無責任賛歌
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| 2001年05月22日(火) |
我々は夢と同じものでできている/『MY SWEET ANIME 私のお気に入りアニメ』 |
わはは。 やっぱり体重の野郎、86.2キロまで揺り戻してきやがった。 朝も昼も食欲がわかず、夜、寿司食っただけだってのに、どうして1キロも増えるんだよう。 やはり運動しないとダメってことなのか? 鈴邑くんから「栄養のバランスも考えないと」とのご忠告を受けたが、家族が二人しかいないと、バランスのとれた食材を買ってくると、野菜だの果物だの、どうしても余ってしまって腐らしてしまうのである。 結局、冷食に頼っちゃう結果になるんだよなあ。 と言うわけで、今、ウチの冷凍庫には、野菜の真空パック、牛肉、豚ばら肉、唐揚げ、タコ焼き、うどん、つけ麺などがぶちこまれているのである。
昨日、休んだツケで、今日は夜8時まで残業。 帰宅してみると、今日はしげも仕事は休みのようだったが、寝ていて全く起きてこない。なんだか本格的にすれ違い夫婦になってきてるぞ。 毎日残業してれば確かに仕事は片付くんだけど、しげが9時からのバイトをしている今、そんなことをしていれば、二人で過ごす時間が、全くなくなってしまう。 いや、別に寂しいわけじゃないんだけどね、特にマイホーム主義者ってわけでもないし。しげと一週間会わないでいても、休日に一緒にいられるんならいいや、程度の感覚なんだよねえ、私のほうは。 ところがしげの方は、それだけではどうにも満足できない、というより不安になってしまうらしい。会わないでいると私が本当に私であるのか、だんだん判らなくなってくるんだと。おいおい(^_^;)。 確かにねー、「男子三日会わざれば刮目して見よ」なんて言うけどさー、たかが何日か見なかったからって、自分の亭主が別人になってやしないかって、一昔前の侵略SFじゃないんだからさー。インベーダーが乗り移ってるわけじゃないんだよ? まあ、私がいきなり三人も現われたっていうなら驚いてもいいだろうけどさー(三田村信行の『おとうさんがいっぱい』ですな)。 でも、しげを不安にさせたいわけじゃないし、明るいうちに食事とジョギングもすませたいので、できるだけ早く帰るようにはしています。私は私なりに夫婦の関係の維持に気を遣っちゃいるのよ。 たまにこうして会えない日もあるんだけど、だからと言って、しげよ、次の日に決まって「久しぶり」って挨拶するのは止めてほしいんだけどねえ。 嫌味か?
「エンピツ」の日記中、最近人気の『七人の侍』、「日記」と言うよりは一種のギャグサイトで、どうやら『侍魂』とか言うサイトのパロディらしい。元ネタのことはよく知らないのだが、覗いてみると確かに面白い。 コミケの閉鎖性を当てこすったり、小泉首相の俗っぽさに突っ込んだり、読者をからかうようなクイズのアイデアもなかなか笑える。 ただ、どうにも気になってるのは、表紙にホントに『七人の侍』のスチールを使ってることなんだよねえ。いや、別に著作権がどうのって言いたい訳じゃないのよ。 インターネットってのは確かに無法地帯だ。著作権おかまいなし的なところがエネルギッシュで、おかげで各サイトが面白くなってる面はある。できればある程度の「引用」は許諾してもらいたいなあと思っちゃいる。 写真のパロディなんか特にそう思うわけで、コラージュを「著作権の侵害だ!」なんて言われた日にゃ、アンディ・ウォーホルだって出版禁止になってしまう。マッド・アマノ裁判を例にとるなら、パロディが元ネタの価値を高めることだってあるのだ。ちょっとからかわれたくらいで怒り狂い、弾圧しようってのは戦前の官憲と何ら変わりがない。というか、そういう権威的なものをからかうことにパロディの意味だってあるんだしね。 だからこそ、なのである。 『七人の侍』のスチール飾ってるだけって、それパロディにも何にもなってないんだよねえ。せめてイラストにするとか、工夫が欲しい。なら、そのこと相手に伝えりゃいいじゃんと言われる向きもあろうが、難癖ととられるのもいやなんで、直接相手の掲示板に書きこんだりはしない。
でもモノホンの『七人の侍』のDVD、いい加減で国内販売せんかなあ。今やコメンタリーができる俳優が土屋嘉男くらいしか残ってないってえのに。
『ヒカルの碁』のオフィシャルサイトやファンサイトを覗くが、やはり「アニメ化決定!」とウワサされつつ、詳細は全く判っていない。 それはそれとして、あちこちサイトを覗きながら気づいたことなのだが、私は初めてっきり、『ヒカ碁』のファンページは「佐為さまラブ」みたいなサイトばかりじゃないかと思っていたのだ。 ところが、めぼしいもののほとんどが「碁」の解説サイトである。もうマジメもマジメ、碁を全く知らない私にはチンプンカンなヨセだのハネだの、マンガ中で私が読み飛ばしている専門用語が解説なしで(解説するならそこから始めてほしい……)飛び交っていて、みんな真剣なのがよくわかる。 うーん、『ヒカ碁』が碁ブームを巻き起こしたってオビに書いてあった惹句、あながち誇大広告ではないのだなあ。今回の佐為VS名人の元ネタになる棋譜も実在してるそうだが、それだけリアルに描こうという作者の気概の表れなのだろう。 碁を知らなくても楽しめるマンガだが、碁を知ってたら恐らく3倍、4倍楽しめただろうと思うと、死んだおふくろにもっと将棋や碁を習っとくんだったなあ、と後悔しきりである。
