意見が寄せられていた。……ホンがつまんないという意見はなかったから、どうして笑いがイマイチ起きなかったのか、自らの演技力不足に大きな原因があったのだと、役者諸君はキモに命じておくように。 私は私で、自分の脚本の欠点については、誰に言われなくても自己批判しとくからよ。
それでもこうたろう君、しげの演技を誉めてくれる。 「いやあ、舞台映えしてるよ。一番生き生きしてたし。やっぱり、たくさん映画や舞台見てるのが強みだね」 望外の誉め言葉だなあ。 しげの役は化け猫なんだけども、もともと無表情で、どんなにブリっ子して見せても、目だけは笑ってないやつなんで、普段でも見ていてどこか怖いのである。その辺の「凄み」が自然に出たってだけだと思うけどね。 けれど、痛む足をそれと感じさせないように演技して見せたこと、これだけは誉めていい。役者なら当たり前のことだけど、その当たり前もできない人間って、この世の中に多いからさ。
撤収はいつものごとく、混雑を極める。 其ノ他君の小道具のギターがどこかに行っただの(あとで置き忘れていたのが見つかる)、セット代わりのポリ袋の捨て所がないだの(手分けして持ち帰ることに)、お手伝いさんが「ミスが多かったから」と電車代をもらってくれないだの(ムリヤリ持たせた)、しげが痛む足をかばって、ギックリ腰になっただの(あほ)、いろいろあったが、なんとか終了。 片付けのときだけやってきた藤田君、荷物が揃ってないってんで「誰かチェックしてなかったのか!」とか文句垂れてたけど、チェックしてて見つからないから、困って探してるんだよ。トンチンカンなこと言ってる暇があったら、自分で探せ。
しげとよしひと嬢は、一足先に帰宅。 よしひと嬢、ロドリゲスの助手席には、ベスト電器から借りてきたプロジェクターが鎮座ましましているので、仕方なく荷物でいっぱいになった後部座席のスキマに挟まるように運ばれていく。 「警察に見つかったら、人形のフリをするように」 誰ぞがそんなこと言ってたけど、そりゃムリってもんでしょ。 こうたろう君と、ようやくラーメンスタジアムが空いてきたので、「博多一黒丸」でチャーシュー麺。オーソドックスな味で、それほどしつこくなく、悪くない。今日の公演のことなど、乾杯しつつ(私は水だけど)語る。 「やっぱり、芝居をするってだけじゃなくて、その先に何があるかを見なきゃな」 とは辛辣だが至言だ。
帰宅したときには、私も相当、くたびれはてていたが、それでもDVD『ポピー・ザ・パフォーマー』などをみんなで見て騒ぐ。 でもそれも12時までが限界。睡魔が猛烈に襲ってくる。 明日が休みならなあ、徹夜してでも喋りまくりたかったんだけどなあ。 『ワンピース』話で盛りあがるこうたろう君とよしひと嬢、腰が痛いと泣くしげを残して私は一人、本棚のスキマで寝るのであった。
2001年05月12日(土) 今日までそして明日から/『私はスポック』(レナード・ニモイ)
| 2002年05月11日(土) |
つんでぶで……謎の言葉(^o^)/DVD『日本誕生』ほか |
ミュージカル『キャッツ』のロンドンで21年続いたロングランが昨日で終了。 もちろん本場の舞台を見たことはない。 劇団四季の舞台を東京と福岡で見たことがある、それだけだ。 しかし、「これはいい舞台だろうな」という想像はついた(「だろうな」というところが微妙。役者の技量不足を想像で補ってるのだね)。 「続いているものがいきなり終わる」というのはどういうことなのか、実はよく解らない。NHKで『連想ゲーム』が終わった時も、「なんで今更」という気持ちの方が強かった(我ながらスゲエ譬えだ)。 「代がわりにムリがある」というのなら分らなくもない。『サザエさん』はいくら代替わりして声が変わろうと続かせることができそうだけれど、『ルパン三世』がいくら三十年以上続こうが、声優を全部入れ変えてまで続けられるかどうか(また譬えがちとハズレてるな)。 あ〜、つまり『キャッツ』を終わらせることに意味があったのかなあ、と思ったってことなんだけどね。客が入らなくなったとはちょっと考えにくい。20年続けば、もう固定客もいるだろう。役者にとっても「『キャッツ』に出演することが夢」って人、多いんじゃないかなあ。 でも、残念と言えば残念だけど、日本じゃあまり大きな報道しないね。 下手すりゃ、『ねずみとり』が終わるときもコラム記事で終わるんじゃないか、日本の新聞。
昨日までで『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦』、上映終了。去年は小屋を変えて続映が決まったけど、今年はキリよく終わり。 十作目まで続いてる人気シリーズのわりに3週間の上映ってのは扱いが悪くないか。三回目を見に行こうかどうか考えてたけど、結局、行かずじまい。よしひと嬢が行くと言ったら行ってたかもしれないけど、この公演の追い込みの時期にはさすがに誘えんのだよな。 今度こそDVDが発売されるに違いないと勝手に思いこんで、その日を待とう。
