無責任賛歌
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また体調崩して仕事休み。一日の半分以上、寝て過ごすか、カメにエサやるか。 でも、日頃、職場での細かいデキゴトについては面白いことがあってもいろいろ差し障りがあって具体的には書けないので、家にずっといる方が、実は日記の内容は増えてしまうのである。難儀なこっちゃなあ。
しげが寝惚けやすい体質であり、しばしば夢と現実の区別がつかなくなる(比喩にあらず)ことは何度となくこの日記にも書いていることであるが、今朝のしげの夢は特にキョーレツなものであった。 起きるなり、しげは「ねえ、オレたち、グータロウさんの家もらったりしてないよねえ?」と、こうである。しげの寝惚けはいつものことではあるが、これはさすがに「はあ? なんだそりゃ?」と聞き返してしまった。 「グータロウさんちの風呂が手狭になったんで、檜風呂と温泉のある家に引っ越すことにしたって。で、今の家がいらなくなったから、オレたちにくれるって。夢かなあ?」 「夢だ夢。夢以外のナニモノでもないわ」 「でもオレって風呂好きやん? 檜風呂と温泉ならオレもそこに引っ越したいし、そんな風呂も無い家もらったってしょうがないとか思って」 「だから夢の話をさも現実の話みたいに勝手に進めるな!」 要するに、「風呂の広い家に住みたい」というしげの妄想が脳から洩れてきたわけであるが、ダシに勝手に使われたグータロウ君もいいメイワクである。だって、しばらく経てばしげの脳内で、この夢の話は“現実にあったことだけど、いろいろあって頓挫した”「現実」として認識されるようになることは目に見えているからである。 ……グータロウ君、今度会ったときには、「ウチはどんなことがあっても、家と土地は譲らないからね!」としげに念押ししといてください(-_-;)。誠にどうもすみません。
一応、ミステリファンのハシクレとしては、探偵モノっつーか、ミステリマンガはできるだけ目を通していこうと考えているのだが、最近はそれもなかなかままならないのである。なんたって、少年マンガのみならず、少女、青年コミックにまでフィールドを広げちゃうと、今や探偵モノは百花繚乱の状態で、とても全てに目を通すなど不可能なのである。……なんかねー、20年くらい昔、石森章太郎と高階良子くらいしか本格的なミステリマンガを描いてくれてなかった時期に比べると、隔世の感があるよね〜(一万光年遠くを見る目)。しかもどの作品とは言わないけど、当時のミステリマンガって、「本格」とか銘打っておきながら、使われてるトリックが「氷を錠前に挟んでおく」とかいうのだったりするしさあ(-_-;)。 それを考えると、『探偵○園Q』だろうと『名探偵○ナン』だろうと、はるかに「秀作」なんである。『Q.E.D.』や『爺さんと僕の事件帖』などに至っては、そのへんのチンタラミステリ作家顔負けの完成度の作品を送り出してすらいる。ミステリファンにとっては、もう舞い上がっちゃってクアドラブルして見せちゃいたいくらいの喜悦の時代なのであるのだが、スタージョンの法則通り、一将功成りて万骨枯る、傑作の陰には凡百の駄作愚作が死屍累々、というのも現状ではあるのだ。 ウチで買ってるマンガは8割がた夫婦共用で私が読むものはしげも読むのだが、北崎拓の『なんてっ探偵アイドル』と山口譲司の『ミステリー民俗学者八雲樹』についてはしょっちゅう「なんでこんなつまんないの買い続けてるの?」と文句をつけてくるのである。ちょうどこの新刊2冊がダブって発売されたものだから、立て続けに読んだしげのゴキゲンがナナメを通りすぎて直滑降してくれた。 「もういい加減買うのやめて!」 そのケンマクがあんまり激しかったので、いったいナニゴトか、とひるんでしまった。 「『なんてっ探偵』のほうはイメチェンとかメンバーチェンジでもう誰がどのキャラだかわかんなくなってるし、『八雲』は探偵ものがどうのって以前に絵がヘタで見てらんないし、腹立って腹立って!」 なにもそこまで、とは思うが、確かに『なんてっ探偵』17巻の方はクライマックスが近いのか、ミステリがどうのというより、アキラの恋の行き先がどうのとか、梨奈の妊娠がどうだとか、ラブコメ要素の方が強くなっている。確かにこれなら無理して買い続けなくてもいい感じではあるけれど、ここまで来たし、あとちょっとはガマンしてもらいたいものだ。……『八雲』はわかった。諦めます(+_;)。
『ウルトラ』シリーズの新作タイトルが『ウルトラマンネクサス』に決定。なんだかまたややこしいタイトルを付けたものだけれど、この「ネクサス」っての、日本語訳すると「関連」って意味だけれど、多分、「絆」って意味を込めて付けたんだろうな。「超人絆」。……これがウルトラマンの名前かね?
