sasakiの日記
DiaryINDEXpastwill


2002年03月29日(金) えー、こちら、白石放送局。


 皆さんお元気でしょうか?こちら白石ミニ放送局、試験電波発信中。
 ネットディスジョッキーの佐々木です。
 今日はあいにくの曇り空。何となく気が晴れませんね?
 そんなときはこの私と一緒にホンのひととき憂さを晴らしましょう。
 
 えー今聴いていただいている曲はカーラ・ボノフのオール・マイ・ライフというベストアルバムから《レストレス ナイト》、邦題《ささやく夜》を聞いていただいていますが、なんて変な邦題なんでしょう?僕もよくうるさいと昔言われましたが。ささやく夜はねえべ。まあそんなことはどうでもいいのですが。

 4月6日の旭川行きを決めました。昔ブーフーウーとライブハウスがあり、よく行き来していたつながりで、ついてはその同窓会に参加しないかと武田君から電話を貰っていましたんですなあ。その時はライブのリハーサルがまだ見えていなかったんでもう少し待ってくれと返事をしてそのままだったんだけど、一昨日、行くと返事をしてしまったんです。でもおかげで4月は忙しいことになってしまった。次の週にまた旭川。フォークジャンボリー。その前の日、小樽。
 
そうだもっと丁寧な書き方をしないと。いいですか?4月13日小樽、一匹長屋。14日、旭川。フォークジャンボリィー。20日。札幌、ローグ。

 わかった?腕攣りながら唄うから必ず集合するようにしてね?

 今年は同窓会づいているみたいです。東高の同窓会も夏にあるみたいで、そっちも唄ってくれないかと言うことだけど、どうもなあ?高尾?断ってもいいか?
 この高尾というのは東高の同級生で、今回の幹事をやっている男です。小学校からの同級生で一度ならず二度三度、つかみ合いの喧嘩をした記憶がある。つかみ合いから殴り合いに発展したという記憶がないから、ただひたすらつかみ合ってばかりいたんだろう。根性ナシ同志の喧嘩だった。
 まあ、そんなわけで旭川は久しぶりに昔取った杵柄合戦に発展しそうです。そういえば今年の頭にもこんな事があった。そうかフォークインの同窓会か?
 何なんだろう?
 2002年を同窓会元年と銘々することにしよう。
 武田君曰く、「『記憶という名のフォークソング』を実現しましょう?」
 記憶という名のフォークソング元年とも銘々することにした。
 これでいい?

 ここで今までBGMで聞いていただいていたカーラ・ボノフが終わったので次のディスクを用意しますので少しお待ちください。

 えー、お待たせしました。これはですねえ、ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ。1967年にリリースされたアルバムだそうです。カーペンターズの「WE’VE ONLY JUST BEGUN」「雨の日と日曜日」「愛は夢の中」等を書いた作曲家のユニットアルバムです。
 今流れているのは2曲目「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・マイ・フレンズ、」勿論レノン・マッカートニーの曲です。67年のアルバムが今出るんですよ。生きててよかった。あとはマーサ・リーブスのソロアルバムが出ることを祈ってやまない。ずっと捜しているんだけど一向に出る気配がない。《IMAGINATION》や《MANY RIVERS RUN THROUH IT》が入っているアルバムで、出ないだろうなあ?

 ところで、この間、ヨドバシで(ヨドバシメィニアと呼んでくれても結構だよ、もう、まったく。)ナショナル低周波治療器《オートパルスくびもみ EW435》とナショナルフットマッサージャーEP526《ねりもみ》を購入してしまった。今、これを打ちながら足下でねりもみ君がウィン、ウィンギュルギュル唸って仕事をしている。巷は足裏マッサージがブームらしい。

 失礼、アルバムが終わったので次のに交換します。しばらくご歓談していてください。
 アキラ4。やっぱりこれでしょう。このアルバムは本当にいい。このアルバムは絶対にダビングなどしないで購入する事を基本としてください。日本の音楽の時代があります。そしてアキラは偉大だということがよく解ります。今日みたいな天気の時に聞くならもうこれ以上は望めないでしょう。今聞いてもらっているのは《ぐんぐん節》です。グングン。

