無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年03月27日(土) 作りゃいいってもんじゃない映画だってある。

 AMCキャナルシティ21のポイント・カードがあと三つで満杯になる。ところがこのカード、有効期限が今月いっぱい。満杯になれば映画が一本タダで見られるので、このままホカしてしまうのはもったいないので、今日は朝から映画をハシゴすることにする。
 一応、しげも誘ったのだが、今晩は仕事があるし、昼のうち寝ておきたいというので、一人で出かけることにする。「重い」映画を連続して見るのは体力が続きそうもないので、時間の短い『ワンピース 呪われた聖剣』と『ルーニー・テューンズ バック・イン・アクション』のアニメ(『ルーニー』は実写との合成)2本を見る。
 両方とも見所がないわけじゃないけど、不満のほうが先に立つ出来。今年はアニメ・特撮関係の話題作がやたら多いから、この程度の出来だと簡単に埋没してしまうだろう。
 映画の合間に昼飯取っておこうと思って、中華料理屋に入ったら、220円のやたら安いソバがあったので、頼んでみたら油ソバだった。だったらそう書いといてくれよ。ああ、胃にもたれる(-_-;)。


 しげが携帯の表面にダン・エイクロイドの写真を貼ろうと、一昨日、キャナルの屋台(アクセサリー、小物等を売る屋台がズラリと出ているのがここの名物である)に頼んでシールを作って貰っていたのだが、昨日受け取りに行ったらまだ出来ていなかったとのこと。今日こそはゲット! と、しげも夕べまでは出かける気満々だったのである。それが今朝になって、結局は眠気に勝てず、私一人で行くことになってしまった。
 睡眠薬の効いた呂律の回らない舌で、「ウヘヒョイわヤヒュハヤ、シーユはっへもヤっヘヒへ(受け取り渡すから、シールを貼ってもらってきて)」と頼まれる。そんなに慌てて手に入れたがらんでも、目が覚めてから自分で取りに行きゃいいのにと思いはするが、口には出さない。店に行ってみると、サービスなのか、大きさの異なるものをいくつか作ってくれていた。店のお姉ちゃんに「どれを貼りましょうか?」と聞かれたのだが、そんなの分かるもんか。仕方なく、しげが渡していた元のプロマイドだけ返してもらって、現物のシールはあとでしげに取りに行かせることにした。指示間違えてあとで文句つけられても困るし。


 しげへのおみやげはまたコロッケ。四つ買ってきて二個ずつ分けようと思っていたのだが、寝惚けていたしげ、一人で四つ食おうとする。意識がないと本当に本能だけで動くヤツである。
 夜、7時からテレビで『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ栄光のヤキニクロード』。見たところカットがあったかどうかは気がつかなかった。『オトナ帝国』『戦国大合戦』のあと、小休止したようにアニメファンの言の端に上らなくなってしまったけれど、こういうひたすらギャグの連続の作品にこそしんちゃんの真価はあるんだから、そこを見損なった『オトナ帝国』礼賛は木を見て森を見ずの駄批評に過ぎない。けど、今朝見た『ワンピース』、ズームの手描きの作画がガタガタだったけれど、さすがに『しんちゃん』のスタッフは東映アニメーションとは格が違うのである。ジェットコースターシーンやサイクルレースシーンの作画の心地よさったらないね。
 次回作の『夕陽のカスカベボーイズ』、結構たっぷりとシーンを見せてくれたが、どう見てもチャールズ・ブロンソンのキャラクターの声が大塚周夫さんだったので、これだけでもう大満足(もっとも「マンダム」の声はブロンソン本人で吹替えられちゃいないけど)。大林宣彦にも見てほしいな。


 『ゴジラ FINAL WARS』のキャスティングが発表。
 主人公の、超人的な身体能力をもつ地球防衛軍兵士・尾崎真一役にはTOKIOの松岡昌宏。防衛軍主力戦艦の砲手が主な任務で、怪獣が出現すると戦場に赴き、特殊兵器を駆使して戦うとか。「超人的な身体能力」というのがかなりトンデモな要素になりそうな気配はあるな。ターミネーター並だったら笑っちゃうけど。
 一方、ヒロインで国連から派遣された分子生物学者の音無美雪役は菊川怜。「分子レベルで怪獣のルーツを探る」という設定がまたお笑い種になりそうな。怪獣のルーツなんか探って何になる? 初代ゴジラの「度重なる核実験」による突然変異、という設定以上のものを何か考え出せるのか? 「古代の超科学文明の遺伝子操作によって生まれた」とか「宇宙怪獣」とか、平成『ガメラ』のパクリになりそうな予感がまたしちゃうんだけどねえ。
 でもこのキャスト、ホントに豪華と言っていいんだかどうだか。特撮ファンは松岡や菊川が出るからって、「ふ〜ん」で終わりだと思うし、映画ファンは演技的にかなり?を感じるだろうし、誰が喜ぶんだろう、と首を傾げてしまうのである。東宝は一応、特撮ファン以外の動員も、と考えてるんだろうが、ハム太郎に群がってたおコサマと違って、松岡君や菊川怜のファンが『ゴジラ』見に来るとは限らんと思うのだがなあ。
 ともかくハム太郎のオマケはつかなくなったけれども、発想としては同じで、映画の完成度だけで勝負は出来ないと最初から踏んでるのである。殆ど唯一の自作シリーズにそんなに自信がないか。それとも何としてもヒットさせねばという焦りか。全く朝三暮四だけれど、果たして東宝の計算、当たるか外れるか。そんなことに興味持って『ゴジラ』見たくなんかないんだが。


