サーモンピンク・フラミンゴ
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2009年01月26日(月) 親へのカムアウト・4

さて、話はそもそものいちばん最初のシーンに戻ります。
やっと今現在の話ができますよ!


「じょりぃさんさー、NHKの『ハートをつなごう』って番組、知ってる?」と母。

フラグ?とちょびっと身構えるワタシ。

しかしまだ、『ハートをつなごう』の何の話だかわかりません。
ここは用心深く。

「知ってるよー。何か見たの?」とワタシ。
「うん。 LGBTって言うんだっけ?そのときの番組、見た?」

やっぱりフラグだった━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!

「あ、うん。 でも1回しか見てないんだよね。お母さん見たの?」
「最初の1回だけ見逃しちゃったんだけど、後はみんな見た」
「そうなんだー」 平静平静平静<装い中

「なんかさ、LGBTってだけでも、ホントにいろいろあるんだねー」と母。
「あ、それがわかっただけでもすごいねー。飲み込み早そうお母さん(笑)」
「そう?(照) それにさ、パッキリ分かれているってわけでもないのね。
 パッキリしている人もいるんだろうけど、なんていうか、グラデーション状というかさ。行ったり来たりしてる人もいるみたいだし」
「そうだね。人によるんだろうけど。
 人格と一緒で、ワタシが思うに厳密に考えれば、100人いれば100通りのセクシャリティがあるんじゃないかと思ってるんだよね」
「うん、それはよくわかるよ」

で、ワタシの場合はねー、なんて具合に、割と自然な流れで、カムアウトのときにはできなかった、ワタシの同性愛傾向についても話してみたりして。
母はふんふんと聞いてくれましてね。

「それでさー、普通の人と比べるとさー・・・」とワタシ。
「それは違うと思う」  話を遮って母。
「え?」
「普通なんだよ。 じょりぃさんも、他のLGBTの人たちも。普通なの」

( °o °)

「・・・お母さん、ホントに飲み込み早いみたいね」 もともと頭は柔らかい人ですが。
「普通じゃないなんて思わなくていいし、普通であろうと思う必要もないと思うんだよね。
 だいたい、みんな普通だし、みんな普通じゃないし。
 『普通』の定義っていうのが、そもそも曖昧というか、あってないようなものだしね。
 ただ、今の社会では、LGBTの人たちは生きていきづらいだろうなと思うわ」
「そうだね」 ワタシ、語る必要ねえわ。
「それでさ、お父さんの言う、障害者への『かわいそうに』で思い出したんだよね。
 普通とか普通でないとかの判断を社会が勝手にくだすのは、LGBTでない人たちの傲慢だと思うんだよ」
「うん。それはワタシもそう思う」

ワタシ個人的には、慣習的にというか、悪意なく『普通』って言葉が使われてしまうことにまで、目くじらを立てるつもりはないんですけどね。(でもなぜか『ノーマル』『アブノーマル』にはちょびっと抵抗があったりもするんですが)
言葉の使い方や、その言葉に対する重さや思い入れって、人によってけっこう違いますし。
ワタシも便宜上『多数派』『大多数』のつもりでつい『普通』ってやっちゃいますし。


「でもさ、お母さんも今だからこういう話ができるわけでさ。
 じょりぃさんがずーーーっと、自分は普通じゃないって気持ちで生きてきたのだとしたら、苦しかっただろうなーって思って、
 それはホントにかわいそうだったなと思う」
「そんな(笑) 言わずにひとりでぐじぐじしていたワタシもいけないんだし」


お母さん、セクマイのことはもしかして、あまり考えないようにしているのかなーとワタシはちょっと思っていたものですから。
『ハートをつなごう』を一生懸命見て、自分なりに色々考えてくれたんだなーと思ったら、まだワタシの中にいくばくか残っていた氷のカケラが溶けていくような気分でございました。

「お母さんの飲み込みもいいんだろうけど、『ハートをつなごう』、けっこうわかりやすい番組作りをしてくれたのかなあ」とワタシ。
「うん、わかりやすかったよ。
 お母さんさ、じょりぃさんのそういうこと、もっと知りたいなーって思ってたんだけど、
 あなた話したくないのかな、とか思って。
 でも、何をどんな風に調べたらいいのかもわからないし、
 じょりぃさんの話を聞く前にあれこれ調べるのもどうなんだろうとか思ってさ。
 でも、あの番組見て『ああ、もっと早く、ちゃんと調べて、ちゃんとわかってればよかった』って、ホント思ったよー」

ありがたいことです。
なかなか心を開けない娘で、ごめんなさいでした。

「お父さんがね、『じょりぃが女性を好きになるようになったのは、小さい時に自分が野球とか男の子がするようなことばっかりやらせたからなんじゃないか』って言ったことがあってさ」と母。
「わはははははは。まあ、よく知らなければそう考えてしまうのも無理はないかもだけど、それとこれとは全然違うことだからー。
 お父さんにも、そんなこと気にしないでって言っといてあげてよ」
「うん、もう言った(笑) 知識がないってのもあるかもだけどさ、
 あの人、なんでも自分のせいにするっていうか、まず自分を軸に考えるところあるからね(笑)
 ついでだから、そのへんもちょっとガツンと言っておいたんだけど」

お、お父さん・・・なんかヤブヘビっつーか、お気の毒・・・。


「じょりぃさんから打ち明けられてからさ、いろんな人のことがアタマに浮かんだのよ。
 ああ、もしかしたら、あの人はそうだったのかもな、って思う人が、けっこういるんだよね」
「いるかもね。 そして、ワタシたちより上の人たちって、ワタシたちよりもっともっと生きづらかったと思うんだー。
 しかたなく結婚した人も多いだろうから、お母さんが思い出せる人たちよりももっと数的にはいるだろうね」

それから母が「日本はもともと同性愛にはゆるい文化だったはず」「お稚児文化とかもあったんだし」なんて話し始めたので、そのへんの話をお文化的にしたりして。
芸能人でも、この人とかこの人はたぶんレズビアンでねー、なんて話もしてみたら、「○○あたりも、どう?」なんて母。
しかもその人(誰だか忘れちゃったー(´Д⊂))、見た目すごくフェミニンで、でも言われてみればなるほどー、みたいな、割と高度なゲイダーぶりだったんですよ、母。
褒めてあげたらうれしそうでした。
オバマさんの話なんかも出て、人種差別とセク差別はどことなく似ているよね、みたいな話もした後に。

「でもね、世の中は絶対変わると思う。だって、マイノリティって言ったって、すごい数がいるわけなんだし。
 変わらなければ歪みが出るよね。変わらざるを得なくなってくると思うよ」 と母。
「うん。既に少しずつ変わってきてるしね」


この会話ができて、ワタシがどれだけ安堵したことか。
母は、この話題を避けていたわけではなかったのです。ということがわかったからです。会話自体も楽しかったですし。
『ハートをつなごう』よ、ありがとう。ワタシは1回しか見なくてごめんよ。

両親、今まではワタシにちょっと気を使いすぎていたのかもしれません。
ワタシも親に対して、気を使っていましたし。どこまで何を話したら良いものか、見当がつかなかったのです。
親も親で、どこまで何を聞いていいのか悪いのか、見当がつかなかったんでしょうね。
ましてワタシは、触れられたくない話題になると、ピタリと口をつぐみ、ひどいときはそのまま実家に近づかなくなるような困ったチャンです。
文句は言わない、ケンカもしないが、黙ってくるりと背中を向ける娘を相手に、何を話せばいいのやらわからなくなるのも無理はありません。
(最近はそういうことはしなくなったんですけどね!)

