あおい世界
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2011年03月31日(木) 実家にて9日目〜救援物資〜。

最高気温11度と昨日より少し低めでしたが、
最低気温は3度と少し寒さが緩んだので、
過ごしやすい一日でした。

月末なので会社の用事で街中の銀行へ行きましたが、
あちらこちらで震災の余波を感じました。
まず、いつも停めている銀行指定の駐車場は、
震災以来、契約を解除したそうで、別の駐車場を探すものの、
立体駐車場は営業していないところが多かったり、
そのせいでかコインパーキングはどこも満車という表示。
やっと見つけたのは銀行からとても遠い駐車場でした。

銀行の用事が済んでから、いつものデパートへ行ったら、
“今日の営業は3時まで”という貼り紙。
卒業式用の服を貸してくださった方への御礼の菓子折りと、
母、お気に入りのジャスミンティーだけを購入。
とりあえず用事が済んで良かった。

街中は人手はまぁまぁ多いものの、
閉まっている店が多く、活気は今ひとつ。
派手に損壊したり、倒れたりした建物はほとんど無いものの、
微妙に亀裂が入ったり、ガラスが割れたりしたビルは多いようだし、
専門家から大丈夫と言われない限りは営業再開しないのかもしれません。

銀行の後、郊外へ車を飛ばし、
地元の銀行と、ドラッグストアに寄りました。
会社のゴミ袋や石鹸、ティッシュなどを購入。
市指定のゴミ袋は生産が追い付かないらしく、どこも売り切れらしいぃ。
代替品らしきものがあったので、それを買いました。

ガソリンスタンドは閑散としているところが何件かあったので、
そろそろ給油したいなと思って気にしてみてみると、
“今日の分の一般給油は終わり”とか、
“整理券をお持ちの方だけ”とか書いてあります。
やはり並ばないと駄目らしいぃ。

今日こそこのまま余震が起こらないで欲しいと思っていたのに、
夕方4時過ぎ、宮城県沖でM6.0。
岩手の花巻で震度5強とのこと。
この辺は震度1とか2で済みましたが、敏感な身体になっているので、
素早くキャッチしてしまいました。
鈍感になりたぁーーい。

夕方、実家に帰ると、ヒロミ姉からの救援物資が届いてました。
翌日に届いたというトモエちゃん宅からすると3日遅れ。
ただし、センター留めと言われていたのが、
山形からの応援があったらしく、家まで配達してもらえたようです。

テレビを見ながら、
何が必要なのかを片っ端にメモして選んだというヒロミ姉が
何が入れてくれたかというと……。

 ビニール手袋2種、大人用軍手、子供用軍手、貼るカイロ、粘着テープ、
 マスク3種、ラップ2種、歯ブラシ、歯磨き粉、綿棒、ウェットティッシュ、
 油性ペン3色、子供用パンツ、子供用靴下、消毒スプレー、ミルクティー、
 コーンスープ、レトルトの牛丼、レトルトの味噌汁、ツナマヨソース、
 佃煮、ふりかけ、おむすび用ふりかけ、のど飴2種、チーズ、野菜ジュース、
 ディズニーのメモ帳、ディズニーのチョコ、ミッキーのしゃもじ。


早速電話をして、改めてこちらの状況を話したら、
ちょっとトンチンカンな物を送っちゃったというので、
ぃぇぃぇどれもこれもヒロミ姉の心がこもった物ばかりですもの。
ありがたくいただきますと言いました。
ホント、ありがとぅ。


夜、母は久しぶりに近所のお友達のところへ飲みに行きました。
飲みに…なんて言っても、
アルコール3%の缶チュウハイを1本持参するだけなんですけどね。
要はおしゃべりに行くということです。

あたしは昨日から左鼻の横が重苦しい痛みで、
そのせいでか左奥歯の神経もジンジンと刺激を受けて痛み、
なんだかすっきり出来ない状態なので、
早めにお風呂に入り、ベッドに寝転がりながら本を読んだり、
ワンセグを見たりしてました。
娘二人も一緒にゲームをしたりして、小さい部屋にこもっていました。

それにしても、この鼻の横の痛みは何なんだろうぅ。
頬骨の下ぐらいにかけて、すごく痛いんですよねぇ
悪い鼻水が溜まっているのかなぁ。。。


2011年03月30日(水) 実家にて8日目〜離任式〜。

昨日と同じくらいの暖かさで最高気温13度。
最低気温0度。

今日は離任式なので、
またまたあたしの出勤時に合わせて桜と桃を学校近くまで送りました。
新5年生になる桃の学年は、
一人転校していくものの、転校してくる子が一人いるらしく、
ギリギリセーフで2クラスになり、クラス替えがありました。
同じ学年でサッカー仲間は4人中一人だけ外れてしまったとか。
桃とは保育所からずっと一緒の子だったから少し寂しい。

午後、桃は急激に足が大きくなったらしく、
履いていたトレシューがきついと言い出し、
母とスーパーセンターへ行き、
2足で1,500円という安い靴を買ってもらったようです。
これ、桃がサッカーで遊んだりしたらすぐに駄目になりそうよ。
いつものショッピングモール内のスポーツ用品店などには、
まだまだ行けそうもないし、とりあえずだからいいか。

桜は同級生と遊ぶため、団地まで母に送ってもらったそうです。
中学校は別々になる友達と遊べて良かったね。

明日は月末なのでマイパソに入っている支払いの確認をするため、
会社の帰りに自宅に寄り、友人宅から戻っていた桜と一緒に実家へ帰る。
途中、ピアノの先生に頼まれていたハガキが出来上がったので届けました。

実家に来てからというものの、
母が用意してくれた500mlの発泡酒を毎晩飲んでいるので、
9時頃にはとても眠くなり、我慢せずにベッドへ。
少し読書してから寝るような毎日。
今日は余震がなくていいなぁと思っていたのに、
夜10時40分頃、またゆらゆらと揺れました。
桜と桃は深く眠っていたようで気付かずに済みました。
できるならあたしも気付きたくないなぁ。
でも確実に余震の回数が減ってきているようです。
このまま落ち着いて欲しいぃ。


2011年03月29日(火) 実家にて7日目。 桜の中学準備��〜制服〜。

昨日より暖かい、わーぃわーぃ。
最高気温13度、最低気温0度。
10度を超すと少し春めいた感じがして嬉しくなります。

会社ではピアノの先生に頼まれた原稿を打ち、
ファックスでやり取りし、コンサートの延期のお知らせを作成。
夕方、先生が実家に印刷用のハガキを持ってきたので、
明日印刷しなくては!

日中、桜と桃は、母の用事に付いて回り、
あちらこちらのお年寄りに可愛がられていたそうです。

午後は、また近所の方などをお風呂に招待したとか。
みんなに助かったと言われたそうです。
ガスの復旧が待たれますよねぇ。





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昨日、予備登校を終えた桜を迎えに行ってくれた母は、
その足で制服を取りに行ってくれました。
あたしは会社の帰りに銀行でお金を下ろし、
制服代を払おうとしたら、母がお祝いに買ってあげるとのこと。
助かります、ありがとぅ。


検索WORD = 桜の中学準備

(記 3月30日)


2011年03月28日(月) 実家にて6日目。 桜の中学準備�◆鼠夙�登校〜。

少し暖かくなってきました。
最高気温10度、最低気温−1度。

今日は会社で本社の課長に吠えました。
震災で家も両親(親方夫婦)も、
津波で流されてしまった鳶職の方(息子)に対して、
通帳も印鑑もカードも流されてしまったので、
月末の払いを振り込みではなく現金でもらえないかと言われ、
課長に問い合わせたら、
社長が(東北に)出張中で戻るのが30日だから、
それまで返事できないなぁ。

と言われたので、思わず大きな声で
こちらはとても厳しい状況なんです!
社長に電話を掛けて聞いてもらうことはできないんですかっ!!
迅速な対応をお願いしますっ!!!

