無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年02月11日(日) 水の中の失楽/アニメ『も〜っとおじゃ魔女どれみ』1・2話ほか

 今日の練習に間に合うように、ほぼ徹夜して次の芝居用のシノプシスを書き上げる。原稿用紙にすればせいぜい数枚のものだが、それでもポイントをしぼってドラマとしての盛りあがりが分るように書かねばならぬので、これは結構しんどい。
 やっと書き上げたのは朝の7時で、さすがに練習にそのまま顔を出すのは体力が持ちそうになかったので、原稿だけ女房に渡して、泥のように眠る。
 目覚めたのは昼の2時。さて、打ち合わせはどうなったかとパピオに向かう。
 今日は久しぶりにほぼ全員が揃った由。
 ふなちゃんはもう何か意味不明な言葉を喋り始めている。「ずっと見てても全然飽きないんですよ」と愛上嬢、幸せそうである。鈴邑君はふなちゃん抱きながら全く無表情だが、娘さんをポーカーフェイスに育てるのは考えものだと思うぞ。
 残念ながら鴉丸嬢と其ノ他君は所要で早引けしたそうですれ違ってしまったが、女房からの超巨大バレンタインチョコを手にして、その重量感に圧倒されていたとか。
 牛乳パックを型に、ただぶっといだけのチョコの塊をもらっても、あまり嬉しかないと思うんだが。塩浦嬢のダーリンにも同じようなのをプレゼントしたそうだが、本当にどうやって食べるのだろう。
 で、肝心のシノプシスであるが。
 「どうだった?」
 「あ、あれ? ボツ」
 ……半年間、トリックを練って、実際に脚本を2稿まで書き上げてこれである。みんな厳しいなあ(T_T)。でもやりたいものをやらなければ劇団としての独自性は生まれないので、適当なところで妥協しないその姿勢は立派である。
 二週間後に会うときまでに、メンバーがそれぞれアイデアを持ち寄ることで次回作は保留と言うことに。まあ、アイデアはまだまだあるので、みんなが「これやりたい!」と言いたくなるようなものを出さねばな。
 鴉丸嬢は小林泰三の『玩具修理者』のようなものがやりたいとか。「今度は明るいものを」という意見はあるが、そう言いながらやはりどこかダークなものを志向する傾向がウチのメンバーにはなぜかあるようである。
 実は私の出したシノプシスも、純愛ミステリーをやろうとしてやはり暗くなってしまったもの。どうせボツなので、ここに披露して供養するとしよう。ただし、これを読んだ人がトリックを勝手に流用したりせんように。

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 『水の中の失楽』(仮題)

 ある水族館で、少女が紳士に語り始める。 

 茉莉が恭介と知りあったのは、その寂れた水族館だった。
 彼女は不登校の女子高生で、彼はそこの警備員だった。
 ひょうきんだがどこか寂しげな恭介に、茉莉は少しずつ惹かれていく。

 ある日、恭介のもとを一人の女が訪れる。しかしその時恭介は席を外しており、茉莉が留守番をしていた。女は唖らしく、身振り手振りで恭介の知り合いであることを茉莉に知らせる。恭介の過去を知っているらしい女の存在に狼狽する茉莉だが、ふと自分が恭介のことを何も知らないことに気づく。茉莉はこの謎の女から、恭介が戻るまでに何とか彼の秘密を聞き出そうとする。
 かろうじて知り得たのは、女がかつて恭介と深い関係にあったらしいということだけだった。しかしそれだけで十分だった。茉莉は呆然とする。
 渡したいものがある、と女は重いボストンバッグを持ってきている。しかしその中身を決して茉莉に見せようとはしない。茉莉は何とかしてその中を見たいと思い、女の注意をそらそうとするが、どうしてもそのバッグを手放そうとはしない。

 何も知らない恭介が戻ってきて、女を見て驚く。女の名前が葉子であることがそこでわかる。恭介は葉子のバッグを引ったくるように奪うと、どこかへ去っていく。後を追いかけようとするが、心臓が弱いらしく、その場にうずくまってしまう。恭介を追いかけて茉莉も出て行く。
 一人残された葉子は、ふと、何かに誘われるように水族館の奥へと入って行く。

 一週間後。
 心臓発作で死んだ葉子の再調査に、探偵の環がやってくる。葉子は実は大会社の社長令嬢であった。恭介は以前その会社に勤めていたことがあったのである。
 環は、恭介が何らかの手段で葉子をショック死させたのではないかと疑っていたが、決め手がなく、当たって砕けろとばかりこの水族館にやってきたのだった。
 恭介と茉莉は、その時現場におらず、外で言い争っていたと証言する。それは他の人間にも目撃されており、二人のアリバイは立証できたかのように思える。
 しかし、疑問は残っていた。
 あのバッグが、あの時以来、行方不明になっていたからである。また、葉子がなぜあの時外に出ずに水族館の奥へ行ってしまったのか、その謎も解けないでいた。
 環は、バッグの中身が恭介と葉子との間にできた赤ん坊ではないかと推理する。葉子は携帯の振動で水族館の奥に誘い出される。そして裏口から回った恭介と茉莉が、赤ん坊の死体を水槽の中に投げこむ。それをガラスごしに見た葉子はショック死したのではないかと。携帯は後で茉莉がそっと抜き取り、あたかも自分のものであるかのように偽装したのだ。唖の葉子が携帯を持っているとは思わないから(実際は画面を見ることはできるので、メールのやりとりをしていた)、警察も携帯が紛失していたことに気づかなかった……。
 しかし、恭介はその推理を一笑に伏す。
 なぜなら、恭介は男装した女だったからだ。精神的には男であるために、男の格好をしているのだと恭介は言う。女に女を妊娠させることはできない(茉莉はもちろん、恭介を女と知って愛していた)。更に、心臓が悪くペースメーカーを胸に入れている葉子が携帯を持っていないのは当たり前であった。
 恭介(実は恭子)は隠していたバッグを環に見せる。中身はただのガラクタだった。何でこんなものを葉子が持っていたか分らないが、自分は係わり合いになりたくなかったので、葉子は初めからバッグなんか持っていなかったかのように嘘をついたのだと。
 結局、葉子の死はただの心臓発作だったのかと落胆して環は去っていく。

