無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年03月13日(水) 「かろのうろん」ってわかる?/『博多学』(岩中祥史)ほか……“NEW”!

 ううう、そろそろ、更新爆走せねばなあ、と思いながら昨日の分、むっちゃ時間がかかっちまったい。
 これもみんな「日記は長けりゃ長いほどいい」なんて抜かしやがったヤツのせいだ。誰だそれは。私です。すみません。

 今日もまた外は雨だし。
 こういう日はしげも迎えに来たくはないらしく、機嫌が余りよくない。
 仕事帰りに本屋に寄ってもらう。
 しげが小野不由美の『屍鬼』を突然読みたくなったとかで、いきなり買わされることに。……いや、買うのはいいんだけどさ、買ったらしげ、本をあっちこっちに放り出すから私が読めないんだってば。
 私も一緒に『アニメージュ』『ニュータイプ』を買う。

 帰宅して、マンションのエレベーターに乗ろうとしたら、ちょうど乗り会わせた人たちがスゴイ巨漢三人。姿恰好からすると見るからにアチラ方面のヒトたちなのだが、私は余りそういうのを気にしないほうなので、平気で一緒に乗りこむ。
 私としげが乗ったとん、ブザーが鳴る。
 うわ、このマンションに住んで十年、ブザーが鳴ったのって初めてだぞ。
 前に乗ってた三人のうちの一人がポツッと言った。
 「……荷物が多いからな」
 荷物のせいやないわ〜! たいして持っとらんやんか〜!
 と、ノドから出かかったが、そこまでの勇気はない。
 仕方なくエレベーターから降りて、もう一度乗りなおす。
 あとで制限体重を見てみたら、700キロまで耐えられるようになっている。
 ……つーことは平均140キロって……いや、しげと私とを合わせてそれくらいだぞ。
 じゃあ、あの三人、一人200キロ近くあるんかい(^_^;)。

 
 『NEWTYPE』、フロクになんとDVDが一枚ついてくる。
 これは世界初ってことだそうだけど、問題は中身だな。
 ……うーん、判断が微妙。
 『WX�掘抔�開記念、と言うことで、出渕裕や押井守のインタビューを収録してるのは、私は面白かったけれど、こういうインタビューって、活字記事以上の価値があるかどうかってことになると、余りなかったりするんだよね。
 喋った言葉って、舌足らずなことも多いから、やっぱりあとで本人が手を入れたり、注をつけたりして活字にしてもらった方が、意図はよりよく伝わるんである。
 まあ、押井守がいかにもふてくされた感じで「ミニパト作ったわけ? 企画が来て、オレのやりたいことやるのに都合がよかったからだよ。あんなSDキャラ、大っ嫌いなんだよ」とかツバ吐くように喋ってる雰囲気は、とても活字じゃ伝わんないだろうけど。
 新作ビデオの予告編の類は、今は面白いけれど、時間が経てば価値はなくなる。じゃあ、何がこのDVDの目玉かと言うと、『機動警察パトレイバー』第一期OVA第一話完全収録だったりする。
 LDで持ってるって……(-_-;)。


 夕方、『続・平成夫婦茶碗』第十話を見る。
 優香の演技が意外といいのにビックリ。
 これまでの話を丹念に見てたわけじゃなくて、たまたま目にしてただけだったので、浅野温子が幽霊ってことくらいしか分らなかった。
 ドラマとしてはたいしたことない。
 借金がかさんだ満太郎(東山紀之)に、大手の食品会社から、金満ラーメンをカップラーメン化したい、との申し出がある。契約金は500万円。灯(優香)や子供たちは半信半疑だったが、満太郎は喜んでこの話に飛びつく。
 しかし、契約の日、食品会社に行った満太郎は、完成したカップ麺を試食した途端、味が変えられ、金満ラーメンとは似ても似つかないものになっていることを知る。節(浅野温子)や灯、子供たちとこの味を作り出すまでのことを思い出した満太郎は、結局、契約を断る。
 ……という結末になるなら、書く必要ないじゃん。
 先がミエミエっつーか、余りにケツが青い。
 契約前に断るんなら、結局は誰も傷つかないで終わるからねえ。味が変えられてもカネのために契約して、それで新しく来た客が「カップ面の味と違う」とか言い出して更に満太郎が苦しむ、とかいう展開になるってんならまだドラマだけどさ。上滑りっつーか、テキトーなとこで難しい展開になるの避けてんだよ、脚本がねえ。


 しげ、夜中にいきなり、「二度と帰ってこんよ」と言って出て行く。
 眠かったのでそのまま無視して寝る。
 明日も晴れるといいな。


 岩中祥史『博多学』(新潮社・1575円)。
 『大坂学』『東京学』『名古屋学』と続く「都市学シリーズ」の第6弾。
 あえて博多出身者でない人間に、その土地のことを書かせるという企画、なかなか面白い。
 ただでさえ唯我独尊が信条みたいな博多人にオクニ自慢をさせると、もう鼻もちならないものになるという判断からかもしれないが、なるほど、筆者は意外と気づいてないかもしれないが、博多人にしてみれば耳にイタイところもあって、だからこそ「客観的」だなあ、と思わせる。
 「福岡は、東京など比べものにならないほど歴史の古い都市である。“新参者”の東京に大きな顔をされてたまるか! くらいの気概は、多くの人が持っているに違いない(もっとも、そのわりにはミニ東京化しているきらいはあるのだが)」なんて文章、博多人には書けんもんね。
 博多人に書かせちゃうとね、例えば長谷川法世のマンガみたいに「博多」らしさを強調しすぎて、かえって現実離れしたものになっちゃうんだよな(ついでに言っておけば、博多人に「九州男児」って自覚はないから。博多の人間は博多出身ってだけで充分なので、ことさら「九州」は主張しないのよ)。
 表紙のうえやまとちのマンガも、博多人が「アポまってきた(うんこしてきた)」とか言ってるとこ描いてるけど、イマドキそんな言葉使ってる博多人はもういないよ。

