無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年12月31日(火) あまりノロケてるって受け取らないようにね(^_^;)/『エクセル・サーガ』10巻(六道神士)/『永井豪作品全書』ほか

 11年目の結婚記念日である。
 てことは、ギリギリ20代で私は結婚してたのだな。
 でも11年経っても人間的成長なんて1年分くらいしかないような気がするなあ。しげと結婚して唯一悟ったことは、「バカには勝てん」かも知れない。

 こうしょっちゅう夫婦喧嘩ばかりしていると、仲がいいんだか悪いんだか、読者の方の中には判断がつかないと仰る方もおられるようだが、それは人生の機微を知らぬ者の言いぐさである(←エラソウ)。
 人間、くっつくも別れるも全て「縁」なんで、仲がいいか悪いかとか、愛情があるかないかとかは、たいした要素じゃないんである。
 我々自身、「リコンの危機やね」が口癖になっていながら(言ってるのは一方的にしげなんだけれど)未だにくっついてるのは確かにフシギではある。しかしその理由を説明しろったってやっぱり「縁でしょうねえ」としか言いようがないのだ。
 「続いてる秘訣はなんですか?」とか「羨ましいですね」とか言われることも多いが、まだ11年しか経っちゃいないんだけどねえ。実際、年がら年中、マンガだのアニメだの特撮だのと騒いでDVD買いこんでるアホと、家事一つできない生活無能力者の夫婦のどこが羨ましいんだか。どうも皮肉や揶揄ではなく、本気でこういうこと言ってるらしいんで、困惑してるのは我々の方なんである。
 それとも、我々の存在が羨ましくなるくらいに世の中には不幸な人間が増えてるのかなあ。冷静に考えてみたら、我々なんて「ああはなりたくない」サンプルだろうに。
 もちろん、ある意味では我々夫婦も「円満」であると言えなくもない。今んとこ私も浮気はしてないしする気も全くない。しげからは「○○○に行ってカネ使うくらいなら、一人で○○○○するやろ、アンタは」と言われてるが、そういうもんでもない(それにしても自分の相方に向かって、なんて言いようだ(^_^;))。ただ、「このままずっと一緒だろうなあ」とは思っているから、それこそ本当に家庭崩壊しているような家から見たら、羨ましがられるのかもしれないが、そんな低いところで羨ましがられても、と思うんである。黒澤明の『天国と地獄』じゃないが、どうせ憧れるんだったらもっと高いところに目をやらないか。「ヨッちゃんのケーキのほうが1センチ大きいもん」なんてレベルで嫉妬するのって、みっともないだけだと思うが。
 我々とて、未だに子供がいないので、じゃあコドモのいる家庭が羨ましいかと言うと、いいなあとは思うが嫉妬するほどではないのだ。人は人、ヨソはヨソなんである。
 やっぱり最近、やたらと「子供は作らないんですか?」と私もしげも言われちゃいるんだが、これとて縁だ。コウノトリさんが扉を叩いてくれないのでしょうがない(^o^)。

 この「コウノトリさんがコドモを運んで来てくれない」ネタ、最近いろんな人に受けている。「どうしてコドモがいないんですか? 作らない主義なんですか?」などと聞かれたときに、こう答えると、次にその人に会ったときは「コウノトリさんは来ましたか?」と聞かれるようになったのだ。
 しかし驚いたのは、今やこの「コウノトリが子供を運んでくる」というフォークロア、もう知らない人いるんだね。「キャベツから生まれる」ってのはもっと知られてない。『ホーホケキョ となりの山田くん』のオープニング、若い人には不条理アニメに見られちゃうんじゃないか。


 しげへの結婚ブレゼント、昨日博多駅を回ったときに慌てて買ったのだが、一つだけだとイヤだと言われそうだったので、各種いろいろ取り揃え。
 12時を回るなり、しげに渡すと、嬉々として品定めを始める。
 でもあまり「結婚の」という雰囲気のモノがない。しげの顔がみるみる暗くなる。やば(・・;)。全く、これも私の悪い癖なんだが、いかにもプレゼントブレゼントしたものを贈るのは誰に対しても照れくさくなってしまい、つい悪ノリしたものばかり買っちゃったのだ。
 「指紋採取セット」や「環境度チェックセット」はウケるかと思ったんだが、「実験してどうするん」と言われた(^_^;)。いや、21世紀だし科学の子になってほしいし。
 「茶運びカラクリ人形」は「夜になったら動き出すからヤだ」と拒否。動きださねーし髪も伸びねーよ。いや、怖がるかもと思いつつ、つい面白いんで買っちゃった私も悪いんだが。
 「電動耳掃除機」は、一瞬喜ばれたが、試してみるとズル耳のしげの耳には合わなかった。あれ、吸引式だから粘着タイプの耳垢には効果がないのである。
 結局、コートと安い化粧セットと、ごく無難なものだけがまあ、しげのお気に召したよう。シール式のネイルアートを私の爪にも貼って喜んでたが、やっぱりブレゼントはシンプル・イズ・ベストと言うことか。つーか「ヘタなテッポも数あちゃ当たる」という感じだったけどね。

 せっかくの結婚記念日なのだが、こんな年末、近所で開いてる店なんてどこにもない。一番豪勢に食事するとすればロイヤルホストである。
 帰宅したら2時を回っていたので、朝までひと寝入り。