 環が去った後、恭子と茉莉は熱いキスをかわす。茉莉は葉子を殺したのがやはり恭子ではないのかと責める。
 ずっと一緒にいたのに、どうやったら葉子を殺せるのかと反駁する恭子。茉莉は、恭子が持っていたバッグの中身がただのガラクタだったことが気になっていた。バッグの中身を葉子自身も知らなかったのではないかと茉莉は推理する。バッグを恭子のもとに運んでくるように頼まれただけではないのかと。
 もちろん、恭子に頼まれて。
 別に葉子を殺すつもりはなかった。ただ意味もなく重い荷物を運ばせ、葉子を苦しめたかった。自分一人が不幸であるかのように振る舞い、哀れんでもらおうと恭子にすがりついてくる葉子が憎らしかった。
 なぜなら、恭子もまた、身を業病に侵された身であったから。
 これは未必の故意による殺人ではないのか。
 恭子は答えない。

 しかし、もし、ほんの少しでも恭子に葉子への殺意があったとしたら……。
 恭子が愛していたのはやはり葉子だったのだと茉莉は気づく。

 少女=茉莉は紳士=恭子の父に語り終わる。
 恭子の父は恭子の死因が手術の失敗によるものだと知っている。助かるか死ぬかは五分五分であった。手術しなくても数年は生きられた。それを手術するように勧めたのは茉莉だった。
 数年の命を縮めることが復讐だったのかと恭子の父は問いかける。
 しかし茉莉は静かに寂しげな微笑を浮かべただけで、何も答えなかった……。 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 題名はあくまで仮題なんで、竹本健治の『匣の中の失楽』をもじっただけ。でも展開そのものはそう悪くもないと思うんだがなあ。
 女房はトリッキーなもの自体、あまり好みではないようだし、ほかのメンバーも殺人にこだわる芝居はどうもねえ、と言ったような感触であった。
 するってえと、ミステリーやるなら北村薫や加藤朋子、はたまたはやみねかおるの線を狙わねばならんかなあ。
 よしひと嬢をミス・マープルみたいなおばあさん探偵にするのはどうか、といアイデアを出すと、女房が少し乗り気になる。その線で一本設定を考えてみようかな。

 ホームページに載せるダーリンの似顔絵を塩浦嬢から頼まれるが、どうせならそれも女房に描かせて夫婦ペアで載せたらどうか。あれ以上のインパクトはそうそうあるまいと思うが。

 さて、一部読者に人気の、今日の「桜雅嬢」情報。
 発生訓練のテキストに「寅さん」の口上を使っていたそうだが、「意味の分らない言葉とかなあい?」と聞いた途端、桜雅嬢、
「巨根って何ですか?」
 ……確かにあるんだよね、「巨根で有名は道鏡」ってセリフが。
 みんな一瞬詰まって、「パパに聞きなさい」と答えたそうだが、ホントに聞いたらどうするんだ(^_^;)。
 まあ「パパに見せてもらいなさい」と言うよりゃマシかな。それにしても、いい加減、桜雅嬢専任のオトナ教育係を誰かつけたらどうだ。

 帰りに久しぶりに「ビッグポーイ」に寄る。新メニューのハンバーグハヤシが美味い。看板通り「手ごね」しているのかどうか知らないが、肉汁が口の中でぱあっと広がるほどにジューシーなのは事実である。
 女房はと言うと、肉は食うが、野菜は食べない。「ここのはまずいから」と言うが、どこの店でも野菜は食わないのだ。多少味が悪くても、肉食ったときは余計に野菜を食わねばならぬので、サラダバーを三杯おかわり。

 帰宅して女房に特訓され、個人ホームページの表紙だけ作る。記事はまだまだ後。公開するのはもう少し先になりそうなので具体的な内容はまだこの日記には書かない。

 ようやくビデオに録っておいた『も〜っとおじゃ魔女どれみ』の第1・2話を見る。前作の『#』の展開に興味をなくしかけていたが、再びどれみ達を魔女見習いに戻したのは、確かにアザトいことではあるけれど、原点に帰ったのだと考えればそう悪いことでもない。『#』じゃ、赤ん坊の存在がドラマ上どうにも邪魔だったからなあ。どれみがあまりお姉さん、お母さん的になるのは「らしくない」印象をどうしても与えてしまっていたからなあ。
 でももうこれ以上、キャラクターを増やさないようにしないと、またセーラームーンの二の舞になっちゃうぞ。変身のバンクシーンだけ毎回長くなるだけの手抜きアニメにちょっとなりかけてるので、注意して欲しいものである。
 それはそれとして、新登場の帰国子女役の声優、英語が断然うまいが、ホントの帰国子女だったりするんじゃなかろうか。

 波津彬子『雨柳堂夢咄』4巻、案の定、ネタに詰まったのだろう、贋作師のライバルは登場しなくなる。代わりに準レギュラーになった「橋姫」のキャラクターがなかなかの出来。ようやく雨柳堂のうわ手を行くキャラクターが登場してきた印象。夢幻紳士に対する猫夫人みたいなものかな。まああの「冒険編」シリーズも後半どんどんつまんなくなって行ったけど、『雨柳堂』がそうなる心配はあるまい。ようやく次巻への興味が湧いてきたところで今日はもう寝るのであった。


2001年02月10日(土) 「html」って、はいぱあ・てくのろじい・まきしまむ・ろぽ……じゃないよな/映画『狗神』ほか

 連休初日の朝ともなると、布団から頭を出すのも億劫なものである。
 ウダウダとしつつ、波津彬子『雨柳堂夢咄』3巻を読む。前巻から登場した贋作師・篁青二郎、準レギュラー化した途端、実質上の主役となっている。役柄は思ったとおり、コンドルのジョー。というか、ニヒルな山岡士郎ってとこか。で、やっぱり女たらし(^_^;)。こういう過去にトラウマがあって、やや自暴自棄なところもあるキャラって、少女漫画の定番みたいなものだけど、それだけに新味を出すのは却って難しい。もう一つプラスアルファがほしいところだな。

