-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 10の願い

そろそろ俺は考えている。
どう、トロントでの活動を締めくくるか
ということを。

いつも3年先を考えている。
どうすれば、そこに辿り着くのかを。

すべて逆算で考えている。
今、何を優先すべきなのかを。

これからの3年は、トロントでの活動を
締めくくるための3年であり、
次なる扉を開けるための3年だと思っている。

アーティストとして
トロントでやっておきたいことが10個ある。
全部やるつもりだ。

今日あらためて、それを紙に書き起こし、
順番に並べてみた。
自分でも全部できるか自信ない。
でも、やると決めた。
すごく恐い。
でも、やると決めた。

2004年05月31日(月)



 物申す

昨日の、JCCC記念Galaの続き。
ちょっと考えさせられる事が多かったので。

もともと、この式典を総合統括しているChristineからは
Galaのための舞台美術を手伝ってくれと頼まれていたが、
会館が目指していたものと、俺がやりたいと思う
アイデアが水と油だったので、断ってしまった。

ホリー以外の出演者は、
和太鼓の永田キヨシ・アンサンブルと
あやめ会、さくら会という日本舞踊のグループ。
ステージには紅白の垂れ幕という
「日本風の演出」って、こんなもんでしょ?というような
外国から見た日本のステレオタイプをそのまま
表現したようなもの。
あの踊りや太鼓を観て「素晴らしい」と絶賛されても
同じ日本人としては、嬉しいどころか恥ずかしい気分。
なんか薄いよね。

踊りのクオリティは低いし、和太鼓だって
日本人が叩いてりゃ、それなりに絵になるってだけで
ほんと、形だけの日本を演出してる。
まぁ、そういうのを守るのが日系文化会館の役割だから
しょうがないと言うかもしれないけど、
だったら、メインはホリー・コールじゃマズイんじゃないの?
全然主旨に合ってないもん。
一席$200取るためだけにホリーを呼んだとしか思えない。

新ホールのこけら落としという大事な行事だったら
尚更、本物の日本芸能を見せるべきなんじゃない?
観客は本物と偽者の区別が付かなかったとしても
それが心意気ってもんじゃないのか。
市川新之助でも呼んで、トリをやらせたら
価値が分かる人だったら$200でも安いだろう。

とにかくJCCCはヌルイ。



2004年05月29日(土)



 ホリーと対面

Bitsのライターの子と一緒にJCCC(日系文化会館)へ。
新しく完成したコンサート・ホールの記念式典に
ホリー・コールが出演するのだ。
先日のインタビュー後に、ホリーは俺のサイトを見て
【Cheap Jewellery and Cigarttes】が欲しい、
と言ってたので、その額付きプリントを持参する。

式典には、トロントの政府関係者から企業主、
功労者らが招かれている。
一席$200という、とんでもない高額の座席は
これらの人々で埋め尽くされていた。
当然、俺はそんな座席を買おうとは毛頭思わず、
会場の隅でホリーの演奏が観れればいいと
思っていた。
しかし、シド池田さんが「僕の席に座りなさい」と、
一番前のテーブルに座らせてくれた。
そこは、結婚式で言えば最も重要な来賓を座らせる位置。
周りはみんな大きな肩書きの方ばかり。
隣にはトロント総領事の肥塚さんがいるし、
まったく場違いな自分だったが、ありがたくそこで
ホリーのステージを堪能。








ニューアルバム【Shade】から2曲、あとはお馴染みの
【Calling you】やJazzスタンダードが披露された。
大好きな【I can see cleary now】のときは
鳥肌立ちまくりで、もう少しで泣きそうになった。
こんな目の前でホリーのステージを観るなんて
もう一生無理かもしれない。
それこそ、一曲一曲かみしめるように聴いた。

周りの人は、恐らくホリー・コールなんて
名前も、曲もよく知らないんだろう。
決まったところで拍手をする程度で、
デザートとかを食ってる輩までいる。
まったく失礼。

コンサート後に、楽屋前でホリーと対面。
早速絵を渡したら「Oh, my god...」と何度もお礼を言ってくれた。
インタビューも楽しかったし、
出来上がった誌面もたいそう気に入ってくれた様子。








9枚のレコード・レビューも俺が書いたので
「これ、何て書いてあるの?」と興味深げに聞いてくる。
JCCC館長のJamesと、総合統括のChristineも集まってきて
Hollyを囲んでしばし談笑。
ほんと気さくで、フレンドリーな人だった。


2004年05月28日(金)



 インタビュー依頼

T.M.R。
T.M.レボリューション。
西川貴教。
ハイネ。
どれも同一人物だが、俺にとっては
「ハイネ」という呼び名が一番しっくりくる。

Bitsの編集長Mがインタビューする事になっていたが
土壇場で、それが俺に廻ってきた。
今までインタビューさせてもらったのが
最新号のホリーコールと去年の少年ナイフ。
それから個人的にオノ・ヨーコさんに村上隆さん。
いずれも評判も良く、
ビッグネームばかりが続く。
何故かそんなのばかり廻ってくる。
この中にT.M.レボリューションが入ることになる、
かもしれない(?)