 さっきに戻ります。
 知り合いのマッサージ師から足裏用の棒一本と足裏のツボを網羅した本を数年前に貰い愛用していたが、ねりもみ君に遭遇してもう即決だった。ものすごいテクニシャンで且つ力持ちでいくらでも攻めてくれる。1人で棒を使い、夜中などに揉んでいる姿はなにかオナニーしている高校生、といった風情まであったのですが今や
もうお大尽。どうだっ!まいったか。
 失礼しました。
 もう一つのくびもみはどことなく、というより、遠目で見るとウォークマンのヘッドホン。後の首のスジにだけしか当たらない設計になっているので通常の低周波もみ器とは趣が違い、肩や背中などの面倒は見てくれない。首一筋。
 ただ、先程も言ったようにヘッドホーンに似ているから外出が可能だ。この間《指輪物語》を見に行ったときにこっそりとポケットに忍ばせた。別にコソコソする必要はないんだけど流石になんだか気が引ける。映画鑑賞は往々にして肩や目が凝る。館内の照明が落ち、いよいよ本編開始と言うときに、やにわにポケットからそのヘッドホンみたいなものを取り出し首に装着する。隣の客は一瞬、ナニするんだろうこの男は映画が始まるというのにウォークマンなんか出しちゃって、といったイブカシ光線を出すがまあ無事通過。
 映画も佳境にさしかかってくると興奮してくるので首が少し痛くなってくる。ここぞとばかりにスイッチを入れる。なかなかいい。うーん、もしかするとかなり痛快かもしれない。あーっ、きくーーーーー。
 でも、なんか隣の客がひいている感じがする。理由はわかっている。
 どうしても首が電気で引っ張られ、右左に間欠的に揺れる。突然の発作みたいに揺れるもんだから気味が悪いはずだ。でも、映画鑑賞の必需品になりそうです。
 格好悪いかも。

 そうそう、《指輪物語》最高ですよ。もう100点、花丸。ファンタジィーはこうあって欲しいという全てがこの中にあります。CG映画の大本命。
 映画と本の融合。文句ナシです。

 えー、今日の放送は時間が来てしまいました。
 また機会があったら送ってみたいと思います。
 お相手は佐々木幸男、白石の住人。白石もそろそろ桜が芽を出してきました。
 今日最後の曲は小林旭で《赤いトラクター》
 それではまた

 ♪ 草の香りが 俺は好きだぜ
 踏まれながら  強く生きて行く ♪


2002年03月25日(月) 薄墨色の空に溜息を

 今日は《うすずみ色の空へため息を》である。
 誠に遺憾ではあるが今日ははずれ。
 
 静かに麦の成長を見守ろう。4点。
 
 久しぶりに麦トロにはまってしまった。
 僕はいっぱしの料理人になれるかもしれない。
 こんな渋い食べ物を作ってしまい、今、余韻に浸っている。
 今度作り方を伝授しよう。
 
 そんなわけで今日はため息をつかずに静かに休むことにする。
 
 諸君、おやすみ。
 
 僕はこんなに早く就寝することにした。

 どこも悪くはない。すこぶる健康だ。
 春はもうすぐそこにいる。
 眠られるときに眠るのがよい。
 

 


2002年03月22日(金) おまえらなあ、そりゃセクハラだ

 18,9女の子が二人、肩を寄せるようにして本屋のかた隅で「○○○○○と○○○○○○○」という写真付きの身も蓋もない本を無反応に堂々と見ている。脇を通り過ぎるときに、何を仲良く見ているんだろうと覗いてみて、腰を抜かしそうになった。僕らミュージシャンはそっちの方面に関してはかなりオープンな方だと思っていたけど、その娘どもを見て考えが完全に変わった。世の中は想像するよりもすさんでいる。何をPTAみたいなことをと言われそうだけど、そのタイトルをここに書いてみたら納得をして貰えるとは思うんだけれど、そんな勇気はない。顔が火照る。
 それにしてもそこの本屋は猥褻な文書が多い。青少年にはよくない。でも、廻りを見渡すと青少年ばかりで、オッサンは基本的にはお呼びじゃないみたいだ。場違いはこっちのほうか?あまり若者が行き来するところには出入りするなって?そうはいかん。
 彼女たちは本屋でそのやり方(何の?)を立ち読みでで研究しょうとしていたのだろう。オッサン度やオバサン度が増そうがもうこの際どうでもいい、あれは最早セクハラだ。これからは多分、男が受けるセクハラ度は急激に増すような気がする。
 人に迷惑かけてないんだから別に何やってもいいじゃん、というのが流行ってしまい誰も止められない。みんなで頑張ろう。
 男がやってきたセクハラというのはきっとその上を行くものだったんだろう?
 それも長い間。
 今度は女の番だから男は我慢するんだよと言うのは通らない。もっと格好良く生きようぜ。女の子がドンドン格好悪い生き物になってきているような気がする。
 電車の中でオッサンが週刊誌のヌード写真を拡げるのがセクハラだというのがよく解った。
 男の人たちよ女子へのセクハラには十分注意しょう

