21世紀猫の手日記
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というわけで日記が白くなりました。 白は白で目にきつい(爆笑) 何かと日常が後出しじゃんけんでw、腹立つわ。形式だけ先にくれて、文字のポイントの指定がなく、出した後18ポイントでとか言われてもよぉーと、お怒りである。自由に作っていいのかどうかもわからないので、その辺、指定がないと自由に作ってしまうのだ。写真、図とか、どれだけ入れていいかわからんやんか。
家族のことで思い出して怒ったりとか、悲しくなったりとかは、残るんだけどひと段落ついたかな。結局、自分がやべぇ鬱だ、なおらん?とか思っていたのは、C−PTSDというものでした。
単発の大きな出来事でなくて、長期間・反復的・逃げ場のない状況での起きるトラウマ反応のことです。
うぅわぁーーー!!!
……その通りじゃないかぁ。ぐうの音も出ない回答でした。
原因は ・長期的な家庭内支配・慢性的な心理的拘束・発達期からの継続的コントロール・逃げられない環境での圧力(独立して生活しても家のルールや投票先・服装髪型など押し付けに家族が来るwまぁ、注意しに来るわけですよ)
特徴として ・慢性的な過覚醒(なんかわかる)・感情調整の難しさ(まあわかる)・自己否定感(むちゃくちゃたかかった)・対人関係での警戒(けっこうたかい)・「自分が悪い」という内面化(ぶっちぎりであったので、努力したが実らない、すでに足の置き場が間違っている状態だから、かなり残念な状態しかも長い)
……生き抜くために身についた反応ということですが、ほぼ正解なのでZAZAみたいな、一見虐待には見えないんだけど、非常に辛い家族関係てのは意外と多いのかもしれません。 関係を切るということもできたのですが、自分は一人っ子なので良心があるので、そうはできなかった。話せばいつか理解してもらえると思って居ましたからw。 自分は一般的な人間関係を想定していたし、自分に関心を持ってくれる=理解するだと思っていたんですね。でも、両親にとっては、自分たちの延長みたいなもので、彼らの価値観からすると、感情を理解するというのは、幼いこと、もしくは必要のないことだったんですね。
自分たちの家族であるならば、能力に欠ける人間は、自分たちが保護もしくはコントロールしなくてはいけないと思っていたのかもしれません。ただ、保護というにはw、世間体なのか家を出ていけみたいな感じで、就職決められてますし、じゃぁ手放すかというと、ひと月に一回帰宅と報告を義務づけられ、帰らなければ親が家に来るという……今、そういうことをしていた親の年を越すと、「重要事項であったんだろうけど、ヒマなのか?」という気がします。
その後も結構厳しいコントロールがいろいろとあるんですが、外見、髪の長さ、靴とか投票先とかw。食器が増えるから食器棚を買うなとかw。これは多分、勝手に結婚してほしくなかったんだろうなと思います。なんとなく、潜在的に食器棚って家族が増える象徴ではないかwと思いました。
ゆいいつ彼らがコントロールできなかった分野が、信仰でした。真言宗で、神仏に手を合わせるということでした。それは、おそらく、自分より大きな存在とか、手を合わせるという行為、ありがたいと思う感覚が理解できなかったのだと思います。 じゃぁZAZAは、大日如来とかどうおもってるかというと、この世に命が存在したり、世界があることありがとう、の代表みたいに思っています。……、具体的だと朝日がのぼってきれいだな、野菜が実ってありがとうです。
……よく考えると、その程度のこと(私にとっては普通に感謝ですが)が理解できない人たちに、感情の理解や共有をしてほしいというのは、すごく難しかったんじゃないかとおもいます。言っても言ってもわからないのは、理解する必要ないと思われていたからです 。扇風機が首を振るときに小さな音が鳴っていても、そんな誰も気にしない。ひたすらZAZAが消耗する関係でした。私は普通に理解しあったり、一方的じゃないのが親子関係だとおもっていましたから。向こうは、支配しコントロールして言うことを聞かせるのが、親子関係だと思っていますから。
父なんかは顕著で、母の入院時に、自分の役に立たない娘は家族に入れてないですからね。でも、自分が助けてほしい時は呼ぶんですね。 ……おそらく、父のそういう考え方に反対するほど、母は自分の党活動に差支えがなければ私の扱いには関心がなかったんだと思います。……そういうのには関心がない(そういうの、ここでは私の苦境)、というのはそういうことだったんだろうなと思います。
