天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

突然 - 2002年05月31日(金)

突然・・・


明日から仕事がなくなっちゃった。

今日病院の HR とボスに弁護士さんから電話があって、
わたしの今日期限の政府の審査、間に合わなかったらしい。

らしいって、
人ごとみたいに言ってる場合じゃないんだけど。

1000ドル余分に政府に払って特急審査の申請したのに
あれは何だったんだろう?
今日中に結果が来るはずだったじゃない。
でも政府が悪いんじゃない。
弁護士さんが悪いんでもない。

原因は、HR のディレクターが書類を弁護士さんに送り返すのが遅れたから。
またやってくれた。この間とおんなじ。

事情を知らないボスは
明日からのわたしの仕事のカバレージに焦って
最初わたしに怒ってたけど、
説明したら HR のディレクターに呆れてた。
でも自分の病院の HR じゃん。
呆れるのはわたしだって。
っていうより、もう泣きたかった。

いつ審査が降りるのか、今のところ未定。
それまでわたしは仕事に戻れない。

お昼にエスタのバースデー・ランチに出掛ける前だったから、
行く途中もレストランでもみんなで心配してくれて励ましてくれて慰めてくれて、
HR のディレクターのこと本気になって散々怒ってくれて、
わたしはヤケクソになってピザを食べまくった。

休暇だと思ってゆっくりしなよって結局みんながそういうことに決めてくれて、
うんうんって頷いてちょっと元気になったけど、
病院に戻ってすぐに弁護士さんに電話したら、また哀しくなってきた。
弁護士さんに何言ったってしょうがない。

ミズ・ベンジャミンが心配して、
「電話しておいで」って言ってくれた。

明日から行かないから、仕事やり残さないように
出来るだけのこと全部した。
患者さんに「明日また診に来ますね」って言っちゃったあとで
明日なんかなかったんだって気がついた。

悔しい悔しい悔しい哀しい。
帰り道、ほんとに惨めになって来て、
わたしのせいじゃないのにわたしのせいじゃないのに
1000ドル返してよおって泣き出しそうになってたら、
突然雨が降ってきて代わりにザーザー泣いてくれた。

なんで?
何なんだろう、コレって。
わたしがこの街好きにならないから、この街もわたしが嫌いなの?
せっかく好きになりかけてたのに。

もわもわベタベタする重たい初夏の空気さえ、
好きになりかけてたんだよ。ほんとだよ。


明日からどうしようか?

アパート探しに専念するか。
映画でも観まくってほんとにのんびりしちゃおか。
観まくるほどお金に余裕ないや。

なんかさ、もうなんにも上手く行かない気がするよ。


そのままアメリカに行っちゃうからって
あの人がうちに置いて行った携帯に電話する。
いきなり「留守番電話サービス」のおねえさんの機械声。
呼び出し音くらい聞かせてよ。
あの人のお部屋に、 SOS の信号くらい響かせてよ。




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おやすみなさい - 2002年05月30日(木)

「行ってらっしゃい」って、明るく言ってあげればよかった。

今どこにいるんだろ。
何してる?
出張の仕事頑張ってる?
いつアメリカに来るんだっけ?
2日だっけ? 3日だっけ?

なんにも見えないよ。


「好きだから。好きだから。好きだから。きみが好きだから・・・」。

あの人の言葉がぐるぐる回る。


「頑張って」って言ったのは、そういう意味じゃなかったのに。
わたしがどんなふうになってても、あなたへの「頑張って」は別のところにあるんだよ。

「こんな気持ちのままじゃ、アメリカのレコーディング上手く出来ないよ」。
そんなこと言うから、別のところでいつもあなたに微笑んでる「頑張って」が慌てて飛び出して来ただけよ。 

あなたは頑張れる。頑張らなきゃだめ。
いつでも、どんなことがあっても、ちゃんと頑張れる人でしょう?


「好きだから。好きだから。好きだから。きみが好きだから・・・」。

何度も何度もそう言ってた。

大丈夫だよ。消えたりしない。
あなたの音楽を死ぬまで応援するって言ったでしょう?
覚えてないの?
わたしは約束を破らない。
わたしは約束を破らないの。
どんなになったって、気が狂ったって、「頑張って」だけは正気で言える自信がある。
好きだから。好きだから。好きだから。あなたが好きだから。
あなたの曲が好きだから。あなたの夢が好きだから。


ごめんね。だけど「行ってらっしゃい」が明るく言えなかった。


おやすみなさい。大好きな人。
なんにも見えなくなっちゃったけど、
明日もあなたが頑張れますように。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        


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書けないこと - 2002年05月27日(月)

住みたいなって思ってるところがあって、行ってみた。
思ってた以上に素敵なとこだった。
地下鉄の高架と垂直に延びるメイン通りには、
ちょっとおしゃれなレストランやバーやブティックの合間に
八百屋さんやらお肉やさんやら魚やさんやらベーカリーやらアイスクリームやさんやら、
コインランドリーやら雑貨やさんやらドラッグストアやらコーナーストアやら、
グリークやテックス・メックスやイタリアンやチャイニーズのファーストフードのお店やらが、
ごちゃまぜになって雑然と立ち並ぶ。
わたしの大好きなお花やさんもたくさんあった。
ブロックの角ごとに必ずカフェテリアがある。
地下鉄の高架下にもお店が並ぶ。
地下鉄の高架ってのはおかしいけど、シティのまわりはどこもそうだ。
シティに入ってから地下鉄は地下に潜る。

あまり高級とは言えないとこだけど、そこがいい。
生活感に溢れているのがいい。
お行儀のよすぎるところに住むのはもういい。
がやがやした雑踏に紛れて歩きながら、
行き交う人の顔を見る。レストランのパティオに座る人の顔を見る。
住んでる人の顔の表情を見ると、そこがどういうところなのか少しだけ分かる。

いいなと思った。
活気があって、それでいて落ち着きもあって。
ここならきっと淋しくない。寂しくない。

帰りは病院までの距離と時間を調べてみた。
地図を見ながら走ってると、見覚えのある場所に出てきた。
ドクターのアパートからの高速の出口が病院の前の通りに差し掛かる交差点だった。
もう感傷的に思い出したりしなかった。一緒に仕事に出掛けた朝のこと。
まだなつかしいと思えるほどの余裕はなかったけど。

もうすぐ新しい場所で、新しい生活を始められることが嬉しかった。


だめだ。
いちばん書きたいことが書けない。

あの人の街に少しだけ似てるような気がしたの。
あの人は気に入ってくれるだろうなって思った。
だから引っ越す前にこのアパートに来てくれなくても、もういいやって思えたのに。
電話で話す前までは。

ねえ?
お金が無いより辛いことって、やっぱりあるんだよ。
ギリギリの生活してたって、なんとか生きて行けるじゃない?
心細くたって、頑張るしかないって思うじゃない?
そんなのよりも、もうどうしても動けなくなるほどどうしようもないことってあるんだよ。
どうにもならなくて、どうにもならなくて、誰にも助けてもらえなくて、
こころが粉々になってしまいそうな、
そんな辛さって、お金が無いより辛いよ、わたし。