夜、合唱団のUさんから電話あり。 知り合いの結婚式の撮影のためにビデオカメラを貸してほしい、ということだったが、ついでに聞いた世間話の中でちょっと驚いたことがいくつか。 一週間ほど前、東京で「野猿」の解散コンサートに行ったあと、「死ぬ理由もないが生きている理由もない」と遺書を残して飛び降り自殺した少女、Uさんの話しによると、どうやら知り合いの知り合いらしいのだ。 ということは私の見知らぬ子ではあるのだが、いやはや、こりゃあまりからかうようなもの言いがしにくくなってしまった。 宗教嫌いの私にしてみれば「命を大切に」なんてスローガンは宗教そのもので口が裂けても言えない。自殺した子にとっても、こんな言葉は一番自分から遠いセリフだったはずで、それを口にすることが偽善であるどころか死者を鞭打つ行為であることは明らかである。 死んだ子は「生きる理由がない」と言ったのだ。この世に生きるための絆がなかったのだ。今更「命を大切に」だなんて、その絆がなかったことの責任を、誰かに負わせるつもりか。それは死者にか、残された人々へか。 無駄だ。 誰にその原因があるかなんてことを話したって意味はない。それはただの事実に過ぎなかったのだから。その子は自分のことを「路傍の石に過ぎない」と言っただけである。 「死ぬ理由もないなら生きててもいいじゃん」という言質も遺書の言葉の意味を捉えきれてはいない。自分の存在が石のように希薄になっていけば、人はその存在を確認するために暴力的な行為に出ることが往々にしてある。 「私はただの石ではない」という主張である。 彼女の場合、それは内に向かって放たれたのだ。外に向かって、殺人なんかを起こされるよりは遥かに理性的な処断である。もっとはっきり言えば、彼女の自殺は一種の「自決」なのであって、それに対して他人がどうこう言える問題ではないし、言うべきでもない。
エスクァイアマガジンジャパン刊、『MY SWEET ANIME 私のお気に入りアニメ』読む。 歌手や俳優や評論家、映画監督などなど、ほとんど誰彼なく無節操に「あなたの大好きなアニメは?」とインタビューしたもの。 これについて書き出したら、いくら時間があっても足りるまい。
しかし、これだけは必見、というものを選べば、『幻想のルパン帝国』の作者である高橋実による、『カウボーイビバップ』の監督渡辺信一郎へのインタビューだろうか。 「スパイクを死なせることに意味があった」と監督は明言する。 『ビバップ』の主人公、スパイクの片目は義眼だった。最終回、彼は、「義眼で現実を見、本物の眼で過去を見ていた」と語る。ビバップ号での夢のような日々、あれは作りものの眼で見た風景だった。言いかえれば、あのアニメ自体がただの「虚構」であり、「夢」だったのだ。 男が本当の眼で、現実を見る時、彼は過去を見て死を選ぶことになる。スパイクの死はある意味自殺であった。
さっき書いた自殺した女の子のこととあまりにシンクロしていて、一瞬、気味が悪くなった。あの子は多分、自分自身の「現実」をやっと手に入れたのだ。夢の中に取り残されたのはむしろ私たちの方だろう。もし私たちのほうが現実だというのなら、口が避けても「命を大切に」なんて世迷言を言ってちゃいけない。それはそうあればいいと願う「夢」を見ているだけだ。 命が大切にされてる「現実」なんてないのだから。
あと、もう一つ二つ訂正。 巽孝之が東映動画の傑作、『わんぱく王子の大蛇退治』を「宮崎アニメ」、と言っているが、まだ宮崎駿は入社していないので誤り。 また、みうらじゅんが「昔はマンガとテレビマンガは同じものだったが、『アニメ』という言葉が生まれてから違うものになった」というのも認識不足。マンガとアニメは最初から全く違う。大塚康生の本でも読め。『作画汗まみれ』が新版で出るぞ。
しかしみんな、「アニメが好き」って口にはするけど、「アニメを読む」ことができてないだけでなく、内心やっぱりバカにしてるのが見えてくるのが腹立たしい。最近あちこちでしょっちゅう「アニメは社会的に認知されていない」発言を繰り返す庵野秀明、やっぱり今回も同じことを語っているが、『クレヨンしんちゃん』をバカにする連中のほうが世の中には圧倒的に多いことを考えると、宜なるかななのである(丁度今日、『学校へ行こう!』の「未成年の主張」で、「俺は『クレしん』が好きだ〜!」と叫んでたなあ)。 「マイ・スイート・アニメ」ってタイトル、皮肉か?