 ゆっくり寝るつもりだったが、意外と早く目覚める。しげは当然まだイビキをグガスカかいている。けっこう仮面のポーズでいぎたなく寝ているしげを見ていると、窓を開けてご近所に見せてやろうかという気にもなるが、あいにく寝室の窓はテレビと本棚で潰れているのである。しかし、こいつにだけは「トシヨリは早起き」になる時期が来るとは思えないな。
 テレビを点けると、「テレビタックル」の再放送をやっていて、これが超常現象特集。ロシアかどこかの超能力者とかいうのが出演してたが、「空中浮遊ができる」と言っていながら、ロシア本国でも日本でも全くできない。日本旅行のダシに使われただけじゃん、テレビ局。「飛べなかったら旅費は向こう持ち」くらいの契約書結んどきゃよかったのに。でもそうしたらきっと来日しなかったんだろうな。
 ビートたけしや大竹まことは失笑してたが、本気で超常現象を研究するつもりなら、こういうインチキネタばかり出してくるのは逆効果だと思うが。


 しげが起きてきたのは、結局2時。まあ夕方にならなくてよかった。
 父の店に連絡を入れたら「今忙しいからあと1時間して来い」とのこと。
 それじゃあ、と風呂に入ったら、途端にまた電話が鳴って「ヒマになったからすぐ来い」。どっちなんだ。
 店に着いて中に入るなりビックリ。壁にかけてあるカレンダー、巨乳アイドルのMEGUMIである。
 「なん、これ?」
 当惑して思わず出た私の声に、父が即答する。
 「MEGUMIたい。巨乳」
 いや、それはわかる。私が聞きたいのは「なんでそんなものが壁にかかっているか」だ。
 「よかろうが。これ掛けとくとお客さんが喜ぶとたい」
 姉まで「ホント、喜ぶとよ」とやや処置なし顔で言う。でも一番喜んでるのは、どう考えても父だ。
 そう言えば去年はここに小向美奈子が掛かってたっけなあ、と思い出す。どっちかというと父の好みは八千草薫みたいな清純派だったはずだが。いつから巨乳セクシー系に蔵がえしたんだ。トシ取ってかえっておっぱいが恋しくなったか。
 まあ、突っ込んだって仕方がないので、黙って伸びきった散髪をしてもらう。
 「なんではよう来んやったとや」と言われるくらいに伸びていたので、思いきりバッサリと切ってもらう。実際、そうしてもらわないと、髪が薄くなってるのがバレバレなのだ(^_^;)。
 父も今朝の「タックル」を見ていて、「日本におるけん飛べんとか言うとったばってん、ロシアでも飛べんやったやないか」と文句をつけている。ああいう番組でホントに人が飛んだためしってないんだけどな。
 途中、常連のお客さんが見えたので、いったん散髪を中止。
 「息子さんば先にせんでよかとね?」と仰ってくださるが、父、「よかとよかと。アンタとの付き合いのほうが長いっちゃけん」とお客さんを優先。もちろん私に文句はない。今や大晦日にいらっしゃるお客さんというのは40年以上のお付き合いのある人だけになっているのだ。大事にするのは当然。
 しげは自分で時々勝手に髪を切っているので、あちこちザンバラである。それを整えて見られるようにしてもらったら、ほとんど刈上げ状態になった。なんだかおぼっちゃまである。
 散髪が終わって、「ソバいらんか?」と聞かれたが、「ソバだけは用意してるから」と断る。ホントはもらっときゃよかったんだろうが、用意してくれてるときとそうでないときがあるからあまり当てにしてないのである。


 テレビ『もういくつ寝ると25周年!? ドラえもんスペシャル』。
 原作第1話『未来の国からはるばると』初アニメ化ってのが触れこみだけれど、まあそんなに大上段に構えるほどの始まり方はしてないのである。原作版は、ドラえもんもオバQもそうだが、初期はどちらも実に「もっさり」していて、このもっさり感が実は藤本さんの「味」なのだが、当然、今のキャラデザインに合わせたドラえもんにそういう印象はない。スタッフに「原典回帰」の意図はあったのだろうが、原作自体が変質していった中では、それは詮無い試みであると思う。良くも悪くも第1話とて「今の」ドラえもんにならざるを得ない。だって、本気で「原典に」とおもうなら、声優を一新するくらいの気持ちで始めないといけないのではないか? 少なくとも私は今の『ドラえもん』が始まったときに「大山のぶ代ってドラえもんのイメージじゃないなあ」と感じた違和感は忘れてないぞ。少年同士の友情なんだよ、のび太とドラえもんは。大山さんのオバサン声でそれを表現するのはムリだ。石田国松のころの大山さんならまだ合うんだが。もちろん今の若い視聴者にそういう違和感を感じてくれって言ったって、イメージを刷り込まれてる今じゃ、到底ムリな話だろうが。

 ずっと隠してた(ことになってた)主題歌の歌い手、東京プリンと発表。
 アニメとの合成で頭にプリンのかぶりものかぶって踊ってたけど、これでまたファンの怒り買わないかなあ。けどこの「ドラえもんじゃない!」と批判の多いリニューアルソングも、しばらく経てばみんな馴れるのである。私ゃ前の子供に媚びてたのに比べりゃ、よっぽどマシになったと思うけどな。


 『ビートたけしの世界はこうしてダマされた!?』。
 なんだか今朝と同じような番組やってるのである。
 タイトルからすると「月面着陸はヤラセだった!?」ってトンデモな結末を導き出すのかと思ったらそうではなかった。まあ、あれを否定したら番組への非難轟々だろうし。
 でもどの「ヤラセ」についても結論を出す寸前の寸止め状態で引くってのは、やっぱりビリーバーの人たちのヒステリックな反発が怖いのかね。サイババなんてどう見てもインチキしてるようにしか見えないんだが。


