無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年08月30日(木) 性教育マンガ(* ̄∇ ̄*)/『フリクリ』2巻(GAINAX・ウエダハジメ)ほか

 久しぶりに外は雨天。
 天気予報だと終日雨だとか。
 こんなことなら、やっぱり昨日のうちに外出しとけばよかったなあ。
 でもこれで一日パソコンに向かって日記の更新が出来るぞ。

 ……って、自分の一生、日記に全部費やす気か(-_-;)。

 休みで一日中ずっと家にいても、夜寝る生活は変わらないから、夜仕事に出るしげとは、やはり生活時間帯がズレてしまう。
 夕べもしげは、夜9時に仕事に出かけて、朝3時に帰宅した(らしい)。その間、私はずっと寝ている。こうなると一緒に食事ってのもなかなか難しい。
 しかたなく、食費は折半ということにしてそれぞれ勝手に飯を食おう、ということにしているのだが、しげはしょっちゅう私にタカってくるのだ。
 昨日もしげにせがまれて、棒棒鶏を作ってやったのだが、朝、冷蔵庫を覗いてみると、全く手付かずで残っている。
 味付けが気に入らなかったのかどうか分らないが、自分からせがんでおいて、箸もつけないのかとムッとして、仕方なく自分で食べる。

 その直後にしげが起きてきて、すごく悲しそうな顔。
 「あんた、棒棒鳥食べたね?!」
 「……残しといても腐るだろう」
 「朝、帰ってきたら食べようって楽しみにしてたのに、なくなってたから、悲しかったんよ」
 「……何言ってるんだ? 俺が食ったの、今しがたぞ?」
 「ええっ?! だって、冷蔵庫覗いたら、食べられてて……」
 「お前が食べてなかったから、仕方なく俺が食べたんじゃないか。……こんなでかいドンブリ、どうして見逃す?」
 「だって見たらなかったんだもん!」

 ……最初、私は、棒棒鶏を食べそこなったウラミを私に押しつけるために、しげがウソをついているのではないかと思った。
 でも、そこまでの知恵が回るほどしげは頭がよくない。
 そして気がついた。
 多分、しげが「冷蔵庫を覗いた」というのは、「夢」だ。
 いくら注意力のないスカポンタンなしげでも、冷蔵庫の扉を開ければ一番目のつくところに置いてあるドンブリを見逃すなんてことはありえない。
 しげは仕事から帰ってきて、疲れてそのまま寝入ってしまい、夢の中で冷蔵庫を開けたのだろう。けれど、実際には何も食べてないから、腹の膨らむはずがない。それで、夢の中では棒棒鳥が消えてしまっていたのだ。
 目覚めた時には当然、空腹。その空腹感に引きずられて、「棒棒鳥を先に食べられていたからだ」と自分が見た夢を現実と錯覚してしまったものと思われる。
 ……なんだかなあ、自分で書いてても実にウソっぽいけれど、本当にしげは「現実と夢の区別がつかない」やつなのだ。こんなことは実はしょっちゅうなのである。
 仮に、しげに「サンタクロースっていると思う?」と聞いてみてください。ウソでも冗談でもなく、こう答えますから。
 「私のところにはサンタさん、来てくれないの」って。
 

 起きたと思ったらしげ、今度は自動車学校へ行くと言って出て行く。寝ちゃ起き寝ちゃ起きでやはり一日の半分は寝ている計算。
 いい加減「最近寝不足で」なんてウソをつくのはやめたらどうだ。確かに4時間しか寝てない時はあっても、その更に6時間前には12時間ぶっ通しで寝てたりしているのだぞ、お前は。
 日記の更新、パコパコとしていると、しげから電話。
 「ご飯はできてる?」
 ……完全に私をメシスタントにする気だな。
 でもまた怒ってたりしたら、時間のムダだ。しげに時間を取られると、ますます日記を書くのが遅れるなあ、メシを与えとけば食ってる間だけはともかくおとなしくしてるからいいかと、米を炊き、紅しゃけのタルタルソースがけと野菜スープを作る。
 確かに私はしげに「飯を作ってやってもいい」とは言った。でもそれは、しげが「メシの材料を予め買っといてくれれば」との条件付きでである。
 それがいつのまにやら、メシの買い出しも含めて、何から何までしげは私に依存してきているのである。
 なんでこう自分の都合のいいようにものごとを捻じ曲げて解釈するのか。
 で、腹が立ってたので、つい、書きかけていた日記をセーブするのを忘れてしまった。
 電子レンジでシャケを解凍した途端、部屋中のブレーカーが……落・ち・た……。
 うぎゃああああ。
 1時間かけて書いた分が、全部パァァァァァァァ!
 これもみんなしげのせいだあああああ!!(←いや、それはさすがにやつあたりだって)


 韓国、性犯罪者の氏名と顔写真、そして現在の居住地を、ネット公開することにしたのだそうな。
 過去に性犯罪で数度の逮捕歴がある男が、またもや犯行を繰り返したり、訴えられた犯人が逆恨みして出所後に被害者をまた襲う、というケースが相次いだための処置だという。
 アメリカで数年前に成立した「メーガン法」と同様のもので、アメリカの場合も、その犠牲になったメーガンちゃんの親が何万人もの署名を集めてこの法律を成立させた、という経緯がある。
 しかし法律の施行後に、社会復帰した加害者たちが、居住地の住民から暴行を受けるという副産物も生んでいる。
 「性犯罪者を野放しにしてていいのか」
 「社会復帰している加害者の人権を守らなければならない」
 こういうのを二律背反って言うのだよなあ。どう考えたって両者の意見に折り合いのつく妥協点があろうとは思えない。
 ……いや、本当はあるのである。
 性犯罪者には刑罰として「宮刑」を施せばいいのだな。もちろん加害者には通常の結婚生活はできなくなるが、それ以外の社会生活はできる。ちんちん使えなくなるくらいの苦しみは味わってもらわなくちゃ、被害者だって納得すまい。
 子供が作れなくなるような刑は人権侵害だと言うなら、タマは体内に埋めこんで、ちんちんだけ切ればよい。どうしても子供がほしい時は、手術で体外受精させて、相方のカラダに戻してやればいいのである。
 少なくとも「性的快楽」だけは二度と加害者に経験させない、くらいのことはしないと、それこそ被害者の人権を無視して、加害者の人権だけを過剰に重視している、と見なされてしまうだろう。
 実際、これだけネットが広がってる世の中じゃ、どんなに犯人の顔や住所を隠したところで隠しきれるものじゃない。例えば、私ですら酒鬼薔薇聖斗の本名も顔も知ってるのだ。断言してもいいが、もしアメリカなら、酒鬼薔薇、施設を出た途端に殺されるぞ。そしてその犯人のほうは永久に捕まらないだろう。
 加害者の人権を本気で守ろうとするなら、終身刑を導入するか、「宮刑」の実施くらいのことは本気で考えないといかんのじゃないか。


 CSファミリー劇場で『美少女仮面ポワトリン』第6話『清く正しいバリカン婆々』。ゲストのバリカン婆々は市川勇。テレビではチョイ役ばかりだが、東京ヴォードビルショーの舞台でも重要なチョイ役ばかりで(笑)、私の好きな役者さんである。
 しげは今いちヴォードビルの芝居が好きではないようで、福岡公演があってもなかなか一緒に行ってくれない。確かに、ヴォードビルは座長の佐藤B作さん自身、決してうまい役者さんとは言えない。ほかの役者さんたちも、どこか「華」に欠ける。けれど、その、言葉は悪いが「地味」な人たちが集まって、それなりの芝居を作って行こうとしている姿勢、ウチの劇団にも通じるものはないか。
 なのに生意気にウチのメンバーはみんな、役者や劇団に対する好き嫌いがありすぎるのである。いや、趣味の違いをどうこう言いたいわけではない、たいしてその役者さんのことを知りもしないのにエラそうに優劣をつけるようなもの言いするヤツが多いのだ。
 役者としての意識があるのならな、どんなにつまらないと思えるような映画や舞台からでも何かが必ず学べる。そういうものにカネをかけて、銭をドブに捨てるくらいの気持ちがないと、芝居なんかやってけないのである。
 いや、話が横に逸れた(いつもか)。
 『ポワトリン』シリーズ、ほかにも佐藤正宏、田口トモロヲ、大杉漣、蛍雪次朗など、アングラ系の役者さんが、結構出演しているのである。なんで今更『ポワトリン』なんぞと思われてる方もおいででしょうが、なかなか侮れませんよ。


