さらすな日記
目次過去未来


2002年02月27日(水) 小さな時間の楽しみ方

店の前に止まった車から友だちが覗いてる。
こちらを見て 笑いながら手を振った。

私も同じように手を振って
「こっちへおいでよ」というと
「まだ まだ まだダメなのよぉ」と言う。

「え?なんでぇ?」
「まだまだ」と言いながらゴソゴソしてる。

かと 思ったら 大急ぎで車から降りてきて
「宝くじ10枚頂戴!」とすごく慌ててる。

「ど、どうしたん?」と聞くと
「今何時?」

「2時27分くらいかなぁ」と時計を見ながらいうと
「よかったぁ、へへ。今日 私の誕生日でさ。
この時間に宝くじを買おうって決めてたんだ」という。

なんだかとっても嬉しそうで
こんな楽しみ方の時間もあるんだと思ったら
私も楽しくなった。

宝くじ 当るといいね
お誕生日おめでとう!


2002年02月26日(火) 手の力

手には すごい力があるんだと思う。

手当ては読んで字の如し 患部に手を当てること
痛いところを手でさする

手を繋ぐ。
手を撫でる。
手を握る。

どんどん力が湧いてくる。

遠藤周作の『満潮の時刻』(みちしおのじこく)を読んだ。

   不幸や苦痛はそれがどんな種類のものであれ、
   人間に孤独感を同時に与えるものだ。
   そしてこの孤独感がさらに苦痛や不幸の感情を増大する。
   その時、だれかが手を握ってやる。
   手を握られたものは自分の苦しみや痛みが
   このつなぎ合わされた手を通して、
   相手に伝わっていくのを感じる。
   だれかが自分の苦しみや痛みを
   わかち持とうとするのを感る。


この連帯感が手の力なんだろうか。


2002年02月24日(日) 小さな小さな神さま

昔むかし 私の心の中に小さな小さな神さまがいた。

小学生の頃 忘れ物がある事に気付くと慌てて学校から家へと取りに走った。
心の中で 「お願い!授業に間に合いますように・・」と思いながら一生懸命走った。
すると心の中で「大丈夫、間に合うよ」と声がした。
よく母に叱られてはいたけれど
「今日も叩かれるかなぁ・・・」と不安に思っていると
「叩かれてもあんまり痛くないよ」と声がした。

私のちいさなちいさな神様は
白くて長いヒゲをはやして杖を逆さに持っていた。

友達がいなくてひとりぼっちでも 
心の中でいっぱいおしゃべりをした。
だから寂しくなかった。

やがて 友だちが出来て すきな人が出来て 結婚して 子供が出来て
何時の間にか 心の中の神さまは消えていた。

大人になって 
あの神さまはもう一人の自分だったんじゃないかと思う。

みんな心の中にもう一人の自分がいるのかもしれない。
寂しくなったり 辛くなったり 悲しくなったりしたときに
ひょっこり現れる ちいさなちいさな私の神さま。

今もきっと心の中にいる。
いつでも「大丈夫だよ」と言ってくれる小さな小さな神さま。


2002年02月19日(火) 今日の運勢

ね年
物事草分け時代といった前後の見通しつかぬ日

うし年
事が多すぎたり、言が強すぎることを避けて吉運

とら年
大道は平らかで安心して歩める。公明正大にして大吉

う年
まず自己管理をしっかりして家族の調和を保つべし

たつ年
人と語るにしゃべり過ぎぬように、語少なくしてよく通ずるように。商談吉。

み年
心の窓をたくさん持ち、広く開けておけば明智出づる。

うま年
丹田より呼吸をなし、思いも丹田より発すれば諸事通達

ひつじ年
死に遭えば一事の動揺はあるが、これほど偉大な教えはないと大悟する

さる年
人生の旅でずれたことをする人は、度重なれば元に戻らない

とり年
富は一生の宝、智は万代の宝。智恵を磨いて悠然たれ

いぬ年
肉体的自己の外に霊性的自己あることに目覚める

い年
塵泥に入りて貪愛(たんあい)の念で争う意あり。万事自然に任すべし


2002年02月17日(日) 迷い

ふぅ〜っ
あ〜 ふぅ〜 もう・・・うごけん・・・。

♪ほりけん☆サイズ ほりけん☆サイズ〜
テレビを観ながら ホリケン☆サイズ・エクササイズ(?)をしてたら
終わった頃には もうクタクタ。
「こんなのエクササイズになんかならんよ」と子供に言われたけれど
とんでもない 息切れしてます。