って言っちゃいました。
そしたら、
なんで普通に言えないの?
大変だっていうのは分かってるよ。

って冷めた口調!
まったく他人事なんでしょうね!
最後は泣きながら訴えてしまいましたよ。

嬉しいこともありました。
何度も何か送りたいからと言っていた従姉のヒロミ姉が、
実家宛に送ってくれたとのこと。
一緒にTDRに行ったトモエ親子にも同じように送ってくれたって♪
何がくるんだろう、楽しみぃ〜♪





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25日に予定されていた中学の予備登校が今日になりました。
朝7時半、あたしの出勤時間に合わせて桜を団地まで送り、
隣りの棟の子と一緒に歩いて行きました。

いくつかの学用品を購入する日でもあったので、
本当はあたしが会社を抜け出して買いに行こうと思っていたのですが、
できるだけ会社は休みたくなかったので、
桜に自分で買ってくるようにお金を渡しました。
仲良しのママ友二人に根回しし、
様子をみてもらうように頼むことも忘れずに…。

夕方帰宅すると、
カバンは在庫が切れてしまい、後日、自宅へ届くとか、
名札は購入することなく、教室で先生に渡されたとか、
震災の影響で上靴の準備がされてなく、
来月、最寄のスーパーで購入するように言われたとか。
桜の話だけでは的を得ず、
ママ友の話と合わせて納得できること数箇所。

中学校から自宅へ戻り、
母の携帯に電話をし、迎えに来てもらったそうです。
予定通り予定通り。。。良かった良かった。

夕食は手巻き寿司。
赤みのまぐろと納豆とカッパだけだけでしたが、
桜と桃は大喜びで食べていました。
笑顔が一番♪


検索WORD = 桜の中学準備

(記 3月30日)


2011年03月27日(日) 実家にて5日目。

本来なら今日はサッカーの卒団式や慰労会の日でした。
こちらは中止ではなく延期。
いつ、できるんでしょうか?!


今日も寒い。
最高気温6度、最低気温−1度。

午前中、母と桃は母の知人宅を慰問して歩いたそうで、
あたしと桜は自宅へ行き、片付け。
団地のママ友が昨日の夕方から水が出るようになったと教えてくれたのですが、
出しても出しても黄色く濁っていて、飲料水には出来ない模様。
それでも掃除などには使えるし、トイレも流せるので良かった。

桜のデスク周りだけが、まだ雪崩のままなので、
片付けをさせている間、あたしは洗濯をして待ちました。
洗濯が終わってもまだ片付けは終わらないので、次回に持ち越し。
どんだけぇ〜〜〜。

次に、桜の制服を取りにスーパーへ行きましたが、
震災の影響でカード払いは出来ないと言われました。
現金5万円なんて持ち合わせがあるわけもなく、引き取れずに帰宅。
ぶぅぶぅ。


ところで、このカーネーション綺麗でしょ。
実はこれ、震災前の週末、母が父へ供えていた中から、
1本、分けてくれたものなんですけど、
今日でもう3週間にもなるのに、こんなに生き生きと咲いているんです。
あたしたちが自宅を留守にしている間も、
こうして彩ってくれていたんだなぁって思ったら、
すごく愛しく思えてしまいました。


ランチは桜が作ってくれたインスタントラーメンを食べました。
昼過ぎ、母と桃も帰宅。

夜はお風呂に入ってビールを飲んで、のんびりのんびり。

(記 3月30日)


2011年03月26日(土) 実家にて4日目〜仕事とお風呂〜。

ここ数日、変わりない天気。
最高気温7度、最低気温0度。
まだお天道様が出るだけいい。
それにしても、春まだ遠し?

母と娘二人はあたしの車で昨日のスタンドに並び、
356番の整理券を渡され、3時間以上待ち、ほぼ満タンにしてくれました。
なんとこの日はすぐ後ろの車で終了だったとか。
ガソリンは週末には落ち着くと言われていたのに、
まだまだ手に入れるのは大変です。

あたしは母の車を借りて会社へ。
いつもの土曜日なら3時であがるところですが、
今日はしっかり5時まで働き、来週からは完全復帰するつもり。
それもこれも母が給油に並んでくれたお陰。
来週にはガソリンも落ち着いているといいんだけど。

帰り道、スーパーセンターにて買い物。
商品は8割方入っていたし、並ばず、ほとんどが点数制限もなく買えましたが、
冷凍食品や冷蔵食品ですっかり空になっている陳列棚もあり、
あそこにはいつも何が並んでいたんだっけ?!って感じ。

夜、15日ぶりにお風呂に入る。
先日シャワーを浴びさせてもらった時も感動したけど、
ゆっくり湯船に浸かれる幸せ。
日本人ならではですよね〜。

母は日中、伯父様伯母様や、知人数人を呼び、お風呂に入れてあげたとのこと。
お互い様だし、みんなに喜ばれたそうで良かった良かった。

(記 3月30日)


2011年03月25日(金) 実家にて3日目〜桜、卒業式〜。

本来なら今日は中学校予備登校の日でしたが、28日に変更。

寒い寒い寒ーい。
最高気温6度、最低気温−1度。
曇りでこの気温だと寒さも一段と堪えます。

朝7時半、母の車で自宅へ送ってもらい、
先に用意を済ませた桜を送り出しました。
あたしは久しぶりの化粧をし、
ナガイさんに頂いたグレーのワンピーススーツを着て、
1時間後に家を出ました。

団地の人たちと合流し、みんなで控室へ。
子供たちと作ったお揃いのコサージュを付け、
子供たちからの手紙をそれぞれ読むものの、
その手紙は、震災後に慌てて書いたという内容で、
泣くほどの感動はありませんでしたわ。
あれっ、こんなはずじゃなかったわ。
控室で手紙を読んだら、みんな泣くかもーって言ってたのにねぇ。
誰も泣いている人はいませんでしたよ。

10時、卒業式が始まりました。
証書を授与したり、お祝いの言葉を聞いたり、言ったり。
壇上ではなく、同じフロアで親子対面式に座る形の卒業式。
時々うるうる来るものの、号泣せずに済みました。
……それもこれも寒さのせい。
昨日と同じくらい寒い一日で、身体中がカチコチになってしまい、
泣くタイミングを逃したと他のママたちも言ってました。
寒い日でも温かい部屋に居られる時は然程感じなくても、
体育館って身に沁みる寒さなんだなぁって、
体育館を避難所にしている方たちはもっと寒くて大変なんだろうなぁって、
しみじみ思いました。

それを思えば、自分の学校で、
誰一人欠けることなく卒業式を終えられたということは、
幸せ過ぎることなんですよね。

振り返れば、入学式の日。
ピンク色の洋服を着た小さな桜が、
今ではあたしを抜きそうなほどの背丈になり、
堂々と歩いているんだから…。
6年間の成長ってすごいなぁって思います。
とても素敵な6年間でしたね。

