早すぎた青田買い?^^


 過去 : 未来 : メール 2004年11月30日(火)


いつも読ませてもらってる同じエンピツのamiさんの日記で高校時代の同級生が人気のあった恩師と結婚されて、同窓会で久しぶりに逢ったその先生の姿に幻滅(?)したというお話があった。

それを読んでて、私の周りにはそういう子はいなかっただろうかと考えた。

高校3年のときに教育実習に来てた先生と結婚した親友。
でもそれはちょっと違う。
 

でも、高校ではなく大学の教授のことを思い出した。

英文科のI教授は45歳の独身だった。
ゼミ室は本や書類が山積み。
いつのかわからないお菓子やゴミ。
年の割りに多い白髪。
片手にはタバコと財布の入った小さな古ぼけたかばんを持って腰を曲げて歩く姿。


そんな人が実は、シェイクスピアを愛する、かなりのロマンチスト。

「僕に彼女がいたらいつもポケットに入れて歩きたい。」

と真顔で言っちゃう人だった。


純朴??


その教授に、私が1年のときの4年の先輩と結婚するという噂があった。

その先輩は色白でぽっちゃり方。物言いがはっきりしている人。

よくゼミ室で二人っきりでいた。

教授には猫のような声を発する人だが、私たち後輩には見下したように対応した。

「私が結婚するなら医者か教授よ。」と豪語していた。

宣言していた通り、その先輩は卒業と同時に結婚した。

偶然、友達が春休みに「大学をやめます。」とゼミ室で挨拶に行ったとき、

「そうか。残念だな。ゆっくり話をしたいが、これから結婚式に行くんだ。」

「お友達の結婚式ですか?」

「いや、僕の。」^^










結婚してからすぐに子どもを産んだ。

教授はもう嬉しくて仕方ないらしく汚い狭いゼミ室に更に所狭しと写真を飾った。
教授も先輩もとても幸せそうだった。

私たちが卒業してから二人の子どもが生まれた。

学園祭に出掛けると必ずその親子に逢った。

彼女は見る見る間に貫禄のあるおデブさんになり、教授がますます小さく見えた。



私が4年生の頃全く家庭的でない教授は
「最近、奥さんがヒステリックに怒るのが気になる。」とよく言っていた。




大学を卒業仕立ての頃は誰もがあこがれる「華々しい結婚」をし、若い奥さん、お母さんは周りから教授の奥さんとしてももてはやされた。



でもたかが無名私立大学の一教授との結婚はさほどのものでなかった。

友達がどんどんキャリアを積んで大人の女性になっていった。。

そんな中で自分は夫の手助けはなく、自分一人で子育てに専念した。

イライラするにはよくわかる。






何年か後にゼミのOG会をやることになった。


先輩も出席。
二次会は子どもの世話があるからと欠席。


「彼女ずいぶん変わっちゃったんだよ。。。。。。」

帰った後で教授は呟いた。







社会に出す前に自分のポケットに彼女を入れてしまった教授の誤算。
教授の妻の座に付けさえすれば、何もいらないと思った先輩の誤算。




でも3人の子どもたちが二人を繋げる。




そういえば、あの教授、定年退職。


OG会でも開こうかな。。。。。










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ケーキ談


 過去 : 未来 : メール 2004年11月28日(日)


うちに英会話に来る子どもたち。

クリスマスの話の延長でクリスマスケーキの話になった。

私は密かに今年は手作りケーキに挑戦しようと思っている。

別に秘密にする必要はないけど、子どもたちに断言すると後から変更がきかないので言うつもりはない。

結婚したての初めてのクリスマスにダーリンと一緒にクリスマスケーキを作ろうと頑張った。





私たちは馬鹿すぎた。

ホットケーキを何枚も焼いてそれを冷やして生クリームやフルーツで飾った。

全然おいしくなかったが、まぁその頃は何をやっても楽しかったから許された。

今更、また同じことはできない。



うちに来ていた小学3年生の女の子二人。

半年くらい前にオープンしたケーキ屋さんなど、ちょっとお洒落な値段的にも高めのお店の名前を口にした。

「○○○のタルトはおいしいよねぇ。」

「うんうん。クッキーもあんまり甘くなくておいしいよ。」




・・・・・・




私が口を挟む。

「ペコちゃんのケーキだっておいしいよね。」



「え〜。あそこのケーキはいまいちだよねぇ。」

「ねぇ。」




・・・・・・・



あんたたち、まだ8歳でしょ?



