無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年03月08日(木) ゴジラ対バラゴン。……地味だ(-_-;)/『Heaven』2巻(佐々木倫子)ほか

 寒の戻りかなんだか知らんが、また雪である。
 昼の雪は殆ど積もりゃしないから通勤の足に響くこたあないが、三月も半ばだってえのにどう言うこっちゃ。
 「季節外れの雪」と聞いて真っ先に思い浮かぶのが横溝正史の『本陣殺人事件』だったりするのは、昭和50年代のミステリブームの洗礼を受けたもののサガであろうか。『本陣』は金田一耕助のデビュー作ってことだけじゃなくて、密室トリックの傑作としてもすばらしいんだけど、現代の作家が今更「雪の密室」なんて設定を出してきちゃあ、いささか興醒めであろう。
 雪景色の中の死体ってのは確かに絵になるが、そこで提示される「謎」がたいてい「犯人の足跡がありませんでした」ってパターンに陥っちゃうのが陳腐なのである。
 その点、都筑道夫さんの『最長不倒距離』は「木の両側を通り抜けたスキーのあと」というちょっと工夫のある謎を紹介してたな。

 諫早湾の水門開放問題、今度は「水害の危険がある」とかで、長崎県や地元民が国に開放の反対を陳情し始めたそうな。
 国としてもアチラを立てればコチラが立たずで頭の痛いところだろうが、ノリの不作は全国的レベルの大問題だから、結局は水門開放の方向で押し切られるんじゃないかな。
 事業を進めてるのは確かに国だろうが、当事者間の話し合いがまるでされてないってのは、喧嘩して物わかれにしかならないってこと、知ってるからだろう。だからオカミに頼って、相手の方を何とかしてもらおうとする。
 つまりはノリ業者も長崎県も、どっちも相手の立場なんか考えるつもりもなく、テメエの要求を通したいだけで、しかも自分の手は汚したくないって連中ばかりだってことだ。どいつもこいつも自分のエゴ剥き出しにしてるだけ。
 となりゃあ、誰もが納得するような調停はハナから無理ってもの。どっちかが犠牲になるしかないのだ。その覚悟もなく言いたいことだけ言ってんのはみっともないとしか言いようがない。
 だったら私もエゴ丸出しで、ノリが食えないほうがいやだから、長崎県の方に犠牲になって欲しいって言ってもいいよな。
 三宅島の人たちはもうそこに戻れる見込みすらなくなってきてんだ。水害だってもともと天災じゃないか。人災のノリ不足と一緒にしてガタガタ言ってんじゃねえや長崎県。
 
 花沢徳衛さんが89歳で死去。
 この人も代表作をどれと断定しにくいほどにバイプレーヤーとして活躍した人だった。新聞には『おはなはん』が紹介されてたが、私だって生まれちゃいないくらい昔じゃねえか。
 松竹版『八つ墓村』の磯川警部が花沢さんだったなあ。あのシリーズが二作三作と続いていれば、花沢さんの磯川警部も定着していたろうに。
 藤子不二雄Aが『黒イせえるすまん』の『チ漢さん』の話で、明らかに花沢徳衛をモデルにしたとおぼしき老人の痴漢を出していたが、あれも出演歴に入るかな。

 ドラマ『カバチタレ!』の主題歌、『DO YOU REMEMBER ME』のヒットで、オリジナル曲である岡崎友紀版も注文が殺到してるそうである。
 70年代ポップスのカバーバージョンにもかかわらず売れるってことは、メロディーラインそのものの嗜好は昔も今もあまり変わっちゃいないってことなんだろう。アレンジさえよければ、『銀座カンカン娘』だって再ヒットさせられるかもしれんぞ。それはないか。
 でもジャズ系は比較的長持ちするよなあ。『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』って例もあったことだし(^o^)。
 
 『ゴジラ』の新作、やはり金子修介監督に決まったようだ。
 題して『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』。頭になぜ「東宝チャンピオン祭り」とつかんかな。
 実際にはもう何ヶ月も前から水面下で動いてはいたので、脚本なんかはもう上がっているのだろう。モスラ・バラゴン・キングギドラ連合VSゴジラって構図だけで興味は半減だが、『キネ旬』の記事だとどうやら東宝もそろそろゴジラに見切りをつけかけているそうで、それで華々しく旧人気怪獣を出して打ち止めにしようと考えたものらしい。『怪獣総進撃』のパターンだな。でもギドラが「ヤマト聖獣」で正義の味方ってのはその時点で間違ってる気はするが。
 オフィシャルページのストーリー紹介では、あの三つ首のギドラは未完成体で、戦いの中で完成体になるそうなのである。……で完成体がヤマタノオロチだったりしたら世間は怒ると思うが。
 ニューゴジラのデザインもまたブタ鼻に戻って背びれも小さくなり、今イチ威圧感というものが感じられない。
 ああ、でもどうせ金子さんにやらせるくらいなら、脚本も伊藤和典さん、特技監督も樋口真嗣さんにすりゃよかったのに。でも『ガメラ3』がきっかけであの三人、喧嘩しちゃったらしいし、東宝も妙なところにだけプライドが残ってる感じだし、それは無理なのかもなあ。