寒さのせいでカチコチになったまま自宅へ戻ると、
母と桃が温かいおにぎりを持って迎えにきてくれていました。
あたしと桜が卒業式に出席している最中、
母と桃はスタンドの行列に並び、333番という整理券を渡され、
2時間40分後に、ほぼ満タン給油できたんですって。
お疲れ様です。

パン屋さんで働いているママ友に会ったら、
もう開店していると教えられたので、
実家へ帰る途中、パン屋さんでパンをいっぱい買い、
母の知人宅に配って歩きました。
どこに行っても喜ばれて、良かった良かった。
あたしも久しぶりに美味しいパンが食べられて幸せ。

実家へ帰宅すると、水が出るようになっていました。
わーぃわーぃ。
オール電化の実家はガス要らずなのでライフラインが完璧になったものの、
大型給湯タンクはすぐお湯が貯まるわけではないので、お風呂は明日かなぁ。

あたしは卒業式で身体の芯まで冷え切ってしまったせいで、
夜になっても調子が悪く、風邪気味になってしまったようなので、
早々に9時に寝ました。

まだ時々余震があるので、その度に怯えるあたしと桃と母。
なぜか桜だけは平気のヘー子。
不思議ちゃんだわ。

(記 3月30日)


2011年03月24日(木) 実家にて2日目〜桃、修了式〜。

昨日と似た感じで最高気温7度。
最低気温−1度。
朝、庭はうっすら雪をかぶっていました。
間もなく4月とは思えないよー。

朝7時半、母の車で桜と桃を学校の近くへ送ってもらいました。
あたしは自宅まで乗せてもらい、
桜と桃が帰ってくるまで掃除機かけたり、拭き掃除したり、
お布団干したり、ガス台の油を片付けたり…。
割れた食器は10個ぐらい。
カップやコップ、お皿などでした。

当初、家の中に破片が落ちていたので土足で上がっていましたが、
今日は掃除機を掛けられて、さっぱりしました。
掃除中、兄貴から電話がきて、
昨日あたしたちが実家に向かった後、水が出たんだって。
お払いしてもらった方がいいぞと言われましたよ、くやしぃー(><)

昼1時、学校から戻ってきた桜と桃を迎え入れ、
一緒に実家へ歩いて帰りました。
45分ほど歩いたところで、母が車で迎えに来てくれました。
あと10分弱で着く予定だったのですが、
今日も寒い一日だったので助かりました。、

桜と桃は久しぶりに友達と会えて嬉しかったみたい。
兄帰宅から実家にきて、桜と桃は少し気が緩んだのか、
口喧嘩をすることもありますが、
総体的に見たら、いつも仲良く協力し合っているようです。
二人にとって、いろいろいい経験になっているんでしょうね。

明日は1週間遅れの桜の卒業式。
晴れるといいなぁ。

(記 3月30日)


2011年03月23日(水) 兄帰宅から実家へ〜シャワー〜。

日に日に寒くなってきて最高気温は6度。
最低気温は1度。
冬ですか?

明日明後日と学校行事があるので、
午前中のうちに会社に近い兄帰宅より、自宅に近い実家へ移動しました。

トシコさんは今日も仕事へ出掛け、兄貴は自室に篭っていたので、
部屋の片付けをしてから荷造りをし、車に積み、最後に兄貴に挨拶。
なんとトシコさんの風邪が移ったから、
みんなに移さないように寝袋に包まって篭っていたとのこと。
まったく!

それでも感謝しなくてはならないんですよね。
親子三人、9日間もお世話になりました。
大半はトシコさんへの感謝ですけど、兄貴にも…ね。

これからは当分、実家のお世話になる予定です。
実家のライフラインは兄貴のところと同じで電気だけが復旧している状況ですが、
生活用水は歩いて5分の神社からの湧水を利用でき、
飲料水は歩いて30分かけて伯父様が運んできてくれていたとのこと。

それと母のびっくりアイデアは、トイレに水を使わないという方法。
それはトイレでしないからということで、
家の裏側に当たる勝手口を出たところのマンホールに直接する方法。
もちろん小さいほうに限りますが。
台所からの排水が流れる経路なので、溜まることもないし、
あくまでも汚水扱いなのでいいそうです。

大きいのは外に新聞紙を敷き、そこにしてからきれいに包んで家庭ごみへ。
。。。ごめんなさい。。。
赤ちゃんと同じようなことをさせていただきました。
桜と桃は特に嫌がる様子もなく、どちらも楽しんでいるようでした。
トイレに水を使わない代わり、水洗トイレに流す分の水汲みをせずに済むので、
体力的にはずいぶん楽です。

それから母の車は、まだガソリンに余裕があるというので、
自宅まで送ってもらい、荷物の整理や片付けをしました。
担任が各家庭に宿題や今後の予定のプリントを配っていたと聞かされていましたが、
我が家には入っていなかったので学校へ連絡したところ、
一度ポストへ入れたものの、しばらく自宅に戻らないのだろうと思い、
また持ち帰ったとのこと。
実家に帰る前に学校へ寄り、それらのプリント類を受け取りました。

飲料水を運んでくれていた伯父様の家は、
水道の復旧が早かったそうで、我が家の洗濯を大量にお願いしちゃいました。
助かりました。

夕方には母の友人から水道は復旧しているし、
ガスはプロパンだからお風呂に入れるよと言われ、
我が家は震災以来、初めてという12日ぶりにシャワーを浴びさせてもらえました。
もちろんシャンプーもできたので、すっきり。
これで明日明後日の学校行事にも綺麗な姿で行けます。
感謝。

それと実家のテレビは震災でアンテナが落ちてしまいBSしか見れない状態。
しかし桜と桃は文句も言わず、違うことで時間を潰しています。
案外テレビっ子ではないようです。
可哀想なので、時々は携帯のワンセグを見せてあげようと思います。
この新しい携帯に関しては兄貴に感謝感謝。

夕食時、ビールをいただきました。
ぅ、ぅ、ぅまぃ。

(記 3月30日)


2011年03月22日(火) 兄帰宅8日目〜会社へ〜。

昨日と変わらず最低気温3度。
最高気温9度。

今日からトシコさん出勤。
交通機関がまだ不十分だが、何とか行ってみるとのこと。

兄貴は午前中スタンドに行ってみたものの、
行列が激しく諦めて帰宅したとのこと。

あたしは朝起きた時から腹痛がひどく、
すぐには動けず様子をみていたのですが、
治る気配がないので家を出ました。
歩いている間もしくしくと痛んだものの、
何とか45分歩いて会社へ到着。
腹痛はずっと続き、白湯を飲み飲み仕事をこなしました。
桜と桃はお絵描きやゲームをしたり、
持参したパンや頂いたみかんを食べながら静かに待っていてくれました。
ようやく夕方になって、腹痛が治まってきたのですが、
今度は歩いて帰るのに少し食べた方が良いと思い、
所長から差し入れされたカロリーメイトを食べてみました。
その後、腹痛が酷くなることは無かったし、
出掛けるついでにと所長が兄帰宅まで車で送ってくれたので、すごく助かりました。

ニュースで、ライフラインの復旧予定は水道が月末、ガスは1ヶ月以上あと、
ガソリンは週末には安定するのではないかと言っていました。
この辺は不便というだけで済んでいます。
三陸沿岸部の方々に比べたら、全然不幸ではないということを実感し、
家を無くした方々や、家族を亡くした方々の辛さを思えば、
何でも我慢できると思います。

その反面、相変わらずイライラしている兄貴の前で、
桜と桃が娯楽番組なども見ずに静かに過ごしているのを見ると、
それがまた不憫に思えてしまうあたし。

兄貴は大人二人だけで静かに過ごしているところに、
我が家三人が来たことで余裕が無くなってしまったのでしょう。
多分、兄貴が考えていたよりも大変だなぁと思っているのでしょう。
と、思うことにしました。
もっと早く実家へ移動するべきだったかな、とあたしも反省。

夜、電車やバスがまだ通常運行していない中、
違う方面のに乗ってしまったトシコさんが、
兄貴に迎えに来て欲しいと電話を掛けてきましたが、
兄貴はスタンドで燃料を入れられなかったからと断っていました。
仕方なくトシコさんは雨降る中、30分ぐらい歩いて帰ってきたのです。
兄貴はなんて冷たいヤツなんだ!
灯油を入れたことで水汲みには行くくせに!

