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極度の腹痛で、午前中はほとんど寝ていた。こんな風にどこかでまとめて寝ていると、平日の多少なりとも無理なスケジュールを組んでいることが無意味に思えますね。いや、まとめて寝る時間も、自己管理の上で実は必須なのか。夕方に、ふらりと外出。混雑しているユニクロに寄るが何も買わず。紀伊国屋で、Voiceと久しぶりにVOGUEを購入。
リセット?しかし、今はまだその時ではない。風の冷たい東海岸へ一人向かい、心に残された日々の軌跡を正確に再びたどり、思い起こすことなどとても今はできない。それがいずれ必要なことは知っている。今ならできる、と信じることができた時、何の迷いもなくこの場所を発つことはできるだろう。いつかその時を迎えるためにもやはり今を精一杯生きていたい。
本気で何かを手に入れたいのなら、それなりに大きな犠牲を払うことは必然であろう。あなたがそうしているように。しかし、生きているうえで大切なものまで―それはなかなか見つからない時がある―失いつつあるのではないかと、一度立ち止まってみることも同時に伴う義務ではないだろうか?あるいは、その犠牲を払うことにより得るものが、自分や必要とする人々にどれだけの、いかなる影響を与えるのか、という事も。そんなことをあれこれ考えて悩んでも、すべて独りよがりだ。しかし、すべては自身の判断。
ただ、類まれな才能をもった一部のいわゆる”アーティスト”はそれに限らない。この種類の人々は、自分の我は最後まで通し、一方でその才能で人を惹き付ける術をもつ。強烈な自信から、一度でも味方につけた人間は自分が突き放すことはあっても、逆はありえないことを知っている。孤立無援という言葉を知らない。人間関係は、所詮スパイス、データのようなもの。必要によって選り抜き、使い分け。犠牲を払っているようで、実際は当面必要なものだけを見分け、それに意識を集中させているだけのこと。中途半端がきらいなのだ。シンプルで実に合理的だ。
結局どちらがいいのか、分からないが人にはその人にあった生き方がある。そして思うに、本当に必要なものは必死で繋ぎとめたり探したりしなくても、自ずと付いて来るもののように思う。
包帯を巻いてあげられないのなら、 むやみに人の傷にふれてはならない。
(『続・氷点』三浦綾子)
ようやくADSL接続に切り替えました。社員割引に乗せられたのも理由。今後は日記も頻繁に書くことができると思います。快適ですね。
豪雨の時間帯に帰路へ。当然、家までの道のりはシャワー状態。上からも下からも、水を浴びせられるようだった。小さな傘では役に立たない。
睡眠不足が続いているので、今日のところはここまで。
暇人はピアノを習いに行くことになりました。長年望んでいたことです。とりあえずハンマークラヴィアが目標でしょうか。練習日記は書くつもりはありません。
もはや、純粋に恋だの愛だの語っている時期は終わってしまった。恋の為に恋をしていたことが、かつてあったかもしれないが、この先はもう、そんな望みすらない。恋の対象と見なしているものも、今はヘボ詩・小説や空想の材料に過ぎないこと、分かっている。
それどころではないのだ。
| 2004年07月25日(日) |
こんなにひどく蒸し暑い風の帰り道 |
暇人は、また京都を訪ねる。傷ついたとき、行き詰まったときには、故郷へ。涙で枯れた心を潤すため、飛べない羽を癒すため。理由はなんであれ、休日は、故郷を訪れたい気持ちにさせる。といっても京都は実際の故郷ではないし、いま特別行き詰まっているわけでも新しく傷ついたわけでもないんですけどね。それでもこういう「帰る」場所が誰にでもあっていいと思う。それだけなんですよ。
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