なんでたったひとつのそれだけの望みが、わたしには叶わないんだろう。



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地球儀 - 2002年05月26日(日)

たばこを買いに行った帰りに立ち寄った99セントストアで、地球儀を見つけた。
近所のステイプルズで売ってる高い地球儀を今日も見て、いいなあ、欲しいなあって思ってたとこだった。

わたしね、昔っから地球儀が欲しかったの。ボーイフレンドが「誕生日に何が欲しい?」って聞いてくれるでしょ? そしたらいつも「地球儀」って答えてたのに、誰もくれなかったの。毎年地球儀リクエストしてたのにさ、そんなものあげたくないって言われるの。ダンナもふたりともくれなかったんだ。

あの人は半分眠った声で「ふうん」って言う。

聞いてる? だから今日買っちゃった。1ドル98セントだよ。ちっちゃーいヤツだけどね、嬉しかった。

「なんで99セントストアなのに1ドル98セントなの?」って、あの人はまた半分眠った声で聞く。

だって日本の100円ショップとかだって、100円のものばっかじゃないでしょ? そんなことよりさ、ねえ、あなたの住んでるとことあたしが住んでるとこ、どのくらい離れてるか知ってる?

ちっちゃいおもちゃの地球儀は150臆分の1って書いてある。メジャーで測って計算したら、大西洋回りで1万8千キロだった。太平洋回りで1万4千2百40キロだった。あれ? 計算合ってるのかな。

でもわかんない。数字見てもわかんない。一体それってどれくらいの距離なんだろう。
ずっと何マイルくらい離れてるのかなって思ってたけど、マイルに直したってわかんないし、別に数字なんか意味ないなあって思った。

あの人は「遠いなあ。そんなに遠いのか」って言った。わかるの?

あの人は明日から、もうすぐ辞める会社の最後の出張で、それからそのままフリーの方の仕事でまたアメリカに来る。一回うちに帰ると思ってたのに、そのままアメリカに来るなんて知らなかった。アメリカから電話するって言ってくれたけど、それまで話せない。地球儀をまた見る。わたしのいるところと、あの人が来るところと、どれくらい離れているんだろう。たったの数センチなのにね、この地球儀じゃあ。

行きたい。行きたい。会いに行きたい。日程詰め詰めのレコーディングって言ってたから、会いに行っても会えないけど、でも行きたい。そっとどっかから見てるだけでいいから。

「淋しい」って言ったら、「我慢して。僕もずっと休みなしで仕事してて、ツライんだよ」って。それ、わたしに言う言葉じゃないじゃん。しばらく会えないだけの彼女に言う言葉じゃん。
「あたしもツライんだよ。」
「わかってるよ。」
「わかってるの? じゃあ何がツライか言ってみて。」
「僕に会えないこと。」
違うよ。違う。違うけど、そう。そうだけど、違う。バカ。

今日は頑張って昨日の続きの本棚の整理終わらせた。お部屋も綺麗に掃除した。「これから何するの?」って聞くから「ごはん作るの」って答えた。「部屋綺麗にして、ごはん作るの? なんで? ひとりで食べるの?」「誰か来ると思ってるの?」「誰か来るの?」。「そうだよ。シーツも洗濯したから、一緒にごはん食べてからねぇ・・・」って言ったのに、あの人は無視して「いいなあ。食べたいなあ」って言った。

「おいでよ。今から食べに来る?」
「行きたいよ。でもこれから行ったら、もうパスタ延びてるじゃん。」

パスタじゃないよ。そんなの作るって言ってないじゃん。
ねえ、この地球儀だったらたった12センチなのにね。

買うんじゃなかったかな。地球儀。よけいに淋しくなる。

明日はメモリアル・デーのお休み。
アパート探しに行ってみようかな。星が出てないからお天気悪いのかもしれないけど。


昨日より少しだけ元気になった。
貴女のメールのおかげだよ。
ありがとうね、心配してくれて。すごく嬉しかった。


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free from nothing - 2002年05月25日(土)

弁護士さんから木曜日に病院に電話があった。
新しい政策が出されたために政府の審査が2ヶ月くらい延びるらしい。
1000ドル政府に払えば優先審査が受けられて、2、3日で結果が分かる。
どうしますか?

どうしますかって・・・選択の余地なし。
わたしの期限は5月いっぱい。
2ヶ月先まで待ってられない。

弁護士さんへの最後の支払いしたばっかりなのに、
今1000ドルなんか払えば、引っ越し費用が無くなってしまう。
それでもどうしようもない。
引っ越し費用はあとから考えるしかない。
今日 FeDex に行って、チェックを送った。
送ってからどっと落ち込む。
どこがラッキーガール?
生きてく自信も失くなってしまう。


何かしてなくちゃ落ち着かなくて、
本棚の整理を始めた。
どんどん溜まっていく資料のファイルとバインダー。
要らないものは捨てたいのに、どれが不要かわからない。
どれもみんな大事に思えて、古い資料も捨てるのが恐い。
ひとつずつチェックして、「とりわけ大事」「わりと大事」「普通に大事」「少し大事」とかに分けてると、
まるで収拾がつかなくなった。

とりわけ大事。わりと大事。普通に大事。少し大事。

わたしの人生って、大事じゃないものがない。
なんでも大事だと思ってしまう。
だから何も潔く捨てられなくて、
多分もう大事じゃないはずのものだっていつまでも抱え込んでる。
失くしたものさえ、いつまでも大事だと思ってる。
ほんとは、大事じゃなかったから失くしたのかもしれないのに。

違う。あの娘は大事だった。
大事だった。大事だった。
大事じゃなかったから失くしたんじゃない。

あの娘に会いたい。
あの娘のところに行きたい。
もう、とりわけ大事なものもわりと大事なものも普通に大事なものも少し大事なものも、
どうでもいい。
全部ここに置いたままにして、
チビたち連れてあの娘のところに行きたい。

わたしも翼と輪っか、もらえるかな。
そしたら会いに行くから。
あなたに会いに行くから。


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思い出が終わらない魔法 - 2002年05月22日(水)

朝の車の中、眠りそうだった。
いつもみたいなトロトロ眠りそうなんじゃなくて、半端じゃなく眠りそうだった。
目が半分しか開かない分、口がぱっくり開いて、口を閉じようとしたら目が完全に閉じる。うつろな目でパクパクしてる金魚鉢の金魚みたいに、マヌケな顔してそうだった。

突然フッと意識が遠のく。
レーン変えようとしてすぐ右に車がいることに気がついて、ドキッとしたらハンドル取られて、車が思いっきり左にすべった。高速の壁にぶつかりそうだった。気を取り直してレーン変えたら、左側抜けてった車のドライバーが呆れた顔で覗いて行った。
危ないったらない。それでも目が覚めない。

