無責任賛歌
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| 2002年05月02日(木) |
私は病院に行くかしら/『COMAGOMA コマゴマ』2巻(森下裕美)ほか |
疲労はピークに達しているが、今日仕事に行けば、なんとか休みだ。 と、こんなときに限って、一足先に休んでいる同僚がいたりして、代理の仕事が回って来たりするのだ。 今日中にやろうと思っていた仕事、来週に持ち越し。 ……と、こうして仕事はドンドンたまって行くのであった。でも去年みたく、休日出勤ばかりはしないぞ、今年は。 外はなんだか曇り空。 今にも雨が降り出しそうな感じで、連休中は外に出ずにひたすら休んで日記の更新その他をしたいところだ。……といつも計画倒れに終わるのは、ついつい寝ちゃったり、部屋片付けてるうちに本読んじゃったりするせいなんだけどもね。
今度の公演の小道具が足りないとかで、しげと一緒にナフコなどを回る。 私はしげが何を必要としてるのかわからないので、ぼーっとしてたが、あとで聞くと、「刺すと引っ込むナイフ」が欲しいのだという。 昔はあったね、そういう玩具。でも最近見かけないのは、不謹慎だってことで玩具会社も作ってないのかもな。 「売ってないなら、作ればいいじゃん? 劇団のメンツに頼めば?」 と私が言うと、しげ、きょとんとした顔。 「……そうか、自分で作らなくてもいいんだ!」 つまり、しげ、自分が超極端に不器用なものだから、「小道具を誰かに作ってもらう」という発想に全然、思い至らなかったらしい。 まあ、アテにならないメンツが多いと何もかも自分で、という気持ちに傾くのもわからないではないがな。
晩飯はマクドナルドのドライブインでハンバーガー。 新発売のフランクバーガー、要するにホットドッグじゃないのか。ハンバーガーとホットドッグの境界線はどこにありや? などと下らぬことを考える。 某サイトで「マクドナルド」の略称は、「マック」か「マクド」かってのが話題になってるが、これも古くて新しい話題。実はこれ、言語学会では結構マジメに論じられていて、単純に「関東はマック、関西はマクド」とは言えないのだ。福岡じゃ以前は完全に「マック」だったからなあ。 マックが2音節、マクドが3音節で、アクセントを第2音節に置くことの多い関西弁が「マクド」を採用したことは妥当と言える。福岡が「マック」になったのは、実はもともと博多弁が関西弁より東京弁に近かったことを証明することでもある。 しかし、実は最近、福岡も「マクド」派がだんだん台頭してきているのだ。 北九州や、関西の人間が、福岡に多数入りこんできていることも理由のひとつだろうが、実は「マクド」と言う場合でも、福岡は「マ」にアクセントを置くのだ。「ク」にアクセントのある関西とはやはり差異がある。 いったい、福岡の東京志向、大坂嫌いと言うのはかつてはよく言われることであったが、実際にテレビが普及し、関西芸人が福岡にも専門の劇場を置くようになり、出張、転勤で関西人が多く入りこむようになると、「関西人のヒトを馬鹿にしたような喋り方が気に入らない」なんて偏見は言ってられなくなる。 「マクド」が関東関西の折衷語になっているあたりに、福岡人の許容と拒絶の板ばさみになっている苦悩が見て取れる、と判断するのはチト穿ち過ぎか。
ネットを探索していて、ある方のサイトで「境界例」の診断テストってのを見つけたんだけど、この質問項目がヒドイったらない。 いわゆる「イエス・ノー」診断ってヤツだけど、「アナタ、これにイエスする? するでしょ? 心に不安があるでしょ? 病気なのよアナタは。社会にとっては不必要な存在になってるのよ? そのこと自覚してないんじゃない? 自覚しなさいよ。しないと迷惑よ!」ってな感じの質問ばっかでさあ、なんだか全ての人間を不安にさせようって目的で作られてるみたいでねえ。 で、試しに自己診断してみた(^o^)。
1 私は周囲の人や物事からいつも見放されている気がする。 →職場の上司からは(同僚からも)仕事してないって思われてるだろうしなあ。うん、イエスだね。 2 私は気が狂うのではないかと恐れている。 →こんなの、昔からしょっちゅう。 つーか、世間の人、自分が正常だなんて思っていられるの? 3 私は自分を傷つけたくなる時がある。 →車や電車が通ってると飛びこまなきゃいけないような気になるよねえ。 高いとこだと飛び降りたくなる。死ぬけど。 4 私は他人との親しい個人的関係を持つことを恐れている。 →まあそうかな。 妻を残して先立つのもイヤだし、後に残るのもイヤだ。 だから独身主義だったんだけどもねえ。 5 他人は私に失望している。 →期待に答えられるほどの人間だと自分で思えるやつがいるのか? 6 私は人生に立ち向かう力がないと感じている。 →病人だし(^o^)。 7 このところずっと幸福だと思うことはない。 →「幸福」という感覚が解らない。 このところも何も、「幸福」ってそもそも何? と問いたい。 8 私の内面は空虚だと思う。 →中身がないのが人間。 9 自分の人生を自分でコントロールできないと思う。 →そんなことできる人間はいない。 10 たいてい私は孤独だと思う。 →人はそもそもそう。 11 私は自分がなろうとした人間と違った人間になってしまった。 →だから思い通りの人間になれるやつなんているのかよ。 12 私は何でも新しいことが恐い。 →怖いけどやるんだよ、人は。 13 私は記憶力に問題がある。 →その通り。私に記憶力はない。 人の顔も覚えない。自分の名前(本名)も忘れること、しょっちゅう。 14 何かを決心することは私には難しい。 →とりあえず、外食した時、何を食うか即決するようにはしてるな。 けれど、それは物事が決められてるってことじゃないんだけどね。 簡単にじゃない、という意味でならこれも当然イエス。 15 私の周りには何か壁があるように思う。 →ATフィールドか(^o^)。ないわけないじゃん。 16 一体私は誰なのかと困ってしまう。 →名前も忘れるやつだしなあ(^_^;)。 自分の名前を書類に書いたりするたびに「これ誰かなあ」って思ってるよ、マジで。 もともと「だれか」なんて人間いね〜んだってこと。自分が「誰か」と思ってるやつの方がモノマニアじゃないの? ……とフレドリック・ブラウンが言ってました(^o^)。 17 将来に不安がある。 →まあ、早死にしそうだし。 18 時に私はバラバラになるように感じる。 →いっそのことなりたいね、辛い思いして生きてかなきゃなんないなら。 19 私は人前で気を失うのではないかと心配している。 →紙一重で保ってるなって思うこと、しょっちゅう。 20 私はできるだけ努力しても決してうまくはできない。 →実感(-_-;)。 キサマ、オレのこと見とるんか。 21 私は自分が何かを演じているかのように自分を見ている。 →これは確実。 演技してない人間なんていない。 