そしてもしかしたら、お父さんはまだちょっとピントがずれているかもしれません。(聞いてないけど)
でもずれていてもいいんです。理屈がワタシから見て「ええ?」って感じだとしてもかまいません。
根っこには善意と無邪気と、ワタシへの愛情があります。
理屈は少しずつ修正していけばいいことですし、もし修正しても父には理解できないとしても(既に理解してるかもしれないんだけど)、特にそのことに対して腹は立ちません。
こちらの言い分を全部飲み込め!というのはどうかと思いますし。
卑屈になっているわけではなくて、ワタシは父の理屈や感覚も尊重したいからです。
と、えらそうに言ってますが、めんどくさくて父にはちゃんと話せずにいるので、父がどんな風に考えているのかはさっぱりわからないんですが。
後で大ゲンカ日記を書くようなハメになるかもしれません。そのときはぜひお楽しみくださいませ。

そしてこの安堵と、怖いものがなくなって胸を張れるようになったのは、親がワタシのセクを知っても変わらずに・・・というより、今まで以上に愛情と応援を示してくれているおかげなのでありますよね。
という、肝心なことを母に伝えるのを忘れました(°▽°)ゴメンカーチャン


ただこれはワタシ、非常に恵まれたパターンだと思いますので、「ほら、だからあなたもあなたも、恐れずに親にレッツカムアウト!」なんつーことは思いません。
ワタシ自身、「墓場まで持っていこう」と思っていた人間ですし、人の気持ちも家庭環境も千差万別ですから。
このたび長々と語らせていただいたこの話は「親にカムアウトして、うまくいきましたー('∀^v)」ということではなくて、ワタシの家族の成長記録のようなつもりで書かせていただいております。

人の気持ちも家庭環境も千差万別と書きましたが、それに加えて「時期」とか「タイミング」ということもあると思います。
言わずにいて、親にずいぶんさびしい思いをさせてしまっていたな・・・という反省はありますが、でも、あのときより前にカムアウトしていたとしたら、果たして同じ結果になっていたのか。
答はNoだったのではないかと思います。
我が家が荒れていた時期は言わずもがなですが(母はあの当時、妹と無理心中しようとさえしたんですから、ワタシのカムアウトなんてとてもできる状態ではなかったと思います)、
妹が結婚して幸せになった、ワタシの20代中盤以降だったとしても「んー、どうだったろう?」と思います。
何しろワタシの20代ったら、カッカカッカと怒ってばかりでしたし。(家でおとなしくしている分、外では感情を爆発させまくっておりました)
もし親が受け入れ態勢を取ったとしても、ワタシの方がそれを受け入れられなかったかもしれません。
それらを思うと、うかつに「親にはカムアウトしたほうがいいですよ」なんて、とても言えませんわ。
ただ、ワタシに関して言えば、良いタイミングで親に話せてよかったと思いましたし、そのおかげで、人生は「単に死ぬまでのノルマ」ではなくなりました。ラッキーだったと思います。

そして、あのときにカムアウトし、そして親がそれを受け止めることのできる人間になっていてくれたことの大きな大きな功績は、実は妹にある、とワタシは思っています。
じょりぃ家に嵐を起こし、家族をあるべき形に再生したのは、妹だったのです。
ワタシは親に対して、思春期の頃から「何かこの人たちには選民意識のようなものがあるな」と感じておりました。特に母。
ありていに言えば、少々お高く止まっていたのです。それこそ『普通』の民だというのに(笑)
ワタシと妹は、選ばれた人間の選ばれた娘たちとして育ったのであります。たぶん。
無自覚のうちに「自分たちの娘としてあるべき姿」に育てていたんじゃないかと思います。
でもこれは親を責める気にはなれません。多かれ少なかれ、親というのはそういうものかもしれない、と思うからです。(違うよ!って親御さんがいらっしゃいましたら、どーもスミマセン(´∀`))

ワタシはそれに対して、特に疑問に思わず「親にふさわしい娘になりたい」とがんばれました。
が、前々回に長々と書いたとおり、歪みは確実に生じていたわけですが。
生じていましたが、そこに問題があるとは、ワタシも気付いていなかったんです。
ワタシは期待されることが好きで、それに応えるために努力をすることが好きでした。

が、妹は反旗を翻したわけです。
もちろん、上記のことをふまえた上で、とは思いませんが。
反旗を翻したというより、もう家族の中にいられなくなったのだと思います。息苦しくて、出ていくしかなかった。
親の良しとすることの正反対のことをし続けることで、彼女の自我は保たれたのではないかと。

妹が荒れたことにより、親のプライドや信念はひっくり返され、踏みつぶされ、掻き回され、「チャラ」になってしまいました。
チャラになるまでが大変だったんだと思います。
その「大変」に、家族として残り、傍観者のような立場でなりゆきを見守り、なりゆきに任せるしかなかったのがワタシでした。
そしてワタシは「何があっても、ワタシは妹を非難するまい」と、まだ若かった割にはきっぱりとそんなことを思っておりました。
どこにも帰る場所がなくなっても、「おねえちゃんなら・・・」と妹が思える存在でいたい、と思っておりました。
なぜそこまで「ワタシだけは妹の味方に!」と思ったかというと、まずは単純に妹がかわいかったからです。
ワタシの中では、いくつになっても、歩き始めた頃から小学校に上がるまではワタシの後ばかりよたよたとついて歩いてワタシの真似ばかりしていた、頼りなくかわいい妹であったからです。
加えて、ワタシは妹に、ワタシ自身の姿を重ねていたのであります。と今は思います。
ワタシ自身がセクのせいで「いつまわりの人に見放されてもしかたない」という劣等感を抱き続けていて、心細くてしかたなかったので、妹には「何があってもおねえちゃんは味方だから!」という意地のようなものがあったのではないかと。
妹を守ることは、ワタシを守ることでもあったのではないかと。
そして、妹が無事に「家族」に戻ってきてくれた以前と以後の両親、これは全然違うんですよね。
妹のおかげでうちの親、ものすごく人間的に成長しましたし、誰に対してもやさしくなった気がします。

妹がワタシに先んじて、「(いわゆる)普通じゃない」と社会から後ろ指さされてしまったおかげで、両親は「普通ってなんだよ!この子はいいこなんだってば!」という思いが何より優先されたわけですし、
「とにかく、生きててくれればそれでいい」と心から痛感し、今の両親があるわけなんであります。(ワタシもホントに、妹、体弱いですし、死んじゃったり殺されちゃったりしたらどうしようと思ってましたからねえ)
そして、今の両親があるから、ワタシのカムアウトも良い結果になったのではないかと。

とまあ、このへんが言いたくて、前々回、家族の歴史とワタシの立ち位置をくどくど書いたわけなんですよ。


「メエってさ、我が家の人柱だったよね(笑)」と、ワタシ。
「本当だよねえ(笑)」と母。

そんな妹は現在、長男が荒れておりまして
「あの頃のお父さんとお母さんの気持ちが、今よくわかります。はい。スミマセン」なんて言ってますが ァ'`,、('∀`)


親へのカムアウト話というよりも、家族のことについて長々とおつきあいさせてしまいましたが。
母親とのスキンシップについても絡めたかったのですが、焦点がボケすぎちゃうので、それはまたの機会のサモピンに回そうと思います。


というわけで。
親へのカムアウトが、『ハートをつなごう』のおかげで、ワタシの中で一段落した今思うことは。
お父さんお母さんありがとさん、はもちろんなのですが、それ以上に。

