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2004年08月31日(火) ビシッとしたインタビュー

台風がいってしまったら、えらい暑かった。日光が。
最近、くもりばっかりだったからな。

昼に学食で小堺さんのテレビをみる。小堺さんは金髪にしている。
あれは、やっぱり退院あけで顔色わるいのとかを隠すためなのか。
しかし、なんだか、余計に具合悪くみえる。

昼からは、学会発表にむけ、いろいろデータを見返したりする。
どうもいきいきしてない。

この「いきいき」という感覚をおもうとき、しばしば、昔、自分がかいたドラえもんの絵を思い出す。

僕がかいたドラえもんの絵は、周囲からはわりかしうまいと評判であったが、自分的には、たいていのものは「ベタ〜」としていて好きになれなかった。

F先生でなくとも、漫画家が描くドラえもんは、なんというか、ビシッとしている。ビシッとしたドラえもんは動いて見える。おそらく、僕が別のコマに目をうつしたあとも、さっきのコマの中のドラえもんは引き続き動いているだろうなと予感させるものがある。それはなんというか、安心感のようなものだ。

僕のドラえもんはとてもじゃないが動きだしそうな予感がしない。僕が一生懸命、セリフとか、斜線とかを書いてやればなんとか動きそうだが、しかし、それではいかん。さながら、いま、世の上司に嫌われている「指示まち部下」ならぬ、指示まちドラえもんなのである。まったく安心できない。

もっともドラえもんの場合にはなんとなくコツがあって、それは、たいていの人は、顔から書いてパーツを増やしていくから全体にへにゃへにゃした感じになるのであり、身体の線を一筆描きするとちょっとは動いてみえてくる。

しかし、ね。データの場合、どうしたもんかね。
たぶん、一筆描きがいいんだろうけどね。






2004年08月30日(月) 研修会は無事終了

懸念(あるいは期待)をよそに、台風はまだやってこず、無事に研修会はひらかれることとなった。オリンピックをだらだらみているうちに眠れなくなって、寝不足のまま、研修会会場まで車をとばす

去年に引き続き、『青年心理学』の授業。みんなどんな授業を受けてきたのか、『青年心理学』と聞くと人名や概念がいっぱいでてくるというようなものらしい。

・・・・。

夏休みの最後を利用して参加して下さってる初任者のみなさまなわけだから、そんなすぐに古くなるようなコンテンツを話しても意味がない。勁草書房の教科書に書いたものを例にとって、家族療法、ブリーフセラピーの考え方について。

けっこういい気になってしゃべっているうちに時間はすぎて、2時間半もってよかった。まあ、まずまずの反応だったので成功ではなかろうか。

最後に、先日の研修会での長谷川先生をまねて、「くるくる」「例外」「リソース」とおもむろに板書し、「くるくるは、例外とリソースでうまくいく」と唱和しておわった。心配をよそに「みなさん、唱和しましょう」というと爆笑してくれたのでよかった。とりあえず、何は忘れても、この3つの言葉だけは忘れないでいてくれるだろう(笑)。

しかし、なんか疲れた。さすがに2時間ぶっとおしだと疲れるなあ。



2004年08月29日(日) 台風が近付く

台風が近づいているらしいが、あまりそんな雰囲気がない。まだ九州にも到達していないのだから当然といえば、当然か。

明日は、朝から教員研修。まえまえから台風で警報がでたら中止ということになっている。「どうせなら警報がでて中止というのも面白い」などと、ふざけたことを思いつつ、しかし、準備はしっかりしなければならぬ。

9月の学会準備などぼちぼちはじめつつ、論文を書きなおしてみたりしつつ、10月締め切りの原稿の構想など考えつつ、しかし、やっぱり明日の資料もみなおそうかしらんなどとやってみるうちに時間がすぎる。やることが決まれば後ははやいのだが、どうも今くらいが一番時間がかかる。

うろうろ。

断続的に、持ち主のもとに帰ったうさぎさんはどうしてるかなーなどと気になったりして、あまり集中できず。

そうそう、
オフィシャルページ
作りました。








2004年08月28日(土) ドーピングは悪いけど

オリンピックも残り少なくなってなんだかもの寂しい。

アヌシュ選手のドーピング疑惑で、なかなか結論がでない砲丸投げが気になるところだ。

僕の学部時代の先輩は、今回のオリンピックで日本の大躍進を支えているといわれる某センターに昨年まで勤めておられたのだが、しばしば尿検査を担当することがあったらしい。

なんでも選手は、実際に採取している時から、検査官にずっとみられているのだそうだ。しかも、すり替えたりしないように、正面から凝視されるのである。

素人的に考えて、これはかなり恥ずかしいぞ。日常生活ではありえない光景である(そりゃそうだ)。

実際、選手によっては尿検査に萎縮して、尿をだすことがどうしてもできず、何時間もかけて検査されることもあるらしい。選手としての栄誉は守られるかもしれないが、人としての尊厳はかなり傷つけられている気がする(大袈裟かも?)。