夜、いつものジョギング。毎日のことだけど、こう書いておかないとサボってるように思われるかもしれないのでやっぱり書いておこう。
明日、医者に行くかと思うとなかなか寝つけない。 「死」についてモヤモヤと考えていたせいだろうか。もっとも、自殺肯定のように受け取れる文章を書いたからといって、別に私が自殺したいと思ってるわけじゃないので、ご心配なく。 第一、自殺しようってやつが同時にダイエット目指すもんか(^^)。
| 2001年05月21日(月) |
アニメな『ヒカ碁』/『臨機応答・変問自在』(森博嗣)ほか |
おおっ、体重が一気に85.2キロに! やはり肉練すると効果がある……というわけではなく、また体を壊しただけなのだが。 何日か前から血便が出てたんだけど、今朝は特にひどくって、便器は血塗れ。いくら水を流しても、赤い飛沫は白い便器に滲んだまま一向に消えない。 こう書くとなんだか凄くひどいみたいだけど、私にとってこんなのはしょっちゅうなので、もはや自分の体を心配する神経が麻痺している。 放っときゃそのうち治るでしょ、とお気楽に構えているのだ。 しかし、どうも今回は何日経ってもなかなか出血が治まらない。無神経な私もチトヤバイかな、という気がしてきた。 私の血便の原因は今まで9割5分が痔、残り5分がポリープのせいなんだが、痔ならまあ、何ということもない。座薬を射しときゃいいだけである。でもこの残り5分の可能性があるだけに、いちいち医者にかからねばならないというのが面倒臭い。 例の頭痛の件もあるし、明後日あたりには仕事も暇になるだろうから、医者に行くことにするかな。
ともかく朝から腹痛がひどい。 トイレにこもりっきりで、午前中は仕事を休む。 全くタイトルを「半病人日記」にしちまったほうがいいんじゃないかって気がしてきたな。 午後からの仕事も適当に切り上げる。というか溜まった仕事を明日に回す。 明日は明日の風よ吹け、火よ燃えろ、水ようねくれ、地よ吠えろである。
外はまる一日雨模様で、しかも蒸し暑い。 そろそろ夏というか、梅雨が近いのだろう。 今のところ毎日続いていたダイエットのためのジョギングも、これではさすがにムリである。 でも買い物の予定があったので、自転車をかっとばす。 案の定、途中で歩道の真ん中に突っ立ってた自動車乗りこみ防止の鉄柱にぶつかる。スピードを落としていたのでケガはなかったが、あれ、ライトに反射するようにしてないと意味がないよなあ。
知り合いの本屋で、今週の少年ジャンプ、『ヒカルの碁』だけ立ち読み。 先週のあの怒涛のクライマックス、さて、今週はいかなる展開に? ……そうか、ついに「時」が動き始めたのだねえ。 しかし果たして本当に佐為の役目は終わったのだろうか? もしそうなら、彼が一旦は本因坊秀策の身に乗り移ったのは何故なのか。物語は明らかにもう一つの(恐らくは最後の)クライマックスに向かって走りつつあるが、更にもう一波瀾くらいはあるのではないか。 でも、ここまですっきりと盛り上がってきたのだから、無理に間延びさせずに、きちんと終わらせてほしいものである。
さて、それはそれとして気になる『ヒカルの碁』アニメ化のウワサであるが、やたらあちこちのサイトで「決定!」の 文字が踊っているが、オフィシャルページでの発表は未だにない。実際、プロダクションが制作したにもかかわらずプレゼンテーションに失敗して、スポンサーが付かずにポシャるということは、この世界ではいくらでもあるので、油断はできない。 テレビ東京系で10月からの放映予定であるとか、あの『エヴァ』『ウテナ』の大月俊倫プロデューサーがプッシュしてるとか、シリーズ構成は『ポケモン』『ビックリマン2000』の冨岡淳広だとか聞くが、さてどこまでがホントやら。 アニメ化なんてやめてくれ〜という声も多かろうが(私も基本的にはマンガのアニメ化自体に反対である)、じゃあたとえば宮崎駿が、高畑勲が、庵野秀明が、山賀博之が、押井守が、大友克洋が、りんたろうが、出崎統が、幾原邦彦が、河森正治が、今川泰宏が、大地丙太郎が、本郷みつるが、原恵一が、トレイ・パーカー&マット・ストーンが、富野由悠季が(^^)、ついでに死んでるけど手塚治虫が、『ヒカ碁』アニメ化に挑むとなったらどうだろうか。 なんかヤダ、と感じつつ、見てみたいとは思わないだろうか。少なくともこれらの人々なら、マンガの人気におんぶに抱っこの無難な(つまりは初めから駄作となる)作品を作ることは絶対にない。化けるかコケるか二つに一つだ。 ……適当にアニメ監督の名前を挙げてみたが、出崎統なんかはありそうだよな。杉井ギサブローは『タッチ』以来、無難になっちゃったので不可(^^)。
ヤマダ電器では約ひと月ぶりに生ビデオテープを20本、まとめ買い。 先月は東京行きもあったので、実は映画を一本もエアチェックしていない。贅沢しているようで、一応我慢するところは我慢しているのである。 でもやっぱり貯金は減る一方。ボーナスまでまだあと一月半あるのになあ。今月は乗りきれるだろうか。