 いよいよ、本番が近くなってきた。
 腕の攣りがピークを迎えている。
ゲームのコントローラーをグリグリやると中指が攣り,反っまま元に戻らない。みんなの声が聞こえてきそうだ。そう、止めればいいんだけど、そういうわけにもいかない。もう少しで終るのだ。

 これを本番まで持ち込まないためには練習を止めるのがよいのだがそうは行かない。リハビリだ。(何の?)

 音楽は日々発見がある。色々教わることもまだ沢山ある。ギターが上手くなりたいなあ。
 ギター教室に通おうかな?あと、ピアノ教室も。
 大体26曲まで絞り込んだのでこれを今回のレパートリーにする。
 どうしてこんな切羽詰まったスケジュールにしてしまったんだろう?自分でやっておいて不思議が湧いてくる。何か訳があったんだけどもう忘れてしまった。ううーん。何を考えていたんだったかな?
 今回はこの日記のなかで曲目を紹介しようと思っている。今日はもう疲れたから止めるけど来週。

 もう一度確認する。4月13日、小樽一匹長屋、4月14日旭川フォークジャンボリー、4月20日札幌、ローグね。解った?

 ただ今、23時01分。ポーッ。グッナイ、フォークス。

   春霞 見まごうごとき 支那の砂  7点
  


2002年03月18日(月) ぶるう


 さっきのはなしの つづきをしようよ
 ぼくのうわきが どうとか
 いやなゆめを みたんだね 
 そんなきみがすきだよ

 こいはいつでも ひすてりいみたいなものさ
 ほら きみとおなじ ほら きみとおなじよう

 きみがぼくにかいたてがみの
 へんじはださないよ いつものことさ
 ぼくがあいしたのは きみでも
 だれでも なかったようだね


 そろそろ人生を考えなければ。
 こんな生活がいつまでも続くわけがない。
 僕は静内から札幌に向かう車の中で考えていた。
 その車は徳光さんから借りたもので、週末、最後の歌が終わると夜走りで毎週札幌に戻る。ヘッドライトの中にセンターラインが延々と続く。
 毎日毎日人前で人の歌を歌うことにうんざりし始めていた。
 鵡川から山中に入っていく。対向車もほとんどなく唯一元気を付けてくれるのは
細々と聞こえてくる深夜ラジオ。
 ふきのとうの「白い冬」が流れてくる。
 
 僕は何をしているんだろう?
 
 山木が言っていた。
 「おまえなあ、はやく勝負かけろ。いつまでちんたらやってんだよ?」
 口癖のように言っていた。
 尤もそんな風に言うには山木だけではなかったけど。
  
 僕は静内で唄っていてようやく自分の行く方向を決めた。
 聡と不二男さん、寝る前にいつもこれからのこと、この先のこといつまでここにいるかを話し合った。この小さな町で、この先のことを話さなければならないほど3人とってはここはよその町だったのだろう。
 3人ともそんなに長くはこの町にいない。
 次にここを訪ねてももう誰もいないと言うことは充分に考えられた。
 
 もう少しアクセルを踏んでみる。
 踏んだ分だけ札幌が近くになる。
 遠くにヘッドライトが見える。遠目から近目に変わる。
 どんなに夜が更けても道の上では必ず誰かが車を運転している。
 みんながみんな歌唄いじゃあるまいに。
 
 とにかく今ある曲全部録音とって貰おう。
 それが済んだら就職活動だ。
 そして、もうこんな生活からは足を洗おう。
 ネクタイ首に巻いて毎日朝から会社に行くんだ。

 聡は千佳ちゃんをどうするつもりなんだろう? 