今 迷ってます。
太ってて病気した時のために消化する分を蓄えておいたほうがいいか、
それともダイエットしてなるべく病気にならないようにするか。
痩せてる人が病気になって いっそう痩せてしまうのは観るにしのびないもの。


2002年02月16日(土) 娘へ

腹を立てました。

どうして約束した時間に来られないの。
どうして前もって電車の時間を調べておかないの。
約束の時間にあなたが来なかったことで
たった10分と言うけれど みんなを待たせることになったんだからね。

「自分にとってそんなに大事じゃない約束なんだよ」
「別に自分は参加しなくてもいいと思ったんじゃない?」
「そんな腹を立てることでもないって」
と 誰かはいうけれど
そう言われてもどうしても 腹が立つ。
自分にとって大事じゃなくても 参加できなくてもいい、と思ったとしても
それでも 約束したんだからその責任をちゃんと守って欲しい。

「遅れてごめんなさい」と大きな声で走ってきから
少し 腹の虫もおさまったけど・・・。

いえいえ そんなんじゃおさまりませんよっ。

どうして待ち合わせの時間がわかってるのに間に合うように予定をたてないんや。
それが一番の私の引っかかってるところだったんです。

「電車の時間はちゃんとみてたんだけど駅までの道を間違えたんや」

・・・・・私に似て方向音痴だったんだ。

まぁ いい勉強にはなったかな。
こういう事で腹が立つんだな・・・と自分でわかりました。








2002年02月12日(火) イタズラ電話

フフ・・・・。

私を何歳だと思ってるの。
そんなイタズラ電話に驚きはしないわよ。

でも 咄嗟にガッチャッ!って切ってしまったのが悔やまれる・・。
もっと 遊んであげればよかったな。

あ〜ぁ
せっかくの休日もイタズラ電話終わりかぁ。


2002年02月11日(月) 名前

インターネットという半分バーチャルな世界から
現実の世界に変わるとき
それは その人の本名を聞いたとき

私はどちらでも現実の近くにいたいから
自分の名前をjunkoにした。


2002年02月10日(日) 主人への詫び

今日 帰宅したら誰もいない・・・。
靴は ちゃんと玄関に揃えてある。
おかしいなぁ・・・。

ん? なにやら二階で物音。
二階なんて ほとんど上がらない主人。
何 やってんだか。

二階へ上がって部屋を覗く・・・・と
うわぁ!!
綺麗! 畳が見える(どういう意味?)

「な、なに片付けてくれたのぅ♪」
「おぅ♪」
「・・・で ここにあったものはどこへ・・?」
「ん?どこって。片付けた」
「もしかして・・」
「こらっ!開けたらアカン!」

もう 遅い!
押し入れ開けた途端 前が見えなくなった。

今度は ワタクシが片付けます。
ぐうたら妻で申し訳ない。


2002年02月08日(金) 恥じらい 追加

恥じらいもなくなってきたなぁ・・と考えてたらあることを思い出した。
それは「授乳」。

もうず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと昔、
ある年配の女優さんが
「電車の中で授乳してるお母さんを見かけたんですが、あれ やめてもらいたいですよねぇ。周りにはたくさん乗客がいるんですよ。
その中で おっぱいをよく平気でだせるもんですねぇ」というようなことをおっじゃってました。

そのとき 私も丁度子育て真っ最中だったので その言葉がズキっときました。
きっと私が電車の中お母さんだったらやっぱり電車の中でおっぱいをあげてたと思うし もしそれをみた女優だったら「やっぱりおかあさんなんだだなぁ」と思うし 乗客だったら微笑ましいとその情景をみてるだろうなぁ・・なんて考えました。
その当時 田舎のほうでは そういう情景をみることはよくあったしそれが普通だったし 公園でおっぱいを上げてるお母さんがいたり 赤ちゃんが泣けば 即座におっぱいを出してあげるのがお母さんだと思ってました。
おかあさんは 女性だけど女性じゃなくて「おかあさん」だったんですね。
だから 誰も変な目でみなかったし お母さんもおっぱい出しても平気だったんだと思います。
でも 今は・・・・・そんな情景みかけないですね。

あの大胆さはいったい何だったのでしょう。


2002年02月07日(木) そんなものもう忘れちゃったわ。

手話で「お願いします」を習いました。

「お願いします」を手話で表すと
神さまにお願いするときみたいに顔の前で手を合わせる仕草をします。
それを片手だけでやったりもします。

この「お願いします」なんですが
お願いにもいろいろあって
子供に用事を頼む時
無理なのを承知でお願いするとき
ラブレターを渡すのを人に頼む時
選挙で清き一票をお願いするとき・・・等々。