 昨日書く時間がなくなってたんだけれど、女優の三ツ矢歌子さんが24日、間質性肺炎のために亡くなっていたことが25日になって判明。享年67で、まだまだ若い死去である。
 全くの偶然だけれど、ちょうど、二、三日前、何の脈絡もなく「三ツ矢歌子さん、亡くなっちゃうかも」と思っていた。実を言うと、ずっと以前、平田昭彦さんが亡くなったときも「平田さん、もしかしたら近々亡くなるかも」とか予感していて、それが当たってしまったことがある。三ツ矢さんのご主人、映画監督の小野田嘉幹氏は平田さんのお兄さんである。姉と弟の死を予感したことになるわけで、ただの偶然だとは思うのだけれど、少しは虫の知らせみたいなものもあったのだろうか。けれど、こういうのは当たってほしいものじゃない。
 三ツ矢さんは見た眼のふくよかさのおかげで、ドラマじゃたいてい、いいとこの優しいお母さん、といった役柄ばかりだった。それは「土曜ワイド劇場」の『京都妖怪地図』のシリーズですら同じだったのだけれど、一つだけ意外だったのが、名探偵明智小五郎シリーズ第一作『氷柱の美女』での畑柳倭文子役だった。二人の男を翻弄する妖艶な美女の役で、なんとヌードまで披露してくれる(でもどう見ても吹替え)。あれは私には完全にミスキャストにしか思えなかったのだが、それがかえって新鮮だったのか、この『美女』シリーズは延々30作近くも作られ続けた。明智の天知茂の魅力もさることながら、三ツ矢歌子の貢献度も高かったのだろう。「脱ぐ」というイメージが全く伴わない人だった。
 ここ10年くらいは舞台出演のほうが多いようで、あまりテレビでは見かけなくなっていたけれども、元気に活躍されていたものと思いこんでいた。実際、どうして急に、三ツ矢さん大丈夫だろうか、なんてふと思ってしまったのか、全然わからない。
 役者さんの訃報が立て続けである。まだまだ活躍していておかしくない人たちばかりだったことを思うと、そぞろ寂寥感にとらわれないわけにはいかない。

2003年03月27日(木) メモ日記��
2001年03月27日(火) 今日も伏字、明日も伏字/『トランジスタにヴィーナス』2巻(竹本泉)ほか


2004年03月26日(金) トシの変わり目の大掃除。

 年度末ってことで、今日の予定は職場の大掃除と机の移動。
 人事異動で役職がちょっと変わることになったので(出世はしていない)、場所を移るんだけれど、同僚がみんなどたばたしながら、席の離れる人、お近づきになる人と「どうもどうも」と挨拶をし合っている様子を見ていると、学生時代の席替えを思い出して、ちょっと楽しい気分になる。と言っても、デスクそのものを移動させるわけではなくて、荷物を持って引っ越すだけである。
 私の使っていたデスクを新しく使うのが、ごっつ美人の同僚なので、拭き掃除する手にも力がコモること(^o^)。でも1年間使い続けたせいでできたシミはちょっとゴシゴシ拭いたくらいではまるで取れないのだった。日頃から掃除しておけば、って、日頃はそんな発想、浮かぶはずもないのである。
 新しい机の上には、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』のガシャポンフィギュアを置く。もしも上司に「こんなふざけたモノを机の上に置くな!」と言われたら、「海洋堂を知らないんですか!?」と言い返してやるつもりなんだが、ウチの職場も最近は随分サバけてきたので、多分、何も言われやしないのである。十年前とは隔世の感があるなあ。


 半ドンで、残った仕事は同僚に押しつけて帰る。博多駅の「コロちゃんのコロッケ」でおみやげにコロッケを買い込む。こないだうどんにコロッケを乗せてやったらしげが飛びあがるように喜んだので、夕食にそれを作ってやろうと思ったのである。しげは夕べから仕事に病院と寝る間もなかったので、帰宅してもイビキをかいて寝こいている。いつもなら放置するところだけれど、今日は夕方から芝居に行く予定なので、いつまでも寝かしてあげるわけにはいかない。4時に「起きろ」と声をかけたが起きない。「起きたらコロッケうどん食わしてやるぞ」と言ったら起きた。全く食欲だけは睡眠欲に勝つやつである。