旧・円谷ファンのみなさん、『ティガ』以来ずーっと感じてきている、なーんとも言えない「胡散臭さ」っつーか、「薄皮が張りついてるような感じ」、今度もまた感じませんか? 『コスモス』で「専守防衛」に回っちまった展開に、もうすっかり円谷作品を追いかける気力をなくしてしまった私ですが、それでも1話、2話くらいは見てしまうのでしょう。もういちいち感想書いたりはしないかもしれませんが。いやもう今の子供たちの「ウルトラマン」や「怪獣」に対する思い入れと、私らのそれとではエベレストとマリアナ海溝の差くらい、距離がありそうで、なんか書いたってなあ、という思いがどうしてもしてしまうわけなんですよ。散々いろんな作品に文句つけてきたオマエが、今更何を言ってんだ、と思われるかもしれませんが。 確かに、この日記では、いろんな作品についてあーだこーだと文句タラタラ、言いたい放題のことを書き連ねているわけなんですけれども、実際「なぜ書くのか?」ということについては「考えたら書く理由なんてなくなるから、考えないようにしよう」と日記書き始めた最初から決めてるんです。別に文句をつけることで、その作品の関係者が偶然でもこれ読んで反省してくれたら、とか、そんなことを私ゃこれっぽっちも考えちゃいない。私ゃ啓蒙家でも警世家でも教育者でも預言者でも何でもありゃしませんから、「オレの歌を聞け!」……もとい、「私の言葉に耳を傾けよ」と人の胸倉掴まえて何か言い聞かせたいなんて欲望はないんです。もともと女房が始めた劇団のホームページの「宣伝」の意味しかありませんでしたからね。けど、書くことがないからと言って、何も書かないんじゃ宣伝にもなんにもなりゃしない。だからともかく「その時思ってたことを理由なんて考えずに書く」。それをしてきただけなんですね。 実際、私は自分の意見なんて最大公約数的なありふれたものとしか思っちゃいません。読んで面白いとも思わない。けれど、そういう「ありふれてる」意見だからこそ、そういうのがネットに溢れていくと、自然とそれが一つの「時代」に対する「雰囲気」を作り上げていくことになる。その時代がどんな時代であったかという「記録」の一つになるんですね。それくらいの「意味」でならこんな駄文にも書かれるだけの存在価値はあるでしょう。ひと世代、ふた世代あとの人が、「ふーん、自分の生まれる前、この作品はこんな捉えられ方をしていたのか」って考える材料の一つになりゃ充分、その程度のものですね。 でもそれでも『ウルトラマン』の新作については、ひとつ作られるたびに、何か言いたい思いが雲散霧消してしまう。……言ってどうする? 今の円谷は、昔の円谷とは全く違うものなんだよ? ……そのヒトコトで終わっちゃうからなんですね。 『ティガ』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。 『ダイナ』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。 『ガイア』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。 『コスモス』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。 『仮面ライダー』が、昔のものと形は変われど本質的に石森章太郎テイストは失っていないのに比べて、『ウルトラマン』は何をしようとしているのか。……それ考え出すと、虚しくなるばかりなんですよ。もう、文句言う元気もないってゆーか。
それでもまあなんだかなあ、と思ったことが一つ。いやもう重箱の隅で、ホントにたいしたことじゃないんだけれども。 記事によると、その『ネクサス』、「1966年に『ウルトラQ』がスタートして38年。テレビシリーズとしては01年7月の『ウルトラマンコスモス』以来の新作で“14”作目」になるとか。……あれっ? 『ウルトラQ 〜dark fantasy〜』は? って思った人、多いんじゃないですか? 一応、番号ふって数えてみました。ただし、劇場版、ビデオシリーズ、海外シリーズは除いてます。