スイッチを入れた扇風機が、首振りにしても首を振らなかったら、リモコンじゃなく本体をチェックしますよね?私が苦痛に思っていた、月一回実家に帰るという縛りは、それと同じことだったんだろうと思います。だから、私が行かなければ、向こうが来る感じだったのでしょう。
純粋に自分の意志による選択ができたり、自分の選択に責任を持てるようになるのがあまりにも遅いのですが、いまは、支配下から脱出できてよかったなと思います。多分、死ぬまでの期間は、ずっと回復していく感じになるのかなと思います。 いままでは、親が選択した人生のルートでした。もしくは親が口を出せないわからないジャンルに行こうとしたりしていました。 これからは、自分の意志で自分のやりたい仕事や、できるだけ向いていることをやろうと思います。
| 2026年02月12日(木) |
圧倒的な(多分)家相の悪さw |
まぁあれですよ、(どれだ)やっぱり、家相の悪い家ってパッと見た感じが変なんじゃないかwと思う。一階と二階の比率が変とか、裏から見たらえらい凸凹していてぶっさいくとか。これはもう、私の感覚なので何とも言えないんだが。
しかし、ほかの人が見ても、ちょっと変だな?と思う家ではあったとおもうw。換気用でも小さい窓はやはりつけるべきだった。私も人の言うことは聞かないほうだが(自分の判断より親の顔色である)、父はやはり極端だった。あの家はやはりおかしい。
父曰く寒いから窓を作らないなどとぬかしていましたが、あえて東に窓を作らず真っ暗な納戸というへやは、最終的にはカビで真っ黒で私は入れませんでした。中に収めていた木の箱もカビだらけ、中もなんか黒カビでしっとりしてる感じで、母の毛糸も全く使えない状態になっていました。双眼鏡の中も黒カビがはえていた。
正直、一時期は、この方々は何か非常に悪いものに取りつかれている???とおもっていたが、最初から私の発言など聞く気が全くなかったのでしかたがない。私は一応、愛情とか関心の対象ではあるけれど、一番大事なのは自分たちの思う通りに管理することだったからだ。管理対象がものを言っても聞く義務はないのだ。↓↓↓↓自分たちの言うことを聞くという条件付きで、娘という身分を保証しているのだった。特に父はそれが顕著だった。
だから母が倒れて、私が父の思うように動けなかったら、あっさり母の保証人から外し、ときどき入院する病院には娘の存在すら申告しないので、面会もできないということになる。だいたい誤嚥性肺炎で入院するんだけど、骨と皮だけに近いやせ方なので、いつ死ぬのかわからないなーと思って、お見舞いに行ったら保証人じゃないから見たいな感じで会えなかった。娘の存在も無いらしい。ZAZA家らしいいじわるである。いわゆる勘当だ。
それでも手足のように使いたいらしい。叔母(父の妹)には買い物だの送ってもらうたびに、おそらく1万円を上げていたのだろう。自分が最後に入院するときもあげようとしていた。叔母は受け取らなかったが、おそらく私がいたからかもしれない。
自分ではその時その時が非常に辛かったが、今思い出してもすごくつらい。自分が自分であることを、病院で看護師に否定されるのは…(苦笑)入院患者に親せきを装う泥棒みたいに思われたのかもしれませんね。身分証も見せたし、戸籍も区役所近いからとってくると言ってもダメでしたね。
自分が、感情的な基準で、親子ってきっとこういうことをするよね?とおもって行動すると、おもいもよらぬしっぺがえしというか、俺の役に立たない人間はいらないみたいな、超心の傷つくイベントが発生するのがZAZA家でした。というか、それ、多分、両親の代からじゃないかと思う。
父、母、どっちの実家のじいちゃんとばあちゃんのほうが、まだまともだった。片方は哲学者、片方は愉快なくらいの封建主義で明治憲法でしたが。話が通じた。もう、両親ともなくなってるので、何とでもいえるのだが、2人とも家の中と外の壁が非常に高いのね。
わからんでもないけれど、NHK,朝日新聞、赤旗新聞、それ以外俗悪でイラン情報みたいな。でも、小説は2人とも割と自由に読んではいた。TVは戦後のメディアだから、なんだろな、うまくたとえられないけれど、昭和生まれの人がインスタ見たら、インスタってまとまってねえなって(あたりまえだが)感想をもってしまうようなもので、……せっかく軍国主義が終わっても新しいものって言うのは両親にとって文化であろうとTVであろうと、脅威だったのかもしれません。