 芝居はメルパルクホール福岡で井上ひさしの『太鼓たたいて笛ふいて』。
 井上ひさしの芝居はいつも構成が弱くて前半はいいものの後半は情に流れて尻切れトンボ、ということがしょっちゅうだったが、今回は芸達者揃いの名演で、その弱点がかなり軽減されていた。いかにも現在のイラク戦争批判に聞こえてしまうセリフのオンパレードにはいささか閉口したけれども、大竹しのぶはそれをそうと聞こえさせない程に熱演している。それでもしげにはそのあたりのお涙頂戴と説教臭さが鼻についたようである。
 「田舎者に芝居は作れねえよな」とか、思いきり不遜なことを言っている。「林芙美子と西原理恵子は似ている」という意見には何となく同意。
 しげ、帰宅してもうどんを食いたがったので、また二人分作ってやったら、ペロリと食った。いくらなんでも食いすぎちゃうか。


 今日26日、午前11時30分ごろ、6歳の男の子が回転式の自動ドアにはさまれて死亡するという事故があった。場所は東京都港区の「六本木ヒルズ」の森タワー2階正面出入り口。亡くなったのは、溝川涼ちゃんで、大坂から単身赴任して来ているお父さんの光一さんのところに春休みを利用してお母さんと会いに来て、事故に合ったという。
 痛ましい事故ではあるけれども、捜査一課が業務上過失致死事件として、ドアの構造に欠陥がなかったか、メーカーやビル関係者から詳しく事情を聞いているってのにはどうにも首を傾げてしまう。「構造上の欠陥」って言うけどさ、どこかに故障があったって程度のことじゃなくてね、「回転式ドア」ってもの自体、事故が起きるのも当然って認識、持てない方が「異常」だと思うのである。
 「回転式ドア」がいつ頃から普及し始めたか分からないが、少なくとも私たちの子供の頃にはンなもんどこのビルにも見かけたことはなかった(自動ドアだって、昭和30年代後半から40年代初頭には殆ど見かけなかったころである)。だからアレを初めて見たときには、「誰かドジなヤツが絶対に挟まれるに決まってる!」と思ったものだった。センサーが付いて人が挟まれそうになったら止まる仕掛けになってるったって、物体を感知して停止するまでにどうしたってタイムラグが生じるだろう。間に合わないことだってきっとある、そうなったら電車のドアなんかと違って、あの手のドアは重いから、人死にが出たっておかしかないと思ってたら、今回のケースが全くその通りだったわけである。つか、今回が初めてのケースじゃないだろう。
 アチラのコメディにはこの回転ドアを使ったギャグがよく出てきて、人が挟まれる、閉じ込められて出られなくなる、恋人と泣き別れになる、外に出たと思ったらまた元に戻ってるなど、その不便さがさんざんからかわれているのだ。あまりにその手のギャグが氾濫しすぎたせいで、ピーター・セラーズが『ピンク・パンサー3』でそれをやったときにはそのシークエンスがまるまるカットされてしまったくらいである(『トレイル・オブ・ピンクパンサー』で復活)。
 いったいどういうメリットがあってあんな不便なドアを設置しているのか、ホテルやビルのフロント係がそういうドジをやらかすヤツをナマで見て笑いたいためじゃないかと疑いたくもなるのだが、実際、デメリットのほうが多すぎて理由が見当つかないのである。「回転式ドアの呪い」なんてものがあって、ビルの入口はそうしなきゃならないなんて思い込みに支配されてるんじゃなかろうか。
 うちのしげもあの回転ドアを通るとき、必ずタイミングをはかって何度も躊躇しながら飛びこんでやっぱり後ろから迫るガラスの壁に追いたてられて泣きそうになって出てくるのだが、こんなアホなドア、これを機会に全国のビルから撤去しちまったらどうか。それとも全国のドア業者(と言うかどうか知らんが)、「挟まれるヤツの方がドジだ」と言い切る度胸があるか?