 マンガ、諸星大二郎『栞と紙魚子の夜の魚』(朝日ソノラマ・800円)。
 『ネムキ』連載のホラー・コメディーシリーズ4作目で最終巻。
 いつどういう形で終わってもいいようなスタイルにはなってるけど、実際に終わってしまうとなると寂しいなあ。
 主役の二人、怪奇な事件に巻き込まれることが嫌いだ、みたいなことを言ってるワリに、自分からドツボにハマってばかりいるところが好きだった(特に古本マニアの紙魚子)。
 でもやっぱり周囲にあつまってくる変なキャラクターたちが大好きだった。
 最終作の『夜の魚』、今までの変なキャラクター総登場の巻である。
 怪奇作家の段一知(まあ、このシャレがわからぬ人はこの日記を覗いておられる方の中にはいないであろう)一家、「テケリ・リ!」のクトルーちゃんもいいけれど、謎の大きな顔の奥さんが私のお気に入りだった。
 なんと本作のラストで奥さん、「人間に近く」なってしまう。
 どうなったかはまだ読んでない人のために、ヒ・ミ・ツ(* ̄∇ ̄*)。
 「あたしどうして元に戻らないのかしら、これではあなたに嫌われてしまうわ」
 「ばかなことを言うんじゃないよ、どんな姿をしていてもきみはきみじゃないか」
 セリフだけを聞いているとありきたりだが、段先生は、「本当に奥さんがどんな姿をしていてもいい」のである(笑)。
 たとえ奥さんがダゴンであろうが、ウィルバー・ウェイトリーであろうがナイアルラトテップであろうが栗本薫であろうが(笑)、愛に変わりはないのだ。
 『美女と野獣』を越える究極の愛だな、こりゃ。
 あともう1巻くらい、読みたかったなあ。


 マンガ、原作GAINAX・漫画ウエダハジメ『フリクリ』2巻(講談社・550円)。
 アニメシリーズ、全6巻が完結して、マンガ版もオワリ。
 アニメのほうも相当キレてたが、マンガ版はよりキレていた。
 筋に基づいて絵が描かれるのでなく、絵の流れが筋を紡ぎ出すような展開。故にアニメ版とは若干、内容が異なる。……けれど、その「差異」のおかげで、アニメ版を見たときには気がつかなかった『フリクリ』って作品の精神的構造が見えてきた。
 これはもう、ネタバラシしないと説明ができないので書いちゃうけど、マンガ版で、ナオ太、本当に父親のカモン殺しちゃうのね。
 「男の子はね、父親を殺していいんだよ」
 “父親殺し”と言えば、その心理分析はもう、超有名なアレに決まってますわな(笑)。
 父親を殺せない男の子は男の子ではない(おいおい)。
 あ、物理的に本当にってことじゃなくて、心理的にって意味でね。でも実はその差はたいした違いじゃないのだ。
 男の子が自立できるのは、父親を“本当に”殺せると確信できたときだから。 そして、その確信に向かって、男の子を心を誘ってくれるのが、ファム・ファタールとしての「母親」なのだ。
 ハル子さんは、お母さんだったんだね……って、じゃあ、『エヴァンゲリオン』と全く同じじゃん。
 だからまあ、『フリクリ』ってのは煎じ詰めれば『エヴァ』同様、エディプス・コンプレックスの具現化作品だったわけだけれども、お母さんと「大人のキス」をしたってさ、やっぱり「宇宙」に飛び立つことはできないんだってとこまでそっくりなんだよなあ。
 ということは、原作の鶴巻さん、結局、庵野秀明の掌中の孫悟空だったのかな?
 ……いや、多分そうじゃないな。
 『エヴァ』と『フリクリ』とじゃ、ある一点が決定的に違ってる。
 “ナオ太は14歳じゃない。”
 ……10歳くらいかな。だから、精通はまだないはずだ。
 「女の子」は知らない。
 精通のない男の子が、どんなに辛いか。
 でも、「母親」は知っている。というか、それを知らなければ母親にはなれない(現実にはそれを知らない母親、多過ぎるよな)。
 N.O.は明らかに精通のシンボライズだ。ハル子さんは出そうで出ない、ナオ太くんの未発達の性を、優しくしたり、叩きのめしたり、手練手管で引き出してやってるのだ。
 でも、男の子に本当に「性」が芽生えたら。
 母親は退場します。しなければいけません。
 だから、男の子は、性に目覚める直前の、自分の中にあるモノをどうしたらいいか分らずにもだえているときが、人生で一番辛い時なのだ。
 ……だからまー、なんつーか、『エヴァ』同様、女の子はうっかり『フリクリ』が好きだなんて言わないほうがいいかもねえ。
 ナオ太くんモドキっつーか、シンジくんモドキとゆーか、「ぼくのママになってくれる?」って感じでいながら、実はもう精通しまくりの男に付きまとわれかねないっスから。


 DVD『仮面の忍者赤影/第一部 金目教編』1話〜5話、見る。
 個人ホームページに天津敏さんのコーナーを作ろうと、代表作の一つと言える『赤影』を買っちゃったわけだけど、この作品もしげは嫌っている。
 昔、しげがヒキコモリだった頃(笑)、テレビ番組は面白かろうとつまらなかろうと、片っ端から見てたらしい。その時間帯にやってる番組で、ニュース以外にそれしかなければ、否が応でも見るしかなかったんだって(んなことないだろ)。
 で、「またこれを見なきゃならんのか」という気持ちがますますその作品を嫌いにしてしまうと。
 ……そんな見方してたら、作品の評価自体が歪んじゃうじゃないか。
 古い作品だということ、子供向けの30分番組だということ、故に脚本が単純で意外性に乏しかったり、特撮がチャチだったりという弱点は確かにある。
 しかし、それを補ってあまりあるビジュアルの魅力、特に敵の霞谷七人衆の奇想天外な忍法の数々は、その特撮の稚拙ささえ魅力の一つと思わせるだけの楽しさに満ちているのだ。
 ……コーナーはシュミ特「天津敏大辞典」みたいな感じで作っていこうかなあと思ってるんだけど、これも時間がかかりそうだよなあ。
 

 しげが赤飯を全く食おうとしないので、仕方なく白飯を一合だけ炊く。
 なんでそんなに少なめに炊くかというと、買ったもち米がまだ余ってるからだ。こっちもさっさと赤飯にしないといけないので、とりあえずしげが食べる分だけ白飯を炊いたのだ。
 でもこんな面倒臭いことするくらいなら、もう一つ炊飯器を買って、しげの分はしげの分、私の分は私の分で飯を炊いてたほうがいいなあ。
 ……あっ、それって、家庭内別居みたいなものではないか。しげに好き嫌いさえなければ、こんなことにはならないんだけど。迷惑かけまくってるんだから大概で性根を入れ替えてほしいものである。

2000年08月30日(水) ○○につける薬がほしい……/映画『蝶々失踪事件』ほか


2001年08月29日(水) 腹立ち日記/映画『お笑い三人組』ほか

 朝方、ミ○○シの業務サービスから、クーラー修理の件で電話連絡が入る。
 昨日の連絡では今朝、来てくれるということだったが、「午後にお伺いしてよろしいですか?」ということで驚く。
 メーカー連絡を頼んでおいた馴染みの電器屋さん、連絡を間違えていたのだ。それどころか、こちらの住所も教えてない。いったいどうなってるのか。
 午後から出かける予定でいたので、急な変更は困る、と言ったら、「じゃあ、今から参ります」。
 ちょっと立腹していると、しげの顔が険しい。
 しげは私が他人に対して怒ったりすると、すごく機嫌が悪くなるのだ。どうやら、「幸次郎のクセして、生意気だ」ということらしいのだが(わしゃのび太か)、先方のミスに対してこちらが低姿勢になることはないだろう。
 というか、ミスをしたらミスをしたで、言い訳なんかしなきゃいいのに、ミ○○シ、「昨日も電話を入れたんですけど」(ヒョウジケンガイだったので、受話器を取らなかったのだ)なんて、電話に出なかったこちらのほうが悪いような言い方をするものだから、こっちだって意地悪になるのだ。
 更に「どうにか午後にできませんか? もうほかの予定入れちゃってるんで」なんて頼んでくる。もう、私のこめかみにはピクッと青筋が立っている。「そちらのミスの尻拭いをこちらにしろと言うんですか?」と言ったら、さすがに黙った。
 こういう事情だから、しげが腹を立てるのは全く筋が通らない。クーラーが治らなくて困るのは自分だってそうだろう。だいたい、私が入院するちょっと前から、水漏れを起こしてたんだから、しげが連絡をしておけばよかったのだ。結局、面倒臭いからサボって、後始末をまた私に押しつけているのである。
 自分もしょっちゅう甘えてくるくせに、そんな態度取るほうこそ、「しげのくせに生意気だ」。