 シティボーイズのライブ(今年から「ライブ」と言わずに「シティボーイズミックス」と名前を変えるそうな)『ラ・ハッスルきのこショー』のチケット発売が明後日10日の10時から始まる。
 九州公演してくれないかなあと何年も待っているのに、シテイボーイズのお三方、全く来てくれる気配がないのだ。大阪や名古屋には行くくせに。大阪なんて、小手指のタコ焼きしか食うもんありませんよう(←偏見)。名古屋の人間はみんなぼったくりですから身ぐるみ剥がされちゃいますよう(←差別)。なんで九州に来てくれないんですかあ。
 いい加減、待つのにも痺れを切らしました。こうなったら、こっちから出向こうと決意……って、借金取りじゃあるまいし。
 もっとも、殆ど即日完売のチケットなので、取れるかどうかわからん。誰か一緒に行くかなあと思って、よしひと嬢や塩浦嬢に声をかけるが、あえなく撃沈。やっぱり東京は遠いかなあ。
 まあ、遠出の旅行するってえと、女房はたいてい興奮して体調崩しちゃうから、連れが少ない方がいいのかもしれんが。

 仕事帰りにコンビニに寄って、レトルトカレーやパンを買いこむ。冷蔵庫に食材は残っているが、昨日あたりからまた咳がひどくなってきたので、料理に時間をかけたくないのだ。
 そして、今週末の休日こそ外に出ないで原稿書くのだ。部屋も片付けるぞ(少しは)。
 で、とりあえずはコンビニで買ってきたマンガを読むことにする(そうやって時間は過ぎていくのさ)。

 マンガ、吉田秋生『楽園のこちらがわ』読む。
 『夢見る頃を過ぎても』も『十三夜荘奇談』も持ってるのに、どうして再録ものばかりのこの雑誌、買っちゃうのかなあ。
 しかも大学のころはボロ泣きしながら読んだこの作品、今やずいぶん覚めた目で見るようになってしまっていることに気づく。
 少女漫画の中では格段にリアル、と評された吉田秋生作品だが、よく読みこんでみれば、男の子どうしの友情の描きかたなんか相当に恥ずかしい。……惚れた女は親友の彼女、そのコをあきらめるために親友に向かって言うセリフがこりゃまた「何も言うな、黙って一発殴らせろ」だもんね。
 そりゃ恋愛って確かにファンタジーだけどさあ、女のコって、この程度の陳腐なシチュエーションにすら憧れを抱けちゃうものなのかね。……なんてアイロニカルな見方しちゃうから、私は純愛ものが書けないのである。

 女房が仕事に出かけたあと、万年床の枕元を探してみると、佐々木倫子『Heaven?』の2巻が。
 畜生、こうやって隠しておくから、私が読みそこなったり、知らないままうっかりもう1冊買っちゃったりする羽目になるのだ。
 しかし佐々木さんもすっかり「ビッグスピリッツ」の看板作家になっちゃったなあ。もともと少女マンガ家のクセに恋愛的要素の希薄なマンガしか書いてこなかったから、かえって今のほうが水に合っているのかもしれないけど。
 準主役(実質的には主役)の、レストランのオーナーのセリフの中に、突然『虚無への供物』なんて単語が出てくるのでビックリしたが、今巻で本職がミステリ作家だと判明。さりげなく伏線を張っていたのだな。しかし『虚無』のファンとは相当にコアな。誰がどれだけ気づいていたことか。

 ここ数日、女房の帰宅が遅いので、私は先に寝入っていることが多い。
 で、朝起きたらいつのまにか女房が隣にいるという状況が続いているのだが、それだけならまだしも、私はなぜか肌着一枚でくしゃみをしながら目覚めているのである。
 つまり女房が隣にいると言っても、一緒の布団にいるわけではなく、私が布団から追い出されているのだ。
 ……なぜそんなことをするのだ。おかげでまたぞろ風邪が悪化してきてるんだぞ。
 ……今回はじめて夫婦の寝室を描写してみたがいろっぽくもなんともないな。期待してた人、すみません。


2001年03月07日(水) 優しい妻ごっこ/『てきぱきワーキン▽ラブ』6巻(竹本泉)ほか

 ああ、今朝も寝起きは体調がよくない。
 風邪はぶり返しぶり返し、もう3週間も引きっぱなしで、一度咳が出だすと、まるで止まらない。クスリの効果も一時的で、朝目が覚めるのは鼻詰まりで呼吸困難に陥るせいである。
 朝風呂に入って、血行をよくする。
 でもうっかりするとそのまま落ちる。今日も落ちた。
 はっと気づいて仕事に遅刻しそうになってることに気づいて、慌ててヒゲを剃る。
 途端に安全剃刀の刃の部分がポキリと折れる。
 ……なんだなんだ、剃刀がふやけてたのか?
 仕方なく刃を取り換えて、もう一度剃り始めると、またポキリ。
 これ以上グズグズしてはいられないので、仕方なくそのまま出勤。
 モミアゲのあたりだけ剃り残しがあるが、まあそうみっともないほどでもあるまいと勝手に自分で思いこむ。この辺のアバウトさというか、見てくれを気にしないところが旧世代なのだなあ。
 弊衣破帽を美徳とする精神は現代ではただの不潔だもんな。私に言わせりゃ今の潔癖志向のほうがよっぽど病的なんだが。