ネタは、あることはある。
なぜなら、俺が日本で某ヴィジュアル系バンドをやっていた
頃に接点があるからだ。
その当時の接点といえば、とても誌面に書ける内容では
ないので、その当時は「ハイネ」と名乗ってたことだけしか
言えないけど、もう一つ
離婚してしまった前妻のPuffyの片方(名前なんだっけ?)
が、2002年にトロントでやった【Hype Tokyo】展に来場したこと。
そん時の模様はTV収録されて全米に放送されたんだっけ。
インタビューの話を振られてから
そんな想い出がチラホラ頭をよぎる。
ダメじゃん、
どれも誌面に書けないなら(笑


2004年05月27日(木)



 ロンドン!

昼間、ケンジントンに用事があって歩いていたら
Rafiの奥さんMaiに会った。
昨日、俺がRafiを空港に送り届けたと言ったら
すげー驚いていた。
「やっぱり、トモとRafiはケミストリーがあるのね」だと。
やめてくれ。

それはそうと、Rafi一家は来年ロンドンへ引っ越すのだ。
そしたら遂に俺にもロンドン初上陸の口実ができる。
Maiに「一日も早く、ロンドンへ引っ越してくれよ」
とお願いする(笑

俺の周りの友達は、結構な割合でロンドンへ行っている。
ビートルズ信者の俺が行ってないというと
かなり驚かれる。
そう、イギリスはファンにとって聖地なのだ。

ついこの間はYuukoがロンドンへ行ってきて
【I've slept with John Lennon】という
ダジャレの利いたバッジを買ってきてくれた。

その前には、コバがロンドンの無印良品で
色エンピツをお土産にくれた。

もっと前には、ヒラちゃんがアビーロードのT-シャツを
お土産にくれたし。

あー、ロンドン行きたい。
Rafiよ、早く引っ越してくれ!


2004年05月26日(水)



 お返し

パーティーで使った機材を返却するために
急遽レンタカーを手配。
午前中にピックアップして、一度自宅へ戻ったら
道の反対側にいるRafiを発見。
手にはスーツケース。
必死にタクシーを捕まえようとしている。
「Yo, Man!」
気付いたRafiが走ってくる。
「何やってんの?もう日本へ出発する時間じゃないの?」
「今、そこのフライトセンターで航空券を受け取ったんだよ」
「間に合うの?」
「今行けばギリギリかな・・・」
とりあえず機材の返却は後回しにして、
こいつを空港まで送り届けることにした。
「昨日は俺が機材のことで命を救われたけど
今日は俺が救ったな」
「世の中、うまくできてるもんだ!」

無事にRafiを空港まで送り、
ダウンタウンに戻って
日方くんと待ち合わせ。
2人で後片付けをした。
Gladstoneで、昨日居なかったJerryに遭う。
「ほんとアンタにはやられたよ。
ドラムもアンプも何も無かったじゃないか!」
と文句を言う。
色々と言い訳をしていたが、もう後の祭りだ。
その代わり、バーのマネージャーPennyから
昨日のパーティーで、酒の売り上げがとっても良かったから
次やるときはキャッシュ・バックするとの申し出があった。
今くれよ、今!
でも、まぁ嬉しいけど。それはそれで。

楽器屋2軒と、ウチに寄って荷物を降ろす。
それからBitsのオフィスへ顔を出す。
カズから「昨日はありがとう」と言われる。
素直に言われるとテレくさい。

それからワイワイ・ガヤガヤと
写真を見たり、失敗談で盛り上がったり
結局、夜までオフィスにいた。
せっかく車があるので、スタッフ5人と
トロント郊外にあるラーメン屋【Kenzo Ramen】へ繰り出す。
ここ2日、ろくに食べてなかったので
胃が縮小してて、全部食べきれなかった。



2004年05月25日(火)



 Bits創刊記念パーティー!