 しげは自動車学校。その間にミ○○シ、クーラーを修繕して帰る。基盤がイカレていた由。ホースの根詰まりも直してもらったので、これでまた数年は持つであろう。
 直後に父から電話が入り、修繕はしてもらえたかと尋ねられる。
 トラブった事情を説明すると、「ミ○○シから、こっちに電話があったぞ」とのこと。ミ○○シ、ウチの電話番号がわからずに父の店にかけたらしい。住所も電話番号も電器屋さんのほうに教えているというのに、どうして伝わっていないのだ。「アレはいつもじゃ」と言いつつも父も呆れていた。


 快気祝に自分で赤飯を炊く。
 もちろん、しげが何もしてくれないからだ。
 なのに私の方は帰ってくるしげのためにイカのから揚げや棒棒鶏を作っておいてやるのである。
 帰宅したしげ、うまそうにバクバク食う。……寄生されてるよなあ。


 終日、日記の更新。
 退院が近づいてからは、メモをつける程度にしか日記を書いていなかったので、新聞を読み返したり記憶を辿りながら書いて行くのだが、もはや断片的にしか思い出せない。それでも脳細胞をフル回転させて書き続ける。
 なんでそこまでして書いてんだと言われそうだが、既に“業”になっちゃってるのだ。休みももう二日しかないし、それまでになんとしても溜まってる分を片付けようと思うのである。……それにしても、単純計算して位ても、月産、四、五百枚は原稿書いてる計算になるなあ。
 でも、自分の心の中では、これでもまだ無理のないように「セーブしている」感覚でいるのだ。だって、日記だけ書いてたら、本も読めないし、映画だって見られないじゃないの。

 午後から何か見たい映画はないかしげに聞くが、要領を得ない。
 しげがバカだなあと思うのは、「この映画見たいんだけど」とこちらが持ちかけても、返事をしないことである。
 はっきり「見たくない」と言うと、ワガママだと捉えられてしまうかも、と黙っているつもりなのだろうが、こんな無意味なことはない。見たけりゃ、「ウン、行く!」と言ってるはずだからだ。
 結局、即断するしかないのだということはちょっと頭をひねればすぐわかることだし、そうしろと言ってもいるのに、相変わらず優柔不断なままだ。
 「だって、ちょっと見てもいいかな、という程度で、すごく見たいというわけでもないから」
 それは「見たくない」ってことなんだよ。ああ、もどかしいヤツ。
 「『パールハーバー』は?」と逆に聞かれるが、しげはもう私の入院中にそれを見ているのである。しかし、バカ映画は好きだが、サルの作った映画は私のほうが見たくない(この場合、アメリカ人がサルだという意味ではなくて、ジェリー・ブラッカイマーとマイケル・マンがサルだという意味である。誤解のないように)。
 一応、私も選択肢として、『A.I.』、『ジュラシック・パーク�掘戞◆愴鵐丱薀鵐后戮魑鵑欧燭�、しげは全部無言。
 なんだか相手にするのがイヤになったので、外出はなし。


 鹿児島、種子島センターのH2Aロケットが、ようやく打ち上げに成功した。
 失敗しまくりの末の成功だけれども、これであさりよしとおもスランプから脱却できるかもな(笑)。
 ニュースでは、種子島の住民たちが「ホッとしました」とか、満面に笑みを浮かべている様子を映しているが、島の人たちにとって、ロケットって、そんなに生活に密着したものになっているのか?
 でもなあ、結局は観光に来た他地方のお客さんのオカネを期待してるだけじゃないかって気がしてならないのだ。あそこに集まってる人のどれだけが物見遊山ではなく、宇宙開発の未来に本気で思いを馳せているんだろうか。
 もちろん、物見遊山が悪いとは言わないが、あの群集の中にせめて一割はロケットオタクがいてくれないと、第二の毛利衛さんは生まれてこないと思うんである。ロケットを観光のための道具にしてんじゃねーぞ。
 ……でも、ロケット饅頭とか売ってそうなんだよなあ、種子島。
 

 イチロー、200本安打、打率も3割5分でトップとかで、国民栄誉賞の話も出ているのだそうな。
 別にイチローが嫌いってわけじゃないが、野球で大リーグで活躍したら国民栄誉賞なのか、じゃあイチローが日本で活躍し続けていても、栄誉賞はもらえないってことなんだな? と、なんだかヒネクレたモノの見方をしたくなる。
 考えてみたら、まだ長嶋茂雄だってもらっちゃいないのだ(死んだときじゃなきゃムリだろうな)。受賞に順番があるわけでもないけれど、冷静に考えてみて、イチローって、そんな「栄誉」されるほどのことをやったと言えるのかねえ? 記録って点じゃ、王や衣笠とはまだ格が違うって思っちゃうのだけれど。
 でもあげるってもんをあげるなとまで言いたいわけではない。
 ただ、未だに日本人が、シャープ兄弟を破った力道山のころと精神構造がいささかも変わっておらず、「よくぞ外国に日本の威光を知らしめてくれた!」と、たかがスポーツのことで有頂天になっちまうような、脆弱なプライドしか持ち得ていないことが情けないなあ、と思っちゃうのである。
 映画が海外で賞を取っても、ほとんど報道なんかしないくせにねえ。広末涼子や宮沢りえに海外での受賞経験があるってこと、知らないやつも多くないか。黒沢清の『回路』、カンヌでの受賞もほとんど報道されてねーぞ。


 夕方、CSチャンネルNECO『お笑い三人組』見る。
 NHKドラマ本放送時にギリギリ間にあった世代じゃあるんだけれど(古くてすまんねえ。映画は昭和33年製作だけど、番組自体は昭和41年まで続いていたのよ)、もうテーマソングくらいしか覚えちゃいない。でもラストで三人が歌ってたメロディー、テレビ版とは若干バージョンが違うんじゃないか。「アハハ、ウフフ、エヘへのへ」ってあたりはなんとなく覚えちゃいるが、映画のほうは笑い声がちょっと少ない。
 三人ってのは落語家の三遊亭小金馬(現、金馬)、講釈師の一龍斎貞鳳、物真似の江戸屋猫八、それぞれ下町の酒屋、サラリーマン、パン屋に扮しているのだけれど、印象に残ってるのは金馬さんだけだなあ。ともかくチャカチャカしてて、何言ってるんだかわかんないような早口でまくしたてて、体を動かしまくっていたのが子ども心にウケていたのだろう。今の私なら、ちょっと頭のヨワイという設定の、猫八のファンになってるだろうけど。
 複数のお笑いっての、誰か一人に人気が集中するものだけれど、この映画でも、三人組の「オチ」の部分を担当するのはいつも金馬である。やはり一番ノッていたころなのだろうなあ。
 孤児の男の子を大富豪の子どもと勘違いして引き取って育てる三人組、この「子供と絡めて映画化」ってのは喜劇の映画化の定番。代表作はチャップリンの『キッド』だけれど、日本も『突貫小僧』以来の長い伝統がある。でも松竹が子供を使っても『長屋紳士録』みたいに人情ものに流れやすいのに対して、この『お笑い三人組』、日活って土壌も幸いしてか、結構ドライな仕上がりになっているのだ(『国士無双』、『赤西蠣太』から『幕末太陽伝』に至る流れを見よ)。
 男の子のイタズラにさんざん悩まされる三人、実はただの孤児だと知って、褒美がもう期待できないと落胆して、この子を捨てに行っちゃうのだが(非道だが、当時の庶民感情なら、まあ納得)、そのとき子どものほうから「しかたないよ、ドライに行こうぜ」とたしなめられてしまう。
 更にドンデン返しが起こって、やっぱり男の子は富豪の孫だったということが判明するのだが、それが新聞に載った途端、「私がその子の母親」と名乗る女性が、大挙して押し寄せてくる。この辺、キートンの『セブン・チャンス』の変形であり、松竹の三益愛子の「母もの」に対する痛烈な皮肉にもなっている。
 いやはや、意外と喜劇史的に侮れない造りになっているのには驚いた。もともと、この手のテレビの映画化ってのは、テレビの短い時間に制約されて十分にその芸をみせられない芸人たちに披露の場を与えるって側面があって、そういう場面は確かにあるのだけれど、「それだけじゃ済まさないぞ」という脚本・監督の意志が見られるのである。意外とこれは拾いものであった。
 ゲストのチンピラ役で、小沢昭一・柳沢真一・西村晃の三人がワンシーンだけの友情出演。西村晃が昔はよくコメディーやってたこと知ってる人も少なくなったろうなあ。


 同じくチャンネルNECOで『スレイヤーズぐれえと/スレイヤーズごうじゃす』。以前、映画で見てるのだが、こうしてテレビにかかってるとつい見ちゃうね。どうもマヌケな映画にゃ目がない。
 この『スレイヤーズすぺしゃる』シリーズ、たいていなにかの併映として作られてるために1時間ちょっとの時間枠、なのに、ギャグの数が目一杯というのが嬉しいのである。『ミンキーモモ』だけでしか評価されてない感のあるわたなべひろし監督、もう一つの代表作と言っていいのじゃなかろうか。
 ファンシーなゴーレム造りの道を極めようとするオヤジとか、小遣い値上げを拒否された腹いせにドラゴン軍団を率いて戦争おっぱじめる小娘とか、「世界はバカで満ちている」という世界観が素敵なのだ。