FM のステーションをがちゃがちゃ変えてみたり、CD いろいろかけてみたり、思いっきりボリューム上げてみたりしたけど、全然効かない。

いつもの FM のステーションに戻ったら、お気に入りの曲がかかってた。

I need a girl to ride ride ride
I need a girl to be my wife
I need a girl whoユs mine all mine
I need a girl in my life

I need a girl to ride ride ride
I need a girl to be my wife
Nobody else cuz sheユs all mine
I need a girl in my life

to ride とか、to be my wife とか、
なんて歌なんだってムカつきながら、usher のコーラスが心地よくて好きだったけど、

違った。
ラップの部分を初めて真剣に聞いてたら眠気が覚めた。
誰かと結婚したいこんな純粋な気持ちもあるんだって思った。汚い言葉使ったりするから、飾らない気持ちが切ない。切なくて優しくてあったかくて哀しくて、ひたすらピュアな気持ち。

あの人にはこんなふうに純粋な思いで結婚したい人がいるんだ。
そう思っても痛くならないほど、なんか素敵な気分になって、
眠気が覚めた。


ミズ・ベンジャミンとタニアとミズ・ディーとフランチェスカと一緒に、インディアン・バフェのランチに行った。最近フランチェスカがすごく好き。かわいいと思う。いい子だと思う。ものすごく。「あたしが男だったら絶対恋に落ちてるよ。一気にじゃなくてジワジワと。そういう子だよ」って、いつもフランチェスカの悪口言ってたドクターに言ってやりたくなる。

日曜日の留守電のメッセージと、かけ直したら番号が不通になってた話をしたら、フランチェスカは「イェイ!」って言った。あっちの病院に電話してみなよ、って言う。

もしかしたらもう LA に行っちゃったんじゃない? それであなたにバイバイが言いたかったのかもよ。向こうからかかって来たなら話は別だよ。あたしならあっちの病院に電話して確かめてみる。
嬉しそうに、そう言う。「わかんないけどね、あたしの助言なんか。30過ぎてもシングルなのに、男のことなんかわかるはずないけどね」って言いながら。

「もう忘れなよ」って言いながら、「ねえ、電話あった?」ってあれからもときどき聞いてきたり、「ほんとに顔がぱあっと明るくなってたの、あなたがフロアにいると。ほんとに全然違ったの。好きなんだなあって思ってた」ってそのあとまたそんなこと言ったり、そういうのが不思議とあったかかった。いつまでも平気になれないわたしの気持ち察してくれてるみたいで。

フランチェスカも同じように感じる人なのかもしれない。素敵な思い出があんなところで終わったままなのは哀しいってこと。恋を一方的に終わらせる時は冷たい終わらせ方をしたほうが相手のためだなんて、昔は傲慢にもそう思ってた。ふられて初めてわかった。そんなのは思いやりのようで違う。最後かもしれないってそんな気がしたあのキスは、ほんとの最後の意味を知ってるドクターの優しさだったはず。ほんとはあそこで終わるはずだった。あのあとドクターにわたしを傷つけさせたのは、わたし。思い出をあんなところで終わらせたのもわたし。でも、あっちの病院に確かめたりしない。わたしはいつもいろんなことを自分から壊しちゃうみたいだから。そんなつもりがなくても。


生理が始まって、今朝の異常な眠気の原因がわかった。

あの人は仕事場で電話を取ってくれて、ちょっと元気になった声を聞かせてくれた。
ほっぺたが腫れたまんまでめちゃくちゃ不細工だけど、って久しぶりに笑ってた。
「よかった」って、また泣きそうになる。「ごめんね」って笑いながら、また天使が舞っている。

わたしの想いに終わりはない。あの人の想いにも終わりはない。
だけど終わらせなきゃならないものがある。

大丈夫だよ、わたし。それを終わらせなきゃいけない時が来ても。
天使の魔法を信じてる。思い出が終わらない魔法を、あなたがきっとくれる。


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お祈りなんか - 2002年05月21日(火)

あれからあの人はずっと歯が痛い。
歯茎が化膿して腫れてすごいことになってて、ずっと痛くて眠れないのに、朝になったら歯医者に行って、それから仕事になんないって言いながら仕事に行って、
帰って来たらまた眠れない夜。

昨日はどうしようもなくて、歯医者にだけ行って仕事休んでたけど、
さっきまでやっと3時間くらい寝られたからって、今日はまた歯医者と仕事に出掛けた。

「心配しなくて大丈夫だよ」って。

バカ言わないで。
心配しないでなんかいられるわけない。
ほんとに大丈夫なの? 歯医者さんは大丈夫なの? 
口腔外科のある病院に行ったほうがよくない?
ねえ、倒れちゃうよ。
ちゃんと休まなきゃだめだよ。体が疲れてると傷は治りにくいんだよ。
親不知って怖いんだよ。
ねえ、仕事休みなさいよ。行っちゃだめだよ。
お願いだから休んでよ。

ひとつも言えないで、代わりに涙が出る。


「ニューヨークは大丈夫? テロのことニュースでやってた。また起こるかもしれないって。」
大丈夫だけど・・・。
「何も変わったことない?」
ないけど・・・。
「気をつけてよ。気をつけるんだよ。」
・・・。
「心配だから、ね、ほんとに気をつけて。何もないとは思うけど。」
・・・。

何言ってんだろ、この人。
そんな死にそうな声してて、何言ってんの?
なんでこんなときにわたしの心配してくれるの?
なんでそんなに優しいの?
なんでそんなに、優しいの?

もう涙がポロポロこぼれて、ちゃんと返事も出来ない。


そばにいてあげたい。
手を握っててあげたい。
一晩中抱きしめててあげたい。
痛みを和らげてあげたい。
眠りにつかせてあげたい。

わたし、何も出来ない。
おんなじ時間にさえいてあげられない。
お祈りなんか、
お祈りなんか、
なんにも役に立たないよ。


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恋人じゃなくて - 2002年05月19日(日)

雨の音が聞こえて、目が覚めた。
窓辺に行って雨を確かめようとしたら、雨の音だと思ったのは窓の下のスプリンクラーだった。雨も降ってた。スプリンクラーの音にかき消されて、音のない雨が降ってた。

もうお昼をとっくに過ぎてた。
電話が鳴った。あの人は真夜中のはず。
あの人からとは思わなかったのと、声がすごく低かったのとで、よくわからなかった。日本語で「もしもし」って言ったようには思った。黙ってたらもう一度「もしもし」が聞こえた。はっきりあの人の声だった。でもやっぱり低いくぐもった声で、いつもと違った。「どうしたの?」って聞いたら、歯が痛いっていう。少し前から親不知が大変なことになってるって聞いてた。親不知が歯茎の中で横向きに生えてて隣りの歯を圧迫してて。今日歯医者に行ったら親不知抜くより先に隣りの歯を削らなきゃいけなくて、それが痛くて痛くて、口も思いっきり腫れてるらしい。