回転寿司屋で寿司を五人前ほど折り詰めにしてもらう。 しげへの土産だが、多分あいつのことだから、一晩で全部平らげてしまうのだろうな。 こんなことを書いてると、しげから「自分の妻に対して愛がない」とすぐに文句を言われてしまうが、ただの事実を述べているだけなのにどこが悪い。私の言うこと書くことを否定したいのなら、食っちゃ寝食っちゃ寝の生活を改めればいいのである。
帰宅すると、タッチの差でしげは仕事に出ている。 パソコンに「冷蔵庫に寿司入れといたよ」とメールで伝言を残す。味気ないメールだが、何も書かないよりはマシだろう。ホントに、一週間くらいなにも送らないでいると、すぐにブーたれるのだから始末に悪い。これだからしげにメールを書くのはつまらないのだ。
森博嗣『臨機応答・変問自在』読む。 小説でもエッセイでもなく、森さんの工学部での学生とのあいだのQ&Aをまとめたもの。 全体的に学生の質問は幼稚で、森さんの回答はほぼ韜晦に終始している。森さんの性格の悪さがよく判る(^^)本である。 「この勉強は役に立つのか? 意味のあることなのか?」という質問に対して、「キミの人生に意味はあるの?」と質問で返すあたり、短気な学生なら腹を立てそうだが、「テメエみたいなバカは大学に来るな、帰れ」と言わないだけ、森さんはオトナである。自分の給料がどこからでているか、誰が学費を払っているかがよーく、判っているからだ。この返答のし方なら、誰かから何か文句を言われても充分「善意」の回答である、と言い訳が立つ。 でももっとオトナな人は、「人生に役に立たないことなんかないよ。みんながどこかで何かの絆でつながってるんだからね」なんてこれっぽっちも信じてない絵空事を滔々と語るだろう。 けだし、オトナになるということは詐欺師になることと同義であるか。 マンガ、あだち充『いつも美空』4巻。 おおっと、ようやく話が転がり出して面白くなってきたかな。 これまでほとんど進展らしい進展がなく、作者はもしかして本当にこのマンガをどういう方向に持っていくか考えてないんじゃないかと疑問に思っていたのだ。 美空は演技の才能をようやく見せ始めるし、ようやく仲間の超能力が全て出揃ったし、ライバル登場も長期連載のための布石でもあろう。特に、ライバルの鼻をあかすラストのオチは機転が利いている。 でも盛り上げるだけ盛り上げといて、『虹色とうがらし』みたいにストンと打ち切りやがったりするからアテにならんのだよなあ、この人は。 でもやはり少年サンデーの看板マンガ家はこの人でないといけない。『コナン』にいくら人気があっても、『コナン』のファンはサンデーのほかのマンガまで面白がって読んだりはしないのだ。
雨が少しでも止んだらジョギングしようと思っていたが断念。明日体重が元に戻ってなけりゃいいけどなあ。
| 2001年05月20日(日) |
念の入った話/DVD『NHK少年ドラマシリーズ なぞの転校生�機戮曚� |
今朝の体重は86.4キロ、昨日より200グラム増ではあるが、この辺はまだ誤差のうち、実質体重は現状維持と言ったところだろう。 ふと思ったが、もしかして、運動しているために筋肉が付いて重くなっているんじゃないのか? 動物の世界でもそうだが、鈍重なもののほうが実際にはエネルギー消費が少なく、長生きなのである。 たしか唐沢俊一さんもどこかで「動かないでただひたすら寝ているのが一番健康」と(疑問符付きで)書いてたが、人に会わなくてもものさびしくない人にとってはその通りかも知れない。
DVD『NHK少年ドラマシリーズ なぞの転校生�機抔�る。 リアルタイムで見ていた1975年、色気づいていた中学一年生であった(つまりこのドラマの主人公たちとほぼ同年代)私の目当ては、ヒロインの香川みどりを演じていた伊豆田依子であり、大谷先生役の岡田可愛であった。 SFマインドもセンス・オブ・ワンダーもなかったのである。 中年になった今のほうが、よっぽどドラマとしてのこの作品の価値が見えているのかもしれない。 主演は、『超人バロム・1』の白鳥健太郎と『田園に死す』の少年時代の寺山修司という両極端な代表作を持つ高野浩幸。 そして「次元ジプシー」という、結構いろんな人が書いていそうで意外に例の少ない設定の、タイトルロールの転校生を演じるのが星野利晴。この人はあと『幕末未来人』に出演してたことしか私は知らない。 もちろん、二人とも演技は大根である。でも何とも言えない新鮮さがあるんだよなあ。 1972年のオイルショック以来、高度経済成長は終わったのだと誰もが実感していた時代だった。ただのオカルトであるノストラダムスの大予言が、公害による環境破壊を予知していたのだと、信憑性を持って受け入れられていた時代だった。 