 DVDレコーダー、長いこと買ったままで接続してなかったんだが、『紅白』を録るためにようやく接続。ところが端子が足りず、BS放送が映らない。仕方なくCSから録画。
 見返してみると、倍速だと相当に画面が粗い。ビデオテープに比べると、ディスクでコンパクト、ということ以外にはあまりメリットがないな。


 マンガ、六道神士『エクセル・サーガ』10巻(少年画報社/YKコミックス・520円)。
 次のアニメ化があるならまだ続けていいけど、そろそろネタとしては引きどきじゃないかなあ。いい加減でイルパラッツォと蒲腐博士の因縁とエクセルの絡み、書いてほしいんだけど。
 しかし、毎回福岡限定、ヤバいネタやってくれてるよなあ(^_^;)。岩田は改造されたあと、「三越」って名前になってたのか。でも実際に吸収合併したのは「伊勢丹」だぞ。そっちの名前のほうがロボットっぽくないかな。
 第1話「弱かったり儚かったり」に出てくるデパート「表屋」っての、「寿屋」だよ。店長の「人が居ないんです荒れてるんです等閑になってるんです!!」って、関係者が見たら激怒しないか。実際、支店がどんどん消えてったものなあ。私ゃ、どこより安くて一番利用してたデパートだったってのに。テーマソングも歌えるぞ♪(それがどうした)
 「濃度99.9%」に初登場の住吉の妹、「かなる」ちゃん、これはもう明らかに「キャナルシティ」である。確かにあそこの住所、住吉だったな。オサゲで眼鏡っ娘で中一の13歳の「妹」である。ここまで「狙った」キャラというのも珍しいな(^o^)。ということは、この女の子の中にも間歇泉みたいな噴水とか、シコシコしてたり油っぽかったり肉厚だったりするものを味わわせてくれるスタジアムとかがあるのだろうか。……すみません、ついどうしょうもないシモネタやっちゃいました。m(__;)m
 「黄金の心」の「海鷲スタジアム」はもちろんダイエーホークスフランチャイズの「福岡ドーム」。これは福岡人以外にも『ガメラ 大怪獣空中決戦』でお馴染み。ダイエー選手のサイン入り色紙とかは常時買えます。
 「神でも痛い」のさつま焼酎「林伊蔵」は元ネタわかんないなあ。酒には疎いもんで。

 けれど今巻の白眉は何と言ってもラストの番外編、『夏の番組』だ。
 市立アクロス学園2年A組、ごくフツーの女子こーせー、小林琴乃は、そのパワーを校長と生徒会長に見初められて、「アメリカから来たナゾの外人・エクセル」の名前を与えられ、対外試合の助っ人として抜擢されたのであった。
 ……って、まんま『アグネス仮面』じゃん(^_^;)。蒲腐の顔、しっかりマーベラス虎嶋になってるよ。そのあとの展開も、エルガーラとタッグ組まされるとこまでおんなじ。ここまでテッテ的にやられると、ヒラマツ・ミノルさんも面白がってるんじゃないかな。
 ほかにもやたら細かいパロがあったんで、分るだけ解説しようと思ったら、既にネットに全て書かれていたのであった。さすがマニアはいるよなあ。
 「あれは… デンプシーロール!?」→ 森川ジョージ『はじめの一歩』
 「ああ 光が見える」       → 小山ゆう『スプリンター』
 「先生ー バスケが……」     → 井上雄彦『スラムダンク』
 「光速!! 右ペン速攻」      → 松本大洋『ピンポン』
 「我が部は今日からカーリング部になったのだよ」「ナンテツイテナインダ」→ 吉田聡『ちょっとヨロシク!』
 「チョキ? いやっグーだっ」   → 福本伸行『賭博黙示録カイジ』
 「まてーっその技を2度使ったら……! おまえは死んでしまうんだぞーッ」→ すがやみつる『ゲームセンターあらし』
 「そのシルエットは! 生きていたのかエクセルーっ」→ 宮下あきら『魁!! 男塾』
 「人が鳥に――!?」「うう…聞いたことがある あれはまさに――」→ 島本和彦『男の一枚 レッドカード』
 「カバディ」「カバディ」「カバディ」→ うすた京介『セクシーコマンド−外伝 すごいよ!! マサルさん』
 「エクセルうううー オレは人間をやめるぞォォォーッ」「誰!?」→ 荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』
 「右上スミ小目!」        → ほったゆみ原作・小畑健作画『ヒカルの碁』
 全体的にジャンプ系が多いね。私も全部はわからん。『スラムダンク』、読んでないし。『ちょっとヨロシク!』懐かしいなあ。死んだ母が「この世で一番つまらないマンガ」と貶してたっけ。そこまで貶すほどの何が母にあったのだろう(^_^;)。
 いやまあ、それはそれとして、結局何とかエクセル・エルガーラにせ姉妹は四王寺学園の六本松(ロボット)姉妹に辛勝するのである。どうやら次巻も続編が載るらしいのだが、滅法面白いんだから、どうせならこれだけスピンオフさせて、連載しちゃったらどうか。


 『永井豪作品全書』(新紀元社・3675円)。
 表紙が『まろ』の卵の君のぬーど。なんてマイナーな(^_^;)。
 短編長編取り混ぜて、全ての作品を各2ページずつ解説して網羅。網羅はいいんだけれど、1ページのコママンガも『バイオレンス・ジャック』も同じ2ページ扱いってのには疑問が残る。
 それだけ一つ一つの短編にページを裂いていながら、永井豪自身が筆を取っていなくて、アシストに描かせている作品(『ハマグリどっせ〜!』ほか)まで全て何の注釈もなく載せているのは資料としても不備である。
 反面、単行本未収録の『快傑痴仮ン面!』ほかの短編を完全収録してくれているなど、嬉しい面もあるのだが。
 ああ、けれど本当に永井豪が破天荒でバカバカしくてムチャクチャ面白かったのは、『イヤハヤ南友』くらいまでだったんだよなあ。ギャグもエロスもバイオレンスもSFも、それ以降の作品はことごとくパンチに欠けている。
 今の説明的でゴテゴテしてるばかりでキャラの線が少しも生きてない作品を見てたら、永井豪がかつてどれほど一時代を築いていたか、納得しきれない若い人も多いだろうなあ……。