2000年08月29日(火) 後始末は大変そうだな/『ルパン三世総集編』第6集ほか


2001年08月28日(火) クリエイターの条件/映画『ハムナプトラ2 黄金のピラミッド』ほか

 猛暑はとりあえず去ったとは言え、クーラーのないマンションの部屋の中は暑い。むちゃくちゃ暑い。
 しげが、人より体温高くて7度近いものだから、室温上昇に貢献してくれること。とても一緒にはいられない。マジで頭痛がするのである。
 夕べ、クーラーを取り付けてくれた知人の電器屋さんに、メーカー修理を頼んでおいたのだが、今朝方になって、「明日、朝8時から8時半の間に伺いますから」と電話連絡が入る。昨夜のうちに連絡しておいたのは、今日来てもらいたかったからなのだが、昨日の今日では順番もあるし、来てもらうわけにはいかないらしい。
 まあなあ、これだけ暑けりゃ、あっちこっちでクーラーも故障しまくってるだろうから、仕方ないか、と諦める。

 せめて汗でも流そうと朝風呂に入っていると、遅く起きてきたしげが風呂場にまでやってきて、「飯はぁ?」と聞いてくる。
 私がウチにいるとき、家事はほとんど私の担当だ。
 私が仕事に行ってる間は、しげは寝ていて何もしない。帰宅してから家事をするのはやっぱり私である。……しげに、「申し訳ない」という気持ちがカケラでもあったなら、こちらも少しは気がおさまるのだが、起きるなり第一声が「飯」である。しかもこっちは風呂に入ってるってのに。
 「ふざけんな。自分でそんなん作れ」
 「だって、料理するの好きって言ってたじゃん」
 「朝飯なんて飯と味噌汁で充分じゃねーかよ。なんでそんなのまで人を頼りにするんだよ」
 しげ、ふてくされた顔で風呂場を出ていくが、「アナタ、お食事の用意が出来たわよ」なんてセリフがしげの口から出てくることは夢のまた夢なんだろうなあ。
 え?
 朝飯は結局どうなったかって?
 作りましたよ、私が二人分。
 モヤシ炒めて卵とじにしただけだけどね。ちょびっと醤油垂らしただけで、これがムチャクチャ美味いのだよ。
 でも台所の電球が切れていて、薄暗い中で作ったので、片方は焦げすぎてしまった。
 ……もちろん、焦げた方を食べたのは私。自分で自分が健気過ぎて泣けてくるよ(T∇T) 。

 任天堂の新機種、「ゲームキューブ」の発売が迫っているが、プレステ2のソニーに水を空けられつつある任天堂がゲームメイカーとしての矜持を示すためにか、DVDなどの機能を一切つけなかったと言う。
 近い将来、ネット配信で映画が自由に見られるようになるのなら、余計な機能はかえって邪魔って踏んだのかもしれないが、いささか即断に過ぎないか。今、DVD機能を排除するって言うのは、ユーザーにしてみれば明らかに魅力減に感じられるように思う。
 マイクロソフトのXBOXも来年発売が決まっている。
 どうせもっといいものが半年待てば手に入るとなれば、購入を手控える人も多くなるんじゃないか。なんとなくこの「ゲームキューブ」、発売当初は売れるだろうが、セガのドリームキャストの二の舞になりそうな予感がするのである。
 なんだかこういうプライドだけでモノを売るって姿勢、戦時中のカミカゼ特攻隊みたいでどうも気に入らないのだなあ。

 CSファミリー劇場の「ファミナビ」、相変わらず加藤夏季がノリノリでがんばっているが(なんだか最近、この日記の加藤夏季度が高いな。イベントでもあったら、仕事休んででも行っちゃうんじゃないか)、それはそれとして、来月、昭和ガメラシリーズの一挙放送があるので、湯浅憲明監督がゲストに呼ばれて、当時の裏話などを披露している。
 もちろん、低予算でいかに特撮映画を作るかと言う話に終始するわけで、ガメラマーチを歌っていた「大映少年合唱団」は、撮影所の近所で遊んでいたジャリん子どもを「ちょっとおいで」と集めて歌わせただけだとか(笑)。
 自作のベスト3は、『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』『大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス』『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』の三本だそうだが、なぜ『バイラス』かと言うと、これが最も予算が少なかったからだそうな。なんでも白黒映画より安く、しかも本編特撮両方合わせて一本分のオカネしかくれなかったとか。
 「高速度撮影と逆回しだけで無重力を表現する」なんて力技もこの作品ではやっているのである。こうなるとまさしく「後は勇気だけだ!」の世界だなあ。
 「金子がね(もちろん平成ガメラの金子修介監督)、オレんところに来て言うわけよ。『あなたの昭和ガメラを見て育ちましたが、物足りないので平成ガメラを作りました』って。ああ、俺も至らないところがあるのかなあ、と思っていたらさ、金子が『どうしてガメラは日本ばかりに来るんですか?』だって。そんなこと言ったって仕方ないじゃん」
 ……ああ、金子監督、バカ。
 映画としてのウソに突っ込み入れるのはエセ評論家だけで充分だ。実際のクリエイターが自己否定するような疑問持ってどうする。卑しくも映画の作り手であるなら、設定の矛盾を自分で補完するくらいのことをやってみんか。怪獣がなぜ日本にだけ来るのか、という疑問の答えについて考えるだけで、真のオタクであるならば一昼夜かかって百の設定を思いつけるぞ。
 中途半端なオタクはこれだからなあ。
 でも、金子監督が偏狭だったのはガメラの2作目までで、3作目では大分コワレていたようだから(笑)、もしかして今度の『大怪獣総攻撃』とんでもないケッ作になってるかもしれないのである。
 期待しよう。


 マンガ、金田一蓮十郎『ジャングルはいつもハレのちグゥ』8巻読む。
 ……あれ? 折り返しのところの著者近影がないぞ?
 女性作家が顔写真を露出しなくなるのにはたいてい二つの理由がある。
 ○ったか老けたかだ。この作者、まだ21、2歳のはずだから、老けたわけではなかろう。だとすると○ったか。
 顔写真をできるだけ露出させないマンガ家さんが多い中で、堂々と写真載せていたので珍しいなと思ってたのだけれど、やっぱり恥ずかしくなってきちゃったのかな。外見なんて気にしなくていいと思うけど。
 この人のギャグの間の取り方、誰かに似てるなあ、と思っていたら、今巻でやっと気がついた。
 西原理恵子に似ているのである。
 家出をしたハレのところにグゥがやってくる。
 ハレの心の声『まさか…俺を探しに……?』
 グゥ「ハイ、ハレの荷物と数日分の食料」
 ハレ「うわ〜じゅんびばーんたーん」
 ここでハレの表情も最近のサイバラつり目になっているのだね。
 いや、サイバラさんだけじゃなくて、とがしやすたかが入ってる部分もあるし(崩れた時の目とか口のカタチとかね)。にわのまことだよ、この顔はってコマもある(ハレが「もんが〜」になったときにはのけぞった)。
 ダマが「バーサーカー!」って言って迫ってくるギャグ、わかるやつがどれだけいるってんだ。でもフレッド・セイバーバーグの『バーサーカー』シリーズまで金田一さんが読んでるとは思えんから、『究極超人あ〜る』あたりからの流れかも?
 もちろんそれらのギャグの源流には鴨川つばめや江口寿史がいることは言うまでもない。
 つまり、若いワリにこの作者、いろんなギャグマンガ、結構読み込んでるみたいなのである。
 それだけギャグが心から好きなのか……っつ〜よりまるきりオタクじゃね〜か、この作者。考えて見れば、『ガンガン』に連載持ってるっていう時点でオタクじゃないワケないのであった。
 今巻は「巨大ロボットもの」も入っているので、オタクな読者には超オトクです♪

 
 しげ、午前中は自動車学校、昼ごろから鴉丸嬢が遊びに来るとかで、1時間ほどで帰ってくる。
 鴉丸嬢が携帯のバッテリーを注文していて、ドコモだかNTTだかがそれを届けにウチまで来るというので待ち合わせしているんだとか。
 なぜ鴉丸嬢のバッテリーがウチに届けられるのかというと、それには深い事情があるらしい。女の子のヒミツはこれ以上詮索してはいけない(笑)。