22 私はいない方がむしろ家族はうまくやっていくだろう。 →知るか。 死んだあとのことは意識ないから責任持ちようがないし。 23 私は至るところで失敗している人間だと思い始めている。 →「思い始めている」じゃなくて、昔からそう思ってるよ。 24 この先何をしたいのか私にはわからない。 →「何をしようとしているか」は解ってる。 でも「やろうとしてること」って、実は「やりたいこと」ってわけじゃないんだよね。 執着心がないの。 25 人間関係の中に入ると私は自由ではなくなってしまうように感じる。 →自由な人間関係なんてあるのか(^o^)。 26 誰も私を好きにならない。 →自分の思い通りに、という点でならそう。当たり前じゃんかよ。 27 実際起こったことと想像したことの区別がよく分からない。 →記憶は捏造されるしな。 けど、その判断が自分で客観的に認識できる人間っていないでしょ? 「幽霊を見た」と思ったら、それが事実かどうか、誰が判断するの? 「白日夢は誰でも見る」と、大学では習ったんだけど。 28 他人は私を「物」のように扱う。 →私が他人を「物」として見るようにね。 人に「心」があると思いこむのは錯覚だよ。 自分には自分の心しか見えないものでしょ? テレパシーなんてないんだから。 29 何か変な考えが頭に浮かぶと私はそれをとりのけることができない。 →「変な考え」は創作の原点だってば。 30 人生に希望はないと思う。 →当然。 31 私は自分自身を尊敬することができない。 →私ゃナルシストじゃない。 32 私はまるで霧の中に生きているようにはっきりしない。 →昨日の自分と今の自分が同じ自分だとみんな本当に認識できているのか? こんなにも毎日、いろんなことを忘れていってるのに。 33 私は人生の失敗者だ。 →「成功者だ」って言えるやつ、出てこい! 34 誰か他人の責任を負うことは恐いことだ。 →「死刑台のボタンを押す係」に立候補したい人、手をあげな。 「ミサイル発射ボタン」でもいいぞ。 ……あ、これはちょっとしてみたいかも。 でも「責任がある」という意識はないな。 35 自分が他人に必要とされている人間とは感じない。 →はい。 36 私は真の友人を持っていない。 →これだけはノーか。 けれど、仮に「オレはオマエの親友じゃねー」と言われたとしても傷つきはしないけどね。 37 私は自分の人生を生きることができないと思っている。 →他人にとっての人生しか生きてません。 そうしようと、ある時思いました。 38 買い物や映画を見に行くときのような人混みの中にいると不安になる。 →これはノー。 人ごみの中に紛れて「群集の人」になることの方がよっぽど安心。 自分が消えていくからね。 けれど真夏の満員電車はイヤだ。暗闇の静かな映画館ならいいの。 39 私は友人を作ることが下手である。 →昔からの友人って数えるほどしかいない。 ケンカばかりして、随分切り捨ててきたからなあ。 40 私はもはや人に認められる立派な人になろうとするには遅すぎる。 →と自覚したのは3歳の時でした。 41 周りの人は勝手に自分の心を読んでいるのではないかと思う。 →自分も読んでるけど。 もちろんそんなのはただの「思い込み」なんだけどね。 さっきも書いた通り、人にテレパシーはない。 だから人は虚構の中でしか生きられない。 人に「心」がある以上、「現実」なんてないよ。……押井守だな(^o^)。 42 私の周りで何かが起こりそうだと感じる。 →グルーチョ・マルクスか(^o^)。 そりゃ起こってるに決まってるじゃん。 43 私は残酷な考えが浮かんで苦しむことがある。 →残酷なことしたこともあります。 44 私は自分が男性(女性)であることに自信を持っていない。 →はっはっはっはっは。 45 私は長く友人づきあいができない。 →事実だ。 46 私は自分を憎んでいる。 →もちろん。 47 私は広い場所や市街にでることを恐れている。 →「誰かに絡まれないか」という意味でならそう。 仕事に行かずに引きこもってられたらなあ、と思ってちゃダメなの? 48 私はときに「自分は生きている」のだと自分に言い聞かせている。 →どうでもいい。 生きてるか死んでるかなんて発想自体がない。 私はそこにただ「ある」だけだ。 49 時に私は自分自身でないと思う。 →私に「自分」なんてない。作ってるだけだよ、人にこうだと思われやすい「自分」をね。
んで、イエス・ノー、の結果。 「あなたの得点は38/49点です 境界型人格障害に特有な考え方が目立ちます。 日常生活に何か問題を抱えているようでしたら医療機関を受診することをお勧めします。」 突発的に体調崩して、仕事を休むことはしょっちゅうだからなあ。 医者に行けといわれて行くのに吝かじゃないけど、仕事しないでいると治るし(^o^)。 だからいいじゃんかよ、テキトーな行き方してたってよ。
別に境界例であってもなくってもかまわないんである。 要は本人が「治療を必要と考えるか考えないか」ってことなんであって、極論しちゃえば、「私、人格障害でもいいの」と認めちゃえば、たとえ周囲にどんな迷惑かけようが、本人は納得してんだからいいのだ。 しげがこの診断を受けたら、私以上に高得点をマークするだろうが、本人が「別にこれでいいしい」と言い出すことは目に見えている。今までだって、「それじゃ困るんだよ!」と私が怒ると、「つまり『あんたの基準に合わせろ』ってことなんだね?」と言い返してたヤツだからね。 ……ある意味、それは正しい。 しげの心の中に、「このままじゃいけない」という発想自体がないんだから。 このあたりが難しいところなんだが、私はしげがもっと社会生活が出来る人間になってほしいと望んじゃいるんだが、仮にそれが出来なくて、社会不適応者のまま人生を終わったって、別に構わないとも思っている。 最終的に自分がどんな生き方を選ぶかは本人が決めることで、社会の落伍者になったからとして、人間としての存在が傷つけられるわけじゃないからだ。総理大臣とホームレスとの間に、人格的な優劣はないよね。むしろ総理大臣の人格の方が低劣ってことだってありえるでしょ? 私が、社会的には結構、尊敬されやすい立場の職業に就いているために、父などは「しげさんにも○○○○の妻だって自覚を持ってもらわないとなあ」とか何の気なしに言うことがあるんだが、そんなの本人とは何の関係もないことだ。 親が犯罪者だったら子供が引け目感じなきゃなんない、ってことはないよね? それと同じことで、「誰それの妻としての立場を弁えろ」、なんて考え方は、下らんことだ。 親は親、子は子、夫は夫で妻は妻じゃんか。