 『キネマ旬報』3月下旬号、今号の特集は『サトラレ』。
 女房があまり見たがってなかったので、行こうかどうしようか迷っているのだが、特集記事にもかかわらず必ずしも評判はよくない。しかも出演者から(^_^;)。提灯記事でないのはいいことだが、監督の本広克行自体が映画業界の人たちからあまり好かれてないんじゃないかという気がする。
 『踊る大捜査線』にしろ『スペーストラベラーズ』にしろ、興行成績のわりにつまんなかったんだけど、どうもこの監督、自分の作品のどこが駄目か全く気づいてないし、そのことを指摘してくれる人についてもナメてかかってるような感じがあって、印象がよくない。以前富野由悠季からカメラワークの雑さを指摘された時も「気づかれましたか」なんてアホなこと言ってたしなあ。
 でも「他人に自分の考えてることが全部伝わってしまう」という設定にはすごく惹かれてるのだ。ううむ、悩むなあ。

 第73回アカデミー賞のノミニー、見事に一本も見ていない。これから日本公開の分もあるにせよ、『エリン・ブロコビッチ』や『グラディエーター』は見たかったのになあ。どちらも女房は食指を動かしてくれなんだ。
 どうしてわが女房ドノはこうも「ヒット作」「名作」を避けたがるかなあ。映画は好き好きとは言え、ちょっと偏りすぎるのもなんなんだか。

 新作情報、『ワンダーウーマン』『アウターリミッツ』映画版より何より、最高に期待しちゃうのは鈴木清順の新作、『殺しの烙印・ピストルオペラ』だ。
 前作をベースにしてはいるものの、伊藤和典オリジナルの脚本、しかも特撮監督は樋口真嗣と、『ガメラ』コンビが復活!
 実は原『殺しの烙印』もチラッとしか見たことないので、新作の前になんとか見ておきたいのだ。この機会にDVD化してくれないかなあ。

 帰宅が仕事の都合でちょっと遅くなる。てっきり女房、仕事に出かけているものと思ったが、今日は休みだったようで、グーグー寝ている。
 レトルトカレーを暖めようと台所を覗くと、珍しく女房がシチューを作っていた。昨日のお礼のつもりかなあ、と思って食べようとしたが、具が非常に少ない。具を先に食べ尽くして、残りがスープばかりになるのもなんだかなあとイジマシく考えて、カレーにスープのみを混ぜて食う。
 意外や意外、これが絶妙にうまい。100円カレーがこんなにコクのある、まろやかな味になるとは!(ぜひお試しあれ)
 でも、あとで起きてきた女房は、私が混ぜものをしたことで、スープがまずかったのか、と勘違いする。いや、ちょっと贅沢してみただけだって。

 ふとソファを見ると、ジム・キャリー主演の『ふたりの男とひとりの女』のパンフレットが。女房、今日は水曜日でレディースデイだったので見てきたものらしい。
 「ひとりで見に行って悪かった?」と聞かれるが、こういう時の返事が一番困るのである。
 「何で俺に黙ってひとりで行くんだよ!」と言えば、女房を束縛することになるし、「一緒じゃなくても構わないよ」と言えば、逆に「妻への愛が足りない!」とゴネられる。しょうがないんで無愛想に「別に」と、どっちともとれる返事をして誤魔化しちゃうのだが、本心はどっちでもないのである。
 行ける時には一緒に行くし、別々になっちゃうこともあるさ、ってな軽い感覚なんだが、その程度では、女房ドノはお気に召さないようだ。
 全く、どうすりゃいいんだか。



 女房、新刊マンガを2冊、買って来ていたので読む。
 星里もちる『本気のしるし』2巻。
 これがまあ、昔『危険がウォーキング』の爽やかラブコメを描いてた人と同一人物とはねえ。まるで第二の柳沢きみお(^o^)。
 女に入れあげるというのは理屈ではない。殆ど縁みたいなもんなんだろうけど、だからこそ落ちていくのを止めようもないのである。頼りなげでウソツキで、意識するわけでもなく自然体で男を誘ってしまう女、同性からは嫌われれば嫌われるほど、男はその女をかばう。
 ああ、1巻にもましてドロドロ。
 でも「本気のしるし」とは挑戦的なタイトルをつけたもんだ。実際、取り澄ました顔で「俺はこんな女にかかわるほどバカじゃねえよ」と嘯くような男は作者から見りゃ全く「本気」じゃないってことなのだな。
 ちょっと同感できるところがあるのが自分でもイタい。