遂にBitsパーティー当日。
朝6時起床で、足りないアイテムを制作する。
出席者リストや、名簿帳、ドア・プライズ用引換券、
看板、受付けに置くバナー・・・Etc
少しは誰かに振れば良かったな、と今更ながら後悔。
昼まで掛かってようやく完成。
12時にまずタカがやってきて、続いて車でYuukoが来る。
キーボードや機材、ディスプレイ用具などで
トランクがパンパンになった。

会場に着くと、既に他のスタッフが作業に取り掛かっていた。
ふとステージを見ると、ドラムがない。
ギターアンプも見当たらない。
責任者のPennyを呼び出すと、驚くべき言葉が彼女の口から・・・
「ドラムもアンプも、ウチには無いわよ。」
・・・
まじっすか!??
え〜っ、契約を交わしたJerryは「ドラムとアンプはある!」って
ハッキリ言ったぞ!!
そしたら「あぁ、彼はよく分かってないのよ」だぁ〜?
天国から地獄へ。
3連休の祝日に、空いてる楽器レンタルなんてありゃしない。
Pennyに強制的にどこかから借りるように「命令」する。
しかし、こういう場合のカナディアンを俺は全く信用しないので
手当たり次第に友達に電話する。
けど、全然ダメ。
そうしてる間に、どんどん時間は過ぎていき
3時のオープンに支障をきたすので
とにかく現場の指揮を取りながら
頼みの綱、Rafiに相談する。
これで見つからなかったらOUTだ。








内装はほぼ完成。
壁に取り付けた表紙エキシビションも完璧。
しかし、ステージ上は空っぽ・・・。
その時だ。
Rafiから「Getしたぜ!」の電話!
Yes! さすがRafi。You saved my life, god!
休日の楽器屋を無理に空けてもらえることになった。
速攻、車で引き取りに行ってもらう。
ステージのセットアップが終了したのが3時ギリギリ。
もう、ちらほらお客さんがやって来ている。
なし崩し的に、開場。
パーティーがスタートした。
すぐに第一回目の【tomolennon with the beatle】の出番。
遂に一度もドラム入りで練習することなく本番を迎えた。
モニターの調整をしていなかったので
曲が始まった途端、ドラムの音で何も聞えなくなる。

【A hard days night】
【I feel fine】
【Help!】
【I saw her standing there】
【You can't do that】
【Oh, darling】
とにかく気合で6曲やり通す。

16時半、主賓のカズが間もなく到着するという連絡が入る。
会場の観客全員でリハーサル。
カズがドアから入った瞬間に、クラッカーとスポットライト。
そして「おめでとう〜!」だ。
スタッフ皆すげー緊張してる。

カズを同伴する役のYumiちゃんから
「すいません、会場通り過ぎちゃいました・・」
一同コケる。
そして、ついにカズが会場入り。
受付けには、俺の同居人Nを配置し、
カズには銀の蝶ネクタイを装着してもらう(笑
戸惑いながらも、それを首に付けるカズ(疑えよ)
ドアを開け、一歩会場内へ・・・
パ〜ン パパ〜ン!








クラッカーの轟音と共に一同「おめでと〜!」
カズは、思わず会場の外へ出ようとする。
しかし、後ろにはYumi.
無理やり会場内へ押し戻す。ナイスプレー!
何が何だか分からない。といった表情のカズだが
司会のノブさんの「これはサプライズです!」声で
やっと事態が飲み込めた様子。
テレながらもステージへ上り、スタッフから花束を受け取る。
「いや〜、見事にダマされました」
そのままプログラムは進行し、
Mihoちゃんが、日本にいる元Bitsスタッフからの
手紙を一枚一枚読み上げる。
Bitsの創成期は、とてつもなくハードで
24時間体制当たり前だった。
今、その時期を支えたメンバーのほとんどは帰国。
一番寂しい思いをしてるのは、他ならぬカズだろう。
手紙からは、大変だったけど、それが今では良い想い出
になってるのが伝わってくる。
最後に、初期メンバーの一人であるジョバンニが
緊張でガチガチになりながらスピーチ。
それをカズはニヤニヤしながら見つめている。
これが、今日のハイライトだろう。
副領事の乾杯挨拶からは
プツっと緊張が途切れ、あとは怒涛の展開へ。








2度目の【tomolennon with the beatle】ステージ。
【Long tall sally】のギターソロを延々と繰り返す。
気持ちよかった。

それからドア・プライズの抽選やったり、
KenさんやRon Davisの演奏観たり、
奥のバーで話し込んだり。
会場は満員で、150人は超えていただろうな。
熱気でとても熱かった。