今よう、ある重度の脳障碍の子が、ドーマン法とやらいう治療で、文字盤使って著作を書いてるってのが話題になってるけどさあ(どうもその事実自体、アヤシイらしいのだが)、「障碍があるけど、知能は優秀」って括り方、それの方がよっぽど差別じゃないか? 障碍があったり、イノセントだったり(^^)、ヒキコモリだったり寝たきりだったり、社会的に不適応だったり、人間的にクズでも外道でも、そこにいちゃいけないってこと、ないんだよ。人生に絶望する生き方だってあるんだよ。 ……もっとも、駅にタムロしてるホームレスには「視覚障碍者用の床のデコボコ(名前知らん)の上に座るな」とは言いたいがな。
しげも、そういう私の考え方を読んじゃいるので、ある程度以上は私がキレない、と見越して、家事を全然しないのである。どっちかっつーと、そんな態度がナマイキなので腹立ててる気がするな、私は。 ……だから「家事しなくていい」なんて最初から許してるわけじゃないからな。自分の都合のいいように勘違いするなよ、しげ。
東京のこうたろう君から、先日の某オフ会を録画したビデオテープが届く。 私はこれをナニしてナニせねばならないので、とりあえずナニしておいてくれるよう、彼に頼んでおいたのだが。無事にナニしてくれたようでよかったよかった。 ……事情を知ってる人にしか分らない文章ですみません。 何しろこのテープばかりはナニがナニしているものだから、具体的には書けないのですよ。 ……なんだか、私の日常って、あちこちにいろんな形で書き散らしてるけど、ジグゾーパズルみたいになっちゃってるなあ。ピースを全部集めないと、私の本当の姿は見えてこない……と言っても、全部明かした文章はどこにも書いてないのだけれど。 本来、もっと赤裸々に書いておきたいんだけどねえ。 でもナニをナニしたがるヤツも多いので、こればかりは仕方がないことなのである。
マンガ、森下裕美『COMAGOMA コマゴマ』2巻(集英社/YJコミックス・840円)。 今巻の新キャラは、男の子みたいな女の子マコトちゃんと、さびしんぼうの愛犬ゴロー。あとさりげなく登場のクリーニング屋のお姉さんや住職さん。 でもやっぱり一番強力なのはゴローかな? ゴマちゃんみたいにマスコットキャラにはしにくい犬だけど、「森下さんらしい」キャラではあるんだよね。今回のシリーズには登場しないけど、実は『少年アシベ』の味田君とかサトシ君とか「ここだけのふたり」のたきえさんとか、ちょっと境界線にいるようなキャラを描かせたら、森下さんは最高にうまいのである。 ……おっと、買ったまんまんでまだ『ここふた』の新刊、読み終わってないや。急がねばなあ。
マンガ、原作尹仁完・作画梁慶一『新暗行御史』3巻(小学館/サンデーGXコミックス・580円)。 新キャラ目白押しぃの、長編シリーズに突入しぃの、盛り沢山の3巻。 その分、山道(春香)の出番が少なくてちょっと残念。 1巻の時ほど、トリッキーでメリハリの利いた展開はなくなってるけれど、それでも阿志泰の意外な登場のさせかたなど、ツボは押さえている。でも長いこと連載を続け過ぎて、ジャンプマンガみたいに尻すぼみにならないでほしいとも思う。聚慎滅亡のヒミツを解いて、阿志泰との対決を描いて、10巻くらいが一番ちょうどいい長さになるんじゃないのかなあ。 ……でも、ストーリーラインがちょっち、『北斗の拳』に似てきたかなあ? 定番つーか、ありきたりな展開に陥らなきゃいいんだけど。
2001年05月02日(水) 行って来ます。/『20世紀少年』5巻(浦沢直樹)ほか
| 2002年05月01日(水) |
疲労度の爪/『コミック伝説マガジン』No.6ほか |
そりゃ、三百冊以上も活躍してたらペリー・メイスンもお疲れでしょう。 って、日記タイトルがどこかで聞いたような(^o^)。 いやまあ、真似するつもりはないんだけれど、つい思いついちゃったものでねえ。でもこういうのって、思いつくのは大変でもやりだしたら止まらなくなりそうだなあ。 「疲労イック・ファンタジー」とか「警部真疲労度」とか、「疲労か達朗」とか「『枕草子』は『疲労・ブック』」とか「甲斐よし疲労の『ひーろー』」とか。 ……芸風に合わないからやめとこう(^_^;)。
なんでこんなタイトル考えたかって言うと、つまりは疲れてるからである。ともかくからだがダルイし、頭が重い。熱はないから風邪じゃない。ただただ疲労だ。「疲労末涼子」。もういいって(-_-;)。 連休中の仕事の中日って、こんなに疲れるものなのかなあ。 去年はそこまでのことはなかった気がするが。 仕事の最中に居眠りすることはしょっちゅうであるが(コラコラ)、それでもこれまでは会議の時間とかに遅れることはなかったのだね。 仕事中はあくまでカラダは仕事モード。 昼休みに爆睡しようが、時間になればシャキッとする。 けれど、今日、初めて昼休みが終わっても目が覚めなかった。 ほんの5分の遅れではあるけれど、こんなことは初めてだ。 睡眠時間が取れてなかったわけではない。夕べだって、6時間は寝ている。 ……本気でトシを取ってきたのだなあ。
しげも疲れがぶり返してきたのか、夕べから眠りつづけて、送り迎えはなし。 ……って、夕べ寝たの何時だ? しげの仕事が終わったのが12時で、それから一緒に本屋に行って、でもそう長居はしなくてさっさと帰ってきて寝たから、2時前には寝てるんだよなあ。で、起きたのが私が帰宅した午後7時と。 ……17時間は寝とるなあ。疲れてるのは分るけど、まだ20代だろ? 絶対5年後にゃカラダにガタがクルぞ。
アニメ『ヒカルの碁』第二十九局「桑原本因坊」。 ……そう言えば、桑原先生の下の名前ってなんて言うんだっけ? 「桑原」ってのは本因坊秀策の本姓から取ってたんだよなあ、たしか。主要キャラより脇キャラの方に惹かれるのは昔からの私のクセみたいなものだけど、桑原先生は特にイチオシ。「食えないジジイ」って言ってたのは緒方九段だったかな? こういうひとクセもふたクセも有りそうなキャラが書けなきゃ、ドラマ作り自体、できやしないやね。 設定もストーリー展開も薄っぺらなくせに、見てくれだけのキャラ人気で長期連載していたクズマンガの多かった『少年ジャンプ』で、『ヒカ碁』はマットウ過ぎるほどマットウな展開ゆえに、逆に異彩を放っていた。桑原先生みたいに、ただトシ食ってるだけじゃなくて、ちゃんとライバルの一人として登場してくるキャラなんて、ほかのジャンプマンガには見られなかったのだ(ほかのマンガのは全部「ヨーダもどき」。結局は主人公を「善導」するしか能がない)。 桑原先生がヒカルとすれ違って、佐為の気配を感じるってシーン、原作でもすごく好きだったんだけど、そこでCM入れちゃ、せっかくのタメが消えちゃうでしょう。結構いい出来になってるだけに、惜しかったなあ。
ここんとこしばらく自粛していて顔を出してなかった某チャットに復活。 何人かの顔馴染みと会話することができて楽しかったのだが、しげにはこれがどうにも気にくわないらしい。 私がチャットにかかずらわっていて、自分の相手をしてくれないことに対するヤキモチを妬いているだ。 友人から「いい加減復活しなよ」と勧められて、別に頑なになってたわけじゃないし、自粛していた原因が解消したわけではないにしろ、多少は薄らいだのであるなら、まあ復活するに吝かではないと思っていたのだが、しげの心の中ではまだまだ拘りがあったようだ。 心の狭いやつというのはどこまでも狭い。