 しげが鴉丸嬢を迎えに行っている間に、DVD『京極夏彦 怪・七人みさき』を見る。
 原作も読み始めたので、WOWOWで放映されたときには気がつかなかった原作キャラクターとの差異に目が行くようになる。
 御行の又市、田辺誠一じゃちょっとカッコよすぎるのではないか。二つ名が「小股潜り」(=甘言を弄して人を騙す)だから、もうちっとアクの強い人にやってもらったほうがいいように思うのだけれど、テレビドラマの主役の宿命で、これはいたし方がないところだろう。遠山景織子の山猫廻しのおぎんもちょっと可愛すぎるな。
 途中まで見ているときにしげと鴉丸嬢が到着。
 鴉丸嬢、遠山景織子のファンだとかで、喜んで見始める。
 でも段々、設定やストーリーとかに茶々を入れ始める。「なんでこの時代に髪染めてるんだよっ」とか「死体愛好だぁ!」とか「必殺と同じぃ!」とか。
 まあ、若い子だから即物的な反応をしてるだけで、批評にもなんにもなっちゃいないのだが、ああ、イマドキの若い子って、こんな感じ方してるんだなあ、と見ていて新鮮なオドロキがある。
 まだ、対象となる映画や小説の文化的背景も知らず、自分の感覚だけでしかものを見ることが出来ない、というと悪口を言ってるみたいだが、誰だって中坊のころはそんなものだ。
 どうもオタクな生活に慣れていると、こういうオタク度のあまり高くない子に向けてもモノを作っていかなきゃならないのだということを、つい、忘れてしまいがちになってしまうのでイカンのだよね。『怪』のメイクを見ながら、鴉丸嬢、「歌舞伎みたい」と言っていたが、歌舞伎のケレン味などと言ったものも若い子にとってはバカバカしい荒唐無稽としか見えないのかもしれない。 
 だとすれば、映画や小説の作り手たちは、大きなウソをつきながらも、それをウソと気付かせないくらいの大胆な演出というものを考えていかなければならないのである。中途半端なウソが一番始末に悪いよなあ。


 二人がDVDを見ている間、私がずっとパソコンに向かって日記を書いているので、「ずっとウチにいて、書くことあるの?」と鴉丸嬢が聞いてくる。
 京極夏彦風に言うなら「世の中にネタにならないことなどない」ということになろうか。日頃からこの日記にも書き、メンバーのみんなにも同じことをしょっちゅう言ってるのだが、全然理解してもらえてないんだなあ。うううo(ToT)o。
 劇団ホームページの日記、パソコン持ってるのに書きこまないメンバーも多いが、「書くことないから」なんてこと言ってるようじゃ、クリエイターには永遠になれんのだ。
 創作というのは題材ではない。題材は誰の眼の前にでもある。それをどう語るか演じるか。その視点こそが作家のオリジナリティにつながるのだ。
 そして、その「クリエイターへの道」は、畢竟、自分を「オタク」として既定していくことに他ならない。
 鴉丸嬢も、演劇やってる時点で、オタクの道に片足突っ込んじゃってるのである。更に同人マンガまで描いてりゃもうフツーの人に戻るのは不可能だ。なのに自分のことを「オタクじゃない」なんて思おう思おうとしている様子が見えるのだよなあ。
 いや、しげも含めて、ウチのメンバー、まだまだ自分をオタクと自覚することを躊躇してるやつ、多いのだな。確かにイタいオタクも世間にゃ多いし、実際そう言うやつらに迷惑被ったこともあるんだろうけれど、だからって、「私はオタクじゃありません」って言うのは、自分自身のアイデンティティを否定することにしかならないのだ。
 自己否定してる人間の言動なんて、だれもマトモに相手にしちゃくれんのだよ。


 ビデオ録画しておいた舞台『シティボーイズミックス ラ・ハッスルきのこショー』を三人で見る。
 日本のギャグの歴史に残るほどの傑作『ハッスル智恵子ショー』のスケッチがカットされている、というのは事前にしげから聞いて知っていた。やはりさすがに実在した既知外さんのパロディは放送に乗せるのには無理があるんだなあ。残念無念。全体としてそれなりに面白くはあるけれども、アレなくしては画竜点睛を欠く感は否めない。
 それに、やはりナマの舞台を見ていると、実感できることなのだが、どんなに8台のカメラを駆使して映像演出を施そうと、そこに流れる空気まで再現することは不可能なのである。
 鴉丸嬢、見ながら「大爆笑するような笑いじゃなくて、クスクスって笑えるようなところがいいよね」とか言ってたが、冗談じゃない、実際の舞台は大爆笑の渦だったのである。画面を通してだと、確実に笑い度数は1/3以下に減退しているのだ。
 ああ、そこはアップにしたら効果がない、ロングで撮って全体の空気を捉えなきゃ、とか、バカ、アングルが違う、こっちの角度から撮らないとそこでギャグしてるのが分らないだろう、とか、文句つけたくなる箇所が続出する。
 あと、『マッシュルームエンジェルス』のスケッチで、ピー音が入ったが、たしかアレは「あんたみたいなチビは小人プロレスに行けばいいのよ!」だったと思う。……だからそうやってピー音入れるほうが差別だってば。
 でも、こればっかりはDVDになっても復活はしないだろうなあ。
 やっぱり舞台はナマに限るのだ! 来年も東京に見に行くぞ!(誰か一緒に行こうよう。お金、今から積みたててさ)
 
 鴉丸嬢が、突然、「松尾銀三って声優が死んだって」と言い出す。
 ……ええっ!?
 もちろん、『クレヨンしんちゃん』のひろしの父ちゃん(つまりしんちゃんの爺ちゃん)、銀之助の声優さんだ(多分このネーミング、声優が松尾銀三さんに決まってから付けたんだろうなあ)。
 昨日の『犬夜叉』(爺ちゃん役を演じていた)で、報告があったそうだが、あとで新聞を隅から隅まで見たが、訃報が全く載っていない。ようやく松尾さん主宰の劇団「銀プロダクション」のHPで、クモ膜下出血で死去、と知る。
 ……全く、毎回、誰かが亡くなるたびに嘆いているが、声優はどうしてこんなに新聞での扱いが低いのだ。
 『忍たま乱太郎』のヘムヘムも松尾さんだったんだなあ。主役を張る、ということはほとんどなく、脇役に徹されていたが、そういう「いぶし銀」のような役者さんがいることが演劇の世界では大事なのである。
 ……映画の遺作は『オトナ帝国』か、『オジャ魔女どれみ』あたりになるのだろうか。くそう、また『オトナ帝国』見たときに泣きたくなっちまうじゃないか。
 でも、これらのことは全てあとから調べて解ったことで、このときは一切反応しなかった。鴉丸嬢、特に松尾さんのことを知っている様子でもなかったので、下手に「ホント?!」なんてこちらが言ったところで、それ以上に何か言えそうもなかったからだ。
 っつーか、下手な茶々でも入れられたら腹立つしな。
 以前、塩沢兼人さんが亡くなったとき、「塩沢兼人さんが亡くなったんだよう」と言ったら、「塩沢とき?」とクソバカなボケかましてくれたからな、このガキゃあよ。大竹まことじゃねーが「空気読めよ!」って言いたくなるぜ。
 いやまあ、本気で怒ってるわけじゃないのでご心配なく。私は男にはキビシイが、女には、しげが嫉妬しない程度にはヤサシイので。

 7時ぐらいまで鴉丸嬢の時間が余っていると言うので、カラオケになだれこむことにする。
 ついでにパンクした自転車を、馴染みの自転車屋に出しに行ったが、「修繕のしかたが解りません」と断られる。仕方なく、パンクしたまま乗って行ったが、ケツに響くことったらない。ああ、また痔が悪化しちゃうなあ。

 毎回少しずつ歌うレパートリーを変える、という試みをしているので、だんだん、なぜそんな歌を? ってのまで歌い始める。
 『少年徳川家康』、こんなのはしげもさすがに知らんだろうと思ったらちゃんと知っている。でも「軍歌みたいだ」はねーだろう、立派なアニソンだぞ。
 『快傑ハリマオ』、さっき見た『ラ・ハッスルきのこショー』で大竹まことが歌ってたので、マネして歌う。鴉丸穣が私に石を投げつける仕草をするが、なにか恨みでもあるのか。
 『ランバダ乱馬』、うわあ、声変えて歌うの、むちゃキツ。三千院とあずさの口調なんてもう忘れたわい。
 『DESERT MOON』、さて、みなさんは覚えておいでだろうか、フローレンス羽賀(どこへ行ったかな?)を、ドラマ『青い瞳の聖ライフ』を。谷山浩子の主題歌が好きで見てたがドラマは実につまんなかった。でも、これもしげはしっかり見てたんだそうな。……そのころって、10歳くらいだろうにマセたやつだ。
 鴉丸嬢、『ハレのちグゥ』が好きなようで、もう主題歌が歌えている。でも原作マンガの方は読んだことがないそうだ。其ノ他くんが、「『パブワくん』と同じで、アニメで見るから面白いんで、マンガの方は面白くないぞ」とか言ってたらしい。そんなことないと思うけどなあ。
 しげはそろそろレパートリーが尽きてきていて、カラオケに来るたびに同じ曲ばかり歌っている。毎回「マスクマン」は飽きたぞ。人に「同じ曲ばかり歌うな」とかエラそうなこと言ってるんだから、お前もレパートリー増やせよな。
 他にもいろいろ歌ったがこの辺で。