帰宅したトシコさんは当たり前のように兄貴に対してご機嫌斜めだったし、
あたしはトシコさんに申し分けない気持ちになりましたが、
あたしや娘二人には普通に接してくれ、しばし団欒をしました。
ホント、こういう時に人間性って出ますよね!
兄貴の小ささに哀しくなるよ!

(記 3月30日)


2011年03月21日(月) 兄貴宅7日目。

春分の日なので祝日。
本来なら今日もサッカーの岩沼杯でした。


昨日と同じく最低気温は4度でしたが、
日中は9度と下がってきました。
ちょっと寒い。

兄貴は今日もイライラ。
トイレ用に貯めてある水が減ると心配になるらしい。
食料の不安も感じているようでした。
あたしとトシコさんはどちらもそんなに不安がることはないと思っているのですが、
兄貴はおかずを減らそうとか言い出す始末。
その他にも桜と桃が少しでもはしゃいだりすると、
それをうるさく感じるようだし、
トシコさんの体調が悪いことも原因のようでした。

午後、灯油が入った兄貴の車で先日の寺院に水を汲みに行き、
その後、会社に飲料水用の水を頂きに行きました。
その際、会社から書類やUSBメモリを持ち出し、
兄貴のパソコンを借りて少し仕事をすることができました。

桜と桃は子供心に兄貴に気を遣っている様子で、
普段とは比べられないほど静かで喧嘩も激減。
マロのおかげでもあるかも。
セラピードッグだね。

集会所に居た頃より余震は少なくなってきたものの、
まだ1日に何度か揺れる状況で、
その度に怯える桃に、
兄貴は騒いでもどうしようもないことなんだから騒ぐな、という教え。
ここでもあたしとは違う考え。
怖いものは怖い、我慢できるものではないのだから、
騒ぐなというより、安心していいよ、大丈夫だよって慰めてあげたい。

もうこの頃、あたし自身が兄貴と一緒にいることに限界を感じてきていました。
お世話になっていることは十二分に理解しているし、
とてもとても助かっているのも事実ですが、が、が。

24、25日と学校行事があるので、
その前に実家へ移動することに決めました。

(記 3月30日)


2011年03月20日(日) 兄貴宅6日目〜買出しへ〜。

本来なら今日はサッカーの岩沼杯でした。
もちろん延期ではなく中止。


朝の冷え込みは緩み4度。
最高気温は昨日よりやや低い12度。
過ごしやすい一日。

トシコさん風邪気味。
そのせいでか、兄貴のイライラもさらに募っているよう。

昼、また七輪にてラーメンと海老を焼いて食べました。
兄貴はトシコさんに負担がかからないように配慮しているようですが、
その口調が乱暴なので、トシコさんも素直に聞けない様子。
あたしはその真ん中で緩和剤になろうと思いましたが、なかなか難しい。

午後、桜と桃とマロを連れ、歩いて45分のスーパーへ買い出し。
先日のドラッグストアのちょっと先だったので、行きはずっと上り坂。
タイミング良くスーパーが空いてたので、兄貴にも連絡を入れました。
一人15点までとか、
ガスコンロ、パン、ワンタン麺などは一人1点とか制限はあるものの、
惣菜、卵、野菜等をゲットできたし、
頭数でガスコンロも4本、手に入れられたので実りあったと思います。
兄貴はバイクで来て、ほとんどの荷物を積んで行ったし、
帰りはずっと下り坂なので楽チンでした。

夕方、母が石油ストーブや灯油を持ってきました。
ガスが足りないという話をしたせいで、
石油ストーブを使えば、鍋を置いて煮炊きができるからと、
頼んでもいないのに持ってきてしまったので兄貴からブーイング。
あたしも家を出る前に連絡くれれば良かったのよと言ってしまいましたが、
灯油は兄貴が軽油の代わりに車に入れるからと喜んでいました。
灯油でもある程度は走るらしぃ。。。

ヒロコより、メメが茨城からお母さんを迎えに来たことを知らされました。
メメのお父さんは相変わらず行方不明。
諸手続きに時間がかかるとかで、連れて行くとのこと。
あの明るいお母さんが笑顔を無くしているのかと思うと胸が痛い。

(記 3月30日)


2011年03月19日(土) 兄貴宅5日目。

最高気温14度。
驚くほどの気温差。

昨日、勾配の激しいところを歩き回ったせいで足が筋肉痛。
つ、つ、つらぃ。

雪解けの水も底を付き、排水管からの水は期待できなくなり、
兄貴はイライラし始めてきました。
その原因の一つは株で損をしたことと言っていましたが、
そんなことで八つ当たり的にイライラするなんて大人気ないなぁと思いますが、
まぁ、居候の身なので余計なことは言いませんでした。

ピアノの先生から電話。
高齢のご両親を抱え、肉体労働をして頑張っているとのこと。
4月初旬に予定していたコンサートは延期することにしたので、
お詫びの知らせを作りたいとハガキ作成を依頼されました。
会社に出られるようになったらということで了承。

午前中、トシコさんと娘二人の女子4人で歩いて父の墓参り。
彼岸の入りですものね。
父の墓は何事もなく建っていました。
お花もお線香もなくて、ごめんね、と手を合わせるだけでしたが、
父は喜んでくれたでしょうか。

昼、卓上コンロのガスが残り少なくなってきたからと、
兄貴がベランダの七輪でラーメンを煮ました。

午後は大人3人で歩いて水汲みへ。
最初はあたしの会社まで行くつもりでしたが、
市民墓地を抜けていく際、ある寺院の水道が出たので頂くことにしました。
本当はいけないことなのかもしれませんが、
後々、お詫びやお礼をすることも頭におき、今回は頂いていくことに。
この水は工業用水なので飲料用ではなくトイレ用。
その寺院は会社からちょうど真ん中地点だったのですが、
この倍歩き後半の上り坂を考えたら、
会社に歩いて水を汲みに行くことは無理に近いことだと実感。

やれやれと兄貴宅に戻った頃、
母が立体駐車場の車が出せたからと街中の市場でたくさんの食材を買い、
持ってきてくれました。
ガソリンに余裕があるようなので、その車を借り、
あたしと兄貴で、あたしの会社にまたまた大量の水を頂きに行きました。
ホント、助かりました。

(記 3月30日)


