無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年05月08日(土) またまたクレーマーの話。

 しげの帰りはいつものごとく午前様。というかもう朝の4時である。
 早めに目がさめたので、今日は少しばかりしげと会話ができる。けれどどうもしげの機嫌があまりよくない。どうしたのかと思っていたら、「昨日、あんたウチの店に来たやろ?」と聞く。
 昨夜、映画の帰りにしげの働いてる店に寄ったことを言っているのだが、それがいったいどうしたのかと聞き返してみると、「○○さんの態度って、失礼だった?」と聞き返して来る(○○さんというのはしげの同僚で、夕べはホールで接客の仕事をしていた)。
 私には別にそんな記憶はなかったので、「別に?」と答えたが、しげはやはり浮かぬ顔である。どうも遠回しなモノイイで、何かがあったのかどうか、よくわからない。もう少し詳しく言ってくれ、と頼むと、重い口を開いて、「さっき、クレームの電話があったと」と言う。
 何でも、その○○さんの接客態度が気に入らなかったお客から、電話があり、「責任者を出せ!」とエラい剣幕だったらしい。その時間の責任者はしげだったので、「私です」と答えて応対していたのだが、ともかく何を言って謝っても相手は聞く耳を持たないのだと言う。「申し訳ありません」と言えば「謝ればいいと思ってるだろう」、「上の者に伝えます」と言えば「そうすりゃ自分の責任を回避できるだろう」とか、しげが何か口を開くたびに相手は激昂し、ついには「本社に訴えるからな!」と捨て台詞を残されて一方的に電話を切られてしまったとか。
 「酔っ払ってたんじゃないのか?」
 「かもしれないけど、本社に報告されてクビになったらどうしよう」
 「ないよ、そんなの」
 しげがどうも落ちつかないのは、いったい何で文句を言われているのか、納得がいかないということなのだった。仮にこれが原因で仕事を辞めなければならなくなるとしたら、自分に落ち度があるわけでもないのに、こんな理不尽なことはない、と言う。
 確かに、しげの話を聞く限り、しげに何か落ち度のようなものがあるとは思えない。だいたいしげ自身、問題の当事者ではないのだ。しげが「理不尽だ」と主張するのももっともである。
 そのお客さんが何に腹を立てたのかは分からないが、それも多分そうたいしたことではないのではないか。虫の居所が悪くてヤツアタリしたとか、そんなところだろう。この手のクレーマーはたいていは相手をペコペコ謝らせたらそれで気が済んで、それ以上は絡んでこないものだから、そう大変な事態に発展することはないと思うよ、と慰めておく。
 客商売をやっていれば、どうしたってその手の理不尽なクレーマーには必ず出会う。会社の方だって、それくらいのことは承知の上だろうから、仮にクレームが本社まで伝わっても、それまでのしげの勤務成績から考えて、本社がしげの首を切ることはあるまいと思われる。しげは確かに大雑把で乱雑で失敗も多いが、カネの絡んだ仕事に関して手抜きはしない(エラい信用の仕方であるな)。多分、本社の方もそれくらいのことは把握してるだろうと思う。
 それに万年人手不足の状況で、この程度のことでクビは切られやしないって。


 今日は一日、仕事で出張。いろいろ会議に出るのだけれども、結構ギスギスした方々がいらっしゃるので、正直言ってツラかった(T∇T)。こんなケツロン出してていいの? という疑問もないわけではないのだが、さっきのクレーマーではないが、「自分が正しい」と思いこんでる人を相手にして何か文句を付けても事態は紛糾して悪化するばかりである。「こうしたほうがいいと思うんだがなあ」というアイデアは、たいていの場合、相手のプライドを傷つけ、逆切れさせる結末になる。自我肥大を起こしてる人間というのは、別にこちらが相手を見下しているわけでもないのにこちらの一挙手一投足に難癖を付けて、勝手に「馬鹿にされている」と思いこんでくれるから、厄介この上ないのだ。
 同僚からも「あんたは自己主張をしなさ過ぎるんじゃないか、いいアイデアがあればもっと出せば」、とか言われはするのだが、それで逆恨みされて足を引っ張られるような事態になれば、元も子もない。適当に相手を立てて、相手の気がつかないところで状態が悪化することをなんとかフォローするくらいのところが関の山なんである。……でもそうしてたらそうしてたで「あいつは仕事してない」とか陰口叩かれることになってしまうから、これもまた面倒臭くて仕方がないのだ。
 ……そう考えると、今、私の仕事上の評価が上がってきているのは、トンガリさんのおかげかなあ、とも思ってしまう。なにしろあの人が仕事をしないものだから、反作用的に彼女の仕事をフォローしている私の仕事ぶりが評価されているのである。皮肉な結果だが、私ゃトンガリさんに感謝せにゃならんのだろうか。
 ……んなこたないって(-_-;)。