2001年12月31日(月) 40歳のロンゲ……髪薄いってのに/『読者は踊る』(斎藤美奈子)ほか
2000年12月31日(日)  20世紀の終わりの夜に……/『算盤が恋を語る話』(江戸川乱歩)ほか


2002年12月30日(月) 迷える不惑/DVD『ウォーターボーイズ』ほか

 40歳である。
 オジサンになったなあ、というのは30歳のときに感じたことであるので、今さらトシ取ったって感慨はない。それよりもう、あと何年生きられるかなあ、と、つい、余命を考えて、できるだけキツイ仕事は避けよう、なんて考えたりしているのである。なんたって今の職場、今年1年だけで3人も過労で退職、入院してるんだから。
 今日だって、同僚は仕事してるんだけれども、「カンベンしてくれ、年末や元日まで仕事するのかよ」と休みを取っているのである。そんなにみんな死にたいのか。
 けれど私が決して仕事から逃げているわけではないことは付け加えておこう。こないだの日記にも書いたが、なんたって二日からはもう仕事なのだ。「働いてないでDVDばかり見てるんだろう」とは言わせんからな。誰が言ってるんだ。みんなか(^_^;)。
 まあ、これからもいきなり死なない程度にはがんばらせていただきますんで、何卒ごヒイキに。


 朝、広島の友人のH君から電話。
 「誕生日だろ?」
 よく覚えててくれたなあ、と嬉しくなる。私の方は人の誕生日をなかなか覚えられないタチで、何しろ父親の誕生日すらしょっちゅう忘れてる。しげも私の誕生日をしょっちゅう忘れて、「あんたの誕生日いつやったっけ?」と真顔で聞かれるのだが(ネタではなく事実である。マジで女房は天然なのである)、こういうところで夫婦似たくはない。
 「今、実家に帰ってるから、借りてたDVD、返しに行こうか? ついでにまた本を持って行くから」
 そう言えばDVD貸してた。こちらは数枚DVDを貸すだけで、彼からは10冊も20冊もマンガだのSFだの貰ってるのだから、毎度のことながらありがた過ぎるほどにありがたいことなんである。
 だいたいどこの世界にその価値を知っていながら早川の銀背やサンリオSF文庫をポンとくれるヤツがいるだろうか。なんだか友人には恵まれ過ぎてる気がする。

 友達が来るのは夕方になるので、それまでに博多駅の紀伊國屋を回って、本やDVDを買い込む。あとで気がついたが、そのときついでに何か土産を買っておけばよかった。つくづく不義理な人間であることよ。

 夕方4時、H君来訪。
 「持って来たぞ」と言いつつ出してくれたのが、いしかわじゅんの単行本がズラリ。『ちゃんどら』や『パンクドラゴン大全』『メンカー』など。うわあ、軒並み絶版本ではないか。このころのいしかわじゅん、一番勢いがあったよなあ。
 「いいのか貰って?」
 と恐る恐るH君を見上げるが、全く屈託がない。人間の器の違いを見せつけられる瞬間であるが、やっぱり私は遠慮なく貰っちゃうのである。これではしげの強欲を責められんなあ。
 中身は昔読んでたものばかりなのだが、ペラペラとページをめくりながら、やはりいしかわじゅんの絵は最初期の頃が好きだったなあと再確認。女の子の絵の書き方に変化が生じて(流行に乗ろうとして失敗)、つまんなくなってしまった。もっともいしかわじゅんの最高傑作『約束の地』は絵柄を変えてからの作品だけれど。
 たがみよしひさの『精霊紀行』上下巻も貰う。これも持ってんだけどな(^_^;)。この単行本も店頭ではすっかり見かけなくなってしまった。復刊……というよりは、何年、間が空いてもいから続編を書いてほしいくらいのシリーズだった。都筑道夫の『雪崩連太郎』シリーズにインスパイアされたと思しい日本版ゴースト・ストーリーなのだが、ホラーブームが起きる以前、80年代にこの手の作品を書いていたのはたがみさんくらいのものだったのである(つのだじろうは切り口が既にかなり古臭くなっていた)。

 礼と言ってはなんだが、H君に『プリンセスチュチュ』や『攻殻機動隊SAC』などを見せる。H君、どう感想を述べて言いかわからぬ様子。そりゃまあ、いきなり第1話の「花のワルツ!」のシーンを見せられりゃあ、絶句するしかなかろう。私も最初はそうだった(^_^;)。ともかく「なんだこれは?」なシーンの連続だものなあ。
 『千と千尋の神隠し』の予告編映像と本編映像を比較して見せながら、「どうだ? 赤いか?」と聞く。色弱な私には未だにその違いがよく分らんのである。「赤いでしょ?」と言われたらそんな気がしてくるが、映像を入れ替えて同じことを聞かれても「イエス」と言ってしまいそうな気がする。
 H君、「予告編を収録しなければ、気がつかれなかったんじゃないか?」と言う。まあ赤いと言ってもその程度だろう。やっぱりこの事件、裏に「仕掛け人」がいる気がしてならない。