そりゃ、アヌシュ選手も、また検査しろといわれて「はいはい、何度でもやりますよー」とはいかないよね。そもそも話題のアヌシュ選手は、失格になった選手と同じコーチについているからというだけで疑われているらしいし、その失格になった選手にしたって、規定量よりも少なかったからで、何かが検出されたわけではないそうだ。

「身の潔白を主張するなら、検査に応じればいいんだから」などとテレビの評論家はかるーくいっているが、そんな軽くうけられるものでもないと思うなあ。

まあ、でももと愛知県民だった身としては、中京大学の室伏選手には金メダルとってほしいことはほしい。




2004年08月27日(金) 困るせぇるすマン

訳稿を送ってしまったら、なんとなく一段落ついてしまった感じ(感じというところが重要)。

ひさびさに大学にいって一日仕事。このまえふってきた仕事はキャンセルになったのでよかった。

しかし、またしても○学館のセールスマンが!!。

○学館の伝統なのか、今回のセールスマンもやたらと威勢がいい。僕がローなだけという噂もあるが、たかだか辞典であんなに威勢よくまくしたてられたら(しかもかなりタバコくさい)買う気なくなるっちゅうねん。

「たかだか」とはいってみたものの、辞典はなくてはならないものだ。それはそうだけど、辞典(事典)にはなんというか、おごそかというか、地味だけど落ち着いていて、「いつでも困った時は僕をひきたまえ」というような、そう、いるだけで安心感があるようなそんな雰囲気が求められるのである。

いつもは棚のかざりであっても、いざという時には迅速に信用のおける答えを返してくれる。そうであればこそ、毎日「ほら、僕、君に頼らなくてもこんなに書けたよ」なんて語りかけたり(しないけど)できるというようなものだ。

それを、「先生!!やりました!。快挙です!」とか「ほら、見てください。従来の半分の厚さにすることに成功しました!!。これで○○円はやすい!!」「ね、安いでしょ!、ね、ね」などと、なんとも軽〜い宣伝をされた日には、なんだかその辞典に対する信用まで落ちてしまうというものだ。

しかも、前に訪ねたセールスマンと打ち合わせができておらず、まったく同じ品をもって、まったく同じハイテンションであらわれるというのは、どういうことなのか。

やたらと同意を求められても、そんなに同意できる内容でもないから曖昧な返事しか返せないうちに、ますますローテンションになっていく僕。

やっぱり辞典のセールスマンは、地味でいかにも面白くなさそうに宣伝して帰るような、それでいてこちらの意表をつくような博識を発揮するような、そして見積り書なんか作らせた日には、几帳面な字できっちりと、妥協をゆるさないきっちりさを発揮する、そんな人が求められるんだけど、それじゃあダメなのかな。

ダメだろうな、やっぱり(たぶん、それはセールスマンというより、辞典を作る人にむいてるんじゃないかしら)。

○ロ○ロコミックは好きだったんだけどなあ。

なんかイメージ違うなあ。










2004年08月26日(木) 過ぎゆく夏、変わらない我が生活

あいもかわらず、喫茶店をはしごして仕事。もはや細馬先生のことを笑えない(いえ、別に最初から笑ってなんかおりませんよ)。

それにしても、喫茶店で仕事って、昔はかえって能率悪そうに思えて遠慮していたのだが、案外といいものだなーと思ったりして。お金がかかるのがたまに傷だが、家にいてもクーラーがなく(勉強部屋にはね)、学校にいくと仕事がふってくるという環境からはなれるには絶好の場所である。

途中で気分かえてドライブしてみたりして。カーラジオからはハイロウズの歌がすごい勢いで流れている。大津でライブがあるらしく、その宣伝らしい。なんだか良い曲で、これまでに聞いたこともあるのだが、いかんせん、なんという曲なのかわからない音楽オンチの僕。

研究室を留守にしていて、もしかして、ゼミ生が僕の研究室を訪ねてこまっているかもしれないけど、そんなことは知らんぞー。藤井君以外は何をしとるんだね、まったく。メールアドレス教えてるんだから、ちゃんとアポとりなさいよ(ここでいってもゼミ生は、こんな日記よんでないっちゅうの)。

