I create you to control me
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2005年03月31日(木) とどまること

学会では磯村さんから"Inter-Field"の第4号をいただく。2年前に解釈研究会のシンポに呼んでいただいたのが縁で、この紀要を知ったのだが、毎号とても興味深い議論がなされている。

今回は「意味付けの功罪」というテーマで特集が組まれていた。磯村さんの論考では、拙論が参考文献としてあげてあったりして恐縮する。

いわゆる「学級崩壊」というようなフレーズがぴったりとくるかもしれない学級を前にして、そのような意味付けをするべきかいなか揺れる観察者が描き出されている。自分の立場について書いていくというのは、自分の恥をさらすようなものだからとても勇気のいることだと思う。

難しいのは、フィールドワーカーが現実を変える人ではなく、あくまでも記述することに徹すべき人だということであり、「学級崩壊」のような現実に直面しても、直接的に手をくだすのが一概にはよいといえないところだ。

でも事情はよくわからないが、結果的に手をくださずにいたことがよかったんじゃないだろうか。もし、フィールドワーカーであることをやめて、一人の実践者としてその現場に関わってしまったら、そこでワーカーは自分が救われるために記述するはめになる。


2005年03月30日(水) 日記1周年

おかげさまでこの日記も1年目を迎えました。
ためて書いたこともあったけど、かかさずつけられたのにはちょっとした達成感もある。

この1年間はいろいろ活動したような気もするが、地に足がついていないような気もしないでもなかった。今年度はもっとコツコツやるべきことをやらねばと思う。

学会が終わってもうすぐ新学期。ああ、早いな。


2005年03月29日(火) 発達心理学会最終日。

昨日で出番は終わったので今日はのんびりすごす。午前中、S浦さんに今後のご相談をし、時間はかかってもよいものをだしましょうということで話がおちつく。

また、A先生からは質的心理学研究に新しくのった論文がよいものだとお褒めの言葉をいただく。よいものだというよりは、「いいものになりましたね」というあたりが何事かを物語っているが(笑)、とりあえずよかった。これからもよいものをコツコツ書いていこうと思った。


2005年03月28日(月) 発達心理学会の2日目

僕はこれまた午後から、金子龍太郎先生にSOS子どもの村関連のシンポをひらくので呼ばれている。
話題提供者は金子先生に、僕、そして白百合の院生の御園生さんだった。それに奈良女の森岡先生がコメントをつけるというかたち。

御園生さんは、ここずっと里親制度を主として虐待問題にもかかわっておられる。里親は専門家ではない。普通のお父さんやお母さんが子どもを育てるのと同じようなものである。だから、被虐待児のように、いろいろ情緒的にふりまわしてきたり、攻撃性を誘発する子どもの子育てには当然のことながら大きな困難を感じる。その様子が、里親の生の語りからうかびあがってきて大変興味深かった。また、アメリカでいま最先端でおこなわれているトラウマ治療についての知見もなかなか興味深かった。

森岡先生からは、虐待というただでさえ重いテーマに対して、少しでも我々が明るくなれる題材を呈示するような研究をというコメントをうけた。たしかに、これまでの虐待理論はともすれば、かかわることが難しい側面や、立ち直るのが難しい側面ばかりを強調してきた。これは私たちの関わりを方向付けるものではあるものの、虐待児をなにかとんでもない困難のかたまりのようにみてしまうという危険性もまた考えねばならない。


2005年03月27日(日) 発達心理学会の1日目

朝から三ノ宮へ。神戸国際会議場で第16回の発達心理学会。

僕は午後からの縦断研究の体系化についてのシンポジウムにでた。司会の川野さんのすばらしい采配で、シンポジウムはすごく円滑にすすんでいるのだが、他の参加者は遺伝か環境かといったハードな話でもりあがっていて、僕がやっているエスノグラフィーのような話では絡みづらかった。

内田先生のようにひとつひとつ綿密に計画をたてて、しっかりとした結果を地道につみかさねていく姿をみると、なんだか自分のやっていることはたいそう大づかみで曖昧模糊としており、ああ、もう少ししっかりと事実をとらえていかねばならんなあと思った。


2005年03月26日(土) プレ学会?