「じゃ次 ラブレターを人に渡してもらうのを頼む時のお願いを・・・
○○さんにやってもらいましょうか。」
・・・・・えっ!? ワ・タ・シですか?
そんなぁ・・・・。

「オネガイシマス」(と手話でやりました)
そしたら 若っかい先生に
「う〜ん もう少し恥じらいがあるといいですねぇ」
と言われてしまいました。

「恥じらい・・・・!?」

忘れてた言葉です。
ここ何年も忘れてた感情です。

でも もし わたしが今 ラブレターを誰かに渡してもらうとしたら
それは 恥じらいじゃなくて きっと悲壮感漂うお願いになってるわね。
(主婦で この年で この顔だもの)


あなたは ラブレターを誰かに渡してもらうとしたら
どんなお願いの仕方しますか?






2002年02月06日(水) 自供

*お生れは?

昭和の生まれです。
二人兄弟の長女でして、しっかり者と思われるでしょうが
ちっともそうじゃないですね。
自分のことしか考えてなかったですねぇ。
弟の面倒なんて見たこと無かったですから。


*弟さんと仲はいいほうなんですか?

昔から 「弟」って意識したこと無いですね。
弟も私のことを「姉」だからって頼って来たり甘えてきたこと
記憶に無いですから。
今はね 弟を一人の人として同じような価値観もってて
話してると楽しいなぁって思ったりしますよ。


*お父さんてどんな方ですか?

今 76歳なんですがパソコンに夢中になってます。
「近所じゃこの年でパソコンやれるのは俺くらいのもんだなぁ」と
自慢気に言うのを何度聞いたことか。
最近 プリカの携帯をあげたらそれに凝り出したみたいです。
何度教えても年が年ですからねぇ 操作の仕方を忘れるんですよ。
「時間さえわかればいいんや」と携帯を眺めながら言ってます。
携帯でメールなんて送ろうものなら嬉しくって アチコチかまいすぎて
頭ん中 パニクりますから送りません。


*おかあさんはどんな方ですか?

夫婦で自営業をしてたんですが 父が「もう辞める」といったのを期に
年金暮らしをしてるんですが
母は自分のこずかい欲しさに内職してます。
父が夕飯作って 母は内職。父は母からこずかいもらってますよ。
冠婚葬祭は 夫婦で割り勘だって最近知ってビックラゲーション。
母も勝手に自分の好きなことやってますよ。
夫婦ばらばらなんですけど・・・どこかで繋がってるんでしょうね。

*家族での思い出ってありますか?

家族みんなで仲良く楽しかったという思い出はすぐ うかばないですねぇ。
私が幼い頃は 「(父は)自分のことしか考えてない」といって母がよく
怒ってました。そのとばっちりが私の方に向いて よく泣いてました。
夫婦喧嘩を見る度に もしかして朝起きたら母親は居なくなってるんじゃないか」
なぁんて いつも思って 暗い子でしたよ。
だから 自分が家庭を持った今 家族みんなでわらってると幸せだなぁって思います。




2002年02月04日(月) 愛ってなんだろう

『愛する人のために いったいどれだけの自分の快楽を
喜んで犠牲にできるか―それが本当の愛なのである。』
と ある本に書いてあった。

自分の快楽を犠牲にかぁ。
わたしは 自分の快楽優先だもんなぁ。

好きな人に誘われると
友達との約束が先に入っていても
好きな人の誘いを優先にしてしまうってことはあるけど
コレは「愛」とはいわないのだろうか。

「快楽を犠牲に」ってなんだろう。

快楽こそが「愛」だったような気がする。

親と子の愛 夫婦間の愛 友達との愛

愛に犠牲ということばは合わないような気がする。

で、いったい愛って何だろう?


2002年02月03日(日) 節分

今日は節分です。
節分には 豆まきをして 太巻きを南南東の方向を見ながら
黙々と食べます。
しゃべっても笑ってもいけません。
いわしのを焼いて頭としっぽを柊に刺して玄関に飾って置きます。

・・・と 毎年やってきたことですが
今年は マメは売り切れてありませんでした。
柊は用意したのに いわしも売り切れてありませんでした。
太巻きを食べながらしゃべってしまったし
わらってしまいました。

今年はどんな年になるか一年後が楽しみです。


2002年02月01日(金) 手土産

「なぁんにも 手土産なくてごめんねぇ」
と いって同級生が訪ねてきてくれた。

いっぱい手土産持ってきてくれたじゃない。
たくさんのお話 わたしには すごくいいお土産だったわ。


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