妹よ。
あなたにはまだきちんとカムアウトしていないけれど。
あなたが身も心もボロボロになるまで荒れまくりながらも、無我夢中・一生懸命生きていたあの頃に敬意を払いつつ、
あなたのおかげで存在する今現在の状況に、感謝しているよ。
ありがとナ。


と、いつか本人に言えるんだろうか(°▽°)ナンカハズカシクテナー



2009年01月24日(土) 親へのカムアウト・3

「なんでそんなに思ってること言わないの?」と母。
「秘密があったから」
「それはさっき言った、女の人のほうが好きってこと?」
「うん」


の続きからです。


「ならもっと早く言えばよかったのにー」と母。


言えない母親だったんだってば、あんたが。(いえ、ワタシにも大いに問題はありますが)
とはこのときは思わず、なんだか安心しちゃって泣けた。

「だって言ったら、お母さんもお父さんもがっかりさせちゃうし。拒絶されたらどうしようって思ったし」
「言ったら拒絶されると思ってたの?」
「・・・うん」
「するわけないでしょーー。じょりぃさんはじょりぃさんなんだから」

また泣けた。


「あー、でもよかったよそれなら。
 『この子は一生、ひとりぼっちで生きていくつもりなんだろうか、
  こんないいこなのに誰からも愛されずに生きていくんだろうか』って
 お母さん、それが心配だったんだよー」
「おかげさまでものすごく愛されてます。いろんな人から」 <こんなときも虚勢張って、かわいげないワタシ
「じゃあ今はきょんさんがいてくれて幸せなのね?」
「うん」 ちょっとゴタついてますが。
「なら安心した」

安心した、と言われて、ワタシもどっと安心し、またどっと涙が出ました。

「・・・でも、お母さん、ホントは気付いていたでしょ?」 べそべそ泣きながらワタシ。
「何を?」
「女の子のほうが好きだって」

家を出るまでは、実家に女の子連れ込んで好き放題してましたしねワタシ。
もう、絶対気付いていたはずですよ。自信ありますわその点。
親にバレるのをいちばん怖がっていたくせに、いったいどういう自信なんだと自分に問いたいですが。
まして、観察力のあるマイマザーのことですから。気付いていなかったはずがない。
今もしらばっくれて、ワタシの言葉を引きだしたに違いないですよ。

と思っていたワタシに、驚愕の返事が。

「ぜんっっぜん、気が付いてなかった」


(°▽°)


「そうなの?」
「うん」


おそらく、母の意識の中に「同性愛」っつーもんがほとんど介在していなかったからでしょうね。
いやしかし、それにしてもこれにはワタシがビックリしましたわ。
親って子どもをよく見ているようで見ていないもんなんだなー、と。
でも考えてみれば、ワタシがいちばん「おさかん」だった、10代後半から20代前半は、母はメエのことでアタマがいっぱいだったので、ワタシにまで細かくアンテナを向けていなかったのかもしれません。


「それにしても」と母。
「そんな小さい頃から、親にも話せずひとりで抱え込んでいたなんて・・・かわいそうに・・・気づけなくてごめんね」

泣けた。

「正直なところ、お母さんは同性愛のことって全然わからないから、とまどってはいるけど」と母。
「うん」
「頭ではわかっても、感覚として今のところしっくりこないのは確か。
 じょりぃさんに対する気持ちは今までと変わらないけど、正直、不思議な気持ち。心許ないっていうか」
「・・・・・」 無理もないかもなんですが、ちょっとしょんぼり。

でも、良いことばかりでなく、率直な母の感想を聞けたことで、「じょりぃさんはじょりぃさん。拒絶なんてしない」と言ってくれたことの信憑性が増したのも事実だったりします。

「でも、『どうせ話したってわからないだろうから』って勝手に思って、
 今までみたいに気持ちを開かなくなるのはやめてね?」
「・・・わかった」
「お母さんたちは味方なんだからさ、これからはもっと何でも話してよ、ね?」
こくこくと頷くワタシ。そして「ありがとう」と。


ちょっと泣きが落ち着いてから、母にたずねました。

「このこと、お父さんに話すの?」と。
「話さないわけにはいかないでしょ? おまえのお父さんなんだから」
「お願い! お父さんには話さないで!」 懇願。
「なんで?」
「お父さん、ひどく落胆するよきっと。 自分の理想の娘(って誰だよ)でないとイヤだと思う・・・お父さんに悪い・・・」

ここで母、きっぱりと

「おまえは、お父さんを見損なってるよ」と。

「お父さんはそんな人じゃないよ」 もう一度きっぱり。


いえ、お父さんはそんな人だと思います。
なんだって自分の思うところのパーフェクトじゃなきゃ気が済まないじゃん。
だからワタシの図工にも手を出したじゃん。部活だってそうだったじゃん。
ワタシの身だしなみや髪型、姿勢から立ち居振る舞い、いちいち口出してきたじゃん。
そんなお父さんは、お父さんの思う「普通」でないことに、ショックを受けると思う。
それに、比較的感覚がフラットで柔軟な母が「頭ではわかっても感覚としては・・・」って言うくらいですから。
母よりも頭が固い父がどんな風に感じるかと思うと、お父さんには知られるのは怖い。
ワタシを見る目が変わるはず。それはいやだよう。

とワタシは強く思いましたが、ここは伴侶であるところの母に判断を委ねることにしました。
母がきょんのことを認めてくれたのですから、ワタシも母のパートナーであるところの父を信用しなければ、と思ったのであります。


そして。
しーーーーばらく経って、後日実家に寄ったときのこと。
「お父さんに話したよ」と母。

ワタシ、怯えながら「・・・なんて言ってた?」と。

「何がどうだって、かわいい娘には変わらないって。
 じょりぃはじょりぃで、自分たちはその親だ、
 親は子どもの味方してかわいがるもんだ、って」

えええええええええ!!!???

それ・・・お母さん、無言の圧力かけて言わせたんじゃ・・・。 <うちの場合ありえます


でも、安心しました。
お父さん、今まであなたの愛情を信用しきれてなくて、正直スマンカッタ。


が、しかし。
この時点で、ワタシの両親、「同性愛」について、その他多用なセクについて、とことん無知なんであります。
なので細かく言えば多少引っかかる表現とかもあるのですが、その点を考慮にいれ、ていうかいれなくても、
「親が今までと変わらずワタシを愛してくれる」、しかも「お母さん、妹のほうが大事だったわけじゃなかった」ということがわかっただけで、ワタシにはもう怖いモノはなくなったのでした。
世間がワタシを拒絶したって、ワタシには帰る場所がある、という安心感。
今までどんなに「何があっても、じょりぃが何をしても、世界中が敵になってもじょりぃの味方だよ(´∀`)」と言ってもらっても
「そんなこと言ったって、ワタシのセクを知れば絶対そんなこと言ってられなくなるくせに」と思っていたワタシであったわけですが、
初めてその言葉が何の抵抗もなく、ただただ感謝の気持ちをもってワタシの中に入ってくるようになったのであります。

そして、ワタシは家族の中で「透明」ではなくなりました。
なぜ透明でなくなったかといえば、親がワタシを認めてくれたから・・・と最初は思っていたのですが、よくよく考えてみれば、ワタシが家族を家族として認めたからなんじゃないかと思います。
「あなたたちはおそらくワタシを認める気はないでしょう」と、ハナから家族を拒絶していたのは、実はワタシのほうだったのでありました。
家族の理想像を勝手に描いていたのは、父や母だけではなくワタシも同じで、自分の居場所を確保するために、その理想像にカメレオンやプレデターのように自分の姿をそれらに無理矢理なじませて、結局家族から身を隠す結果になっていたのであります。
ワタシは色を変えることなく、ワタシのままの色でいてもいいんだと気づき、透明な存在ではなくなったのです。たぶん。