そして、その脅威を連れてくるのが私ですから、これはコントロールしなくてはとそっちに全振りしてしまったのでしょう。これは想像だが、かれらの自我とか常識とか、存在の危機や価値観の危機につながる何かが、私にはあったのかもしれません。そして、戦争が終わって平和で賢い日本にしなきゃ見たいな気持ちも大きかったのでしょう。
で、おそらく、彼らは多少同世代の中ではASD風味が強く、適応できないというより信念や価値観が強く出ていた(泣)のではないかなーとおもう。それじゃなければ、なぜか私の言葉だけ通じないという謎の現象の説明ができない。
私から見ると病気なんだけどw外から見たら、ほぼ気づかれないタイプの虐待の一種だと思う。全く本人たちは自覚はない。子供をそこまでコントロールしているよその家なんか、そうそうないんですよ。でも気がつかない。よその家はどう子育てしているか、という比較する考えがそもそもないので。とおもうと、結構うちは大変だったなと思います。
それで、一時期燃え尽きていた時はきっかり病気だったと思う。しかし、それ以降の長患いは、どうも実は精神疾患じゃなくて、原因が親との関係だったようだ。今、心めっちゃ自由だし。理由が不明(大体父親と会った後)な涙とかない。過度なストレス状態が長きにわたってたせいのようだ。
ほとんど懲役50年以上の世界だ。
ZAZAの話を読んで覚えのある人は、親から逃げたほうがいい。人生棒に振るからな。傷つくだけでよいことがない。
……、というわけで2月です。冬至もすぎて、ちょっと日がながくなってきて明るくなってうれしいです。道東なら、いまごろは晴れていることが多いのでしょう。
住む区が変わっただけで、見通しが良くなることもあります。
若い人を見ると、まだ自分のことしか考えられない人が多いんですね。その、SNSが微妙に問題ラインのことをしてたり、自分たちのことは考えられるけど全体のことは負担になるから考えないしやらないw。という感じが多いです。もうなんか、瞬時にスマホのゲームにいってしまうというか……。いやほかにすることがあるんじゃないの?なんだけどまぁしかたない。
なんか、頭がいいはずなのに、スマホに時間取られて進学先が今一つの人が多いんじゃないか?と思う。勉強していい学校に行くばかりが人生じゃないけれど、あんまり学力が低いところにいると、ずっとざわざわしてたり、人間関係がめんどくさくて大変だなと思う。いまどきというか、これからは、勉強の仕方も大事だけど、スマホへの時間配分とか、依存度を減らさないと主体的に自分の人生を選べなくなるんじゃないのかと思う。
インスタグラムをつくったひとは、これで誰かの商品が売れる感じのことを考えて作ったそうだ。(チャッピー先生説)でもなんだ、この、あったことない人かわいいとか、自分もある程度かわいくしないとという、協調圧がめんどくさくてやっかいだ。それに気がついた人は生きづらいと思う。
きっぱり、ブサイクかそうじゃないかで、友達になるかどうか決められてしまう場合がある。SNSいしめなんかもそうだけど、よけいな悩みを増やしたなと思う。カラコンとつけまがないと生きていけない人をふやしてしまったのは、携帯会社の罪もある。学生割引をして、長時間動画を見る人間を増やしてしまったからだ。
で、高市首相いいとかいうのだよ。きれいで、よくスマホに出てくるから。爆笑。まぁ、いいかどうかはさておき、あらわれる頻度で選挙がきまってもなぁーというきがする。せめて、AI経由でもいいから、自分の望む日本と、政党の公約を比べて、近いところに投票するとか、そのくらいはやったほうがいいw。
とういわけで、ZAZA家の話をする。
うーん……。父親とは結局30歳くらいの年の差があったのですが、昭和あるあるかもしれないけど、父親は威張っていたけどあまり大人ではなかったのかな?とおもいます。その、なんか、自分だけよければいいとか、そのあたり今どきの若い人とかわらないんですよ。自分は好きなものを買いますが、家族のためになんかというのはあまりない。
家を建てるなら、相談しますよね?
……相談がほぼなかった。家族のためと言いながら、自分がたてたかったんですね。なぜなら、建てた当時、母の部屋がなかった。で、私が出ていった後の部屋が母の洋裁や編み物をする部屋になった。
広さが異常に狭くて、階段も急傾斜。できたときはすごいとおもったけど、住むとなんで??なかしょが多数。家相無視で、なんで南側トイレ???。日当たりとか言えの向きとか相談しろよ。え?そこめちゃめちゃかけてて狭いんだけど何其の押し入れ?
