さらすな日記
目次過去未来


2001年12月31日(月) 2001年最後の日

あっという間の一年だと思った。

あと数時間でこの年が終わるという時
ちょっと離れた友人から電話があった。
ご主人が事故で入院という大変な年だったと言った。

「あっという間の一年だけどね 
一年あれば癒せるのよね、心の傷も身体の傷も」

一年って知らず知らずのうちに過ぎてしまったようだけど
この一年でいろいろ変化したんだよね、私も。


大切な月日、一年だったんだなぁと最後に思えてよかった。


2001年12月30日(日) 年末掃除

毎年 毎年 もう何度そう思ってきたことか・・・・。

こんなことしてる場合じゃないぞ!と思いながら
ちょっと一休み。
片付かない 片付かないっ 片付かないっ!
片付かな〜いっ!!!!!

<毎日 毎日 ちゃんと片付けてたらこんなことにならのになぁ>

ちっ!頭ン中で この年になってもまだ母親に叱れてる。





2001年12月27日(木) 惚れちゃった

もう ぞっこんだね。
ソンジュウソコラにこんなイイ男いないよ!
惚れたね、ウン惚れた!
男の中の男!

木元仲蔵・・・「プリズンホテル」のオーナー。
立て続けに1巻「夏」〜4巻「春」まで読んじゃった。


2001年12月25日(火) クリスマス

家族でクリスマスを過ごす。

プレゼントの交換をする。

10年以上も前の『ガチャピン・ムックのクリスマス』ビデオを
引っ張り出してきて 音楽に合わせて踊りだす。

こんなクリスマス 後 何回続けることができるかな。


2001年12月24日(月) 贈り物

主人の枕もとに 綺麗にラッピングしたプレゼントが届いている。
まだ なにも気づかず 主人はまだ眠っている。

気づいたらどんな顔するんだろ。
まさか この年になってサンタさんが来てくれるとは思っていないだろう。

ことしのサンタさんは
「わたしのこと心配してるのかなぁ」とふと洩らした娘だよ。


2001年12月23日(日) 御注意

奥湯元あじさいホテル館内ご案内

御注意
一、情報収集には万全の配慮をいたしておりますが
  不慮のガサイレ、突然のカチコミの際には 当館係員の指示に従ってください。

一、客室のドアは鉄板、窓には防弾ガラスを使用していますので
  ご安心してお休みください。

一、貴重品はフロントにて 全責任をもってお預かりいたします。

一、破門、絶縁者、代紋違い、その他不審な人物を見かけた場合
  早まらずにフロントまで連絡ください。

一、館内のロビーでの仁義の交換はご遠慮ください。

※ はてさて ここはどんなホテルなんでしょう・・。


2001年12月22日(土) 夕焼け

久しぶりに綺麗な夕焼けを見た。

秋の夕焼けも綺麗だけれど
寒くなって肩をすぼめながら見る夕焼けは
幼い頃見た夕焼けのようで
懐かしいような 悲しいような・・。

でも 何がそんなに悲しいんだろう。


2001年12月21日(金) 3億円の夢

今日で『年末ジャンボっ!宝っくじ』は終わりだよぉ。

買いましたか?買いましたか!
3億円の夢。

当るかなぁ 当るかなぁ。

当ったらどうしよう。

100万じゃ、車 買えないし
1000万じゃ 家 買えないし
やっぱり3億かぁ。

3億当ったらどうしよう。

「画廊を作りたい」って言った人の夢は素敵だなぁと思った。
画廊の片隅に美味しい珈琲を飲ませてくれる喫茶室があって
そこで珈琲を飲みながら 優しい時の流れの中で
いろんな思いと戯れたり
気の合った仲間とおじゃべりするのもいい。