しかし、もう8月も終わり。新学期がやってくる。
はやい、はやいぞ。

ということで小森先生に原稿送付して寝ることにする。おやすみ。








2004年08月25日(水) 健康診断とか、翻訳とか

午前中は非常勤先で健康診断。
大学で受けられなかったのでどうしようかと思っていたところ、非常勤先で実施されるとのことだったので便乗させていただいた。そして、


会社の人A: 血液検査こわいですね。
会社の人B: そうですよねー、[こわ]
会社の人A:         [もう]日々の不摂生が・・・
会社の人C: なにいうてんの、あんたらまだ若いから関係ないよ
会社の人D: そうそう、歳いった人だけや
会社の人B: あ、そうなんですかー♪
会社の人A:  ・・・・・・・。


といった会話がくりひろげられるなか、血液検査はしなくてよくてほっとした(というのも会社の人Bに共感していたので)。

先日購入した『健康論の誘惑』という本によれば、生活習慣病は社会的に構築されるという。すなわち「生活習慣病にかかるのは個人の責任である」という言説がつくられるというのである。

ま、そのとおりなんだろうけど、いくら社会的に構築されるといわれても、やっぱり通風とか糖尿病にかかるのは嫌なものは嫌であるよ(別に社会的構築主義をどうこういっているわけではない)。

終わってから非常勤先の人とすこし打ち合わせ。今度からの進出計画について話す。なかなか大所帯のチームは難しいね。

その後、珈琲館でマイケルホワイトの『ナラティブセラピーと魅惑的な人生』の翻訳。やっと終了。

ここまで長かった。

そういえば昨日、小森先生のパートナーである土井彩華さんが開く個展の案内(ギャラリーはここ)が送られてきた(『物語の中の家族』の表紙の絵はパートナー様の作である)。読者のみなさま、よかったらおはこびくださいませ。

翻訳はまあ終わったといっても一通り訳しただけなので、これから点検せねばならないのだが、とりあえず終わったのですこしだけ罪悪感が薄れた。

そして9月はじめが締め切りだと思っていた 北OGのコラムは9月末が〆切だということが今日判明(ちゃんと企画書をよめ)。

なんだかちょっと身軽になった。9月中の出張手続きみんなしてやった。それにしてもすごい数だった。私はこの怒濤の9月前半をのりきれるのだろうか?。・・・・準備、準備と。

これからはできるだけ家にこもって仕事しよーっと。



2004年08月24日(火) 頑張ってもがんばっても楽にならず

さんざん受験勉強して高校にはいっても、大学にはいっても、これまた嫌になるくらい頑張って大学院にはいっても、そして何の因果か苦労をかさねて論文など書いて大学の先生になっても、いつまでたっても「これでいい」と思うことはない。

結局、「これでいい」という感じは、仕事量と相関しているのではなく、自分で自分のことが「これでいい」と自信がもてるかどうかにかかっている(んだろうな)。人からほめられるとうれしいが、僕の場合、ほめられてもあんまり「これでいい」とは思えない。

つねに、強迫的に、自分を頑張りでみたさないと安心できない人というのがいるが、自分もなんとなく心当たりがある。

まあ、「なんとなく」というのがミソで、僕はそう言いながらものんべんだらりんしている。今日も研究室にいったが、○学館のセールスマンにつかまり、妙にハイテンションな説明をきいているうちに、自分がどんどんローになってしまい、結局のんびりと仕事をして帰ってきてしまう。

まったく都合がよい。








2004年08月23日(月) 好き嫌いは見た目だ

そういえば昔、「人間の好き嫌いは見た目で決まる」と言い切る友達がいた。

最初はみんなで笑ってたのだが、よくよく聞いてみると「見た目で好きならば、一生その見た目がかわることはない。だから長続きする」「性格なんてよくしようと思えばよくできる」「がんばって好きになってもらっても、ずっと頑張らなければならないのはしんどい」というのがその理由であるらしい。

それで、なるほど、深いなあーと感心した。

人を顔をみて判断するのは、なんとなくその人の人格を否定したようで失礼だというのも、われわれが知らずしらずのうちに陥っている無根拠な判断である。どうして見た目よりも人格が尊いなどと考えなければならないのか、それは近代的で理性的な自己の成立とも関連しているのではないか、などと問うこともできるだろう。

また「性格がいい人がいいよね」なんてうっかりと言ってしまう人は、けっこう人の性格の安定性に漠然とした安心感をもっており、性格がもつ欺瞞性を感じない人なのかなーと思ったりした。

それはともかく、見た目だけとはいわずとも、そばにいる空気感というか、二人が発する磁力の共鳴具合というか、なんかそういう身体的なものが好き嫌いに影響していることは間違いない。







2004年08月22日(日) うさうさ

持ち主からのメールによると、うさぎさんは元気にすごしているそうな。よかったね。

しかし、僕はなんだか寂しいぞ。ということで、今日は憂さ晴らしに翻訳の仕事はほっぽらかして大津パルコまで車でいってみた。

まあパルコはパルコ。別にどうということはなかったが、さすが大津は滋賀県とはいえ交通量が多かった(とはいえ滋賀だから京都とかに比べればまったくどうってことはない)。3つの道路が交差する交差点。いったいどこの信号に反応してハンドルきればいいのかわからんちゅうの(おいおい)。