 「福岡」と「博多」が違うってことくらいは、博多人自身、アイデンティティの一端になっているから主張はする。けれど、ロシアがかつて、世界の全ての八間、発明を自国の産物と喧伝していたように、突出したナショナリズムは、「博多にあるものはすべてイチバン!」という妄想を作り上げる。例えば食べ物について、博多人は「全ての食は博多に通ず」って思ってるとこあるしね。筆者は、博多が食事どころであることを認めつつも、忌憚のない意見を書いてくれてるのが嬉しい。
 若い博多人(これはまあ、五十歳以下ですかね)は、「博多んラーメンはとんこつやなかと(でないと)」とか言ってるヤツ多いけど、博多ラーメンの代表のように言われている「一風堂」のラーメンが、もともとは博多ラーメンの味ではなく、開発の末にできたものであることや、土産物の定番、明太子のルーツが韓国であることなど、キチンと書いてくれているのだ。
 で、殆ど唯一と言ってもいい博多の味「おきゅうと」については「こんなものか」って貶してるのな(^_^;)。
 威張っちゃいけない。博多はいろんなとこからの文化の流入で「味」を作り上げていったって過程があるのだ。それに伝統で言えば博多人はラーメンはキライで、うどん(博多弁では「うろん」)の方を好むのが「正しい」んだよ。

 全体的に筆者の批評眼は信用できるのだけれど、やはり細かいミスはあちこちにある。例えば、長谷川町子の出身を福岡、と書いてるのは間違い。
 あの人は佐賀県多久市の出身。博多に引っ越してきて、そこで「福岡日日新聞(今の西日本新聞)」に『サザエさん』を連載し始めたのだ。だから厳密に言えば、「サザエさん一家」が博多人なのね。
 だからあの人たちが東京弁を喋るのは本来おかしいのである。
 本当のサザエさんは、こう会話しなきゃならない。

 サザエ「カツオ! またアンタは、なして宿題もせんと、あすびに行きようとね!?」
 カツオ「ねえちゃん、違うばい。中島ンとこで一緒に宿題ばしようて約束しとったっちゃん」
 ワカメ「あ、にいちゃんまた、ウソつきよう! 中島さん、さっきバットとグローブ持って、グラウンドに行きよったとに」
 カツオ「な、なんば言いよっとや! ぞうたんのごと!」
 サザエ「あんたまたすらごと言うて、姉ちゃんば騙しよったとやね!? 今度という今度はねえちゃんも腹かいたけんね! こっち来んしゃい!」
 カツオ「あ! ねえちゃん! あすこに魚ばくわえたドラネコが!」
 サザエ「あいた! ほんなこつ! 待たんね! こんドラネコが!」
 カツオ「……ふう、往生したばい」

 ……まあ、これもちょっと誇張してますが(^_^;)。

 けど、やっぱり遠慮して筆を押さえてんじゃないかってとこはあるねー。
 東公園の亀山上皇像について書いてる人ってなかなか見かけないし、焼き鳥屋が多いことは書いてても、焼肉屋がそれ以上に多いことについては、筆者が気付いてないはずはないと思うのに書いてない。博多の焼肉屋は殆ど韓国系なので、妙に気を遣ったのかな?
 あと、さりげなく「角打ち」(いわゆる「ぐい呑み」のこと。酒屋の店先で一杯酒を飲ませるのである)について触れてるけど、これ、昔から仲間ウチの儀式みたいな意味があったんだけどな。だから、被差別階級の人たちは仲間じゃないから「角打ち」させてもらえないってことも江戸期にはあったんである。それをあえてやった部落の人が処刑されたという悲しい歴史もある。博多の文化に触れるなら、ホントはこういうことも知ってた方がいい。
 ま、「学」と言いつつ、観光案内に毛が生えた程度だから、しょうがないんだけどね。
 博多初心者には(上級者まで行かにゃならんのか)ちょうどいい程度のものだけど、何しろ博多も変貌激しい町だから、3年後この本が役に立つかどうか。

2001年03月13日(火) 少女しか愛せない/『NOVEL21 少女の空間』(小林泰三ほか)ほか


2002年03月12日(火) 「思春期」という名の汚泥/『サブカルチャー反戦論』(大塚英志)ほか……“NEW”!

 もうなんだかまいにちのおしごとがたいへんです。
 いそがしくておひるねもできません。
 だからかえってすぐねむくなりますがにっきをかかないといけないのでねむくてもがまんします。
 こんなぼくはかわいいとだれもいってくれませんがいわれたらいわれたできもちがわるいのでそのままでいいんだよとじょんれのんもいってました。

 ……熱があるのか、私。

 スーパーに寄って、食料など買い込む。
 惣菜売り場で、からあげを買おうとしたときに、偶然、同僚の女性に出会って挨拶。我々も夫婦で買い物してたのだが、あちらも旦那さん連れであった。
 「あら、いつもこちらでお買い物なんですか?」
 「ええ、仕事帰りに買い物して、それから家事を」
 「私たち、この近くにすんでるんですよ」
 「ああ、それは便利ですねえ」
 と、たわいのない会話。
 実はこの女性、しげと同い年だ。
 けれどねえ、はっきり言って、しげより美人だししげより清楚だししげよりしっかり者だし、まあ、しげより劣ってる女性を世間で探すほうが実際、難しいと言うか、砂漠の中に落ちたゴマ粒を見つけるくらいミッション・インポッシブルなことなのだが、それにしてもちょっと立ち話してるだけで、しげが嫉妬してるのがわかっちゃうのがどうもねえ。
 どう嫉妬してるかと言うと、表だってケンカ売るような度胸はしげにはないから、私の後ろに隠れてモジモジしてるのである。
 実はこの態度が、しげを「かわいい」と誤解させてしまう原因になってるのだな。しげは自分が「かなわない」と思った相手からは逃げるやつなんだけどね。
 ……んなこと言ってたら私だって相手の旦那さんには全然かなわないんだが。