朝から奈良へ。近鉄線は事故で不通のため、JRでむかう。当日まで発表準備が整わず、近鉄特急は座れるからそこでやろうと思ってたのだが予定が狂った。

奈良女子大では12時から4時までナラティブ研。森岡先生の、経験に裏打ちされた興味深いお話を聞き、その後、僕がナラティブ・プラクティスとフィールドワーク的な研究との関係について自説を申し上げる。記述をめぐって自分のなかでも混乱しているところがあったので、自分としてはいまひとつのプレゼンだった。

4時に研究会が終わり、みなさんに別れをつげると、すぐに隣の研究室で開かれている質的心理学会の研究交流委員会に出席する。なんか目が痛くてしんどかったのだが、ナラティブ研のために委員会の開催時刻を調整してもらったという経緯もあるのでさぼってる場合ではない。

来年のワークショップ、第2回大会の企画について意見交換する。昨年、企画ばかりやっていたような気がしていて浮ついていたという反省がある。12月、1月と2回もWSにたずさわって、実際に活躍されたのは他の委員の方だったのだが、なんとなく浮き足立ってしまった。というわけで今年はなにもやらないでよくなったのでラッキー。

研究交流委員会は6時半くらいに終わり、その後、打ち上げ。一日長かったな。明日から学会だというのに、今日でなにか終わってしまったかのように感じてしまう。ああ、しっかりせねば。


2005年03月25日(金) 声変わり?

夜、『ドラえもん』の映画をやっている。旧声優陣のものとしては最後だと某MLでいわれていたのを思い出して少し見てみる(といっても明日の準備におわれてゆっくり見ている暇はなかったのですが)。

長い間にキャラクターの画風が変わるのはよくあることだ。F先生が生きている頃でも、だいたいキャラクターは不格好なものからスマートになっていったものだ。ドラえもんもオバケのQちゃんも最初はズングリムックリで、ちょっとコ憎たらしいところがあったものだ。

今はもうF先生がいないから画風は変わらない。今日みたアニメの画風が変わっているのは、アニメを作っている人の作風がでていたのだと思う。眼のあたりとか、全体的な顔のつくりとか、なんだかとても現代風だなあと思ってしまった。

よくも悪くも長い間続いているものは、その間にその当時の文化やら流行やらに影響をうけ、それを取り込んでいくのだなあと思う。

新しいドラえもんの声優の声もテレビでは流れた。どうもアニメの顔がしゃべっているように感じられないのは、それ以前の大山のぶよさんの印象が強すぎるからなんだろうね。まあまあ、いいんじゃないでしょうか。


2005年03月24日(木) 学生に遅れる教師から、訂正のお願い

卒業式&謝恩会。

今年の4年生は個性が強く、なかなか一筋縄ではいかない子たちだった。

それだけに終わってみれば面白さもある。真面目にやって大人しい学年はそれはそれで教えやすいが、面白みはないかもしれない(まあ、そんな学年はないのだけどね)。

ただし、面白いだけじゃなくて、それなりにクオリティも求めたい。だから来年度は今年の反省をいかして・・・といいたいところだが、来年度のゼミ生には、来年度のゼミ生なりのカラーがある。同じやりかたは通用しない。

教師は学生に学ぶという。たしかにそれはそうだ。でも、このように反省をいかして来年をみていると、原理的にいって教師はいつも過去の学生の記憶をもとに学生にかかわることになる。ところが、当の学生は現在進行形の世界にいきているわけで、その意味で、教師は常に学生に遅れることになる。

内田先生が『先生はエライ』でいっているが、教師は学生の先手をとらないといけないらしい。このように先手をとることと、学生に学ぶということとの両立はできるのだろうかとふと思う。



さて、朝に学校にいってみると西條君から2冊の本が送られてきている。
ひとつは僕が1章を書いているもので、もうひとつは彼のこれまでの集大成のような本である。彼に賛否両論(それも非常に極端に)あるのはわかっているつもりだが、少なくとも僕にとっては、取り入れるべきものを持っている人だと思う。

と、あげておいて以下、さっそくなのですがミス発覚orz 。
いや、彼のミスではない。僕もかかわったという編著の第5章の154ページ、14,15行目にある

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実践者がいくら対話を志向していようとも、結局のところ実践者のいうことを「真実」としてうけとる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

の「実践者」の文言は、「研究者」の誤りです。とくに2つめの「実践者のいうことを「真実」」という箇所は意味が逆ですorz。

すいませんが、これから買っていただける人は、上記、訂正しておいてくださいませm(_ _)m。


2005年03月23日(水) 贈り物

非常勤最終回。来年度(といっても2週間もあかないのだが)にはまた同じ場所であいましょうといって職場をあとにする。

仕事がおわって大学にくると、空気のよめない後輩(笑)から贈り物(という名の修士論文)が届いている。いやいや、迷惑ではございませんよ。ありがたく頂戴いたします。

まだよく読めていないから正式な感想はいずれ。

ただ、彼の発表はこれまでにも聞いたことがあって、とっても面白そうなフィールドにはいって頑張っておられる。提示されているデータもなかなか面白いものです。なにより臨床に多少なりとも足を踏み入れている人が、こういったタイプの研究をするということは、周囲からの無理解に苦しむかもしれない。だから思いきってこのような研究をおこなっていることはすごいと思う。