 竹本泉『てきぱきワーキン▽ラブ』6巻(完結)。
 結局、完結巻まで殆ど「ラブ」がなかったな。竹本さんの描く女の子が好きな私だが、このシリーズでいいな、と思ったエピソードは全て男の子のエダルトに関するものだった。今巻でも原始時代エリアの話とママのお弁当の話、気に入った二つの話がどちらもエダルトがらみ。全話通じて一番好きな話も、コンビュータ内に沈んでいる人格データをサルベージする話で、これもエダルト。
 いや、男の子好きってワケじゃないんだが、竹本さん、絵によっては女の子より男の子の方がしとやかで魅力的だったりするんだよなあ。
 ヤバイヤバイ(^_^;)。

 小説版を読んだので、久しぶりにアニメ『無責任艦長タイラー』1・2話を見返してみる。1993年ってことは、もう8年前になるんだなあ。
 スチャラカしてるのになぜかトントン拍子に出世しちゃうって往年の『日本一の男』シリーズの宇宙版という狙いはわかるんだけど、映画ほどの醍醐味はない(口先三寸がもうひと味足りない感じか)。悪いけど、キャストがみんな演技が固過ぎるのだ。
 ああ、作者に絶賛された山本正之版の『タイラー』、もう手に入らないんだろうなあ……。

 WOWOW放送の『A.LI.CE』、評判の悪さは聞き知っていたがさもありなん。フルCGで作ってみましたって実験アニメだよこりゃ。キャラデザインがせめてテライユキ程度にかわいけりゃ、もう少しなんとかなったかもしれないけど。

 風呂に入って、折れた剃刀を新しいのと取り換える。明日の朝、ちゃんと起きられる自信がないので、今日のうちにヒゲを剃っておこうと、剃刀を頬に当てた途端、ぬるっとした感触。……今度は刃が新しすぎて、思いっきりニキビを削って出血してしまったのであった。
 未だにニキビがあるなんてわしゃ高校生か(ただの吹き出物という説もあり)。


2001年03月06日(火) 優しい夫ごっこ/『真・無責任艦長タイラー2 奮闘編』(吉岡平)ほか

 夢の中で女房の白髪を抜いている。
 昨日全部抜き尽くしたはずなのに、なぜかまた固まって天頂から生えているのだ。しかもさっきまで黒々としていたはずのところまで、私が掻き分けると白髪が五、六本、固まって見つかる。
 もしかしたら私が掻き分けるから増えるのか? このまま女房がどんどん白髪女になったらどうしよう……と考えていたところで目が覚めた。
 あまり波瀾万丈な夢を見るほうではないのだが、それにしても小市民的な夢ばかり見るものだなあ。
 でも女房はしょっちゅう「私のこと夢に見ないの?」と文句をつけていたので、きっとヨロコブことであろう。……天頂しか見えなかったが。

 芥川龍之介『河童』『桃太郎』、再読。
 ……のはずなんだが内容まるっきり忘れてるな。『河童』の構成、昔から東宝特撮怪奇映画『マタンゴ』とよく似てると思ってたんだが、あまり誰も指摘してないな。精神病院の患者の語る話、ってパターン、いかにも多そうだもんなあ。もっと昔に、外国の怪談小説あたりで元祖的なものがあるのかもしれない。
 エドガー・アラン・ポーにそんなのあったような気がしたけど忘れた。『メエル・シュトレエム』だったっけか?
 『桃太郎』は太宰治の『御伽草子』よりよっぽどキレのいい現代批評になっている。何の罪もない鬼を、自分が「桃太郎である」という理由のみで殺戮した男の末裔は、現代にもまた……。あっ、これって怪談。
 こないだ読んだ『妖怪馬鹿』でも語られてたが、芥川は大正期の「隠れ妖怪オタク」だったのである。新現実主義なんて名称、誰が考えたか知らんが、芥川を括る言葉としてははなはだ不適切だと思うんだがなあ。

 『剪燈新話』、再読。
 『怪談牡丹燈籠』のもとネタが載ってる本だが、はっきり言って原話はつまらない。書いてあるのはただのできごとだけで、行間に漂うムードってものがないのだな。女幽霊に取り殺された男もまた幽霊になって祟るけど、高名な道士に捉まえられるって、『霊幻道士』じゃん。
 『棠陰比事』、再読。
 昨日、大岡政談を読んでいて、多分この辺にもとネタがあるんじゃないかと調べたら、別の死体の首を切って、自分たちの服を着せて、あたかも殺されたのが自分たちのように見せかけるトリックや、死体に偶然ぶつかった男が服に血が付いたために犯人と間違えられる話など、『越後伝吉』のエピソードがいくつも見つかる。
 『棠陰比事』自体は実録ものらしいので、リアリティがあるといえばあるんだろうけど。「左利きのやつが犯人」ネタもこんな昔からあったのか(^o^)。