そういう時代だったからこそ、次元ジプシーたちの核戦争に対する恐怖を、星野利晴は明らかに「本気で」演じていたのだ。「ジェット機の爆音に怯える子」というモチーフは小松左京の短編にもある。しかしあれは太平洋戦争中からタイムスリップしてきた子という設定だった。ノスタルジックでセンチメンタルではあっても、現代における切実感をもって迫ってくるものはなかった。 しかし、「核戦争は必ず起こる」という転校生のセリフは、あのころの私たちは「そんなバカな」と否定できるものではなかったのだ。 1970年代というのは、戦後の日本人が、戦争の恐怖を実感的に演じることのできた最後の時代ではないかという気がする。今や我々はSFという意匠をもってしても、そういう「切実感」を表現できなくなってしまった。 DVDで見返しながら、原作も読んでみたくなって、文庫本をひっくり返してみたが、驚いたのは解説をしているのが手塚治虫である。結構雑な文で、ヨイショ記事にしかなってないし、本作のモチーフについて、「『ダンウィッチの怪』(映画化されて『呪われた村』という邦題で封切られた)」と説明しているのは、「ジョン・ウィンダム原作『ミドウィッジの怪』(邦訳されて『呪われた村』、更に映画化されて邦題は『光る眼』)」の間違いだろう。『ダンウィッチの怪』はH.P.ラブクラフトのクトゥルーものである。でも、同じ関西系の付き合いで、『漫画少年』投稿時代から手塚氏と眉村氏に投稿仲間として親交があった.というのは意外だった。
先週から劇団の練習に参加しているので、朝、テレビがまともに見られない。『アギト』と『どれみ』はなんとか見られたが、『デジモン』と『コメット』はビデオに録画するしかない。しかし丁度空いているテープがないので諦める。来週からはビデオに仕掛けて出かけることにしようかなあ。
今日は比較的メンバーが集まる。 よしひと嬢、鴉丸嬢、桜雅嬢、穂希嬢、しげに私である。 ようやくよしひと嬢に、東京土産の『ラ・ハッスルきのこショー』のパンフレットを渡せたが、実はホワイトデーのお返しはまだしていないのである。いいのが見つからなくってねえ。ごめんなさい。 桜雅嬢はバイトで午後からの参加だというので、来るまでの間、散々、噂話のサカナにする。 実は桜雅嬢は社長令嬢であるのでお金持ちである。多分メンバー中、一番なのではないか。これはもう、サカナにしてくれと自ら言ってるようなものだ。今は某専門学校に通っているのだが、なんでもつい先日まで、そこの修学旅行みたいなものに参加してきたらしい。 「どこ行ってきたって?」と穂希嬢に聞くと、 「USJだって」 「なにそれ?」 「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」 「ああ、なるほど、贅沢だな」 「入学金が○○○○円ですから。パパに『専門学校行くから出して♪』って、ねだったって」 「……なんか許せんな」 「で、桜雅、私に電話したときにどこに行って来るって言ったと思います?」 「え? だから、ユニバーサル……」 「『USA』に行ってくるって」
……桜雅さんだなあ。 因みに今、桜雅嬢が目指している職業は、「カウンセラー」である。鴉丸嬢が誰しも思っているツッコミを言うが、当たり前過ぎるのでここには書くまい.
前半三時間は肉練。腹筋も今や2、30回が限度。開脚もまるで三角定規程度にしか開かない(もちろん45度部分ではない)。ダイエットもそうだが、この硬くなった体が今更ほぐせるのだろうか。 それにしても、未だに足が180度開くしげの野郎はなんだってんだ。こっそり毎日、酢でも飲んでんじゃないのか。
昼過ぎて、桜雅嬢も到着。 US“J”土産のクランチチョコは美味しかった。 穂希嬢が、「なんでそんなとこに行けるんだよう」と文句をつけると、桜雅嬢、一言で答える。「船で」。 だから誰も手段は聞いてないって。
後半は台本の討ち合わせなど。 鴉丸嬢、自分の役名が「織姫あや」であることに抵抗を示す。どうにも恥ずかしいというのだが、本心はそんな瑣末なところにはあるまい。 名前の問題にかこつけてはいるが、シナリオそのものに乗りきれないのに、「つまんないよ、これ」と言うのが憚られているのだ。遠慮せずにポンポン文句言っていいのになあ。 鴉丸さんはいつもそうだが、ガサツに見せかけていて実は気配ってばかりいる。それって、結構疲れると思うんで、劇団の中ではもっと無遠慮に振る舞ってほしいものだ(えっちネタはちょっと突っ込みにくいけど)。酒を飲ませてストレスを発散させるという手もあるが、鴉丸嬢は酔うととてもカワイクなるので、今度は其ノ他君のほうが気が気じゃなかろう。 それはそれとして、シナリオ自体、名前だけでなく、全体的にもっとコメディーにせねばならぬので、イチから練り直さねばならない。でも練り直しのアイデアが今んとこ思いつかない。来週までに何とかなるのか? 因みにマンガ家のアシスタントを演じる其ノ他君、本人がその場にいないのに、勝手に役名は「牽牛星彦」にしようというアイデアが出たが、ほんとにそれでいいのだろうか。出したのは私だけど。