 シネ・リーブルで『顔』のリバイバル上映を1000円で興行しているので女房を誘うが、あまり興味がない模様。以前はちょっと見たいようなことを口にしていたのに、賞を取ったので逆に興味が失せたのだろうか。確かに、カンヌやベネチアでグランプリを取るような作品でも、一つ宣伝の仕方を間違えば、全くヒットしないのが日本の興行の恐ろしさである。大阪では大ヒットと伝えられる『顔』だが、福岡じゃ単館上映だったしなあ。
 仕方なく『顔』は諦めて、前売券を買っておいた『狗神』を夕方から見にいくことにする。

 朝っぱらから女房に電話。何事かと思ったら、「リンガーハット」から、バイトの面接に合格したとの連絡である。いつの間にかそんなことしとったのか。
 「ウチから5分のとこだから、遅刻してもすぐ行けるし」
 「夜9時からの勤務でどうやって遅刻するんだよ」
 「でもホントはコンビニに行きたかったんだ。食べ物屋って嫌いだし」
 「だったら面接受けなきゃいいじゃないかよ」
 「だって夜の方が時給がいいんだもん!」
 ……金の亡者が。
 でも却ってその時間帯のほうが夫婦のすれ違いもなくていいかもしれんな。

 『トッポ・ジージョ』『サイボーグクロちゃん』の再放送をのんびり見たあと、いよいよ女房からホームページの作り方を教わる。
 個人ホームページを立ち上げたい、と考えていたのは、P.P.Produceのホームページを開設して以来のことだったが、どうせ作るなら『都筑道夫ひとり雑誌』くらいの規模のものを作らねば意味はない、と思いつつ、そんなこと言ってたら、いつまで経ったって完成するわけないじゃないか、と、半ば諦めていたのだ。
 しかしよんどころない事情でもとのホームページから日記をこうやって独立させた以上、これだけを読んでいただくというのも何だか申し訳ない。コンテンツはおいおい増やすとして、できるだけ早いうちにホームページを立ち上げねば、という気になってきたのだ。
 女房の使っていた『HTML入門』をパラパラとめくる。
 既にこの「えいち・てぃー・えむ・える」という言葉が、私に挑戦状を叩きつけているようなものだ。「えいち」なんて「はいぱあ」の頭文字だぞ。私の頭では「はいぱあ」などという単語が使われるのはSFの世界以外には有り得ない。何が「HEAD」だ「BODY」だ。お前は『嵐を呼ぶ男』か。……もちろん、こんなアホなツッコミを入れたところで、私の理解が深まるわけでもなんでもないのである。
 「イラストは載っけられんの?」
 「できるけど重くなるよ」
 「それは開きにくくなるってこと? 何で?」
 「色が多いと遅くなるんだよ」
 「単色ならいいわけ? 例えば白黒とか」
 「白黒は二色」
 「グラデーションは? 薄墨は黒って認識しないの?」
 「黒と白の間には灰色があるでしょ。全部違う色なの」
 「じゃあ赤とか青とか使えないんだ」
 「使えるよ。赤・青・黒なんか簡単。色の種類が決まってるのは早いの」
 パソコン名人(そんな称号あるのか)が聞いたら何てアホな会話、と思うんだろうなあ。果たして本当に開設できるのであろうか。
 それにしても、いつもはうるさがりの女房が、今回に限って私の繰り出すアホな質問に対して、全く嫌がりもせず受け答えしている。むしろ喜んでいるくらいだ。日頃、私が無愛想で、女房に向かって積極的に語りかけたりしないために、私のほうから「ねえねえ」と声をかけてくるのが嬉しくてたまらないらしい。他愛無いもんだなあ。
 数時間かけて何とか基本概念らしきものは把握したつもりだが、実際に作成する段階になったら、女房に助けを求めることになるんだろうな。ともかくこの休日の間に、タイトルやら記事やら、思いつけるだけ考えないとなあ。

 昼過ぎ、自転車で天神東宝まで『弟切草』『狗神』の二本立てを見に行く。
 途中、a.m.p.m.に寄って、お握りとから揚げを買って行く。本当はマクドナルドに寄ろうかと思っていたのだが、女房が「そっちの道は人が込むから」とわざわざ遠回りさせたのだ。……天神で込まない道なんてねーよ。どこも変わらんのに遠回りするほどのことがあるかい。
 もともと女房は天神が嫌いである。ともかく人が多いというのが嫌いな原因らしい。私も新天町や警固付近の雑然とした雰囲気はどうにも好きになれんのだが、博多に比べてそれだけ天神が繁盛してるということである。やっかみと受け取られかねないので文句はあまり言わんほうがいいかな。
 しかし天神自体は繁盛していても、天神東宝はどうなんだろう。ここでしか『狗神』はやってないから仕方ないのだが、いつ来ても客はあまり多くない。ともかく椅子と音響が悪いのである。スピーカーなんか真正面に1個しか置いてないんじゃないかという気がしてくるし(よく聞くとかろうじてサラウンドらしいのだが)、AMCやユナイトとは雲泥の差である。もっとも、博多にはそれ以下の福岡東映というのがあるが。
 天神東宝にしろ福岡東映にしろ、改装して大した年月が経っているわけではない。それどころか天神東宝に至ってはAMCより後発なのである。にもかかわらず、この環境の悪さはどうしたわけだ。オープン当時、テレビの取材を受けたことがあるが、悪口言いまくって、当然一切画面には映らなかった。でも、そういう欠点に会場側もようやく気がついたのだろう、今度ようやく椅子を全面リニューアルするそうである。
 次に見にくるのは『回路』か『クレヨンしんちゃん』か。その時にはゆったりした椅子に身をゆだね、心地よいまどろみを味わいたいものだ……って寝ちゃ映画が見られんてば。