明日はこうたろう君が泊まりに来るというのに、部屋の片付けが進んでいない。 だから片付けてる最中に未読の本を見つけちゃうからイケナイんだけどよ。 けれどそれでも居間にフトンを敷けるスペースだけは確保する。もっとも、いきなり地震が起きて本やビデオが倒れかけてきたら一発で死ぬけど(^_^;)。
夜、12時を過ぎても、しげとよしひと嬢、なかなか帰ってこない。 生活時間帯がデタラメになっているので、もういちいち呼び出しなんかしないのだけれど、さすがに心配になって電話連絡入れようかと思った途端、帰ってきた。 なんでも、駐車場のストッパーの一部がロドリゲスの部品に引っかかって、出られなくなったらしい。 「それで、どうやって出て来たんだよ」 「無理やり」 ……そーゆーのでいいのか? どこか車の部品、欠けたりしてないか? なんだかしげの車に乗るのが怖くなってきたな。
しげとよしひと嬢、それで寝るのかと思ったら、今から明日の公演用のパンフレットを作るという。 だからどうしてこんなギリギリのスケジュールで、しかも演出家に役者がそんなスタッフ仕事をやってんだか。いい加減、家内制手工業から脱出できないのかね。
DVD『日本誕生』。 去年買ってて、ずっと見ないで置いたままだったDVD。 と言っても、随分昔にテレビで見てはいるんだけど。 こういうのがだんだん増えてきてるんだよな。積ん読ならぬ、「積んでぶで」。語呂が悪いな。しげと一緒に見ようと思って、見るのを控えてるからそういうことになるんだけど、いい加減、墓の中までDVDを持っていくわけにもいかないので、そろそろ片付けていかないと、と思って見る。 昨年は円谷英二生誕100年のおかげで、『ハワイ・マレー沖海戦』(ああ、これも「積んでぶで」)ほか、東宝特撮の秀作が「ゴジラ映画」に限らず、結構な数が出たのだけれど、必ずしも「この映画で円谷英二を語られてもなあ」と、ちょっと残念に思うラインナップもなくはなかった。 この『日本誕生』も、ラストの白鳥のアニメーションなど、なかなか美しいイメージもありはするのだけれど、全体的に神々の世界のイメージの貧困さが目立つ。冒頭の混沌の世界からして、「別府温泉地獄巡り」にしか見えないのはちょっとねえ。 岩戸神楽もスサノオのヤマタノオロチ退治も、のちの東映動画版『わんぱく王子の大蛇退治』という世界的レベルの傑作を見ているだけに、特撮どころか玩具にしか見えない。……オールスター総出演映画だからなあ。役者のギャラにカネ掛けすぎて、特撮の予算、削られたんじゃないか。 ラストの天変地異も、合成のズレ、色調の失敗が目立つ。……日本神話、もっともっと面白く、感動的にできる要素があると思うんだけど、妙に現代の倫理観入れて描くからシマリのないものになるんだよな。 ラストはやっぱりヤマトタケルが復讐する相手は○○○○にしなきゃ。って、そんなの作れるわけないか(^_^;)。
DVD『ジャングルはいつもハレのちグウ』7巻。 テレビシリーズを見ていたので、これも再見。 中途半端な終わり方も、OVAで続きが制作されるとなれば、文句もない。最近のギャグアニメの中じゃキレのいい出来だったから、これも期待。 でも、しげ、「面白いのはオープニングだけ」って言ってたから、これもひと悶着あるかも(^_^;)。
2001年05月11日(金) ちょっと愚痴を言いたい夜/『荒野の出前持ち』(石川賢)
| 2002年05月10日(金) |
人生は重い荷物を……。/『新映画宝庫 Vol.4 スタークラッシュ 大宇宙映画放浪編』ほか |
三日連続で誰かの夢を見るかと思ったけれど、全く見なかった。残念。 かと言って、見なかったモノを見たように書くわけにもいかないから、仕方ない。 それとも見ただけで忘れてるのかなあ。 もしも○○○○さんが出て来て○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、とてもここには書けないし妻にも語れないから、まあ忘れてよかったということになるのかもしれないが(^_^;)。
朝方、曇り空だと思っていたら、昼過ぎから土砂降り。 休日が雨に祟られなきゃいいが、と去年も思ったことをまた考える。 「雨が降ったら出かけない」という人、結構多いんだよね。 けれど公演する以上は、たくさんの人に見てもらいたいというのは正直な気持ちである。 ウチの芝居はおカネをとらず、観劇料はカンパ制なのだが、それを好意的に解釈するお客さんは「よっぽど芝居の内容に自信があるのだろう」とか思ってくださる。もちろん、真実は「カネが取れるほどの芝居ではない」という謙遜なのだが、それでも奇特なことに、「見てよかった」と感想を述べてくださる方はいらっしゃるのだ。 称賛も批判も、見ていただかないことにはどうにもならない。 しげが「『シティ情報 Fukuoka』に写真入で記事が載ったよ!」と嬉しそうにいってたので立ち読みしてみたが(買えよ)、其ノ他くんのポートレートが、実にイイ。 これに誘われて、本気で客が来るかも……?