「痛くて眠れない・・・」

子どもみたいに言う。
「苦しくて眠れないときはきみの声聞いていたい」。いつかそう言ってたっけ。

痛くてあんまり喋られないって言うから、いいよ、喋んなくて、ってわたしがひとりで話してあの人が返事だけして、少しして切った。

切ったあと、いつかのその言葉が、深呼吸して息を止めたときみたいに胸にいっぱいいっぱいになって、苦しくなった。甘くて苦しかった。わたしはいつもそうだ。あとにならなきゃあの人の言葉の重みがちゃんとわからない。あとになるほどわかってくる。

突然あの日のことを思い出した。9月11日。やっと繋がったわたしからの電話に、「よかったー」って泣き出しそうだった声。「心配で一睡も出来なかった。いないのわかってても一晩中電話してたよ」って安心して嬉しそうだった声。

最初から変わらずに、最初からずっと、そんなふうにいつもわたしを大事に思い続けてくれてるのに、わたしはときどきその意味の大きさがわからなくなってる。言葉に紛れてそのうんと奥にある気持ちが見えなくなってしまってる。

窓辺に戻った。窓を開けたら、スプリンクラーの霧みたいなシャワーが顔に優しく跳ね上がってくる。いつまでもそこに立って、スプリンクラーのシャワーを顔中に浴びていた。

眠れないあの人が心配で、わたしも一晩眠れなかった。
恋人じゃなくて、ただ大切な人。恋人じゃなくて、特別な人。そしてそう思ってくれる人。


いつのまにか雨が止んでた。
空が明るくなったのと同時に、バスタブにお湯を溜めた。アワアワのお風呂にゆっくり入ったあと、やらなくちゃいけない溜まったペーパーワークを済ませた。インターネットでアパートも探してみた。外に出て陽差しを浴びた。

そろそろ手近なものから少しずつ片づけようと、お昼から IKEA に行ってプラスティックのクレートをいくつか買った。ぼろぼろになってたから、マウスパッドもついでに買った。世界地図が、時差を表すタイムゾーンの縦の線で区切られたデザイン。タイムゾーンの境界線って途中で交差したりしてるんだ。知らなかった。距離もわかればいいのにと思った。こことあの人のいるところは一体何マイル離れているんだろうっていつも思う。


帰って来たら、留守電が入ってた。今度は絶対あの人だと思ったのに、違った。

ドクターだった。

「Ken だけど、電話くれる? 今4時10分前。じゃああとでね、バイ」。
テープが悪いのか、雑音で声が聞き取りにくかった。何回も聞き直したけど、やっぱりドクターの声だった。でも胸は痛くならなかった。

手を洗って、チビたちにごはんをやって、友だちからの留守電に返すみたいに普通に電話をかけた。

呼び出し音は鳴らずに信号音が鳴って、テープの無機質な声がわたしのかけた番号を告げたあと、「 ...has been disconnected. No further information is available.」って言った。それだけを何度も繰り返した。番号を確かめたけど、間違いなくドクターの番号だった。

解約されてる。止められてるだけ? わかんない。引っ越したのかな。違うよね。「電話くれる?」ってメッセージに入ってたけど、新しい番号なんか言ってなかった。なんかのイタズラ? まさかね。

ペイジャーにかけようかと思ったけど、やめた。
メールしようかと思ったけど、それもやめた。

また忘れた頃にかかってくるよ。
もう大丈夫。もう多分普通に話せる。もうただの友だちになれる。
もう、恋人の代わりなんかじゃなくて。

友だちになれたらいいね。もうすぐ遠くに行っちゃうんだものね。




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雨の匂い - 2002年05月17日(金)

あのパンツを履いて行きたいと思い立ったら止まらなくなって、時間がないのに朝からアイロンをかける。紺地に細かい白のドットの、テロテロでダボンとしたすごい古いパンツ。かかとがぎりぎり隠れそうで隠れない中途半端な丈だから、いつも靴に困ってた。ふと、ベージュの華奢なサンダルに合うと思った。ストラップ無しだしヒールが高すぎて、仕事には無理だと思ってたけど、どうしてもあのパンツを合わせて履きたくなった。

エレベーターの中で、知らないドクターに「その靴いいね」って言われた。ミスター・ラザーが「そのパンツいいね」って言ってくれる。女同士ならよく洋服誉め合うけど、恋人でもない男の人に言われると、ちょっと不思議でなんか嬉しさが違う。

患者さんまで誉めてくれるから、パンツをひらひらさせてヒールをカツカツ鳴らして、気分よく仕事が出来る。よかったね、パンツ。これだから、古い洋服も捨てられない。

「それ、チャイニーズランドリー? いいねー。高かったでしょ?」。
お昼休みにジェニーが言う。
「アウトレットで25ドル。」
「うそ。ラッキーじゃん。」
横から年輩のクリスティーナが「チャイニーズの靴なの?」ってとんちんかんなこと言うから、ジェニーが説明してる。

今日も忙しかった。8時まで仕事した。
このあいだシティに履いて行ったときは、20ブロックも歩かないうちに足がジンジン痛くなったけど、今日は一日殆ど立ちっぱなしの歩きっぱなしでも平気だった。
慣れるってどういうことなんだろって考える。
ほんとは痛いのに神経があきらめちゃうの?
平気になるってそういうことなのかな。

帰ったら、保険会社から入院費の保険が下りた通知が来てた。ドクター費の分がまだだけど、入院費の2050ドルのうち、わたしは200ドル負担すればいいだけになった。
税金の返済も来た。国税と州税と市税合わせて2800ドルも返って来た。申請した金額より少し多かった。

これで最後の弁護士料が払える。弁護士さんから結果の通知はまだ来ないけど。
でもきっと大丈夫。わたしはラッキーガールだから。

メイリーンがいつもそう言う。
おととい、ものすごく久しぶりに電話をくれたときも言ってくれた。
「ひとつずつみんな上手く行くって。アンタはラッキーガールだから。今までやって来たこと考えてごらんよ。ね、最後には上手く行ってるでしょ?」。

そうだね。多分いろんなことがラッキーだった。

でもメイリーン、あの人のことは?
いつかそのこともラッキーガールになれる?
それとももうラッキーガール?

あの人がいつもそこにいてくれること。
声が聞けること。
それは幸せなことだと思う。
痛みには全然慣れないけど。

いつか痛みに慣れるときが来る?
わたしはラッキーガールだから?


「今日雨だよ。イヤだなあ、雨」。
電話の向こうであの人が言う。
電話を切ったら、雨の匂いがした。


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天使の季節 - 2002年05月15日(水)

スタジオ兼お店兼会社兼の新しい仕事場。
改装工事を外注するお金がないから、仲間みんなと全部自分たちでやるらしい。
ゆうべは徹夜でペンキ塗りで、天井を塗ってる間に白いペンキポトポト顔に落ちて来るから、「ガンシャ、ガンシャ」ってみんなで面白がってたってバカ言ってる。

「いいなあ、ガンシャ。」
「僕は別によくないよ。」

いいなあ、そんなふうなの。ガンシャじゃなくて、お金ないから自分たちで改装。
ペンキ塗りしながらはしゃいでる天使が見えた。
スーツ姿はどんなに頑張ってもあやふやだったけど、
顔に白いペンキくっつけて、天井までヒュンと飛び上がって、真剣な顔してペンキ塗りしてる天使なら簡単に見える。
わたしの大事なその翼にまで、ペンキつけたりしなかった?