納戸?窓のない部屋をつくらないでくれ、きもちわるい……。私的には不具合続出の具合の悪くなる家ができた。相談しないってこういうことなんだなーと思った。
家の件もそうなんだけど、家に自分の部屋はあるのに居場所がないという感じだった。私が、家から勤めに出るという選択肢は父には当時なかったらしく、私もひたすらいづらいからいいんだけれど、うまくいえないけど、そういう感じで家は建てないよなと思った。平たく言うと、母や私の要望、住みやすさなどが無視されていたのだ。
年老いていく自分の未来や、娘やその家族との生活、もしかしたら体が悪くなるかもしれない(バリアフリー)とかいろんなことを考えて相談して建てるものではないかとおもう。私は両親との関係がつらかったのでしかたがないんだけれど、……一般的には、ある程度資金が溜まるまでは実家から職場に通うとかそういうのが普通なんじゃないかと思う。
父は自分のことしか基本考えていなかったんだろうなと思う。腹を割って話せば、おそらく母に言い負けます。母のほうが主義があるから。だから、話し合わない。威圧する。……そもそも、そんな状態なので、私の気持ちなど1mmも汲まないのが、彼の普通だったんだなーと今になってわかる。
何で話が通じないのか?私の気持ちなんか聞かなくったって社会的に悪いと責められないからですよ。そもそも意見なんか聞く気がない。
家にカビが生えた時も、台所や茶の間の壁紙が真っ黒なのにないことにする。カーテンや窓が黒くなっているのを、掃除したら怒り出すとか頭がおかしくなったのかと思ったのだけど、それは認知症というより、管理対象が自分の意見に反する行動や言動をしたために怒こっていたんですね。
でも、ほかの人に指摘されて、異常だということに気がつく。対処する。
私は両親の死後に気がついたけれど、これは普通の親子関係を求めてはいけないパターンだった。残念ながら、両親とも、共感するとか気持ちの交流を持つとか願ってはいけないタイプの人だったんです。
そういうひとでも、仕事やある程度の人間関係はもてます。私に関してだけ、「管理対象」「自分たちにない要素を外の世界から持ってくる」「愛がないわけではない」ていう感じだったのでしょう。
愛が無いわけではないので、逃げても追いかけてきてコントロールしようとするんですね。外観や生活や投票先、住むところ、就職先なんか。自分たちの恥にならないように。私の気持ちを考えてやっているわけではないですから。無理やりゆうことを聞かせようとするし、大体私の嫌なことをさせようとしますね。
11月くらいからすごく振り返って気持ちの整理しているけれど、自分だけ普通の親子関係をしようとして滑り続けていたんだなと思います。父も母も興味はないけどコントロールはしたい。だから縁は切らない、かかわろうとしてくる。
自分は、話せば理解してもられる?と30歳くらいまでは思っていたし、そのあとは、難しいんじゃないのか?とおもいつつも、がんばればわかってくれるのか?とおもっていたけど、母が倒れた時点で、父は自分のわがままを通したいだけで、自分で何かをするのが嫌で命令したいだけで、付き合ったら消耗するだけだとわかった。
結局自分の手足になる人が欲しかった。
母に依存していた。思ったほどいい人じゃなかった。
……自分は長生きしてしまったけれど、向こうからの接触もあるから何十年もそれで悩んだ。いつかは話が通じるのではと。つうじないばいもある。
両親の支配は巧妙で、私の選択や思考は全部悪いということになっていました。 まだ、本当の自分で選択して責任をもって物事を選択したり判断しているかというと、たぶんやりはじめたばかりなので、体が痛くなったりじんましんがでたりとか心の負担が体に出ます。 それでも、しかたがないかなとおもいます。おそらく、今、初めて、両親のしからみなしで、自分で自分の人生を選んでいるからです。
自分の責任はかゆいです。爆笑。でもたぶん、ほかの人は、若いうちからそういう訓練を積んで大人になるのでしょう。私はずーっと親の顔色をうかがうのが判断基準でしたから。親が反対しないとか、親が口をはさめないとかw。
| 2026年02月04日(水) |
吸血鬼すぐ死ぬnot dead |
というわけで、期間限定連載を夏にしたり、吸血鬼よくしぬを載せたりしてたので、新刊の希望は捨てていなかった。でも、正直、吸死界隈での、○○とのコラボとかコラボ商品とかが出るたびに結構複雑な気持ちにはなっていた。終了はしていないが、作者病気のため休載がながいからだ。 一応アニメの余波なのか、ファン多いのか?正直そのあたり読めていない。
構図がわかりやすく、素材としては最高なのでw(諸説あり)腐りそうでもそうじゃなくても、2次創作のネタにはしやすいと思う。なにしろw同棲してるじゃないかといわれると、そのとおりだからだ。
も、もしかして、呪術回戦以上にファンが長かったり多かったり?固定ファンがおおいのか?と勘違いしそうになる。公式アンソロ三冊にファンブックありの、異常展開をしていたからだ。おそるべし秋田書店。売り上げという方向では……きっぱり、まちがってはいない。いろんな先生のドラルクやロナルドがみられてうれしかった。
後からファンになった人は単行本を一気に集めやすいんじゃないか?25冊どこいってもある……よな?
またいつ連載開始になるかがわからないけど、待っている。
zaza9013
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