職場からの帰り道、「公演の時の、みんなの飲み物と紙コップを買うから」と言われてスーパーマルキョウに寄る。 私もついでに、牛乳だの切れてた玄関の電球だの台所の電球だの(なぜかこの一週間で立て続けにあちこちの電球が切れまくっているのである。何かの祟りか?)、そんなものを買う。 これが失敗だった。 車に帰ってくるなりしげ、自分の荷物をドン、と私に押しつけて、 「これ持って」 「……なんでこんなに?」 「だって、オレ、運転しなきゃなんないから持てないもん」 「持てないって……後ろの座席に置けば」 「どこに?」 ハッと気付いた。明後日の公演のために、後部座席は大道具小道具が積み込まれてあって、もうモノを置くスペースがないのである。 「置けない?」 「うん、だから持って♪」 さては、初めからそのつもりだったか。 しげ、こういう卑怯なワザにだけは知恵が回る。 しかもしげ、ウチが近づいて来て、とんでもないことを言い出した。 「スペアリブ食べたいなあ。……美味しかった?」 「お前も食ったろ」 「また食べよっかなあ。寄ってもいい?」 しげのこの「寄ってもいい?」は、イコール「奢れ」ということである。 しかし私の膝の上は、マルキョウの袋、ペットポトル四、五本がドデンと乗っかっている。 「荷物これだけあって、どこに置くんだよ」 しかし、しげはなおも「寄ろっかなあ(奢れ)どうしよっかなあ(奢れ)」とウルサイ。 結局、やっぱりマクドナルドに寄ってスペアリブセットを頼む。 しかも、自分が奢るときは私が二品頼むと「奢りだと思ってタカりやがって」と文句垂れるくせに、自分が奢られるときは「チキンタツタ追加ね」と平気で頼みやがるし。 袋をいくつも両手で抱きかかえるようにして助手席に座るハメになったけれど、すれ違う対抗車の人は「なんじゃありゃ?」と思ってたろうなあ。 更にしげ、トンデモナイことをいい出す。 「あ、あとグッデイに寄ってフトン買うから」 「……これ以上どこに置くんだよ!」 「後ろにスキマあるからそこに入れるよ」 「だったら、この荷物も後ろに置けよ!」 「ボトルとかは倒れるじゃん。フトンは平気だし」 ……で、しげがグッデイで、フトン一つを選ぶのに20分かけている間、私は身動きができないまま車中で荷物を抱えたまま、ひたすら続く腕のシビレと戦っていたのであった。 昔のコメディで、買い物好きの女房に荷物もちにされて往生する旦那がよく描かれてたなあ。最近じゃ『ファンタジア2000』にまで出てきたけど。 くそ、いつか奈落の底まで落としてやるからな、しげめえええええええ!
晩飯にまたカレーを頼まれたので、一つ作ってやる。 卵も一つつける。 2時間ほどしてまたしげが「腹減った」と言い出す。仕方なくまた作ってやる。今度は私の分も作る。 しげ、私より早くあっという間にカレーを食い尽くし、「もう、カレーないっちゃろ?」と私に聞いてくる。 「ないよ、もう」 とぶっきらぼうに答えると、「ないのかあ」と、モノ欲しそうに言う。 「ないのかあ」 「ないよ」 「ないのかあ」 「……食うか? オレの」 「うん!」 ……しげに勝てるやつ、誰かいないか(-_-;)。
『ドラえもん』とか『あたしんち』とか漫然と見る。 『あたしんち』も悪くはないけど、クセがないから、かえってヒットしにくいんじゃないかなあ。こういうホームドラマものって、『サザエさん』って金字塔があるから、『ちびまる子ちゃん』も『クレヨンしんちゃん』も多少ドギツイ部分で客を引かないと話題にしてもらえないところがあるんである。 人気が出てくれば、中にある「毒」も世間は好意的に解釈してくれるようになるから、問題なくなるんだけどね。 初めから「毒」の少ない『あたしんち』が大地監督のワザで、どの程度の「個性」を出せるかがカギだろうな。
大澤徳一郎・梨子田章敏企画・構成『新映画宝庫 Vol.4 スタークラッシュ 大宇宙映画放浪編』(大洋図書・1400円)。 執筆者陣の中に、石上三登志やうしおそうじ、岸川靖、田中文雄、麦人などの名前があったので、「おお!」と思って読んでみたけど、宇宙SFベストテンのアンケートに答えてただけだった(^_^;)。 それでも、石上さんのベストワンが『地球の静止する日』ってのは「らしくて」イイなあ。 私もちょっと思いついて、「宇宙モノ」に限ったSF映画のベストテンを作ってみました。SF全般にまで広げればもっとあるけど、それはまた別の機会に。 1,『惑星ソラリス』(SOLARIS) アンドレイ・タルコフスキーの最高傑作にしてスペキュレイティブ・フィクションとしてのSF映画の最高峰でもある。「人は虚構にのみ生きる」というテーマは押井守に多大な影響を与えた。私が押井守をプッシュするのを「何でそこまで」と思われる方もいようが、それは私が「押井ファン」であるというより、押井さんともども私も「ソラリスの子ら」であるからなのだね。
2,『2001年宇宙の旅』(2001:A SPACE ODYSSEY) これを入れるか、個性もクソもないやん、と非難されそうだが、外せねーよ、これは(^_^;)。 後半の哲学的シーンの意味より、映像としてSFをキチンと見せてくれたってことが嬉しくてねえ。あの、放り投げられた骨が宇宙ステーションにオーバーラップするシーンがベストショットですね。