とまあ、ハッピーに親へのカムアウトを済ませることができたじょりぃだったわけですが(大泣きしたけどな)、その後、同性愛に関する話題が親からまっっっったく出ないことについて、「ホントにちゃんと受け入れてくれているのかなぁ?」「ワタシを安心させたくて、ちょっと無理してがんばらせちゃったのかなぁ?」と少々不安に思っていたりもしたのでした。
だってホントに、避けているかのように全然話題に出ないのです。

が、しかし。

親へのカムアウトを一応済ませたことにより、ワタシはきょんのことでウソをついたり隠したりということを、親に対してしなくて済むようになりました。
そうしましたら、それまで親との関わりをできるだけ避けていたワタシが、ちょくちょく実家にも顔を出すようになりまして。

「じょりぃはいいこだけど、なんだかよそよそしい」

と感じていたらしい両親も、これには喜んでくれるようになりまして。
将来のことも相談しやすくなりました。
実家でワタシだけご飯を食べて来るようなときでも、必ず「きょんさんの分がないのはかわいそう」と、何かしら持たせてくれるようになったり。
結婚の心配もしなくなりました。

もちろん、親としてはいろいろと思うところもあったと思います。
ただでさえ、娘の相手は世間一般に受け入れられる性別ではないわけですし。
母にカムアウトしたときも
「生きていくのが他の人よりも大変なんじゃないかって、そういうことはとっても心配」と言われました。
それに、子どものパートナーって、相手がどんな人だって、ある程度気に入らないところはあると思うんですよ。
余程子どもの出来が悪ければ「こんなのと一緒になってくれて・・・よよよよ」と感謝の涙のひとつもこぼすかもしれませんが、
両親にとっては、ワタシは自慢のムスメです。
何の取り柄もないワタシなわけですが、うちの親って親バカなのでそうなっちゃうわけですよ。

しかし、両親がきょんのことを悪く言うのを、ワタシは一度も聞いたことがありません。
これねー、自分の親ながら、なかなか立派だなーと思います。
だって、姑なら、いろいろ言いたいことありそうなきょんだもの・・・。(きょんにはナイショにしてくださいね( ^ ∀ ^ ))

とはいえ。
特に父親に関しては
「ホントにワタシときょんの関係、わかってんのー?」
と思うような発言もちらほら出てくるんですよね。無邪気なだけに。
あまりにも軽やかにぽろっと出てくるもんでちょっと具体的に思い出せないんですが、まあそのうち誰かと結婚するんでしょ、みたいな、そんな雰囲気のことを言ったり。

あれー?
とは思うものの、まあもうそれならそれでいいや、とも思うじょりぃ。
ワタシのこともきょんのこともかわいがってくれているんですから、それで良しとしておいてもいいやー、と。
とりあえずワタシはもう親に隠し事をせずに話ができるわけですし。
うかつなことは話せない!と、頑なに心を閉じていた年月を思うと、ワタシもさびしかったですが、親もさびしかっただろうなと反省したりもしました。

と、感謝したり反省したりしつつも、カムアウト以後、セクについての話はとんと振られませんし、ワタシもわざわざしませんし。
親はいったいどういう感覚でとらえているんだろうか、本当はわだかまっているんだろうか、なんてちょっと悩んだりもしておりました。
しかしそのまま、うやむやにして何年も何年も過ぎ。


そして、先日の「ハートをつなごう」発言が母から出たわけです。
「じょりぃさんさー、NHKの『ハートをつなごう』って番組、知ってる?」と。

やっと話が現実に追いつきました。長かった。


でもさらに長いんですよ!
そろそろあくびも出てくる頃かと思いますが、次回に続きます。



2009年01月23日(金) 親へのカムアウト・2

母に
「お母さん、ワタシは男の人も好きになるけど、でも女の人の方が好きなの。
 そして、結婚しているような気持ちで、きょんと暮らしてるんだよ」

と伝えたところで泣きそうになったけど、ぐっとこらえまして。
たぶんワタシ、えらく挑戦的な顔つきで母と対峙していたはずです。
しかもなぜかこのとき、ふたりとも応接間で、立って話をしておりましたので、なんか無意味な迫力もあったはず。

母、しばらくあんぐりした後に

「女の人のほうが好きって・・・それはいつ頃から?」と。
「もう、すごく小さい頃から」


沈  黙  。



「なんでもっと早く言わなかったの?」 と母。



へ?

どういう意味だろう・・・。


「だって・・・ガッカリしたでしょ、今だって・・・」とワタシ。ちょっと弱気モードに。
「しないよ? ビックリはしたけど、ガッカリなんてしないよ」

真偽のほどはさておき、ガッカリしない、と聞いてちょっとホッとしたのは事実なんですが。
でもビックリはするのか・・・と、母が本当に何も気付いていなかったのならそれはあたりまえのことなのに、小さなことにもショックを受けるじょりぃ。
なにしろちゃんとした「カムアウト」なんて、つきあった子以外にしたことなかったですしワタシ。
それだって、ちゃんとカムしたわけではなく、「つきあった」ということで、まあそういうことだよってことになってたわけですし。
なのに「絶対知られたくない」と思っていた親を相手に、生まれて初めてのカムアウト。
小さなことにもじょりぃの心の振り子は大きくぶんぶん振れまくりなのでございます。

「今までずっとそれ隠してたの?」と母。
「だって、ワタシはいつだって『いいこ』でいなきゃ、居場所なくなっちゃうもん」

と言った時点で、ぽろりと涙が。
そうか。
それでワタシは必死だったのか。
と、自分でもこのとき気付くというのんきぶり。
しかし、「ヘテロセクシャルでないことを隠す」ということが「いいこ」の条件だと頑なに思っていたとは、今思えば愚かですし、自分で言うのもなんですが、かわいそうだったね、じょりぃ。


「なんでそんなこと思うの?」
「だってお母さん、ワタシよりメエ(妹)の方が大事じゃん。
 これ以上ガッカリさせたら、ワタシ家の中に居場所ないもん」

この時点で、もう、えぐっえぐっとしゃくりあげて泣き出すワタシ。カッコワルイ。ちなみに確か、じょりぃ30歳。
いい年してそんなに泣くなっつーの。


今考えると、当時のワタシにとっては、もしかしたら母に対しては、「レズビアンです」というカムアウトよりも「お母さんは妹のほうが好きだから、ワタシはそれが悲しかった」というカムアウトの方が大きかったのかも、という気もします。


そして、母、それを聞いてさらにあんぐり。

「なんでそんなこと思うの?」 <二度目
「いつだってそうだったじゃん。 メエさえシアワセでいればワタシのことなんてどうでもいいみたいだったし。
 お母さんのアタマの中って、メエのことしかないじゃん」 えぐっ えぐっ