翻訳をほっぽらかしといっても、パソコンを持ち、パルコのスタバで原稿。なんや、昨日となんも変わらんやないか。もっと休むときはさっぱり休める体質になりたい今日この頃。

質的心理学会のメルマガに僕の論文をのせてみたら、さっそく抜き刷り請求のメールがきた。研究情報に関しては僕の担当だったので、適当にのせたのだが、なんにしてもレスポンスがあるのは嬉しいことだ。








2004年08月21日(土) ひょーっと


朝から、家で翻訳をやっていました。といっても、起きたのが遅かったので、2時間ほどやったくらいです。オリンピックがあったりして、それをついつい見てしまうので寝不足になるのです。もう、これで止めておこうと思いつつも、テレビは次々に新しい映像を流してきますから、なかなかふんぎりがつかないのです。昨夜も3時近くまでねられず閉口しました。そこでインターネットのニュースなど読むので余計に目がつかれます(などと、最近、よく送られてくるニュースのまねしてみたりして・・・)。

午後からも喫茶店にくりだして、また翻訳。

小森先生のいうとおりホワイトの文章には二面性がある。つまり理論編は(内容ではなく文章が)難しく、事例編は平易なのである。

そういえばブリーフセラピーのスティーブドゥシェイザーと、インスーキムバーグは夫婦である。インスーは元気で明るいおばちゃんといった感じの人であるが、スティーブは哲学者然としていて、セラピーの最中でもクライエントと目をあわせられなくて、そっぽをむいてぶつぶついうような人であるらしい。なんでもインスーが実践専門で、スティーブが理論専門なのだという。たしかに、スティーブのような難しいこと考える人が、なめらかにセラピーしている姿も想像しにくい。

ホワイトは1人でこの両方の役割をこなせるわけだからすごいね。

そんなこんなで日がくれて、家に帰ってきた。
なんだか無性に寂しい今日この頃。最近涼しくなったのもあるな。しかし、最大の要因は、しばらく家で預かっていたウサギさんがいなくなったからかしら。



2004年08月20日(金) ひっこしうつ

ある人のweb日記をよんだら、引っ越ししてかるい鬱になったとある。
周囲はやさしいし、住みやすい環境だし、別に文句をいうほどのことはなにもないのだが、なにかひっかかるのだという。

去年の僕を思い出した。

僕の場合、地元に、しかも就職して帰ってきたわけだから文句がつけようがない。しかも、大学の環境もけっこうなものであるからなおさらである。それに、高校卒業以来、京都、大阪、名古屋とうつりすんだのだがその時はなんてことなかったのに・・・。

とにかく何だかもの寂しい感じがして、大学ではうつうつしてしまっていた。大学から帰る時なんか、悲しくなってしまってしょうがなかった。「ああ、うつ病というのは栄転してもかかるというのは本当だな」と実感したものだった。

いまや彦根のまちにも慣れたので、結局、なにがあんなに悲しかったのかいまではよくわからない。ほんと人間というのは難しいものだ。


2004年08月19日(木) どうする?

午前中は来年に予定している研究会の企画主旨など考えたり、名大時代の先輩に頼まれた本のコラム原稿の資料を集めたり・・。

コラムは過去に起きた2つの少年事件の概要をまとめるだけなので簡単。しかし、いずれも世間の注目をあつめた事件ばかりだから下手なことは書けない。なんせひとつはあの「神戸連続児童殺傷事件」なのだ。

むう。

しかししかし。いやはや、これだけネット上にいろいろなテキストがおかれていると、短い事象説明型の文章で、オリジナリティのあるものを書くのはかえって難しいなと思った。

午後から、喫茶店にくりだし、遅れにおくれた翻訳。とりあえず、今日でなんとか5分の4終わった。のこり10ページ。

遅れていることだから、先にできたところだけでも送った方がよいのか。
いやしかし、不十分な訳だし、先方からは何もいってこないからとりあえず知らんぷりするのも手か・・・・。




2004年08月18日(水) ワープロと自閉症

実家にもどり、お世話になっている奥様に北海道土産を届ける。
ついでに、奥様がワープロが「英文字入力」になってしまったとおっしゃって大変こまっておられるので、「かな入力」になおしてさしあげる。

いえいえ、お礼には及びません。

かな入力というキーを押しただけですから。


今日、買った本。

滝川一廣著『「こころ」の本質とは何か:統合失調症、自閉症、不登校のふしぎ』ちくま新書

以前から、滝川先生の「自閉症論」はおもしろいと思っていたので即買い。オビには「個的でありながら共同的な人間のこころ」とある。これである。先生はそうはおっしゃっていないけれど、先生は社会ー文化ー歴史的アプローチをとっておられると思う。洋泉社からでている2冊の対談本もおすすめ。