徹夜でペンキ塗りしたのに、これから会社の取引先の人と打ち合わせに行くって、電話しながら着替えてる。待ち合わせの場所まで乗るタクシーの中でも、電話を続けてくれる。「覚えてる?」って、一緒に行ったあの場所の名前をあの人は言う。その場所に着いてタクシーを降りたら「あ、もう来てる」って言うから、「『コンニチワ』の代わりに『ガンシャ』って言って」っ言ったのに、返事しないでケタケタ笑ってる。「ねえ、言ってよ。絶対わかんないって。取引先の人、コンニチワって言ったと思うって」。もう一回そう言ったのに、またケタケタ笑って、「行ってくるよ」ってキスしてくれた。ガンシャ言えないのに、キスはいいの?


日が長くなった。
夜の8時になってもまだ明るい。
風もあたたかくなった。
窓を開けて走る車の FM のステーションから、懐かしい昔の曲のリミックスが流れる。
すれ違った車の窓からおんなじ曲が聴こえてきて、すれ違ってる時間だけ曲が重なる。
今日は忙しい一日だった。1時間半いつもより遅くなったけど、帰り道で見つけたそんな季節が嬉しくなった。


天使の季節が来るね。
あの人は冬の方が好きって言うけど、
わたしは夏のはじめの天使が好き。

覚えてるよ。
あの時も、あなたのうちからタクシーに乗って行った。
覚えてるよ。
今あなたが降りたところ。
覚えてるよ。
先に降りたあなたが、はにかんだ微笑み見せて手を差し出してくれた。
覚えてるよ。
少しだけ先に歩いて、振り向いてはおしゃべりして、首を傾げて笑ってた。
覚えてるよ。
光の中でいつもまぶしかった笑顔。


夏のはじめの天使が好きよ。


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手の焼ける患者さん - 2002年05月14日(火)

ホームレスの、エイズの患者さん。
機嫌悪いし態度悪いし、すっごいふてくされてる。
食事バクバク食べてるくせに、「食欲ない」って怒るし。
可笑しいよ。
「無理して食べなくていいよ。食欲ないならサプルメント、オーダーするから」。
そう言って、ナースステーションから缶をふたつ持って行く。
そう言ったけど、ちゃんと食べてても、サプルメントが必要な疾患。
「バニラ味とチョコレート味。特別に2缶、オーダー通す前にあげちゃうよ」って渡したら、「チョコレート味なんか気持ち悪くて飲めるか」ってむくれる。
「こんなとこ早く出してくれ。今日は帰って地下鉄で寝るんだ」って、手首に付いてる患者さん用の ID 引っ千切る。すごいよ。プラスティックの輪っか、手で千切っちゃうなんて。それより、帰って地下鉄で寝るって・・・。
「だめだよ。今日はこのベッドで寝るの。」
「寝ない。」
「地下鉄よりここの方がいいじゃん。」
「よくない。」
「バニラ味2缶にするから、ハッピーになって。」
「ならない。」
可笑しくて吹き出しそうになる。
小児科病棟のやんちゃな子どもだって、もう少しおりこうさんだって。

っていうより、反応がイチイチ、あの人に拗ねてるわたしと一緒。
わたし、手の焼ける患者さんと一緒だ。
だからこういう患者さん得意なんだ。
ドクターもナースもみんな手こずってるけど、わたし平気。
天性だな、才能かな、とか思ってたけど、違う。
ただおんなじだから、わかっちゃうんだよ。

病院って、患者さんがほかじゃ見せられない自分の弱いとこ、全部さらけ出しちゃうところ。体も病気もそうだけど、弱い心も辛い気持ちも。もうみんなさらけ出しちゃったから、安心して甘えたくなったりするんだよね。
 

そう思ったら、なんでかものすごくあの人が愛おしくなって、たまらなく声が聞きたくなって、それだけで一日いつもよりエネルギーいっぱいだった。

何時に電話するんだったか、どっちがかけるんだったか、今日は電話の日なのかも忘れちゃったけど、かけた。
なんか、「いよいよ契約の日」らしくて、珍しくスーツ着てこれから出掛けるって言う。
「うそ。似合ってないでしょ。似合わないよー、絶対。」
「知らないだろ。僕が日本ースーツが似合う男って。ネクタイも日本一だし。裸にネクタイしてるとこ見たい?」
「しなくてもついてるじゃん。」
「下の方に?」
「うん。」
「そこまで長くないからなあ。」
『蝶ネクタイ!』
ハモった。

スーツ姿なんか想像出来ないって。
でも今日は記念の日だね。ほんとにいよいよ新しい自分の仕事、始まるんだね。
切ってから、すぐにかけ直す。

「言うの忘れた。おめでとう、社長。頑張るんだよ。」

あの人ったら、なんか神妙に「ありがと」なんて言っちゃって。
嬉しそうだった。社長なんかって勝手に呼んでるけど、わたし。


ごめんね。
拗ねて困らせてばっかで、手の焼ける患者さんみたいで。
悪いとこも弱いとこも醜いとこも、もうみんなさらけ出しちゃったからね、安心して甘えてるの。だからわたしが患者さんたち好きみたいに、あなたもわたしのこと好きでいて。
好きでいて。ね?

もう、ちゃんと手伝うって決めたから。
ちょっとくらい頼れるお姉さんなところも見せてあげる。

頑張れ頑張れ、新しい仕事。


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空っぽ - 2002年05月12日(日)

「きみは今から何するの?」
「洗濯。あたしがするんじゃなくて、洗濯機がするんだけどね。」
「洗濯機がするの?」
「そうじゃん。あなたんち、洗濯機ないの?」
「手洗いもあるじゃん。」
「そうだ、ブラジャーは手洗いする。」
「なんで?」
「そりゃあだって・・・。多分みんなそうだよ。彼女に聞いてごらんよ。」
「今度聞いてみる。」
「今度っていつ?」
「んー。当分会えないかなあ、忙しくて。」

「会わない」じゃなくて「会えない」なんだ。
「前会ったの、いつ?」って聞いたら、あの人は何かの事件の話をして、「その事件のことニュースで見た次の日に会った。1ヶ月くらい前かな」って答える。

「何したの? あたしが昨日したみたいなことしたの?」
昨日は男と出掛けたことにしてた。わたしってコレばっか。
「してないよ。もう3ヶ月してない。」
「ふうん。数えてるんだ。」
「数えてるっていうか、だって珍しいじゃん、このスケベ男が3ヶ月もしないって。」
「じゃあ3ヶ月前まではしょっちゅうしてたんだ。」
「しょっちゅうでもないけどさ。」