3,『決死圏SOS宇宙船』(JOURNY TO THE FAR SIDE OF THE SUN) SFの「怖さ」を感じさせてくれた傑作。 科学的には太陽の反対側に地球そっくりの惑星があるなんてありえないって、わかってんだけど、宇宙SFが必ずしも「科学的」なものでなく、やはりイマジネーションの世界であること、そしてその想像の中には「悪夢」もあるということを感じさせてくれました。
4,『ブレードランナー』(BLADE RUNNER) 宇宙映画としては取り上げてない。未来SFってことでなんだろうけど、レプリカントって宇宙殖民用に開発されてるわけだし、これはぜひ入れたいということでランクイン。 ネクサスの死の意味についてはリドル・ストーリーとしても楽しめるね。
5,『怪獣大戦争』 ここらで日本ものを(^o^)。 『ガンマー第3号・宇宙大作戦』も『妖星ゴラス』も『宇宙大戦争』も『惑星大戦争』も『宇宙からのメッセージ』も蹴散らして、これをランクイン。 いや、そんな簡単にバカにしちゃいけませんぞ、ゴジラとラドンを宇宙に運ぶシーンのイマジネーション、アレがSFでなくてなんでしょうか。 侵略宇宙人は須らく「まだ見ぬ未来」に旅立ってほしいね。 6,光る眼(VILLAGE OF THE DAMNED) リメイク作品でなおかつ「面白かった」という稀有な作品。映画屋ジョンくん、侮りがたし(^o^)。 村へのラインを越えた途端に「ぱたっ」と倒れちゃうあたりがすごくセンス・オブ・ワンダーだね。 SFってワケわからんと仰る方は多いけど、「未知空間の恐怖」というオリジナル作のキャプションがその一端を示してますね。
7,ギャラクシー・クエスト(GALAXY QUEST) SFパロディはそれ自体、SFでなければならない。 『スペースボール』や『マーズ・アタック!』も好きだけれど、オリジナルの『スター・トレック』を軽く凌駕しちゃったということでこっちをランクイン。 『スタトレ』オリジナル版は悩んだ末に入れなかった。だって映画シリーズよりテレビオリジナルの方が面白いんだもの。
8,ヘリウッド ここで個性を出したからよかろう(^o^)。 多分、この映画を評価してるのは日本全国広しと言えど私くらいのものではないのか(^_^;)。 宇宙の侵略者、悪漢ダンスから美少年アップルくんを守るんだ美少女探偵団!……という話だけど、まあ侵略SFとは名ばかりひたすらエロでグロでスカトロで下品な映像の連続。これ見てて楽しめる人間は神経がどうかしてるね♪ でもセーラー服の三人娘、斎藤とも子・青地公美(眼鏡っ子だぜい)・羽仁未央(太めなとこがかえってイイ)はかわいかったし、若き日のデーモン小暮閣下の美少年ぶりを楽しむのも一興。ともかく私ゃデタラメなら徹底的にデタラメにしてくれた方が大好きなんです。 ちなみにこの日記の投票ボタン、「投票投票投票……投票!」ってのは主演の遠藤賢司の歌『東京ワッショイ』のモジリです。誰も気がつかなかったでしょうが。
9.ジュブナイル 子供に見せられる健全なSFを一本も入れてないことに気づいて慌ててランクイン(^_^;)。 藤子・F・不二雄系ということで言えば、オリジナルの藤子アニメ、『ドラえもん・のび太の宇宙開拓史』や『21エモン 宇宙いけ!裸足のプリンセス』などをランクインさせるべきかもしれないけど、今回はアニメは割愛。アニメ入れ出したら、半分以上がアニメになるから。 10,宇宙戦争(WAR OF THE WORLD) 古典を入れるとしたら、やはりジョージ・パルのこの一本。 火星人がタコ型でなかったのが残念だったけれど、もし原作通りにタコにしてたら『ゴジラ2000』みたいに叩かれてたのか? ……んなワケないな(^o^)。
次点,スターウォーズ/帝国の逆襲(STAR WARS EPISODE �后В圍硲邸。釘唯丕稗劭邸。咤圍劭稗烹釘咫。贈腺達法� 『スターウォーズ』シリーズがやっとすべりこみ。正直な話、おもしろかったのは、この一本だけ。ヨーダが初め全く「導師」に見えないってとこがこの映画のミソなのに、『ファントム・メナス』で堂々と出しちゃうんだものなあ。「『スターウォーズ』は映画ではなくてイベント」っての、結局は映画として評価されてないってこと、ジョージ・ルーカスはちょっとは考えてるんだろうか。
2001年05月10日(木) 仕事復帰、半分だけだけど/『× ―ペケ―』6・7巻(新井理恵)
| 2002年05月09日(木) |
明日は誰の夢を見るかしら(^o^)/『スーパーまるでん』3巻(森下裕美)ほか |
またヘンな夢を見た。 東京にチャールズ・チャップリンの家があるのだが、たまたまチャップリンが東京に帰ってくると言うので、仲間ウチで会いに行くことにする。 (チャップリン、もう20年以上前に死んでるんだけど) ついでにチャップリン秘蔵の日本の特撮に出演した美少年だけを集めたクリップビデオも鑑賞することに。 (なんでちゃっプリンがンなもん秘蔵してるのか。第一チャップリンはホモじゃなくてロリコンだぞ) そのウワサを聞いたソルボンヌK子さんが同行することに。 (おお! 昨日は唐沢俊一さんが夢に出て来て、今日はソルボンヌさんが! なんてゼイタクな夢!) けれど、チャップリンの家に来てみると、本人は留守。 慌ててスイスのチャップリンの本宅に電話を掛ける私。 チャップリンは流暢な日本語で「オウ、ゴメナサーイ、都合ガ悪クテ行ケナクナリマーシタ。ミナサンデ、美少年、楽シンデクダサーイ!」とか抜かしやがる。 (いい加減で夢だと気づけよ) チャップリンに会えないのは残念だったが、この際だからと、長年疑問に思っていたことを質問してみる私。 「アナタは、欽ちゃんを覚えていますか?」 (萩本欽一はスイスまでチャップリンに会いに行ったことがあるのである。でもなんでそんなことワザワザ聞く必要があるのか) 「欽チャン? 誰デスカァ、ソノ人。私、全然、知リマセーン」 あまりに長電話していたため、ソルボンヌさんが「まだなのっ!」と怒り出す。慌てて上映会を始めるが、時間が足りなくて、5分間しか上映できなかった。 しかも「美少年」とは名ばかり、ごくフツーの10歳くらいのガキンチョが三人、ヘッタクソな変身ポーズを取ってるだけ。 もう、ソルボンヌさんが怒るまいことか(^_^;)。 後日、ソルボンヌさん、日記で「有久の長電話のせいで、美少年ビデオが見られなかったのよッ!」と立腹されていたのだった。