鈴邑君参加により、ホームページのほうのリレー小説も、順番のクジの引き直し。しげ、嬉々としてアミダクジを作る。なんでこんなことになるとこいつは燃えるかなあ。 前回のクジでは、連続してよしひと嬢がトリを引いてしまったので、「ラストじゃなければどこでもいいです」なんてことを言っている。内心、クジが引き直しになったのを喜んでいるのだろう。 でもなあ、そんなことを言ってるとなあ、ラストをねえ、引いてほしいなあなんてねえ、念を送りたくもなってくるのだよ。 「ラスト引けえ〜、ラスト引けえ〜」と心の中で祈ってたら、よしひと嬢、ホントにラスト引いちゃいやんの。 よしひと嬢、「なんでェ〜!」と悲鳴を上げていたが、もちろん偶然で、私の念のせいではあるまい。毎回、必ず念を送ってるけど。 もちろん、私が毎回真ん中あたりで無難な位置にいるのも全くの偶然である。 世の中に不思議なことなんてないんだからね。
練習後、しげは疲れ果てて帰宅。 私はワーナーマイカル福岡東まで、ついに三度目の鑑賞となる、「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』見る。 桜雅嬢、穂希嬢も誘ってみたのだが、桜雅嬢はバイト、穂希嬢は「映画を見ると酔う」のだそうで、断念。 まあ、桜雅嬢が行かないのに、穂希嬢だけ連れて映画を見るわけにもいくまいから、仕方がないと言えば仕方がないのだが、私としてはそんな都合は無視してでも、一人でも多く、この映画を見てほしかったのである。でも「『急用でバイト行けなくなりましたあ、すみませーん』とでも電話入れろよ」とまではさすがに言えなかった。私もまだまだ小心者である。 桜雅嬢を感動させ得るほどならこれは本気でホンモノと言えたろうに、惜しいことをしたものである。
今更、詳述はしないが、これで結構、気になっていた細かいところまで確認できた。しかし三度見て全く飽きなかったというのは凄いことである。映画館まで三度も足を運んだというのも『ブルース・ブラザース2000』以来だが、もっともそれは、都合20回は通った女房につきあってのことである。私自身の意志で映画を2回以上見に行ったっていうのは、リバイバルのあった『太陽の王子ホルスの大冒険』『風の谷のナウシカ』『エヴァンゲリオン』くらいのもの、封切り時に繰り返し見たというのは、多分、今回が初めてだ。 しかも見るたび泣いてるってのもね。 しかも3回が3回とも、感動の質が違うのである。 いや、あえて視点を変えて見るようにしたのだが(そうでなければ三度も見る必要がない)、三度の涙がみな泣き所が違うというのは、それだけ、本作の多様性を表していると言えるだろう。 最初はしんちゃんの、次はひろしの、そして最後はケンの気持ちで見た。 そして、しんちゃんがうらやましいと思った。 今回気づいたこと。 匂いのエネルギーが消えた時、ケンははっきり「あいつらも外で生きる道を選ぶ気になった」と言う。この「も」は素直にとれば「ひろしたち」が洗脳から解かれたことを指すように聞こえるが、果たしてそう断定していいのか。 「また家族に邪魔された」というケンの最後のセリフ、この「また」も、しんちゃんたちとキジバトを並べていると取れるが、それ以前に何かがあったという解釈も成り立たないか。 見終わった結果、ほぼ同人誌用のネタが頭の中で固まった。インサイド・ストーリーが何本か書けそうなのである。後は時間を取って書き始めるばかりであるが、休日がゆっくり取れないのがイタイ。 果たして6月末に間に合うのか?
映画の帰りに久しぶりに博多駅の紀伊國屋書店に寄る。 欲しい本を絞るのにひと苦労。 コンビニで弁当を買って帰るが、しげは仕事までのひと休憩、ということで、グーグー寝ていた。 「メシ買ったぞ」 と声をかけても「……うん」と生返事。でもきっと、一日経つと、この弁当がいつの間にか消えているのだ。しげはそういうやつである。
マンガ、高橋留美子『うる星やつら テンからの贈り物』。 高橋留美子インタビューが最終回まで行っちゃったけど、この次からは『めぞん一刻』や『らんま1/2』や『人魚』シリーズの話になるのだろうか。この裏話だけが目的で買い続けてるようなものなので、あまり売れてないみたいだけど、刊行し続けて欲しいものだ。
| 2001年05月19日(土) |
地上の星々/『狼には気をつけて』2巻(遠藤淑子) |
朝起きたら目が痒い。 鼻水もダラダラ垂れてくる。 また風邪がぶり返してきたのかと思ったが、熱はないのだ。 ハテ、と首を捻ってハタと気づいた。
これって花粉症?