聞くほうも聞くほうだけど、あの人ったら嬉しそうにそんな風に答える。
なんだ。ちゃんと上手く行ってるんじゃん。「別れそう」とか言ってたくせに、仲良くやってんじゃん。上手く行ってんじゃん。よかった。安心した。



嘘。安心なんかしない。

昨日はあんなに心配したけど。

あんなに心配した。本気で心配したんだよ。
本気で、震えるくらい心配したのに。心配したのに。ほんとに心配だったのに。

自分のマヌケさ加減が可笑しくなって来て、笑いそうになる。
笑ったら、そのまま気が触れて死ぬまで笑い続けそうな気がした。
だから我慢した。必死で我慢した。
顔が、乾かすパックしてる時みたいに無表情になってくるのがわかった。

酵素のパック。白い酵素の粉にお水を少し混ぜて、こねて、顔に塗って、乾いたら洗い流すやつ。

夫が怖がるのがおもしろくて、バスルームからパックした顔出して「ねえねえ」って呼んだり、そうっと後ろから近づいてトントンって肩叩いて振り向かせたり、そんなことして遊んだ。アノヒトったら何回やっても「うわっ」とか「ギャッ」とか驚いちゃって、おもしろかった。色白で白塗りのお肌がすべすべしてて、「こっちの方が美人じゃん」ってわたしはすまして言ってた。

泣いたらね、せっかく乾きかけたパックがドロドロになっちゃうから。
パックなんかしてないのに、そう思って泣くのも我慢した。

能面みたいな顔のまま、こころが空っぽになって行く。
笑わないし、泣かない。
こういう顔の人、知ってる。
病院の患者さんにいっぱいいる。
血が通ってないような肌の色。何も語らない目。
笑えないで泣けないで、感情が無くなったみたいになった人たち。


どうしよう。恋しいよ。アノヒトが、別れた夫が、恋しい。
うんと昔のあの頃が恋しい。
わたし、幸せだった。

わたし、幸せだったのに。


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あの人の結婚 - 2002年05月11日(土)

あの人が来年の夏ごろ結婚するって言った。
早かったら来年の夏。でもわかんない。夏に出来なかったら、その先はわからない。そう言った。

新しい仕事を始めて1年。ちょうど軌道に乗るころだよね。
やっぱり結婚のためなんだって思った。
違う。あの人が何をやったって、わたしがどんな形で応援したって、行き着くところは彼女との結婚。
そんなことわかってる。
わかってるけど。
わかってるけど。

「もうお手伝いしたくない。」
「結婚のためじゃないって言ってるじゃん。」
「もう聞きたくない。」
「手伝ってくれないの?」
「あなたの結婚のためになんか、なんにもしたくない。」
「だからこの間も言っただろ? 違うって。僕がやりたいことなんだ。結婚のためなんかじゃ・・・」

もう頭がクラクラして、何も考えたくなかった。そして電話を勝手に切った。
あの人はかけ直してきて、わたしは電話が留守電に変わるまで放っておいた。
何度も何度もあの人はかけてきた。
何も話せそうになかったけど、涙を拭って電話を取ったら、あの人が言った。

あのね、1年前に結婚するってきみに言って、それからずっと延びてきただろ?
なんでかわかる? 彼女は僕のやりたいことに反対してきた。
今度の仕事も反対してる。彼女はちゃんと会社に勤めた安定した生活が欲しいんだ。
でも僕は会社を辞める。・・・正直なところ話すけど、もう今、別れそうなんだ。

あの人の声は震えてた。怒ってるみたいだったし、泣きそうみたいだった。
荒い息づかいさえ聞こえて来て、わたしは唾をごくんと飲み込んだ。
あの人は別れたくなんかない。だから来年の夏って言った。
だけど来年の夏って何? それは彼女が決めた期限? 
「今度の仕事が上手く行っても、その仕事自体が彼女は嫌なの?」
「そう。」
「音楽の仕事に繋がってるのに? 音楽の仕事は上手く行ってるのに?」
「僕にはこの先も自信があるけど、彼女はそう思ってない。」

どうしてだめなんだろう。
愛してる人が追いかける夢を、どうして一緒に追いかけたくないんだろう。
どうしてそばで支えてあげないんだろう。
どうして支え合って生きて行きたいと思わないんだろう。
結婚って、そういうものじゃないの?
愛する人が結婚のために夢をあきらめてしまうことが平気なの?
安定がそんなに大事?
何のための結婚?
安定が欲しいなら、なんで一緒に頑張ろうって思わないんだろう。

あの人は彼女を愛してる。彼女だってあの人を愛してる。
だからずっと一緒にいたくて、だから結婚したいはずなのに。

どんな結婚がしたいかなんて人それぞれだから、彼女が間違ってるなんて思わない。
あの人は前に、彼女は自分の仕事が好きで頑張ってるって言ってたけど、
それは目前に、自分の描いてる結婚の夢が現実になりかけてたからかもしれない。
結婚したら仕事を辞めて、愛する人のためにおうちを綺麗にしておいしいお料理を作って、たまには一緒に旅行に出掛けて、かわいい赤ちゃんを産んで、何も心配しなくていい将来・・・。
そんな安定した幸せを夢見てるのに、あの人のしていることはそこからかけ離れてるようにしか思えなくなった? そして結婚はどんどん延期になる。
自分が描いてる結婚の形をあきらなきゃいけないなら、彼女も同じ?
夢をあきらめられないのは、彼女も同じ?

わたしが考えてもしょうがない。
それはふたりにしか解けない問題で、他人には、とりわけわたしには、関係ないし何も言えるはずがない。

あの人が結婚するのは淋しい。
だけどあの人が悲しむのはもっと辛い。
大切で大切で大好きな彼女。あの人はもう何度もそう言ってる。
あの人は彼女と幸せになりたい。
わたしはあの人にいつだって幸せでいて欲しい。

あの人の仕事が上手く行って、それで彼女を説得出来るなら・・・。
わたしにはあの人の幸せを祈るしかない。
だって、結婚はもう1年前に分かってることだったんだから。

「もう手伝ってくれないの?」。あの人はもう一度すがるように聞いた。
「あなたのためだけだったら手伝う」。泣き出しそうな声を押さえてわたしは答えた。
わたしはバカだ。だけどしょうがない。あの人に幸せでいて欲しい。ただそれだけ。

そんなことを言ってたって、明日になったらあの人はまた無邪気な天使に戻ってるかもしれない。ときどき大げさにものを言ったりする人だから。
そしてちゃんと予定通り、彼女と幸せに結婚もする。

電話を切ってからそう思って、それでいいはずなのに、
あの人の結婚がわたしはまた悲しくなる。


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留守電 - 2002年05月10日(金)

ジェニーとごはんを食べに行った。
ごはんのあと、スターバックスが入ってる本屋さんで雑誌を3冊手にしてコーヒー飲みながら、
「美しいお肌を保つ秘訣」のページの紫外線撮影の顔を見て「あたしもコレかもしれない」ってふたりでぞっとしたり、