ここでみなさまも母同様、「じょりぃは何をつまらないことでひがんどるんじゃ?」とお思いのことと思いますので、
「母は妹のが大事」について説明させていただきます。

まず、これはしかたないことなんですが、2歳にならないうちにワタシは妹に母親を取られました。
「取られました」という言い方、ちょっと大人げないですが、1歳11カ月のワタシにしてみれば、気持ちとしてはそんなもんだろうと思います。
アルバムなんか見ていても、母が赤ちゃんの妹を抱っこしている姿を、ワタシが泣きそうな顔で見つめている写真がちらほらとあったりします。
父による「早くにおねえちゃんになってしまって、じょりぃの表情がさびしそう」みたいなコメントもついていたりして。
そして、家族で出かけて親と手をつなぐ、なんてときは、もう必ず 母=メエ、父=じょりぃ という組合せ。
ワタシは父も大好きだったので、父と手をつなぐことに不満はなかったのですが、大人になって知恵がついてから思うに、母親とのスキンシップが全然足りてなかったんですわ。
母はもともとスキンシップがあまり得意な人でなかったので、ワタシが記憶をたどれる限りでは、ワタシには「母のぬくもり」とか、よくわかりません。
赤ちゃんのときは、そりゃそれなりにあったでしょうけど。
物心ついてからは、ホント、ない。(そんな人わんさかいるでしょうけどね)
妹が大きくなってくると、条件はワタシと同じになったのですが(それでも母と手をつなぐのは妹だった)(根に持ってます)、妹はワタシと違って、母に
「ほらー、べたべたしてるとお料理できないでしょー」
とか言われても「えへへー(*´∀`*)」なんて甘えられる子だったんです。母もかわいかったことでしょう。
しかしワタシにはそれができなかった。
妹、いいなー(´・ω・`) と強く思いつつ、「メエは甘ったれなんだからー」とかお姉さんぶってクールな顔している子どもだったのであります。

しかしまあ、ここまではある程度どこにでもある「まあ、そんなもんだよ」という話でもあります。
ワタシも大人げないというか子どもげないというか、「お母さーん、じょりぃとも手をつないでー」って甘えればそれでよかったのに。
それをせずに、悶々といじけまくっていたワタシの幼少時代。(今も一緒か ァ'`,、('∀`))
ということで、ワタシの資質にも問題があります。

それに加えて、小学校に上がってから3年ほど、母はひどくワタシに冷たく接するようになったのです。
何を怒っているのかわからない状態で、無視され続けます。(妹にはそんなことないんですよこれが)
これはですねー、ホント、あとあとまでワタシの中で傷になりましたし、母を恨みました。
夜おふとんの中で「お母さんなんて死んじゃえばいい」と思ったそのすぐ後に、「お母さんが死んじゃったらどうしよう」と思って、怖くてひとりで泣いていたりしました。
が。
これについては、もうホントについ最近、「お母さん、うつ病だったことがあるんだよねー」とさくっと打ち明けられ。
よくよく話を聞いてみたら、上記の時期に合致。
「もう死にたくて死にたくて。でも子どものこと考えると死ねなくて、ホントつらかった」そうで。
そりゃ気の毒だったな! と、なんかウソみたいにコロっと許せちゃいました。死なないでくれてよかった。
藁にもすがる思いでいろんな本を読んで「森田療法」を試してみたら、だんだん良くなったそうです。
あなどれません、森田療法。
そして大人になった今その話を聞いて、「ワタシに当たって妹には当たらなかった」というのもなんだか納得できます。
まず、長女(しかも第一子)と母親の結びつきって、二番目以降のそれとは心理的に違う気がします。
自分と相手との区別がつきづらいというか。分離しづらいというか。距離を置きづらいというか。
子どもと大人なのに、変に対等というか(本人たちは無自覚)、非常にバランスの悪い「近さ」があるように思うのです。
だからやつあたりも多くなるのも頷けます。
それに加えて、ワタシは神経質でちょっとしたことでも傷ついちゃうような弱虫でしたので、母のイライラが増幅することになります。

話がそれました(°▽°)
まあ、上記は大人になってから聞いたので「なんだそうだったのかかわいそうに」とシンプルに同情しましたが、つらく当たられていた当時のワタシには単に
「お母さんはワタシだけ無視する。謝っても『なんで謝るの?』って怒る。(<自分でもなんでだかわからないけど母が怒っている気がしたので必死に謝った) どうしたらいいかわからない。怖い」
という気持ちで小学校低学年時代を過ごしたわけであります。
やさしいときも多かったんですけどね。波というか、気分の上下が激しかったんです。
でもだから、ナナが子どもたちに当たりながら泣きながら奮闘している様を近くで見られたのはワタシには救いでした。
母の「うつだったんだよね」を聞く前から、「ナナのやってることはたまにメチャクチャだけど、それでもこんなに子どものことばっか考えてるんだなー」というのを間近に見て、それが自分と母の姿に投影され、自分はやっぱり愛されてたんだなーと思うことができたりしたのであります。

また話がそれた。戻します。


で、母への不信が決定的になったのは、妹がグレちゃってからでした。
しかもまあ、グレかたがハンパなかったもんですからね。
妹が16歳で家出して、ヤクザ関係のチンピラと同棲を始めたあたりから、母の脳内がおかしくなってきちゃいまして。
その数年前に、シンナーでラリラリしまくっている妹を見たときも、かなりキちゃってたみたいですが、母。
妹、ワタシより勉強も運動もできる子でしたし。
かわいくて優秀な(と両親だけが思う)自分の子がそんなことになるなんて!と、脳みそがパニックを起こしたようであります。

まあ、妹の素行の細かい話は省きますが、ワタシの16歳から20歳くらいにかけては、平和ボケしているような我が家にとっては「たかが子どもがひとりグレただけ」とはいえ、暗黒時代でありました。
過ぎてしまった今となっては笑い話ですし、妹のおかげで家族が成長したわけですが、渦中では「これが一生続くんだろうか。続くんだろうな」と思っちゃいますしね。

父は単身赴任で家におらず、帰ってくれば必ずワタシは「お母さんを頼むよ」と言われ。
たまに父から来る手紙にも、最後には必ず「お母さんをよろしく。じょりぃさんだけが頼りです」と書かれ。
それ自体はプレッシャーにはならなかったんですが、ワタシは母を守ることに必死でありました。
一時期はホントに「お母さん、頭がおかしくなっちゃったのかな?」ってときもありまして。
母は血尿出まくってましたし。真っ赤っかなの、おしっこ。

そしてその頃になると、何の話をしていても、メエの話に結びつけます、母。
ワタシが学校であった話をしていても「そういえばメエも・・・」。
ワタシの悩みを話していても「でもメエはさ・・・」。
とにかく「ワタシ」に関する話もすべて、いつの間にかというか早々にメエの話になってしまうのです。

そして、メエの話をするたびに泣くのであります。
ワタシはそれをひたすら慰めます。
ワタシの話、またどっか行っちゃったー、と思いながら。

たまに慰めるつもりで「お母さんにこんなに心配かけて、メエも困ったヤツだー」みたいなことを言うと、
「メエは悪くないんだよ! メエのこと悪く言うのはやめて!」とワタシを責めてから、また泣きます。
ワタシだって泣きたい、そんなの。(だいたい、いつだって無条件でメエの味方だったのはワタシだよっつー話)

ワタシはこの家になくてはならない、透明な存在になりました。
ワタシは必要なんですよ、明らかに。
母にとっても父にとってもメエにとっても。
でも、父もメエもここにはいない。
ただひとり、一緒に暮らしている母の目には、ワタシは映っていなかったのです。
それでもワタシがいなきゃ壊れちゃいそうだったのです。
ワタシは必死でした。
でもなんだか悲しくて悲しくて、でもそれを表に出せばまた余計にお母さんおかしくなっちゃうと思って。
だんだん、母親が憎くなりました。
大好きで、大嫌いでした。(これは小さい時からか)
この人、ワタシのことなーーーーーんにも理解してくれない。
昔からそうだった。ワタシのことは二の次だった。
妹のほうがかわいくてしかたないんだ。
でもワタシ、どうせ不良品だし。(セクのことで、当時はまだこんな風に自分を卑下しておりました)
妹の次、って存在でもしかたないのかも。
両親から愛されていないわけではないし、ワタシがそれで満足していれば家族がうまく機能していくなら、それでいいやもう。