 ご家族がいらっしゃるので、H君もあまり長居はできない。せいぜいウチにいたのは数時間か。独身時代はもちろんまる一日ウチで遊んでたものだったが。

 私より遥かに知識も見識もある彼が、自分のシュミを犠牲にしているのを見ていると、オタクってやっぱり結婚しないほうがいいよなあ、と思うこともある。けれど、もちろんそれを承知でH君は「家族」を作ることを選択したのである。幸せを全てオタク的見地で括っていいものではない。だからこんなモノイイは、ホントは避けるべきであろう。けれどやはり、家族とか、そういうもののほかに、「こういう生き方もあっていい」という価値観を示す人々がいてもいいのではないかとも思うのだ。私は『オトナ帝国』における「家族の絆」を、人と人を繋ぐシステムとして有効、とは考えたが、絶対、と考えている訳ではないのである。安易な家族主義が、個人の圧殺を引き起こしてしまう例とてあろう。
 ……念のために書いておくが、H君が別に自分の家庭を不満に思ってるわけではないので、そこは誤解なきように。彼の家庭は、夫婦喧嘩一つなく、昨今珍しいほどに円満である。人徳だよなあ。
 彼を見ていると、私はやっぱりしげに遠慮してるようでいて、実は結構好き勝手に生きてるのかもなあ、と思ってしまう。自分のシュミを貫いて行けば、たとえ自分の相方が相当なオタクであっても、どこかにすれちがいが生じるのは仕方がないことである。
 しげとのケンカはたいてい「お互いを顧みない」ことが原因でで起きる。でも私の場合、残りの人生ってたいしてないと思ってるから、どうしてもしげを無視して生き急いじゃうところがあるのだ。
 しげの存在は私の人生にとってなくてはならないものではあるが、かと言って
その全てではない。しげの要求に全て答えることは精神的にも体力的にも到底ムリな話なのだが、「全て」を求めるしげの強欲さが数々の齟齬を生むのである。……アンタね、しげの望み通りに行動しなきゃならないとなったら、毎日毎日、帰宅するたびに腰を捻って踊りながら「ハーイ、マぁイはに〜、待ってたかァい?! ボクは今日も君に胸がズッキュンズッキュン! 一瞬だって忘れてないぜベイベぇ〜! らぶらぶビーム!」とかやらねばならなくなるのである。……できるか(-_-;)。
 しげと付き合って、その命を縮めぬ者はまずおるまい。


 H君が帰ったあと、父からも誕生日の電話。しばらく散髪をしてないので、明日は必ず来るようにとのこと。いやそりゃ行きますけどね。
 姉から「もっと頻繁に顔を見せなさい」とお叱り。
 「だって、『正月、なんか予定あると?』って聞いても、『ない』ってしか言わんし」
 実際、「別に来んでいい」と言われちゃ、行けないじゃないの……と続けたかったのだが、そう言う間もなく、続けて姉に捲くし立てられる。
 「用事がなくても来ていいとよ! ああ見えてホントは寂しがっとうっちゃけん。そりゃ、姉ちゃんにお父さんば押しつけたっちゃ、全然かまわんばってん?」
 いや、押しつけてる気はないけど……結果としては押しつけてるなあ。まあ抗弁してもなんなので、明日顔を見せることを約束。しがらみで会うのは父も私も好きじゃないんだがなあ。


 DVD『ウォーターボーイズ』。
 映画自体も気に入ってたのだけれど、特典映像がスゴイ。メイキングがあるとか、コメンタリーがつくとか、そこまでは普通なのだけれど、登場キャラクターをフィーチャーしての短編を5本、新たに制作しているのですよ!
 まあ、出演者が若手ばかりでギャラが安かったからこそできたんだろうけれど、数あるDVDの中でも、これほど「おトク」感を得たものは近来にないと言っていい。

 『チェリーとスイカ』。
 矢口史靖(しのぶ)監督自らメガホンを取ったサイドストーリー。
 火事のせいでプールが使えなくなった唯野男子高校水泳部に救いの手を差し伸べた眼鏡っ娘トリオ、桜木女子高の伊丹弥生(秋定里穂)・中村由紀恵(土師友紀子)・小林久美(上野未来)、人呼んで、「チェリーズエンジェルス」の文化祭前の1日を描いたもの。監督もお気に入りだそうだが、私もお気に入りだぞ。
 本編映画では弥生ちゃんが一番目立っていたのだが、今回のサイドストーリーでのメインは久美ちゃんにシフト。この子、八百屋の娘だったのだな(もちろんこの話のために新たに付け加えられた設定であろう)。『ひみつの花園』の頃から矢口監督はちょっとヘンな女の子を描き続けているんだけれど、この子も相当ヘン。拾ったスイカ食っちゃうだけならともかく、友達にも食わせちゃうんだもんなあ。そんな女子高生おるかい(^_^;)。……で、三人とも食中毒で入院してやんの。よく文化祭に間にあったものだ。
 でもこういうヘンな女の子たちと言うのは見てて楽しい。どうも私は普通でない女の子に惹かれる悪い癖があるようである(今さら)。
 
 『鈴木のトラウマ』。
 本編の主役、鈴木智<スズキ>(妻夫木聡)の過去のトラウマ歴を辿る一編。監督は本編助監督の片島章三。
 文化祭当日、土壇場になってシンクロを披露することに躊躇を覚えた鈴木は、自分がこれまでいかに根性ナシであったかを回想する。
 小学生の頃は全くのカナヅチで女の子にバカにされていたとか、それはまだたいしたことないのだが、中学時代、不良に絡まれた彼女を見捨てて逃げたってのはちょっとシャレにならない。今になっていくら勇気を奮い起こしたからって、過去の罪が帳消しになったわけじゃない。絡まれた彼女は結局どうなったんだよ? あの状況じゃマワされたとしか思えんが。
 ドラマの主人公ってのは、どんなに悪辣なやつでもどこか優しいとこがあるとか、客に感情移入をさせるための工夫をしなきゃならんものである。これじゃ、鈴木は、過去のことは過去のこととしてキレイサッパリ忘れて、新しい恋に生きる卑怯者に過ぎない。炎尾燃が見てたら、こんなやつ、鉄拳制裁だぞ。
 脚本家がバカでヘボなので、せっかく主役の子を使ったのに、つまんないどころか腹立たしくなっちゃった一編。