2004年08月17日(火) なんのことやら

ワーチの「マスタリー/アポロプリエーション」と、バフチンの「権威主義的な言葉/内的に説得力のある言葉」は対応している。

一方のワーチは、文化的道具への習熟(マスタリー)と、自己化(アポロプリエーション)を区別する。前者は単に、文化的な道具をとりこんで再生産することであり、後者は文化的な道具に自らのアクセントをすまわせて、自らのものとして使うことである。

他方、バフチンは「権威主義的な言葉」と「内的に説得力のある言葉」を区別する。「権威主義的な言葉」は、例えば法律や規則のように、それに100%同意することを人に求めるものである。「権威主義的言葉」は、スターリン体制のロシアにあって、思想弾圧され、ヴォロシーノフという弟子の名前をつかって出版せざるをえなかったバフチンのヒストリーと重ねあわせると、その強力さが実感されるだろう。一切の変奏曲はみとめられない。それに対して、「内的に説得力のある言葉」は、それを聞き手がとりいれて、かみくだき、自分なりのものに組み替えて使うことを許容する。


ミシェル・ド・セルトーが言うように、人はマスタリーだけを求められるような場所にあっても、その現実をずらし、為政者たちの思惑の裏をかいて、思わぬ抵抗の戦術をつくりだすものだ。それは、それ自身では自らの言葉をつくりだせるほどには自律的ではないが、内的に説得力のある言葉をつくりだすうえでは重要な契機となる。

ナラティブセラピーの言葉になおせば、こうした抵抗の戦術とは、クライエントのつくりだしたユニークな結果のようなものである。ユニークな結果は、それ自体では単なる「例外」にすぎない。しかし、その例外は、クライエントの薄っぺらに記述された人生を、再び分厚く記述しなおす契機となっているのだ。セラピストに求められるのは、ユニークな結果を強力なものにし、オルターナティブなストーリーをつくりあげ、それを評価的にみてくれる聴衆をあつめることだ。


2004年08月16日(月) ところで

北海道でおみやげを買っていたら、メロンをかぶったドラえもん、まりもをかぶったドラえもんのキーホルダーなどがあり、面白いなと思った。

のだが、

ゲゲゲの鬼太郎の目玉オヤジのパクりであろうか、オレンジ色のふさふさした身体に目がひとついれられた「イクラおやじ」なるキーホルダーが売られていたのはびっくりした。しかも、その下には、色違いで緑色になっている「マリモおやじ」があるではないか。

北海道おそるべし。


2004年08月15日(日) 京都

北海道から帰ってきて、気温の差にばてるかと思ったが、そんなこともなくてよかった。

京都に来春開催予定の重要な会の、会場の下見にいく。

どちらもいい条件なので迷うところ。見た目をとるか、快適性をとるか。
さて。

とりあえず、京都を歩きまわったのでけっこう疲れた。




2004年08月14日(土) 北海道3日目

今日は、午前中から小樽へ。小樽の運河ぞいの店やら、いろいろのぞきつつ、寿司屋がのきをつらねる通りで、わりとよさげな店にはいって寿司を堪能する。めちゃめちゃうまかった。

しかし、小樽は坂道が多くてきつかった。さすが北海道は夏でもこんなにすずしくていいかというくらい涼しい。昨夜のパーティーなど、さむくて上着をかっていったくらいだ。北海道をあなどってはいかんね。

小樽もそこそこに、新千歳空港にむかい、名古屋空港、そして南彦根とたどりついた。はあ、足がいたい。しかし、充実した3日間であった。

また、明日からちゃんと仕事しよっと。


2004年08月13日(金) 北海道2日目

ワーチの研究会2日目。

ワーチの文化的ナラティブについての話。
ワーチの話もおもしろかったが、高木光太郎さんと、杉万先生の英語でのプレゼンもすごかった。僕もあんなにすらすらいくといいなあ。

昨日の懇親会でも僕はワーチより、もっぱら息子のタイラー君(15歳)と話してたしなあ。それでもアップアップ。タイラー君は日本文化に興味をもっているらしく、将来はアジア研究を先攻したいと思っていろいろ考えているらしい。「1600年頃の日本の歴史に興味があります」といわれ、隣のMさんと「え、1600年って、なんだっけ?、えど?」などとアップアップの日本人の大人2人。