 さて、肝心の『弟切草』と『狗神』なんだが、これ、両方とも感想言うにはネタバラシせにゃならんのだよなあ。本格モノではないにしろ、ミステリーとしてのどんでん返しがないわけではないので、そこに触れるわけにはいかない。
 だから結論だけ言えば、『弟切草』は無理があるし、ちょっとおフザケが過ぎた感じ。『狗神』は結構感心した、というところか。最近話題になった某映画のネタと同様のトリックなんだが、『狗神』の方が遥かにうまい演出。もともとこのネタ、よくあるパターンなんで、そのパターンの話だと気づかせない工夫が必要なのだ。今回、その迷彩のし方、映像ならではのもので、なかなかうまい。
 ……何のこと書いてるんだかまるでわからんよなあ(^_^;)。しょうがない、ストーリー以外の感想だけ書いておこう。
 『弟切草』、女性陣が意外な熱演(と言ったら失礼か)。奥菜恵も松尾れい子も、表情がちゃんと作れている。minoruって、昔『犬神家の一族』に出てたころは内田稔って言ってたよなあ。何でわざわざ芸名をローマ字にしたかなあ。しかし今回も変な芝居してたなあ。この人はセリフを喋らせると全くダメな人なので、一言も言わない役だったのは正解。
 『狗神』、前作『死国』よりも遥かに映画としての完成度は高い。人間の情念がリアルに活写されているのである。部分的にやりすぎの演出もないではないが、森や山を単なる背景としてではなく、人間を包みこむ風土として映像にしている点がすばらしい。天海祐希、渡部篤郎の演技も堂に入ったもので、安心して見ていられる。脇役で『カネゴンの繭』の浜田寅彦さんが出ていたのが懐かしかった。もうこんなおじいちゃんになっちゃったんだなあ。

 帰りに「ベスト電器」の「LIMB」に寄って、DVD『シティボーイズライブ・ウルトラシオシオハイミナール」を求める。以前に買っていたのだが、友達にプレゼントしたので、買い直しなのである。でも実はカードのポイントが溜まっていたので値段はタダ。店員さんとはもうすっかり顔馴染、目が合った途端に挨拶されてしまう。
 「これ、初回発売分ですか? 多分、初回分にはビデオプレゼントの応募券が入ってると思うんですけど」
 「あ、大丈夫ですよ、こういうのはそうそう再販されませんから」
 ……そりゃそうかもしれんが、ファンの前でそんなこと言うなよう。

 食料その他を買い物して帰宅。女房は睡魔に勝てずたちまち布団で高いびき。
 一人で録画しておいた『幻のペンフレンド2001』第6回を見、続けてWOWOW『バットマン』『バットマンリターンズ』見る。
 やはりバットマンシリーズはこの1、2作に尽きる。ティム・バートンとマイケル・キートンが組んだときに醸し出すこのダークなムードが、原人顔ヴァル・キルマーと、ナンパ男ジョージ・クルーニーには逆立ちしたって出せない。

 さて、明日は久々にP.P.Produceの練習に顔を出す予定である。台本の打ち合わせ等もあるので、考えておいたもののシノプシスくらいは作らないといけない。半徹夜になりそうだが、休日はそれもまたよし。……日記ばかり書いてないで、それを先にしないとねえ。


2001年02月09日(金) お姫様を探せ!/アニメ『タッチ・CROSS ROAD 風のゆくえ』ほか

 ここ二、三日、パソコンに某所から何10通ものメールが届くという変な事態が発生していた。どうやらイタズラモノがウチのメールアドレスを某所に勝手に送りつけていたらしいのだが、そういう被害が何千件もあったらしいのである。メールチェックした途端に「22件です」と表示が出て、「なんじゃこりゃあ!」と思わず叫んでしまったが、女房も何をトチ狂ったか「私じゃないもん!」と言い出す始末。当たり前だ。自分ちのパソコンにメール送りつけて喜ぶバカがどこにいる。……ホントにいたら寂しいぞ。
 昨日でどうやら事態は片付いたらしいのだが、ネットやってるとこういう被害に遭うこともあるのか。まあイタ電みたいなものかと今んとこのんびり構えちゃいる。徒らにネットそのものを犯罪の温床みたいに言うやからも多い今、慌てふためいてそういうアホな連中を喜ばせるようなまねをする必要もあるまい。

 朝6時、早めに起きると、女房がパソコンの前で恍惚としている。歓喜と疲労が同時に入り混じって固まっちゃったような……要するにイッちゃってる顔である。
 ひと月かかってようやく『花嫁はエイリアン』のデータをUPできたのが嬉しいのはわかるが、それにしても何て表情してんだ。気が抜けたときの女房の顔というのはアブナイ度75%なので、慣れない人が見たらちょっと怖いであろう。
 成果のほうは見ての通りである。しかもアレでまだ満足していない。鬼だな(^_^;)。
 しかしこれをすべてのダン作品についてやるつもりか。いったい何年かけるつもりだ。下手をするとライフ・ワーク……そのつもりなんだろうな(^o^)。

 ある本を読んでいると、ヤマトタケルについて気になる記述があったので、『風土記』『日本書紀』をあたる。
 『古事記』では「倭建命」、『日本書紀』では「日本武尊」と表記される、三船敏郎と高嶋政宏が演じたことで有名な(^o^)人物だが、歴史的にはほぼ伝説上の存在、ということになっている。日本で最初に女装した男だったりもする(^_^;)。
 いや、気になって調べたのは別に女装の歴史ではない。ヤマトタケルの妃、オトタチバナヒメ(弟橘比売)についてである。荒海にその身を投じ、海神の怒りを鎮めたとされる日本神話上最も悲劇的なヒロインであるが、実はそれ以外の事蹟については殆ど知られていない。
 ところが『常陸国風土記』にあるというんだねえ、この夫婦の仲睦まじい御幸の描写が。その本の作者は、海に沈んだはずのオトタチバナがなぜかその後もタケルと行動を共にしている、と書いていたのだが、ちょっとビックリして調べてみたところ、ホントにあった。でも名前がちょっと違う。「大橘比売」。
 さて、これを弟橘と同一人物としてみていいものかどうか。伝説上の人物の整合性を考えるのはあまり意味がないようにも思うが、あえてどちらの記述も事実とすれば、これは素直に別人と見たほうが自然ではないのか。「オトタチバナ」を失ったタケルが、名前のよく似た「オオタチバナ」に惚れた、と考えることだって出来るわけだし。『古事記』や『日本書紀』に「オオタチバナ」の名が見えないから同一人物だろう、と考えるのは実は根拠がない。女一人の名前が記録から消えることくらい、当時はザラだからだ。
 この手の我田引水は梅原猛あたりが最も得意とするところで、例えばタケルの双子の兄、オオウスノミコト(大碓命)の妻だったエヒメ(兄比売)・オトヒメ(弟比売)のうち、オトヒメが即ちオトタチバナヒメであったとし、更に海に身を投じた後は竜宮のオトヒメ(乙姫)になったという……。
 これはアレですな、為朝が琉球に渡ってキングシーサーになったとか、義経が大陸に渡ってジョン・ローンになったとか(ちょっと違うか?)いう意識が働いてそうですな。残念ながら、『日本書紀」をあたれば、オオウスの二人の妻の名がエトオコ(兄遠子)・オトトオコ(弟遠子)で、オトタチバナとは別人であることがハッキリ分るのである。自分に都合のいいデータだけ集めればどんな結論だって出せるよなあ。
 ついでに『筑前国風土記』を見てみる。福岡の「糸島」の地名、神功皇后が三韓征伐の時にこの地の人々のことを「いそし(よく働いて仕えている)」と呼んだのが「イソ」の地名となり、更になまって「イト」となった、と説明してある。
 でも変だなあ、『魏志倭人伝』には既に「怡土国」という地名が出てきてるんだがなあ。
 これ、「『博多』は『羽のかたち』をしているから『羽形』」というのと同じようなもので、あとから来歴をでっち上げた可能性が高いな。神功皇后ゆかりの地ということでハクも着くし。
 第一、三韓征伐はおろか、神功皇后の実在自体眉唾なのである。日本の天皇でほぼ実在が確実視されているのは、「倭の五王」、おそらくは神功皇后よりも6代ほどあと、雄略天皇のころにまで下らないといけない。あまり「万世一系」と威張らないほうがよいのである。