甘くなくておいしいって意味わかってんの??



もはや大人の階段を登っているのか?






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自分の子どもならひっぱたく。(ぉぃ


健康第一


 過去 : 未来 : メール 2004年11月27日(土)


義理のお父さんは5年前にガンで亡くなった。

地元の小学校の校長先生だったお父さんは退職後これと言って何もせず、ちょうどミホが生まれたのでせっせと面倒を見てくれたり、油絵を書くので文化センターの油絵の講師をちょこっとだけしていた。

とても健康であまり病院にかかることもなく、酒は飲むがタバコも吸わなかった。

障害者手帳のあるお母さんの面倒もよく見て病院の送り迎えなどするくらい。

が、あるとき喉に不調を訴え、その二年後に亡くなった。
64歳だった。

あっという間のできごとで亡くなってからも信じることがきなかった。


亡くなる前、お父さんは私を枕元に呼んだ。


「りほちゃんは上手に子育てしとるなぁ。その調子でいけよ。」


その頃私はミホが5歳。カホが3歳。毎日怒ってばかり。
自己嫌悪の日々だった。

それなのにお父さんがそんな事を言ってくれて私は本当に嬉しかったが反面寂しい気持ちがしたのをよく覚えている。


お父さんが亡くなってお母さんが
「うちはガンの家系だから息子をよろしく頼む。」と言った。


息子の健康管理をしっかりしてください。という意味だろう。






その息子であるマイダーリン。

最近お腹の調子が悪い。
もともと十二指腸が悪いのが悪化したらしい。
お腹が減ると痛くなる。
初めは自力で治すとわけのわからんことを言っていたが、あまりの痛さに病院へ。



胃カメラ初体験♪(ぉぃ



お医者様。

「あ〜あったあった。やっぱ潰瘍だな。お?胃や食道は綺麗だぞ。」




ダーリン。

「オェ」







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車の中で

「ねぇ。私より早く死なないでね。」













「俺に隠し事してないか??」

^^;


エロオヤジ


 過去 : 未来 : メール 2004年11月23日(火)


テレビのニュースを見ていたら聞きなれた町の名前。


私が学生の頃地元のスイミング教室でインストラクターのバイトをしていた。
小学校3年生からスイミングに通い、中学、高校と一応水泳部だったので得意分野で、時給のいいインストの仕事はとてもおいしかった。


そこの町が運営するスイミングスクールでコーチは私たちのような大学生が多かったが、そこの役場の方も仕事を終えて指導に来ていた。

町も町民も活気があったように思う。


その時の私より6つ年上のNコーチは、今思えば年齢の割にはおっさんにみえる人だったが、頼りがいがあり、役場に勤める大人の男だった。


私はその人に惹かれていたが当時、でぶ、ブスの自分を一番よく知っていてそんな体をペラペラの競泳用水着を着てすべてをさらしていたのだから、気持ちを表に出すことなど全く無かった。


N先生は私をからかい、『妹』のように接した。


ある日、コーチ、インストラクターでBBQを川原でやることになった。
大学出たばっかりの夏だったように思う。

何もない川原でのBBQだったので少し離れると真っ暗でどこに誰がいるのかわからないくらいの時間になった。


N先生は私を誘った。

「ちょっと散歩に行こうよ。」


私は嬉しくてついていった。(アホ






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それから私は彼を避けるようになった。

自分が子どもだったのか?

でも彼も、その後の態度から私をどうのという気持ちは全くなかったのは明らかだった。









その人がテレビに出ていた。(爆)
何年ぶりだろう彼の顔を見たのは。


彼は自治体が作る『ゴミレンジャー』みたいなものの吹き替えをやっていた。

彼はずいぶん髪が薄くなっているものの、全然変わっていなかった。
そして今は、役場で年齢相応の地位についているようだった。

あの頃セクハラで訴えてたら・・・・って考えながらその人を何だか冷めた目で見てしまった。

大体あの頃、「セクハラ」なんて言葉はなかったか。





エロオヤジ!