という気持ちでまだいた頃に、ナナと一時的な再会を果たしていたワタシ。
後に「あの頃はお母さんのこと、憎んでいたみたいだったもんね」と言われまして、そんな、久しぶりに会った友にそう思われるほどだったのかーと自分で驚いたものでしたが。
そして、ナナと仲良くなってから割と早いうちに
「3人子どもがいてさ、この子がいちばんかわいい!とか、思ったりするもの?」なんて聞いてみたりして。
ナナの答は
「個性がそれぞれ違うから、その子に対する思い方というのは違うけれども、みんな同じにかわいいよ」
というもので、それをナナから聞いただけでも少し癒されるような気がしたものでした。

セクでない部分に字数を稼いでしまいましたが。
しかもワタシなんて恵まれた環境で育ったと思うのに、つまんねえことぐじぐじ考えて、いじけてるわなんだかひたってるわで、もうホント恥ずかしいんですけれども。
が、これもワタシのカムにとっては、親へのカムであるだけに、家族背景というのは大事な話ですし、この後の話にも関係してくるので許してくださいませ。


で、「メエのほうが大事なんでしょ」と言われて、母、唖然呆然硬直状態、というところに戻ります。
行ったり来たり慌ただしくてすんません。


えぐえぐ泣いているワタシに、母が言いました。

「おまえよりメエの方が大事なんて、そんなことあるわけないでしょ?」
「・・・・・」 

そらそう言うわな、という気分のじょりぃ。
でも、上記の長い恨み言(笑)は伝えませんでした。

「お母さんとしてはさ、逆の感情は生まれそうで怖いなって思ったことはあったよ」と母。
「・・・逆って?」 えぐっ えぐっ
「ちいさい頃はカラダが弱かったってこともあったから、どうしてもじょりぃに比重が偏ったし」
「・・・・・・」 なんだそんなことか (゚д゚)、ペ
「それにじょりぃはとにかくやさしくていいこでさ。いいこ過ぎて心配だったくらいだし。(必死でしたからねワタシ!)
 なんていうか・・・おまえは特別な子だよね。お母さんだけじゃない、無条件に誰からも愛される特別な子なんだよ」

そ・・・それは・・・親(バカ)だから思うことだと・・・(°▽°;)

「じょりぃよりメエの方が大事、なんてことは絶対ないよ。そんなこと思ったことない」
「・・・・・・」
「それより、おまえが何を考えているのか、いつもお母さんにはよくわからなくて、それは不安だった」
「わからないって?」
「思ってること言わないでしょ? 何かね、いつもいつも、少しさびしそうに見えるんだよね」

そりゃあんたのせいもあるんじゃないの?
・・・と、もうひとつか。
本日のカムアウト、両方とも原因か。

「なんでそんなに思ってること言わないの?」と母。
「秘密があったから」
「それはさっき言った、女の人のほうが好きってこと?」
「うん」


セクに関係ない自分語りで無駄に字数を稼いでしまったので、肝心のセクの話になったところで終わりにせねばなりません。
わざとじゃないんですわざとじゃないんです。


ということで、まだ続きます。スミマセン。



2009年01月22日(木) 親へのカムアウト

長らく「いつか書きますねー」と言ったまま書いていなかった、親へのカムアウト話だったんですが。
なぜ今まで書かなかったのかというと、いつもにも増して長くなりそうだったからです。
今月、仕事が忙しくないということと、先日この件について「そろそろ書いてもいいのかなー」と思う親とのやりとりがあったので、
この機会にまただらだらと恥ずかしげもなく(ホントは恥ずかしいんですよ!)(なら書くな!)自分語りをさせていただこうと思います。

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先日、用事があって実家に行ったときのことであります。
父が町内会かなにかの忘年会へ出かけまして。
母とふたりで夕飯をもぐもぐと食べながら、あれこれと雑談しておりました。
その中で「うちのお父さんて、ホントに『良い人』だよねー」なんて話になりまして。
まあ、ワタシの日記ではキチ●イのような様しか書かれていない気の毒な親父様でありますが、もうホントに善意と無邪気のカタマリのような人であります。
その善意と無邪気がキ●ガイのようなけったいな事態をよく作り上げるわけですが。

で、母がその話の流れで言いましたですよ。

「お父さんはホントいい人だなーって思うんだけど、そしていい人ゆえのことなのかもしれないけど、
 障害者を見て『かわいそうになぁ』ってたまに言うんだけどさ」 とな。
「ふーん」 もぐもぐと相づちを打つじょりぃ。
「お母さん、それがイヤでさー」
「へえ。どんな風に?」
「だって、特に先天的な人の場合なんかはさ、
 健常者中心に作られている社会では確かに不便だったり生活しづらかったりするかもだけどさ、
 その人にとってはそれしか知らないわけだし、それが標準仕様なわけじゃない?」
「うん」
「だから『大変そうだな』って思ったり、手を貸してやりたくなったりっていうのはわかるんだけど、
 『かわいそう』って思うのは、それは傲慢だし差別だと思うんだよね」
「なるほどね。それはワタシも思うわ」

ちょっと、映画「X-men 3(ファイナルディシジョン)」の中でミュータントが人間に言ったセリフ

「オレ達はみじめか?」

を思い出したりして。(見てないかた、わかりづらい例えでスミマセン)

もぐもぐもぐもぐ。

少し間をおいて母が言いました。

「じょりぃさんさー、NHKの『ハートをつなごう』って番組、知ってる?」


フラグ、キタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!


ハートをつなごう ってなんじゃらほい?
というかたはこちらをどうぞ。(そのうちリンク切れや変更があるかもですが)
ワタシから簡単に説明させていただきますと、最近LGBTに関する内容を、何週間か放送していたみたいですね。(説明簡単すぎ)


さて、ここでいったんこの話は置いておいて。
上記フラグが立つ前に、ワタシは既に親にカムアウト済みです。
まずはそのときのお話からさせていただくために、一気に数年前にさかのぼらせていただきます。


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きっかけはワタシが家を買うことになったことでした。
仕事をフリーで行うにあたって、マンションに今までどおり住んで事務所用にまたどこか借りて・・・ってやるよりは、一軒家買って事務所も兼ねちゃったほうが経済的だし効率が良かったということと、関東の片田舎で女一人で商売するにあたって、お客相手にしても銀行相手にしても、不動産を持っていたほうが何かと信用が良いだろうと判断したからであります。
で、親に借金(とはまたちょっと違うんですが、これは本題から逸れるので省略)を頼むために、経緯と計画を話しまして。
銀行に融資を頼むときのような勢いで、経営計画書を作って親に説明したものでした。懐かしい。
親はまあ、厄介な話だというのに、大喜びで全面的にバックアップするよ!てな話になったというシアワセ者じょりぃだったんですが。
で、家も見つかってあとはハンコ押しに行くだけー、みたいになった頃。

やっぱ、きょんとまた暮らすってこと、しらばっくれて・・・ってわけにはいかないよなー(借金するし)と思ったじょりぃは、母に言いました。

「今度の家、きょんにまた一緒に住んでもらおうかなと思ってるんだよね。
 ひとりで一軒家は怖いし、それに家賃収入も入るし」 と。無理に理由をつけて。

ここで母の表情が曇ったわけですよ。

「それは・・・よくないんじゃない?」と母。
「どうして?」

平静を装っていますが、この時点で
「ガーンΣ (゚Д゚;)」
「どうしよう・・・(´;ω;)」
「((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル」
のトリプルショックなじょりぃであります。