1,ウルトラQ 2,ウルトラマン 3,ウルトラセブン 4,ウルトラファイト 5,帰ってきたウルトラマン 6,ウルトラマンA 7,ウルトラマンタロウ 8,ウルトラマンレオ 9,ザ・ウルトラマン 10,ウルトラマン80 11,ウルトラマンティガ 12,ウルトラマンダイナ 13,ウルトラマンガイア 14,ウルトラマンコスモス 15,ウルトラQ 〜dark fantasy〜
……16作目じゃん(^_^;)。多分、『ウルトラファイト』と『ウルトラQ 〜dark fantasy〜』が忘れられてるんでしょうね。『ファイト』はともかく、現在放送中の作品まで忘れられてるとはねえ……。だから、「今の円谷は昔の……」。 もう何も言いますまい。ふう(´。`;)。
大麻取締法違反で執行猶予中の作家、中島らも氏が、今月15日、飲食店の階段から転落して、重傷を負い、現在入院治療中、というニュース。 らもさんだけに、もしかしたらまた……という心配がなきにしもあらずなのだけれど、「重症」というのがどの程度なのかが気になるのである。復帰することが可能なレベルなのか、それとも……。 なんだか歯切れの悪い表現しかできなくて申し訳ないのだが、明らかに「破滅型」の作家さんにとっては、自滅していくことも「運命」なのである。人情として、どこかで止めてあげることはできないものか、とは思うのだが、仮に「更生」した「中島らも」がここにいたとして、彼に作家としての魅力があるのか? と問われれば、残念ながら「ノー」と言わざるをえない。 世の中には、破天荒な生き方しかできない人、デタラメな生き方しかできない人、転落の道しか歩めない人というものはいるのだ。そしてそれが本人の選んだ道であったなら、他のなんぴとも口出しすることはできない。 ……今、言えることは、まだらもさんの脳が働いているのなら、これまでの一連の「事件」を、全て小説なりエッセイなりにまとめて、「作家」としてまた立っていただきたい、ということだけだ。
DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ FINAL』4、5、6巻。 マンガは前記の『なんてっ探偵』17巻と『八雲』8巻。
2003年07月22日(火) オタクの末路?/『吼えろペン』8巻(島本和彦)/『フロイト先生のウソ』(R・デーゲン)/DVD『マジンカイザー死闘!暗黒大将軍』 2002年07月22日(月) 角川+大映=…?/『楽勝!ハイパー▽ドール』vol.2(伊藤伸平)/『スレイヤーズすぺしゃる�魁,襪覆討�・へすてばる』(神坂一)ほか 2001年07月22日(日) 愚か者の舟/『ハッピーマニア』1巻(安野モヨコ)ほか
目覚めてもまだ、昨日の湯浅憲明監督死去のショックが尾を引いている。 何だかフッと魂が抜けたような、そんな感覚。平田昭彦さんが、天本英世さんが亡くなった時も、こんな感覚に襲われた。後進に何かを語れるほどのナカミも築き上げられてはいないのに、敬愛する先輩たちが次々と去っていかれる。みんな私を置いていく。『ポーの一族』ではないが、そんな心境だ。 それでようやく気がついたのだが、私はまだ、「昭和ガメラ」の続編が湯浅監督の手によって作られることを期待し続けていたのだった。 もちろんそれは無意識の領域でであって、理性で判断するなら現実にそれがありえないことは承知している。『宇宙怪獣ガメラ』を見れば、1980年の時点で湯浅監督にそういうパワーが無くなっていたことは歴然としていた。 それでも私は(いや、多分全ての「昭和ガメラ」ファンは)、「ジグラ」との対決がガメラ最期の戦いではないと信じて疑わなかった。