長かった一日も、10時にやっと終了。
片付けをして、スタッフ一同で写真撮影。
それからいつものベトナムレストランで打ち上げ。
乾杯の挨拶をやらされた。
カズが喜んでくれたのも嬉しいけど、
Bitsのスタッフが、これだけ一丸となって何かをやり遂げて
くれたことが一番嬉しかった。
一人一人の満足そうな顔をみて、実はカズの為じゃなく
みんなの想い出づくりとして、このパーティーがあったような
気がしてきた。
ほとんどのスタッフは、ビザの期限があるから
一年やそこらで帰国しなければならない。
カナダでBitsに関わったこと、
薄給でコキ使われたこと、
締め切り前の忙しさ、
誌面づくりの難しさ、
外国で仕事をする大変さ、
色んなことがあった一年だったと思う。
俺は部外者だけども、傍から見てて
「みんなよく頑張ってるな」と思っていたよ。

カナダで自分がやってきたこと、
その集大成が今日のパーティーだったんじゃないだろうか?



2004年05月24日(月)



 tomolennon with the beatle

朝7時起床。
今日は大事なミッションがある。
昨日、Bitsのスタッフがバックナンバーを
持ち出す手筈だったのが、カズさんが居たために失敗。
明日は日曜日、明後日はオフィスがクローズなので
持ち出すなら今日の朝イチしかないのだ。
9時半にタカとアヤヤと待ち合わせ。
しかーーし!
オフィスに入る手前のドアがロックされてる!
この鍵はカズさんか、管理人しか持っていない。
躊躇する暇なく、速攻で管理人を呼び出す。
ダンボールにガンガン雑誌をぶち込み
外へ運び出す。
その間、アヤヤはパーティーの出席者へのメール作業。
タクシーに箱を積み込み、一気に会場であるGladstoneホテルへ。
後で聞いた話だが、オフィスを出た数十分後に
カズさんが出社してたらしい。間一髪だった。

ホテルで荷物を降ろし、会場の機材や内装などを点検。
それから3人で日本食レストランでランチ。

一旦スタジオに戻り、ギターの弦を張り替える。
今晩、日系文化会館で【tomolennon with the beatle】の
初練習をやるのだ!
ドラムの日方くんはバイトの為、欠席で
ドラムレスの練習。

6時半ピッタリに会館に到着すると、丁度ポールさんが
車から機材を降ろしていた。実はこれが初対面。
去年、俺が【ジョンレノン・トリビュート】ライブをやった時に
知人から紹介されていて、
メールのやり取りはあったんだけどね。
そのポールさんと、某日系Voiceのユースケさんとの3人で
10時までぶっ通しでリハーサル。
ドラムが入ったらどうなるか、全く想像付かないが
とりあえずビートルズの原曲どおりにプレイする。

練習後、ポールさんの車で【Sake Bar-J】に移動。
昨夜、会えなかったJazzギタリストの山田忍くんが
プレイするというので、晩餐も合わせて合流。
練習後のビールは旨い!
しかも、料理がめちゃ旨かった。




2004年05月22日(土)



 飲み、飲み、飲み

レンタカーに絵を積み込む。
先日、J館長に買ってもらった絵を、自宅にもっていく予定。
ちょっと時間があったので、パシフィックモールまで行き
【座頭市】や【ガンダムZ】のDVDを買った。
それからJ-Townの古本屋で三島由紀夫の【荒野より】を
見つけた。前から読みたかったやつだ。

J館長が帰宅する前だったが、奥さんがいたので
寝室に絵を運び込む。
【Smoke Screen】が寝室に飾られると
それまでクリーンだった部屋のイメージが
神秘的な感じになった。

夕方、スタジオに戻ってBitsスタッフの女の子2人と
パーティーで展示する表紙エキシビションの準備をする。
フォーム・ボードを大量に買って、
表紙を一枚一枚スプレー糊で貼り付ける。
部屋でやると窒息しそうなんで
外のパティオで作業。きもちいい。
驚くべきことにわずか1時間で全ての作業が終了!
お祝いに、一階の寿司屋で祝杯をあげる。
オーナーのTonyが日本酒をタダで出してくれた。

9時頃、Nちゃんの帰国パーティーに出席。
結構知り合いがいて、そこでも飲む。
主役は忙しそうなので、最後のお別れだけ言えれば
いいと思っていた。
お決まりの「さよならノート」にコメントを書く。