って画面に向って言っちゃった。^^






4連休


 過去 : 未来 : メール 2004年11月19日(金)


明日から4連休。

この間の日曜日の振替が月曜日になったので4連休になった。
生徒らはテスト直前の連休。

私もテストを作らなければならないのでのんびりすることはできない。

全部で10種類。(爆)


なわけで、明日はお休みですがテストを作りに学校へ行ってきます。
一日で到底できるわけないけど。


その後は成績付け。





まさしく師走が駆け足でやってくる。


秋の休みは十分遊ばせてもらったのでこれからはしっかり仕事しようと思う。





でも現実逃避でネット時間が増えると思われる^^






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朝が辛い。



賢い人


 過去 : 未来 : メール 2004年11月18日(木)


中学校の頃から有名私立中学に行って、そのまま有名私立高校へ行き、有名国公立大学に入学。

でも、自分の将来を考え大学を卒業後、教育学部へもう一度入学して教員の免許を取ったという先生が私の前に座っている。

彼は隣の県出身だが、この地が気に入りココで教員生活をこれからも送りたいと思っている33歳独身。

趣味はカメラ。

彼の持っているカメラ等の値段は車一台分相当。

朝早くから、夜遅くまで仕事し、家に帰る途中でワインを買ってアパートでDVDを見ながら一人で飲み寝るという生活。

土日も学校。

髪は若干、いやかなり薄い。(爆)

仕事熱心で、やらなければいけない事はきちっとこなす。

礼儀も正しい。






でも残念ながら心が伝わらない。

「僕は中学の頃から音楽や美術を習わなかった心のない冷たい人間です。」

と笑い飛ばす。

生徒の体系などを馬鹿にする。

「おめぇ、最近どんどん顔がアンパンマンだなぁ」

生徒との信頼関係ができていたとしても言っていいものか?

いろいろな問題を抱えていて学校に来れなくなった生徒に対し

「成るべくして成ったんですよ。」


彼のクラスの子の気になる所を指摘すると

「いいんです。あいつらはアホですから。」


一番許せない言葉は





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*直接言ったわけじゃないけど。




頭がいい人はついてこれない生徒の気持ちがわからないのか。



彼のクラスはバラバラ。


もしかしたら、すべて冗談で言っているのかもしれない。
それでも嫌だけど。



私は勉強ができなくても、心のある人間の方がずっとずっと価値があると思う。



あの先生を毎日見てるとつくづくそう思う。


縦割り教育


 過去 : 未来 : メール 2004年11月16日(火)


カホらが通う小学校はいろいろな場面で「縦割り教育」を行っている。

掃除や学校の行事を6年生から1年生までいろいろ入っているグループを作り、年上の子が年下の子教えてあげながら活動するというものだ。

6年生はリーダーとなって下級生を指導しなくてはいけない。



後期になってしばらくしたのでカホに

「新しい縦割りグループはどう?」


と聞くと

「6年生はいじわるなの。」と言ってうつむいてしまった。



私たちの苗字には「し」がつく。

6年生班長は
「カホ、お前は”し”がつくから下拭きだ。」



「かほちゃん、下拭きしかやったことないの・・・・・。」


終わりの反省会。
班長がみんなに聞く。
「今日の掃除はどうでしたか?」


カホは
「しっかりできました。」


「言ったなー?!(怒)」



「かほちゃん、怒られるから何も言えないの・・・・。」



私はいろいろ聞いて担任の先生にその旨連絡帳に書いて伝えた。
こんな時、あまり批判的に書いてはダメ。

うちの子にも何か落ち度がなかったかどうか教えてください・・・と書いたほういい。

なぜなら片方の話だけ聞いてて相手の言い分もあるだろうから。



本当は
「縦割り教育は、時として下級生が上級生のうっぷん晴らしの対象になりやすいんので、きちんと見届けてくださいよ!先生怠慢なんじゃないのぉ??」なんてプンプン思っているのに。(笑)




その手紙を出してからカホの表情が変わった。そして週が変わった月曜日。


「お母さん。初めて掃き掃除になったよ。カホちゃん、うれしかったんだぁ」

ニコニコ顔で話した。


先生からのお便りや電話でもいろいろ話すことができた。









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差別


 過去 : 未来 : メール 2004年11月13日(土)