 『ワンモアチャンス』。
 監督助手の山口晃二の脚本・監督による、東海林勇二<ユージ>(鈴木祐二)、成瀬金太<キンちゃん>(金原泰成)、星野宏<ホシノ>(星野広樹)、阪本友也<ユウヤ>(西川祐也)のウォーターボーイズ・バックダンサーズ(^o^)の4人をフィーチャーした一編。
 体操一筋にやってきて、ふと、自分の未来に疑問を感じるユージ。「オレって本当は何をしたいんだろう?」。
 モチーフそのものはありふれてるものだけれど、じゃあ青春ものにありがちな熱い友情物語が展開するかというとそうはならない。なにしろホシノとユウヤは、ユージが悩んでる間、高校三年間の思い出造りに、立ちんぼさんに会いに行っているのである。そうかそうか、彼女いないヤツはそういうことやってたのか。30分で1万5千円(二人で3万)ってのは、相場としては安いんかな。
 結局、ユージの悩みも叫んでるうちに何となく解消する。その何となくな感じがイマドキなんだろうな。

 『がきんちょハート』。
 ウォーターボーイズチョイ役の望月大志<ダイシ>(松永大司)をフィーチャーした一編。メイン5人組の一人、金沢孝志<カナザワ>(近藤公園)も出演しているが、映画本編には登場していないアッコ(宮下ともみ)の出演がこのサイドストーリーの見どころだろう。男をグーで殴れる女に悪いやつはいない(^o^)。
 これって、まさしく『ウォーターボーイズ』の裏ストーリーっつーか、アンチドラマになってるのな。ダイシってただのバカで、シンクロやろうと考えたのも、カナザワたちがテレビに映ってたの見て羨ましくなっただけという単純なもの。「悩める鈴木」とは真逆なのだ。アッコと付き合い始めたのも、不良に絡まれてるアッコを助けたところからだし、「シンクロやろっかな」と言ったらアッコから「バカ?」と嫌われるのも、本編の静子がシンクロに偏見がないのと比べると全然違う。で、ダイシがふられてしょげて、シンクロやる気なくすかと思ったら、これがならないのだね。そして超常現象研究が趣味のカナザワにつき会って、UFO見物に出かけて行く。お空じゃUFOがホントにシンクロ演技。……って、どういうストーリー展開だよ、脈絡ねーぞ(^_^;)。つまり、「バカの行動に理由はない」ってことなんだろうな。いや、楽しいんだけどね。
 脚本・監督はメイキング演出担当の白石晃士。

 『太田HOLE』。
 文句ナシの傑作。いやケッ作か。もう最初から最後までバカなんだものなあ。
 監督は五編中、唯一の女性、片岡英子さんだけれど、「女性監督に映画は撮れない」というのが偏見だっての、よく分るね。
 映画本編で「ガリガリの体を鍛えたい」とストレッチやってた太田祐一<オオタ>(三浦哲郁)が主役。主役だが、ほとんど全編、彼は穴の中である。歩いてていきなり、道端に空いてた穴の中にアタマからまっさかさまに落ちたのだ。普通そんな落ち方、せんわ(^_^;)。そして彼の受難の1日が始まる。
 一緒にいた兄貴(本編で警備員A役だった田中要次)は今週の「ヤングヤング」の話しかしないで全然助けようとしない……っつーか、弟の存在、忘れるし。
 それから穴の前に現れる人間たち、誰も太田を助けずにからかったり面白がったりするばかり。映画本編に登場した水族館の女の子(大津綾香)はやっぱり「バカじゃん!」と捨て台詞だけ食らわしてくれる。こいつ絶対ヤな女に育つな。
 突然現われた謎の男も、ヤカンに水を入れて下げるだけで太田を助けようとしない。というより、ヤカンの水が飲めない太田を見て楽しんでいるのだ。
 雨が降ってきて穴の中に水が溜まり、溺れかけるオオタ。彼がなぜ助かったかというと、謎の女(林田麻里)が泳いできて助けてくれたからである。穴の中って泳いで来れるほどに広くはないのになあ。でもそれが太田の幻想だとしたら、女はどうやって太田を助けたのか? っつーか、それ以前にその女、誰だ(^_^;)。
 なんだかよく分らないが、その事件がきっかけになり、彼はシンクロに目覚めたのであった。なぜ?(ー∇ー;)?