 昨日から映画に行きたい、たけしの『BROTHER』見たいと言ってたくせに、帰宅してみるとやっぱり女房はグーグー寝ている。
 「映画行かんのか〜?」
 「(布団の中から)うん」
 「『浜かつ』行かんのか〜?」
 「うん」
 ……こいつ、さては一人で昼、「浜かつ」でメシ食ってきてやがるな。ともかく寝惚けたやつの相手をしても仕方がないので、近所の商店で醤油ラーメンを買って来て、作って食べる。具は納豆フリカケのみ。質素な食事だがまあこれが普通だ。トンカツなんて贅沢モノ、しょっちゅう食うもんじゃないよ。

 CSで手塚治虫特集、『ユニコ』を放送。ああ、この映画にはいろいろ昔の切ない思い出があるなあ。まあ、それは置いといて(^o^)。
 手塚アニメに杉野昭夫キャラはやはり合わんよなあ、と苦笑しつつ見る。だって敵の男爵ってどう見ても宗方コーチ。……だから矢吹ジョーといいコブラといいブラック・ジャックといい、なんでみんな伏目になって、「フッ」と笑うんだよう。背筋にサブイボが走るぜ。アニメで宝塚を見たいわけじゃねーぞ……と悪態をつきかけてふと気づいた。手塚さん、宝塚市の出身で、宝塚の大ファンだったんじゃん。……意外と合ってるのかもなあ。
 映画としては第2作の『魔法の島へ』の方が上だと思うが、この第一作も決して悪くはない。ただ、2作目に比べるとどうしても細かいアラが目立つのである。脚本の辻真先、悪魔くんを再登場させたはいいが、さして活躍もさせないあたり、詰めが甘い。イルカの歌とナレーションは正直に言って邪魔。映画の世界に溶けこんでないし、基本的に歌が下手だと言うことを歌手本人が自覚してないのが辛い。単体で聴くとその下手さが却って味わいになっていいんだけどなあ。映画音楽にはならないんだよなあ。

 続けてこちらは新作、金曜特別ロードショーTVスペシャル『タッチ・クロスロード 風のゆくえ』見る。
 終わった作品の続編を無理矢理作るのはどんなものか、という考えは製作者のアタマの中にはカケラもないらしい。で、脚本が金春智子だもんなあ。何を期待せよというのか。
 文句言うなら見るなよと言われそうだが、見ないと批判もできんしな。初めからどうせ、という気持ちで見たら却って面白いかとも思ったんだが、甘かった(^_^;)。
 だいたいあだち充のマンガは熱血になりそうなところでサラリと外すところがよかったのである。『タッチ・背番号のないエース』(映画版第一作)で達也は和也の代わりにマウンドに立つべきではなかったのだが、映画としての完結性を求めるあまり、原作とは違う展開にしてしまった。既にあだち充の世界はそこで壊れてしまっていたのだ。
 今回の新作も既に『タッチ』ではない。達也がアメリカでマイナーリーグの選手になっていたり、南が新体操をやめてカメラマンのアシスタントになっていたり、という変化は別に構わない。問題なのは達也も南も最初から最後まで「頑張り」通しで、気が抜けるところが1ヶ所もないということだ。何でこうも余裕のないドラマを見せられにゃならんのか。脚本家自身が余裕のない生活してんじゃねえかと疑いたくなってくる。
 しかしなあ。日高のり子は南を演じるとどうしてこんなに下手かなあ。いや、日高さん自身は役者として随分うまくなったと思う。でも昔からそうだったが、南を演じるときだけ、達也を「愛する」気持ちを全く表現できていないのだ。この十年の日高さんの精進は何だったのだろう。タカヤノリコも天道あかねもしいねちゃんも大好きなのになあ。なぜ南だけ……。

 女房、今日も11時になって起きてくる。ラーメンがあると教えると、踊りながら狂喜して作って食べる。しかも「うまかっちゃん」のこくとんこつと「細打名人」の鶏がら醤油をブレンドするという、出来あがった途端、部屋中に鼻につく臭みが充満するほどの超濃い味である。……よくそんなの食えるな。私が食ったのはあっさり醤油味だと言うのに。しかも食い残してこっちに回してきやがる。……食えないくらいなら最初から作るな阿呆。
 しかもせっかく買ってきてやったザボンはひと房しか食わない。これだから栄養が偏るのだ。ビタミン取れよ。で、日光にあたれ。今でこそブクブクに太っているが、そのうち体壊して激痩せするぞ。……と言ったら「痩せれるんなら嬉しい!」とか言ったりして、却って喜んじゃうんだろうなあ、このアホンダラは。