高校1年生にしてなんと立派なことか。ワーチ教授の息子さんだけあるねえ。

2日目の懇親会は、野外ジンギスカンパーティーであった。佐藤先生はとても気をつかってくださるので感謝感謝である。おかげで楽しい2日間でありました。




2004年08月12日(木) 北海道1日目

朝いちの電車で名古屋へ。バスにのり名古屋空港。そして札幌へ。
今日は北海道大学で、ジェームス・ワーチのワークショップ。

ワーチの道具と人間との関係についての話をきく。
ワーチは、個人の能力を自明視するような現代心理学の流儀を否定する。
そのために、人間は必ず、道具によって媒介されているという主張をしているわけだ。

しかし、例えばソーシャルスキルのように、ある種、能力から距離をとって、それをスキルと言い換えるという試みは社会文化的アプローチだけではない。そして、ソーシャルスキルトレーニングは、いくらそれがスキルであると断っても、やっぱりその人自身がもつ「スキルをみにつけられない」という個人的な失敗としてうけとられがちなのは周知の通りである。

大事なのは、道具によって媒介されているということもそうなのだが、それが多くの人が織りなすシステムのなかでおりなされた出来事である、ということだろう。

個人の行動といったものもそうした編み目のなかにおかれて初めて意味をもってくるという視点が同時に大事になる。


2004年08月11日(水) 原稿

明日から北海道。ワーチ教授から大量に送りつけられたテキストには一度も目を通していない。ああ。

朝から北海道にいく準備などしつつ、8号線沿いのマックでひたすら原稿。
横で、別れ話についての相談をしている女性二人組の話など耳に入らないように集中して、キーボードに向かう。

A「あんたら最近、あってへんもんなー」
B「距離おこうとか言うねん。意味わからんしー」
A「え、それって別れようってことちゃうん?」
B「あー、でもな、私との関係は大切にしたいっていうねん」

というような会話が気になりつつ、そんな会話は耳に入らないように集中集中(ぜんぜん、集中してないやんか)。
ま、なんとか序章から第2章までは仕上がった。いや、しあげた。

こんないいかげんなもので本当にいいのかと不安におもいつつ、しかし、いつまでもっててもしょうがないし、とりあえず送りつけることにする。

とりあえず、北海道では別のことをしようと誓う。


2004年08月10日(火) 消化

「再投入」という概念からは、母親が、赤ん坊が飲み込めないではきだしたものを、もう一度自分の口でそしゃくし、噛み砕き、食べやすくした上で、口移しで食べさせる様子を連想する。

その過程では、母親の赤ん坊への共感能力、噛む力、抱えている力が求められる。もしかしたら、赤ん坊は母親が噛むのにてまどっているうちに「もういらない」といって腕から逃げ出してしまうかもしれないし、そもそも、母親が嫌いな食物ならば口にいれることすらできない。赤ん坊の吐き出したものを口にいれるなんてとんでもないという人には到底できっこない。

現場研究者は、長い時間をかけて現場からは忘却されたもの、不可視になっているものをとりこみ、そのおぞましさに耐えながら、なんとかそれらを取り込んだ新しい概念が現場に吸収されるように工夫するのである。そこでは、現場が吐き出さざるをえなかった事情への深い共感がなければならない、と思う。




2004年08月09日(月) 初心者マーク

朝から学校にいってみると、矢継ぎ早やに仕事がふってくる。

はあ。

サッカーのアジアカップをみている人しかわからないだろうが、前後半90分を闘いぬいて0ー0。延長戦後半とかになって、やっとこさ得点をきめて始めてリードしたと思ったらすぐに追い付かれるという、そんな気分だ。

おもわずMLに逃避してみたりして・・・・。

近くのスーパーで、青森産のメロンを安売りしてたので買ってかえる。
しかし、結局、家にかえっても原稿にとりまぎれて食べるのを忘れ(泣)。
いま、この日記をかいて(ちなみに、いま午前3時である)はじめて買っていたことを思い出したじゃないか・・・・。以前、ある人から買った飲み物を冷蔵庫に忘れまくるという話をきき、食いしん坊万歳の僕にはありえない話だと思っていたのだが・・・・・。

なんだかうつうつ。


ということでちょっと良かったこと。

・昨日は、元指導教官のT教授にひさしぶりに御会いできてよかった。今日は御丁寧にメールが来ている。来年の研修会は九州であるらしい。そして、中ぶらりんだった原稿もなんとか出版にむけて動き出したとのこと。

・そうそう、今日で愛車マーチ君と出会って1年がすぎた。ということで初心者マークをはずしてみる。長い事はっていた初心者マークは、もはや車体にはりついてはがれなくなっており、無理矢理はがすと、初心者マークのかたちに土ぼこりで後がついている。なんだかみっともないな。今度洗車にいこうっと(これ良いことなのだろうか?)。


