asap1の日記...asap1

 

 

シュッサン顛末 - 2003年10月14日(火)

整理のために当日のことを書いておこうと思う。
〜〜〜〜〜〜〜
薬で陣痛ってどんなだろう。ほんとうは結構身構えてもいいはずなのに
あたしは何の感慨もなくそれに向かっていました。


前日の月曜。S先生に個室で説明を受けた。
シュッサンは体のどこかでカチッとスイッチが入って(チビの方からか
母体の方からかはわからないらしい)スタートするが、たまにそこら辺が
うまくはいらない人がいるのだと。

もう、まちきれん!ニンゲンの限界だよ!

促進剤が利き過ぎる危険と利かない恐れがあり、前者はあってはならない医療事故。後者の例は「よく」あるということも合わせて説明される。利かなかった場合は(促進剤は弾みをつけるだけのものらしい。点滴をやめて陣痛が止まったら失敗)涙の再トライ。

先生!それ、何回するんですか!今週決着つきますか?

実はここ数日「もうどうにでもしてくれ!ていうかどうにかしてくれ!」
という気持ちに支配され、他人の帝王切開をうらやむまでになっていたのでした。

〜〜〜〜〜〜〜
点滴はもっと重大っぽくやるのかと思っていたのだが(だって子供が生まれちゃう薬なんだし)、当日は看護婦さんが来て、普通の点滴台に薬を下げた。
そうして、点滴の量をバンバン上げていく。一時間ごとに目盛りをぐいっと増やす、だいじょうぶなのか?
夫も待機してるが、まだたいしたことは起きず「あー、次って明日やるのかなー。点滴はベッドから動きにくくていやだなー」っていう感じ。

しばらくしてこれか?という痛み。ちゃんと監視計の波形も規則正しく波打っている。結構痛いけど看護婦さんは、「あ、でも薬なくすとだめなことも多いから」と去って行った。
〜〜〜〜〜〜〜12時頃
お昼ごはんが来た。どのくらい時間がかかるかわからないので、とりあえず食べる。なんか痛いの我慢しながら食べるのも気が進まないなーと思いながら。(担当助産師さんたちは非番だったけどお産になるなら着てくれることになっていた。しかし、お昼ご飯を食べているという情報を聞いて、今日はないなと思っていたらしい。)

〜〜〜〜〜〜13〜14時頃
徐々に本気っぽい感じになってきた。グラフでデータ取りをしてるので
いつ痛いかが他人にもわかるって言うのが面白い。腰をさすってもらうの
だが、ピークの時だけでいいのに、グラフがちょっとでも上がりだすと
夫は張り切ってさするのがちょっと嫌だった(なんか前触れされてるみたいで)。でも、ピーク時はてきめんに利くので、夫節約を考え始める。
(これが1日とか続いて力が持たなくなると困るから)

痛みが本気になってきたので、一回先生に見てもらうことになった。
3分くらい間隔があるので自力で行く。一回やり過ごして、苦痛から
立ち直ったら妙にそそくさとベッドから立ち上がり診察へ。
廊下で立ち止まるわけには行かないから必死。

結果は「半分まで来てる」とのこと。特に感慨はなかったが、後から
これはすごくラッキーだったと知る。ここまで1日〜2日かかる人も
たくさんいるらしい。

この時、非番だった担当助産師さんたちは呼ばれたらしい。
相当予想外だった模様。

〜〜〜〜〜〜15時頃
このあたりからあんまり記憶がない。でも、しぬほど痛かった記憶もない。
部屋では結局(記憶外でやらかしてたかもしれないけど)痛みで
声を上げるということはなかった。ちっとも練習はしてなかったが、
その場で楽になる呼吸の仕方を教わってかなり完璧に実行していた。

多分診察から1時間ほど後。気づくとたくさん助産師さんが部屋にいた。
子供の心音が落ちたというような声が聞こえて、酸素マスクをはめられる。
そのうちまた診察すると言うことで、今度は車椅子が運ばれてきた。
また一回痛みをやり過ごして乗車。

診察は実は分娩室でやるのだが、2ヶ月の入院中ほぼ毎日
分娩台に乗っていたので特に不思議もなく台に乗る。そうして診察
されていたのだが、気づくと…そこはいつもとまったく違う状態に
なっていた。
〜〜〜〜〜〜15時以降
何度も何度も乗って完全に慣れていた分娩台。
でもこれが最後の分娩台(?)。

足にへんなカバーをかけられる。あ〜、こういうことをしてるって
ことは、もう部屋にはもどらないんだなあと思う。

助産師さんに、「だんなさん呼びますか?」と聞かれる。
立会いは当日になってから決めたいと言っていたので「夫に任せます」
と言った。
しばらくすると夫到着。あ〜来たんだという感じ(後にすごく助かった)。

その後さらに、信じられないことが。
「学生さんが実習で見学をさせて欲しいそうなんですが、いいでしょうか」
と聞かれる。大学病院なのでそういうこともあるって聞いていたが
自分に回ってくるとは!でも議論する余裕はないので「好きにしてください」って感じになる。

双子であり、平日の真昼間という時間帯の為分娩室には医師4人、
助産師が10人以上、小児科の医師が4人ほど。そこに見学者+引率が数名。
一体何人の人がいたんだろう?

実はいろんな体験記を読んでいて、分娩台にあがったらすぐでした、
みたいなことばかり書いてあったので内心「もうすぐだな」なんて
思っていた。なので予想外の苦戦にへこむ。もしかしたら生まれないんじゃ
ないかと焦って弱気になる。結局台に上がってから30分〜1時間はかかったと思う。

最後は女医さんがお腹を思いっきりおして(その力のかけ方は
信じられないと思った)吸引もされるという完全ひとまかせ〜な感じで
第1子誕生。

ちらっと子供が見える。でもこの時点で頭の中にあったのは
「だめかと思ったけど、生まれたなあ〜!だったら二人目も産める!」という安堵感。(これが甘かった)

双子はだいたい5分違い位で生まれるらしいのでラストまでもうすぐ。
あらかじめ、「一人目が生まれた後、二人目が回転して逆子になったり
すると、そこから帝王切開になることもある」という恐怖の話をされて
おり、先生も急いでエコーをあてて子供の位置を調べている。
でもとりあえず大丈夫。続行される。

このあとは簡単に...。と思っていたのだが、ここで誤算が!
助産師さんにあとから聞いたのだが、二人目の頭がみえたとき
「うそでしょ!?」と皆思ったらしい。1子に比べて相当大きいのだ!
頭が大きい=体が大きいということでもある。このビッグな2子のおかげで
さらに30分の苦闘を強いられた末、ようやく終わった...。
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しかし、話はまだ終わらない。
この後いろいろ縫ったりなんかするのだが、個人的にはここが一番
痛くて辛かった!一貫して静かなお産...だったはずが、この段階で
初めて絶叫。情けない...。

子供を計測した小児科の医師も、2子を計測して(3400g超)
「信じられない」と言っていたらしい。


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- 2003年10月13日(月)

sakujo!



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