 鴉丸嬢を博多駅まで送って、しげとロイヤルホストで食事。
 プルコギ定食、比較的カロリーが低いので頼む。それでも一日の摂取カロリーの半分を消費しちゃってるのだ。しげはステーキ丼。どこまでも肉が好きなやつだ。
 そのあと、AMCまで『ハムナプトラ2 黄金のピラミッド』を見に行く。
 主役二人に子供ができちゃったってのは展開が早すぎる気がするなあ。
 まあ、このパート2でシリーズが打ち止めってことならこれでもいいんだろうけど、結構ヒットしてるみたいだから、続編の企画、立てられるんじゃないか。もうネタはない気がするけど。
 今回、「え、実はそうだったの?」って後付けの設定が出てくるあたり、まるで「ウルトラ六兄弟」なのだけれど、そのおかげでヒロインのアクションが圧倒的に増えたので、これはヨシ。戦う女は美しいってね。
 イムホテップの復活と、前作ではチョイ役だったアナクスナムンを前面に押し出したアイデアは評価したいが、ラストがちょっとありきたりだったのは残念。スコーピオン・キングだなんて、新しい敵を出したりした分、イムホテップの影が薄くなっちゃったのは失敗じゃないかなあ。パート3、アレじゃ作りにくいと思うんだけど。

2000年08月28日(月) 完治には1週間以上かかりそうです/ドラマ『百年の物語』ほか


2001年08月27日(月) ノンマルトの後裔/映画『ウルトラマンコスモス ファーストコンタクト』ほか

 朝、テレビをつけるなり、稲垣吾郎の神妙な顔が。
 あれ? もう釈放されたの?
 まあ、駐車違反と公務執行妨害なだけだから、たいした罪じゃないんだよなあ。稲垣君、ほとんど泣かんばかりの顔で「すみませんでした」と頭を下げているけれど、もう人一人殺しでもしたかのような謝りよう。
 アレで謝らなければならんくらいなら、日本人は一人残らず毎日、誰かに謝罪してなきゃならんがね。謝罪する人が身の回りにいなかったら近隣諸国に(笑)。
 何日か前、ダウンタウンのハマちゃんが追突事故起こしたけど、別に謹慎したって話も聞かない。まさしくあの「謝罪の姿勢」は、彼が『SMAP』の一員だからってことなんだよなあ。
 いや、トシヨリ連中のなかには、未だにSMAPの全員の名前を言えない、とか、「SMAPちゃ何ね? 夫婦交換のこつかいね(それはスワップ。( ゚_゚ )\(〃_〃)バキ)」とかいう人も多いのだ。この事件で、SMAPは、ニュースかワイドショーしか見ないようなオトナにまで、「SMAPちゃあ、たかが交通違反ばしたくらいのこつで謝らにゃならんくらいスゴか人気のあるグループらしかばい」と知らしめたのである。
 いいことじゃん。
 それに、コメンテーターが「罪は罪として償わなければならない」なんて言い方をしてるときは、既に心理的に罪は許されているのである。


 さて、『宇宙船』などを立ち読みしていても、賛否両論っつ〜か、関係者以外には不評の渦の『ウルトラマンコスモス ファーストコンタクト』。
 いやがるしげをムリヤリ誘い、朝一回だけ上映中のAMCキャナルシティへ。
 割引券があったので、それを用意して行ったのだが、来週分で使えないと言う。仕方なく既定料金を払い、中へ。何だか幸先が悪いな。

 入ると『サクラ大戦 活動写真』の映画予告編が流れている。
 脚本家のあかほりさとるを、しげがとことん嫌っているので、これ単独の上映ならまず見に行くことはないのだが、今回、併映が『スレイヤーズぷれみあむ』に『あずまんが大王』『デ・ジ・キャラット』なのである。
 ううむ、これは濃い。濃すぎる。
 まさしく現在考えうる最強の「美少女アニメ」、オタクにのみターゲットを絞ったラインナップではないか。もう「冬の角川アニメ」なんて通しタイトルは取っ払って、「ロリコンフェスティバル」とでも銘打った方がピッタリこよう(笑)。
 藤田容疑者も、もうちょっとガマンしてれば、こんないいものが見られたのに(^w^)。
 しかも、『サクラ』の劇場版の監督に、『エスパー魔美』『チンプイ』『クレヨンしんちゃん』の本郷みつるを起用しているぞ。
 『チンプイ』では、ほたるちゃんという藤子原作にないオリジナルキャラを作って「美少女を描かせるなら本郷みつる」という定評を受け、更に劇場版『クレしん』シリーズではルル・ル・ルルや吹雪丸、トッペマ・マペットなど、原作以上の切なく可憐でしかし力強く戦うヒロインを造形してきた本郷氏である。「帝国歌劇団」という題材はまさしく本郷氏にとっては自家薬籠中のものだろう。
 ああ、見たいぞ、これは。
 と言うか、しげが行かなくても、私一人でも見に行くぞこれは。劇場も多分、大きなお客様ばかりだろうから恥ずかしくないし(笑)。

 ……そう言えば『∀ガンダム』も映画化だってな。ホントに「アニメ新世紀」目指してるかな、トミノさん。

 まあ、それはそれとして『ウルトラマンコスモス』である。
 ……なるほど、賛否両論になったのもよくわかる。確かにこの映画、相手にしている客層がずいぶんと狭い。
 まず、この映画の中でのウルトラマン、これがあくまで「ドラマの中のキャラクター」ということになっている。つまり、ウルトラマンが実在していない世界なのだ。しかし、ここが重要なことなのだが、じゃあバルタン星人もドラマ上の存在なのかと言うとそうではなく、この世界での『ウルトラマン』中にバルタン星人は登場していないらしいのだね。
 なんだかややこしいが、『ウルトラマン』中の『侵略者を撃て』『科特隊宇宙へ』のエピソードはなく、『禁じられた言葉』でメフィラス星人が連れて来たのはザラブ星人とケムール人だけ、と考えればいいのかな。
 でも主人公のムサシだけは「ウルトラマンは本当にいるんだ!」と信じているという……ギャ、『ギャラクシー・クエスト』!(笑)
 そうなのだ。主人公の男の子、こいつ、イッちゃってるオタクなのだ。
 まず、ここで乗れるか乗れないかで評価は全く分かれちゃうだろうなあ。非オタクは「何こいつ、気持ち悪い」とか思っちゃうだろうし。
 で、ムサシの前に、バルタン星人との戦いで傷つき、森に落ちてきたウルトラマンコスモスが現れると。……あ、『アイアンジャイアント』!
 飯島監督が『アイジャイ』を見てたと言うより、誰でも思いつくネタなのだよな、あのネタは。
 まあ、このバルタン星人との宇宙での戦いもねえ、コスモスもバルタン星人も、星の間を猛スピードで飛びまわってたりしてるんだよ。お前ら、身長が10光年とかあるんかよって。それともあのキラキラ光って星々に見えるもの、何かの星間物質か?
 ムサシが覗いてる望遠鏡、月が映ってるんだけど、あれだけ大きく拡大してたら、月は必ず移動して見えるはずなんだがなあ。しかもそこをコスモスが一瞬横切るんだけど、ピントがピッタリあってたってことは、ほとんど月と同距離にコスモスはいたわけだ。
 ……なるほど、コスモスの顔は月とほぼ同じ大きさなわけだな。
 一応、コスモスの姿は「信じるものにしか見えない」し、言葉も「ウルトラマンを信じるものにしか通じない」ということになっているので、そこまで巨大でも誰にも見えなかったのだろう、と。辻褄が合ってはいるがねえ。
 でもまあ、この辺は瑕瑾なのである。
 何だかなあ、絶句しちゃうのは怪獣に対抗する組織が、SRC(科学調査サークル)っていうんだけどさあ。サークルなんですよ、サークル。つまりこいつらみんな、ボランティアなのだ。
 すごいぞ、教師やったり、自動車修理工やったり、ケーキ職人やったり、どう考えてもたいした給料取りいねーのに、「トロイトータル」みたいなメカ作っちゃうんだから。
 しかもこいつらの目的、怪獣を倒すことじゃなくて、怪獣を保護したり宇宙人と平和的友好を持つことなんだよねえ。『ウルトラマン』があくまで架空である世界の中で、よくそんなことやってたよなあ。
 だからこそ、こいつらだけはムサシの「ウルトラマンは本当にいたんだよ!」というセリフを信じるのである。
 うひゃあ。オタクの仲間はオタクだけというミもフタもない論理。こんな身につまされる設定、作んないでくれよう、寂しくなっちまうよう。
 もう、あとはねえ、その「怪獣を傷つけずに捕獲」するためのトロイトータル、戦闘機じゃないからってことで、ミサイルは積んでいなくて、ボクシングのグラブみたいなので怪獣ドンロンを叩いたり、バルタン星人に対しては「音楽は宇宙共通の言葉だから」ということでシューベルトの子守唄を流して眠らせたり。ああ、バカの集まり。へ(゜∇、°)へ ……『ウルトラマンタロウ』がこんな感じだったなあ。
 大分ネタバラシしてしまったが、落ちもまたスゴイのである。それまでの呑気な展開と全く変わって、ある意味「救いのない」結末。
 多分、飯島監督、最初のウルトラマンのころから40年近く経って、たくさんの仲間を失い、どんなに希望を示す映画を作ろうと思っても、どうしてもペシミズムが混じってきてしまうのだ。
 かつて、怪獣を倒すウルトラマンを、大江健三郎が「アメリカの核の笠の下で守られている日本」になぞらえ批判したことがあった。恐らく、そのことに一番臍を噛んで悔しがったのは、ウルトラマンの生みの親とも言える、返還前の沖縄出身者である故・金城哲夫ヤ上原正三であったろう。
 バルタン星人に蹂躙される街を見ながら、ムサシはウルトラマンコスモスを呼ぶ。しかし、コスモスは来ない。以前の飯島敏弘ならば、そんな複雑な展開にはしなかった。典型的な怪獣退治もの、ストレートなエンタテインメントを飯島監督は得意としていたからだ。
 ウルトラシリーズは、途中、何度も中断している。円谷英二亡き後、円谷プロ自体が存続の危機にさらされたこともある。夢破れ、沖縄に去り、非業の死を遂げた金城哲夫や、早世した円谷一らを思う時、結局はなすすべを持たぬSRCの姿が、飯島監督には最後に残された自分自身に重なっていったのではないか。
 それを思う時、単純に『コスモス』をつまらないと言い切ることは私にはできないのである。『ウルトラセブン/ノンマルトの使者』で切実に訴えられていた、決して歩み寄れない二つの人類の問題。
 宇宙の孤児となったバルタン星人の姿は、明日の我々ではないのか。
 ……でも、バルタン星人の笑い声、もっとハッキリ、
 「(V)o\o(V)ふぉふぉふぉ(V)o\o(V)」
 としてほしかったなあ。