作りおきのお茶が、一日で腐った。 冷蔵庫にもしまわずに放っておいたので、仕方がないと言えば仕方がないのだが、ほんの二、三日前までは常温でも数日は持ってたのに、いよいよ夏が近いってことなのかな。 明日からはお茶作ったら間を置かずに冷蔵庫に入れにゃならんなあ。 ……でもどういうわけか、こういう単純作業ほど、やること忘れちゃうんだよねえ。
マンガ雑誌『コミック伝説マガジン』No.6(実業之日本社・680円)。 おお、急にボリュームが倍増した。というのも、今まで週刊誌形式の中綴じ(二つ折りにして真ん中をホッチキスで止める形式のやつね)だったのを、平綴じ?(背表紙つき)に変えたおかげだ。 なんたって、表紙の『8マン』の復刻だけじゃない、吉田竜夫の『宇宙エース』は別冊フロクで付いてくるわ、ジョージ秋山の『デロリンマン』は三度目の復活を果たすわ、若い人たちに読んでもらって、「こんなすげえマンガがあったのか!」と驚いてほしいものばかりだ。
私たちの子供の頃、「一番うまいマンガ家は誰か?」と質問されたら、同世代の者ならたいていが「桑田次郎」と答えていたと記憶する。今ならば、マンガの上手下手は単に「絵のうまさ」に帰するものではないと考えるところだが、シャープな線、スラリとした等身の桑田氏の絵は、ダントツに「うまく」見えていた。それこそ手塚よりも石森よりも。 桑田氏が例の銃刀法所持違反で逮捕、マンガもアニメも中断してしまった事件は、当時の私はほんの数歳であったのだが、鮮烈に記憶している。正義のヒーローである8マンと、作者が犯罪を犯したという事実とが、イメージの上でどうしても結びつかなくて困惑したことを覚えている。 後年、アレが警察のイヤガラセ的摘発ではなかったか等の指摘があることを知って、ようやく「桑田さんに罪の意識はなかったんだろうな」と納得することができた。持ってるだけで犯罪になる、とは余り深く考えていらっしゃらなかったのだろう。 アレが世間に対するデモンストレーションっつーか、「見せしめ」だとすれば、警察も相当タチが悪い。今更だが、桑田さんに8マンの新作を描いてほしいくらいである(平井和正の原作をナレーションまでそのまま移しただけの『魔人コズマ』とかじゃなくてね)。 桑田次郎のインタビュー、これまででもよく語ってたことだけど、あの人、全然自分の原稿に執着ないのね(^_^;)。原稿を散逸してるばかりか、自分が描いてきた作品自体、覚えてない。おかげで今回の表紙も綴じ込みポスターも全部「新作」だ。ああ、でも全然、線が衰えてない! 新作描いてくれよ〜、原作無視して(^o^)。
しかし『デロリンマン』復活とは誰がしかけたワザか。 『黒ヒゲ探偵帖』や『パットマンX』、『ほらふきドンドン』などで、生粋のギャグマンガ家だと認識されていたジョージ秋山が、一転、シリアスマンガどころか超異色の問題作を発表し続けるキッカケとなったのが、母親による子殺し、人肉食らいなどを扱った『アシュラ』。このマンガと永井豪の『ススムちゃん大ショック』のおかげで、我々の世代は、佐川くんの事件にも昨今の子殺しブーム(おいおい)にもたいしてショックを受けずにすんでいる。ま、人は人を殺すもんだよってか? 『デロリンマン』がジョージ氏の作品群の中でも特に異色なのは、オリジナル版がギャグで、リメイク版がシリアス&ギャグの折衷、そしてどうやら今回の再々作品が完全シリアスで描かれるらしいというところだ(もっともこの作者にギャグとシリアスを区別する意識はさほどないように思うが)。 同じ題材でこれほど作風を変えて描かれるというのも、『鉄腕アトム』並ではないか(^_^;)。 旧作を知っている人に解説は蛇足だろうが、エリートサラリーマンだった男が苦悩の末自殺、奇跡的に命は助かったが、その容貌は化け物のごとく変貌し、「魂の故郷へ帰れ!」と道行く人を折伏しようとする○○○○になっちゃったという、今考えても相当にアブない設定。 しかも今回、いきなリデロリンマン、道端でアーサー・ミラーの『セールスマンの死』を演じだすんだものなあ。うわあ、一段と説教臭くなってやがる。……でも、やっぱり出るぞ、今回もアレが。 そう、「オロカ面」。 もう一人のデロリンマン、救済の象徴がデロリンマンとすれば、絶望の象徴がオロカ面だ。ところが皮肉なことに、○○○○でホームレスという「異界の住人」と化したデロリンマンの言葉は、人々には全く届かない。そして彼に「絶望こそが救い」と語り続けるのが、「デロリンマンにしか見えない」オロカ面なのだ。 デロリンマンの言葉はどうしようもなく偽善だ。 ○○○○になってもなお偽善にすがらねばならない人間の現実は余りにも悲しい。 しかし、自殺も死も、実は欲の産物に過ぎないとオロカ面は語り、デロリンマンを追いつめる。彼の言う「絶望」とは「死」をもまたささやかな希望と否定し、「ただひたすら存在を否定され続けることを受容せねばならない永劫の苦しみ」だと訴えるのだ。 だいたい、オロカ面の言うように「全ての欲」を捨てたならば、生きることも死ぬことも不可能なのだ。そんなアンビバレンツを抱えていることを受容することは確かに死をも超越した苦しみだろう。 そう、我々は「愚か者」の仮面を脱ぐことは出来ない。 脱げばその先には「デロリンマン」という狂気が待っているだけだ。 ……ってこんなマンガ、小学生時分に読まされてたのかよ、オレたち(^_^;)。こまっしゃくれたガキがひねくれたオトナに育つのもわかるなあ。マンガの影響は偉大だ。 もしもみなさんが少しでも『デロリンマン』に興味を持ったなら、『浮遊雲』を読むよりも、『灰になる少年』や『ザ・ムーン』を手に取ってほしい。『銭ゲバ』や『ピンクのカーテン』や『ラブリン・モンロー』でもいいよ。『シャカの息子』や『海人ゴンズイ』はアレだが(^o^)。 ジョージ秋山という作家が一筋縄ではいかない人だということが解ると思う。
2001年05月01日(火) 実は某大学推理研OBです/『チーズはどこへ消えた?』(スペンサー・ジョンソン)ほか
| 2002年04月30日(火) |
今もまだへにょへにょ(疲れてんだよ)/『開田無法地帯』(開田あや・開田裕治) |
狂乱の三日間は終わりぬ(^o^)。 実際、6時間はたっぷりと眠ったというのに、カラダの疲れが全く取れていない。 過去の日記の更新だってしなきゃならんのだが、さて、ただでさえ日常の些細なことを針小棒大に書くことが主眼のこの日記にあって、果たして膨大な情報量を有するこの三日間の出来事を果たして書ききれるのであろうか。 作者は既に逃げ腰である。"└( ̄- ̄└)) ((┘ ̄- ̄)┘"