リッキー・マーティンの赤ちゃんの時の写真を「めちゃくちゃかわいい」とか「別にふつう」とか言い合ったり、

「ロシア系のドクターは何故あんなに意地悪なのか」とか「女のドクターはなんであんなにエラそうでウルサイのか」を討論したり、

ヴィクトリアが4回も国家試験に落ちてる理由を分析して、どうやって勉強のコツを伝授するか決めたり、

ドリーンのおしゃべりが止まらないワケを探って、でもあれはもうどうしようもない、だけどドリーンはものすごく心のあったかい子で人を助けるのにどれだけ一生懸命か、ってことを例をひとつずつ挙げて認め合って賞賛したり、

肝臓疾患の治療について今日診た患者さんをケーススタディにして議論したり、

お互い次の目標を達成するために今何を始めるべきか見解を述べ合ったり、

それにしても Dr. ラビトーはあのビッチな Dr. カプリンをほんとに愛してるんだろうか、悔しいけど愛してるんだよ、でもフランチェスカは「ただの友だち同士だよ」ってムキになってるよ、人知れずいいところがあるんだよ、例えば? ぜんっぜん思い浮かばないけどさ、人知れずいいとこがあったって患者さんに対するあの態度は許せない、まああの完ぺきな Dr. ラビトーには似合わないけどねアンタの方がまだ似合う、まだって何よ、って、人の恋路を詮索して笑ったり怒ったり、

周囲に憚らず大声でおしゃべりしてたら、いつの間にかお店の人が椅子を逆さにしてテーブルに乗っけ始めてた。時計を見たら、12時5分前だった。

帰り道であの人のことを考える。ジェニーにだってあの人のことは話せない。

うちに帰ったら、本棚の本がバラバラと無惨に床に落ちていた。チビたちの反抗だ。こんなに遅くなるはずじゃなかったんだよ、ごめんね。慌ててごはんをやったら、足元にふたりしてじゃれついて離れない。留守電のランプがついていた。

「えっとぉ、かえってきたらでんわくださぁい、じゃねー」って、また小学生みたいなメッセージ。

電話をかけたらあの人は友だちといて、自分が聞いてわたしが答えたことを友だちに伝えてる。この電話の主のことを、友だちになんて言ってるんだろう。あの人を取り巻く世界にも、わたしは存在しないはずなのに。

「ゆうべ必死で帰って来て電話したんだよ。もう仕事に行ってた?」って拗ねた声で言う。
「明日の朝レコーディングあるからさ、起こしてー」って甘えた声で言う。
友だちがいるのに平気なの?

あの人の日常とわたしの日常が、海を隔てた遠い遠いところにあって、
昼と夜が逆さになったふたりの毎日が、誰にも見えない細い細い電話の線で繋がってる。

誰にも見えない、誰も知らない、細い細い電波の橋。
もしもうんとこの先、自分にさえ信じられなくなったとき、
留守電のテープに残った声だけが、確かな証になるね。

テープを巻き戻してあの人の声を聞く。
おかしいんだってば、その喋り方。涙が出るよ。


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社長と秘書ごっこ - 2002年05月08日(水)

大発見。
コネティカットのが上手く行きそうになくて、もうダメかなと思ってたら、
すごいとこ見つけちゃった。
シティにあった。めちゃくちゃ大きなところ。
平日のお休みは当分ないから、行ってみるなら今日しかない。
電話したら、来て下さいって言ってくれた。

シティの手前で事故があったらしくて、いつもの電車が途中でストップする。
乗り換えた初めての地下鉄の線が、新鮮でワクワクした。
知らないことがまだまだいっぱいあるこの街。
「シティ行きはこれでいいんだよね?」
「タイムズスクエアはどこで降りるの?」
駅に停まるたびにキョロキョロしながら、隣りの男の子に聞きまくる。
「五番街」のサインが目に入って立ち上がる。「タイムズスクエアは次だよ」って男の子が言ってるのに、「あたし、ここで降りるの。ありがと、バイ」って慌てて飛び降りた。
振り返ったら、男の子が肩をすくめた。完ぺき変なやつにされた、わたし。
ドアが閉まる寸前に、一緒に乗り換えたおねえさんがあとについて飛び出してきた。
いいのかな。ここ、五番街なんだけど。

外に出たら見慣れた界隈だったけど、行き先は20ブロックも先だった。
バスに乗ろうか、地下鉄乗り継ごうか、考えた挙げ句、歩くことにした。
細いチャイニーズランドリーのサンダルが、不格好なわたしの足に痛くなる。やっぱりバスに乗ればよかったかなって冷や汗さえ出てきたころ、大きなビルの前に翻るロゴ入りの旗が目に入った。

オフィスの人は親切だった。今日ショールームを開けてた業者の人を紹介してくれて、いろいろ話が聞けた。すごいすごい。すごい収穫。

やった。やった。
嬉しくて、報告したくて、今日は約束の日じゃないけど電話した。
「明日僕からかけるって言わなかった? 今ちょっとマズイ」。
囁き声であの人が言った。ドキッとした。彼女が一緒なのかなと思った。
「彼女といるの?」。おそるおそる聞いた。
「違う。ミーティング中。」
「あのね、例のヤツ、大発見したの。報告しようと思って。マズかったら明日にする。」
「いいよいいよ、話して。何?」。
ミーティングの場所からうんと離れたのか、こういう話だからいいと思ったのか、あの人は普通の声になる。

焦って話そうとして、上手く言えない。専門用語の日本語がわかんなくて、えっとえっとって言いながら、しょうがないから英語の単語をそのまま日本語の発音にして混ぜる。やだやだ。こういうしゃべり方するヤツ嫌い。そう思うとまた焦って、上手く説明出来なくなる。なんかすごい時間かかったけど、あの人は一生懸命聞いてくれて、「今ちょうどミーティング中でよかったよ。これからそれみんなに報告するよ」って、救われること言ってくれた。
 
こういうとき相変わらずあの人は冷静で、淡々と次のステップとか話すから、「誉めて誉めて。あたしえらい? よくやった?」って混ぜっ返す。「うん、えらいえらい。ちょっと待って」。いつものあの人に戻ってそう言って、キスを3回くれた。

「やった。誉め誉めのキス?」
「そ。じゃあさ、ミーティングに戻るから。明日電話するよ。」
「わかりました。社長、頑張ってください。」
「もいっかい呼んで。」
バカなんだから。
「社長、好きよ。」
「うむ。・・・今の、社長っぽかった?」
「うんうん。あたし、秘書だからね。」
「わかった。秘書にしてやるよ。」

電話を切ってから、もらって来たカタログに載ってる業者のウェブアドレスに片っ端からアクセスする。やらなきゃいけなかった自分のことなんか、まるで出来てないのに。来るのかな。来るのかな。これで来られるようになるのかな。