2002年03月15日(金) 腕が攣る

 今、円山の地蔵商店で大量に買い込んできた宮きしめんを調理し、食い終わったところ。おいしいよーー。
 この宮きしめんというのは一応袋麺の体裁をとっていて、インスタントラーメンを装ったチープな印象を持ってしまうが、出来上がりはなかなかどうして優れモン。
 去年、野本が札幌に来たとき、名古屋のお土産にふた袋(このふた袋というのが野本らしくていい。)貰ったのがきっかけだった。
 デパートやスーパーをあっちこち探してみたけどぜんぜんなかった。よほど野本に頼もうかと思ったけど、なんかなあ、と思いやめた。

 去年の冬ごろかなあ?円山市場で鳥孝のマスターにあった時だったと思う。
 僕はあっちコチの市場に出没する。
 市場の総菜屋が好きで、揚げ物や総菜を歩きながら食うというのを趣味にしている。そう、そのあと地蔵商店に寄ってこの宮きしめんを見つけた。えっ、何であるの?というのが正直な感想だった。この店は非常にマニアックな商品が陳列してあり、基本的には遊べる本屋に相通じるものがある。ここでは七味唐辛子、トンカツソース、いもがら、塩、醤油、リンゴパン、等を買って帰ることにしている。
 なにはともあれ、買える場所を発見できたということは望外な喜びだ。大袈裟だと思うかもしれないがわざわざ名古屋迄注文したり、友達のつてを頼るというのはこれはこれで結構面倒なものなのだ。
 このあいだまで三越の地下食には味噌屋があったんだけど、買い置きの味噌が切れ、買いにいったら忽然と姿を消していた。仙台味噌のいいものが樽で売っていただけにすごく残念だった。どうも僕がひいきにすると、大体そのものは姿を消す方向に向かうのは気のせいだろうか?
 そんなわけで、手に入れる場所が確保できたというのは大変に喜ばしいという話だ。
 この間行ったときには少し商品の陳列スペースが広がっていた。もしかしたらじわじわとファンが増えているのか?そうだったらいいなあ。消えることがなくなる


 本品一袋(麺80g)につき約700丕譴凌紊鬚茲沸騰させて麺を入れ、時々箸でさばいてください

 約8分間ゆで、添付の味噌、だしを入れ静かにかき回し、ふきあがったところで火を弱めます。大豆100%の赤味噌は煮込むほどおいしさがましますので、めんが適当なやわらかさになるまで煮込んでからお召し上がりください。

 ね?何か美味しそうでしょ?

 ようやく曲が完成した。多分発表すると思うけど、時間を計っていないから実際のサイズがまだ見えない。もしかするとかなり長いものになるかもしれない。歌作りのインスピレーションは、この間ボロボロにされた天才バカボンだ。
 スキップについての歌。
 スキップスキップ楽しいな♪
 スキップスキップちゃっぷちゃっぷ、ランランラン♪
 といったたわけた歌ではないのだ。シリアス路線。ランランラン♪♪♪

 今日はこれからギターを弾いて腕を攣る予定。歌も唄う。そのあとはピクミン的フォークグループのクリニック。もしかするとその足で飲酒か?

     花の道  グラリ傾く  偏頭痛    4点


 そうだ。風呂に入ろう。風呂に入って本読もう。ハリーポッターはまだ読んでいる。そう簡単にはいかない。薄ぼんやりとスジが解るといったところか?

 ICHIRO ボブ・シャーウィン 朝日新聞社
 セブン・イヤーズ・イン・ジャパン
        D・ストイコビッチ 詳伝社文庫
 漢字と日本人 高島俊夫      文春親書
 ミスター・マーダー D・クーンツ 文春文庫
 モンスター18 浦沢直樹     小学館
 ジパング6   かわぐちかいじ  講談社
 ダークエンジェル 8〜11