2001年02月08日(木) ザッツ・エンタテインメント!/2000年度キネマ旬報ベスト・テン

 目覚ましを7時にしかけて置いたのに、いきなり6時ごろ女房に起こされる。ずっと一人で夜通し起きていたので、さびしくなったものらしい。
 「起きてる〜?」日頃は無愛想なのに、こういうときに限って女房は猫なで声になる。起きてるもなにも、今お前が起こしたんじゃ。テメエの都合で人の睡眠時間削るな。せっかく早寝してもこれでは何の意味もない。
 風邪はどうした、もう治ったのか……って、夜通しパソコンやってたんならもう健康じゃねーのか。女房、しきりと「腹が痛い腹が痛い」と繰り返すが、かと言って、私にどうにかできるわけじゃなし、甘えてこられても「寝てろマヌケ」としか言えん。

 で、やっぱり寝るのである。いかに女房が否定しようと、一日の半分、女房が寝て過ごしていることは紛れもない事実である。

 『キネマ旬報』2月下旬号、恒例のベストテン発表。
 もともとベストテン的なものは流行やムードに左右されるもので、大した価値があるとも思っちゃいないが、それにしてもベストテン上位に見てない映画が並んでいると、ああ、これも見逃してたかと何となく悔しい気分になってしまう。

 日本映画ベストテン
 1『顔』
 2『ナビィの恋』
 3『御法度』※
 4『十五才 学校�検�
 5『バトル・ロワイアル』※
 6『三文役者』
 7『スリ』
 8『独立少年合唱団』※
 9『雨あがる』※
 10『はつ恋』

 外国映画ベストテン
 1『スペースカウボーイ』
 2『オール・アバウト・マイ・マザー』
 3『あの子を探して』
 4『初恋のきた道』
 5『ストレイト・ストーリー』
 6『アメリカン・ビューティー』
 7『マルコヴィッチの穴』※
 8『グラディエーター』
 9『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
 10『ペパーミント・キャンディー』
 
 『三文役者』のように、やっと今月になって福岡公開という作品もあるにはあるが、※印の映画しか見てないというのはいくらなんでも少なすぎる。これで映画ファンだなんてとても口幅ったくて言えやしない。
 しかし女房が興味を持った映画を優先的に見に行っているので、ベストテン作品が少なくなるのも仕方ないのである。何しろ女房ときたら、映画に関しては思い切りマニアックな趣味をしている。数えてみたら、去年は洋邦合わせて50本は映画を見ているのに(邦画28本、洋画27本)、それでなぜこうまでベストテンを外すか(^_^;)。
 ついでだから、私も勝手に2000年ベストテンを、見た範囲の中から選んでしまおう。

 日本映画
 1『博多ムービー ちんちろまい』
 2『ジュブナイル』
 3『人狼 JIN-ROH』
 4『雨あがる』
 5『御法度』
 6『バトル・ロワイアル』
 7『BLOOD THE LAST VAMPIRE』
 8『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』
 9『ブギーポップは笑わない』
 10『さくや 妖怪伝』
 次点『クレヨンしんちゃん・嵐を呼ぶジャングル』

 完成度は二の次というのは、1位を見ていただければ分るであろう(^o^)。実際、こんな局所的なウケをねらった(しかも博多人にはウケても福岡人にはウケないであろう)映画が、全国のベストテンに入るわけがないのだが、こんな「作ったもん勝ち」の映画が存在し得たこと自体、前代未聞の大事件なのである。
 大阪や名古屋や札幌が映画を作った場合、それはその地域を拠点としてはいても、他の地方、ひいては世界に通じる映画を作ることができるであろう。しかしハカタにはできない。ハカタにグローバルな映画を作ることは金輪際できない。なぜならハカタは既に世界の中心だからである。……こんなバカな意識で作った映画なんて、恐らくはヒトラーの(とあえて言うが)『民族の祭典』以来だ(^_^;)。
 これに対抗できる映画を作れる国といえば、今や世界ではたった一つ、おとなりの……。ああ、むにゃむにゃ(-_-)zzz。
 2位以下は、欠点はあっても、「ここがいい!」と言える映像があるものを選んでいる。『さくや』などは松坂慶子が出ていなければ、そして私が安藤希ちゃんに握手してもらわなかったら、ベストテンにすら入らなかったであろう(^_^;)。

 外国映画

 1『サウスパーク 無修正映画版』
 2『マルコヴィッチの穴』
 3『マン・オン・ザ・ムーン』
 4『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』
 5『スリーピー・ホロウ』
 6『リプリー』
 7『チャーリーズエンジェル』
 8『トイ・ストーリー2』
 9『ゴージャス』
 10『アイアンジャイアント』
 次点『アンドリューNDR114』でも『M:I-2』でも『インビジブル』でも『X-メン』でも『ファンタジア2000』でもどれでもいいや。

 『13デイズ』や『サイダーハウスルール』、『クッキーフォーチュン』なんかは迷った末落とした。
 しかし芸術映画や感動大作とやらに見事に無縁なベストテンである。『スペースカウポーイ』や『ダン・イン・ザ・ダーク』くらいは見に行きたかったんだが、女房が食指をピクリとも動かさなかったものなあ。まあ、それもよし。「映画は娯楽」というのは先祖代々の我が家の家訓であるし(いやホント)。
 でも私がいくら「バカ映画」が好きでも、『最終絶叫計画』や『ブレアウィッチ・プロジェクト』などはゴメンなのである。小学校の学芸会以下のレベルのギャグセンスやアイデアで映画を作られても、わしゃ笑いもせんしウケもせんよ。
 しかし『キネ旬』のベストテン、ジャッキー・チェン映画を全く無視してるってのは許せんな。『ラッシュ・アワー』も『シャンハイ・ヌーン』も一票も入ってないぞ。これって、映画をエンタテインメントとして評価しようって連中が殆どいないってことじゃないのか。恥だとは思わんのかなあ。

 ついでに、昨年物故した映画関係者のベストテン(^_^;)。
 もちろん、これも独断(好み)によるもので、あえて外した人も多々ある。チャールズ・シュルツ氏のようにアニメの脚本書いてても本業はマンガ家、という人も外した。