2004年08月08日(日) 研修会2日目

午後からは学校コンサルテーションの事例。

長谷川啓三先生のセッションにでる。長谷川先生はシステムズアプローチの日本への紹介者である。

だいたいにおいてシステムズアプローチや、ブリーフに携わっている人は話がおもしろい。深刻な事例にもかかわらず笑いのたえない会だった。

長谷川先生はSCとは「学校というsystemを、クルクルまわすのを、外側から援助する人物である」と定義された。

システム理論をお知りの皆様だったらどういうことかいわずともわかるだろう。

会の最後には、長谷川先生がおもむろに「私、最後、わーっとやって終わるのが好きなので」と、さきほどの言葉を唱和して終わろうということになった。しかも、「これでは長いので」と、「SCとは、クルクルである」にしましょうとおっしゃる。

会場中、爆笑のなか、SCとはクルクルであると唱和してセッションがおわる。

実に細かい。

家族療法では、セッションが終了する前に、一連のセッションでなしとげられた変化をクライエントとセラピストが共有するために、もう一度、セッションをふりかえり、セラピストが「あなたには、このような変化がおこっていたのですよ」と解説して終わることになっている。そうすることで、一度おこった変化が、次の場面でも般化することを狙っているのだ。

ここでも長谷川先生はこの作業をおこなったわけである。しかも「これを覚えて帰って下さいね。忘れないで」などと難しくいうのでない。あんなに笑ったら、みんな、忘れたくても忘れられないというものだ。

システムズアプローチに基づく学校コンサルテーションの会であると同時に、この会自体がシステムズアプローチに基づいているのだ。


2004年08月07日(土) 研修会初日

朝一番の新幹線にのり、東京へ。
品川でおり、三軒茶屋の昭和女子大学にむかう。

今日は第9回の学校臨床心理士研修会である。
午前中は、河合隼雄先生の講演もあった。題目は『躾けることと育てること』。臨床心理士は、以前は共感的にうけいれるというだけでよかったけど、今は家庭でやる躾けやら、教育やらをうけおわなければならないこともあるというようなお話。

なんか、3年前くらいにも同じことを聞いた気がするのだが、まあよしとしておく。なにせ文化庁長官は忙しいのだから。

話題とは関係がないが、「僕、最近「こころのノート」なんてものに関わってるから、○翼とかいわれますけど・・・」などといって会場の笑いをとっていたのが印象的だった。会場から笑いがでるというのは、これは何の笑いだ?。「そうそう、河合先生がやろうとしていることは違うのに〜」なのか、「そうそう、あんたも分かってるわね〜」なのか。
・・・。
微妙だ。





2004年08月06日(金) ほら、みんなの方向いて発表しなさい

最近、ちと昼夜逆転気味。今日も寝坊してしまう。昼までにこれこれしようと思ってたのに、起きたらもう・・・・。

朝方生活にはやく戻りたいところ。

明日からは学校臨床心理士の全国研修会で、東京へ。

授業のレポートがようやくそろったので、これから採点もせねばならない。
むう。しんどいぞ。

っていうか、みんな。レポートは俺に話かけるんじゃない。みんなに話すんだ。みんなに。






2004年08月05日(木) しないこととできないこと

ある行為をしないということと、禁止されてできないということは違う。
一方は、ある行為をすることがもたらす影響について主体的に思い遣る(ケアする)ことによってなりたっている。他方はただある行為をしたいけどできないということにすぎない。表面上、ある特定の行為が「ない」ことは同じでも、その実態はおおきく異なる。


2004年08月04日(水) とりあえず困る

ここのところ台風一過でいい風がふいていると思ったら、今日はぱったり風がとまっている。クーラーつけながら仕事をすると寒くて嫌になり、クーラーのない部屋にいき、窓をあけはなして仕事をしていると暑すぎてイヤになる。

しかも、ここだけの話(になっていないが)、窓をあけたその先には非常勤先のお客さまのおうち。向こうはまだこちらを御存じなかろうが、こちらは知っている(だってユニフォームが・・・)。ああ、生活圏に仕事場が重なってるのって便利っちゃあ便利だけど、非常に困る。

実験心理学でいうならば「そんなの統制条件が不十分だからダメだよ」とかいう類いの批判がよせられるような困り方だ。その統制条件が不十分なことがどうして悪いんだかよく考えなければならないんだろうけどね。


2004年08月03日(火) データをして語らしめる

「データをして語らしめる」という言葉があるが、僕はあまり使いたくない。

データが語るわけがないじゃないか。データを使って語っているのは僕だ。

理系labのエスノメソドロジーをやっている人がいってることであるが、「物質」があるからといって科学的発見がされるわけではない。「物質」の存在を示す実験結果というのは、いつでも再現できるものではなく、かなり実験者の技術が高くないとねらった結果はでないという。また、結果も、どこをどう読んだらそういう結果になるのかが、はっきりわからない微妙なものが多く、その読み取りには熟練を要するという。