ただ、まあ、どうも最初の話が大きすぎる印象は否めない。もうすこしこじんまりした問題設定でもよかったのではないかしら。

エスノグラフィーをなぜ選択するのかということが冒頭には述べられているのであるが、しかし、エスノグラフィーを選んだらいつもこんな研究になるかというとそうではないだろう。

複雑で膨大な資料のなかから、なにをどのように選んで記述するのかというプロセスがあるはずで、この研究の場合、そのプロセスを駆動している枠組みはなんだったのだろうかという疑問が残ってしまうのは残念だった。


2005年03月22日(火) 引っ越しの季節

みなさま、この時期になると移動の季節らしい。わたしゃ年末にすませたので、半分だけ他人事なのであるが、引っ越しというのはつくづく大変であると思う。

しかも、日々、なんとなくゆるやかに、非常に繊細なかたちで構造化された環境(それは、一般的には「片付いていない」「これでどこに何があるかよくわかるね」と評される)に埋め込まれて生きているため、引っ越しという作業、すなわち一辺が何10センチかの立方体というきわめて秩序だった空間に脱文脈的にものいれこむ作業は、数々の思い出と日々の平穏を断絶されねばならないという辛さをともなう。

というわけで、私は引っ越しが大嫌いである(そのくせ一ケ所に身を埋めようというような気もさらさらない)。

しかも、この年度末のくそ忙しい時期に、なぜか学会がある。いまの職場に赴任する直前も、名古屋の下宿をはんぶん廃虚とかえながら、コタツのまわりの一区画だけは勉強のために温存してパワポをつくっていた記憶あり(大学も改修工事中でほとんど使えなかったし)。

年度末とはいえ、ケースをもったり仕事をしていたりすると、ぎっしりスケジュールがつまっていて早め早めに部屋を片付けて行くわけにもいかない。滋賀にきた時など、引っ越し業者がすべての荷物をはこびだしたその後で、大学にもどって最後のケースをやったりとかもうギリギリだった。

そのような感じで、あわただしく引っ越し準備をし、なおかつ学会準備をし、疲れのとれないまま3日間の学会に突入する。んで、学会にいったらいったでけっこう普段会わない人とあって楽しくなり、飲みにいったりなんだりして、疲れてるのに無理してしまい、いざ片付いていない部屋(アンドまったく使い物にならない研究室)にもどってみると、土居先生がポストフェストゥムとはよくいったもので、疲れともあいまってどよーんとウツになるリスク高し。

というわけで今年はゆっくりやろうと思う。








2005年03月21日(月) ポカポカした陽気につられて

お昼ごはんを食べにでがてら散歩する。

花粉は相当まっているようで、私もとうとう目がしょぼしょぼして、くしゃみが連続で出た。極度の花粉症の先生方が完全防備しているのを横目にみて「大変ですねえ」なんていってたのだが。

今年は家に空気清浄機を購入した。たしかに効いているみたいではあるが、この機械をつかっているからといって花粉症そのものがなくなるわけではない(当たり前のことながら)。

幸い今はたいしたことはないのだが、くしゃみがあんまりひどいと憂鬱になるから、これくらいでやめといてもらえると嬉しい。


2005年03月20日(日) プレゼン

月末の学会にむけてプレゼンの準備をシコシコする。午前中はそれにあけくれる。そして、その横では、昨日から我が家に大量にはこびこまれた段ボールの山を、相方がもくもくと処理している。中身をだしてはつぶし、だしてはつぶし。いやはや処理能力たけーなーと感心して、はへーとか、ほほーとか思うが、黙ってプレゼンの準備。

パワーポイント作っていると、なんとなくできたような気がするが、いざしゃべってみると全然語れないことに気付いてむぎゅーとなる。

去年の研究会で、指定討論なのに前日に予行演習し、たった(という表現自体が甘いのか)2分オーバーしたのを悔やんでいた人をみたときには、その強迫性の高さに度胆をぬかれたもんだが、すこしは(いや、だいぶん)僕も見習わねばならんね。ええ、A41枚くらいなら暗記するくらいのつもりでいなきゃならんですな。


2005年03月19日(土) 突然ですが

本日、私、ついに共著者と○○を投稿しました。はじめてです。そして、是非とも最後にしたいです。

??。何のこっちゃ?・・というのは知っている人はしってるし、知らない人はしらないと思いますが、まあ、別にどっちでもいいです。知ってる人は僕らの前途を祝福してくださいませ。知らない人は鼻の穴を想像を膨らませてください。