 まあしょーもない作品が混じってはいるが、新人にこういう形で短編映画を撮らせるというのは悪くない。DVDの特点もこれくらい凝ってくれると、まさにコレクターズ・アイテム。わざわざ買おうって気になるものだよ。

2001年12月30日(日) ケーキとシュークリームと焼き鳥と/『ヒカルの碁』15巻(ほったゆみ・小畑健)/『細腕三畳紀』(あさりよしとお)ほか
2000年12月30日(土) 誕生日スペシャル/アニメ『フリクリ』5巻、『競作五十円玉二十枚の謎』(若竹七海)


2002年12月29日(日) 消えていく街/DVD『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』/『TRICK2』(蒔田光治・太田愛・福田拓郎)ほか

 朝、目覚めると9時。
 自分の部屋以外で目覚めると、なんだか新鮮な気になるね。しげのお泊まり好きも分らないではない。
 でも窓のカーテンを開けると清々しい風景が……とはいかない。昨日も書いたが、前の山はずっと造成中なのである。おお、禿山の一夜。魔物は出たのか出なかったのか。
 チェックアウトは11時、ということなので、まだもう少し時間の余裕はあるのだが、食料などの買い物もしたいし、と、しげがもうひとっ風呂浴びるのを待って、10時に出る。
 料金は、入り口の精算機にカードを入れると、請求額が表示される仕組み。1泊14000円弱である。意外に安い。街中のホテルだと、二人で2万円くらい取るものなあ。やはりここは郊外だからだろうか。
 

 帰宅して、マンションのエレベーターに乗り込むと、中に「ゴミの分別を守ろう」というハリガミが。
 ウチは一応きちんと分別しているつもりではあるが、こういうハリガミが出されるということはウチのマンション、燃えるゴミと燃えないゴミの区別をしてない家庭が多いってことなんだろうな。
 マナーの守れない、だらしないヤツが増えた、と切って捨てるのは簡単なんだが、これはもしかしたら、と私が思うのは、もっと単純な理由で、「燃えるゴミと燃えないゴミの区別がつかない」ヤツが意外と多いんじゃないか、ということだ。
 かくいう私も、昔は「ペットポトル」が「燃えないゴミ」に入るとは知らなかった。どう見ても燃えるじゃんアレ、と思ってたんだが。実際、プラスチックだのビニールだの、その分別に困る材質のものは多い。更には、燃える材質のものと燃えない材質のものが合体してるようなものまで、巷にはゴロゴロしているのである。ダンボールなんか、いちいち留め金だけ外して分別して出すのか。そんな細かいことまでできるもんか、と反発したくなる人も、多くないか。一人暮しの非力な婆ちゃんにまで、そこまでせよと強制するのか。
 実際、大上段に「社会のルールを守れ、守れないのは非国民だ人間失格だケダモノだ」と罵倒されれば(いや、そこまでは言われないだろうが)、ムッとして「どうでもいいや」と適当な捨て方をする人も出てくるだろう。
 我々庶民の知的レベルなんてたいしたことはない。そこを見誤って、無理なマナーを要請するのは、ただの権威主義だ。ドラマやコメディによく出てくる「正義派おばさん」みたいないなヤなやつ、ウチのマンションにもいるのよ、全く迷惑かけてるのはどっちなんだか。
 ゴミの分別が大変なのは分るけど、行政の方でなんとかしてくれよ、そのために税金払ってるんだからさ。


 昨日は夜、ネットを見られなかったので、あちこちのサイトを散策。
 『龍騎』のあとの仮面ライダー、『仮面ライダー555(ファイズ)』ってタイトルなんだね。
 どういう話になるのか、今の段階では全く知らないけど、タイトルだけ見ると、何だか一気に貧相になっちまった印象である。いやね、「クウガ」も「アギト」も「龍騎」もタイトルは結構いいジャン? とか思ってたんですよ(#^_^#)。
 でも、今回の、「数字三つ並べりゃいいってもんじゃないでしょ。『漂流幹線000』か」とか思いませんでしたか、そこのアナタ。え? 太陽族がゴーゴー踊ってる姿を想像した? いくつですかアナタ。
 それにしても謎なのは、5を三つ並べて、どうして「ファイズ」と読ませいるってことだ。単に私が無知なだけなのかもしれないが、そういう読ませ方ってあるのか? 5の複数なら「ファイブス」だけど、三つ重なると「ブ」が取れるのか? それとも「φs」ってこと? いや、それでも意味不明なんだが。
 まあ、恐らくはこれも語呂がいいだけのただのハッタリなのであろう。
 もっとも、ハッタリの過ぎた作品って、たいていコケちゃうんだけどね。


 渋谷の歩行者天国が廃止になるそうである。27日から「試験的中止期間」に入ったそうだけれど、実質的にはこのまま廃止される可能性が高いらしい。
 1970(昭和45)年から数えて今年まで32年、それなりに伝統があると言ってもいい催し(と言っていいだろうね)が一つ消えるってことについて、東京都民はどう感じてるんだろうか。
 地方在住者にとっては「渋谷のホコ天」って聞いたら東京文化の象徴みたいに感じてて、ファッショナブル〜ってイメージだったんだが。もっとも今の若い世代がどう思ってるかは知らないけど。
 廃止の理由は「周辺の渋滞解消」「利用者の捨てるゴミへの苦情」ということだそうだが、前者はなるほど仕方がないかなと思わないでもないが、後者はどういうことだろう。利用者は開始当時の4万人から、現在、1万5千人にまで減少しているのである。人数がそれだけ減ってるのにゴミは倍増したのだろうか。単純計算しても、開始当時の4万人のうち5%がゴミのポイ捨てを行っていたとして2千人分、それを凌駕するゴミが現在出ているとすれば、3千人分か4千人分か、さうなると利用者の5人に1人くらいがゴミを捨てまくってることになる。そんな光景が渋谷で本当に展開されてるのか? そこまで東京人のマナーはデタラメになったってことなんだろうか。
 原宿と上野の歩行者天国も既に廃止、残る銀座・新宿・秋葉原・蒲田の4地区も見直す方向というから、要するに警視庁はホコ天の存在自体をなくしたいのだろう。「秋葉原」と聞くとつい「オタク対策か?」とか錯覚しそうになるが。
 ホコ天の何がそんなにいけないのだろう? 東京から離れて暮らしてもう随分になるからホントに実態が分らないのだが、福岡の親不幸通りみたいに犯罪の温床にでもなっていたのだろうか? そうでも考えない限り、「渋滞の解消」程度でホコ天を廃止しようとする意図が分らないのである。
 いや、こういうことをつい考えちゃうっていうのは、一昔前の映画にはやたら渋谷のホコ天が登場してたからなんである。記憶が定かじゃないんだが、『ウルトラQ』でもどの話だったかにホコ天出てこなかったかな? 全話見返す手間がかかるんで未確認なんだけど、映像は思い浮かぶ。そういう思い出があるものだから、地方在住者の私にとっても、道一杯に広がり、交差点を行き交う人々の群れは、「郷愁」を誘う風景なんである。
 そう言えば、最近の映画でも、『ガメラ3』でハチ公が燃えてたな(^^)。
 「風景」というものも、もちろん一つの文化なんである。それを簡単に無くそうってのは……ま、東京は昔からそればかりやって肥大化してきた街なんだろうけれどね。でも、そうやって建物だけが空間を占拠していく街の中にあっては、人々の姿が、みなただの「通りすがり」に見えてしまう瞬間がある。ここは、人が「生きている町では無いのか?」、そういう疑問を抱いてきた人はこれまでにもいくらでもいると思うのだが。「東京には空がない」か。もちろんそれは、空を見上げる人もいないからである。
 ゴジラがやたら新しい建造物ばかり壊したがるのは、東京人が本気で街を戦後の廃墟のころにまで戻したがってる願望の表れなのかもね(^_^;)。