2003年03月26日(水) メモ日記��
2001年03月26日(月) アカデミーよりラズベリー/『幽霊暗殺者』(赤川次郎)/ほか


2004年03月25日(木) 英語はニュアンスで読む。

 職場で英字新聞を読んでいたら、通りがかった若い子から、「藤原さん、英語が読めるんですか!?」と驚かれた。いやホントに眼を丸くしてたんだけど、私が英字新聞読んでるのって、そんなに意外かね。まあ、英語がデキそうな顔なんかしちゃいないのは自覚してるけど。一応、大学まで出ちゃいるから、スラスラとまではいかないけれど、辞書片手にならたいていの文章は読めるのである。もちろん手間はかかるから、外国文学を原書で読むことは滅多にしない(コンテンツの記事書くのに英語の文献も渉猟してるんだが、これにもエラい気力と労力がかかってるんである)。
 それに、読んでたのは芸能欄で、さほど難しい英語ではない。それに、細かいところはいちいち訳さないで、フィーリングで読んでるとこもあるから、たいした苦労はいらないのである。政治面とか経済面は専門用語が飛びかうのでよう読まんし。ついでに言っとけば、英会話はヒアリングが全然できないので全くのアウト。リーディング専門ね、あくまで。これも日本の受験教育の弊害だろうな、英会話の授業なんて私の高校時代には全くなかったから。
 その新聞には、ちょうど『真珠の首飾りの少女』『ロスト・イン・トランスレーション』の主演女優のスカーレット・ヨハンソンのインタビューが載ってたので、それを読んでいたのである。オフ・ブロードウェイの役者として活躍していたことなどが書いてあって、インタビュアーの「あなたがオーディションに受かったのは、その美しさのおかげだと思いますか?」という意地悪な質問に対して、「もちろんそうだと思うわ。けれど才能がなければ続かないわよ」(この「才能」は当然“talent”なので、後天的に身につけたものも含まれる)と返すあたり、見事なものである。子役出身者の常として、役者として認知されるために苦労をしただろう彼女の、したたかさ、凛々しさを感じるのである。表情は本当に「匂うように」繊細な美しさをお持ちの方なのだけれども。
 でも何と言ってもまだ19歳である。『ロスト』で共演したビル・マーレイについて、「おもしろくって、楽しくって、私、ホントの伯父さんみたいになついちゃったの!」とやらかすあたり、無邪気で微笑ましいのであるが、なつかれたビル・マーレイの方はなかなかに心がざわめいたのではないか(^o^)。彼女の清楚なたたずまいの中に漂う色気に悩殺されたい方は、この2本の映画を鑑賞されることをオススメする。


 仕事帰りに博多駅の「GAMERS」で、予約していた『鋼の錬金術師』の7巻ほかを買い込む。付録で手帳がついて来るのでわざわざ予約したのだけれど、オマケ4コマがついてたのがちょっとおトクだったかな、くらいのもの。でもこういう特別仕様の限定版も、コミック専門店でないとなかなか扱ってない。背広姿の人間がそういう店に出入りしてると結構異様に見られてしまうこともあるのだが(いつぞや天神の「アニメイト」で女の子に「ヒッ」と言われて避けられたことがあったぞ。くそ)、そういう理由で仕方がないのである。
 しかし『辣韮の皮』3巻にまでCDドラマの特典がついてたのには笑った。誰か喜ぶのか。でも久方ぶりに千葉繁さんが声優で出ていたので(「軍人くん」役である。ハマりすぎ)、私としてはこれは「買い」だった。相変わらず出てくるヤツらといえばもう、イタ苦しい同人腐女子だの、萌えオタクだの、ウンチク垂れ野郎だの、そいつらが読めばあっちこっちに突き刺さってくる内容なんだけれど(^_^;)。周囲の眼が見えず、思い上がってるだけのオタクどもは少しはカガミを見るつもりでこういうマンガも読んだがいいと思うが、鉄面皮も多いからなあ、この世界。かえって自分たちの存在が認められたと勘違いして、大手を降って世間サマの顰蹙買う言動繰り返しそうで怖いような気がする。

 風呂に入ってマンガ読んでたら、そのまま熟睡。読んでたマンガはオチる寸前に棚に置いたらしく、湯舟に落とすこともなく無事であった。そんなことした記憶はないんだけど(^_^;)。
 以前だったら、風呂でうたた寝しただけでカラダが冷えて、確実に風邪を引いていたのだが、今はまるで平気である。確かに健康にはなってきているらしい……だからって風呂で寝ていいもんでもないけど。


 『太陽にほえろ!』の野崎刑事役(通称チョーさん)、下川辰平さんが、今日25日、午前3時半、敗血症のため福岡市南区の病院で死去。享年73。
 殉職する刑事ばかりの中で唯一、「転職」という形でレギュラーから外れたことを、放映当時は、チョーさんにだけ見せ場を与えてあげないとはなんてヒドイ話だ、と憤慨していたものだったけれど、おかげで『七曲署捜査一課’97』が復活した時、初期レギュラーで再登場を果たせたのはチョーさんだけだった。そのころ既に随分と老けこんでいらして、どこかからだを悪くされているのではないかと訝っていたが、今思えばまだまだ元気でいらっしゃったのだろう。渋い、贔屓の役者さんがまた一人いなくなってしまった。

2003年03月25日(火) メモ日記��
2001年03月25日(日) ハカセ登場!/『カムナガラ』1・2巻(やまむらはじめ)ほか



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