 1/30 御園京平(80)チラシ、ポスターその他、あの膨大なコレクション、どうなっちゃったかなあ。
 2/26 高原駿雄(76)クシャミ3回ルル3錠のおまわりさん。顔見ればすぐ分る、名バイプレイヤーの一人でした。
 3/24 小松原一男(56)『ナウシカ』に参加したことで才能をつぶされた気がする……。
 5/10 塩沢兼人(46)『ついでにとんちんかん』の再放送、今やってるんだよなあ。辛くて見られん。
 8/5 アレック・ギネス(86)「リタって呼んで(はあと)」誰もかの名優をコメディアンとは呼ぶまいが、コメディ演技を含めて、「どんな役でも演じられる」ホンモノの俳優はこの人くらいのものだったと思う。
 8/6 谷村昌彦(73)この人の顔と「訛り」を知らない人は日本にはいない。けれど名前を知っている人はとても少ない。でもそれが役者の誇りになることもあるのだ。
 9/20 徳間康快(78)『アニメージュ』はなんで徳間社長の追悼特集をしなかったのかな。社内的には嫌われてたのかもしれんが、その功績は正統に評価すべきではないのか。
 9/23 工藤栄一(71)時代劇を撮れる監督がまた一人行っちゃった……。昨年は時代劇作品が多かったように見えるが、実は生え抜きの監督は一人もいなかったのである。
 11/9 東千代之介(74)この人が晩年、映画やドラマに出なかったのはあまりにもったいないことだった。『バトルフィーバー』鉄山将軍役すら今の若い人は知らない。『紅孔雀』の浮寝丸の気品など、今の俳優には逆立ちしたってマネできんぞ。
 12/3 福田純(77)本多猪四郎の名声の陰に隠れて、あまりに評価が低すぎるように思う。音楽でも伊福部さんとあまり組めなかったのが不運だったように思う。

 帰宅すると珍しく女房が起きている。どう言うわけかと聞いてみると、いきなり目の前の棚に、20センチほどの高さの箱をポンと置く。
 「何それ」
 「いらんならやらん」
 「何だかわからんがもらおう」
 「……バレンタインの付録」
 箱をよく見ると、例のフルタの「百鬼夜行」シリーズの特別版、「赤鬼」「青鬼」セットである。
 ……こりゃ驚いた。ホントに驚いて声も出ない。あれだけ私のコレクションに文句をつけていたというのに、いったいどういう風の吹きまわしだ。
 マジで「ありがとう」のヒトコトも言えず、私が硬直したままなので、女房は不満顔である。かと言って「わぁい。嬉しいなったら嬉しいな」なんて踊り狂うわけにもいかんが。
 「……開けないの?」
 「ああ、あとで見る」
 そう言うのが精一杯で、箱を脇にどけた途端、女房、
 「ちぇっ、つまんない」
 そう言ってまた布団の中に潜りこんで行った。ホントにそれだけのために起きて来たのか。

 女房、一瞬の後にはもうイビキをかき始めている。改めて箱を開け、中身を確かめる。うわあ、赤鬼と青鬼、お釈迦様を金棒で踏み敷いてやがる。要するに天邪鬼を踏み敷く毘沙門天の逆ポーズなわけだな。相変わらず芸が細かいなあ。
 人形の造形もさることながら、付録がまたすごい。
 オフィシャルブックは第1、第2弾両方の妖怪全作の写真に加え、解説も充実、田島昭宇ほかゲストマンガ家のイラストまで付いている。解説(「妖怪ポスト」というタイトルが心憎い)によれば、フィギュアのパッケージにあった「お払い済み」というのは本当で、「門真神社」と「安倍晴明神社」で本当にお払いしたあと出荷しているそうで……気が入ってるなあ(^_^;)。
 京極夏彦謹製の「妖魔退散」お札に、各種絵はがきもブラックジョークが効いている。「泥田坊」に「ハッピーバレンタイン(はあと)」なんて言われたって嬉しかないぞ。
 ああ、しかも更にスペシャル版として「妖怪船」の発売だと?! ……誰が買うんだこんなもん、と実は内心では思っていたのだが、確かにヒットしているのだなあ。
 愛想のない夫で悪いが、本当に嬉しかったのだ。ポーカーフェイスの夫と結婚したのが身の不運と諦めてくれい。

 女房は今日、本当にどうかしている。冷蔵庫にビーフシチューパイや、キーマカレー(ナン付き)まで用意している。たまに親切にされると、不幸の前兆のようで怖いなあ(^_^;)。 

 阿部ゆたか・丸伝次郎『名探偵コナン特別編』12巻読む。多分学年誌か何かに連載されてるんだろう。現物にあたったことがないので何とも言えんけど。でも明らかに小学生向けで、まともにミステリーとして評価するのは酷というものだろう。小学生へのミステリ入門編としてはまあ、そこそこの出来である。

 CSで録画しておいたニュー東映、近衛十四郎版『柳生武芸帳』見る。今時の若い奴らあ、柳生十兵衛といえば千葉真一くらいしか知らんのじゃないかと思うが、鞍馬天狗がアラカンであり、旗本退屈男が市川右太衛門にトドメをさすがごとく、十兵衛といえば近衛十四郎であったのだ……って、知識では知っていても見たことなかったのよ。だからこそ見たい見たい見たいと何十年も思い続けてやっと見られたと言うのに……。なんだこのトリミングは。最悪なんてもんじゃない、シネスコサイズをぶった切ってテレビサイズに合わせたのは仕方ないとしても、誰もいない画面を映してどうする。昔のテレビにはよくあったが、今時こんな酷いトリミングしてたら放送局は苦情と抗議が殺到するのではないか。パンするくらいの芸当はできんかったのか。
 肝心の中身はというと、五味康佑原作による正編であるにもかかわらず、十兵衛の両目が明いていたり(史実ではそうだったらしいが)、違和感が相当にある。と言うか、十兵衛シリーズが本当に面白くなったのは原作無視の展開になってかららしいし(映画って大抵そうだよな)、あと何作か見てみないと、評価は下しにくそうだ。史上最強の殺陣、と言われた動きも狭いテレビ画面じゃとても堪能できない。……でも十兵衛のライバル、霞の多四郎が品川隆二というのは、後年の『素浪人月影兵庫』を髣髴とさせて嬉しいキャスティングだった。

 気がつくと12時過ぎ。ああ、早寝し損ねた。女房ショックのせいだな(^o^)。


2001年02月07日(水) ♪それ行け、不倫不倫不倫、どこまでも♪/『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』ほか