 で、今日も夕食は「焼肉もやし」。安上がりでヨイです。


 『盤嶽の一生』第2話「絵図面の謎」。
 やっぱり今回も騙される盤嶽の巻(^o^)。
 でもコンセプトが分っちゃうと、第1話ほどには楽しめないなあ。
 「大盗賊日本左衛門の埋蔵金」ってよう、それだけでもう、「インチキ」ってバレバレじゃん。
 となると、あのゲストもこのゲストもみ〜んな「詐欺師」だってことが見えちゃうんだよなあ。
 しかも1話とうって代わって、安達祐実だの高橋和也だの浅野ゆう子だの、大根ばかり揃えやがるし。
 キャストで映画の9割は決まるって言ってたんじゃないのか、市川崑。


 某サイトにて、中学三年生の女の子と、偶然にも二人だけでチャットしていた。何分、受験生であるから、激励めいたことを喋っているうちに、その女の子の友達の話になる。
 「思春期」というコトバの胡散臭さとは、まさしく10代を生命感溢れる「春」に譬える偽善性にある……とは誰が言ったんだったか、私が言ったんだったか。
 実際、10代、20代前半の頃くらいまでを思い出してみたらいい。そんなオブラートにくるんだような甘いもんじゃなかったはずだ。自分のほとばしる性を制御できず、バカでアホウでみっともない行動を周囲に晒しまくっていたかつての自分。よく、「若い頃に戻りたい」というヤツいるけど、それはいったい、どのあたりまでだ? 私はせいせい20代後半だ。それ以前の狂気と愚昧の10代になんぞ、帰りたくもない。
 だから、今の私が「10代の女の子ってどう思う?」なんて聞かれても、答えに窮するばかりなのだ。
 その女の子自身は、トシのわりには随分と冷静なほうである。同じ10代でありながら、同い年の友人たちの「自己欺瞞」にはしっかり気がついている。だから逆に、友達にある「悩み」を打ち明けられて、困ってしまったらしい。
 「私はこんなに苦しいの」という友達の言葉が、その女の子には「自分に酔っている」ようにしか聞こえない。
 それはその通りだろう。
 10代の少女の涙の9割は(あるいは10代でなくても)、「自己陶酔」だ。
 ただ、私はその女の子の分析に舌を巻きつつも、「そのトシで既に人間の全ての事象を『自己陶酔』で括る」ことの危険性も感じていた。
 こういう冷静な子って、女の子グループの中じゃ「浮く」んだよね、往々にして。
 だから、「そういう『自分に酔ってる』って切り取り方をする必要はないんじゃないかな。確かにそういう面もあるだろうけれど、『悩み』をどう解決するかってことを、完全に自己完結させることだって、できることじゃないんじゃないかな」なんてことを話す。
 中学三年生にこんな言葉遣いは少々難しかったかもしれないが、それを理解できるだけの能力がこの子にはあるんじゃないかな、と期待したのだ。
 反応は「はあ、そんなもんですかね」だったけど。


 大塚英志『サブカルチャー反戦論』(角川書店・1155円)。
 まず、この単行本のモトの掲載誌がどこか、ということから押さえておく必要があるだろう。
 『NEWTYPE』である。『ザ・スニーカー』である。
 そうですよ、あのオタク系アニメ情報誌の、小説誌の、です。
 『多重人格探偵サイコ』の連載のフリをして、さりげなく読者に提示されちゃった原稿。それがこの『反戦論』。
 この事実だけでもう、実はこの本読む必要なくなっちゃったんじゃないかって気がするよね、実のところ。こういう「反則」的行動自体は確かに面白くはあるんだけれど、同時にそんな行動を取るやつが「信頼に値しない」というのもたいてい事実だし。
 ……いや、取ってもいいけど、それを「前がき」で弁明しちゃイカンよねえ。やったらやりっぱなしで、あとは黙ってなきゃ。「反則」の言い訳くらいみっともないことはないよ。

 あの同時多発テロに対して、文学者たちが表立った行動を取らなかったことに対して、作者は、「かつてない苛立ち」を覚えたと言う。
 「あらゆる戦争行為に協力しない、と正論をとなえる勢力はジャーナリズムで存在感をなくし、10年前の湾岸戦争では反対声明を出した文学者からも目立った動きがなかった。その『鈍さ』。漫画をなりわいとするサブカルチャーの人間として『逆ギレ』した。」
 ……気持ちはわからなくはない。けど、あまりにストレート。というか、「文学者へのヒガミ」を動機に書いてるんじゃん、このヒト。正直すぎる述懐ってのは、かえって「胡散臭く見える」ってこと、この作者、考えて書いてるのかね?
 「戦争に協力しない」という意見を述べるのは構わないけれど、それって国際的には一つの「意見」ではあるけれど、別に絶対的な「正論」じゃないでしょ? 唯一にして普遍的な「正論」なんてものはどこにも存在しないんで、それを口にした時点で、このヒト、論理が語れる人ではないということが見えてしまう。
 第一、「文学コンプレックス」をバネにして「アジビラ」書くってのが読者に見えちゃうってのは、アジとしては最低レベルではないのか。

