雑念エンタアテインメント
モクジ 雑念
えーと・・・・ごめん。名前、なんだっけ?
眼鏡をクイッと上げて、そう言った。 そんな顔、雑誌なんかでは見たこと無かったから、 とても新鮮で、少し、得した気分だった。
大荷物を抱えて、待ってた甲斐があったかも。(笑)
「江戸川、江戸川紅子です。」
「あー、そうだ。江戸川さんだ。」
「あの日は、わざわざ送っていただいて、ありがとうございました。 お辞儀だけで、ちゃんとお礼も言えず・・・すいませんでした。」
タクロウは、そんなのいいのに、と笑って腕時計を見た。
「もしかして、お急ぎですか?」
「うん、まあ。此処で取材なんだよね、今から。」
「そうなんですか?!じゃ、あのですね−−−」
急いでるタクロウに合わせて、アタシも急ぐようにして、鞄に手を突っ込み 手探りで、預かった封筒を差し出そうとした・・・・んだけれど。
「ちょっとさ、急いでるから・・・・中でも良い?」
中って、事務所ですか?
此処で待ってて、と言われた部屋に通され、もうすぐ1時間。
“3時間・・・んー、2時間くらいかかるんだけど”
かなり急いでいるようだったので、鞄の中で手にした封筒を出すことも出来ず。 グチャグチャの鞄の中で、窮屈そうに家主を待つ茶封筒。 之持って、とんずらしちゃおうかしら。
“アタシも急いでるんで!”
其れすら言えなかった。 タクロウ、マッハで歩くんだもん。 やっぱり、とんずらすりゃ良かったな。
「3時間・・・・2時間・・・・ダメだ、ダメじゃん!」
そんな待ってたら浦原さんに殺される。 夜の仕込みに間に合わなくなるんだ。 アタシは、厨房には立たないけど、夕礼だってあるし、来店されるお客様を把握しなきゃなんないし。 それに、この大荷物を早く持ち帰らねば。
そう、アタシだって、タクロウと同じく色々と忙しいのだ。
「・・・・封筒、どうしよう。 んー・・・・っ、もういーか!誰か、そこらへん歩いてる人に渡そう! いっぱい人居たし、適当に誰かに渡して帰ろう!そうしよう!」
独り言にしては大きすぎる声で独白し、椅子から立ち上がった。
「うん、そうしようそうしよう。」
窓の外を眺めて頷いた後、ガチャリとドアノブの回る音がした。
「おつかれさまーっ!」
軽く、カチャリと3つのグラスを合わせた。
とのくん行きつけの飲み屋さんで、昼間から呑んでます。 こんな幸せで良いのだろうか。(笑) ごめんね、タクロウくん。 タクロウくんの分まで呑むから、仕事頑張って!
「タクロウくんの後姿、淋しそうだったね。(笑)」
「いーんじゃないの?あいつは独りが好きだから。」
タクロウくんのこととなると、とのくんは冷たく振舞う。 でも、知ってるんだ。 タクロウくん欠席の呑みの後、必ず家に寄ってること。 口にはしない、とのくんの優しさ。
そういうとこ見習わないとなー。
「とか言って、との、之が終わったらタクロんとこ行くんでしょ?(笑)」
「うっ。」
テッコくんが、そう言うと、とのくんは軽く噴いて口元を拭った。 んー・・・テッコくんのそういうとこは見習いたくない。(笑)
あ、そうだ。 ボク、このお話で初めて登場します。
っつーか、遅ぇよ!(笑)
34話目で漸く登場しました。 ごめんね、皆を待たせて。 とのくんなんかさー、3話目で登場してるのにさ。 ボクは、34話目にしてやっとこさ、だよ。 あー、作者がボクに対して、いかに力を注いでないか分かるよねー。 こうなったら、この先ずーっと出演拒否してやろうかな!
其の時、テーブルの上に置かれた携帯が、規則的な振動に合わせて動き出した。 大好物の唐揚げに夢中で、携帯にも気付かないテッコくん。
「テッコくん、携帯。」
「ん? あ。 もしもーし・・・・え?! あー・・・了解しました・・・。」
「どしたの?」
電話が終わって、突然、立ち上がってカバンを手にしたテッコくん。
「明日の打ち合わせだって。」
「・・・そんなのあったか???」
テーブルに片肘付いて、もう片方の手でグラスにワインを注ぎいれるとのくん。 さっき来たばっかりなのに、そろそろ1本目が空になろうとしていた。 幾ら小さいボトルだからって・・・恐るべし、このペース。(笑)
「あったみたい。」
「あったみたい、って・・・?」
「忘れてたの、オレが。(笑)」
早く行って!!!/ピース!
「唐揚げ、もっと食いたかったなー。」
タクシーから降りて、事務所の玄関へ向かう階段で独白。 周りに誰も居ないのを良いことに、カラアゲカラアゲ と繰り返した。
打ち合わせの話なんかあったかな。 いまだに思い出せないんだけど。 ・・・若年性ナントカ、だったらイヤだな。
エントランスを抜けて、上りのエレベーターを待った。
酒の所為で、頭が働かない。 いつもに比べると、この量は大したこと無いけど。 それでも、アルコールが脳細胞を少し占拠してるのが分かる。
ぼんやりと
ほんのりと
きもちいい
「テルさん!担当さん、カンカンですよ。(笑)」
エレベーターの開いた扉から降りてきたスタッフ。 打ち合わせを忘れてたオレに、愛嬌交じりの野次が飛んできた。
「マジで?(笑)」
「そりゃもう御立腹です!」
「酒、残ってんのに、やべー。(笑)」
うははは(笑)お疲れ様、と言ってエレベーターに乗り込んで扉を閉じた。
「酒がー・・・」
大した量も呑んでないのに。 酒の所為にして、仕事、休めたら良いのにな。 毎日呑んじゃうのに。
数十秒後、扉が開いて、また野次を浴びたのは言うまでも無い。 誰だよ、言いふらしたの。 仏のオレも黙っちゃいないっつーの。
待たせてしまった担当さんに謝罪して、別室へ移動した。 ガチャリと回したノブの音が、やけに頭に響く。
思った以上に、アルコールが脳細胞を占拠してるのかもしれない。
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