197“2”年度作品として作られる予定だった『ガメラ対双頭怪獣ガラシャープ』も、湯浅監督がきっと「完成」させてくれるものと思いこんでいたのだ。理屈ではない。ある意味これは「信仰」に近かった。晩年の本多猪四郎監督の『ゴジラ』復活は期待していなかったのに、湯浅監督には無条件で全幅の信頼を置いていたのだから。恐らくそれは、湯浅監督があちこちで語っていた怪獣映画への情熱を聞いていたからだろう。80歳で映画を撮った監督はいくらでもいる。70歳なら、まだまだだ。そう思っていたのに。 一人、また一人と先達をなくしていくにつれ、「信仰」を私たちは捨てざるを得なくなっている。ひたすら寂しい。
時折、アタマの中がホワイトアウトしたみたいに「ぼおっ」としてしまうのだけれども、今日はキャナルシティで劇団四季のオリジナルミュージカル、『ユタと不思議な仲間たち』の公演を見にいく日なのである。ぼおっとしてるから、で休むわけにはいかない。 家を早めに出たので時間は充分にある。「大東苑」で焼き肉を食べて(もちろん大半はしげの胃の腑に納まっている)、しげのショッピングに付き合う。この間からしげは髪止めに凝り始めたので、好きなのを一つ、二つ、見繕う。 「金魚柄に凝りようと」と言ってしげが選んだのは、まさしく金魚鉢の中に金魚が浮いているようなプラスチックのボール二つを、ゴムでつないだもの。歩くと、そのボールの中の金魚が揺れて見える、という仕掛けである。洒落ているというよりはなんだか玩具っぽいが、色っぽいのはしげには全く似合わないので、こういうののほうがいいのだろう。
ふと、イベント告知のポスターが目について、しげの目が丸くなる。何と今度の土・日曜日に、USJの「ブルース・ブラザース・ショー」がここキャナルシティであるというのだ。 当然しげは見たがるものと、「行きたいなら、行こうか?」と水を向けたのだが、なんだかしげの様子がおかしい。眉間にシワを寄せて、首をぐるんぐるん回し、どうやら悩んでいる風である。何を悩む必要があるのか聞いてみるとこういう返事である。 「……だって、ニセモノだし……」 そりゃ、ホンモノであるわけがない。第一、片方は本物だって亡くなっている。「じゃあ、行かない?」と聞いたら、「行く!」と即答する。 「ああ、でも、ニセモノだとわかってるのに見たいって思うのは、ダンに悪い? タモリのファンなのにコージー富田で我慢しようってそういう感じ? それってファンとしてダメってこと? ああ、でももしダンに全然似てなかったらどうしよう」 ……まあ、好きなだけ悩んでつかあさい。
開演20分前に福岡シティ劇場へ。 今回の『ユタ』は、キャナルシティ8周年記念のご招待公演。5000円以上キャナルで買い物をした人がレシートを集めて応募すると、抽選でチケットが当たるというキャンペーンをやっていたのである。私も本やら本やら本やらを買って7通ほど応募したら見事にペアチケットが当たったのであった。 そういうことなので、客層は見事にバラバラである。家族連れから若いカップル、ご老人から子供まで、老若男女ひと揃い、という感じで会場は満席。どうやらキャンセルした人はあまりいなかったようだ。そりゃ、ロハで芝居が見られる絶好の機会だからねえ。 私たち夫婦は、2階席のかなり奥まったところであった。私の視力では到底舞台は見えないので、オペラグラスを取り出そうとしたが、いつもはバッグに常備していたはずのそれをどこかに置き忘れている(おそらく家の、本の山の中のどこかだろう)。仕方なく、劇場でオペラグラスを借りて鑑賞することにした。 芝居自体はそこそこの面白さ。ファミリーミュージカルだから、セリフに説明的なところが多いのは致し方ない。ほかにも細かい不満はちょこちょこありはするのだが、そもそも『ユタ』が「ミュージカル」に向いた題材だったかどうか、という点はかなり気になった。