徒然ハトニッキ
(映画編)

はとの不定期映画鑑賞日記。

2001年05月20日(日) ショコラ


監督 ラッセ・ハルストルム
出演 ジュリエット・ビノシュ、ジョニー・デップ、レナ・リオン、ジュディ・デンチ

舞浜イクスピアリAMCにて

とにかく無性にチョコが食べたくなるのだ。
特にディナーのシーンに出てきた鶏肉にチョコソースかかったヤツ!あれ食べたい!
イクスピアリにはゴディバのショップがあるんで帰りに買って帰ろうと
思ってたんだけど昼御飯食べて満腹になったら、そんなことすっかり忘れてしもた・・・残念。

「バベットの晩餐」を彷彿させる内容ですな。
あれをもちっと華やかにしたような。
「ショコラ」ご覧になった方は「バベットの晩餐」も観てみて。
比べると面白いかも。
どっちも北欧の人が撮った映画だし。

ジュリエット・ビノシュっていう女優さんはなんかクセがあるんだよね。
なんか演技派って感じでもなく美人女優ってポジションでもなく、なんか中途半端な存在。
だから出演作品もなんかピンとこないのが多いような気がする。
唯一ビジュアル的に美しくて良いわーと思うのが
カラックスとの蜜月中の「汚れた血」だったんですが
今回の「ショコラ」はまってるよ。いーじゃん。程よいオバサン具合が生かされとる。あの堂々とした腰周りが色っぽいじゃん。

「存在の耐えられない軽さ」で共演したレナ・リオンと再共演してるのも面白い。
お互い演じてる役の性格が「存在の〜」の時と全くの正反対なんだよ。
比べると面白いよ。レナ・リオンは旨いね。
でも二人とも歳とったわ。

私が観てて楽しかったのは「衣装」っす。
あーゆうテイスト大好き!
パステルブルーやピンクや赤のニットで
ウエストはキュッと絞ってフワフワのスカート!
花柄の柔らかい素材のワンピース。
鮮やかな色のパンプス。
女の子はこーでなくちゃね。



2001年05月06日(日) 2001年宇宙の旅


監督・脚本 スタンリー・キューブリック
脚本 アーサー・C・クラーク

銀座テアトル・シネマにて

この作品の内容について語れる程の語彙を私は持ち合わせておりませぬ。
今回は感想というよりも「私と『2001年』」について書いてみようかな。

今2001年だね。
絶対、劇場で上映すると思ってたのよ。
ってゆーか2001年になるのを心待ちにしてたんだ。

私が初めてこの映画を体験したのは高校生の時。
ちょうど映画に興味が出てきた頃のこと。
その頃の私は、ほぼ毎日のようにレンタルビデオ屋に通って
新潮文庫の「世界の名画ベスト100」とかいうの片手に
名作と名のつく作品を見はじめた頃です。
その頃はハリウッドの大作なんかも素直に楽しんで観てたし
ワケもわからず「天井桟敷の人々」や「第三の男」なんかも観てた。
でも田舎の貧乏高校生だったので劇場ではなくビデオ鑑賞。

「2001年」は勿論、超有名大作なわけですから観るべくして観たわけですよ。
軽い気持ちで「SFかー」なんつって借りて観たわけですよ。
「未知との遭遇」みたいな感じ?とかいうノリでさ。
それが、もうとんでもなくワケわからん理解不能な内容なんだけど見事KOくらっちゃいました。
それまでの自分の中「映画」という概念を覆されてしまったのですよ。
【「映画」というのは「総合芸術」である。】
という公式ができちゃったんだわ。この作品で。
田舎の頭デッカチな子供を圧倒するには充分すぎるでしょーよ。
で、同時期にタルコフスキーの「惑星ソラリス」なんて観ちゃってさ
(しかも同級生の友達が貸してくれちゃったりなんかして)
勿論「時計じかけのオレンジ」と「博士の異常な愛情」なんかもすぐ観て
今現在の「作家色の強い作品が好き〜!ミニシアター系〜!ヨーロッパ系〜!」
みたいな偏った映画の趣味を持つようになってしまったのであるよ。

学生の頃、絵の勉強を少ししてたんだけど
絵っていうのはどんな人でも(私は絵が下手だと思ってるような人でも)
ある程度訓練すれば見たモノを写実的に描けるようになるのね。
見たものをそのまま書けばいいわけだから簡単でしょ?
でも優れた画家というのは自分の内面に出てくるイメージを
どんどん表現できる人なわけですよ。
これは簡単にできるもんじゃない。
だいたいイメージすらわかないもんよ。

でも絵に興味が無い人にとってはピカソよりも
写実的な絵の方が「凄いね。リアルだね。」ってなっちゃうわけですよ。

ハリウッド大作なんかはやっぱり「いかに集客するか?」に重きをおいて
作ってるのでお金もかけるし、それなりのノウハウを持って
ヒットする作品を生産してるワケですね。
まー、そういうのってある意味ファインアートみたいな精神にも通じるんだろうけど。
それに相対して、「自分の中にあるものを自分のスタイルで映像にするのだ」というアホ監督っていうのは本当に大好きだ。ちゅーか尊敬に値する。アートだよ。
世の中の映画ファンには「アート系が苦手」って人沢山いるよね。
「映像は凝ってるけど話が難解だ」とか「かっこつけすぎ」とか「リアルじゃない」とか、そういう風に切り捨てるのは簡単だと思うけど
万人に受ける作品よりも一握りの人間を感動させる作品ってゆーのは作るのは難しいことだと思うのだよ。
「わからない」ことは良くないことではないと思う。
たとえ「わからない」作品であっても、ある1つの場面やセリフ、セット、小道具、音楽が心に響くことさえできれば、それは作り手の心に触れることであり、作り手にとっても幸せなことなのではないか?
そしてそれは勿論、観客にとっての至福であるわけです。

そんな至福を与えてくれるカラックスやグーリナウェイといった監督達が私は大好きだ。そんな監督達の作品に出会わせてくれるそもそものきっかけがキューブリックであり、この「2001年宇宙の旅」という作品だったんだと思う。
だから私にとって「2001年」は特別な意味を持った作品。

そして何よりこの作品の凄いところは主人公がモノリスであること。
モノリスは主人公でありながら全く未知なるモノであること。
この映画は何度観ても「怖い」と思う。
人間、何が一番怖いって未知なるものが一番怖いじゃない。
普通、物語っていうのは、まず「人間ありき」じゃん。
人間至上主義っていうか、まぁ人間がいて初めて物語がそこにあるみたいな。

でもこの映画ってさ人間が小さい。
人間は人間以外の何者かによって見つめられている宇宙の中の小さな生物にすぎないワケっすよ。
人間は自分達の力で発達し文明を築いてきたと思い込んでいるわけですが、
この中では何かに知恵を与えられ、その与えられた知恵で作り出したモノによって
宇宙に放り出されてしまうのよ。
こわすぎる。
人間はどこからきて、どこへゆくんだろう?
そして宇宙とは何なんだろう?
そんな御題の映画作品が他にあるかい?

95年にもスクリーンで観たんだけど
今回は初映時に忠実だったしスクリーンも大きくて
音も良かった。パンフも前回より良く出来てた。
まだ上映してる映画館もあるので是非スクリーンで体験して下さい!
本当に「ツァラトゥストラはかく語りき」のシーンは鳥肌たつから。





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