一昨日の某オフ会に参加した方々のサイトを巡回してみるが、まあまあ好評だったようで、ホッと胸をなでおろしている。……いやはや、「楽しかったけど、唯一あの幹事だけは」とか書かれなくて助かった(^_^;)。 これも、いざというときも当たらず触らず、世俗に埋没して生きる、という私の日頃の姿勢の賜物であろう(^o^)。……と思っていたら、私の正体にしっかり気づいていらっしゃる方がおられた。諸事情があって、いくつものHNを駆使し、正体を隠さざるを得なくなっていたのだが、世に慧眼の人というものはいるものだ。もちろん、悪意は全くない人なので、心配は全くしていない。 具体的なことは書けないが、あのあと、とってもお楽しみ♪になられた方もおられたようだ。日記にまでそんなことを書かれるとは、ちょっち赤面しちゃうのだが、その方のお人柄を考えると、かえって微笑ましいくらいなのである。いいなあ(* ̄∇ ̄*)。 なんだか、みんなの幸せを思い切り何かに祈りたい、そんな一夜でありましたね。
しげは旅の疲れが溜まっているのだろう、朝になっても起きて来ない。 もともと見越していたことなので、今朝はタクシーで出勤。偶然だが、以前に乗ったことのある運ちゃんだったので、道を覚えていてくれた。スムーズに職場につく。 連休を利用したと言っても、実はウチの職場は連休中もフル回転である。 私ゃ勤め人ったって、そこまで滅私奉公するほどの義理はない、と考えてるほうなんで「休日は休みますんで、後はよしなしに」とさっさとケツを捲って逃げたのだが、今日、休みなしで青息吐息の同僚を見ていると、さすがに心が痛む。 全く、ウチの職場は蟹工船かセメント工場か。 しかしなあ、同僚に悪いからってんで、休日出勤しちゃうと、既成事実を幹部連中に認めさせることになるんだよなあ。それを考えると、たとえリストラされようと、休む時には休むしかないんである。 現実問題として、マジメな同僚が、この休日明けに体調を崩して仕事を休んでいる。おかげで代理の仕事が増えたぞ、私だって、アタマは重いわ、ホネは軋むわ、ケツは痒いわ、散々だってのによう。(T-T) グスッ。 週に一日二日くらいは完全に仕事を離れて休まないと、みんな、カラダが持たないくらいハードな環境にいるってこと、幹部は少しは気づけよな。
会議がまたまた長引いて、しげを駐車場で10分ほど待たせる。 ぶりぶり文句を言うので、メシでも奢ってキゲンを直してもらおうと思ったのだけれど、いかんせん、東京で散財し過ぎててゼニがない(^_^;)。 で、逆に夕飯、奢られてやんの。しかもしげの仕事までに時間がないとかで、さっさと食える回転寿司。 いつものごとく、帰宅途上にあるのは例のバカ高いネタばかり流してくれる「すし大臣」なのだが、できるだけ安いネタを選んで食うようにする。 ゲソサラダ、いかめんたい、いかオクラ……って、イカ尽くしか(^_^;)。 でも、安くてカロリー低くて美味いのはなんと言ってもイカだ。実際、この店は安いネタでもヒト工夫して食わせてくれるので、高いネタを食わなくても充分満足できるのである。 ゲソサラダは、そのまま寿司のネタにしたら生臭く感じるゲソを、細かく刻んでマヨネーズで和えて、コリコリした食感が楽しめるようにしてある。いかめんたいはまさしく博多ならではの工夫だろう、めんたいのプチプチ感と適度な辛さが、イカの味と見事なコンビネーションを奏でている。いかオクラは……まあ、これは好き好きか(^_^;)。いや、私は好きなんだが。 基本的に、イカ自体が新鮮なのである。呼子のイカの活造りには敵わないが、歯応えは充分。まあ、金がなくともとりあえずイカ食ってりゃ、不満はないって感じなのである。 ……でも最後にヒト皿だけ、500円のハマチ食ったけどな(^_^;)。 そのうちまた寿司奢るから、許せ、しげ。
今年の2月19日の日記で、神野オキナさんの『シックス・ボルト』について、批判と言うよりは罵倒そのものの記述をしたのだが、そのことについて、作者ご本人から、「現実にありえないネーミングをしたのは、実在の人間との偶然の一致を避けたからです」というメールを頂く。 正直言って、慌てた(^_^;)。 小説中の人物名については、私自身は、読者がイチャモンを付けるほうが間違っていると思っている。例えば誰かが「有久幸次郎」という名のヘンタイ連続強姦魔を小説中に登場させたとして、それが私個人を知った上で書いたことであろうがなかろうが、私は全く気にしないのである。 しかし、作者がその点に配慮した上で、自分の書く小説の登場人物にはできるだけ荒唐無稽な名前を付けようとしたのであるなら、それは作者の創作姿勢として認めなければならない。地味な名前を付けるのがいいか、非現実的な名前を付けるのがいいのか、どちらが正しいという問題ではないのだ。 この問題については、ずっと昔、社会派ミステリが全盛の頃、松本清張の小説中の人物の名前が余りにありあふれていたために、各所で問題になったことがある。都筑道夫が折衷案みたいな形で、「名字か名前のどちらかが現実にはない」という設定で、「桔梗信次」とか、「鶴巻啓子」とか、「溝呂木省吾」とかネーミングしてたが、これもよしあしがあるだろう。 だいたい、清張の小説の登場人物が、みんな「上月樹蘭」とか「鮒床朱夏雄」とか「馬場々山豹三郎」とかだったら困るだろうが、神野さんの作品はSFなのだから、目くじら立てる必要はなかったのだ。 これは完全に私の誤読なので、訂正&お詫びの文章を当該記事のあとに書きこむ。 神野さんから、更に「もう私の本は読まれないでしょうね」とメールを頂くがいえいえ、とんでもない。基本的に私は貶している作品でも実は楽しんで読んでいるのである。だって、書くことがあるのだもの(^^)。ハシにもボウにも掛からない作品よりは、ツッコミどころ、ケナシどころがある方が、断然面白い。 私の方こそ、そのことを充分に伝えられない表現をしてしまったことには忸怩たる思いがある。このへんにも私の未熟さが現われているんだよねえ。 神野さんの「小説を発表した以上、批判は甘んじて受ける」態度には感激した。当たり前のことだけど、それがプロなのだ。プロの作品を私が支持しないでいられるだろうか。 もちろん、今後の神野さんの作品を読んで、またぞろ批判したくなる可能性はあるだろうが、それは「読む・読まない」の問題とは全然、関係ないことなのである。
