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2005年02月13日(日) 人は変わるもの(You know,)

自然は儚いものからできているのですよ。
まして人間なんて、変わって当然。
人は、生きるその時々によって姿を変えます。

かつてと同じ姿で、居ることなんて無理。
あなたのあなた自身の気持ちは、守りきれるのなら
守りなさい。

しかし、いつか心にとどめた誰かが、
そのままの姿でこの世界に生きているとは思わないで。

あなたの姿でない誰かの絵は色あせてゆく。

人は変わるもの。


2005年02月11日(金) 手紙

自分だけは、あの頃のまま変わっていないことに対して感じるのは、虚しさと憤りしか今はありません。私たちを取り囲むすべては儚いものばかりです。出会いも別れも、寒空の下に響いた笑い声も、怒りを握り締めたその手の強さも、悲しみの涙も。季節が過ぎ、人の気持ちというものも、同時に移ろいゆくものだということに、私は気づいていながらも認め合うことを拒んでいました。彼が去ってから私は思います。私は、変わりゆく未来という、すぐ目の前にある光景さえも見つめようとしていなかったのです。なぜなら私が生きていたのは常に過去か遠い未来であり、今というその瞬間では決してありませんでした。後悔や空想に耽りながら、その場に踏みとどまる理由ばかり探していたのですね。今をしっかり生きるべきだと認識していれば、守るべきものもきっと守れていたでしょう。変わりゆく人と世界とともに、きっと前へと進むことができていたはずです。今になって悔やんでも、彼が去った今となっては仕方のないことです。この絶望にも似た虚しさと憤りも、時が変われば、勇気や強さというものに、きっと自分を変えてくれるのかもしれないと、信じてみても良いかと思うばかりです。


2005年02月05日(土) over between us

朝から偏頭痛。最近は一定の周期で症状が現れるようになった。友人からの、割と急ぎのメールには12時間後に返事を書く羽目になっている。

常に、答えというのを探してきた気がします。生きてきたのは現実であっても、常に1秒先であれ10年先であれ未来というのを見据えていました。過去を振り返り、粘着テープのようにそこに執着してしまう時間をなくせば、もう少し早く歩けていたかもしれません。

恋は途切れました。ようやく終わらせてくれました。今こそ、すべてを飲み込んで進まなければなりません。私には、与えられた生き方というのがあります。


2005年02月02日(水) 葉書

朝は寒すぎて、手袋を二重に着用し、好きではない帽子も被って行った。仕事はいつも通り。いつしか、机の中のお土産のお菓子が増えすぎていることに気付いた。いったん帰宅し、ピアノ。前の生徒さんが少し延長していたので、合間に、バイオリンの先生と前回より多く話すことができた。先生は長い髪と華やかなレッドが好きだった記憶があるが、5年ほど経った今も変わらないようだ。よく似合っていらっしゃる!!話では、私からようやく差し上げた便りであるリトアニアからの葉書(昨年4月)は、届いていなかったそうだ。そういわれると、思い当たることが無くもない。長い間連絡を取っていなかった人も含め、複数の友人にも、平和な旅の最後(ロシア入り前日)に、ということでヴィリニュスから手紙ないし葉書を送ったが、帰国後それらについて周りから触れられたことがなかった気がする。世界の何処で消えたのか、リトアニアから出ていないのか。リトアニアは郵便事情は良いと、ガイドブックにも書いていたのに。しかし今となっては、はるか昔の話。気になるのは、それで“コンタクトをとったつもりでいた”ご無沙汰していた友人。益々疎遠になってしまうことが心配。


2005年01月09日(日) スローな午後

半分徹夜でした。思いのほか寒くない。シャワーを浴び、遅い朝食をとってからは、日当たりのよい自分の部屋で読書をしていた。そのとき聞いていたジョンレノンも、部屋が日光に包まれると同時に流れていたミスチルのAtomic Heartも、今では落ち着きさえ与えてくれる。ゆったりとした時間を感じる。少し前までは知らなかったのに。

夕方は、一心不乱にピアノを弾く。参考までにアシュケナジーのショパンを聴いたたが、11番のワルツに気持ちが揺れる。発表会では無難に10番を弾くつもりで登録はしたものの、まだ完成していない。どちらもゼロからには変わりないのであれば、自分らしさは一層出すことのできそうな11番を弾いてみたいのですが。

People cannot live only with compassion.


川村 |MAIL