2009年04月19日(日) |
会津へ行ってきました |
先週、二泊三日で会津若松へ旅行してきました。 以前から行ってみたいと思っていた会津。 ようやく思い切って出かけることができました。
旅行前日まで、仕事でばたばた(^^; 慌ただしい出発です。 東北自動車道を走るのは、初めて。と言うか、北の方面へは、車で行ったことなかったのです。 湾岸道路から、東北道へ向かう時は、ちょっとどきどき。遠出するんだなと言う思いが、じわじわと湧いてきました(笑)
千葉県内は、桜もほぼ散ってしまっていましたが、東北道を北上するに従って、まだ満開状態の桜が、あちこちに見えてきます。 会津は、確か鶴ヶ城が桜の名所とか。これは、期待できるかな(*^^*)
途中、休憩を取ったり、昼食を食べたりしながら、ひたすら東北道を走り続け、郡山ジャンクションで、磐越自動車道へ。 びっくりです。東北道から磐越自動車道に入ったとたん、風景が変わります。 山がぐっと近くまで迫ってくる感じ。そして、いくつもの長いトンネル。 会津へ抜ける最後のトンネルから出ると、いきなり目の前に、雪を被った高い山が・・・ これが、かの有名な磐梯山! きれいです、さすが歌に歌われるだけのことはあると、感動しながら磐梯山を眺めました。
そして、車は四方を山に囲まれた会津若松の街へ。 ホテルに到着したのは、3時過ぎてしまいました。 この日は、ホテルから近い七日町通りを、ぶらりと歩いてみました。 昔ながらの建物が点在するレトロな雰囲気の七日町通り。どこか懐かしさと、のどかさとを感じながらの散歩です。
二日目。 まず足を向けたのは鶴ヶ城。なんと、桜が満開でした! これは嬉しい誤算(*^^*) 鶴ヶ城だけでなく、会津若松はどこも桜が満開で、思わず歓声を上げてしまいます。 そして、もうひとつ、鶴ヶ城をはじめ街中で目につくのが、大河ドラマ「天地人」のポスターやのぼり。 はて、上杉景勝、直江兼続は越後のはずだと思ったのだけど(^^; 鶴ヶ城の中の説明で納得。秀吉の時代、上杉景勝は会津に領地替えになっていたのですね。
私の中では、会津と言えば、戊辰戦争で最後まで幕府側として戦ったと言うイメージ。 白虎隊の悲劇も、印象強いです。 もちろん行きました、飯盛山。 白虎隊の少年たちが、敗走中に辿り着いた飯盛山から、鶴ヶ城が煙に包まれているのを見て、落城したと思いこみ、自刃してしまったと言う、なんとも哀しい歴史の地。
自刃の地からは、なるほど会津の街が一望できます。 少年隊士たちは、ここから鶴ヶ城の煙を見てしまったのだなあと思うと、感慨もひとしおです。
帰る間際に立ち寄ったのが、石部桜。 この桜、実は知らなかったのです。なので、見に行く予定ではなかった。 ところが、前日の夕食を頂いたお蕎麦屋さん(大変おいしかったのです)で、「石部桜が見頃ですよ」と教えてもらい、それはぜひ、と言うことで立ち寄りました。 広い田んぼの中に、どーんと立っている大きな桜の木。 樹齢600年と言われる老樹、見事でした。
会津への旅は、思った以上に桜に出会った旅でした。 そして、歴史に触れる旅。素朴な暖かさを感じる会津は、私の好きな街のひとつとなりました。 またぜひ訪れてみたいです。 会津の旅行中の写真を、アルバムのコーナーにアップしました。 拙いものですが、ご覧頂ければ幸いですm(__)m
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