……ツクってるとか思ってない? でもホントにこんな夢、見たんだよう。
夢の話をすると面白がる人と、つまらなく感じる人と、二通りに分かれるようであるが、要は語り口ではないのかな。 だいたいが「フィクション」自体が一つの夢ではないの。夢を面白く語れぬ人間は、「語り」そのものの才能に欠けると言ってもいい。……作家がよく「他人の夢語りは面白くない」と主張するのは「俺だったら、もっと面白く語るのに」という自負心の裏返しではないのか。 だいたい、夢語りはつまんない、なんて言ってたら、漱石の『倫敦塔』や『夢十夜』はどうなっちゃうのよ。幻想文学の傑作じゃん。 ……なんだか自分の夢語りを文学にかこつけて正当化しているように聞こえるかも知れないけれど、別に私は自分の夢が文学たりえると思って言ってるわけじゃないからね。
「夢」に関する誤解の一つに、「夢語りをすると気が狂う」というのがある。 誰だったかなあ、作家で「夢日記をつけてたら、一時的に気がヘンになった」とか発言してた人がいたよなあ。……夢枕獏か?(^o^) マンガ家では『ドリーム仮面』の中本繁が、やっぱり夢日記をつけてたせいで煮詰まっちゃったとかいうウワサがあったけど。 確実なのは、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を読んでたら、一時的にオカシクなっちゃった横溝正史。これは本人が対談で語ってたから間違いない。 けれど、どれだけそういった「実例」があろうと、それは所詮、ただの俗説、フォークロアに過ぎないんじゃないか。 いかにもマコトシヤカに言われているけれど、もともと作家やマンガ家は自らを狂気に置こうとしている面が大いにあるので、「夢語りをしたから」狂気に走った、というのは、いささか短絡すぎる結論のように思えるのだ。 「夢日記」がその作家に内包されていた狂気を誘発した可能性はあるとしても、「夢」を見ること自体が「狂気」であるとは言いきれまい。 一般人は、たとえ「夢日記」を毎日つけたって、「たかが夢じゃん」と思ってればれば、別に夢に引きずられたりする心配はないんじゃないかな。 現に私がそうだし(^o^)。 「夢と現実の区別がつかなくなる」なんて、そうそう起こることじゃない。 確かに、夢の中での行為が「今朝は目玉焼きを食べた」とか、現実にあってもおかしくないことならば、錯覚してしまうことがあるかもしれない。けれど、たいていの夢は目覚めてみればあまりに荒唐無稽で、とても現実とは思えないものばかりだ。「今朝はアンモナイトの壷焼きを食った」という夢を、目覚めても「あれは現実だった!」と主張するヤツがいたら、そいつは夢を見る前から気が狂ってるよねえ。 まあ、私が生前のチャップリンとマブダチだったってのは本当だが(^o^)。
……いや、本当にソルボンヌさんにお会いしてみたいね♪ 多分とってもステキな方だ。口はすごく悪そうだけど。
相変わらず、いろんな会議が長引いて、駐車場でしげを待たせてしまう。
……「矛盾」という成語のもととなった故事はみなさんご存知であろう。 出典は『韓非子』中の『難一篇』ないしは『難勢篇』である。 「楚人に楯と矛とを鬻(ひさ)ぐ者あり。 これを誉めて曰く、『吾が楯の堅きこと、能く陥(とお)す莫(な)きなり』と。 又、その矛を誉めて曰く『吾が矛の利(するど)きこと、 物に於いて陥さざる無きなり』と。 或る人曰く『子の矛を以って、子の楯を陥さば如何(いかん)』と。 その人、応(こた)うる能(あた)わざるなり。」 さて、私はこの「楚人」が、大店の丁稚であったろうと考える。 因業な主人から、いい加減な職人が作った「能く陥す楯」と「陥さざる矛」を売ってこいと言われて、この丁稚は途方に暮れたのだ。 自暴自棄の余り、丁稚は全く逆のことを言って、売ろうとした。 結果、見物人に突っ込まれてしまったのだ。 「そんないい加減なものは売れません」と、初めに主人に言えばよかったのか? たかが丁稚に、どうしてそんなことが言えるだろうか。 けれど、彼が毎日毎日、「能く陥す楯」と「陥さざる矛」を売ってこいと言われ続けたら? それこそ、自分の「矛盾」が世間に周知の事実となってもなお、その「矛盾」を売れと強要されたら? どうせ誰も買わないものを、ウソをつき続けてまで売る必要が、果たしてあるのだろうか。
……何の話をしてるかって? だから、タトエばなしですよ(^o^)。