2011年03月18日(金) 兄貴宅4日目〜買出しと会社へ〜。

本来なら桜の卒業式の日でした。

最高気温は昨日より上がり5度でしたが、
朝の冷え込みは厳しく−4度。
辺り一面真っ白になるほどの積雪でした。

配水管からの水が大量だったので、トシコさんが洗濯をしてくれました。
乾燥機を使って乾かしてくれたので、すぐに綺麗な衣服に着替えられました。
トシコさんに感謝。

桃は集会所では失敗しなかったのですが、
兄貴の家に来てから二晩連続でおねしょをしてしまい、
持ってきたオムツを使い切ってしまいました。

今後、布団まで汚すわけにはいかないので、ダメ元で買い出しへ。
兄貴宅から40分上り坂を歩き続け、ドラッグストアへ行くと、
まだ開店前で十数人しか並んでいなかったので、後ろに着きました。
お店の人にオムツの有無を聞くと、あるとのこと。
いろいろ点数や品数に限定はあったものの、
食品(カップラーメン、インスタントラーメン、お菓子、ペットボトルのお茶)をゲット。
オムツはいつも使っているサイズよりワンサイズ小さいのしかありませんでしたが、
何とか使えるだろうと買いました。
こんな時、桃が痩せていて小柄な体型で良かったと思ったりして。

帰り際、会社に電話すると、
できれば処理して欲しい内容があると所長に言われたので、
昼過ぎ、歩いて45分かけ、会社へ行きました。

会社はプロパンガスだし、電気と水も早々に復旧していたそうなので、
居る分には何不自由ありませんが、
一週間、男所帯だったせいで、汚れまくっていました。
でも掃除をしている暇はないので、とりあえず急務の仕事だけ。
それでも6時間近く働けました。

帰りは兄貴が車で迎えに来ながら、
事務所の水を飲料水用に大量に頂きました。

夕方、兄貴がニュースを見ていた時、
他のテレビで、娯楽番組を見ていた桜と桃に、
もっと現実なニュースを見せろと言うので、
あたしが猛反発しました。

せっかく集会所に居る時よりも安心して、
テレビを見たり、歓談していられるようになった今、
あえて映像などを見せなくても、現実の状況は自然に入ってくるし、
これからも避けては通れないことばかりなのだから、
今は少しでも落ち着かせ、
不安にならないようにしてあげたいんだと強く反発しました。

あたし自身、今まで張り詰めていたものが我慢できなくなり、
思わず涙腺が決壊してしまい、声を出し、喚きながら泣きました。
トシコさんと桃が心配し、慰めてくれたのですが、
兄貴との考え方の違いは4日目にして明確になったのでした。

後に、この手の状況下での心理ケアに詳しい方も言っていました。
ひどい状況を映すメディアは、
子供たちにはトラウマになる可能性があるので、
あえて見せなくても良く、安心させることが第一と述べていました。

集会所で数日過ごした時のことを振り返っても、
子供を持つパパたちと、兄貴のギャップをすごく感じました。
自分にも子供がいるのに、リアルタイムで子育てをしないということは、
子供がいないのと同じことなのでしょう。

そんな兄貴の子供たちは、
自宅とは別のライフラインが通っている友人宅に避難したとのこと。
兄貴の後輩が甥っ子に会いに行ってくれたことで知ったそうで、
兄貴と直接連絡し合ったわけではありません。
そういう意味でも兄貴は複雑な心境なのかもしれません。

(記 3月29日)


2011年03月17日(木) 兄貴宅3日目。

真冬のような寒さ。
最高気温1度、最低気温−2度。
明日の朝はもっと冷え込むとのこと。

親友のヒロコが電話をくれました。
家族はみんな無事とのこと。
隣市に住む一人暮らしの母を呼び寄せようとしても自宅を離れたがらないとのこと。
どこも母親は同じみたい。

トシコさんは、そろそろ体力を余してきた桜と桃を連れて、
マロの散歩に出掛けて行きました。
ずいぶん遠くのコンビニまで歩いたら、
タイミング良くおにぎりが入荷したばかりだったらしく、
いくつかゲットしてきました。
帰りはずーーーっと上り坂でしたが、雪が降ってきたし、
これまたタイミング良くタクシーを捕まえられたので乗ってきたとのこと。
桜と桃は、マロと駆け回ってきたようで大満足の表情でした。
トシコさん、ありがとう。

夕方、桜のクラスメートのママ友から電話と、
団地の仲良しママからメールで、
クラスの担任が一軒一軒歩き、
安否確認と共に春休みの宿題や今後の日程のプリントを届けていたと教えられました。
長期で留守にするなら、学校に連絡した方がいいと言われ、
すぐ電話をしました。

今後の予定は、
24日終業式、25日卒業式、28日中学の予備登校とのこと。

避難所になっていた小学校の体育館と、団地の集会所も閉鎖され、
それぞれが自宅に戻ったそうです。
あたしはまだ5階に戻る心境にはなれません。

大人二人の生活に我が家三人が加わったことで、
想像以上に水が減ってきたことを危惧した兄貴は、
配水管に穴を開け、雪解けの水を貯め始めました。
20分でバケツ1杯と、とても効率がいいし、
桜と桃も手伝いが出来て良かった。
これはお風呂に汲み置き、水洗トイレ用にしました。

今回の震災では、株にも影響が出たようで、
兄貴は一晩で700万円損失したそうです。
元金100万円に対して、まだ100万円残っているので、
損をしたわけではないそうですが、
コツコツ貯めていた分が一気になくなり、意気消沈している様子。

(記 3月29日)


2011年03月16日(水) 兄貴宅2日目。

最高気温は昨日よりも寒い5度。
日差しはあるものの雪が舞っていました。

疲れは全然抜けないし、
頭痛、腹痛、下痢の三大苦に襲われていたので、
一日中ごろごろしていました。

遠方の友人から温かい電話やメールがたくさんきました。
千葉のペコは実家が農家だからと何かを送ってくれようとしましたが、
宅急便もままならないからと丁寧に断りました。
その気持ちだけで十分、ありがとう。
同じ千葉に住むタケシは地元の旭市がダメージを受けたとのこと。
自宅や会社は無事らしく、
建設業の彼は復旧作業に忙しくしていると言っていました。

桜は兄貴にもらった色ペンと紙に絵を描き続け、
桃はゲームやテレビを見て、心穏やかにしていました。
二人が平常心を保っていてくれることがあたしの安心にも繋がります。
良かった。

相変わらず余震は頻繁なのですが、
団地に居る時よりもあまり感じないで済みました。
マンションが新しい上に、建っている地盤が固いせいと、
1階だからかもしれません。

トシコさんはいつも明るく、
あたしや娘たちに普段と変わらない応対で接してくれたので、
心強いし、感謝の気持ちでいっぱいです。

(記 3月29日)


2011年03月15日(火) 集会所から兄貴宅へ。

本来なら今日は母が検査入院するはずの日でしたが、延期。

最高気温は昨日より12度も下がり、雨降りの7度。
すごくすごく寒く感じます。

福島原発からの放射能汚染に気を付けるようにという、
チェーンメールが飛び交い、
雨に当たらないようとみんなで言い合っていました。
見えない恐怖、放射能汚染って何?!みたいな。

そんな中、集会所の人たちにしばしの別れを告げ、
午前中のうちに兄貴宅へ移動しました。
兄貴宅に向かう時、母も誘ったのですが、
自宅に留まると言うので意思を尊重しました。

途中会社に寄ると、所長と部長、社員一人がいました。
あたしは金庫番でもあるのですが、
数日出勤できないことを言い、金庫の鍵を所長に渡しました。
これで少し安心。

兄貴の家に着くと、
ちょっと前まで出ていた水がまた止まったとのこと。。。がーん
それでも電気は付いているし、
止まる前に貯めておいた水が大量にあるから大丈夫と言われました。

