不信

 お金は大事だよ、とCMで耳にするけれど、一番大切なのはお金そのものではなくて、お金を媒介に成り立つ信用関係だと思う。

 というのは、もちろんお金はなければ困るものだけれど、それは自分で自分の生活を成り立たせるというすごく個人的な領域における意味だと思う。そして、他人と関わる、個人的な領域を出た場合、お金の働きは単にそれ(生活を成り立たせる)だけではない。

 人と人が関係する場合、やはりそこにはある種の信頼関係が成り立たなければやってられないと思う。その信用関係を保証するのは、服装だとか清潔さとかいう外見(みすぼらしい格好の人はなかなか信用されにくい)、あるいはコミュニケーション(言葉)、そしてお金に関してフェアでシビアかどうか、だと思う。

 お金はそういう、誰かが誠実かどうかを見るときにすごくいい目安になる。服装は適当にごまかせるし、コミュニケーションにも嘘があるかもしれない。でも、お金に関してはこの2つよりももっと決定的に信用できるかどうかを教えてくれる、と思う。それはなぜかというと、お金というのは個人的な領域においてもすごく大切な働きをするからだ。

 個人的な領域においては、別に服装なんて適当だっていいし、誰とも話さないんだからコミュニケーションもどうだっていい。でもお金は直接的に自分に関わってくる(お金がなければ一番困る)。そういう、(個人的にすごく大切な)お金に関して相手が不誠実だと、相手の不誠実さの損害は直接に自分にダメージを与える。だから、お金は他人との関係においてとても大きな役割を果たす。

 また、大きな役割を持つものだから、一度のミスも許されない。服装であれば新しい服を買うなり髪を切るなり風呂に入るなりである程度リセットできる。コミュニケーションも、嘘や偽りは謝罪である程度は信用回復できる。でも、お金は(特に学生にとっては)、回復しようにもしようがない。

 以下書きかけ
2006年10月06日(金)

無題 / 未定