 脚本家、松原敏春氏死去。まだ53歳だ。若いなあ。
 名前だけはよく見かけるものの、この人の作品だから見る、という意識を持ったことはなかった。にもかかわらず、そのフィルモグラフィーを見てみると、結構好きな作品が多い。『ゲバゲバ90分』がデビュー作だったとは、トシの割りに結構古い。1969年だぞ。当時慶大在学中だったということだが、アレだけ先鋭的なギャグを(スタッフの一人だったとしても)21歳で考え出していたというのか。最終回、セットが掃けたあと、ぽつんと残った電話が鳴り出し、スタッフが受話器を取り、「はい、『ゲバゲバ90分』は今日で終わりです」と言ってそのまま去るという、余韻を全く残さない演出、アレはショックだった。いったい誰が考えたのだろう、松原さんだったのだろうか。
 『カリキュラマシーン』と並べると、私と同世代のコメディーファンなら絶対に忘れてはならない両作品に関わっていたのだ。そういう人を認識していなかったとは不明なことである。
 奇しくも遺作は『菊次郎とさき』。コメディアンのルーツを探ることを始めていた矢先だったのだろうか。

 この日記を借りて以来、ほかのホームページの個人日記も時々覗くようになっている。人気投票のシステムもあるので、さて、どんなモノに人気があるのやらと1位を見てみると、毎回決まって『secret LOVE日記』というところ。
 うわあ、これはいわゆる不倫日記ではないか。まあ別段私はモラリストでもなんでもないので、誰が誰と不倫しようが構わないのだが(あ、私が浮気したいという意味ではありませんよ、念のため)、その「不倫」という点を除いてしまえば、そこに書かれてあるのはただの切ない「恋愛日記」である。逆に言えば「不倫」という付加価値がついただけで世の人々はかくも好奇心をそそられ、スキャンダラスな匂いを嗅ぎ取り、鼻息荒く目をぎらつかせてコトの推移を追いかけ、恐らくは「破滅」を期待しつつ、投票を続けているのだ。
 下らん、と切って捨てるのは簡単だが、実のところ我々は「愛」というモノに何の価値もなく、その付加価値たる「スキャンダル」のほうにこそ真の価値があることに気づいている。しかしその付加価値は本体たる価値がなくば存在し得ないものであり、ゆえに形骸的な価値に過ぎない「愛」が未だに「スキャンダル」の母体として珍重されているという実にややこしい情況を呈しているのだ。
 つまり「破局する愛」こそが現代の愛の<客観的な>理想形なのである。で、それを忠実になぞったのが数年前の「失楽園」ブームであるわけだが、正直な話、レシピに忠実過ぎるメニューには食傷気味である。そろそろまた別のムーブメントが出てきてもいいのではないか。
 いや、日記についてここまで突っ込む必要はないんだけど。

 女房、ようやく『花嫁はエイリアン』のデータ収集を終えたらしい。字幕を全部ノートに書き写し、シーンごとに見えるアイテムをいちいち確認して、そこから映画の「作り」そのものを浮かび上がらせようという試みだが、今時大学生でもやらないような作業をよくやれるものだと感心する。この方法に更に分析能力が加われば、立派な評論家になれるんだが、そこで女房はいつも言葉を失ってしまっているのである。
 女房はいつも口喧嘩で私に負けるとベソをかくが、要は対象を批評することで何を表出させられるのかという分析ができないから負けるのである。あともう一歩ってとこなのに惜しいなあ、と我が妻ながら思うのである。

 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』読む。……と言うより、見る。
 これが実に面白い。
 題名どおり、大正から昭和初期にかけて、詩人の朔太郎が撮った写真を集めたものだが、ただ有名詩人が撮った、という点で面白いのではなく、その殆どが「ステレオスコープ」なのである。つまりは立体写真。……いや、大正だよ。ちょっと一瞬目を疑ってしまった。
 マンドリン、手品ほか、当時としては斬新な趣味を数々もっていた朔太郎だったが、「普通の写真には全く興味がない」と言い、「立体写真は光学的に郷愁を写す」とまで言いきった朔太郎のそれは、徹底的に「奥行き」のみを追求した写真集であった。
 そこに写される風景の中心になっているのは大抵が消失点を持つ「道」である。その道の先にあるもの、詩人がその奥行きの果てにあるものを見続ける時、この世のどこにもない世界、それは例えば『猫町』のような、現実のはざまに見え隠れする夢幻境が、もしかしたらどこかに本当に存在しているかもしれない、という気にさせてくれるのだ。
 解説は朔太郎の娘、葉子と、その息子、朔美。
 実は萩原朔太郎と朔美が祖父と孫の間柄だということをずっと知らなかった。名前が似ているのでそうかもしれないと思ってはいたが、それを確認する文章に長いこと出会わなかったし、何となく朔太郎マニアでつけた芸名ではないかと疑ってもいた。『毛皮のマリー』の美少年が耽美派詩人の孫というのはいかにも出来過ぎで、にわかには信じがたかったせいでろう。

 仕事から帰宅、何とか『パワーパフガールズ』の時間に間に合う。
 ようやく悪役が出揃った感じだが、どうも今一つキャラクターが立っていない。作りこみ過ぎとでも言えばいいのだろうか、主役陣がシンプルなのに対して、「彼」にしろ「ギャング・イン・ギャング」の面々にしろ、ゴテゴテしていてまるで『ウルトラマンA』の超獣である(譬えがオタク世代にしか分らんな)。『バットマン』シリーズの悪役のシンプルかつ強烈なイメージを望むのは酷かもしれないが、ヒットシリーズは、大抵、敵役の方が主役を凌駕するほどのキャラクターを持ってこそ生まれ得るのである。……って、今後どうにかなるのかなあ。
 『ワンピース』、やっとオープニングから見た。で、ドラマがオープニングで完結してしまっている(^_^;)。オリジナル編に入っているが、ストーリーの骨組は恐らく次にやるだろう「アラバスタ王国編」と同趣向。そんなのやるくらいなら、原作追い越していいから、とっとと「ワンピース」の謎解いちまえ、と思ってるのは私だけだろうか。このままだと視聴率が落ちて、尻切れトンボのまま打ち切りってことにもなりかねないと思うが。

 ダラダラとテレビを見ているうちに睡魔に襲われ寝る。今日も女房はそのころになって起きてくる。困ったなあ、こうもすれ違いの毎日だと、女房のドジネタを日記にアップできないじゃないか(^o^)。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)