2003年05月08日(木) ある終焉��
2002年05月08日(水) ピンクの象は出て来ません/『ホーリーブラウニー』1巻(六道神士)ほか
2001年05月08日(火) 38℃線突破/『なみだ研究所へようこそ!』(鯨統一郎)


2004年05月07日(金) このへんで三馬鹿事件もおしまい。

 昨日に引き続き、全く休みのない一日。昨日よりも更に残業してあの仕事この仕事と片っ端から片付けていったのだが、例のトンガリさん、今日はまた連絡ナシの欠勤(総務には連絡入れてるんだろうから、「無断欠勤」扱いじゃないようだが)、途端に昨日まで続いていた顔面の痙攣が収まる。だからクリアー過ぎるって(~_~;)。

 これからまた忙しい日々が続くので、もう映画を見に行く時間も取れにくくなる。けれど見たい映画は、今年は本気で山ほどあるのである。その中には、しげも興味を持っていて一緒に見たいもの、しげは興味がなくて私はぜひとも見たいもの、の二種類があるのだが、後者はこれまで泣く泣く諦める場合が多かった。なにしろ一人で映画を見に行くと、しげが「浮気しに行くんじゃないか」とヤキモチを焼くのである。だから何度も書いてるけど、仮に私が浮気したとしたら、そのことも隠さずに日記に書くって。陰でイヤラシイことしといて平然と日記に嘘八百を並べたてられるような厚顔無知なマネはわしゃようせんわ。けれど最近はようやく私を信頼してくれるようになったのか、やっぱ浮気できる甲斐性なんてないわコイツと見切ってくれたのか、「一人で映画に行ってもいいよ」と言ってくれるようになった。だもんで、しげが「最初は興味あったけど、なんか見る気なくした」と言ってた、『真珠の耳飾りの少女』を、キャナルシティまで見に行くことにする。
 残業していたおかげで、着いて間もなく映画が始まった。主演のスカーレット・ヨハンソン、決してフェルメールの描いた少女に似てはいないのだが、撮影当時17歳とは思えぬ演技力で映画の中にぐいぐいと引きこんでくれる。『ノース』でデビューしたってプロフィールに書いてあったけど、どこに出てたっけ。

 映画を見終えて、当然「アシ」がないので、歩いて家まで帰る。途中、しげの店に寄って食事。仕事中なのでしげは営業スマイルである。まあやっぱりこれだけ長く一緒にのたくっていると(考えてみたら、出会ってもう、15年だよ)、たとえ微笑みであっても作り笑いは好きになれない。日頃の仏頂面の方がしげらしくて安心するのである。


 イラクの人質事件の一人、高遠菜穂子さんが、弁護士を通じて「国民の皆さまへ多大なるご心配をお掛けし、心よりおわび申し上げます」とするコメントを発表。
 先日の会見を欠席した高遠さんだが、自分たちが何をやったのかサッパリ自覚をしていない今井、郡山両氏に比べて、高遠さんの態度はひたすら恭順である。ああ、最初からこの態度でいたら、世論もああまで沸騰することはなかったろうになあ。
 確かにこの三人、見事なくらいに三馬鹿ではあったが、だからと言って批判はともかく、中傷を受けていいはずはないのだ。世間じゃ「批判」「批評」と、「中傷」「悪口」の区別もつかないやつらがゴマンといて、事件発覚以来いいエモノを見つけたとばかりに襲いかかり、家族や本人たちにイヤガラセをしまくっていたが、たとえ一人とは言え、納得のいく形で謝ったのだから、もうここらで矛先を引っ込めた方がリコウというものだろう。残りの二馬鹿はもうほっとけ。でなきゃ、「三馬鹿以上の馬鹿」の烙印、押されることになるぞ。