 『ウルトラマン』の科特隊のメンバー、黒部進、石井伊吉(毒蝮三太夫)、二瓶正也、桜井浩子らが全員ゲスト出演している。そう、だから逆に大きな欠落も感じてしまうのだ。われらのムラマツキャップ、小林昭二氏はもういないのだから。

 映画を見た後、しげの機嫌が頗る悪くなる。
 「何がやりたいの? この映画。ウルトラマンはやたら鶴の舞、踊るし」
 CGを多用したバルタン星人とのバトルアクションはすごく良かったと思うんだが、これにも拒否反応するヒトがいるんだなあ、と、ちょっとビックリ。
 しげの機嫌を取るために、スターバックスカフェに寄る。
 しげ、何だかキャラメルっぽいものを頼んで美味そうに食う。
 わたしはミネラルウォーターだというのに。くそう。

 昨日食べたイカの唐揚げが美味かったというので、今日もマルキョウに寄ってイカを買う。
 マルキョウの隣にも新しくうどん屋ができているので、昼食はそこで食べる。
 うどんに50円から100円でトッピングができるというのがここのウリらしい。
 ついコロッケやイカ天をトッピングしてもらうが、朝飯たいしたもの食ってないからまあいいよな。
 二人でちょうど千円、手ごろな安さでよかった。

 帰宅して、しげにまたイカの唐揚げを作ってやるが、昨日と唐揚げ粉を変えたらこれがけちゃくちゃ辛かった。しげ、仕方なく、唐揚げ粉を全て落としてイカだけを食べる。
 既に唐揚げではないやん、それ。 


 DVD『伊賀忍法帖』(1982・東映=角川)見る。
 昭和50年代、映画と言えば角川映画、と断言していい時代が確実にあったと思う。
 今やアニメ以外見る影もなくなってしまっているが、『犬神家の一族』に始まって、『人間の証明』『野性の証明』『復活の日』と続く初期の大作路線、『蘇える金狼』『金田一耕助の冒険』『悪魔が来りて笛を吹く』『魔界転生』などのプログラムピクチャー、『セーラー服と機関銃』『探偵物語』『時をかける少女』『晴れ、ときどき殺人』などの角川三人娘によるアイドル路線と、日本映画の衰退が叫ばれる中、一人気を吐くかのようにさまざまな方向性を持ったエンタテインメントを供給し続けていたのだ。
 ただ、ヒット作を数多く生み出しながら、映画としての評価は一様に低い、というのも角川映画の特徴であった。皮肉なことに、映画としても高い評価を受けた『Wの悲劇』や『蒲田行進曲』を製作したころから、角川映画自体の衰退が始まっているのである。
 『伊賀忍法帖』は、その少し前、角川映画がアイドル路線を突っ走っていた真っ最中に、まるでポツンと浮くような形で作られた、山田風太郎原作の忍法帖シリーズの極めて正統的な映画化作品。
 主演は真田広之と渡辺典子。渡辺はこれが第1回主演作品である。
 何が異色と言って、そのころのアイドルたちの主演映画(特にそのデビュー作)がどんなものだったか、見比べてみれば一目瞭然だろう。たいていが文芸ロマンであったり、今で言うライト・ミステリーであったのに対して、「時代劇」で「忍法帖」で「エロ・グロ・バイオレンス」なのである。
 ……あんたねえ、つい、こないだまで「ひろこ〜」「ともよ〜」って叫んでたガキどもがそんなん見に行くと思ってんの? てな感じでこの映画、大ゴケしちゃったらしいけど、山田風太郎作品として見た場合、近年の『くの一忍法帖』シリーズと比べてみても、その背徳的な魅力を伝えている点では全く遜色がない。
 原作の七人の妖術僧が五人に減らされてはいるものの、彼らの特殊能力はケレン味たっぷりで、エンタテインメントとは即ち「見世物」なり、と割り切って描いているのが実に潔い。
 渡辺典子も、これが新人とは思えぬ演技力、三役を見事に演じ分ける。
 なによりも最高なのは、これが彼のベスト・ヴァリアント・アクトといってよいだろう、果心居士(この史上最大の妖術師のことを知らない人は、小泉八雲の『果心居士』か、司馬遼太郎『果心居士の幻術』、細野不二彦のマンガ『さすがの猿飛』を読もう)役の成田三樹夫!
 松永彈正に取り入り、妖しげな幻術でその心を惑わし、天下簒奪の欲望を掻き立てさせるが、いったい何の目的でそのようなことをするのか、皆目、解らない。人間の存在そのものを嘲笑うような甲高い「ほーっほっほっほ」という笑い、一転して「天下を取れ」と彈正を恫喝する悪魔のごとき形相、地獄から響いてくるかのような声、どれ一つ取っても一世一代の名演の名に値する。
 低予算ゆえのアラは散見するものの、抑制の利いた脚本(『殺人狂時代』『ルパン三世』の小川英)、ロングと長回しを多用し、役者の演技をじっくり取ってなお飽きさせない演出(『悪魔が来りて笛を吹く』の斎藤光正)の、これだけの傑作が半ば埋もれているというのはなんともったいないことか。
 『RED SHADOW』なんてクソを見るくらいなら、この旧作をもう一度堪能した方が遥かにいいぞ。


 9時からテレビドラマ『明るいほうへ明るいほうへ・童謡詩人金子みすゞ』
 近年、急にクローズアップされ始めた金子みすゞの伝記ドラマ。映画では田中美里が演じる予定らしいが、テレビスペシャル版は松たか子。
 しげがファンである渡部篤郎がみすゞの夫、桐原役を演じているので録画したが、実話とは言え、いかにもツクリっぽい展開にはなかなか乗れない。
 たいていこういう自殺したひととか早死にしたひとを描く時は(それが戦前ものだったら特に)『おしん』の亜流になっちゃうんだけど、最後にしみじみ過去を思い返して終わるとこまでそのまんま。
 これだから脚本家不在なんて言われちゃうんだよなあ。