いや、そんなマサカと否定しつつ、どんどん痒くなる目に不安は増すばかり、これまで花粉症のしげに対して、「若いやつは自然に耐性がないよなあ」とか散々バカにしてきた私が花粉症だなんて、ウソよウソウソ信じないわ、とオカマ言葉になりつつ否定してもやっぱり鼻はずるずるびーのままなのである。
からだのバランスが崩れてきたのかなあ。無理なダイエットのせいだろうか(どこがだ)。今朝の体重は86.2キロ。昨日より600グラム減ったが、もとに戻っただけと言えなくもない。 しげが目をこするたびに「目を悪くするぞ、こするな」と言い続けていたが、自分がその身になると目をこすらないではいられない。風呂に入って何度も目を洗ってもすぐ痒くなってしまうのだ。こんな時に限って常備していたはずの眼薬が見つからない。 仕方なく目は真っ赤、鼻がズルズル状態で仕事に行くが、こんな時に限って職場の周りの除草作業なんかがあったりするのだ。 ははははは、粉が舞っとる舞っとる。
それでも仕事が半ドンなだけマシか。 帰宅してウチの中に入ると少し目の痒みも治まる。 しげは餌を待つ雛鳥のようにいつものごとく腹を減らしていたので、買っておいた冷凍食品のそばメシを作ってやる。 要するに焼きそばプラス焼き飯という炭水化物カップリング、カロリーありまくりの商品で、しかも包装袋には「ドロソース使用」というよくは分らないが思いきり濃そうな名前が。神戸名物だそうだが関西系はやはり味覚が普通ではないなあ。 同じ関西系と言うことで舌が合うのだろう、しげ、美味そうにぱくつく。 さらに同じく冷凍食品のつけ麺も作ってやったら、この上なく嬉しそうな顔で食っている。 「これいくら?」と聞くので、「100円」と答える。 「安いじゃん! どこで買ったん!」 「コンビニ」 「コンビニでも安い食べ物あるんだ……」 これでスーパーまで遠出しなくても、ちょっとした食料調達なら近所のコンビニで充分と言いたいのかな。なんにせよしげの頭の中が食いもので占められていることは間違いのない事実であろう。
マンガ、遠藤淑子『狼には気をつけて』2巻。 去年から出てたらしいんだが気づかずに買い損なってた。危ない危ない。好きなマンガ家さんで今まで全ての単行本を買ってはいるのだが、ともかく絶版になりまくりの人でもあるので、買い忘れると後が大変なのだ。『エヴァンジェリン姫』も『退引町』も、全部絶版なんだもんなあ。 白泉社、見切りつけるの早すぎるんだよ(-_-;)。 しげが古本屋で見つけて買ってきてたのだが、ラッキーであった。表紙にシワがよっててちょっと汚いけど、ま、しゃーないか。 絵は上達しないし、キャラクター造形の幅は狭いし、だからだいたい同じような話しか作れないので、決してトップ人気が取れる人ではないのだが、なんとも言葉にできない魅力のある人ではあるのだ。 その物語がたいてい「生意気で突っ張ってるけど、ホントは寂しがりやなやつが、同じような心の傷を持ってるやつと慰め合う話」なせいかな。でもこうして筋を書いちゃうと身もフタもない話ではある。でも「慰め合おうとして、不器用なんでそれがうまくできない」って所がポイントなんだよな。それに乗れるか乗れないかでこの人に対する評価は180度変わると思う。 今巻でもキーワードになるのは、多分、ラスト近くのあのセリフである。 いつもはこまっしゃくれたガキであるアレクサンドラが(「大財閥の天才お嬢様」って設定がまた、嫌味)、精神的ストレスから口が利けなくなって、やっとの思いで出した言葉が「どこにも行かないで、私さびしい」。 この余りにもストレートなベタなセリフを言わせちゃったら、物語は終わるしかない。でも遠藤さんのマンガってのは、この「たった一言」を言うまで、2巻、3巻と心がつながりそうでつながらない関係をキャラクターどうしに続けさせるところにあるのだ。しかも毎回そのカップルってのが「姫と家来」とか「女主人と使用人」とか、恋に障碍のある間柄ばかりだからなあ。 今回も「社長令嬢とボディガードの探偵」というカップリングだけど、今、二人に関係が出来たら、相手は子供だし探偵フォレストくんは犯罪者だぞ。危ないなあ(^_^;)。
昼は鼻の調子が悪いので休んでいたが、夜になって、さて、運動をしに出かけようかというころになって、なんとなく勘が働いてグズグズしていると、10時ごろになって、鈴邑くんからいきなり電話がかかってくる。 たまにこういう勘があたることもあるが、日頃はまあ8割はハズレているので、私が霊能力者として商売をするのは無理なようである。 (そう言えば、昨日だったか、久しぶりにテレビで北條きく子を見たな。誰か覚えてる人いる? 今や「北條霊峰」とか仰々しく名乗っていて、いかにも昔からの霊能力者でございってな顔してたが、もと女優ってことを隠さにゃならんところが眉唾なんだよなあ)
電話で応対していたのはしげなのだが、結構な長電話の後、受話器を置くなり、 「今から鈴邑さんの車でドライブに行くよ」 「はあ?」 何だかよく分らないうちに出かける準備をさせられ(と言っても私は運動をせねばならぬのでジャージだ)、マンションの玄関で待つ。 「どこへ行くんだよ」 「車に乗れるのが楽しいんだから、目的地はどこでもいいの」 お前はそうかもしれんが、私はどこへ行くのか知らんと不安になるほうなんだよ。 ほどなく鈴邑、愛上夫妻到着。ふなちゃんは後ろのチャイルドシートでウトウトしている。もう体重が10キロだとか。10ヶ月で10キロってのは重いんじゃないか、と言ったら、生後17ヶ月の子供並なのだそうな。いいのか、そんなに重くなって。鈴邑君も愛上さんもスレンダーなのにどうして娘がこんなに大きくなるのか。次に会うときは車の天井突き抜けてやしないだろうな。