2003年05月07日(水) ある終焉��
2002年05月07日(火) この文も詭弁かもしれない(^o^)/アニメ『十二国記』第五話「月の影・影の海 五章」
2001年05月07日(月) フライド・エッグ・ムーン/『三毛猫ホームズの恐怖館』(赤川次郎・竹内未来)ほか


2004年05月06日(木) アメリカの真っ直ぐくん。

 『ボウリング・フォー・コロンバイン』のマイケル・ムーア監督の新作ドキュメンタリー映画『華氏911』が、ブッシュ政権を厳しく批判する内容のために、配給元のミラマックスの親会社であるウォルト・ディズニー社から全米配給を拒否されたとか。
 ディズニー社は「今回の新作は政治、宗教的に中立なディズニー社にそぐわないし、配給しない旨は1年前から伝えてあった」と主張している。どうもこの答弁で腑に落ちないのは2点あって、そもそもこの監督に映画撮らせりゃ、「政治的なもの」になると分かりきっているだろうに、なぜ製作自体を許したのか、ということだ。「まさかウチの下でまで政治映画は撮るまい」という甘い判断だったのか。お家騒動の喧しいディズニーのことだから、ゴタゴタの間になぜか企画が通ってしまった、というアホな事態も考えられなくもないが。
 もう一つはもちろん、「1年前に配給拒否の通達はしていた」というディズニー社の主張と、「こないだ通達されたばかり」というムーア監督の主張が食い違っている点である。よくわからないが、この映画の製作費はミラマックスから出ているのではないのか。ディズニーは「配給しない」と一年も前に決めていた映画の製作費をミラマックスが出し続けていることをずっと看過していたというのか。なんだかディズニー社の主張の方が私にはウソっぽく聞こえるのだが、向こうの映画製作のシステムがどうなっているかはよく知らないので、断定はしにくい。もっとも、この問題は今になって表面化したことではあっても、製作当初から波瀾を呼ぶことが予想された作品になることだけは間違いなかったようである。
 ムーア監督は「ディズニーは多数のテーマパークを有するフロリダ州の知事をブッシュ大統領の弟が務めているため、この映画を配給することにより減税措置が取り消されることを恐れたのではないか」と分析しているとのことだが、そこまで「政治的」に判断するのはいささか自己宣伝が過ぎているようであまり好ましく感じられない。概してこの監督のパフォーマンスは一人悦に入っている感が強くて、マジメに見ていくとどうも居心地の悪さというか、苦虫を噛み潰したような気分にさせられることも多いのである。
 『ボウリング・フォー・コロンバイン』でもムーア監督はKマートに銃弾を売らないように車椅子の被害者を連れて行ったり、チャールトン・ヘストンの自宅に銃で死んだ少女の写真をワザと置いていったりしている。映画造りのための演出として、これを一概に間違いだとは言えないだろう。銃に対するムーア監督の怒りは確かにこちらに伝わってはくるからだ。しかし同時に伝わってくるのは、監督の、例のイラクの人質にも通じるような純粋さと正義感の押し付け、反論を一切許さないように見える意固地さ、そしてそれらを全て含んだ「自己宣伝臭さ」である。そんなヨコシマな気持ちは自分にはない、とムーア監督は主張するかもしれないし、実際その通りなのかもしれないが、問題はそれが正しいか正しくないかではなく、「そう見える」ということなのである。たとえムーア監督ならずとも、こういう反銃社会や反戦といったテーマの映画は、殆どが「演出過剰」に陥り、ある作品は鬱陶しく、ある作品は滑稽にしか見えなくなることが多い。最近の例では『CASSHERN』がそうだったね。「何かを伝えよう」というメッセージ性そのものが、どうしても説教臭くなり、映像表現においては「何も伝えられない」どころか「反発」さえ生む「枷」となってしまうのだ。
 恐らく「間違っている」ものがいるとすれば、観客である我々のほうなのだろう。洋の東西を問わず、我々のメンタリティ、我々の他人を受け入れるキャパシティは、快楽至上主義的な風潮の中で、恐ろしく狭くなってしまっている。ムーア監督のパフォーマンスを笑って看過できないほどにである。しかし現実はそうなのだ。そのキャパの狭い、卑小な人間たちに対して、それでも「通じる」言葉を、表現を模索しなければ、たとえそれが映画という娯楽を媒体としたものであっても「政治」は語れないのである。ムーア監督が完全に失念しているのは、「話せばわかる」人間などこの世にはほんのわずかもいないという事実、監督が思っているほど大衆はリコウではないし、リコウになろうとも思っちゃいないという事実を認識しなければ、「政治はやれない」ということなのである。
 ……まあ、私がこの日記で政治についてあまり触れたがらないのも、私ゃリコウじゃないんで、自分の意見を「伝える」言葉も受け取るキャパも持ち合わせていないからってことなんですが(^_^;)。
 でもねー、もう一つ囁かれている「ムーア監督がこの騒ぎを起こしたのは、カンヌ国際映画祭のコンペ部門にも出品されているこの『華氏911』に注目を集めさせる意図があった」というウワサなんだけど、さすがにこれはウソであってほしいよなあ。「純粋真っ直ぐくん」は鬱陶しいけど憎めまではしないが、そこまで行けばこりゃオウム真理教と同じく、ただの詐欺師だからだ。