晩飯はしげと一緒にマクドナルドのマックリブセット。 しげはコーラで私はクー(白ブドウ味)。お茶にしようかと思ったのに、珍しい飲みモノに惹かれてしまった。せめて充実野菜にすべきだったか。 以前はハンバーガーチェーンの中で一番マズイと思っていたマクドナルドだけれど、最近はマックリブだのベーコンレタスバーガーだの、まあ、食べて損した気分にならない程度のものが見受けられるようになった。 でもよくわからんのは、あの「マックスター」ってヤツである。 「スター」ってなんだよ、星でも食わすのか。 私にはあれがただの「ダブルバーガー」にしか思えないのだが。
帰宅して、久しぶりにアニメ『七人のナナ』第18話「雪降る告白? ナナとみんなの Happy X'mas!」 を見る。 世間はクリスマスムード一色。……って、おい、世間はすっかり春なんだけど。もう、ドラマ上の時間の流れと、現実の時間とに齟齬があっても気にしないってことなんだろうな。それはそれで潔くはあるけれど、やっぱり少し違和感はあるな。再放送だと気にならないんだけど。 受験勉強でクリスマスどころじゃないナナに、ほかのナナたち、せめて何かプレゼントをしようとアルバイトを計画。 けど、学校は当然「アルバイト禁止」なわけで……。 ……ああ、しばらく見てないうちに、作画レベル、落ちてやがるなあ。 口パク多い……っつーよりキャラ自体歪んでるし。後半、少し持ちなおしたものの、ナナレンジャーって設定でアクションを見せないんじやしょうがないじゃないのさ。1話1話のストーリーの構造が同じになっちゃってるのも、飽きが来る原因だろうなあ。 なんだかいかにも女の子の、ロマンチックに明日を夢見てって結末にしてるけど、受験ものをそんなオブラートに包んだような描き方してもなんか偽善ぽくってね。所詮は「また一歩野望に近づいた!」って『野望の王国』と同じ構造してるてのによ。
8日午後2時、北朝鮮からの亡命者と見られる五人家族が中国・瀋陽の日本総領事館から、中国の武装警官に連行されるという事件が起きる。 ……マスコミの論調、またぞろ「日本の危機管理の無さ」ってことになるんだろうなあ。 もちろん、それは当たっちゃいる。 日本の危機管理はなってない。 けどね、マスコミが言ってる、その「危機管理」ってヤツ、十中八九、意味を勘違いしてると思うんだよね。 あるいは、そこには微妙な「ズレ」がある、と言うべきか。 つまりさあ、あそこでぼーっと、コトのなりゆきを傍観していた総領事館員たちの姿を見ながらさあ、「日本人は何をやっとるんだ」とか、「いざというとき、ああいう職責のある身の人間が、本当に同朋を守ってくれるのか」とか、果ては「だから日本人はもっと愛国心を持たなきゃならない」とか、そっちのほうにズレていっちゃうコメンテーターが増えるんじゃないかってことなのね。 そこまで行かなくとも、あの連行されてく子供の映像に、「ひ弱な自分」を重ね合わせて「カワイソウ」とか考えるヤツ、いくらでも出そうだよね? でもね、ここで問題にすべき「危機管理」ってのはさ、亡命者が北朝鮮の人間だったとしてだよ、「日本に他国からの亡命者がきた場合、それを認めるべきかどうか」「認めたとして、彼らの命を日本はきちんと守れるのかどうか」って問題だけなのよ、実は。 あの亡命者たちに「日本人」を重ね合わせるなんて、「ズレ」以外のナニモノでもない。まずあの五人をやすやすと領事館内に入れたってことの方が、問題なのではないの? まかり間違って、アレが北朝鮮のスパイだったらどうするのよ(^_^;)。 中国の警察官をやすやすと入れたってことより先に、別に武装警官でもない民間人を入れちゃったことの方をもっと問題にしなきゃならんのじゃないか?
小泉首相、さっそく中国の対応に遺憾の意を表明したらしいけど、本気かねえ? 政府としてサテ、どこまで本気でこの事件に対応するつもりなのか。マスコミはともかく、世論はまず動かないと思うんだけどね。 「どーせお隣り同士のイザコザじゃん、ほっとけほっとけ」とか言ってね。 ……アノね、日本人ってね、日本人の血を引いてるフジモリさんは守るけど、北朝鮮の人間を中国から守ってやろうなんて発想はないのよ、全く。ココロ狭いんだから。 本音では、多分、多数の日本人が、連行された五人がどうなろうが知ったこっちゃない、って思ってるのである。クソの役にも立たない日本を亡命先に選んだ時点で、アンタそりゃ自分から命捨ててるよ、って笑ってるんじゃないか。 で、世論の後押しがなけりゃ何もできない(とゆーか、世論の後押しがないことを理由に何もしないでも政治家でいられる)日本の政治家には、本気で取り組むには、ちと荷の重い仕事だと思うんである。 まあ、三ヶ月でウヤムヤになる、に5千点(^o^)。
マンガ、森下裕美『スーパーまるでん』3巻(完結/集英社/ジャンブコミックス・デラックス・630円)。 あー、森下さん、こんなのも書いてたっけ。 どーしょーもない人間たちを描かせたら天下一品の森下さんだけど、これはまたスゴイ。何しろ感情移入できるキャラが殆どいない。ヤクザだったり怪力ブスだったりゲスだったりイヤミだったり。ある程度かわいいキャラ入れて毒を緩和してたのに、『まるでん』ではもー、一切、客に媚び売ってないって感じか? 3巻で終わったのも宜なるかな。 でも、何かこっちのマンガの方が「狙ったような」『コマゴマ』より、ずっと「森下さんらしく」見えるのも事実なんだけどね。
2001年05月09日(水) 病気で寝ててたいして書く事ないはずなのに(^_^;)/『死神の惑星』1・2巻(明智抄)
| 2002年05月08日(水) |
ピンクの象は出て来ません/『ホーリーブラウニー』1巻(六道神士)ほか |