 夕べ、固くなりかけたお釜の残りご飯を使って、チキンライスを作った。玉葱を買い忘れていたので、チキンとグリンピースしか混ぜてないが、結構美味しくできた。茶碗5杯分は作っていたので、一杯分ほど食べて、あとは残しておいたのだが、朝になったら量が減っていた。
 ちゃんとフタをしておいたので、ゴキブリやネズミの仕業ではない。
 もっと大きなドーブツである。
 ドーブツが「鍋の中の、もらったよ。いい?」と喋ったので、ドーブツのクセに口をきくとは生意気なと思いつつ、
 「い〜よ。おまえのために用意したんだから」と言ったら、口をモゴモゴさせていた。
 どうもまだ食い足りないらしいな、このドーブツは。
 グリンピースとチキンはまだ残っているので、この次はもっと美味しく作ってやろう。ペットを飼うのもなかなか大変である。

 吉岡平『真・無責任艦長タイラー2 奮闘編』読む。
 アニメ版や数々の外伝を経て再開された本シリーズ、結末は知ってるわけだし案外つまんないかと思っていたら、1巻2巻と脇キャラは増えてるわ、展開はシリアスだわ、斜め読みするつもりが結構はまってしまった。
 元シリーズは都筑和彦のほんわかした絵柄にやたら挿入される無責任ソングの効果もあって、スチャラカ小説の性格が強かったが、新シリーズは堂々たるドラマである。それどころか、元シリーズを今読み返すと、小説というよりただの設定の羅列、といった感じに見えてしまう。それくらい、キャラクターの描写はおろか、ドラマの盛り上げ方も格段にうまくなっているのだ。
 作家というのは成長するものなのだなあ。
 ただ、スチャラカでなくなったために、タイラーの強運がますます絵空事のように見えてしまうようになったのは誤算かもしれない。
 それにユリコさんはもうちょっと意地っ張りのままの方がいいと思うんだがなあ。
 作者がアニメ版を嫌っていたとは知らなかった。たいていの原作者はそういうものかもしれないが、あのシリーズはテレビアニメにしては相当出来がよかったのに。

 女房が仕事に出かけたあと、バソコンを扱っていると、突然メールが届く。
 Yahooオークションからの案内で、『ザ・ビーチ・ボーイズ アン・アメリカン・バンド』のビデオの落札価格を更新するかどうかの問い合わせだった。
 「ただいま3600円です。価格を上乗せされる場合は、××××にアクセスしてください」
 一瞬何のことかわからなかったが、女房がオークションに参加していたのだなと気がつく。
 音楽オンチの女房が「ビーチボーイズ」とは何事、という感じだが、目当てはまず間違いなく、ゲストで出演しているダン・エイクロイド。
 どうせ数シーンしか出てなかろうにオークションに参加するくらい欲しいのか、と思って笑ってたが、オークションの締め切りを見ると、12時まで。……今は10時ってことは……。あと2時間しかないじゃないか!
 これをこのまま放っておいては、あとで女房に何と言われるか分らない。かと言って、こちらが勝手にどんどん値を吊り上げていってもいいものかどうか……。
 これは女房に直接聞くしかないと、雨の中、自転車をかっ飛ばして女房が働いているリンガーハットまで行く。
 仕事中の女房を覗きに行くのは初めてだが、どこにいるかと見てみると、しっかり制服を着て接客している。……それにしてもあの制服、サイズが小さいんじゃないか? やたらピチピチして見えるぞ。
 女房、私の姿を見て、一瞬眼を丸くするが、何事もなかったように応対。
 「いらっしゃいませえ。ご注文を受けたまわります」
 「君が欲しい」
 いや、言わないけどね。店に来た以上は注文しないわけにもいかないので、皿うどんを頼んで、ついでにこっそり、
 「……オークション、どうする?」と聞く。
 女房、声に出さずに首を横に振る。
 「いいの?」
 眉間にシワを寄せる女房。これ以上声をかけてくれるな、ということのようだ。
仕方なく、うどんを食って何事もなかったかのように帰宅。
 ところが、ものの30分もしないうちに女房も帰宅する。今日は早帰りの日だったようだ。
 「中古屋だったら1000円もしないものに4000円も払わないよ」
 ……あっそ。
 慌てた私がアホやんか。
 でもこんな些細なことで飛び出してくる夫に、少しは愛情というものを感じてもらえたらいいな、って思うんだけど、記憶力のない女房のことだから、どうせ明日にゃ忘れちゃってるんだろうなあ。ふん。

 ポストにワーナーからの封筒が入っている。
 開けてみると、中にはミュージックカード1000円が。そう言えば「ウィンターキャンペーン」とかで、DVDについてたシールを3枚一口で送ってたな。クジ運がないことで有名な私によく当たったもんだ。
 ちなみに3枚のDVDとは『アイアン・ジャイアント』『オズの魔法使い』『バットマン マスク・オブ・ファンタズム』である。なんでそんなん買ったってのも混じってるかな?
 ふと思い出したが、今朝の星占い、山羊座は最高じゃなかったかな。……つまり私の「最高」ってのはミュージックカード1000円分なわけね。……ぐすぐす(T_T)。