開田あや・開田裕治『開田無法地帯』(マイクロデザイン・1029円)。 余りにも怪獣世代には当たり前過ぎてて、作者のお二人も全く注を付けていないのだけれど、タイトルの「開田無法地帯」と言うのは、『ウルトラマン』の「怪獣無法地帯」のモジリである。あの回は、レッドキング、チャンドラー、マグラ、ピグモン、スフランと、たった1話なのに、なんと五大怪獣が登場するという、怪獣ファンには夢かウツツか幻かって言いたくなるくらい豪勢かつ大胆な話だったなあ。 ……まあ、それはそれとして。 妻のあやさんが文章、夫の裕治さんがイラストを担当しているという夫唱婦随のこのエッセイ集、私には滅法面白いのだが、ちと独身オタクにはキツイのではないか(^_^;)。だって、全編あやさんのノロケでなりたってるようなものだし。もうあやさん、堂々としてて包み隠すところがないのだもの。妻帯者である私ですら赤面しちゃってどうしましょってなもんだから。 開田さんの本を買う人間は基本的にオタクであることは間違いないし、その中の独身率は相当高かろう。中の文章にもあったけれど、ヘンなヒトに狙われなきゃいいんだけどね。 一つ一つのエッセイにコメントすることは到底できないけど、差し障りがあるんで名前を隠したという、盗癖のある特撮マニアの俳優のこと、ちゃんと京○政樹だと書いた方がいいんじゃないか。オタク間じゃ超有名な話だし、確かどこかで活字になったこともあったはずだし。デマならデマだと本人が言えばいいのにそれをしてないってことは、間違いなく事実だしな。 盗人は盗人として認知してあげないと、被害者が増えるぞ。多分、『アギト』でも何かなくなってるんじゃないかな(^_^;)。
2001年04月30日(月) 別れのトワレ/映画『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』ほか
| 2002年04月27日(土) |
東京再訪� 浸安襪凌好献屮衄�術館/アニメ『くじらとり』ほか……“NEW”! |
東京1日目。
出発準備に追われて、昨晩は結局、風呂の中で寝る。 カラダに悪いことこの上ないが、そうしないと寝過ごしかねないからだ。 こうしておけば、湯が冷えれば自然に寒くなって数時間で目が覚める。 もちろんその前に死ぬ危険性もあるので、余りやるもんじゃないんだけれど、まあ、緩やかな自殺願望の充足だと思って頂ければ(^o^)。 ……ってこーゆーこと書くから、知り合いから叱られるんだなあ。 いや、もうしません。ほんと。多分。おそらく。とりあえず(^o^)。
目覚めると5時半。 しげ、出発まで間がないというのに、まだ起きてこない。 自分でちゃんと起きると言っていたのに、いつも旅行の前になると、不安になるのだよなあ。 旅行準備がもう少しというところでまだ出来ていないので、慌てて持っていく土産物などを紙袋に詰め込む。三十分ほどでようやく完成、もう6時を回っていたので、しげを叩き起こす。 案の定、「アンタ一人で行ってきぃ」とベソをかくしげ。 「寝惚けるな、ぼけぇ!」と一喝したが、考えてみたら寝惚けているからボケているのであった。 けれど、昔に比べたら駄々をこねる時間が短くはなってきたかな。
タクシーを拾って福岡空港へ。 飛行機のチケットその他の手続き、全てしげにまかせていたので、どの航空会社の便に乗るのかも知らないかった。 JAS? そんなんあったんか(^_^;)。 こういうところも私に世間知のない証拠だな。 6時40分、空港到着、登場手続きはあっという間にすむ。カバンがブザーに引っかかったんで、一瞬ギョッとしたが、こうたろう君への土産に用意してた『名探偵コナン』の懐中時計が反応したのだった。 ……で、ハッと気づいたんだけど、コナンのメガネだの時計だのシューズだの、あれ全部、空港じゃ危険物に引っかかっちまうんじゃないのか? コナン、何度も飛行機に乗ってたような気がするが、阿笠博士が何か特殊な加工でもしてて、機会に引っかからないようにでもしてるんだろうか。だったら、それって立派な犯罪……。コナンにミステリーのルール求めてもし方ないんだけど。
搭乗口までの移動、一分とかからない。 延々と歩かされた去年とは大違い(スカイマーク、冷遇されてるよな)。 売店で軽い朝食。梅お握り1個だけ。今朝の体重が83.6キロだったので。控え目にしておく。 しげは、サンドイッチに唐揚げ。 朝っぱらから濃いものばかり食うよなあ。やっぱり、私よりしげの方が健啖家だと思うんだが。 土産を適当に物色して、いよいよ飛行機に乗りこむ。
飛行機の中も、去年よりずっと雰囲気がいい。 スチュワーデスさんの制服、やっぱり紺色がベースってのがいいよな(いや、別にフェチじゃないぞ)。 前の座席の背もたれに、ビデオ画面があって、映画の予告編だの観光案内だのが見られるようになっている。昔はオーディオで落語を聞くくらいしか出来なかったのに、時代は進歩したなあ。 7時10分に離陸。 しげ、フライトの瞬間、画面を指差して目を輝かせている。 ちょうど高度が上がって、福岡の街並みがだんだんと遠ざかって行くところだ。こういうので有頂天になれるようなコドモ心って、ホントに失っちゃったなあ。いつまでもお子サマなしげが、こういうときは羨ましくなる。 機内サービスはジュースだけ。二人でアップルジュースを頼む。 今はどこの会社でもコスト削減を図っているらしいから、サービスの低下は仕方がないか。
羽田空港到着は8時30分。 予定より早く着いたらしいが、しげがイキナリ腹を壊してトイレに駆けこんだので、モノレールに一本乗り遅れる。慌てる旅でなし、その間にこうたろう君と連絡を取って、浜松町で待ち合わせることにする。 去年の旅行もそうだったが、宿から交通手段から、全面的にこうたろう君ご一家に厄介になっている。しげはそのことをひどく気にしていて、気にし過ぎてご家族に嫌われるんではないのかとか心配しているのだが、それは私も同じ気分なのだ。 どんなに「遠慮しなくていいよ」とか「気を遣わなくてもいいよ」と言われても、自分もまた逆の立場なら気を遣ってもらいたくなくても、どうも全ておんぶに抱っこ、では心が落ちつかないのである。 しげに「気にしないで甘えればいんだよ」と言ってる自分が、だいたい、奥さんやお子さんに嫌われるんじゃないかとか、気にしてしまうのだ。 しげ曰く、「嫌いな人に何を言われても平気だけれど、好きな人から嫌われたら悲しい」。誰から嫌われようが、別にどうということもない、という境地に至るには、我々夫婦の心は弱すぎるようである。
浜松町の改札を降りるなり、こうたろう君のお迎えに会う。 奥さんとお子さんたちは、外で待っている由。 「どうする? 神田を回るなら、ジブリで待ち合わせでもいいけど」 「いいよ、一緒に同行してもらったほうが助かるよ」 こうたろう君、わざわざワゴン車を弟さんから借りてこられたのこと。全く、何もかも手間をかけさせてしまって申し訳ない。 路上で奥さんと息子さん、娘さんにご挨拶。息子さんは、小学校二年生にして、既に立派な怪獣オタクだそうで、私たちが来るのを楽しみにしてたそうである。うーむ、期待に答えられるかどうか(^_^;)。 「んじゃ、東京タワーに行ってみる?」 「……? いいけど?」 ウカツなことに、その時点では、「東京タワー見物」の意味が、私にはわかっていなかったのだった。
こうたろう君の意図に気づいたのは、エレベーターに乗りこんだ時だった。 「ほら、この階段だよ」 エレベーターの窓から覗くと見える、赤い、ちょっとさびついた、何の変哲もない階段。息子さんにこうたろう君がにこにこ笑いながら説明する。 「しんちゃん、ここを駆け上ったんだよねえ」
……そうか! これ、『オトナ帝国』ツアーだったのか!