今後は共著者と力をあわせていろんな方面で頑張りますよ〜。

まあ、とはいえ、時間外投稿なので、リジェクトされたらどうしょうという不安が、、、。めざせ一発採択。ま、ピンポンのKくんみたいに3回も再投稿するんじゃ恥ずかしいからね。


2005年03月18日(金) 自由でいい

午前中は家で雑用。そして彦根へ。イエローハットでタイヤ交換してもらう。
自分でする人もいるらしいが、それはちょっと怖いのでやってもらう。
しかし、タイヤ代もバカにならん。今回はノーマルタイヤがもう古くなっていると言われて、断ってもよかったけどまあいいかということで替えてもらうことに。もー、毎年タイヤ買ってるじゃないの。

学校にいくと『質的心理学研究』がきている。僕の論文もでている。こっちにきてからはじめて大規模にデータをとってまとめたもの。いろいろな先生と出会えたのがなによりよかった。

質的心理学会がたちあがったことに関するいろいろな講演集がのっている。
質的というのは、なんなのか、いったい心理学というのはどういう学問なのかといったことがいろいろと述べられている。

質的でも、量的でも僕はどっちでもいい。別に心理学じゃなくてもいい。要は自分がこれがおもしろいということを見つけて、それにアプローチするにはどうしたらいいのかと考えるということが自由にできるなら、それでいいのだ。


2005年03月17日(木) どちらがいいのかということ

老ー老介護という言葉がある。高齢化がすすむにつれて、介護が必要となってきた時に、子どももまた老人のカテゴリーに入ることがあり、子どももまた介護してほしいくらいだから大変ということである。

老親の世話は基本的に子どもがみるものだし、施設やらケアのシステムやらどんどん便利になって、昔とは比べ物にならないくらいいろいろな人の助けがうけられるようになっていても、それはそうだと思う。

いつかはみんな親の面倒をみなければいけないのだ。それを考えると、子どもが世話をしやすく、体力があるうちに、親が介護を必要となる方がいいということもあるのかもしれない。

子どもを早くに生むことは、teen age motherについての疫学調査がごまんとあるように子育てのリスクを高めるとされる。が、三砂ちづる先生のいうように(その主張に対しての批判がたくさんあることは知っているが)若いうちの出産の方が母親へのリスクも少なく、かつ育児も体力的にみて楽であるという見方もある。

そう考えると、若くして親が病気になるのもあながち悪いことではない。


2005年03月16日(水) 時間的展望みじかすぎ

朝からS浦さんに原稿ファイルのつまったCD-Rを送る。無駄に速達にしてしまった。別にいつでもいいのにね。変にプレッシャーかけたのではないかと心配になる。原稿もいろいろ探せばアラはあるけれど、もう、いつまでも後生大事にもっていてもしょうがない。ここらへんでひとつ外化すべし。

昼からは非常勤。今日をふくめてあと2回。いまだに来年はどうなるのかわからず。もちろん、土壇場にならないと国から予算がつくかどうかわからないので、文字どおり白紙であることはよくわかっているつもりだが、しかし、それにしても遅過ぎやしないか?。

もうちょっと次の年に展望をもたせるような環境をつくってほしいものである。便りのないのはよいニュースということにしておきたい。


2005年03月15日(火) 音楽オンチ

さがしものがあって、社会構成主義の中河せんせのHPにいく。
音楽についての論考も書かれているんですな。

僕は、音楽オンチだからこういうの読んでもチンプンカンプンである。音楽オンチ(ちょっと思ったんだけど、音楽とオンチって一緒か)というよりも、音楽でも絵画でもなんでもいいけど、いわゆる芸術作品を言語化して語るというのが僕にはどうもできない。

よかったとか、いい感じとか、まあ、そんな感想ならいえるんだけども、そんなもの誰も聞きたいと思わへんわな。

自分の感情を言語化するというのが苦手なのかもしれない。芸術に限らず、グルメ番組のリポーターとかもそうかもしれないが、ある種の語り口があるように思う。「ここの作品の〜いうところが、〜という感じで、非常に〜である」みたいなね、そういう語り口をみにつければ僕も感情がうまく表現できるようになるんだろうかと思うけど、そういうもんなんだろうか。

ふと思い出したが、精神病理学の世界では、どうもウィトゲンシュタインというのは、アスペルガー症候群ではなかったかという説があるらしい。たしかに、ウィトゲンシュタイン的発想でものをみていると、ふと自分が自閉症になったような気になることがあるようなないような(どっちやな)。『探究』にビッシリと書かれた規則の束は、アスペの子が僕にみせてくれる友だちの作り方ルールみたいなのと似ていなくもない。まあ、別に僕はウィトゲンシュタインの診断名がなんであろうとかまわない。そんなの余計なお世話だ。