役者さんたちの熱演を見るにつけ、かえってミュージカルと東北ファンタジーとの間の違和感を覚えないではいられないのである。 見終わったあとで、しげが「ファミリーミュージカルならあんなものなのかなあ」と呟いていたが、必ずしも家族向け、子供向けの芝居がワンランク、ツーランク下とは限らない。今回の芝居はやはり題材にちょっとムリがあつたと思うのである。 それにしても、「座敷わらし」の末裔である「ガメラ」の監督が亡くなられたことを知った直後に、その元祖「座敷わらし」の物語の芝居を見ることになるとは、何と哀しい因縁であることか。
帰りにHMVに寄って、『シュレック2』のCDを購入。エディ・マーフィとアントニオ・バンデラスのデュエットによる「リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ.」は、この一曲だけでもこのCD買ってよかった、と言えるくらいの出色の出来。 帰り道、ヤマダ電器に寄ってDVD‐Rほかを買う。 そのあといきなりしげにカラオケに誘われた。割引券があるのでもったいないから使おうというのだ。あまりそんな気分じゃなかったが、少しは気分が晴れるかと、久しぶりに2時間熱唱。しげは今度の芝居で使う予定の『新エースをねらえ!』のテーマソングとかを歌っていたが、私は熱唱系を避けて、静かな「癒し系」(ヤな言葉だけどそういう気分の時もあるのよ)の歌ばかり選ぶ。と言ってもやっぱりアニソンだけど。「まんが日本昔ばなし」とか、カラオケで歌ったのはじめてじゃないかな。
帰宅したのはまだ日も高いうちだったけれど、なんだかどっと疲れていた。
DVD『住めば都のコスモス荘』1・2巻。 読んだ本、マンガ、吉崎観音『ケロロ軍曹』1〜5巻。 あだち充『KATSU!』13巻。 清水としみつ『巨神ゴーグ』。
2003年07月21日(月) うらんでやるわああああっ(^o^)/映画『星空のマリオネット』/『花の高2トリオ 初恋時代』 2002年07月21日(日) アニソンしか歌えないわけじゃないけど/DVD『千と千尋の神隠し』/『吼えろペン』5巻(島本和彦)ほか 2001年07月21日(土) やたら長長文になっちゃいました。すみません/『裏モノ見聞録』(唐沢俊一)ほか
今年一番の猛暑。どこぞでは39.5度を記録したとか、40度を越えたところもあるとか。 福岡でも、街を歩くとあちらこちらで、体力のない女子供や老い先短い老人が熱中症で倒れ伏している(嘘)。
こういう暑い日には訃報があるんじゃないかと危惧していたら、やっぱり「昭和ガメラ」の湯浅憲明監督が物故。でも亡くなってたのは6月14日のことであった。死因は脳梗塞。享年70。 発表がここまで遅れた理由はよく分らないが、「葬儀は近親者のみでおこなった」と記事にあるから、多分、ご本人のご遺志だったのだろう。 「昭和ガメラ」シリーズが終了して30年以上、テレビの『コメットさん』や『刑事犬カール』『ウルトラマン80』などから数えても何十年もの間、映画、ドラマから離れていたわけだから(いやまあ、『コスプレ戦士キューティナイト』の監修とかあるけど)、実質的には引退状態だったのだろうが、不思議なことにそんな印象がない。なんだかつい最近も映画を撮っていたような気すらする。それだけ、私たち「ガメラファン」の心の中に、湯浅監督が「今も」生きていたということなのであろう。