午後、団地も電気が付いたと仲良しママからメールがきました。
これで集会所に寝泊りする人はまた減るだろうから、
一足先に兄貴のところにきたのは正解だったと思います。
実際、この夜泊まったのは2家族だけだったとか。

気になっていた友人メメのお父さんは行方不明とのこと。
自宅は閖上(ゆりあげ)の海岸すぐなので、完全に流されているはずだし、
当時、お母さんは働きに出掛けていたので難を逃れ、
メメの妹が避難所に居るお母さんを見つけたそうですが、
自宅に居たと思われるお父さんは見つかっていないって。。。

メメが仙台を離れて、メメが居ないのにもかかわらず、
お父さん、お母さん、妹さんと交流させていただいていたことがあり、
メメそっくりなお父さんの顔が忘れられません。
どこかの避難所に居て欲しいと願わずにはいられません。

母からの電話で、
親戚関係は函館の伯父様の家だけ床下浸水に遭われたそうですが、
全員無事とのこと。

集会所での疲れがドッと出たようで、
兄貴宅の居間で毛布に包まり、横になってテレビを見続けました。
桜と桃はケーブルテレビでニュース以外の娯楽番組を見れることで、
少しは恐怖や不安を緩和できているようです。

それと、マロが居るだけでみんなが笑顔になり、
まるでセラピードッグのようだなぁと思いました。
今日からしばらく兄帰宅にお世話になろうと思います。

(記 3月29日)


2011年03月14日(月) 集会所にて4日目。

今日は昨日よりも暖かく最高気温は19度。
一度、暖かいのに慣れちゃうと今後冷え込んだ時に堪えそう。

今日も近くのスーパーに6人で行き、
トイレットペーパー、ティッシュ、飲料水をゲット。
ヤクルトで働いているママが在庫を取りに行きたいというので、
車を出してあげました。
周りでガソリン不足の声が聞え始める中、
あたしもガソリンの残量は心配ではありましたが、
できることをやってあげたかったので…。

夜、集会所に泊まったのは6世帯のみでした。
それぞれのパパたちは、一人で家に戻っていたり、
車で眠っていたりしていたようですが、
一部の家族は余震が怖くて集会所で寝泊りしていました。

団地内の給水タンクは、
町内会長が団地以外の人にもどんどん分けてあげていたので、
残りわずかになってしまい、
とうとう水洗トイレや集会所の流しからの水が止まってしまいました。
今後は給水タンクからの直接の蛇口に取りに行くしかないし、
その残量もあまり期待できない様子。


兄貴からメールで電気も水道も復旧したので、
避難してくるようにとのこと。
この団結力のある集会所を去るのも不安ですが、
少しずつ夜、寝泊りする人が減ってきた中、
家族3人で5階の我が家に戻る気持ちにはなれず、
早めに兄貴のところへ移動することを決めました。

(記 3月28日)


2011年03月13日(日) 集会所にて3日目。

本来なら今日はサッカーのマクドナルド杯でした。
もちろん延期ではなく、中止。
それから桜の制服を取りに行かなければならない期日でしたが、無理。
こちらは後日で何とかなるでしょう。


最高気温13度。
嫌味なくらい春めいた気温。

午前中、すぐ近くのスーパーに仲良しママたち6人で3時間並び、
野菜などをゲット。
売られている物も数も限定されていましたが、
6人分買えたので、ずいぶん大量でした。
並んでいる間、東京に単身赴任のパパと連絡が付いた人がいて、
みんなでもらい泣きをしたり、
携帯の受信状況がよく、次から次へと遅れて入ってくるメールに対応。
地元の友人知人からのメールは、ほとんどが何とか無事という内容で、
遠方からのメールは安否確認なので、必死に返信しました。

母からのメールは、立体駐車場に車を取りに行ったものの、
出してもらえなかったとのこと。
無駄足だったそうです。

少しずつ集会所に泊まる人が減ってきました。
特に子供がいない単独のお年寄りは帰る人が多い。
それでも食事にだけ来る人がいたり、来れない人には運んだりしました。
子供を持つ親たちの一部がメインで炊き出しを行っているわけですが、
町内会長が会費から買出しなどのお金を出してくださったので、
町内会全体にも目を配らなくてはならなくなり、いい勉強になりました。
いいことも、悪いことも。。。

(記 3月28日)


2011年03月12日(土) 集会所にて2日目。

みんなで持ち寄った食材は豊富にあり、
食材には困らないようではありますが、
あまりにも雑多に集まったため、
悪くしないように調理する順番を検討したりしました。

被災の規模から、当分ライフラインの復旧は見込めないので、
持ち寄っている卓上コンロ用のガスを節約するため、
男性陣が集会所の外に炊き出し用の竈を作ってくれました。
大鍋もすぐ火が通るので、効率が良く、
小麦粉ですいとんを作ったり、蕎麦を茹でたり、
味噌汁を作ったりと、大活躍でした。

午前中、実家に行くと、
母の車がないのでメモを置いていこうと思ったら、
家の中で片付けしている姿を発見。
無事だったようです。
思わず抱き付いて泣いてしまいました。

地震の時、母は街中のビル4階で麻雀中だったらしく、
立体駐車場の車は出せず、
同会場に居た伯母様を迎えにきた伯父様に家まで送ってもらったとのこと。
ライフラインは我が家と同じ状態。
水は歩いて5分ほどの小さな神社から出る湧水を利用できるとのこと。
一緒に集会所に居ようと言っても、自宅に居るからと断られました。
強制はできないし、まだ家屋は頑丈そうだったので、母の意志を尊重。

団地に戻ってから時々自宅に荷物を取りに行ったり、片付けに行くものの、
頻繁に余震があるので、とても怖く、
玄関を開けっ放し、外靴のままガラスの破片を拾い集めました。

朝昼晩と協力し合って炊き出し。
子供会メンバーとは阿吽の呼吸で団結できたのですが、
町内の方で仕切りたがる小母さまが出現し、
トンチンカンなこと言ったりやったりするので、
イライラしている人もいました。
みんなめいっぱいやっている中でのことなので、
仕方ないとは思いますが、
何ともどよんとした空気が立ち込めていたのも事実。

学校の体育館も避難所になっているらしく、
そちらは避難物資も届いていたようですが、
こちらのような小さな集会所にはそういうのは届かず、
情報もないことに驚き。

夜、また寝付けない状態でしたが、
寝ないともたないという気持ちがあり、
横になったり、起きたりを繰り返していました。

桜と桃は、一緒に集会所に居る子たちと共に遊んだり、食べたりして、
直接甘えたり、不安がる様子は見せませんでした。
これも人数の多さのお陰かな。
大きい子はそれなりに我慢したり、小さい子の面倒をみたり、
子供たちは子供たちなりに無意識の輪で団結していたと思います。

(記 3月28日)


2011年03月11日(金) 東北地方太平洋沖地震。

午後2時46分、デスクで仕事中のことでした。
いつもマナーモードでデスクに置いてある携帯電話が、
激しく音を立てたのに驚き、携帯が壊れたのかと思い、手にした後すぐ、
同じフロアにいた若手社員の携帯も同じ音を立てました。
その瞬間、激しく揺れ始めたのです。
 携帯からの激しい音は緊急地震速報だったのですが、
 初めて聞く音だったため、何事かと最初分からなかったのです