2005年03月14日(月) 朝から晩まで

秘密のお仕事。やっと終わったころにはもうヘトヘトっす。

それが終わって、研究室で秘密のお仕事の整理をしつつ、まだ懲りずにもっている原稿をあれこれする。穴が多いのは自覚しているので見ているといろいろ直したくなってしまう。というか、まだ完成原稿ではないのだから、そんなに強迫的にしなくてもいいかと思いつつ、、、ええ、もうやめました。
そういうのはまた改めて完成原稿で。

というわけでいいかげんに切り上げて、今日は11時ごろ帰宅。
なんか真冬みたいに寒いんだけど、大丈夫なのか地球はよお。
こうも昼と夜とで寒暖の差が激しいといちだんと寒く感じるぜ。






2005年03月13日(日) 声優

ドラえもんの声優5人が交代する件で、新しい声優陣が決定されたそうだ。

http://www.tv-asahi.co.jp/doraemon_25/contents/fan/index.html

ジャイアンの声を、14歳の少年が担当することになると知って驚いたが、上記の写真をみてまたびっくり。なんか、そのまま実写版のような顔ぶれである(特にスネ夫)。

ドラえもんの声を担当するのは、スネ夫役の関智一が32歳で僕といっしょなのをはじめとして、ジャイアン役の子を除けば、全体的に30歳代。ということは、僕とぼほ同じくらいにドラえもんを知ったということになる。同時代にコロコロコミックを読み、てんとう虫コミックスを読んだんだろうし、テレビもみただろう。夏や冬には大長編の映画をみにいったかもしれない。

少年時代から好きだったドラえもんの声を、大人になった自分達がやることになった彼らの気持ちはどのようであろうか。子どものころに、一度くらいドラえもんに会えたらいいなと思ったことがある人はいるだろう。彼らはある意味でドラえもんの世界のなかにいくことができて、その夢をかなえることができたわけだ。すごいね。

どちらかというと変化への抵抗感が強い私であるから、おそらく声優がかわったドラえもんにはとても違和感を感じてしまうのだろうけど、でも自分と同世代の彼らには頑張って欲しいと思ってしまうのであった。


2005年03月12日(土) プリンス36階

大津から家族を自宅までおくっていく。ついでにプリンスの36階で寿司をおごってもらう。うまうま。

しかし、この窓際の景色はなんともいいもんですな。
高所恐怖症の人は食べたここちがしないだろうけれどもね。
幸せなことに○○と煙りと私は高いところが好きなのです。

帰りにプリンスの1階でパンを買ってかえる。おいしいらしい。
このまえ非常勤先の忘年会にいったら、「最近はデパ地下じゃなくて、ホテ1なんよ」と教えてもらった。なんですかそれ?。ホテルの1階にある食料品店のことで、ホテルでだしてるものが食べられるからおいしいと評判なのだそうだ。というわけで、ホテ1でお買い物。

大津までの道のりも何度か通ったのでわかるようになってきた。
こちらの認知地図と不協和をおこすために、これまではかえって遠回りをしていたのだが、やっと方向感覚がわかってきた。そして今日、プリンスの36階からみるとそのことがよくわかった。

こういう「鳥の目」と「虫の目」の対比はおもしろいですな。そういえば昔、大学院の先輩が知多半島と熱海半島の位置関係と、名鉄電車の乗車感覚があわないと主張していたのを思い出した。これってなんでそうなるんかねえ。細馬さんに聞いた方がはやいか。



2005年03月11日(金) アクティブ・インタビュー

そろそろ来年度の授業の心配もせねばならんと思いつつ、それより前のスケジュールは心配しなくていいのか...。あぁ。

ネットをさまよっていたら、グブリウムとホルスタインの『アクティブ・インタビュー』の邦訳が出ていることを、つい先日やっと知った。昨年の10月にでている。

この本は特段、技術的にどうこうというようなことが書いてあるわけではなく、インタビュアーが受動的な聴き手にとどまらず、能動的に会話の生成に加わっていくことについての、あれこれが論じられている。

原著はもう10年くらい前に出版されている。修論や卒論で「どうしたらいいの!」と切羽詰まっている人にはお勧めできないが、少し余裕のある人にはいい本だと思う。さっそくAmazonで購入。


2005年03月10日(木) 反省は必要か?