「私たち」と書いたが、40代以上で自分のことを「ガメラファン」だと自信を持って言い切れるファンがいったいどれだけ生き残っているのだろうか。「平成ガメラ」ファンではない、「昭和ガメラ」ファンの、である。 東宝の「ゴジラ」シリーズに比べて、大映の「ガメラ」シリーズはどうしても後発ゆえの謗りを免れず、「ゴジラよりもガメラのほうが好きだ」と言えば、かつては(今でも)いっぱしの特撮ファンから鼻であしらわれたものであった。いわく、「特撮がチャチ、金がかけられていない」「ストーリーが子供向け、子供騙し」「そもそもカメが空を飛ぶってだけでお笑い」……それを言うかな。 ともかくゴジラシリーズに比べれば、子供向け路線が露骨だったのが「オトナ」から見れば「馬鹿馬鹿しい」と捉えられていたのだろう。なんたってガメラは「子供の味方」である。なんであんなドデカイ怪獣が子供にだけは味方をしてくれるのか、リクツを考えていけば確かにオカシイのだが、しかし、それを当時子供だった我々は別にツッコミもせず素直に受け入れていた。設定のチャチさに気付いていなかったのではない。チャチであろうと、その設定の魅力が子供たちの心を捉えて離さなかったのだ。テレビの特撮番組で、ピアノ線を発見して笑っていた子供たちも、ガメラには不平を言わなかった。ディテールに突っ込むのとはわけが違う。「子供の味方」であることを否定することは、ガメラの存在自体を否定することになる。自分の友達を否定できる子供など、誰がいるだろう? 我々は『ガメラの歌』を、『ぼくらのガメラ』を、『ガメラマーチ』を本気で歌った。『ゴジラマーチ』は誰も本気で歌わなかったのにである(いや、一応こっちも歌いはしたけど)。
ガメラは子供にしか分らない友達だった。もっと具体的に言えば、「孤独な子供」にとっての友達であった。ガメラシリーズでガメラの「友達」に選ばれる子供はほんのひと握りであり、それも子供たちのグループからはどこか外れた、「規格外」の子供たちである。核家族化が進み、「鍵っ子」が社会問題化していたあの時代、「村八分」な目に合っていた子供たちは多かった。怪獣ファン、アニメファン、そういう子供たちは確かにたくさんいたが、中でもガメラが一番好きだ!と断言できる子には、「のび太」のような「いじめられっ子」が多かったのではないか。その意味でガメラは「座敷わらし」と同じく、「ある特殊な子供にしか見えない」民俗なのである。我々は座敷わらしの伝承は失っていたが、代わりにガメラを得ていたのだった(今の子にとっては、これが「トトロ」あたりになるのだろう)。 だからこそ言えることがある。 オトナになって、「昔のガメラって、今見るとつまんないよね」と簡単に言ってしまえるのは、座敷わらしが見えなくなっているのと同義なのである。いや、大人になっても妖精の存在を信じているのはデンパさんであろう。私だって、別に「ガメラが本当にいてくれたら」なんてことが言いたいわけではない。オトナになって、夢見る心や純真な子供の心を失ったとか、そのことを憂えたり、童心主義を礼賛したいわけでもない。 人間として作りあげられてきた自分、「文化」としての自分を、そんなに簡単に否定してしまっていいのか、ということなのである。
「平成ガメラ」が復活した時、我々ガメラファンは喜んだ。“どんな形であろうと”、ガメラが再び見られる、こんな嬉しいことはないからだ。だから、物語がリアル路線に切り替わろうが、ガメラから背中のウロコが消えようが、ギャオス以外のライバル怪獣を一体も復活させなかろうが、「藤谷文子、子どもじゃないじゃん」と腹が立とうが、監督が「別にオレたちガメラファンじゃないしぃ」と公言しようが、脚本家が「『キングコング対ゴジラ』を参考にした」とライバルのコンセプトを持ち込もうが、特撮監督が「所詮カメじゃん」とのたまおうが、数々の暴言、失言について「我慢」したのだ。いやしくもプロである彼らは、不満を抱えつつも「カッコイイ」ガメラを現代に蘇えらせてくれたのだから。 それでも彼らは、いったんは「許しがたい」暴挙に出ようとした。あのガメラのトレードマークである「回転ジェット」を「リアルじゃないから」と外そうとしたのである。それが会社の反対にあって渋々復活し、結果的にそれは平成ガメラ第一作で一番燃えたシーンになった。これがガメラファンの溜飲をどれだけ下げたことか。