学校では嫌なことばかりあったがいいこともあった。

二年生担任の20代後半の音楽の先生のクラスには、本来なら特殊学級に行くべき生徒★くんが一人いる。

★くんは英語、数学、国語以外は教室で一緒に勉強している。

周りの生徒はそんなにあからさまに差別はしないものの、どこかでは彼を馬鹿にし、時々言葉の節々で卑下したようなことを言う。

「しんしょー」(身体障害者の略)

という言葉が生徒の間で流行る。

何かあると
「おめぇ。しんしょーじゃないかぁ?」
という具合に。

担任はいつかどのようにこの話を切り出そうかと迷っていたが音楽の授業中にその現場を押さえそこで話合いが始まった。


担任は★くんのお母さんの言葉を紹介。

「私は息子が楽しかったと言って学校から帰って来るだけで嬉しいのです。おかげさまで中学に入ってから毎日楽しいと言って帰ってきます。ありがとうございます。」


どこの親が我が子が「楽しかった」というだけで満足する?

彼はみんなとやることはすべて違います。
未だにカタカナの勉強や簡単な足し算、掛け算の勉強をしています。
でも、毎日やるんです。
毎日今まで自主勉強ノートを忘れたことがありません。
こんな一生懸命な彼をなぜ笑うのですか?
何かおかしいのですか?
★くんはそれでもみんなと一緒にいることが楽しいと言っているのです。
みんなが馬鹿にして笑っていても、ひどい言葉を浴びせかけてもそう言っているのです。

みんなの中で「しんしょー」と言う言葉が流行っているようですね。
どういう時にそんな言葉を使うのでしょう。
そう言われた人はどう思うでしょう。



その時、ある男の子が発言する。






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その後、二時間クラスにある差別や仲間はずれについての話し合いになり、クラスの子達は号泣。








久しぶりに『金八先生』のようなシーンを見た。


今、彼らはとても成長し、彼らの歌う歌は心うつものになった。
★くんも一緒に。



不覚にも今日の帰りの会ではその歌を聴いて涙が出てしまった。^^






会議の結果


 過去 : 未来 : メール 2004年11月11日(木)


学校内で私の役割の範囲で40代初めのお嬢様先生と見解の違いがあった。


私は自分の考えを述べたが、それを理解するどころか


「私には経験がないからわからないわ。」

と考えを余地にいれることすらしてくれなかった。

誰も経験がないところでそれぞれを考えを出し合って協力してやってきているはずだったのに、今一人で暴走している彼女の姿にもう一人のちょっと50代半ば天然先生もよく思っていなかった。

私は天然先生に話をした。

○最近のやり方に疑問を感じる
○私の存在がなくなっている

天然先生はお嬢様に伝えると言われたが、そんなことは私が直接言うからいいと断った。

でもなかなか言い出せず、何て言えば良いか考えているうちに天然先生はお嬢様に私のことを話してしまった。


どのように天然先生が話されたかわからない。
もともと天然先生とお嬢様は合わない。

だから何がどう伝わっているのかさっぱりわからなかった。


その後、お嬢様のご機嫌はよくなかった。

朝の挨拶さえ、隣の席でいるのに返してこなかった。


それでも、もう一度自分の意見をお嬢様に言ってみた。
もちろん冷静に。
お嬢様はやはりあまりいい返事をされなかった。


次の日の夕方、私が帰ってから多くの他の先生も交えて会議がもたれた。

「これからの○○子の対応について」




結果、私の考えにほぼ近い形になっていた。

今回のことで二つのことを勉強した。

お嬢様先生は私に何かを言われることを嫌うこと。
天然先生は信用できないこと。(爆



お嬢様は多くの教員が見る共通理解ノート1ページに渡り、細かい字で私に謝罪とも、いい訳とも思われる言葉を残した。






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他の先生向けに謝罪。
私個人には攻撃。




でも先生方みんなの統一理解でこれからの方向性がはっきりしたのはよかった。



そして、自分勝手にお嬢様にキレなくてよかった。
周りはみんなよくわかってる。


私の立場


 過去 : 未来 : メール 2004年11月09日(火)


私はこう見えて気に入らないことがあっても直接言えない小心者。

「もしかして何か自分が悪いんじゃないか?」

っていつまでも悩んで、相手を美化してしまう。

毒舌っぽく見られてもいざとなると言えない。



言ったあとのことを考えると怖い。





今、職場内で本当に腑に落ちないことがある。




今すごい腹を立てている。

腹を立てているということは熱がある。

熱があるのは病気だ。

熱が冷めるのをまってまた日記をかくことにしよう。







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それだと私の立場がなくなってしまう・・・(涙










それも楽かも♪


合併後


 過去 : 未来 : メール 2004年11月08日(月)