 充分に寝たりなかったせいか、ネットをしてるうちに睡魔に襲われる。
 そのまま夕方まで再び爆睡。起きたらもう夕方の7時である。こんなに寝ちゃ、しげのことを笑えないなあ。


 テレビで劇場版『ONE PIECE(ワンピース)珍獣島のチョッパー王国』を放映。年末スペシャルってことだけど、これでテレビシリーズの作画スタッフに少しでも正月休みをあげようってことなんだろうね。でもその分、劇場版の制作時がもうてんてこまいとゆーか、修羅場になっていると推察される。
 なにしろ、劇場版のわりに作画がそんなによくないから(^_^;)。
 話はチョッパーが珍獣島の王になりかけるって話だけど、でも最後はやっぱり仲間と旅立たなくちゃって、もう『冒険ダン吉』ゆら『少年ケニヤ』以来の古色蒼然としたパターンをなんの工夫もなくやっちゃうんだから、呆れるほかはない。こういうのは「バカ」と言わずに「クズ」というのである。こんなんでも映画を見なれてない客は感動しちゃうのかもなあ。ま、いいけど。


  DVD『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』。
 既にLDを2枚も持ってるんで悩んだけど、コメンタリーが聞きたかったもんでね。それになんたってこれは『御先祖様万々歳』と双璧をなす押井守の最高傑作なんだし。
 池田憲章を司会に、監督の押井守、演出の西村純二、声優の千葉繁が「昔のことなんで忘れた」と言いつつ、裏話をどんどこ披露。おかげで長年疑問であった「迷宮の街の中でしのぶを見つめる謎の人物」の正体もやっと分った。あれはただのマクガフィンだったのである。全く、フェリーニだのゴダールだのにかぶれるとすぐああいう映像を作りたくなるんだよなあ。映画に免疫のないアニメファンは混乱したことだろう。
 当時、押井さんも西村さんも映画版にかかりきりで、テレビシリーズは全く関知してなかったそうである。「いったいテレビは誰が作っていたのだろう?」なんて脳天気なこと押井さん言ってるけど、それは客の方が聞きたいよ。
 西村さんの「今からでもリテイク出したいんですけど」のセリフが切実だけど笑える。押井さんが「そういうのは見ないの」と言い切る姿勢もグー。過去は振り返っちゃいけない、未来だけを見つめよってことなのだな(^o^)。
 それならば押井さんの次回作、『イノセント 攻殻機動隊2』にどうしても目は向いてしまうが、やっぱり押井守の「記号」は出て来てしまうらしい。「好きだよなあ、何度でも出すよなあ」と述懐されてるが、本人も確信犯でやってるんだね。「コンビニ」また出すって言ってるけど、『攻殻』の世界にコンビニ。合うんだか合わないんだか。もっとも牛丼屋出されるよりはいいんだろうけれど。


 蒔田光治・太田愛・福田拓郎(堤幸彦監修)『TRICK2 トリック2』(角川文庫・630円)。
 テレビ第2シリーズのノベライゼーションだけれど、作者として名前のあがっているシナリオライターたちは小説版には関与していない。実際に執筆してるのは木俣冬、という人である。この人の文章がまあヘタなことヘタなこと。なんでノベライズするのにもちっとマシな人探せなかったのかな。第1シリーズのノベライズ版のほうもあまりうまい文章ではなかったが、今回は輪をかけてひどい。ギャグがほとんど滑りまくっているのである(テレビのギャグからして滑っちゃいたのだが)。
 例えば『六つ墓村』のエピソードであき竹城演ずる老婆が歌いながらやってくるシーン、山田奈緒子が「ダイラクダカンノ、ヒト?」と突っ込むのだが、その風貌の具体的な描写がないもんだから、小説だけ読んでるとこのギャグの意味が全然ピンと来ないのだ。しかもカタカナで表記してるもんだから、ますます意味が捕らえにくい。
 やっぱりドラマはドラマ版を鑑賞するのが一番ですね。

2001年12月29日(土) これでもだいぶ短くしました。/映画『シュレック』/DVD『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』
2000年12月29日(金) やっと年末



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藤原敬之(ふじわら・けいし)