ヘンな夢を見た(また夢の話かい)。 とゆーのが、私はジブリ美術館で宮崎駿の新作アニメを家族10人で見ているのだが(しげしかいないだろうと突っ込まないように。夢だから後の8人が誰かなんてわしゃ知らん)、ふと気づくと、私の後ろで唐沢俊一さんが一緒に映画を見ているのである。 なんでこんなところに唐沢さんが? と思ったら、突然、前の席の方で、○○○○らしい人が「ううううう」と言って倒れてしまったのである。 私が慌てて立ちあがると、横をすりぬけて唐沢さんが介抱に行かれた。 それを見て私は、「そうか、唐沢さん、薬局の跡を継いだのだなあ」と考えていた。
続きがあったような気もするが覚えているのはこれだけ。 なんでわざわざこんなこと書いたかと言うと、私の夢に唐沢さんが出て来たのが初めてだからだ(そんな理由かい)。 つーか、有名人が出て来ること自体珍しいんだよな。私がファンな人は数多いが、藤子・F・不二雄も金城哲夫も江戸川乱歩も横溝正史も筒井康隆も平田昭彦も天津敏も岸田森も……おっと、気がついたら男しか出してない(^_^;)、クラウディア・カルディナーレもロッサナ・ポデスタも(いきなり外人かい)、原節子も高峰秀子も八千草薫も(トシはいくつだ)。み〜んな、夢に出て来た事なんかない。 ウルトラマンやゴジラやガメラだって、数えるほどしか出てきてないんじゃないか。 それがいきなり唐沢さんだものなあ。しかも一番似合いもしないジブリ美術館(裏モノ日記を読む限り、行かれたことはないように記憶する)。先日、私がジブリ美術館に行ったとき、「こんなところに唐沢さんは来ないよなあ」と思ったことが夢のキッカケになってるんだろうけど。 フロイト読んで以来、私は夢分析ってのが「後付けの詭弁」としか思えないので、私のリビドーがどんなものなのかわからないし気にもしてない。深層意識の表れには違いないだろうけど、夢分析が実生活でホントに有効なものとして機能してるかと言われれば「占い程度?」としか思えない。 しかし世の中には、いかにもこの「夢」ってヤツに過度の信頼を寄せている御仁が結構いらっしゃるのである。「夢を分析すれば全ての人間の秘密が解ける!」みたいなね。ヒトゲノムか(^_^;)。 で、精神科医でいかにも「フロイトの子ら」って感じで狂信的にハマってる人、いるらしくって、これがどうにも眉唾。人間の行動、全て「リビドー」で見ようとしてるらしいのね、未だに(さすがに少数だそうだけど)。偶然でもそーゆー医者にかかりたくはないわなあ。 精神病患者に対する偏見を助長しているのに、フロイトやユング自体がそもそもトンデモさんだったせいもあると考えちゃマズイかな。
夢を見たせいではないだろうが、体調を崩して仕事を休む。 有給が半年にして残り少なくなってきてるので、休みたくはなかったが、便が水だ(-_-;)。 風呂に入って腹を暖め、昼はひたすら寝て過ごす。
アニメ『ヒカルの碁』第三十局『緒方VS本因坊』。 ああ、この辺の話はすごく好きなとこだ。 学生三冠の門脇がヒカル(実は佐為)にやられるところも好きだし(でも、このエピソード、門脇を再登場させないと余り意味ないんだけどね)、なんといっても、緒方と桑原のジイさんの応酬! ……ここで初めて、桑原本因坊が「食えねえジイさん」だってことが読者にも分ったんだよな。いやあ、原作以上に憎々しげな顔してくれてるよ、この猿ジジイ。 しかも緒方と桑原の声優って……藤原啓治と納谷六朗!? ひろし(しんのすけのとうちゃん)と園長先生のバトルってか!? まさしく、新旧の実力者同士の丁々発止ではないの! ……納谷さん、最初はイマイチ本因坊ってキャラじゃないかな、とか思ってたんだけど、いや、あんなクソいまいましい喋りかたしてくれるとはねえ……。 いや、感服いたしました。
原やすみ(好美のぼる)『UA!ライブラリー・1 奇形児』(日本貸本漫画保存会・同人誌なので値段忘れた。700円か800円?)。 ソルボンヌK子さんプロデュース&ツッコミの貸本マンガ復刻シリーズの第一冊。シリーズタイトルの「UA!」って、「ユーエー」と発音するんじゃなくて、「ウアッ!」って叫び声だったんだね。好美のぼるさん、男にも女にもこんな叫び声を上げさせてるんである。 何度か好美作品もこの日記で取り上げてはいるんで、そのキッカイぶりは今更説明するまでもなかろうが、これはまた一頭地を抜いている。抜いてるというか、抜き過ぎて昇天しているというか(^_^;)。ともかくもスゴイ。とてつもなくヘンなのだ。タイトル故に、これを一般書籍として売ることは到底不可能だろう。けれど、これが世間一般の人の目に触れないとは実に惜しい。読んでぜひとも驚嘆し激笑し、「ポカー」としてほしいのに(^o^)。 天神の福家書店でも、『うわっその子きれい殺す」とか、ほかの『UA!』シリーズは取り扱ってたけれど、さすがにこれだけは並べてなかった。……さもありなん。これはチト過激すぎるものねえ。