2001年03月05日(月) SMOKE IN MY EYES/『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(田中啓文)ほか

 山のほうではまた雪が降ったらしいが、平地は何ということもない。
 ただ、風はいつもより冷たい。窓を開けると寒風が一気に入りこんでくる。そうしなくてもどこかから隙間風は入りこんできて、足だけが異様に冷える。
 なのに生まれてこの方、ヒビ、アカギレになったことだけはないのだ。「面の皮が厚い」って言葉はあるが、「足の裏の皮が厚い」ってのはどんな意味になるのだ。

 某図書館で『アサヒグラフ』のバックナンバーを探す。
 去年の11月に77年の歴史に幕を閉じ、休刊しちゃったのだが、その休刊号を読んでいなかったのだ。
 目当ては團伊玖磨の『パイプのけむり』の最終回。
 1964年から延々続いてきた連載だが、ここしばらくは作者もずいぶんお年を召し、昔ほどの切れ味がないなと感じていた。……というか、回によっては文意がどうにも取れないときもあり、考えてみれば作者は1924年生まれ、もう76歳で多少ポケも始まってるんじゃないかと失礼なことを想像もしていたのだ。
 ところが最終回を見て、驚嘆、仰天、何がボケなものか、その無駄のないキリリとした文章、社会の欺瞞に対する鋭い視線、去り行くものの潔さ、どれ一つ取っても「名文」の名に恥じない。
 戦後の日本は「“民主主義”ファシズム」「“戦争反対”ファシズム」「“差別反対”ファシズム」ゆえに戦前と何の違いもない、と断じたその口跡が清々しく小気味いいだけに、結局は何一つ頭を働かせることなく「平和」「平和」と連呼するだけのバカどもが跳梁跋扈している現状が情けなくてならない。
 民主主義が独裁を生まないわけでもないし、戦争は起こっちゃったら戦うか逃げるかするしかないのだし、差別反対の名のもとに差別が行われてるのはちょっと現実を見ればすぐわかることなのに、それを口にすれば現実に弾圧してくるやつらがいるのである。
 長い連載の間に、團さんもそういうやつらとの争いに何度も巻き込まれてきた。しょっちゅぅ右寄りと揶揄される朝日新聞社の発行物の中で、『パイプのけむり』を有する『アサヒグラフ』は異色だったのだ。
 連載は今後もほかの刊行物で、という朝日新聞社からの申し出があったにもかかわらず、團さんがそれを固持したのは、「『アサヒグラフ』だからこそ」という思いがあったからだという。
 「けむりはもう流れることはない」という最後の言葉が目に染みる。

 後藤長男・辻達也『マンガ大岡政談』読む。
 何だかいきなりこんな妙なもん読んでしまったが(^_^;)。原作は『東洋文庫』から取られており、マンガ技術は置いておいて、話だけは講談に忠実なのである。
 その殆どが創作とされる大岡裁きだが、江戸・明治の庶民がこぞって「名判官」としての偶像を祭り上げたのは、圧政に苦しむ民衆が公正な裁判官の理想を求めたもの、とアッチ寄りの歴史学者は短絡的に評しちゃうが、ホントにそうだろうか?
 実はたいていの話で大岡越前が登場するのは最後のシメの部分だけで、それまでは延々事件の流れ、それも殆どが「累ヶ淵」のような因果物語が展開されているのだ。落語に取られた『三方一両損』みたいな頓知話はごく少ない。
 『越後伝吉』なんか、主人公の伝吉がもとは名主の家系で、それが落ちぶれて苦労するが、正直さが認められて次第に出世し、冤罪事件に巻き込まれたりはするものの、ついには名主の地位に返り咲く、という、完全に「鉢かづき」以来の貴種流離譚の流れの果てにある物語である。……大岡、別に必要ない話なんだよね。
 その辺の考証、南方熊楠が相当調べてるらしいがまだ読んだことない。今度探してみようかな。



 女房、今日は仕事が9時から。
 女房が玄関を出た直後、何気なく鍵を閉めたのだが、無意識でチェーンロックまで掛けてしまった。
 その音が聞こえたのだろう、女房、猛然とドアを叩く。
 慌てて鍵を開けると、そこには私を睨みつける女房の大魔神のような形相(というか、もともと私の妻は大魔神にちょっと似ている)。
 「あんた、今、ロックしたろう!?」
 「ああ、ご免、うっかり閉めちゃった」
 「『閉めちゃった』じゃないやん、なんで閉めるん!?」
 「いや、無用心だから。大丈夫だよ。帰ってきたらちゃんと開けてやるよ」
 「そう言って、寝とったらどうするん! 今まで3回は締め出されたことあったんよ!」
 私の記憶では一回だけなのだが、一回でもあれば立場は弱い。仕方なく鍵は閉めないでおく。
 ……で、女房が帰ってきた時、私はしっかり眠りこんでいたのであった。わはははは(^_^;)。