ウカツと言えば、こんなウカツなことはない。 「東京タワー」と言われた時点で、「20世紀博」を思い浮かべてもよかっただろうに。 「昔は、ここを登れてたら、記念品がもらえたんだ」 とこうたろう君の説明。階段の幅は映画よりもずっと狭く、怖い印象。これをしんちゃん登ったんだ、エライよなあ、ホントに。 「文学散歩」という名目で名所旧跡を回ることはよくあるが、ブンガクブ出でありながら私が旅行先で回るのは、たいてい映画やアニメの舞台になったところだったりする。……今回の旅行の最終日には、「岡本太郎記念館」に行くことも予定している。どうやら今年は完璧な「クレしんツアー」になりそうな気配だ(^o^)。 東京タワーに来たのも、もう20年ぶりくらい。偶然にも今日が展望台のリニューアルグランドオープンの日。……のわりに、展望台にはあまり客が入っていない。「大丈夫かこれで」とこうたろう君、笑っているが、東京都民として心配しているのか嗤っているのか。 エレガのねーちゃんも、スタイルはいいけどちょっと愛想がない。 高いところにいるとやはり地上の人々に対して「ふっ、愚民どもめ」という気分になるものなのかどうか。しげはなるみたいだが。 しげ、土産物売り場で、東京タワーを縁取った写真スタンドを見つける。……言っちゃなんですけど、超ダサダサ(^_^;)。なのに、しげ、またまた目をキラキラと輝かせて「これ買って!」。……(・・;)。 ああ、小道具に使うのか。 ようやく事情を察して、購入。ほかにもまあいかにもな東京タワーグッズがあったがそこまでは手を出さず。「根性」ロゴ入りの置物なんか置くスペース、ウチにはねーよ。 一階のマクドナルドで、みんなで食料を買い込む。 私は飲みものだけをしげに頼むが、寄りによってLLサイズを買ってくる。 「……こんなに飲めるかよ」 「いつも飲んでるじゃん」 「(小声)……そりゃ、いつもはオマエと二人で飲んでるからだろ(・・;)」 ……こんなところで、普段の生活をノロケるハメになるとは思わなかった(-_-;)。 こうたろう君の娘さん、東京タワーのマスコットキャラらしい、「ノッポン」とかいうのに熱心に見入っている。細長いピンクのウンコかコ○○○ムにしか見えない妙ちきりんなキャラだってのに、コドモはこういうの好きだよなあ。しげは「エイリアンがいた!」とか言って(土産グッズ屋にいたらしい)、私の後ろに隠れているが、なんでこのトシになっても着ぐるみ怖がるかな。
次の目的地は、三鷹の森ジブリ美術館。 2時からのチケットを買ってもらっているのだが、渋滞を考えて、早めに到着。1時間ほど、太宰治の心中現場である玉川上水などを散策する。 「……こんなとこで太宰死んだの? 狭いじゃん」 「ほかに死ねるとこいくらでもありそうだよな」 「やっぱ太宰、自分だけは助かる気でいたんだぜ」 「女にしがみつかれて、助かりそこなったんだよ」 こうたろう君と私の全く不謹慎極まりない会話だけれど、多分、これは当たっていると思う。 茶店のようなところで、昼の軽い食事と乾杯。 みんなで焼きそば、カレーなど。しげは「サクラアイス」を頼んで、「さくら餅の味がする!」と喜んでいる。……って、さくらんぼの味じゃないのか。
「ほら、お姉ちゃんにバスを教えてあげな」 こうたろう君が息子さんに向かって呼びかける。駅から美術館までのトトロバスが通っていたのだ。 お姉ちゃんというのはしげのことだが、必然的に私はお兄ちゃんと言うことになる。しげは「それは間違ってるよな」と言うが、しげももうすぐ「おばさん」のトシになるのだ。自分だけを棚に上げてはいけない。
ようやく2時になって、美術館の中へ。 入口に「撮影禁止」の説明書き。 「開館したときは撮影は平気だったんだがなあ」 と、こうたろう君、首を捻る。こうたろう君一家は、もう以前に一度、ここに来たことがあるのだ。 こんな措置が取られたのは、多分、マナーの悪い客が増えたせいなんだろう。実際、「禁止」されてる今でさえ、中で写真撮りまくってる客が多いことと言ったら。これで子供に「マナーを守れ」と教える気なら、そりゃ筋違いってもんでしょ。 私は素直にロッカーにカメラ入れちゃったけど、それが正しいからとか、自分だけは善を貫くとか、そんな大層なこっちゃない。フツーのことです。 映画や土産物屋は満杯だったので、まずは展示物を見て歩こうと思ったのだが、こうたろう君の息子さん、まずは「アレ」を私に見せたかったらしい。 「こっち来て!」と言って、螺旋階段をとっとこ上っていく。 ……年寄りにはちょっとキツイぞ。一気登りは(-_-;)。
『天空の城ラピュタ』のロボット兵(『さらば愛しきルパン』のラムダと言うべきか)、パンフには「守り神」とあるが、これがこの美術館のテーマのシンボルであるだろう。 屋上に吹き曝しの、誰でも触ることのできる、鉄製の、5メートル近い巨大なロボット。そのつなぎ目の隙間からは草が生えている。 この像は、決して「保存」を目的としてはいない。 人が触れ、風雨に晒され続けて、この像はどんどん古び、壊れていくだろう。それが目的なのだ。 人目に触れず、保存と見栄と財テクだけを目的とした美術品の死蔵とは、全く逆のコンセプトでこの像はここにあるのだ。 私もこのとき、この像に触った。冷たいのに、なぜか温かい気がする。 叩くと、コンコン、と鈍い音がした。 もし、数年して再びここに来ることがあるとしたら、またこの像はほんの少し、姿を変えているだろう。 どこかが壊れ、どこかが傷つき。 時の流れと人の営みと、それをともに見守り続ける、字義通りの「目守り(まもり)神」。確かにこの像にもう一度「会いに」来たい。 そう思わせる何かがあった。
アニメの部屋の展示物の殆どが、各種のゾーエトロープ(驚き盤)、ないしはパノラマ、というのは、アニメが本来「見世物」であったころの記憶の再現だ。 うーむ、腐っても宮崎駿(^o^)、アニメの美術館が何を見せるべきかってのがわかってるんだなあ。 中でも立体ゾーエトロープ、縄跳びするサツキたち、跳び撥ねるトトロ、ネコバス、コウモリたちの造型はス素晴らしいの一語に尽きる。……これを見るだけでも、ここに来た甲斐はあったというものだ。 オタクには、むしろアニメ工房を再現した部屋の数々が、何時間でもいたい場所だろう。アニメの制作過程が、ハリガミで解るという凝ったツクリ。
中川李枝子原作、宮崎駿脚本・監督の新作アニメ、『くじらとり』、満席で階段に座って見る。 この原作読んだの、何十年前だろうね。現実と幻想の境界線を軽々と飛び越えて見せたこの児童文学の傑作だけれど、今はかえって「現実と空想の区別がつかない子供を育てる」と批判されやしないだろうか。 その境界線がないからこそ面白いんだけどね、これは。 保育園の子供たちが積み木で作った船が、本物の海に出かけて、くじらと一緒に帰ってくる。それだけの話だけれど、実に緻密に作られている。長編よりもこういう小品の方が宮崎駿のいいところが凝縮されてる気がするなあ、くじらの表情とかね。