小さな町や村がどんどん合併して、私の勤める学校のある町も2月1日から隣の市と合併。

同時にいくつかが合併して、どうやら面積が日本一の市になるらしい。

今まで町で雇われていた人は雇用主が変わったり、首になったりするようだ。

中学校のAETランスも町で雇われている。

以前から彼の行く末はどうなるのかと気にしていた。

今日校長からその話があるということで、私は通訳としてのこのこ校長室へついていった。



「ランス先生。7月の終わりまではココにいられるが8月からは他のAETを頼むことになったので頼む。ナニッ?」




相変わらずの口癖「ナニッ?」は通訳はしない。(爆


ランスは少なからずショックを受けたようだった。
頭を抱え込んだ。

今は月30万をもらい、格安で日本人の奥さんと町営住宅に住んでいる。
8月からはすべてなくなるということだ。


「奥さんとよく相談して欲しい。」



もしランスが他の仕事を考えていると言えば早めに8月までの他のAETを探さなくちゃいけないからだ。



頭をあげたランスはこう言った。







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え?


今決めたの?

初めて聞いたけど?






意味わかんない。

あなた日本語話してるけど、自分が言ってることわかってんの?




ガイジン キョウフ ショウ^^;


忙しい一日


 過去 : 未来 : メール 2004年11月07日(日)


天気が続くのと、紅葉が見頃なうちにカホの七五三をすませることにした。

でも今日の午前中は福祉センターのお祭りのイベントで太鼓の出演があったので昼からカホの美容院を予約。


イベント会場では、ますの塩焼き、豚汁、たこ焼き、フランスパン(?)焼き芋、などがすべて100円と200円。

何とも楽しいひと時。

太鼓も今まで一曲だったのに二曲は人前で打てるようになった。



まだまだ人の心を打つには至りませんが。。。(涙




が、急いで帰って美容院へ。


この着物。兄貴のお嫁さんが七五三で着たという代物で帯も最近は作り帯が多いのにちゃんと結ばなくちゃいけなくて本を見ながら美容院さん四苦八苦。(ぉぃ


日本髪     3000円
着付け     2000円
髪飾りレンタル 1000円

かなりこれでもお得な値段です。
でも写真屋さんに行くのは断念。

自前のデジカメ写真をたくさん撮ってその中にいいのが一枚くらいあるだろうとふんだ。(爆







いつもはかなりめちゃくちゃなカホですが今日はかなり静か。

動けないから静かってことか。

赤ちゃんのとき『お宮参り』で行った同じ神社で大きくなった我が子を見たとき時間の流れを感じた。




そして





いつもこのくらい大人しくしておくれ。(懇願







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これも都会の神社に比べたらかなりお安いんじゃないかと?





夜は飛騨牛のすき焼きでお祝いしました。


このお金は・・・おばあちゃんです。(エヘヘ




子どもにはお金がかかるっ!

でもそのために働いている♪とも言う。^^


内孫語録


 過去 : 未来 : メール 2004年11月06日(土)


今日はとっても天気がいいのにお義母さんが家で一人でいたので連れ出した。

車に乗るのが好きな人なので私の買い物に付きあってもらいながら、紅葉やまだ復旧の見通しが付きそうもない台風被害を見がてらドライブした。

いつもなら一緒にいる内孫の小学3年生ミサはもう一人のおばあちゃんとお出かけしていた。

ミサは小さな頃同じ年頃の子に比べるとうんと喋りはじめるのがはやかった。

お義母さんは

「うちの子は賢い。」とほくほく喜んでいた。


ちなみに外孫であるミホやカホのことは「よその子」と呼ぶ。(爆)


大きくなるにつれてミサは確かに賢い子に育ち、いろいろなことを吸収するのが早い。

最近は頭の回転が速いので人の揚げ足を取るような発言をすることが目立ってきた。


「とうもろこしの花ってこんなふうに咲くのね。」

『ばぁちゃん。そんなに長いこと生きててそんなことも知らないの?』


「ミサは人に言われないと宿題をしないね。」

『最終的にはやるんだからいいのよ。』



働くお母さんに代わってしっかり面倒みてきたお義母さん。


とうとう本気で孫と大ケンカ(笑


最近、柿好きなお義母さんは8年ほど前に柿の苗木を植えて早く実がつかないかと待ち遠しい。






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決して笑いをとるために言っているわけではないのが恐ろしい。