揺れはすぐ止む気配がなく、ますます激しくなる様子だったので、
耐震が不安な事務所を出るよう若手社員に言い、
携帯だけを握り締め、外に出ました。

それは地面の表面層だけが、ぐるぐるゆらゆら動いているという感覚で、
長く、激しく、不気味で恐ろしいものでした。
一度止んでも、すぐに余震が来て、
外に出てきた2階の会社の人たちと、驚きの会話をしていたら、
車のラジオの音量を上げてくれた方がいて、
津波警報とか大津波警報というメッセージが流れていたのを覚えています。

怖かった怖かったとしゃがんでいたあたしは、
余震が治まるたびに事務所に入り、カバンを取ったり、
上着を取ったり、靴を履き替えたりしていたのですが、
ふと2階の会社の方に、
帰るなら渋滞する今だよ
と言われ、若手社員を会社に残し、家へ向かいました。

団地内に入ると、学校関係のママたちに、
学校で引渡しだよ、学校に行きなね
と教えられ、一度、車を置いてから駆け足で学校へ。

引渡し訓練とは違う本番。
クラス毎に並んでいた中で、桜の担任を発見し、
駆け寄り、桜を引き取りました。
然程怖がっている様子がないので、ちょっと安心。
その後、桃の担任を見つけ、桃を引き取りました。
桃は大泣きしていたらしく、あたしの顔を見て、また泣き出しました。
強風恐怖症になったり、地震恐怖症になったりする桃。
三人一緒になれて、とりあえず安心しましたが、
桃の顔色は尋常でない様子でした。

学校から歩いて団地に戻ると、今度は何人もの人に、
みんなで集会所に集まっているからおいで
と言われました。

とりあえず自宅がどうなっているか見に行ったら、
食器がいくつか壊れていたため、
カーペットの上に割れ物があり、素足で上がるのは危ない状態。
小さいテレビがテレビ台から落っこちていた以外、
家具は一つも倒れていませんでしたが、
数十センチぐらいずつずれていました。
それからカラーボックスに本やCD、
書類などを入れてあった押入れがスカスカだったせいで、
その手前にあるパソコンの上に雪崩れてあったり、
物入れ代わりにしていた子供用のタンスから中身が雪崩れていたり、
子供たちのデスクからすべての物が雪崩れていたりしました。
でも片付けはあとあと。

桜と桃に必要じゃないものは置き、
とりあえず必要なものだけを持って出るように言い、
集会所に避難しました。

電気もガスも止まってしまったので、
みんなで冷蔵庫の中のものや、鍋や包丁、まな板などの調理用品や、
卓上コンロなどを持ち寄り、炊き出しを始めました。
団地内の給水タンクだけは、残量があるうちは使えるらしく、
特に集会所は直接タンクから引いてある水道管だそうで、
調理やトイレに困ることはありませんでした。

発電機を用意してくださった方もいて、
集会所内を明るくしてもらえたので、調理しやすかったし、
少しは不安も和らぎましたが、
繰り返しやってくる余震は怖くてたまらないものでした。

でも、町内会や子供会の仲間たちと、
冗談を言い合ったりすることもでき、
不安や恐怖の中にいても、ほっとできる環境でした。

夜、なかなか寝付けなく、
発電機で集会所のアナログテレビも見れたので、
みんなでテレビに釘付けになりました。

M9.0
震度7
三陸沿岸の大津波


どれもこれも現実とは思えない映像で、
少なくとも家族三人、無事だということ、
住まいも車も無事だということだけでも恵まれていると実感。
そして、地震直後は母や兄貴と安否確認できたものの、
携帯メールもスムーズに送受信できない状況になりました。

それと、こんな時に月一のお客様がきてしまいました……最悪。
まだ水洗トイレが使えているので良かったのですが、
今後、水が止まってしまったら、どうしよぅって感じ。

深夜遅くになって、
やっとみんなで寝よう、寝ないと明日からがもたないと言い始め、
子供たちが寝ている隙間を見つけ、上着を着たまま横になりました。
あたしはバッグを枕代わりにし、
2枚だけ持ってきた毛布を3人で掛け、眠りましたが、
余震が来る度、大人達はむくりと起き上がり、ストーブを消したり、
付けっぱなしのラジオに耳を傾けました。

怒涛の日々の始まりでした。
とはいえ、三陸沿岸で津波に遭われた方たちのことを思えば、
あたしたちの避難生活などは全然いい方なのでした。

(記 3月28日)


2011年03月10日(木) 何があったか思い出せない。

この日、
どんな風に穏やかに過ごしていたのか、
全然思い出せません。

千年に一度と言われる巨大地震が来る前日。

明日からの日記は、
携帯電話にメモ書きしていたものを後日まとめたものです。
箇条書きだったものを何とか文章にし、日付通りに記しました。

(記 3月28日)


2011年03月09日(水) 桜、ブログデビュ〜。

桜、とぅとぅブログデビュ〜しました。
先に始めているお友達からamebloを紹介されたようで、
ピグを作ったり、プレゼント交換したりしているようです。
最初の設定は、一緒にしたので、
桜のIDも、ハンドルネームも分かっているんですけど、
あまりうるさいことを言わないように、
見守ってあげたいと思います。
ただし、一歩間違えれば怖い世界だということは、
きちんと伝えていかないと、とも思います。

別々の中学校に通うことになるお友達とは、
こういう形でつながっていけることも一つでしょうしね。

今のところ、
桜がパソコンを使えるのは、あたしが家に居る時だけだし、
15分ぐらいを目安に時間制限があったり、
日頃やるべきことをやってないと、
3日間禁止とか、しょっちゅうなので、
早々頻繁に更新できない状態です。

そういうのも、だんだん緩和させてあげたいなぁと思いつつ、
まだまだすっかり手を離すわけにはいかないですね。


2011年03月08日(火) 本■赤い指。

まだまだ宮部作品は続く予定ですが、
たまたま見つけた東野作品で小休止。

『赤い指』、
相変わらず東野ワールド好きです。
『新参者』 に出てくる加賀恭一郎が事件を解決していく中で、
加賀の従弟や父が登場し、
加賀のプライベートを垣間見れた点も良かった。

桜はドラマを観たことがあるらしく、
教えてくれたあらすじと、内容が一緒だったので、
あたしもそのドラマ、観たかったわぁ。

だからやっぱり東野作品を見つけると、
手に取らずには居られないのよねぇ。


検索WORD = 本■


2011年03月07日(月) 桃、泌尿器科−36。

昨日、桜とショッピングモールへ行く前に、
桃のお薬を頂きに泌尿器科へ行きました。
前回の受診から3週間経ったのですが、その間の失敗は8回。
まだまだ少なくなったとはいえない回数ではありますが、
明るい兆しといえば、3月に入って6日間は失敗なし。
薬が効いてきたのだと思います。
医師の判断も同じで、薬は増やさず一日一錠のまま。

サッカーで忙しい桃を連れてこなくても、
尿検査の尿を持っていけば、
診察扱いしてくださるようで、
当分、こんな感じで通うことになりそうです。

とぼ。


検索WORD = 桃、泌尿器科−


2011年03月06日(日) 歓送迎会 と 桜との時間。

昨日の午前中は、子供会の歓送迎会でした。
桜がとうとう送られる側になり、
子供会から千円分の図書カード、
町内会から現金千円を頂きました。
ケーキを食べたり、ゲームをしたり、楽しかったようです。
桃と二人で子供会に参加するのも、これで最後ねぇ。
桃も寂しくなるだろうなぁ。
隣りのユウちゃん姉妹が居れば良かったんですけどねぇ。
でも案外、桃はサッカー仲間も居るし、
一人で行動することが出来る子なので大丈夫でしょうけどね。