ひと通り回って、カフェでこうたろう君オススメのホットドッグを食べる。 パリパリしたパン生地で私は美味しかったのだが、しげには歯応えがありすぎたようだ。 土産物は特に買わず、図録とパンフレットのみ。しかし、この図録自体、実に読みごたえがある。
帰り道、上野の山城屋という玩具屋に寄る。6階建てが全部玩具屋というのも豪勢だけれど、欲しかった食玩なんかか山とあるので、誘惑に堪えるのにひと苦労。明日以降も散財する予定があるので、何とか理性を保って、何も買わずに店を出たのであった。 しげはこうたろう君の息子さんも娘さんにこっそり土産物を買ったらしい。 こうたろう君が「去年みたいに、お土産買ったりしなくていいからね」とそっと言ってきたのだが、時既に遅しだったのである(^o^)。
こうたろう君の家に帰りついた時にはもう8時を回っていた。 ご近所から天麩羅そばを取ってくれたのをありがたく頂く。 土産に持ってきたアニメ『カウボーイビバップ』のテレビ版、幻の最終回を一緒に見ながら、「よくこんなテレビ局批判アニメを作ったよなあ」と談笑。 ……明日も早い。今日はこれまで。
2001年04月27日(金) 祝、2000ヒット/映画『チキンラン』
| 2002年04月26日(金) |
アッパレ再び/『学園戦記ムリョウ』7巻(完結/佐藤竜雄・滝沢ひろゆき)ほか……“NEW”! |
仕事を1時間早引け。 と言うのも、しげと一緒にもう一度『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦』を見るためだ。 前売券はしげの分がまだ残っているし、今日あたりに行っておかないと、もう時間がない。……3週間くらいしかやらないんだものなあ、『クレしん』。 下手に用事を言いつけられるとヤバイので、時間になるやいなや、慌ててしげの車に飛び乗る。 しげの顔を見ると、また目の下にくっきりとクマが。 「また寝てないのかよ!?」 「……鴉丸と今日、携帯買いに行ってたから」 と言って、見せられたオレンジ色の物体、表面にサングラスをかけたダン・エイクロイドの写真が印刷されている。 普通なら「へええ、好きな写真をカバーにできるんだ」と感心するところだろうが、言っちゃなんだが、人相の悪いヤクザが映ってるようにしか見えない。 「『ブルース・ブラザース』の写真だと、『ブルブラ』だけのファンって思われちゃうから、ダンの写真にしたの」 そんな心配する必要があるのか? 誰かに見せる機会があるのかよ。 「……寝てないほうがカラダ壊すだろう。今日、映画見るとわかってて、なんで昼間、出かけるかね」 「だって鴉丸が携帯買い換えるって言うんだもん」 別にそんなのに付き合う義理はないと思うんだけどなあ。鴉丸さんも鴉丸さんで、もちっとしげの様子を見て察してほしいものだが。まあ無理か。 「映画の最中、寝ないか?」 「おもしろけりゃ寝ないよ」 まあなあ、確かに「面白い!」と太鼓判は押せるけど、何しろしげはヒネクレた映画が好きだからなあ。マットウ過ぎるくらいマットウなこの映画、楽しめるかどうか。
二度目だけれど、初日は指定席なのに結構後ろの席に回されたので、今日は前の席に行く。 前回は気づかなかった、画面のすみの細かい演出にまで気づいて、再び涙。 人体の80%は水だってことだけど、こんなに流してたらホントに脱水症状起こすんじゃないか、ってくらい泣く。馬鹿だよなあ。 映画が終わるなり、しげ、スッと指を伸ばして、私の眼の下に当てる。 泣いてるかどうか確かめてるのだな。残念でした。今回の涙は全部鼻に流して飲みこみました(キタネエな)。 でも、また泣いちゃったことは事実である。 なんだか胸のうちを見透かされたような気になって、しげに愚痴る。 「……オマエは泣かなかったのかよ」 しげ、のんきな表情で「泣かないよ」と答える。「一人だと泣いたかもね。でも、映画館では泣かないよ。ほかに人がいるから」。 映画は大画面で見てほしいけど、人がいると感情も殺しちゃうってのはイマイチ映画を楽しんでないよなあ。もう少し気楽に見てくれればいいのに。
さあ、いよいよ明日から東京行きだ……ってのに、まだ準備ができていない。 ビデオカメラを用意するが、操作の仕方が解らない。 しげに「これ、どうやって使うの?」と聞くが、寝不足のしげ、イライラしていてケンもホロロ。 「前に教えたろ!?」 「しばらく使ってないから忘れたよ」 「私に寝るなってこと?」 「使い方教えてくれってのは、随分前から何度も言ってたじゃんか。いつまで経っても無視してるからギリギリになったんじゃん」 しげ、ブリブリ言いながら充電の仕方などを教えてくれるが、本心では「この田舎者が、旅行にビデオカメラなんか持って行こうとしやがって」と思っている様子は一発でわかる。 しげは、私が「オヤジ」っぽい行動を取ることを何かと嫌うところがある。 結婚当初、私がテレビでプロレス中継見ようとした時には「アンタって、プロレス見る人だったの!? 裏切られた!!」とまで言われたし。 でも私は骨の髄までオヤジである。これは否定のしようもない事実だ。 しげは私に「カッコイイ夫」でいてほしいのだろうか。……あの、だから幻想や夢を見るのが許されてるのは10代までなんだってば。
できるだけ荷物を少なくするために、下着や衣類はしげと同じバッグに詰めて入れる。 しげがヤフーのオークションで手に入れた「だん・えいくろいど」と平仮名ロゴの入った黒いバッグを使用。……どう考えてもパチモンで、こんなのなら自分で作ったほうが安上がりなんじゃないかと思うんだが、「ダン」と書いてあったら何でもいいんだろうな。 ……ダン・エイクロイド印の○○ド○○とかあったら買うかな、しげは。(^w^)ウププ。
マンガ、佐藤竜雄原作・滝沢ひろゆき漫画『学園戦記ムリョウ』7巻(完結/NHK出版・500円)。 おお、これはスゴイ。 地球人類が進化の次のステップを踏むようになる、という結末は妥当ではあるが、まあいかにもNHKのアニメらしいありきたりなハッピーエンドではある。 スゴイのは、ついに最後まで、「ムリョウ」の正体を明かさなかったことだ。 6巻から7巻にかけて、それまで「謎」とされてきた人物たちの目的、行動が次々と明かされていった。 ジルトーシュと瀬津名の関わりも、「シングウ」の力とは何だったのかも。 けれど、まるで全ての「観察者」であり「牽引者」であるかのように振る舞っていたムリョウが、結局「何者」なのか解らないまま終わる。 ……彼の微笑みだけを残して。 しかし不思議と、そのことに対する不満は生まれてこない。 彼が何者であろうと、地球のために、天網の町の人々のために、那由他と村田君、二人の主人公のために、その持てる力を注いできたことはもう読者にはわかっているのだから。 ……解説するだけが能じゃないんだよなあ。
2001年04月26日(木) イシャはどこだ!/映画『黒蜥蜴』(1962年・大映)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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