2002年03月11日(月) 秋一番

 あまりにも唐突的なんです
 君が僕に会いたいなんて
 寝ぼけまなこをこすり 街に出かける時間が3時

 君はどこで待つとも言わずに
 僕は僕で 街中駆け回る
 風に吹かれフラフラの僕は 君をイライラさせる

   ゴキゲン斜めなのは僕のせいなのかい
   なんて、なんてひどい目でにらむんだい
   さあ元気だよって言ってごらん


 僕は今でも人称代名詞には一寸困っている。
 普段の会話は概ね俺で通している。
 詩にリアリティを持たせたいならば本来は俺で書くべきなのかもしれない。
 どうして詩になると人称代名詞が変わるのだろう?
 文章や詩にするぶんには「僕」という単語は使い勝手があるし、ある程度の落ち着きや体裁が整えやすく、実生活からもいくぶん遊離できるというメリットがあるため使ってるんだと思う。
 俺という人と僕という人は根本的に生活環境や生活習慣が違うような気がしてならない。
 「俺」と「僕」。
 僕は「君は風」という曲が最初にあったせいで、それから先、僕的生き方、僕的作詞になったんだろうと思われる。
 ある意味人称代名詞の選択というのはその作風の色の選択に近いものがある。
 僕がもし基本的に「俺」を選んでいたら大分音楽が変わっていたかもしれない。
 「俺」の向かいには「お前」が座り、「僕」の隣には「君」が座る。
 上の「秋一番」だって人称代名詞が変わり「俺」「お前」で唄えばもうヤンキーソングだ。
 「イエス」という4枚目のアルバムがあるけど、それは作詞が有川さんという女性作詞家で人称代名詞は「俺」で書いてあり、はじめその作詞されたものを唄ったときに微妙な違和感を覚えた。明らかに文体が違うといった感じを受けた。
 「俺」と唄うときなにがしか身体の軸がグキッと動く感じがする。
 
僕が歌の中で唄う僕というのは一体誰なんだろう?
 
 僕はこのライナーノーツを書こうと決心したときに思ったことは、出来るだけ仕掛けを沢山こしらえよう、僕と俺が混沌となるように書き込もう、僕が自分の歌に干渉するようなことがないようなものが出来上がればいいなあと言うことだった。

 いい喫茶店とロックンロールが大好きだった頃のうた。
 街に出れば必ず誰かがいた。人を捜すのにもそれほどの苦労は要らなかった。
 街は僕らのものだった。 


業務連絡、業務連絡!三角山のフレンチ・ロリータさん。3月23日、土曜日放送、佐々木は多分オーケーではないかと思われますのでここに告知させて貰います。といったわけで、先の話ですが、もし覚えていたら三角山聞いてください。 
夕方5時です。 


2002年03月09日(土) 号外! 1号

 私の心はズタボロ。
 
 勝てーーーーーー
 
 勝ってくれえええええええーーーーーーんん。

 以上。次は磐田ね。応援よろしく。


2002年03月08日(金) どうにかなるもんだ。イェ、イェ。

 二日間色々悩んだり、なだめたりすかしたり、時には手をあげたりした結果、プリンタは無事通常業務に帰ったいった。メデタシメデタシ。
 技術家庭、農業2級の免許は伊達じゃない。本来は園芸や畑興しを専門としている。ゆくゆくは田舎で農業でもと思ってもいる。
 
 ドライバーや錐といったパソコン修理には使わないであろう道具であっちこちつ突いてやったらなんとかなった。やれやれ手こずらせやがって。
 まあ、どっちにしてもお取り替え時期だろうと思われるので新聞の折り込み広告を溜め検討している。
 
 打ち込んだデータが出てこないことをいいことに二日間も遊んでしまった。自分の詩なんだからそれを写して作曲に精を出せばいいと思うのだが、兎に角人は色んな理屈や理由を付けてさぼりたがる。この日記を書くときだって必ずフリーセルに時間をかけないと中に入っていけなくなっている。16749勝9312敗、勝率64%。勝ち27、負け14現在12連勝。1パーセント上げるのに今では2ヶ月はかかるだろう。時々俺は何をこんなにムキになって率を上げようとしているんだろうとつくずく思う。