「家賃なんてもらっちゃって、後になって『自分もローンを支払った。家の権利がある』とか主張されたら困るでしょ」と母。
「あははははは。きょんはそんなことしないから大丈夫だよー」 なんだそんなことか。
「それは言い切れないでしょ? お金に困れば、人って豹変するものだし」
「とにかくそれはないですから」

そこでいったん、その話は終わったんですが。

数日経ってまたその話が出ましてね。
母としては「きょん同居反対」のスタンス。
「友だちとの遊び感覚みたいな気持ちなら、賛成はできない」と。

カチン。

「ワタシが遊び感覚で独立やら家を買うやらの決断をすると思うの?」 穏やかにケンカ腰じょりぃ。
「そうは思わないけど。 きょんさんとこのままずっと一緒にいるつもり?」と母。
「さあ。 先のことはわからないもの」

もうこの時点で、怒りで心臓がバクバクし始めるじょりぃ。
母はワタシのセクもきょんとの関係も知らないわけなので、こんなにワタシに怒りを感じられる筋合いはないのですが。

それでも、なんでこんなに怒ったのかというと、ワタシは心のどこかで「母はワタシのセクに気付いているはず」という思いがあったからです。
知っていて、でも認めたくなくて、あるいは確信が持てなくて、知らんぷりをしているんじゃないか、と思っていたのです。
なので

カマかけてるわけ? <被害妄想
わかっているからこそ引き裂こうとするわけ? <被害妄想

てな具合。

さらに、ワタシはあまり余裕のない精神状況でございました。
実はこのころ、きょんとちょっとうまくいっていなくてですね。
ここで「じゃあいったん別々に暮らしましょう」ということになったら、おそらくふたりの関係は終わってしまうだろう、と感じておりました。
それはイヤだったのです。
さらに、1年後の独立に向けて、不安でいっぱいの頃でしたし。
おまけに大きな買い物に取り組んでいる最中でしたし。

そしてもうひとつ。
この時点で・・・というか、ワタシはずーーーっと「自分のセクのことは親に話さず、墓場まで持っていこう」と思っておりました。
とにかく、両親をガッカリさせるのが恐ろしくてならなかったのです。
いつでも日の当たるところを歩いてきた両親が、世間に対して「隠さねばならない」部分を作ってしまうことになるのが申し訳なかったのです。
ワタシは両親にとっては自慢の娘です。(なんの取り柄もありませんが・・・)
ずっとそのまま、ワタシに関してはしあわせな気持ちでいてほしかったのです。
今でこそ「セクなんてバレたらバレたでまあいいか」と思えるようになりましたが(それでも怖いけどー)、当時はまだ世間の目をすごく気にしていたんですね。(その割には好き放題していましたが)
ワタシ個人のことはさておき、実家や妹の家庭を巻き込んで世間体に傷がつくのは、これは申し訳ない、と頑なに思っていたのです。

ということに加え、「親に拒絶されたらもうだめぽ(つд-。)」というワタシの弱さもありました。
まだネット上でセクマイ仲間もたくさんできて・・・となる前でしたし。
いくら自分では「ワタシはワタシ。もうしょーがない」と割り切って胸張ってるつもりでも、世間に対して抱えている劣等感はそれを上回っていたので、これで親にも拒絶されてしまったら・・・と考えると、それはもう、恐ろしくて恐ろしくて。
今まで親が何度も言ってくれた
「何があっても、じょりぃが何をしても、世界中が敵になってもじょりぃの味方だよ(´∀`)」
という言葉が、セクバレと共に一瞬で無効になってしまうかもしれないのです。
怖かった。

そんなワタシに、母が言った次の言葉がこれ。

「そのへんちゃんとできないなら、家のことはもう一度考え直さないとね」

かっちーーーーーーん。

「あ、そう。 ならもういいです」とワタシ。
「もういいってことないでしょ? 家はあったほうがいいんだから」
「反対してるのはお母さんじゃない(笑)」
「おまえがどういうつもりできょんさんといるのかがよくわからないんだもの」

この一言で、ああやっぱり探ってるんだな、と判断したじょりぃ。

「それ、関係なくない?」とワタシ。
「ないことないでしょ? だってふたりともこのまま結婚しないつもり?」

ここで、ワタシの中の何かが  ぶつ  と切れました。
精神的に余裕がなかった ということもあったかもしれませんが。
とにかく、判断力なくした。
もういいやと思ってしまった結果。


「もう結婚してるようなもんだから」


言ってしまった。


「どういうこと?」 と母。
「そういうこと」
「結婚してるようなもんて、誰と?」
「きょんと」

話、全然わからん みたいな顔をしている母。
ふん。
まだすっとぼけますか。
ならハッキリ言ってやろうじゃないか。


「お母さん、ワタシは男の人も好きになるけど、でも女の人の方が好きなの。
 そして、結婚しているような気持ちで、きょんと暮らしてるんだよ」




続きます。




2009年01月06日(火) 前とちょっと違う

映画「ミスト」を公開時に映画館で観たきょんとワタシでしたが。
先日、DVDを借りてきて再観賞いたしました。

こちらでもご紹介した、ローリー・ホールデンという女優がヒロイン役で出演しているのですが。
きょんはこの女優さんが割と好きでしてね。
目が離れていて鼻が上向いているという、タイプとしては自分寄りの顔立ちをきょんが好きになるというのは非常にめずらしくてですね。
それもこれも、「サイレント・ヒル」のローリーがカッコ良かったからだと思うのですが、最初に観た「マジェスティック」から、けっこうきょんの好感度は高かったようにも記憶しております。

で、「ミスト」のローリーも気丈でなかなかカッコイイんです。
で、きょんにちょっと聞いてみました。

「あなた、ローリーに口説かれたら、どーお?(・∀・)」


ちなみに、きょんはワタシとつきあっているとはいえ、基本的にはヘテロセクシャルです。
ていうか、男性大好きです。
よくまあワタシと長いことつきあってるよなーって思うくらい、ホントに男好きです。
ってそこまで言うほどでもないかもしれませんが。
まあ、女には興味ない、というスタンス。
なので聞いてみたわけですけれども。

そうしましたら意外なことに


「うん。いいねえ」


という答が!

「え! 素直に口説かれるの?」
「うん。うれしいかも」
「エッチできる?」
「んー・・・・ていうかさ、あの人はアメリカ人だからさ」

正確には、アメリカとカナダ、両方の国籍持ってますが、この際それはどっちでもよさそう。

「うん」
「なんか、積極的そうで、そのへんどうしたらよいものか困りそう(*・_・)」


意味わからん。
なんか、もじもじしてますし。


「積極的って・・・ああ、セックスが情熱的で激しそうってこと?」
「わかんないけど。 まあ、激しそうってことなのかな」 アメリカ人への偏見なのでは。
「わははははははは。そんなの、身を委ねておまかせしてしまえばいいじゃないの」
「そうか。じゃあそうしようかな」


てか、これではまるでワタシのセックスが消極的みたいではないですか。
まあ別にそれならそれでいいんですが。
ワタシおしとやかですし。
セックスってしたことないですし。


ではもうひとり聞いてみましょう。


「シェーンに口説かれたら?」 口説くといえば、Lの世界のシェーン様かなと。
「あたしシェーンて全然いいと思わないから、たぶん断る」

あまたのレズたちをうっとりさせるシェーンのお誘いは断るそうです。
この場合、シェーンファンは「よしよし、あたりまえだ」と思うのでしょうか。
それとも「シェーン様のお誘いを断るだなんて!」と憤るのでしょうか。