つまり、そこに物質があるということですら、その発見には、どこをどのようにみたらそう見えるのか、どの実験結果が失敗で、その実験結果が見るべきものなのかをちゃんと教える視点が必要だということになる。

心理学でも大なり小なり、研究者の役割にはそういう「見るべきポイントを指し示すこと」というところがあると思う。

もちろん、これはこちらが見たいものを見ているというのとは違う。

こちらがどう書こうと思っても、データと真摯に向き合えば、なかなか都合のよいデータはあらわれない。一度は良い顔をしてくれていても、2ー3年後、「あの時はそう言ったけど・・・・実は違ったんだ。君がうれしそうに、そうだろっていうからさあ、まあ良いかなって・・・」とバツの悪そうな顔をして(別にしなくてもいいのだが)言われることがある。

そこで研究者は頭をかかえ、「今まで私は君のことを、分かっているつもりでわかっていなかった」としょく罪し、データが良い顔するように自分の説を改めることができたら関係は続く。しかし、相手がそういうからといって主体性もなく説を改めるのもしゃくだから、なかなかそんなふうにはいかない。

それを世間で「データをして語らしめる」というなら、まだマシかもしれない。しかし、正確には「研究者とデータが、長い年月をかけて、協同して語る」といったほうが良いのじゃないだろうか。

この発見ができたのはどうしてですか?とインタビュアーに聞かれ、
「いやあ、データがこういったんですよ」と研究者が答え、
「君が先にそうじゃないか?って尋ねてきたから僕はそうだよって答えたんだよ」とデータが口をとんがらせて反論し、「おいおい、だって君だって本当のこといったんだろう?」と研究者が戸惑い顔でとりつくろい、データが「別に、嘘ついてるわけじゃないけど、なんか僕から言ったみたいにいうのって、ちょっと違うかなって思ってさ」・・・と続くような会話があってもよいではないか。

もちろん、どちらから言い出したなんてことは、実証論文の場合、あんまり読者は聞いてもおもしろくないし、別に書かなくてもよい(もちろん、そのことがきっかけでデータと仲が悪くなったら、研究者は真摯に対話しなければならないし、データと研究者の仲をとりもとうという人も、これを機にデータを奪おうとしている人も、どうしてそんなケンカになったのかを知らねばならない。そういう時には反省的研究も役にたつ)。


2004年08月02日(月) 誰が遅らせてるのか。というより、誰がちゃんと出してるのか

午後から学生相談とかいろいろで学校へ。


で、早めに帰って近くの焼肉屋さんへ。今日は、友だちと焼肉。このところ焼肉なんて食べてなかったからうれしい。うまうま。

しかし、高かった(涙)。っていうか、ここのメニューは上カルビ、上ハラミ、上塩タン、上ミノと、ホルモン以外のメニューに「上」がついている。うーん、「上」はいいから「並」はないのか、「並」は。

T教授からメール。遅れにおくれている共著原稿の進捗状況について。遅れにおくれているのは僕らではない。僕らの原稿はもうできている。なんせ、教授からお誘いをおくらせるわけにはいかぬ。「わかりました」という返事のメールに添付してお返しした。

遅れにおくれているのは他の執筆陣である。なんと49章中、37章分が不着で、このままでは出版もあやぶまれるとのこと。

頼むぜ、共同体学会のみなさま。



2004年08月01日(日) 失敗談を語りたがる人

大事なお客さまをお迎えしての会は、大過なく終了。
ほっと一安心。

実家の街も、彦根も今日は花火大会。僕の部屋のベランダからは、ちょっとした山に隠れて見えにくかったが、それでも、たくさんの綺麗な花火をみれてよかった。



ところで、「研究者の学習」の記述について・・・・・。考えてみれば、これってとても自己愛的な営みだ(自分でやっておいてなんだけど)。

反省的、反省的いわれ続けると、だんだん聞かされる方は気分がおもくなっていく。

語り手は、「フィールドにはいってこんなことに気づけなかった私」、「フィールドの人たちを○○とみてしまっていた私」に気がつき、それを語れる自分に酔いしれているのだ。

語り手が元気になっていくのと反対に「ええ、そんなことまで気をつけなきゃいけないのか」「そんなに気がついて、こんなにも細やかな配慮をされているこの人にはとてもかなわない」と思わされてへこむ聴衆。

さながら病的な「投影性同一視」だ。

このようなことがおこるとき、しばしば語り手は「今まではこんなことにも気づかなかった」という体験があること自体が、なにかそのフィールドにおける自分のステージをあげるものであるかのように感じてはいないか?。

研究者の自己の探究は、反省してうっとりするためではない。それを足掛かりとして、(理論的に、実践的に)有用な知見をうみだすためのものだということを忘れないようにしたい。


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