 ドライバーといえばいよいよシーズンだ。少し打ちっ放しに行ってこなくてはいけないかも。去年フィジカルトレーニングを真面目にやったおかげで飛距離が稼げるようになった。コンスタントに150ヤードは飛ぶ。ただシーズンの終わりに右肩が少し下がり気味でスライス気味になってきてたのでフォームチェックをしておこう。あとアイアンもワックスかけて磨いておかなければいけない。
 たまにはこんな事も日記には書き込む必要があるのかもしれないので一応見栄で書いてみたが、とってもむなしい。
 ワシャ、ゴルフせんのよ。
 というか身体動かすことがだい嫌いなわけで、いい年なんだから少し健康を気遣って運動した方がいいという忠告は受ける。話だけは聞く。聞く耳も持つ。その気にもなる、その時だけ。ウチに戻ればこっちのものだ。デレーンとして縦のものも横のものも動かさない。シャーロックホームズが言っていた。「健康を気にして運動するのなら僕はしない。動機が不純だ。」みたいなことを言ってた。本当だって。ウソじゃないって。別にどうでもいいんだけどさあ。

 コンサドーレのストーカーを自認する佐々木ですが、まだ初戦です。今はまだ何も言ってはいけません。5対1で負けようが、10対零でズタボロになろうがまだ一戦目です。アンタ怒っちゃいけません。次です。仙台戦。仙台もJ2の頃からのつきあいだから出来ることならば勝って欲しいのですが、それに私の故郷でもあるからガンバレよの一言もかけたいんですが、そうもいきません。
 ここはある程度貫禄を見せて余裕で決めて欲しいものです。
 ここのコーナーだけ文体を変えてみました。切ない思いが伝わると言いのですが。

 今日の所はこれくらいで勘弁してやるか。
 
 業務連絡、業務連絡!今月中にある程度の作業は進められるので、きのう話したとおり5月くらいを目途に始めましょう。それとビューティフルエレキギタリストをなんとか、ひとつ。ヴィデオの件今考え中です。モンタージュみたいなものになりそうです。以上。シャーーーーーーーーー!
 


2002年03月04日(月) 一日がこんな風に過ぎて行くのなら

 
 一日がこんな風に 過ぎて行くのなら
 夜はいつも深いため息を つくはずです
 ストーブが赤く燃え 好きな本を読む
 一休みするときはいつも 外は決まってぼたん雪です

 一日がこんな風に 過ぎて行くのなら
 夜はいつも深いため息を つくはずです
 僕がギターを弾き 君漫画を見ながら ただ 笑い転げる
 一息つける時は いつも僕は決まって上機嫌です

 
 さて、裏面です。
 レコードはいちいちひっくり返さないと次の曲まで行けないのです。
 その感覚がいいという人が時々いるけれど本当だろうか?
 確かにレコードに針を落とさなくなって久しい。ターンテーブルがゆらゆら廻り、ピックアップがスイと動き、そして垂直に針が落ちる。ほんの少し間があり音がスピーカーから流れてくる。
 


 夜から朝までの時間が大好きだった頃の歌。
 毎晩イラストみたいなものばかりを朝まで書いていた。
 ラジオのディスクジョッキーが蛍光灯の側から聞こえてくる。
 壁に貼られた伊坂良太郎とマックスフィールド=パリッシュのポスター。
 ウウェルズと怪奇小説。こたつとスケッチブック
 毎晩天から何か降ってくるような気がしてなかなか寝付かれなかった。
 
 僕にはこの頃、詩を書くにおいて、情景があまり動き出さないようにしようという意図があった。イラストみたいに言葉が書けたらいいなあと漠然と考えていた節がある。
 時はニューミュージック台頭期。
 あっさり書けるならそれに越したことはないと。
 言葉に詰まったら絵を描いて見るというのは今でも時々やっているが、不思議なことに絵というものは全然進歩しない。小学生の頃書いた月光仮面から一歩も前に進んでいない。ある意味その人の精神年齢が如実に出るのが絵なんじゃないだろうかという気にさえなってくる。

 不調かもしれない。こんな事を書くのに3時間もかかってしまった。
  
 
 
 


2002年03月01日(金) やれやれ、3月だ。

 さっきから、8月分の日記を印刷し、そのあとに消去しようとしているが、どうしたことかプリンターがうんともすんともいわない。なんかこそこそ裏でやってるみたいなのだが、どういう訳か途中で諦めてしまい、諸般の都合により今は印刷できない旨の通達を画面に出したままあとは知らん顔ですまそうとする。
 