もうひとり。

きょんはニコール・キッドマンにも憧れております。
ニコールでも聞いてみましょう。


「じゃあ、ニコールに口説かれたら?」
「えーーーー? なんか想像できないんだけど」 ローリーなら想像できるのか。
「ちょっと想像してみてよ」
「んー・・・まあ、なりゆきで・・・ていうか、ニコールってあたしを口説かなそうじゃない?」

ローリーとシェーンならあなたを口説くというのでしょうか。


きょんがそろそろうんざりしはじめたので、このへんでやめておきましたが。

いやーしかし。
2003年の夏にアップしたきょんのセクについてのサモピンと比べますと、なんだかちょっと変わってきたような。
セクって変わるもんなんですかねえ。

で。

きょんたら、ワタシ以外でも、女性ともオッケーになってきたのかしらー。
ということで、じょりぃは


1. 嫉妬した

2. 喜んだ


さて、どちらでしょうか?(・∀・)



答は「2」でした。


きょん、どんどんレズっぽくなってくれると、ワタシはウレシイよ。



今度はナナに聞いてみようっと(・∀・)



2009年01月04日(日) 目指せ「中年の星」

こんばんは、そろそろ23歳じょりぃですと挨拶することに疲れてきた23歳じょりぃです。
まあこの23歳詐称連呼は、若ぶっているというより、
「おまえ、いくらなんでもそりゃねえだろうよ」
というツッコミ待ちのギャグってだけなんですけど。

ギャグってだけなんですけど。

最近、老け込みに拍車がかかってきて、自分でも「ギャグとしても苦しい」と感じ始めた昨今。
かといって、変に凹んだり落ち込んだりしているわけでもないんですけれども。
なんというか、自分の年齢における自分のスタンスについて、ここ1年ほどもやもやしておったんですよ。
気持ちはいつまでも若くいたい。
と思うまでもなく、たぶん若い。気持ちだけは。頭とカラダは衰えてきた気がするけど。
でも頭もまだがんばれる。と思う。
が、カラダは・・・無理かも(´・ω・`)
もやもやもや。
なんだかバランスの取り方がわからないなあ。
いや、ホントはわかっているのに、何かあがいていないかワタシ。
あがいているせいで、目を逸らしていることがあるんじゃないのかワタシ。
もやもやもや。

ともやもやしていたワタシの気持ちをスッカーーーとさせてくれた、元旦の読売新聞4面の新春対談。
読売新聞社特別委員・橋本五郎氏(は別にどうでもいいんだけど)と、キョンキョンという名の小泉今日子氏の対談「2009年 どう生きる」から、一部抜粋させていただきますね。
ちなみに見出しは『「中年の星」になりたい』です。

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橋本:
私が大好きな女優の八千草薫さんに、「20代には20代の美しさ、60代には60代の美しさがある」という言葉があります。
世代世代の持つ初々しさみたいなものをどれだけ持てるのかが、その人の輝きのような気がする。
小泉さんはそれを実践している感じがしますね。

小泉:
年相応でありたいというのはずっと感じていることで、背伸びもしたくないし、甘えたくもない。
今、42歳のままストンと立てるような心でいたい。
「アラウンド・フォーティー」(40歳前後)という言葉がはやり、「アンチ・エージング」(脱老化)という言葉も出てきましたが、私の場合は「アンチ・アンチ・エージング」という感じ。
40代は人生の折り返しと考えると、年を取ることはすてきなことだと思います。

橋本:
小泉さんにとって「アラフォー」はイヤで、「中年」の方がずっといいということですか。

小泉:
新しい言葉に違和感を感じているだけかもしれませんけど、「アラフォー」と言われると・・・。「輝いていなければいけない」というニュアンスが含まれているような気がして、「いや、もっと疲れているだろう、私たち」という気分になるんですよ。
颯爽とパンツスーツを着て街を歩いてなければいけないとか、恋をしていなければいけないとか。
息苦しさを感じる言葉のような気がして、それで「ナイスミドル」という言葉を昭和の引き出しから引っ張ってきた感じです。

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この前後も興味深い内容なんですが。
ワタシがこの抜粋部分の何に共感したかというとですね。

「いや、もっと疲れているだろう、私たち」

ここ。
ここです。

そうだよ。
ワタシ、実は疲れている。なんかいろいろ疲れてるわけですよ。
かといって、「疲れた・・・もうだめぽ(´д`)」となっているわけではない。
今年から新しいことに挑戦しようと思ってるし、ワタシの持っている能力も可能性もまだまだたっぷりあるんだぜ?というやる気は存分にあります。
が、ワタシは今まで認めたくなかったんですよ。
「いや、もっと疲れているだろう、ワタシ」ってところを。
「輝いていなければいけない」って、気負っていたんですよ。

で、何がスッカーーーーとしたかというと、「疲れてるなー」ってことと「いやー、でも、ワタシ、気負わなくても輝いてね?(・∀・)」ってことに、キョンキョンの発言でもって気が付けたからでありますよ。後者、ずうずうしいとか思われるかもしれませんが!
そう自分で思えることがワタシにはスッカーーーーだったという、自己満足がポイントなところだから、いいのこれで!

さらに、八千草<茜さんのお弁当>薫様のお言葉も、今やっとわかった気が。
このお言葉「20代には20代の・・・」は割と有名でして、ワタシも知っていたし、折に触れて思い出したりもしていたのですが。
どうもピンと来なかった。
タテマエとしては美しく立派な言葉だけどさー。
それだって、いつまでも若くいたいじゃーん? 若く見られたいじゃーん? とな。

で、またまた自己満足の話で恐縮なんですが。
存軽なんてすべてこれ自己満足でまかなわれているので、今回も広い心で微笑みながら読んでいただくことにいたしましてー。

もしかして、この新春対談記事を読んだ影響なのかもしれませんけれども。
先日、鏡で自分の顔を見たとき。

なんか、年食って、カッコ良くなってきたなワタシ。

って思ったんスよ。ずーずーしいことに。
もう若くねえなー、ってのも確かに思った。
が、若くないけど、「良いお顔」だなーと思ったんですわ。渋み出てきた。<年食ったってことですが。
渋みあるのに、子どもみたいでかわいい☆(客観的に見れば気持ち悪そうですが!)

で、気付いた。

ワタシ、ここ数年、案外自分に自信がなかったのかもー、と。
自分に自信がない、というよりは、年食ってきた自分に自信がなかったんです。
バランスの取り方が全然わかってなかった。
ということすらよくわかってなかった。



まあとにかくですね。

スキンケアと筋力維持に悪戦苦闘しながらですね、
                         ☆
ワタシもカッコイイ「中年の星」を目指しますですよ ��(・∀・)


そしてもちろん、ここまで偉そうに言いつつ、

若返りに効果があるというウワサの「ピクノジェノール」も飲み続けるわけですが ァ'`,、('∀`)当然デスナ

これからも「若くいられる」ってことはできるだけやっていくつもりですが(この努力は忘れちゃいけないと思う次第)、もしかして今まで執着しすぎていたかもなーとも思います。
年取るの怖いよー、ってのは、もう思わないで済みそうです。
ありがとう、キョンキョン!



それにしても、思春期の頃さんざん「バカっぽい」とバカにしていたキョンキョンを、
こんな風に取り上げるようになるとは思いませんでした。
いい具合に年取ってるな、キョンキョン。 軽く嫉妬。


じょりぃ |HomePage