朝から確定申告。込み合うかと思って早めにいったらガラガラだった。
以前は、確定申告といえば還付金が楽しみであった。が、最近はこってりとしぼられる。ああお代官様、それじゃあ庶民は生きていけねえですだ(涙)。

あんまり早く終わったのでファミレスで朝ご飯とりつつ原稿。家族をのせて彦根まで。そして湖岸通り沿いのココスでまた原稿。

その後、大学にもどって図書館で調べもの。『越境する知:身体、よみがえる』の佐々木正人さんの「あらゆるところに同時にいる」(pp.225-247)を読みかえす。少々、自分の解釈に自信がなかったのだが、どうやら大丈夫そう。

せっかく図書館にいったついでに『社会学評論』もみてみる。中河先生の社会構成主義に関する論考がおもしろそうだった。

ラディカル・レフレクシビティなどの、研究者のとりくみ自体についての反省は、エスノメソドロジー的な関心からでたものではないという意見があることは知っていたが、ここにもそう書いてある(だって参照している論文が一緒だからね)。エスノメソドロジーの記述は、日常生活において人々がおこなっている言語実践となんら身分的にかわるものではない。だから、エスノメソドロジーにおいて、研究者の位置が特権化されているなどということはない。したがって、研究者のあり方についての反省なんて必要ない。

エスノメソドロジーの記述もまたひとつの言語実践にすぎないのは承知しているつもりだけれども、だったらその記述が他の実践とどういう関係にあるのか示さないことには、相手との対話なんて成立しないんじゃないだろうか。他者の言語実践となんら身分的に変わらないはずの研究者の記述が、どうしてそこで語りー聞かれなければならないのか。その必然性について説明しなくては、単なる研究者のモノログになってしまう。


2005年03月09日(水) ヤマトとガンダム

非常勤。今年度もあと2回。4月からもこの職場であるといいなと思いつつ、まさか初年度で変えることはなかろうとか、いや、初年度だけに縁がきりやすいのかとかいろいろ考える。ま、なるようにしかならないのだが、2月中には電話しますと担当者がいっていたあれはどこにいったのか・・・・・。

その後、研究室にもどって仕事。小俣ちゃんが研究室をたずねてくる。あれこれと密談をかわした結果、ラストチャンスを与えることに決定。今後は、実社会でその器の大きさを試せるように頑張っていただきたい。

こちらは、そろそろ月末の学会発表の準備もせねばといいつつ、いまの原稿が一区切りついてしまわないと、そこまで手が回らない(その前に一区切りつくのかという疑問もある)。しかも、この前も日記で書いたように、今回もまた前日に別件で発表せねばならないのだが、これが厄介。

その某研究会では、宇宙戦艦ヤマトにたとえるのが地味に流行っているが、僕は世代的にあまりはっきりと記憶がない。むしろ、ガンダム世代か。宇宙戦艦ヤマトが決意をもって宇宙にとびだすプロの戦闘集団であるのに対して、ガンダムはある日突然、民間人が軍隊にはいることを余儀なくされるという話である。・・・いや、むろん、発起人であることは自覚しておりますよ。アムロもそのうちには主体的に戦争に参加していたわけですから。


2005年03月08日(火) 心のノートとか

会議×2。『心のノート』に関しては、これまでにも各所でその問題性が指摘されているが、本校でもこの問題に関する講演会を催すことになった・・・というわけでその打ちあわせ。

去年の僕の授業では「心の商品化」に関連して、少しだけとりあげる予定をしていたのだが時間がなくてとばしてしまった。臨床心理士なんかを目指す人にも是非とも知っていてもらいたい話題ではあるのだが。

ただ、こういう話題になると最初に結論ありきで、学問的話題として冷静に話しあう雰囲気でなくなってしまうのが難しい(というか、もはや学問うんぬんというレベルの問題でもないかもしれないね)。

昨日とどいた『家族療法研究』には、都立の中釜先生が『セラピストの物語という人生』の書評をかかれていた。この本もまた、心理療法文化の普及がもたらす弊害についてとりあげた本である。クライエントを病理化する言説は、容易にセラピストを縛るものにもなってしまう。

で、書評にもどると、予想どおりというかなんというか、事例は面白いのだが、それ以外のところがとっても読みにくいとのこと。たしかに、ホワイトは事例について語る時と、理論について語る時とではまったく語り口がかわってしまう。2人いるのではないかと思うくらいだ。

まあ、2人いるように見えてしまうのは、僕の訳があまり出来のよくないものだから、というのもあるので耳が痛い。


2005年03月07日(月) いろいろ発言してみるもんだ

朝からいろいろ雑務をして、昼から学生相談。

あいまに原稿書き。原稿はそろそろ先が見えてきたようで、まだ良く見えない。でも、S浦さんにみせると宣言しちゃったから意地でも書かねばならぬ。

家に帰ると、新しい原稿依頼がきている。ありがたいことである。
しかし、なんの前触れもなく舞い込んでくるのにはびっくりした。てっきり新刊書のカタログかと思い、読まずに捨ててしまうところだった。