そんな夢を持てるって素敵だなぁと思う。

自分の夢って何かなぁ。
3億当る前に考えておかなきゃ。


2001年12月18日(火) ありがとうの日

ウン回めの誕生日は 思いがけない人からの「おめでとう」が
たくさんあって とても嬉しい誕生日になった。

年を重ねることがめでたいことかどうか・・・・それは
きっとめでたいことなのだろうけど
今は そのめでたさより おめでとう といってくれた人たちに
出会えたことが とても嬉しい。

これはやっぱり年を重ねた めでたさなのかな。

ほら 誰かが言ってくれた「知り合えてありがとうの日」
私も誕生日はたくさんの人に出会えて「ありがとうの日」になったよ。


2001年12月16日(日)

久しぶりに夢をみた


自分の子供を怒りまくってた。
なにも 子供は悪いことしてるわけでもないのに 私は怒ってた。
なんで そんなに怒るの?と夢の中で感じながら
それでも わけもわからず すごく腹が立ってた。

目が醒めて 子供を怒ってる自分が悲しかった。

今日は 優しい夢見られるかな。


2001年12月15日(土) 川柳

おもしろい川柳見つけました。

ラブレター 切手も入れる思いやり
     (そういうのって思いやりっていうのかなぁ)

イイ人ね その一言で恋終わり    
     (イイ人と好きな人とは違うのよね)

残雪も ときめきもいつ消えたやら
     (・・・・ほぉんと)

奥さんと 呼ばれて嘘の道教え
     (うん、うん わかるわかる)

神前で 誓った嘘をつき通す
     (それって素晴らしいことだよね)

ほどほどに 出張もありいい亭主
     (やっぱり亭主元気で・・・・ですね)

妻でなく 我が子の母と暮らす日々
     (我が家もそうみたい・・・)

洗濯機 妻を洗ってくれますか
     (どこをきれいにいたしましょう)

仲人を 偽証の罪で訴える
     (お互い様ってこともあるから・・・)

憧れた 女性を妻にした不覚
     (憧れは 憧れのまま・・・)

俺だって 考えがある粗大ゴミ
     (川柳にする前に奥様に言わなくちゃ

若い娘と 競う女房にタオル投げ
     (ふんっ)

どちらかが 我慢したから老夫婦
     (そうかかもしれないね、きっとそうなんだ)



2001年12月14日(金) 感謝

今日は 遠くからわざわざ宝くじを買いに来てくれた友達。
会うのはこれで3度目かな。

回を重ねるごとに別れ際がだんだん寂しくなってくるんだなぁ。
だけど だから今度会う時がもっともっと楽しみになるんだと思う。

今日はありがとう。


2001年12月12日(水) Fさんへ

今日は すっごく暇でさぁ(仕事が)
おもわず 本屋さんまで走っていって 雑誌を買ってきちゃったのよ。
芸能人の記事が面白おかしく書いてある雑誌。
スミからスミまで じっくり読んじゃったわ。
こぉんなに暇でいいものなのってくらい暇だったからね。
呼び込みしちゃおうかしらって思うくらい。
でね あんまり暇だから 雑誌に赤線まで引いちゃった。
今度来た時 暇だったら その雑誌読んでてね。
多分 暇だと思うから
そしたら あなたも赤線引いといてね。





2001年12月11日(火)

友の名を挙げてそのたくさんの友に対して
酒を飲んで愉快な友なら「酒友」というふうに
一文字だけの形容をつけて示した人がいたらしい。

酒友のほかに 愛友 良友 好友 敬友 益友 旧友 厳友 畏友
文友 親友 温友 剛友 賢友 郷友 亡友 高友 直友 そして
幼馴染の少友。

自分の友だちを思い浮かべて見る。
私にも いろんな友がいる。
インターネットでの友だちはなんていうのかな?
電友とでもいうのかな。
電友から愛友 良友 敬友 厳友 それとも親友へ変わっていけたらいいね。