 マンガ、ほったゆみ・小畑健『ヒカルの碁』11巻、読む。
 ヒカルもついにプロ試験合格。碁を始めて丸2年ってのは長いのか短いのか。
 連載雑誌も立ち読みしていて、このあと展開が二転三転することを知っているので、今読み返すとこのあたりは非常に静かな流れに見える。越智が敗れることは予想がついちゃうし。院生のキャラ、初めから立ってた和谷、雑魚キャラに見えたのがどんどん凛々しくなっていった伊角と比較すると、越智は最後の敵にしてはいかにも傲慢な性格で、ちょっとステロタイプ過ぎた嫌いがある。
 でも、ヒカル勝利のシーンを見せず、伊角の呆然とした眼のアップで処理する演出の細やかさ、連載2年を経てなおドラマとしてのレベルが落ちないことには驚嘆する。
 ……佐為があとであんなことになっちゃう伏線は既に張られているのだなあ。でもまさか塔矢があんなになっちゃうことまでは予想もしてなかったなあ。不安な要素を漂わして読者の興味を引き、意外な展開で落とす、その緩急自在な演出力は当代随一だ。
 しかしここまでキャラを増やし、話を広げて行くと、どう考えても30巻やそこらでは収まりがつかないぞ。しかもこの話、登場人物の成長と現実の時間がリンクしてるから、少年ものの連載としてはあと四年が限界。……終わるのかなあ?

 時雨沢恵一『キノの旅�供 �the Beautiful World― 』、『�掘戮里△箸貌匹鵑世�、全く支障を来たさなかった。
 作りとしては文学史上では散々叩かれることになった「主題(テーマ)小説」の流れに位置しているが、別にそれが悪いことだとは思っちゃいない。
 確かに語りたいテーマなりメッセージなりが先にあって、それに合わせて物語を構築していけば、その世界は自然とリアリティを欠いた作り物めいたものになってしまう。菊池寛の諸作はそうであったし、本作もそうなっていると言えばその通りだ。
 しかし、それ以上に、本作で揶揄される日本(これはあくまでファンタジー世界ということになっているが、キノが旅するどの国も日本のある一面を記号化したものであることは一目瞭然である)の「現実」が、もともと「作りものめいて」いるのである。
 第2話『過保護』の、息子のためと称して「戦争」に送り出す親も、第3話『魔法使いの国』の、「飛行機を飛ばした娘」を「魔法使い」と崇める民衆も、第5話『絵の話』の、画家がただ好きだからという理由で描いた「戦車」の絵を、「反戦絵画だ」と勝手に読みとって絶賛する批評家たちも、みな、形を変えて今の日本にいるのである。
 「まさか、三文小説に出てくるようなバカが現実にいるはずはない」なんて思っていたら大間違い。現実の人間は、その「現実」に対処するために、自らの意志を何らかのステロタイプに合致させようとするものなのである。つまり、「虚構」が「現実」のマニュアルになってしまっているのが現代日本の姿なのだ。
 でも第8話『優しい国』の人々のように、最後の最後で人は優しくなれる、というテーマだけは、やはり現実においても「虚構」のままのような気がするな。

 田中啓文『銀河帝国の弘法も筆の誤り』……これはすごい。
 タイトルが全てを語っており、それ以外の何物もないなどというバカ小説がこれまでにどれだけあったことだろう。
 私は横田順彌氏のハチャハチャSFが昔から大好きで、ただの駄洒落のみで話が始まりそして終わる『メグロの決死圏』(これもタイトル見ただけでオチが分るにもかかわらず面白いという稀有の作品)は日本SF史上最高傑作の一つと信じて疑わぬものだが、本短編集も充分それに匹敵する。
 表題作自体、ファースト・コンタクトした宇宙人が禅問答をしかけてきたので、それに対抗すべく、高野山に今も<生きている>空海を呼んでくるという、トンデモナイ作品だが、それだけ大風呂敷を広げときながら、ラストをただの駄洒落で落とすなんてアホウがどこにいる。
 ここにいたのだ。
 最高傑作は『火星のナンシー・ゴードン』。
 わはは。これもタイトル見てもしや……と思ったが、やっばりあのネタだったか。それで主役の女がでぶなのだな。
 数ページ読んだらオチはすぐに分るが、にもかかわらずおもしろい。ここまでバカに徹されちゃ、もう笑うしかないのだ。
 「ィドゥンもすぐにあとを追いもうすでグォバス」
 著者紹介を見ると、この人私と同い年。きっと若い頃ヨコジュンにハマった口なのだろうな。

 CSで『サタデーナイト・ライブ』を見る。
 おお、今日はスティーブ・マーティンの『キング・タット』(もちろんツタンカーメンのことね。『バットマン』に出てきたデブのエジプト怪人のことではないぞ)の日ではないか!
 LDで持っちゃいるんだが、丁度流れてるのを見るのもいいなあ、と思って見ていたら……。
 なんだ、あの字幕は。
 「キングタット」を「キムタク」とか「金太」なんて訳すな! それでギャグになってるつもりか……?
 脱力して寝る。