午後からサッカーの練習に行った桃が帰ってくるのを待って、
夕方から久しぶりに実家へ。
着いて早々サイゼリヤに移動し夕食。
実家に戻ってからは4人でお雛様を片付けました。
ちょうど1時間で終了。
最近は月に一回やっとやっと泊まれるかなって感じですが、
桜と桃が実家へ泊まることを喜んでいるし、
あたしも母も楽しい時間を過ごせるので、
緩いペースではありますが、機会を見つけて続けようと思います。



今日は午前中のうちに自宅へ戻りました。
桃は午後からサッカーの練習へ。
あたしと桜はショッピングモールへ行きました。
桜は最近好きになった雑貨屋さんにて、
今流行りのAKB48のプロマイドとメモ帳を買ってました。
あたしは卒業式に桜が履くハイソックスを買うのだけが目的だったのですが、
桜にねだられて普段用のソックスも買ってあげました。
桜は自分で派手なプリント物のを選び、
桃にはPUMAのを、それぞれ3足ずつ。
そういえば桜が中学生になったら履く白地のソックスも必要なのよね。
どんなのがいいのかなぁ。

帰る前にフードコートにてドーナツを食べました。
桜と二人で向かい合って食べました。
なかなかこういう時間が取れないけれど、楽しかったね。
家で桃と食べる分も買い、帰宅。

夕食は久しぶりに餃子。
桜が包むのを手伝ってくれたのですごく助かりましたし、
こういうことを一緒にできるようになったんだなぁって、
感慨深いものがありました。

来週から日曜日は3週続けて、サッカーの試合や行事が入っているので、
今日は桜とじっくり一緒に居られて良かったと思います。
また機会を見つけて、一緒に……ね。


2011年03月05日(土) 本■まだ続く宮部作品。

3センチという厚さの長編小説 『理由』 。
民事執行妨害の問題、裁判所の競売物件、
金融機関の不良債権問題等々、難しい問題を背景にしてあり、
登場人物の現在に至るまでの状況や人間関係も細かく記されていて、
奥深い内容でした。
ハイレベルの高層マンションで起こった殺人事件の謎が、
こんな風にまとまったんだと、読後感は満足できるものでした。

続きまして、 『ドリームバスター』。
今までの宮部作品とは全然違うカラーで、驚きのSF物でしたわ。
あたしは時代物を選ばないのと同じくらい、
SF物もあえて選ぶことはないのですが、
読み始めてしまった流れで読了はしました。
が、やはりどっぷり楽しむことはできませんでした。
最後は、次の巻に続く疑問が残る終わり方だったので、
ちょっぴり気になりますが、続けて読むことはないかなぁ。
通っている図書室にも見当たらないしね。
ちなみに5巻まで出ているようです。
SFが好きな人にはヒットするんでしょうか。


検索WORD = 本■


2011年03月04日(金) サッカー■65(記念品)。

6年生を除く、それ以外の保護者で集まり、
卒団生の親への記念品作りをしました。
作ると言っても、
用意したタンブラーの台紙に、
団員の集合写真や、背番号、選手の名前をシールで貼り、
オリジナリティー溢れるものに加工してから、
ラッピングまでの作業。
7人のママで、楽しいおしゃべりをしながら、
2時間であっという間に完成。
月末に行われる卒団式で渡すのですが、喜んでもらえるといいな。

最近は6年生を除く保護者たちで集まり、
卒団式後に行われる慰労会の話をしたり、
新人戦に関して動いたりすることが多くなってきたのですが、
なかなかチームワーク良く、楽しめています。
この調子で1年間過ごせるといいなぁ。


検索WORD = サッカー■


2011年03月03日(木) おひなメニュー。

お雛様は実家にあるので、
なかなか見にいけませんが、
せめて夕食ぐらいは、
ひなまつりバージョンにしてみました。

昨年も作った鶏そぼろのちらし寿司と、
つぼ鯛の一夜干し。
サーモンでお花を作ってみましたが、
何せ、不器用なもので…、
なかなかうまくいきませんでしたが、
桜は気付いてくれました〜。
これね、花型のセルクルにご飯を詰め、
その上に卵を乗せてあるんですよ。

帰りにスーパーで蛤もゲットしたかったのですが、
砂出ししている時間がなかったので、今年は諦めました。

甘菓子は本来なら桜餅や鶯餅を頂くところですが、
それらは桜が食べられないので、今年もみたらし団子(∂∂ゞ

娘二人が健やかに成長しますように…。


2011年03月02日(水) 6年目にして気付いたこと。

先週の月曜日、
桜の学年行事に参加し、コサージュ作りをしてきたのですが、
その時、隣りに座ったHちゃんのママが、
あたしと中学の同級生みたいだということを、
授業参観の朝(先週の金曜日)、桜に言われました!
あぁ、ややこしぃ…。

Hちゃんのママは、
どうやら前々からあたしのことを面影があるなぁと思っていたそうなんですが、
ずっとはっきりしないままだったらしく、
先日、隣りに座って2時間ほど過ごしてみたら、
やっぱりきっとそうだと思い、
家に帰って卒業アルバムを見ながら確信を得たらしぃ。

桜はHちゃんにあたしの下の名前と旧姓を聞かれ、
ビンゴーーとなったそうです。

そぅ言われてみれば…と、あたしも頭の中を20年前に戻したところ、
確かに言われている同級生に似ている。
若干化粧が濃く、いつも綺麗な格好をしているので、まさか同級生だとは思いもしなかった!

でも、実家がこの辺のはずだから、
そのままこの辺に住んでいても全然おかしくないし……。

ということで、授業参観後の懇談会に入る直前、
お互いに目と目が合った瞬間に合致し、
6年間、無駄に過ごしてきたことを後悔しましたわーー。
あー、もっと早くに気付いていれば楽しめたのにねぇ。

ちなみに中学生の時、同じクラスにはなったことがなく、
2、3年と同じテニス部で頑張った仲なのです。
なので共通の友人も少ないのですが、
それでも、その頃の友人の名前がちらほらあがり、
すごく懐かしい気持ちになりました。

一人娘のHちゃんは、元々桜とは違う中学の学区なのですが、
公立ではなく、私立に入るそうです。
でも同じ団地内なので、会う機会があるかもしれないし、
同級生たちと集まる時には誘ってくれるってさ。

あーー、面白かった。


実は桜が1年生の時にトラブルがあった子日記のママでもあるんです。
今ではすごく仲良くしているんですけどねぇ。
当時、あたしは対処してくれない児童クラブに怒っていたのであって、
親同士が絡む状況はなかったので良かったような。


2011年03月01日(火) マミちゃんとランチ71。

麺工房 きわみやでラーメンを食べてきました。
ランチはラーメンの他に、そぼろご飯も付いて600円。
ラーメンは強い魚のだし、そぼろご飯は生姜が効いていました。
まだ4年目だという割に、お客様はいっぱいでした。
ランチのラーメンより、おすすめメニューの方が人気みたい。
まぁまぁ美味しくいただきました。

マミちゃんとの話題は、
あたしが兄貴に携帯を買ってもらった話をしたら、
マミちゃんも2台目として、ディズニーモバイルを手に入れたって!
かぁわいぃぃぃぃのぉぉ〜〜♪
あたしもDocomoからSoftbankに変えることがあったら、
ディズニーモバイルがいいなぁ。。。


検索WORD = マミちゃんとランチ


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