映画として、平成ガメラの方が昭和ガメラに比べてはるかに見応えがあるのはわかる。普通に特撮映画ベストテンを選べば、昭和ガメラは一本も選ばれなくても、平成ガメラはランクインするだろう。しかし、映画の完成度と、「好き」度、あるいは自分を作ってくれた何かに対する愛情度、感謝度とは、必ずしも比例はしない。特撮ファンが昭和ガメラシリーズで評価するのは、せいぜい『大怪獣ガメラ』『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』『大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス』までである。私も、特に映画ファンでない人に「面白いよ」と勧めるならギリギリここまでである。しかし、登場する子供たちが大活躍し、ガメラの窮地を本当に助けたのは、実は第四作の『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』以降なのだ。 『バイラス』でスーパーキャッチ光線を反転させ脱出するアイデア、『ジャイガー』でガメラ体内の幼虫を退治するアイデア、どれもありきたりなもので今の若い人にはつまらないと感じられるかもしれない。けれど、我々が当時あの映画を見ていたとき、私たち「子供」は、確かにあの子供たちと「一緒になって」ガメラを助けていたのだ。
唐沢俊一氏の『ガメラを作った男―評伝 映画監督・湯浅憲明』を読むと、湯浅監督はかなり計算高い人で、子供を主人公にしたのも、ゴジラの後発作品で二番煎じの謗りを受けつつも客を呼ぶための「策」であったことが語られている。こういう記述を見るとすぐに「商業主義」と非難する人も多いが、これはそういうレベルの話ではない。安易なキャラクター造形力では、たとえ子供を主役にしたところで、子供の共感を得られるものではないのだ。 湯浅監督は決して子供を「無力な存在」としては描かなかった。大人では気がつかないちょっとした知識、感性、それだけでも充分大人顔負けの活躍を見せてくれること、いわば江戸川乱歩の小林芳雄少年や明石一太郎少年の末裔としての少年像を、そこに描いてみせてくれていたのだ(あのね、大人の知識持ってるのに姿は子供、なんてインチキとは違うんですよ)。 いつもは、誰か好きな役者さんや監督さんが亡くなると、ネットをあちこち散策して感想を読んだりするのが常なのだが、今回はやめた。なんかねえ、半可通なオタクがヘタに昭和ガメラを「分析」して貶すのを見たりしたら、さすがに泣きたくなりそうだから。
昭和46年、私は大映の倒産を学校帰りの道端で、友達から聞いた。 ガメラがもう作られなくなることも。 あの時の、友達の寂しそうな横顔と、目の前に広がる田んぼの何事もなかったかのような風景は、今も目に焼きついたままである。あの友達は、今もまだガメラファンだろうか。あの時の田んぼはとっくに潰れてしまっているけれども。 ゴジラは何度中断しても、絶えることなく作られてきた。ゴジラファンは、ゴジラの姿形が変わっても、「やっぱりゴジラだ」と思って映画館に足を運ぶのだろう。けれどガメラは、やはり昭和46年のあの日以来、帰って来てはいない。今、あのガメラの背中に乗っているのは、きっと湯浅監督なのだろう。
2003年07月20日(日) もう今更ロリコン犯罪にも驚かないし/『バジリスク 甲賀忍法帖』1巻(山田風太郎・せがわまさき)ほか 2002年07月20日(土) 漫画映画復活!/映画『猫の恩返し』/『ああ探偵事務所』1巻(関崎俊三)/『美女で野獣』1巻(イダタツヒコ)ほか 2001年07月20日(金) 一人で見る映画/映画『千と千尋の神隠し』
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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