 「反戦」を唱える者はたいていヒステリックだ。
 そのヒステリックさが反発を招いたために、最近の「復古」ブームというか、「戦争もまた一つの選択肢であった」という肯定論を認める風潮を作ってきたということを、反戦論者たちは情けないくらいに自覚してない。
 「日本国憲法の英語原文の和訳」とか面白いこともやってるけど、概して説得力に欠けるのは、やっぱり「でも、日本が攻められたらどうするの?」という疑問に答えてない(答える気がない)からでもある。
 私も「反戦論者」だからこそ、自分の立場に欠陥があること、わかるんである。そこから逃げてる文章はどんなにページ費やしたって、ただの駄文にしかならないんだよねえ。
 結果、ただの「自己満足論」にしかなってない。どこかにもちっと説得力のある「反戦論」はないものかねえ。

2001年03月12日(月) 伏字な話/ドラマ『D』episode1 ほか


2002年03月11日(月) また一人のスケープ・ゴート/『新千年記(ミレニアム)古事記伝 YAMATO』(鯨統一郎)ほか……“NEW”!

 小泉首相誕生の頃くらいから、政治が結構面白くなっていたのだけれど、「その人気の凋落が起こってから」、また、昔のように興味が薄らいでいる。
 小泉首相に失望したというより、それを支持していた大衆の「堪え性のなさ」に、ちょっとガッカリしたのである。
 「小泉さんは結局、口先ばかりでリーダーシップが取れない、実行力がない」って意見、多いみたいだけど、そんなの、総理就任以前からみんな言ってたことじゃん。「にもかかわらず」、大衆は小泉さんに期待してたんじゃなかったのか。今更そんな分りきったことを理由に「失望」するなよ。
 これだから「大衆」ってヤツはマスコミの「洗脳」にコロリと騙されるのだよな。
 鈴木宗男の証人喚問についても、だから世間が騒ぐほど興味を持たなくなっている。
 マスコミも大衆も、攻撃したい「悪者」を作りたいだけだものねえ。
 ただ、その対象として選ばれたのが、「いかにもコツブ」な鈴木宗男だと言うことが情けない。
 情報操作の基本の一つに「憎まれ役を作る」(もちろん真の巨悪から大衆の目を逸らすため)ってのがあるけど、アンタ、鈴木宗男なんて、時代劇の悪人のレベルで言えば、せいぜい庶民の上前ハネる小商人でないの。外務省に影響力があった、とか騒いでるけどさ、実のところは政治家の官僚への影響力なんて、日本じゃ諸外国ほどにはないのよ。
 騙されちゃいけないのは、一見、政治家の影響があるように見える場合でも、それはもともと官僚が望んでる場合がほとんどだってこと。政治家の圧力があったとか、後ろ盾についたとか、言われるけど、それって政治家を「お墨付き」として利用してるだけなんだよね。NGO閉め出しの件だって、もともと外務省自体がそれ望んでたの、はっきりしてるじゃん。
 今回の北方四島のナンタラにしてもよ、本人も「一所懸命思い出して答えてるんですよ!?」とボケるくらいに、どの政治家も日頃やってる程度の微々たる不正だ(大金が絡んでるじゃないか、という向きもあろうが、私ゃ「頻度」のことを言ってるのね)。あの程度の男を責めることで「溜飲を下げられる」、あるいは「義憤を感じて正義感に浸っていられる」程度の意識しか持ちえていないってのがねえ、「日本人はもっと政治に関心を」と言ってる連中なんだよ。
 ……だからそれはそっちの勝手だから、私を巻き込まないようにってば(-_-;)。


 モヤシマヨネーズばかり食っていてもいっこうに痩せない。
 しげも「美味くない」を連発するし、結局、今日は「焼肉もやし」にする。……って、それただの鉄板焼き(-_-;)。
 まあ、「焼肉のみ」にしないあたり、まだ、いささか「良心」が残っているのだと考えよう。考えてね(誰に言うとんじゃ)。


 キッズステーションを漫然と見る。
 今、『うる星やつら』の再放送をずっとやってて、このシリーズはまあ、原作を無視して暴走したことで、賛否両論呼んじゃったんだけど、今日の放送は珍しくも原作に忠実に映像化された48話、「飛べよイモちゃん!」。
 ……え〜っと、イモちゃんの声優、TARAKOさんかな? この頃は今と違って(失恋)、可憐な少女の声とかもやってたんだなあ。
 後の暴走を考えると、原作に忠実なだけに、かえって間延びして感じられちゃう部分もあるが、「どうしたら原作のイメージをアニメに起き変えられるか」ってこと、スタッフは真剣に考えていたんだろうと思う。
 やはりこの独特のピンクがかったような美術は、当時は実に斬新だった。押井演出等の爆発が語られることは多いけど、荒井寅雄や小林七郎の美術の功績について語られることが少ないのは不当な気がする。
 『うる星やつら』は私の精神形成の5分の4を占めているので(ホントかよ)、DVDシリーズを買うべきか買わざるべきか、未だに悩んでいるのだが、今の目で見ると、結構駄作も多いんで(原作に忠実なものも暴走したものも)、購入に等しく躊躇するのである。
 「てっきりLDボックスも持ってるものと思ってましたが」と言われることも多いんだけどね。
 今に至るも、私の『うる星やつら』テレビシリーズのベストは、第86話『竜之介登場! 海が好きっ!!』(脚本・伊藤和典)と、第87話『さよならの季節』(脚本・押井守)の2本である。かたや原作に忠実、かたや原作を逸脱した両極の傑作2本が、このときは連続したのだ。
 ……あの年の夏は満たされていたなあ。