あぶないあぶない(笑)。






2005年03月06日(日) 藤岡淳子さんが書いた本のなかで

『非行少年の加害と被害:非行心理臨床の現場から』というのがあり、そのなかで次のように書いている。

「(少年は)たいしたものである。いくら矯正しても、枠にはめようとしても、必ず思惑通りにはならない子がいるから頼もしい。「悪い子」はおもしろいし、クリエイティブなことさえある。(p239)」

「誰も非行少年のことなど本当に気にかけてはいない。目に触れないように、害が自分に及ばないように遠ざけておければそれでよしと内心思っているのであろう。しかも少年院で子どもたちから聞くこと、見ることは、「学校で習わなかったこと」ばかりであった。世の中が平等で、公平なんて嘘八百もはなはだしい。世の中は強い者が勝ち、弱い者がますますひどい目にあい、しかも声を上げることさえできないところなのだ。筆者は当時そう感じた。これではほとんど非行少年と同じである。(p240)」

かつて児童相談所で夜間の宿直をしていた時、僕もこれと同じようなことを思った。これがいままで僕がこの問題にかかわる原動力になっていると思う。案外、自分と同じようなことを思う人が実務家にもいることをしってちょっと安心した。

しかし、藤岡さんが書いているように、このままでは「ほとんど非行少年と同じ」だ。境界をこえて非行少年の世界にいかなければ研究はできないが、もどってこれなくなったらこれまた研究はできない。無事生還するということが大事だ。






2005年03月05日(土) 境界横断論研究会

朝から東京へ。目白でおりて日本女子大学へ。そこで「境界横断論研究会」。
バウンダリー・クロッシングとは、人があるコミュニティ(あるいは活動システム)から別のそれに、境界をこえて移動するということを指す。

例えば、大学の教員でありつつ、外部で臨床活動をする僕のような立場は、境界を横断しているといえる。あるいは大学で学びつつ、NPOや保育園、小学校に観察にでかける学生もまたバウンダリーを超えていく存在である。

このバウンダリーを超えていく時に、なにがおこるのかということを扱った研究の文献を1日で読んでしまおうというのが今回の企画なのである。朝からぶっとおしで8時間かけて報告するというコアな会。

ドライアーの論文のことはこのまえも書いたが、例えばセラピーに参加しているクライエントは、そこだけに参加しているわけではなく、同時に学校や家庭、地域の人々とのつながりといったさまざまなコミュニティに参加している。

だからセラピーを通じての本人の変化といったものも、そのセッションのなかで彼(女)の頭の中の思考様式が変化したというよりも、セラピー場面と他のコミュニティとの相対的な距離のとり方が変わったということである。

ドライアーの言うことに異論はないのだが、彼がとりあげた家族療法というのは、もともとシステムに働きかけるという視点をもっていたはずであり、その場でなにか変化がおきたというよりも、家族というシステムにセラピストという外部者がうまくジョインすることによって、家族というシステム内における相対的な関係性を変化させ、そのことがまわりまわって最終的に症状をだしている人の行動を変化させるという絵をえがいているはずである。

だから、ドライアーのいうことはそういうシステム的な理解というのとも少し違うのであろうが、どこがどうなのか詳しく書かれていないのでなんともよくわからんかった。


2005年03月04日(金) 「ない」ことからではなく、「ある」ことから

計見先生の『統合失調症あるいは精神分裂病』を読みなおす。

シゾの人には陰性症状というのがある。陽性症状が華々しい、幻覚、妄想、興奮などであるのに対して、陰性症状というのは地味で、精神的に健康に暮らせていないということ以上の、厳密な定義ができないものである。

計見先生は、この陰性症状が「〜でない」というように精神的に健康な状態からの引き算としてしかとらえられないということがいかんとおっしゃる。
そうではなくて、陰性症状が「〜である」というようにとらえられないといけないということだ。

なぜなら、そのことは現在、急速な進化をとげている大脳神経科学の成果とあいまって、シゾの本質を解明するものとなるかもしれないからだ。

精神障害もまた、他の障害と同じように、それを障害と見る人との関係性によってうみだされており、社会文化歴史的に相対的であることにかわりはないのだが、相対化しても誰かの苦しみがなくなるわけではないし、援助的ではないと思う。

「ない」ことからではなく「ある」ことから話をはじめることは、私たちの思考の制約をつくるために必要なことだと思う。


2005年03月03日(木) 1回できること

チンパンジーと人間とを比較するとなると、どうしても「できるかできないか」という話になる。個体能力主義の際たるものだ。

「1回できる」というのはとても強い証拠だと思う。できるとできないは雲泥の差だ。1回でもできたなら、それは1回もできない人に比べて質的に違うということを意味する。だから、1回できたら後、何十回と失敗しても、その1回の成功という事実はずっと生き残り続ける。というか、失敗を失敗としてみることができるのは、たった1回のできることだともいえる。そういう意味で強い証拠だ。