 許せない。

 と打ち震えては見ても、こっちは全くの門外漢。いかんともしがたい。
 
 このパソコンもそろそろ限界かもしれない。
 
 時々、何かの操作ミスをすると奇声を発する。
 ピーーー、キュルキュル、ギャッ、ギャアギャー、ブチブチ。
 今にも爆発するんじゃないだろうかというものすごい音だ。
 思わずこっちもひるんで机からすみやかに離れ、様子をうかがう始末だ。
 機械というものはそんな簡単に壊れるものなんだろうか?
 そういえばCDプレーヤーも少し前からおかしい。
 針飛びみたいにとぶ。そして一旦それが始まると今度はものすごい勢いでランをする。溝の減ったレコードみたいにあっという間にエンディングに到着する。
 そういえば湯沸かしポットも買って間もないのにお湯の出が悪い。

 おい!スポ太郎!顔が焦げるぞ。頭の上から煙が出ないと解らないみたいだ。
 外を見ろ!もうすっかり春の気配。駐車場の雪もあらかた解けてしまった。
 観測史上一番暖かい2月だとニュースで言ってた。

 僕は3月のはじめの日に電化製品に悪態をついている。
 
 去年まで使っていた炊飯器を捨てられずにいる。
 とってもアナログな炊飯器で(炊く)(保温)だけしかできなく、(おかゆ)(分づき)(玄米)(炊き込み)(煮沸コース)等といったことは一切しない。
 ただひたすら炊くだけ。
 それでも壊れないから買い換えるわけにはいかなかった。何も機能が付いていない機械はただ、ただ頑丈に作ってある。外側がみすぼらしくなっても傷む気配がない。もうそろそろ電熱線が切れてもいいんじゃないか、釜が裂けても、と思ってもがんとして言うことを聞こうとしない。このまま行くとあと30年くらいは持ちそうだった。
 80の僕がボロボロの炊飯器で飯を炊いてる情景が目に浮かび、たまらなくなった。それも黄色の炊飯器。昭和の骨董品。
 でもついに銅釜の炊飯器の誘惑に負けてしまった。済まないと思いながらもヨドバシで買ってしまった。
 最先端の炊飯器にはそこはかとない傲りみたいなものがあった。表示板を押すと色んなメニュウが出てくる。才能の誇示。実力も万全。何処にも落ち度はない。
 それなのに家庭電化製品という匂いがしない。色も抑えてあり、出来るだけ目立とうとしない様子が見えるのだが、それでも釈然としない。
 はっきりと言って可愛げだ。かわいげがない。
 黄色に緑の線が入っている前の炊飯器はものの見事に品がない。オーイ俺はここだよーと台所の隅で手を振っているような華がある。例えばだよ、例えば。
 炊飯器に華なんかあるわけねーべ。
 捨てようとして緊急避難的に、目障りだけど廊下に置いておこう。どうせすぐに捨てるんだから。と思って随分たつ。
 ゴミステーションに黄色の炊飯器が転がっているところを想像したら泣けた。
 まだ使えるのに、何も悪いことをしていないのに、まだまだ働けるのに。
 炊飯器が道路に転がってるのを想像して泣けるのは札幌広しといえどこの僕くらいなものだろう。大丈夫だってそんなに病んでいるわけじゃないから。
 毎日廊下に置かれた炊飯器を見ていると見え方が違ってくる。台所と廊下という違いか、それとも炊飯器のマジックか?(そんなものはないんだけどさあ)かわいげが出てくる。昭和の炊飯器。
 僕は炊飯器に育てられたんだなあと廊下の真ん中で思い知った。んーん。シュールで危険な香りのする文章だなあ。第一僕は炊飯器についてこんなにくどくどと書くつもりなんかなかったんだ。ものは大事に使おうといったようなことさえ書くつもりはなかったんだ。筆の勢いだよ筆の勢い。

 このパソコンとCDプレィヤーどうせなら爆発するとか力無く息絶えるとかしてくれれば諦めつくんだけれど。

 今ついているテレビのドラマで「君を愛する資格なんか無かったんだ。」というセリフが聞こえてきた。腰骨が少しずれた。

 もう一度プリンタ動かしてみよう。それでダメだったら舗道に転がそう。これは別に泣けないと思う。炊飯器とは歴史が違う歴史がね。


sasaki