 鯨統一郎『新千年記(ミレニアム)古事記伝 YAMATO』(角川春樹事務所/ハルキ文庫・630円)。
 前編の『ONOGORO』は途中で妙なミステリ風味を入れたために、かえってリアルな物語をやりたいのかファンタジーをやりたいのか、ハッキリしない話になってしまったが、そこんとこ反省したんだろう。この後編、特に「謎解き」の要素は持ちこまれず、ただひたすら海幸山幸から推古女帝に至る歴史が、作者の「解釈」に従って紡ぎ出される。
 かつて『邪馬台国はどこですか?』で展開された「邪馬台国東北説」、ひいては、「邪馬台国+伊都国=大和国」説も、いささか唐突な印象を与える形で語られる。実際、鯨さんのこのデビュー作を読んでいなければ、「どうして?」と首を捻る読者も多いのではないか。
 私にもよく分らないのは、聖徳太子(厩戸王子)の娘である馬屋古女王(うまやこのひめみこ)を推古天皇に擬していることだ。
 史実は、推古天皇の本名は額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)、ないしは豊御食炊屋比売命(とよみけかしきやひめのみこと)であり、推古帝の摂政として皇太子となっていたのが聖徳太子だったのである。……えーっと、確か『邪馬台国はどこですか?』中の『聖徳太子はだれですか?』では、鯨さん、聖徳太子と蘇我馬子と推古天皇が同一人物、とかいう説、唱えてなかったっけ?
 史実とも自分の説とも違ってるけど、これ、どういうわけ? もう一人「同一人物が増えた」ってことなのかな? ……「馬」って字がつきゃ親子だろうが同じ人間ってか。ちょっとムリがありすぎるぞ。
 欽明天皇の本名が「ハルキ大王」ってのは、角川さんに媚びてるのか? これも正しくは天国排開広庭天皇(あめくにおしはるきひろにわのすめらみこと)であって、 省略するなら「ヒロニワノ大王」が妥当なところだ。「アメクニオシハルキ」は、「この天地を押し広げられたもうた」という意味なので、途中では切れない。
 論理をアクロバット的に展開していた「邪馬台国」は傑作だったが、ただ解釈を押しつけるだけの、この「新千年紀」シリーズを読んでいても、知的興奮は何ら感じられない。「おお、なるほど!」と膝を打つ快感が与えられていないからである。
 ……ま、でもね、その辺はまあ、たいしたことないのよ。
 読んでて一番、「……なぜ?」と思うのは、ヤマトタケルの謎についてだろう。ミステリーではないから、ネタバレしたって構うまいが、要するに、この宇宙自体が、時を遡ったヤマトタケルの意志から生まれたって言うのね。……(°θ°;) は? ここまで来ると「はあ、そうですか」と言って黙るしかないわな。
 最初の印象がよくて、それ以後これだけ印象が悪くなってく人も珍しいよなあ。もう、おカネのためだけに書き飛ばしてるのかね? 才能がもう尽きたってことなのかね?
 いくらなんでもそこまで悪口言わんでもいいじゃないか、と仰る方のために、「これはやっちゃいかんだろう」という本文中のギャグを一つご紹介。
 多分、タイトルの『YAMATO』に引っ掛けてるんだろうけど、時を遡るヤマトタケルが初めの「淤能碁呂(オノゴロ)島」を見つけて一言。
 「淤能碁呂か、なにもかもみな懐かしい……」
 確かに千年に一つ出るか出ないかの超氷河期ギャグだ(-_-;)。

2001年03月11日(日) 多分、猫たちにもある愛/『CYBORGじいちゃんG』2巻(小畑健)ほか


2002年03月10日(日) 象さんパンツの波紋/アニメ『サイボーグ009』第21話「英雄の条件」ほか……“NEW”!

 もう随分更新をほったらかしてる2ヶ月前の分、ちょこちょこと合間を埋めることにする。短くまとめてくつもりだけど、うまく行くかなあ(^_^;)。

 今日もしげ、象さんパンツに喜ぶ。
 ……毎日履いてやるのもなんかアホらしいなあ。こういう形の「家族サービス」って、世間様からいったらバカそのものだろうな。
 けれど夫婦は幼児化する瞬間があるというし、多分、ウチだけじゃあるまい。
 象さんパンツが世間にどの程度出回っているか、正確な数は分らないが、まあ、100枚や200枚でペイするものでもなかろう。
 全国で仮に十万、売れているとして、買っただけで履かない、ということはありえないと思う。
 となると、全国で少なくとも十万の人間が、これを履いて、女房や彼女の前で腰をフリフリ「ぞ〜うさん、ぞ〜うさん」と……。
 アタマが痛くなる想像するもんじゃないな。
 

 日曜日、一週間分の疲れがドッと出て、夕方近くまで寝たり起きたり。
 それでも『仮面ライダー龍騎』だけははビデオに仕掛けるが、じっくり見返す気力はなし。
 起きても「イタスト3」を漫然とするばかりで、実に不健康。
 しかもいきなりデータが消えて、ゲーム自体、やる気をなくす。
 ああ、不健康だ。

 WOWOWで、『スターウォーズ』の一挙放送をやっているのに気づいて、昼過ぎから立て続けに見る。
 『帝国の逆襲』『ジェダイの復讐』『ファントム・メナス』、前二者は「特別版」だが、ジャバ・ザ・ハットの周囲の宇宙人たち、新撮部分はCGキャラってことがバレバレ。……これで満足してるんだから、ジョージ・ルーカスの底も見えてるよな。
 『ファントム』は、劇場で途中で居眠りしてたことを思い出して見てみたのだが、ちょうど砂漠レースのあたりだった。……居眠りしてて正解だったな。なんのアイデアもないレースを延々映して、何が楽しい?