2001年12月07日(金) ことば

手話入門編修了。
9月から始めた手話講習会がこの水曜日でやっと入門編が修了しましたぁ。
来年6月から今度は 初級編が始まる予定です。

う〜ん まだまだ 手話でお話なんて出来そうもないけど
簡単な気持ちは口話とか身振り手振りでも伝えらるんだよね。

手話ももちろん大事だけど
手話に合わせた表情が大切だという事を教えていただきました。

表情も言葉のひとつなのかな。



2001年12月05日(水)

嘘をついた。

出かけに「今日のマラソン大会、観に来れんよね」と息子が言った。
母親が仕事中に抜けて観に行けないのは知っている。

だから つい言ってしまった。
「走ってる時間に間に合わないかもしれないけど 
観に行けるかもしれないからね」って。


2001年12月03日(月) 至福の時

子供は学校に行った。
主人も仕事に行った。

もう家には誰もいない。

わたしは この時間を待って 朝早くから着々と準備していた。

もう すっかり準備は整っている。
今からなら 出かけるまでの時間に充分間に合う。

ふふふ・・・・。

至福の時の始まりだわ。

でも ちょっと 罪悪感のようなものもある。
主婦なのに・・・朝っぱらからそんなことしてていいの?っていうような。

でも 一度経験したら
わぁ なんて 素敵 
わぁ なんて さわやか
わぁ なんて 気持ち良い・・・・・。

ヤミツキになっても仕方ないよね。

いいじゃん、いいじゃん。
誰に迷惑かけるわけじゃなし
気分転換して 気持ちよく仕事できるんだし。
・・・と自分に言い訳して・・・と。

さぁ!時間がないよ。

家中の鍵もかけたし。
さて 準備O.K!


ふぅ〜
お湯加減は 丁度いい。
「朝風呂」って なんて気持ちいいんだろう。

すぅっと体中の疲れが溶けていく感じ。
夜 入浴する気分と また 一味違う。

ご近所さんに 気づかれないように
静かに 静かに入る。
その緊張感もまたいい。

「極楽 極楽♪」

こんな時間を経験したら 
もうやっぱり ヤミツキ 至福の時。





2001年12月02日(日) 悩みの大きさ

友だちが来てくれた。

若いお母さんが 幼い子を注意してるのをみて
「あの頃の悩み事なんて 今から思うと他愛の無いものよネェ」
とため息混じり。
そして ふたりで頷く。

その頃 言われたよね、
「子供の成長と一緒に 悩みも大きくなるし 使うお金の金額も大きくなるのよ」って。
あの頃は 目の前の悩みが一番大きなものだと思ってたのにね。


2001年12月01日(土)

結婚前に勤めていた施設の苑長先生が亡くなった。

私の住んでいるところからずいぶん離れているのでかけつけることは
出来ないが お通夜に出かけた友人が 今の施設の様子を聞いてきたらしく
電話がかかってきた。

「昔とずいぶん変わっている。 
子供も保母も指導員も。」

保母を辞めて自分が家庭を持って 子供を産んで母になって、
気づいたことがあった。
この年になったから 解かることもたくさんある。

あの頃は 叱る事が指導だと思っていた。
子供たちは
素敵な洋服も買ってもらえたし 毎日おやつもちゃんと用意されていた。

「みんなしあわせじゃん」・・と思ってた。

でも 保母を辞めるとき 苑長先生に言われた。
「2年の勤務は短かったね」と。

そうだ、2年は短かった。
2年で何が出来たんだろう。
2年では なにもできないこと、今なら そのことがわかる。
苑の子供たちに必要なものは 
素敵な服や おやつじゃないってこともわかる。

自分が若かったから そのことに気づかなかったんだろうか。
それだけじぁないだろう。

目の前で母親が父親に撲殺された子。
小さい頃から叩かれて育てられた子。
「お前なんか死んでしまえ」と言われて大きくなった子。
指導員に手をあげる子。

その子たちに必要なものってなんだろう。

「2年は短かったね」
苑長先生の言葉が甦ってくる。








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