来てくれたら、社長と秘書ごっこしかないね。
そんなこと考えながら、もう来てくれる日のこと空想してる。

会えなくても、会えなくても、あなたのために出来ることがあるだけでいいよ。

うそ。やっぱり会いたい。


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もう一度初めから - 2002年05月06日(月)

ドアミラーに映る風景はなんであんなに綺麗なんだろうね。
露出が少しアンダーな映像みたいに、
見慣れたはずの街並みが、深みを帯びてつややかに、まるで別の世界みたいに映し出されて
小さくなって後ろに飛んでいく。

消えて行くと思うでしょ?
違うの。消えないの。

限りなく限りなく続いて行くの。

でも見えなくなると思うでしょ?
違うよ。そんな気がするだけ。
振り向けばそこに、いつもの街がいつもの顔して佇んでる。

そこに街がある限り、
ドアミラーの中の映像は続くの。
たとえ街が姿を変えても、
ドアミラーの映像は、同じように景色を変えて続いてく。

正面を見れば、シティの高層ビルの塊が、空に向かって突き立っている。
りんと、背筋を伸ばして自信ありげなビルの塊は、だんだん大きくなって
手招きしてるみたいで吸い込まれたくなるけど、

ウィンドシールドのスクリーンの左下の隅っこで
小さなドアミラーのスクリーンが映し出す映像が、わたしにはこんなにも素敵。

振り返ってるんじゃないんだよ。
前を見てるんだよ。
前を見ながら、前に進みながら、
後ろに飛んでく風景を眺めてるの。
幻じゃなくて、偽物じゃなくて、
過ぎて来た街がただ美しく再現されてるの。


「今日何の日か知ってる?」
「大人の日。」
「何それ? 子どもの日のあとだから?」
「うそうそ。知ってるよ。」
「何の日?」
「会った日。」
「違うよ。会った日じゃないよ。」
「会った日だよ。きみと、出会った日。」


あなたの言葉は変わらずに
さりげないのに息をのむほど突然わたしを幸せにしてくれて、

あなたが大事なことも
あなたを愛してることも
色褪せずにずっとおなじだけど、

日常に紛れ過ぎて、少しだけ当たり前になっちゃってたみたいな気がする。

もう一度初めからあなたを愛したい。
もう一度初めからあなたを大事にする。
振り返らずに、立ち止まらずに、うんと前の方ばかり見ずに、

2年分の風景と一緒に
もう一度初めから。


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からだごとため息 - 2002年05月03日(金)

起きたら夕方だった。
14時間も眠った。
バスタブにお湯を溜めて、今日はミルクのオイルを垂らす。
透明のオイルが、お湯に落ちると乳白色に変わる。
それがみるみる広がって、バスタブごと薄いミルクの色になる。
洗面所で洗った髪をタオルにくるんで、ざぶんと薄いミルクに浸かる。
すごいすごい。お肌がつるつるする。
オイル、入れ過ぎちゃったのかな。
長いこと長いこと白いお湯に浸かったまま、ぼうっとしてた。


やっぱりダメみたい。
会えないみたい。
あの人が言ってたこと、ちょっとすぐには無理みたい。
夕べまたいろいろ調べてたら、わかっちゃった。
それが出来なきゃ行けないって、あの人言ってた・・・。


つるつるになった体をバスローブですっぽり包んで、
ゆうべ作ったレモンとラズベリーの二段重ねのジェローを冷蔵庫から出して食べる。
チキンも解凍してたんだった。
パタックスのカレーペースト使って、タンドリンチキンを作ることにした。
クーミンをたっぷりふって、チキンと一緒に玄米も入れて、コトコト煮る。
味見をしたら、マンゴジュースが合いそうだと思った。

着替えて、近所のスパニッシュのグローサリーストアに買いに行く。
ヒスパニックの人たちがたむろする、ちょっと異様な雰囲気のお店。
入るたびにドキドキするけど、なんか好き。
スペイン語の歌が流れてる。
言葉はわからないけど、哀しい心が伝わって心地いい。
シンクロしたのかな。
GOYA のマンゴネクターと、隣りにあったパッションフルーツのジュースも手に取る。
ついでにココナッツウォーターも買う。


ねえ、きっとあなたもこのお店おもしろいって言うよ。


ドアを開けるとき、誰かが「バイ、ベイビー」って言った。
振り返ったら、かたまってコーヒー飲んでる数人の中のひとりが笑ってこっち見てた。
半分だけにっこり返して、何も言わずに外に出た。

仕上げに乾燥パセリを散らして、ふたをして火を止めて蒸らしてた「タンドリン・チキン&ライス」が、出来上がってた。


ね、おいしいね。お米も入れて一緒に炊いちゃったの正解だったね。
マンゴネクターとパッションフルーツのジュース、あなたはどっちにする?


明日からの週末、仕事入っててよかった。
月曜日まで電話出来ないって言ってたもの。
月曜日、なんて言おうか。
来ても無駄ってわかっちゃったの、って?

からだごと、大きなため息になる。
このままぽわんと消えちゃえばいいのに、なんで消えてくれないんだろ。
ミルクのオイルがいけないの?
つるつるになったからいけないの?

わたし、どこもしっかり自分の生活なんかしてない。

もう誰かわたしをハサミでじょきじょきに切り刻んで。


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元気でいるんだね - 2002年05月01日(水)

Sometimes I feel I totally got over it.
Sometimes I feel like I still like you.
Sometimes I donユt bother thinking of you at all.
Sometimes I canユt get you out of my mind.
Sometimes somehow something reminds me of you, and all.

これが正直な気持ち。
わたしはまだちゃんと抜け出せないでいる。
だけどこんな返事送れるわけがない。

ドクターからメールが来た。
Kendy に送るメールを、間違えてドクターに送ってしまったから。
わたしのアドレスブックには、Kendy のあとに Kenny が続いてる。
Kendy のところをクリックしたつもりが、Kenny をクリックしちゃったんだ。


きみ、違う相手にメールを送ってるよ。これ、僕だよ、Ken だよ。
きみが元気でやってますように。


Kendy に送るはずだったメールが、短いメッセージの下にくっついてた。
笑った。
笑っちゃった。
それにしても、間違って送ったのはあの街から帰ってきた翌日だよ。
なんで今頃なの?


ごめんなさい。間違っちゃった。
教えてくれてありがとう。
あなたも元気でいますように。


返事を書きかけてやめて、放って置くことにした。2日放ってた。
なのに昨日電話した。

「 Hello?」ってわたしが言い返したとたんに、ドクターは笑った。
だからわたしも笑って言った。「ごめんね、メール間違えて送ったりして」。
「いいよ、そんなの。今電話中だからさ、あとでかけなおすよ」。

そう言ったくせに、電話はかかって来なかった。


元気そうな声だった。
屈託がなくて自信に溢れてて、ナースステーションでいつもひときわ大きかった、あの声のまんまだった。
元気でいるんだね。

わたしも元気でいるよ。

昨日から、あなたの声が耳に残って心臓が頭痛みたいにガンガンしてるけどさ。


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