そんなミサの語録や愚痴を聞きながらのドライブ。






嫁さんの悪口聞かされるよりずっとまし。(笑


本能


 過去 : 未来 : メール 2004年11月05日(金)


ダーリンの学校だが、去年中学校を卒業してから出来ちゃった結婚し、すでに離婚をしたという女の子がいる。(爆

なんちゅ〜スピードか。

早送り人生か。


今時、セックスしたら子どもができることくらい知っているだろうに。
避妊具買うお金がなかったとか言うのか。

何も考えてなかったんだろうが、一度は結婚しているのは意外な感じだった。


大学の友達が二年の時に妊娠した。
彼女は高校の同級生で遠くの大学に行っていたが連絡は取り合っていた。

彼女は好きな先輩がいた。
その想いをなかなか伝えることができず苦しんでいたが、相手も同じような気持ちでいることを知りそれからは二人の親の知らないばら色の同棲生活が始まった。


電話が入る。

「リホ。妊娠したみたいなの。おろそうと思うのだけど彼には言うつもりないんだ。」

「え?避妊してたの?」

「ううん。ほぼ毎日エッチして避妊なんかしなかったわ。」



あ〜。性に溺れちゃったか。。。


っていうか、ちゃんと彼氏に言えよっ!


言うように説得した。


堕胎手術の日。

私はコンビニでバイトをしていた。
彼氏がバイト先に電話をしてきた。


「今、無事に終わりました。彼女がリホにだけは電話するように言いました。心配かけました。」


彼らはもう法律的には堕胎できない月数が来ていた子どもに名前をつけて水子供養をし、結婚の約束をした。





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彼女はあの時子どもを生まなかったのは良かったのか悪かったのかわからない。




最近、生まれて間もない赤ちゃんが「泣き止まない」という理由から虐待されて亡くなったり、愛情を注いでもらうことなく育つ子どもが多くなっているように思う。


性行為などの本能は衰えず、母性愛に代表される本能は減りつつあるのかな。

怖い。



気持ちのやり場


 過去 : 未来 : メール 2004年11月04日(木)


中学三年生は部活も引退し、学校の体育祭、文化祭などもどんどん終わり、残すは受験のみとなってくる。

うちの学校の3年生の子たちはお世辞にもレベルの高い子ではなく5教科で150点取れない子がごろごろいる。

そういう、勉強の仕方がさっぱりわからなくなってしまった生徒の様子が最近ますますおかしくなっている。



勉強できないのに「勉強しろ」って言われるから体が熱を出して抵抗する。

他の学校へ出掛けていって悪さを企む。

やたら保健室へ入り浸る。

下級生にちょっかいをかける。



でも、高校へは行きたい。

なぜ高校へ行きたいか?



プライド

メンツ



勉強は嫌いだけど高校に行かなかったら社会から外れているような気になるのも事実。

みんなが行く、だから行く。

でも、勉強はする気がしない。


そういう生徒がたくさんいる。

「一緒にやろうか。」ともちかけても、もう自分で半ば諦めてしまっている。



そんなグループの中の一人の男の子が他の男の子の胸をいじりながら

「これって乳首?」

といいながらグリグリしていた。(汗








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おいっ!




ガキは母ちゃんのおっぱい吸ってろよ!







10年後、あんたがいい男になってたら考えてやるよ。(違



えっと私、45歳か。。。。


Stand by you


 過去 : 未来 : メール 2004年11月03日(水)



友達が悩んでいるときにかける言葉がわからない。

友達が困っているときに何もできない。


最近そういう事が多い。


友達の恋の終結の時もそう。
新潟の地震もそう。


そういう時自分は何ができるのだろうと考える。



こんな時、もし自分だったらどうして欲しいかなって考える。

何もしてくれなくていい。

ただどこかで自分のことを考えてくれればいい。




でも、できれば側にいてくれれば心強いかもとも思う。




それすら今の自分にはできない。





大切な友達に違いないのに。。。



I always stand by you.







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