 アニメ『サイボーグ009』第21話「英雄(ヒーロー)の条件」。
 002=ジェット・リンクが馴染みのウェイトレス、キャシーをホテル火災から救出する話。
 ……って、オリジナルかな? こういう短編、読んだ記憶がないけど。
 「サイボーグだって人間よ!」的な落ちがありきたりだし、作画レベルも低い。オープニングが変わったんで、そっちにリキが入りすぎたのかな?
 ともかく、来週からはようやく「ミュートス・サイボーグ」編。予告編を見る限りでは、ヘレンがアルテミスになっていて、前シリーズでボツになった石森章太郎の遺稿に忠実なキャラデザインでアニメ化するようだ。「ヨミ編」をアニメ化するなら、この選択は正解だろう。……出来がいいものになれば、二十年、設定を寝かしておいた甲斐があったというものだろう。


 練習のあと、しげと映画に行く約束をしていたが、見るからにしげの具合が悪そうで、結局今日も映画中止。ハンバーガーだけ買って帰る。
 練習中の噂話など、いくつか聞く。
 よしひと嬢、例の象さんパンツの話に受けたとか。まあ、あの娘は「どれみ」のはづきちゃんだから、どんなギャグでも受けるんである。
 「よしひと姉さまの前で『ぞ〜うさん』する?」としげが聞く。
 やるか、あほう。
 鴉丸嬢、藤田兄弟のちょっとここではちょっと書けないヒミツの話をペラペラ喋ったらしい。「これはここだけのヒミツね」と、定番のセリフだが、これで秘密が守れたためしはない(^o^)。早速しげ、私に喋ってやんの。人間に約束だの礼儀だのはないな。
 聞いた途端に爆笑。こういう笑える話はぜひとも書いておきたいのだが、さすがに鴉丸嬢がおしゃべりだって印象を持たせるのもなんだしなあ(今更)。一応、私んとこで止めておきましょ。
 何かの会話中に、鴉丸嬢が「さては……」と言った後、言葉が出なかったのを、しげがすかさず「インキンタマすだれ?」とつなげたそうな。……それは「南京玉簾」だ(-_-;)。
 思った通り、よしひと嬢だけが大爆笑したらしい。

 そのよしひと嬢、タトゥーを入れようかどうしようか迷っているとか。
 どうせなら背中一面に、ガメラの刺青でも彫るくらいの度胸があればな、とか言ったら、「銭湯に行けなくなるよ」としげがツッコミ。いや、そういう問題でもないような(^_^;)。


 深夜、テレビで『トリック2』見て寝る。

2001年03月10日(土) きのこを手に入れました/アニメ『青山剛昌短編集』


2002年03月09日(土) 肉ウドンにすればよかったのか?/『南高裏生徒会』(日下部拓海)/『だめんず・うぉ〜か〜』3巻(倉田真由美) …“NEW”!

 マンガ家のあさりよしとおさんが、アニメ『コメットさん☆』の打ち切りについて某掲示板で憤っている。
 「(テレビ局が)単に放送枠を切り売りするだけに腐心し、公共のメディアである事の責任を忘れ『何をつくり、何を放送すべきか』という能動的な意思を失った商売オンリーの行為が、このような不幸な事態を招いたのだと思います」。
 で、このあとも、延々と愚痴が続くんだけど、いくら『コメットさん☆』が好きだからって、ちょっと大上段に構え過ぎてる気がするなあ。
 打ち切りは私だって悲しい。
 けど、そりゃ視聴率が取れなかったんだから仕方がないことだ。
 スポンサーが商売を優先するのは当たり前で、モノが売れなきゃ、社員を養うことが出来ないのだ。あさりさん、そういうオトナの見方が出来ない人じゃなかったはずなんだがなあ。
 やっぱりまだ、立ち直れてないのかな。


 朝からのんべんだらりとプレステ2で「いただきストリート3」など。
 日記の更新、遅れまくっているのだが、書きたいことがたくさんありすぎて、とてもおっつくものではない。
 気力を振り絞ってやるしかないので、気持ちが乗るまで時間がかかるのである。……でもゲームし過ぎて疲れて寝ちゃうんだよな。
 処置ナシである。


 AIQの会合、今日の8時からの予定。
 それまで時間があるので、映画でも見に行こうかと、芝居の練習が終わる3時半に、しげと「パピオ」の前で待ち合わせ。
 ところが、時間通りに着いたのに、しげの姿が見えない。
 まさか先に行ったのかと、慌てふためく。
 練習場や表を二、三度行ったり来たりして、どうしても見つからなくて、パピオ内の公衆電話から、しげの携帯に連絡を入れる。
 もしも車中だったら繋がらないのではないかと心配したが、しげ、すぐに出る。
 「もしもし?」
 「どこに居るん?」
 「……パピオの前」
 「いなかったじゃん!」
 「いたよ。オレの前通り過ぎてったし」
 どうやら目が悪いので見逃したらしい。
 「……オマエ、それ見てたんか」
 「うん」
 「声かけろよ!」 
 表に出てみると、なるほど、しげと鴉丸嬢がぼへーっと立っている。でも「パピオの前」って、前は前でもずっと端じゃん。玄関前にいろよ、待ち合わせしてるんだから。
 鴉丸嬢、目ざとく私のセーターのホツレを見つけて、「穴が空いてる」。……いや、それはその通りだけど、今それを言ってどうリアクションしろと言うのか。タイミング外す娘だなあ、この子も。

 鴉丸嬢と別れて、しげと二人、天神まで車をかっ飛ばすが、中洲を越えた途端、渋滞に巻き込まれる。
 おかげで、天神東宝に着いた時点で、見ようと思っていた『マリー・アントワネットの首飾り』には10分差で間に合わず。
 「次に行けそうなのは『ドラえもん』だなあ。これにする?」
 それを見るとしても、始まるまで1時間弱ある。
 寿司屋に入って、それまで腹ごなし、という予定を立てたまではよかったのだが……。