2001年03月04日(日) 一日が短い。寝てるからだな/アニメ『ソル・ビアンカ』1・2話ほか

 夕べ寝る前に『仮面ライダーアギト』の録画予約をしておいたのだが、朝目覚めると八時前。
 『ガオレンジャー』をチラチラ見ながら昨日の日記など書く。さすがに昨日はその日のうちに日記を書くことが出来ないくらいにぶっくたびれていたのだ。
 昨日も焼肉つつきながら、ぴんでんさんが「ガオレンジャーはこれまでの戦隊ものの寄せ集めだ。武上純希じゃ仕方がないけど」と仰ってたが確かにそういう印象。でも今更工夫のしようもないんじゃないかって気もする。
 『仮面ライダーアギト』、6話目にしてようやく第3のライダー、「ギルス」登場。しかもその見せ方がうまい。
 一瞬の変身を恋人に見せて、二人の別離のきっかけにし、去って行く恋人を付け狙うコブラ男を倒すために初めて自分の意志で変身するというシチュエーション、それ自体はありがちベタベタなんだが、やはり特に変身ポーズを取らせず、変身前の人間の姿の隣にギルスを立たせるという演出、子供が見れば「ギルスとあの人って別人なの?」って誤解するだろうが、お子様向けではないので全然構わない。
 ギルスのモチーフはカミキリムシだそうだけど、言われてみりゃなつかしのカミキリキッドにちょっと似てるか。
 でも敵の親玉をガキンチョにするのはどうかな。『クラッシャージョウ・美しき魔王』も『スプリガン』もその設定でコケたしなあ。

 一度目覚めたのはいいものの、やはり疲れが溜まっているのか、また眠る。
 というわけで休日だと言うのに外にも出ず、殆ど寝ちゃ起き寝ちゃ起きですごしてしまった。ある意味休日らしい過ごし方ではあるかな。
 昼は女房にラーメンを作ってやる。スープを何種類も混ぜるので、うまいと言ってどんどこ食うが、眠くなってまた寝る。ああ、自堕落だ。

 通算して12時間くらい寝てるがそれでもまだ眠い。というわけで今日の続きはまた明日、このすぐ下にまた書く予定。



 と言っても、寝てばかりいたのであまり書くことないのだな。

 今日までで女房の頭の白髪、ほぼ取り尽くす。ったって、全部でせいぜい20本ほどだが。
 私などは小鬢に生える白髪が一番多いのだが、女房はそれがほぼ天頂に固まっている。多分あれは知恵熱をしょっちゅう放射しているせいであろう。
 ふと女房が呟く。
 「陰謀やん」
 「何が?」
 「19歳までは白髪なんか一本もなかったのに、20歳になった途端、生え始めるなんて、自分の体に嵌められてる」
 「嵌めるって……自分の体じゃんか」
 「だまされたあ」
 そういう支離滅裂なこと考えてるから白髪が増えてるのかもしれんぞ。
 
 エロの冒険者さんからお借りしたDVD『怪獣ウラン』、輸入版なので日本語字幕が付いていないものを、高校時代の英語テストの最高得点70点の耳で、無謀にも見る。でも芝居が臭いので、何をやってるかちゃんとわかるのがいい。B級映画は世界の壁を越えるな(^^)。
 でもくたびれているので20分ほどで寝入ってしまう。

 次に起きて、風呂に入り、少しは眼が覚めたかなと時雨沢恵一の『キノの旅�供戮鯑匹濟呂瓩襪�20ページほど読んで落ちる。で、結局本格的に目が覚めたのは夕方の6時。……ああ、一日損した気がしてならん。世間は「サザエさん症候群」にかかっている時間帯だというのに。
 女房もたっぷり寝たあと、仕事に出かける。働き始めてようやく一週間、もうそろそろ研修も終わるのではないかな。

 マンガ、高橋留美子『うる星やつら・見合いコワし』、ラムのお見合いをあたるが宇宙まで行ってぶち壊す話。『うる星』の最終話『ボーイ・ミーツ・ガール』は結局これのバリエーション。それに『らんま』も『犬夜叉』も、男と女の意地っ張りを繰り返してるパターンは本作と同じで芸がない。
 何だか昔ほど高橋留美子を追っかけるのに熱意がなくなってきたなあ。高橋留美子の最高傑作、『人魚』シリーズの新作が未だに出ないことも原因なのだけどな。

 CSでアニメ『ソル・ビアンカ』の1・2話見る。
 宇宙海賊モノはできるだけスペースオペラっぽい明るいノリが王道で、本作もキャラクターだけ取り上げればそういう面もあるのだが、デザインがどうにも濃くって今一つ明るくなれない。地球圏を離れた人類たちと、地球を聖地と崇めるものたちとの対立って構図も食傷ぎみ。もう一つこれって要素が足りないなあ。

 1時過ぎに就寝。夜中に帰ってきた女房に起こされた気もするが、既に覚えていない。
 「寝ぼけんなよー」と叫んでる女房の声は何となく覚えがあるのだが、また私は寝言でなにかヘンなことを言ったのだろうか。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)