そういう風に思いながら、人間をみると、人間は1回できるということをどうも軽視しているのではないかしら、と思えてくる。

不登校だった子が、1日学校に来れるということは、あと何日休んでいたとしても、ずっと全く来れない子とは質的に異なるだろう。1日とはいえ、家をでて、道路を歩き、正門をくぐって教室に入っていくという作業は、単に100回に1回誤差が生じたということではとうてい説明できそうにない

別に、1日でも学校に来た方がえらいというようなことではない。だから、なにがなんでも学校に来させようというようなつもりでこれを書いているのではないのだが、それでも何ができるのかを把握することは、その子の可能性を考えるうえでとても大事だと思う。

で、僕はいつもそういう例外/ユニークな結果/すでに起こった解決をみつけようと思っている。

おお、そう考えてみると、脱・個人能力などといいながら、究極に、個人能力主義を採用しているといえなくもないし、チンプをみている人たちは、例外/ユニークな結果探しの達人かもしれない。


2005年03月02日(水) 口にはこぶというよりも、残ったものをそろえるのが大変

数年前からできればいいなと思っていたが、いまはフリーズドライのお味噌汁があるんですな。僕はまだ食べたことがないんだけど、これは便利だ。

パックの味噌汁もあるが、あれだと、こぼれたりとびちったりしないように慎重にチューブから味噌を器にあけ、なおかつこぼれないようにフリーズドライの具のはいった袋をあけねばならない。これは目の不自由な人には大変な作業である。

ふだん何気なくやっていることも、よくよく見ると実に複雑なことをやっている。何年か前に、佐々木正人先生が、前に鯵の干物をはしでほぐすところを観ていらっしゃったが、あれはすごかった。

僕らは魚を食べる時に身をとっているように思っているのだが、佐々木先生の分析では、僕らは身をとる作業そのものよりも、とった身をよせたり、とるための準備段階のかたまりを箸でつくったりしているらしい。

なるほど、そういうと僕らはご飯を食べる時など、飯粒そのものをつかんで口にはこぶこと以上に、圧倒的に、飯粒をいくつかのかたまりにして箸でもちさった後の、ちらばった飯粒をあつめ、そろえ、適当な大きさの固まりをつくって、この次に箸でつまんで口にはこぶ作業をおこなうための準備をしている(興味がある人は自分が食事しているときによく観察してみてください。ただし、確実にご飯がまずくなるのでおすすめはしません)。

こうした口に物をはこぶための動作以外の、そろえる動作のようなものは、大部分が視覚からの入力に依存している。フォークでつきさして口にはこぶのは、からだの感覚でおぎなえるけれども、飯粒のちらばり具合を箸の先からのフィードバックによって感知するということは難しい。

でも、おそらく全盲でもちゃんと食べている人っているのだろうね。僕はみたことがないのだけど。そういう人は、これをどうやっているのだろうか。是非みてみたいものである。


2005年03月01日(火) 読書会にそなえて

Ole Dreierの論文を読む。この人は自身が家族療法家でありつつ、Lave & Wengerの社会実践論にも興味をもっている。

彼は、普通、セラピストはセッションで自分たちがおこなった介入によってクライエントが変わったといっているが、本当にそうなのかと問いをたてている。

クライエントはセラピーの文脈だけに生きているのではなく、複数の文脈のなかに生きている。そもそも文脈とは、「それ」としてとりだせるようなものではなく、ひとつの文脈は前後の文脈とひとつづきになってはじめてその意味が成立するようなものだ。

そしてクライエントが変化するということは、セラピー場面でおこった何かが他の場面に転移するということではなくて、セラピー場面を含めた、複数の文脈の関係のさせ方が変わったのだとDreier。

もちろんDreierのように言うこともできるだろうが、ナラティブが流行ってからというもの、もはやセラピストは変化をおこすものではなくなった。別にセラピストが何もしていないということではない。そうではなくて、その変化の著作権はだれにあるのか、「誰がその変化を記述できるのか?」という問題である。セラピー場面には、セラピストの物語とクライエントの物語があるだけであり、そのどちらがセラピーを十全に語れるということもない。

とすれば、Dreierが記述しているような、クライエントがおこなっているコンテクスト間の関係のさせ方というのは、そもそも誰からの見えなのであろうか?。クライエント?セラピスト?そのどちらでもない?。なんでそんなことをいうかと言えば、その記述の妥当性をどのようにして確かめたらよいのか、何が不可視になっているのかということに自覚的にならねばならない、という問題があるからである。


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