 突然、しげが苦しげに言う。
 「……ねえ、アンタ一人で行って来ん?」
 「どうしたんだよ、急に」
 「気分悪くなった。迎えには行くから」
 今しがたまでパクパク寿司食ってたくせに、なるほど、眼の下にクマができていて顔色も悪い。
 「具合が悪いんなら、迎えにも行けないだろう。エロさんには断りの連絡入れるよ」
 こういうときに、しげをほったらかして自分一人で遊びに行けたらいかにも「アニメのためなら女房も泣かす」って感じで、人非人でヨイのだけれど、どうもそこまで思い切れないところがイマイチ修業が足りないようなんである(^_^;)。

 帰る途中で、スーパーに寄って飲み物やウドンを買う。
 帰宅するなり、ベッドに寝転ぶしげ。
 早速、ウドンを作ってやるが、しげ、「腹にたまらん。肉がいい」などグズグズわがままを言う。
 「どうしてオマエはそう、自分のカラダをわざと痛めつけるようなことばかりしようとするんだよ。おとなしく寝てろ!」
 でも、私がパソコンに向かった途端、寝室からヒョコッと顔を出してくる。
 「……寝てろ」
 顔を引っ込めるしげ。
 またヒョイと寝室から出て来て、私の隣の椅子に座る。
 「寝てろってば」
 寝室に戻る。でも5分もするとまた顔をそ〜っと……。
 「寝ろ!」
 ……「さびしんぼう」だなあ。富田靖子か、お前は(そう言えば、昔、そう言われてたことあったな)。 

 某チャットで、某会合の打ち合わせ。
 なんだかその会合の幹事みたいなことをしなければならないような雰囲気なので、これからチャット行きが頻繁になりそうな気配なのである。
 これでますます日記の更新が遅れることになるな、とタメイキ。
 まあ、ボチボチやりまっさ。


 マンガ、日下部拓海『南高裏生徒会』(実業之日本社/MBコミックス・400円)。
 「エンピツ」の「ぽんぽこ日記」でもお馴染み、日下部拓海さんの一つ前の新刊。『純情!鈴鳴学園探偵部』の1巻も発売されてるはずだけどどこの本屋に行っても見かけない。これもあっちこっち探してやっと見つけた。
 福岡はイナカだなあ……(ーー;)。
 日下部さんにはこの日記も「お気に入り」に入れていただいてるので、この記述も読まれちゃうわけである。正直な話、読む前は読んでみてつまらなかったらどうしようかなあ、私は身内だろうが誰だろうが、批判するときは批判するって決めてるので、ヨイショするのだけは死んでもイヤだなあ、と思ってたのだ。
 でもまず、絵が私の嫌いなタイプでなかったのでホッとした。
 つーか好みだった。
 清潔な絵柄だけれど、線に艶がある。誉め言葉になるかどうかは解らんけど、「セクシー」でイイぞ。主人公の緋芽、ストレートのロングヘアで、モロ私のタイプだったりする♪ 男二人はどうでもいいが(←正直)。

 ……余りフザケタ誉め方しちゃいかんな。マジメに行こう。
 学園モノで「裏」生徒会パターンってのは決して目新しいものではない。
 ただ、その「裏」のベクトルが正義か悪かのどちらに向かうかによって、ドラマ展開はガラリと変わる。
 ラクなのはもちろん、「裏」が影の悪の組織である場合。もう70年代の学園モノって、たいていこのパターンだったよなあ。実は主人公のすぐ側にいた気弱なメガネ君が影の総番長だったりしてな(^_^;)。
 「裏」を影の正義の組織にするって設定は、意外と少ないんである。
 というのも、なぜその組織が「裏」でなければならないかってことに説得力を持たせることが難しいからなんだよね。……「正義」なんだから、わざわざ陰で暗躍しなくったって、表で活躍すりゃいいじゃん、って言われたらそれまでだし。ヘタに「暗躍」させちゃったら、「正義」のイメージが崩れるってこともある。
 だから、登場人物たちが「裏」として行動するための一本筋の通ったポリシーみたいなものが必要になってくるのだ。一番簡単なのは、「タテマエ」でしか動けない「表」に対して、多少、倫理に引っかかる奴らであっても、「本音」で生きるやつら、という設定にするのが妥当なところだろう。
 野間美由紀さんの『パズルゲーム☆はいすくーる』なんかは、その「裏」にあたる「ミステリ研」が、決して一本気な正義じゃないって設定にしてあって、結構ヤバげなこともしているのである。

 本作も、初めはそのセオリーに則ってドラマが展開する。
 まず、舞台となる南校、橋本淳という1年生の不良に牛耳られている。オモテの生徒会はすっかり弱体化していて、一般生徒は「あえて校則を無視しなければかえって危険に陥る状況」が生まれている。この設定はリアルだ。
 つまり、非行に走ってるのは一部の生徒に過ぎないんだけど、マジメにしてるとそいつらの標的になっちゃうわけだね。だから、制服があるにもかかわらず、誰も制服を着て来ない。着て来れない。
 しかも、その状況を教師もなんとかしようという気になってない、という設定が紹介される(ここはもう少し説明がほしかったところだなあ。教師がそれだけ無気力なのに、PTAはどうして動かなかったのか、とか、やや疑問が生じる。現実の学校では、イジメや非行が放置されてても学校の評判が落ちるのを気にして、PTAもだんまり決めこむって例、結構あるから、そういう説明がちょっとでもあればね)。
 そこにやってきた転校生の佐藤一星と鈴木輝流。
 この二人も転校初日に私服登校、校舎裏で喫煙するあたり、橋本と一脈通じるところがあることが明示される。でもそのへんが許されちゃうのはやっぱり「美形」だからだな(^o^)。
 生徒会長は、二人の喫煙現場を抑えて、橋本の「更正」を依頼する。
 毒をもって毒を制する、ということだろうけれど、展開としては正しくても、設定としてはここんとこがちょっと弱い。生徒会長のメガネくん、いかにも「いい人」っぽくて、そこまで悪辣なことを考えるようなキャラクターには見えないのだ(結構「裏工作」してるって設定はあるみたいだけど)。
 あるいは彼をもっともっとイジケた卑屈なキャラにして、もっと二人を脅迫しているような印象を与えたほうが、キャラクターの対比がハッキリして、次のやりとりがグッと生きたと思うのである。
 「君たちなら学校を変えられる!」という生徒会長のセリフに対する二人の返事。「おまえが変われ!」。
 いいセリフなだけに、惜しかったなあ。
 物語は、まさしくこのセリフから始まっているのだから。