 マンガ、和田慎二『ピグマリオ』第3巻(メディアファクトリー)。
 死の山のゼオの話のあたり、『もののけ姫』を見た人は「あ、マネしてる」と思うかもしれないが、もちろん『ピグマリオ』の方が先に描かれているので、それは間違い。
 雪姫の描写なんか、『太陽の王子ホルスの大冒険』の影響が顕著。だから宮崎駿と共通性があるのは当然と言えば当然かも。
 セリフやモノローグが説明的過ぎるという欠点はまただけど、好きな作品を思う存分描いてるから、テンポを阻害するほどまでには至っていない。……でも全12巻かあ。あまり本屋で見かけないんだけど、全巻揃えられるだろうか。

2000年08月27日(日) 自動車とはケンカしないように


2001年08月26日(日) アノ娘にもツバがついていたのね/DVD『2001年宇宙の旅 スペシャルエディションBOX』

 しげとの生活が再開して二日(なんかリコンしてたみたいやな)、安穏な生活は既に消えている。
 入院中は確かに同部屋の人の煙草なんかに悩まされたりはしたものの、普段ほどのストレスはやはり感じていなかったのだ。
 一人の寂しさには慣れることはできても、二人の喧しさには堪えられないものなのだろう。誰も一人では生きられないなんてのは、相互依存を正当化する言い訳に過ぎない。 
 しげ自身、しみじみと「アンタがいないとカラダが楽だ」なんて言い腐りやがる。「これまでも仕事がきついときはあったけど、アンタがいないとこんなに疲れ方が違うなんて思わなかった」だと。
 そりゃ日頃からしょっちゅう私に絡んできてるんだから、疲れるのは当たり前だろう。でももっと疲れてんのは絡まれる私の方だぞ。よくもまあ、そんな口が利けたもんだ。
 「アンタが結婚して以来、心が休まるときがなかったって言ってたの、やっとわかったような気がする」
 遅いわ。それに解ったからって改善するつもりなんてないくせに。どうせまた何やかやと甘えたりねだってきたりするに決まっているのだ。
 ……なんだかまた、一気に肩が凝ってきたなあ。

 遅く起きたせいで、『パワーパフガールズ』を見損なう。
 『仮面ライダーアギト』だけはやっと見たが、思わせぶりな謎ばかりちらつかせるだけで、ドラマ展開が遅いのは相変わらず。
 今日は久しぶりに劇団の練習に参加するので、『コメットさん』は見られない。……練習、10時30分からにしてくれないかなあ。
 しげはバイトのミーティングがあるとかで、少し後れる由。なんで日曜の朝っぱらから打ち合わせなぞせにゃならんのかね。
 しげの話によれば、今、しげのバイト先は「異常事態」だそうな。
 「なんだい、異常事態って」
 「売り上げが増えてんの」
 「……別にいいことじゃん」
 「ほかの店舗とヒトケタ違うんよ!」
 なんじゃそりゃ。
 「……よっぽどキレイなウェイトレスさんがいるとか?」
 「別に」
 まあ、そんな子がいて、ちょっかい出そうとする男の客がいたとしても、しげのヒト睨みでみんな逃げ出しちゃうだろうな。……ぼーっとしてるときのしげの眼って、イッちゃってるみたいで、モノゴツ怖いのだ。
 ハッ、もしかして、「あの店には変な女がいる」とかでしげを見に来る客が増えてるとか?


 練習場のカギを預かって、吉塚のパピオに直行。
 遅れると言ってたワリに、しげも20分の遅刻で到着。
 今日の参加者はよしひと嬢に穂稀嬢、更に穂稀嬢の彼氏が今日から入団。
 人員だけはどんどん順調に増えてはいるんだよなあ。練習の参加者は少ないけど。
 「彼氏のことは何と呼べばいいのかな?」
 と聞くと、本人が口を開く前に、穂稀嬢が「隼翔(はやと)って呼んでください」と言う。
 なんだかもう勝手に名前決められてるけど。
 更にしげが意味もなく「『カゲロウ』にしよう」と言い出す。
 「どこから出て来たんだその『カゲロウ』ってのは」と聞いたら、しげ、「睦月影郎」。……そりゃポルノ作家の名前だっ! 相変わらずしげのネーミングセンスは普通と違う。
 ……で、結局なんて呼べばいいんだよう。
 何だかウチの劇団の男って、みんなカノジョのシリに敷かれてるタイプが多いような気がするのは錯覚だろうか。

 肉体訓練を延々2時間。私のようなトシヨリは、そこまではとても付き合えない。1時間でバテて休憩を取る。
 せいぜい16畳程度の広さしかない練習部屋でハードな運動してたら、ものの10分で酸欠状態になってしまう。もうちょっと換気のいい練習場がないかなあとも思うんだが、演劇専門の練習場(で安価なとこ)って、市内にはそうそうないんだよねえ。

 頭痛を押さえながら午後は台本の読み合わせ。
 ようやくよしひと嬢の脚本第2稿が完成したので、まずは通して読んでみる。難点はストーリーはあるがドラマに乏しいこと。また、長ゼリフが多く、ダレ場が出来ていることなど。
 「何かもう一つ、事件が起こせないものかなあ」なんて、自分が書くわけじゃないとなると、無責任なことを言い放つ。
 キャラクターの分析についても、自分で演じるわけだから、「ここはこういう解釈でいいの?」などと、突っ込んで聞く。
 まあ、まだ詳しい内容は書けないけど、私の演じる役って、結構人間的にサイテーな部類に入るヤツなんですね。役としては面白いけれど、人間としてはちょっとぶん殴ってやりたいような。……もうちょっと主体的に動けねえのかよって言いたくなるような感じのヤツで。
 ちょっとハラを立てながら、作者のよしひとさんに聞く。
 「……だって、こんなセリフ吐いてるってことは、こいつはイヤな事は全部他人のせいにしちゃうような無責任なヤツなわけじゃん?」
 よしひとさん、キョトンとして、
 「そうだったんですか。自分で書いてて気がつきませんでした」
 なんじゃそりゃ。
 ……もしかして、男ってものを無意識にそ〜ゆ〜目で見てるのかなあ。

 あ、しまった。
 『オトナ帝国の興亡』、よしひとさんに買ってもらったはいいものの、お釣りを渡し忘れていた。……す、すみません、来週必ず返しますから。
 穂稀嬢も、初めは同人誌が欲しいようなことを言っていたのだが、現物を手にして、「あ、活字なんですか? じゃあ私、ダメです。活字が読めないヒトなんで」。
 ああ、そうか。『クレヨンしんちゃん』の同人誌、と聞いていたから、てっきり全部マンガだと思っていたのだな。
 ……でも、それじゃあ、脚本も読めないんじゃないか?


 練習が終わった帰り道、いきなリ自転車がパンク。
 ついこの間、パンクを修繕したばかりなのになあ。何かクギでも踏んだかなあ。日曜なのでどこの自転車屋も開いていない。しかたなく、父の店まで自転車を押して行って、とりあえず火曜まで置かせてもらうように頼む。
 ついでに散髪をしてもらって、あとは徒歩で帰る。まあ、ちょうど運動になっていいかな。
 何ヶ月か前に新しく出来たスーパー、マルキョウに初めて寄ってみる。まあまあ広くて品数は多い。おかずの食材を買いこんで帰る。
 鳥とイカの唐揚げを作ってやると、しげ、喜んで食べる。
 野菜スープは、コンソメにマスタードを混ぜたのだが、さじ加減を間違えてやや辛くなりすぎた。水を追加し、牛乳を混ぜて味をまろやかにしたら随分と飲みやすくなる。
 こういう知恵は殆ど自炊していたときのものだが、やはり結構、大雑把である。もう少し繊細な料理が作れないものかなあとは思うのだが、そこはやはり時間との戦いになってくるのだな。 
 

 クーラーが突然の故障。リモコンを押してもウンともスンとも言わなくなる。
 というか、以前から水が漏れたりして調子は悪かったので、入院中に電器屋さんを呼んで修理してもらうよう、しげに頼んでおいたのだが、やっぱりしげのスカタンはサボっていたのだ。
 でも、ほとんど丸一日稼動で酷使してたからなあ。もうそろそろ寿命なのかも。買い替えとなるとまた散財。買いたいDVDもたんとあるのに、今それはちょっとイタイよ。


 DVD『2001年宇宙の旅 スペシャルエディションBOX』。
 以前発売されてたDVDとどこがどう違っていて、何がスペシャルかっていうと、要するに、5.1chサラウンドになってて、サントラCDが付いてくる、ということ。
 ブックレットやフィルム入りポートレートなんてのも付録として入ってるけど、こんなのはたいして嬉しくもない。
 肝心な音のほうだが、ウチにはまだサラウンドの環境自体がないので、いいか悪いかの判別は全く出来ないのであった。

2000年08月26日(土) 森の木陰でドンジャラ補遺/『金髪の草原』(大島弓子)



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藤原敬之(ふじわら・けいし)