車でどこに向かうのかと思ったら、油山であった。福岡近郊の山で、小学校のころの遠足で六年間通いつめた山である。 「このあいだしげさんと昼間来たんですけど、今日は夜景を見ようと思って」 しげのやつ、いつの間にそんなことしてたのか。意外と夫にヒミツがあるやつである。
車で登るのは初めてだなあ、と思っていたら、山道の途中から突然の渋滞。土曜の夜に、こんなに夜景を見に来るやつがいるとはなあ。よっぽど金がないのか。 前の車のナンバーを見ると、大分である。 思わず私が「大分くんだりから何故来るかね」と言ったら、鈴邑君、 「あれはメル友で知り合った二人ですね。今日初めて会って、意気投合して、じゃあどこへ行こうか、じゃあ福岡のきれいな夜景を見せようってことになって、のこのこ女が付いて来てるとこですよ」と言う。 うーむ、設定が細かい。 「ホラホラ、くっついてるくっついてる」 なるほど、前を見ると運転席のとこの影がピッタリくっついている。ちょっとムカッと来たので、 「あれは殺られるな。いや、もうあいつは一人殺ってる。後部座席には死体があるのだ」 などと不謹慎なことを言う。今はちょっとこの手の冗談を言うのはタイミングが悪いか。
ようやく山頂に到着、狭い駐車場は満杯で、警察が交通整理をしている。反対車線を逆走して登ってくるバカな車が追い返されて行くのを見ていいキミだとほくそ笑みつつ、下車。寝ていたふなちゃんを起こして連れ出さねばならないのがちょっとかわいそうだが、車内に置きっぱなしってわけにゃいかないものな。 夜景は福岡市がほぼ一望できて、とてもきれいなのだが(と言っても私の視力では福岡タワーしか分らん)、ともすると愛上さんがふなちゃんを手すりから上に抱えて景色を見せようとするので、落っことしやしないかとハラハラする。母親だからそんなことはないんだろうけど、私はそんなところが妙に心配性なのである。 地上の星もきれいだったが、いつか、山間の、地上の明かりがなにもないところで、満天の星空を見てみたいものだなあ。実は私は天の川を、生まれてこのかた、2回しか見たことがないのである。 街中に住んでるとそんなもんだ。「都会には夜空がない」って、詩になるなあ。いや、誰でも思いつくだろうけどさ。
帰りながら、劇団のこと、ホームページのことなど、打ち合わせする。 仕事や子育てのことなどがあるので、全面参加は無理だが、鈴邑君、舞台監督はやれそうである。愛上さんはメイクか。二人とも、チョイ役でもいいから板に立てれば舞台映えするのにもったいない話ではある。 リレー小説も鈴邑君の参加が決定。これでまたバラエティに富んだというか、どんな展開になるか予想もつかなくなりそうで、楽しみである。ラストでオチをつける役になりさえしなけりゃね。
帰宅して、すっかり腹を減らしたしげを連れて、運動がてらロイヤルホストまで。もう夜も遅くて食事はできないので、スープだけにしようと思って頼んだトムヤムクンが超激辛。トムヤムクンを飲むのは初めてだったが、要するに唐辛子だけで作ったスープなわけね。……好き嫌いはないほうだが、多分私の一生でこのスープを飲むことは二度とあるまい。……舌がいてーよう(ToT)。
| 2001年05月18日(金) |
増えるワカメのごとく……/『鬼切丸』20巻(楠桂) |
なんかもう朝の体重書きたくなくなってきたけど、マジメにダイエットしようと思ってるんで書く。 86.8キロ……(-_-;)。 しげに「運動してる分余計に食ってるんだよ」と言われるが、そこんとこ自覚があまりない。私としては以前より食ってない気がしてるんだがただの気の迷いか? どっちにしろ、こうじわじわと体重が上がっていくんじゃかなわない。今日から昼飯を抜く。これで効果がなかったら、そんときゃ晩飯を抜いてやるぞ、思い知れ(誰に向かって言ってるんだ)。
昨日よりは頭痛が収まっているが、たまに何かの拍子でズキュンとくる。でも夕方頃にはほとんど異常がなくなった。どこかで血管が詰まったりしてたのかも知れないがよく分らない。 とりあえず危機は脱したようだが、これが破裂したりした日にはクモ膜下出血とやらでオダブツになるのだろう。 ダイエットは今や私のライフラインである。
マンガ、楠桂『鬼切丸』20巻(完結)。 80年代に少年マンガ誌に登場した女性マンガ家たちは、何人かを除いてたいてどこかに行っちゃったけれど、楠さんは健闘してた方か。 女性はセリフ回しが粘着質的な人が多いので、少年マンガは今一つ合わないのである。『鬼切丸』もその点では読みにくいマンガだったので、特に買おうとは思ってなかったのだが、しげが気に入ってずっと買っていたので、何となく読んでいた。 でも最後の数巻は、「鬼魅香」の登場で俄然面白くなっていた。やはり女性の「無自覚の悪意」を象徴したようなキャラクターってのは、オソロシイけれども面白い。でも少年マンガとしては相当異質だったし、20巻続いたとはいえ、さて、これは成功作だったと言っていいのかどうか。絵柄もどんどん耽美系になって行ったし、昔ながらの少年マンガに慣れてる私にしてみれば、やはりちょっと取っ付きにくいのである。ホラー系の女性マンガ家も冬目景とか斎藤岬とか増えてきたし、これから楠さん、苦戦するのではなかろうか。 どっちかと言うと私はお姉さんの大橋薫さんのほうが親しみやすい。でも最近は大橋さんのマンガにもご無沙汰。題名でちょっと手に取るのが憚られるのもあるし(^_^;)。
帰宅してテレビ『クレヨンしんちゃん』を見たあとは爆睡。やはり疲れがたまっているのだ。 12時に目覚めてしげと散歩。私は足が早いのでしげは自転車で併走。しっとり汗を掻いて適度な運動である。これでまた明日も体重が増えてたらどうしよう(T_T)。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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