 さて、1話はともかく、2話以降、「半不良」な一星と輝流を、どう「裏」として活躍させるか、ここが難しいところだけれど、日下部さん、そこを見事に開き直った(^o^)。
 つまり、「裏」とか言っときながら、「校長公認」の「裏」にしちゃったんである。もう、裏でもなんでもないやん(^_^;)。まあ、これなら「オモテ」でも「本音」で行動できるしね。
 でも現実では、校長がこの作品のように、たとえ「裏」であろうと「半不良」の二人の生徒会活動を認めたりすることは、まず絶対にありえないことだろう。実はそれこそが「現実の」学校が今や閉塞的状況にあるってことの証明なんだけれど。

 親であれ教師であれ生徒であれ、現実に教育問題が彼らの口から語られる時に、私がどうしても胡散臭く思ってしまうのは、ともかくその主張が「正義」に基づいてると、彼らがみんな思い込んでいるように見えることだ。
 他の問題では「曖昧さ」が認められるのに、「教育」に関する限り、「白か黒か」どっちかしかない、そんな風にみながみな思いこまされているように見える。
 例えば、本作でも語られる「制服」の問題。
 「制服はあった方がいいのか悪いのか」って問題提起はやたらされてるけど、その問題が出された時点で、イエスかノーか、それしか答えられないようになってはいないだろうか。
 「別にどっちでもいいから投票で決めよう」とどうしてならないのか。
 賛成派であろうと反対派であろうと、常に自分たちの「理念」=「イデオロギー」を優先させている。どんなに「生徒のため」とお題目のように唱えようと、生徒の現実を見ずに理念だけを優先した教育に、教育としての価値がどれだけあるというのだろう。
 教師も親も、自分では「本音」で喋ってるつもりかもしれない。
 けれど、実際には「理念」や「伝統」や「常識」に躍らされてるだけではないだろうか。本当に自分の望んでいるものが何なのか、そこから無意識のうちに、目を背けてしまっているように思えてならない。

 日下部さんはそこから目を逸らしていない。
 そこが一番、好感の持てるところだ。テーマ的にマジメではあるんだけれど、固っ苦しい展開になってないのもいい。副会長の沙織ちゃんとかもいい味出してるし。できればクリちゃんがも少し活躍してくれたらよかったな♪

 日下部さん、シツレイを顧みず批評させていただきました。
 ちょっと批判めいたこと書いてる部分もありますが、素直に楽しめる御本でした。また、他の御著書も探させて頂きますね(^^)。


 マンガ、倉田真由美『だめんず・うぉ〜か〜』3巻(扶桑社/SPA!コミックス・900円)。
 毎巻のことだけど、カバー裏もちゃんと見よう。
 くらたまさんのとっても恥ずかしいお姿が見られるよん♪ けどこれなら巷間デブったとウワサされる(って本人が言ってるんだが)体型も気にならないね。
 でもついに3巻かあ。ここまで出れば、くらたまさん、もう極貧生活からは抜け出してると言ってもいいだろうな。どうやらゴクツブシの旦那とも別れられたようだし、めでたしめでたし。巻末で岡田斗司夫さんも言ってるが、結婚のあと子供が出来たら離婚に至るのは自然の流れなんである。絶対に離婚しろっていうわけじゃないけど、現実にただのゴクツブシと化す亭主が圧倒的に多い現実を鑑みると、そう主張されてもしかたないやね。
 片親の家庭が、両親揃ってるとこより劣ってるなんて偏見を打破するためにも離婚はどんどん増えたがいいな。
 でもくらたまさん、なんだか凄くサビしそうではあるんだよなあ。まだ傷が癒えてない感じで。ゲストマンガ家さんにやたら寄稿してもらってたり、西原姉さんに噛みついたり。これって明らかに「かまってほしい」症候群だものね。
 つーか、もともとそういう性格だから、“だめんず”に引っかかっちゃってんだろうなあ。自分では尽くしてるつもりで、実はかまわれたがってる女性って、“だめんず”の格好の餌食になっちゃうんだよね。やっぱ女性は結婚が女の幸せなんて考えずに自立してた方が幸せだろうって思うんである。
 少子化はどうするかって?
 あのさ、出生率が低下してるのは堕胎してる女性が増えてるからなの。
 堕胎を法律で禁止すれば一発で解決するよ。こっそり流したら重罪ってことにしとけばイヤでも覚悟するしかなくなるしね。
 だったら避妊する、あるいはエッチもしない若者が増えたらどうするかって?
 でもそんな親ばかり増えた日本に未来があると思う? そんなクニ自体、続けたってしかたないじゃん。つぶしちゃえつぶしちゃえ。
 ……『だめんず』の感想じゃなくなっちゃったな(^_^;)。

2001年03月09日(金) ふうふのしんしつ/『掌の中の小鳥』(加納朋子)ほか



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