 休みがあまり続くと仕事がいつまで経っても始まらないんじゃないかと錯覚するのだが(そんなのお前だけだ)、うっかり休むことなくちゃんと出勤。
 車で職場までしげに送ってもらったのだが、入口の付近でちょうど例のトンガリさんと行き逢う。車の中からさりげなく指を差して、「あれが例のトンガリさんだよ」としげに示すと、しげ、大声で「ああ、あれが!」と叫ぶ。……ちょっと声が大きすぎて、いくら車の中だとは言え、本人に聞こえやしないかとビクッとしたが、本人は気付いたようすはない。しげが「会ったら挨拶して仲良くすると?」と聞くので、「挨拶くらいするよ」と答える。頼むからトンガリさんにまで嫉妬するのはやめてくれ。Y(>_<、)Y
 車から降りて、トンガリさんに「おはようございます」と挨拶する。会釈はするが、言葉は返してこない。でも私に対しては会釈をするだけマシなのだ。なんたって、ほかの同僚に対しては一切無視なんだから。あああ、またまぶたのあたりにケイレンが(+_;)。


 休みボケで仕事がうまく行かないのじゃないかと危惧していたのだが、そんな心配をしてられるヒマがないほど忙しいのであった。なんたって、連休のせいで実質的に一週間分の仕事が滞っているのである。……いやさ、国民の休日だから仕方ないんだけど、こんなに長いこと連休にしなくてもいいんじゃないか。せいぜい三連休で充分だって。
 ひと休みするヒマもなく、残業して、帰りはもうバスを乗り継ぐ元気もないくらいぶっくたびれていたので、タクシーを拾って帰る。風呂に入りながら大塚英志の著書などを読む。夭折したマンガ家かがみ♪あきらについての記述は、私もファンだっだけに涙無しには読めない。そのあとDVD『悪魔のような女』を見始めたが、15分もしないうちに疲れて眠ってしまった。

2003年05月06日(火) ある終焉��
2002年05月06日(月) やっぱり類友(^_^;)/DVD『シティボーイズライブ』/DVD『ブギーポップは笑わない』ほか
2001年05月06日(日) 襟足に寒気/『仮面ライダーSPIRITS』1巻(村枝賢一)



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藤原敬之(ふじわら・けいし)