妊娠中の母親がサリドマイド錠を飲んでいることを知って、それを取り上げる娘の博子……という展開と、タイトルの『奇形児』から、読者の誰もが一瞬、「ああ、この母親はサリドマイド児を生むのだな」と思うだろう。 もしかしたらこれは「スリラー」に名を借りて、公害を告発する意図で書かれた物語か? と予想する向きもあろう。 ところがこの前振り、本編の展開と何の関係もないのである!(°θ°;) ナニー!? 確かにあとで奇形児は生まれるのだが、まず「変貌」を来たすのは姉の博子。突然、右手が縮み始めるのだ。次には左手、右足、左足……最後に彼女は江戸川乱歩の『一寸法師』のような姿に……(モトネタはその辺だろうな)。 いや、何がスゴイって、その変貌が「怖くない」だけならまだしも、その展開の合間にやたらポエムが差し挟まれてさあ(^o^)。 「どんな 美しい洋服を 着ても どんなにお金が あっても この右腕は もとへは もどらないのよ あたしの これからは 何うなるの…」 少なくともこんなポエム作ってられる状況じゃないと思うんだが(^_^;)。 「やがて左足も ちじんで行くだろう それでいいのよ みんなちじむと いいのよ 義手も 義足も いらないわ あたしはあたしの このままの姿を 見つめていたいの」 なんだかメロディーつけてあげたくなりますなあ(^o^)。 ともかく、だんだんヤケになっていく博子のトッピな行動がナントモ。 「両腕がなかったらホントによく回るわ!」とか言っていきなり踊りだしたはいいものの(何がいいものなのか)、見事にコケて「起きられない!」とか言ってるし。これは悲しいシーンなのか笑うシーンなのか。判断に迷うというか判断すること自体を拒否されてるような。 で、ついに気が狂って、キャバレーの見世物になってしまう博子。……って、いくらなんでもアンマリな展開じゃありません? フリークスは見世物に、というのはもしかしたら、トッド・ブラウニングの『フリークス』にあやかっているのかも。だとしたら好美さん、ご自分の尊敬する先行作品を、キチンと踏襲しようとマジメに考えていたのかな……。なわけないよな(^o^)。 で、肝心の赤ちゃんはどうなったか。 誰もが予想するとおり、博子と逆に、「手長足長」の姿で生まれて来たのでありました。どこぞの妖怪画を見て発想したのかもね、この物語。 さて、この奇形児二人の織り成すドラマの結末やいかに! ……って、え?(・・;) あー、これから先は、何とかしてこの本を手に入れて、ご自分の眼で確かめてみてくださいね。 同時収録の旭丘光夫の『火葬』も、相当トンデモです。
マンガ、六道神士『Holy Brownie ホーリーブラウニー』1巻(少年画報社/YKコミックス・520円)。 妖精の種類は数あれど、ブラウニーは最も有名なものの一つだろう。 キャサリン・ブリッグズの『妖精 Who's Who』によれば、ブラウニーはホッブゴブリンの一種とか。無骨で毛深い小人だけれど、ほんの少しの報酬で、喜んで働く。けれど、その姿を見られることを絶対に許さない。人間がそのルールを破ると、かえって不幸が訪れる。 けれど、ボギーやボーグルのようなアンシーリー・コート(悪の妖精)と違って、基本的には気のいい妖精である。 六道さんはいわゆる「靴の妖精」としてこのブラウニーを描いているけど、靴の妖精は実はレプラホーン(レプラコーン)と呼ばれる種類。……妖精の世界もいろいろと「棲み分け」があるみたいね。更にグリム童話が英訳された時には、この靴の妖精は「エルフ」ってことになった。 ……何と呼ぼうが、どーでもいーよーな気もするよな。
さて、では、この『ホーリーブラウニー』、ステキな妖精さんのココロ暖まるメルヘンかというと……。 六道さんがそんな話作るわきゃないじゃん(^o^)。 いやもう、ひたすら下品の目白押しっつーか、どーして福岡出身のマンガ家って、小林よしのりといい、安永航一郎といい、六道神士といい、「下品」を売りものにしてくれるかね。福岡出身者としては肩身が狭いぞ……ってウソだけど。 ヘ(^ヘ^)(^ノ^)ノ ソレソレ♪ いやもう下品だろうが下劣だろうが、それが人間の本質ってもの。もうどんどんとことんおゲレツ道を突っ走ってもらいたいね、六道さんには。『エクセル☆サーガ』はまだまだオトナシすぎる。 いきなり第1話が19世紀だってえのに、超リアルな高性能ダッチワイフを小人さんたちに作らせる話だもんな♪ この開き直りかたがもう、嬉しくなっちゃう。しかも24世紀の技術使って作った「南極花子」ちゃん(おいおい)、縮退炉が暴走して、村の住人殺戮しまくったあげく、被爆させちまうし。 ヤッベーネタ!(^_^;) ……ヘタすりゃこれ、某団体から苦情が来たりしたらすぐ絶版になるかもしれないから、今のうちに買っとこうぜ、みんな。 で、このトンデモコンビの小人ってのが、片や伝統的かつメルヘンチックなお仕事を夢見るピオラと、正反対の超現実主義的かつ、お下劣の権化(しかも神様のお気に入り)フィオの、二人の「人形」。 そう、この小人さんたち、人形のカラダに神様から魂を吹き込まれたって設定なのね。つまり影の主役は登場しないけど実は「神様」(^o^)。 もうなんつーか、処女受胎もダイナマイトの発明もマンハッタン計画も、ぜーんぶ神様の思し召し……って、某宗教にケンカ売ってないか六道さん(^_^;)。あぶないネタ満載のこの一冊、世の良識嫌いのアナタには絶対のオススメです♪ ……ちょっとヘンなのは、単行本収録順序が、どうやら雑誌発表順序になってないらしいとこ。第四話の「永遠とは」が、どう考えても第二話だしなあ。特に理由がありそうな感じもしないから、もしかして単に間違えただけ?
2001年05月08日(火) 38℃線突破/『なみだ研究所へようこそ!』(鯨統一郎)
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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