11時過ぎに、北のエグリントンまで地下鉄で移動。
日本からJazzギタリストが来ていて、
彼らと飲む約束のはずだった。
【Sake Bar-J】という飲み屋で待ち合わせだったのが
場所が分からず迷う。
結局、店に着いた頃には閉店時間で
ノブさんだけがポツンと待っててくれた。
とりあえず店員も交えて飲む。
飲みっぱなし、今日。

深夜、地下鉄の駅に着いたら
「電車はすべて終わりました」の張り紙・・・
マジかよ。
タクシーで帰宅。


2004年05月21日(金)



 不思議な感覚

今日も早起き。
ちょこっと描きかけの絵に手を加える。すると
昨日、絵を買ってくれた某企業のトップから電話があり
近くまで来ているのでコーヒーでも飲もう。
とのお誘い。

歩いて1分のカフェまで、メルセデスで移動・・・。
コーヒー飲んでいる間も、ひっきりなしに電話が掛かってくる。
すると「今、優秀なアーティストと会っているんだ。
電話は後でかけ直す」と言って切るのだ。
不思議な感覚だ。
地位も財産もある、いわば「成功した男」が
真剣に俺の話に耳を傾けている。
この人たちには、きっと何かが足りないんだろう。
それが何だか分からないけど、俺の話す言葉から
それを見つけ出そうとしている感じがした。
昨日は、J館長もいたので
すごく饒舌に喋り、色んな自慢話をしていた彼だが
目の前にいるのは別人のように静かで
自分のことは一切喋らなかった。
帰り際、一本の電話で現実に戻ったかのように
突然あかるく笑い出し、
颯爽とメルセデスで去っていった。
あぁ、すげぇ不思議な感覚。

午後、もうすぐ帰国するNちゃんがスタジオに遊びにきた。
トロント滞在記念で一枚モデルになる約束。
スケッチを何枚か描いたけど
結局、キャンバスに直で描き始めることにした。
一通りパスを取ったところで時間切れ。
あとは写真を撮って、それを元に仕上げることにする。

夕方レンタカーを突然予約して
画材やら食材やらを大量に買い物する。
狂ったように、ドカ買いです。

2004年05月20日(木)



 救われたかも?!

珍しく朝8時に起床。
目覚めのコーヒーにめちゃめちゃ濃いエスプレッソを落として
ダンディな朝に浸っていたら
突然、日系文化会館の館長Jからの電話。
そう、先日のアウトドア・ショーで絵を買ってくれた人だ。
何か絵に問題でもあったのか?と不安になる。
そしたら「友達を連れて、絵を見にいきたい」という。
しかも今日の昼に。
午後からBitsにて、2周年パーティーの最終ミーティングが
あるのだが、背に腹は変えられない。
OKして、昼に来てもらうことにした。

J氏が連れて来たのは、某企業のトップ。
やっぱり金持ちは金持ち同士付き合うのだな、と
妙に納得する。
J氏は「前から気になっていた」という【Smoke Screen】を
お買い上げ。
そう、3月の個展タイトルともなっていた
俺の作品の中では一番ポピュラーな代表作。
かなりデカイし、値段も高いので
これは売れないだろう。と思って大事にしていたやつだ。
ちょっと寂しいが、売れるのは嬉しいことだ。

それに釣られるように、某企業のトップも一枚お買い上げ。
こっちはパステル画で、初期の自信作。
おまけに描きかけの作品も気に入った様子で、それも予約。
はっきり言って、買い方が尋常じゃない。
前に、村上隆さんと話したときに
「世の中には、マーケティングが通用しない人種がいる」
と聞いたが、正にそれ。

普段、自分の顧客層だと思っていた一般の方々には
俺の作品のような一風変わった絵は中々受け入れにくい。
それよりも無難な風景画や静物画が好まれる。
だから、今まで俺の作品てあんまり売れなかった。
売れない時期が続くと
人間、あれこれ悩むもので
「もうちょっと手頃な値段に・・・」とか
「もうちょっとソフトな感じに・・・」とか
客層に作品を合わせようとしてしまう。
マジで3月に出たアート・エクスポで
2枚しか売れず、大したことない静物画が
ガンガン売れてるのを見たときには、
真剣に悩んだものだ。

一体、誰が俺の絵を求めてるんだろう?
誰も求めてないんじゃないか?って悪い方へ考えていた。
誰にも指図されず、自分で好きなものを描いて
それを垂れ流してるくせに
そんな事を気にしていた俺は小さい。
そして、売れなくても、自分の描きたいものを描こう!という
意識が低下していたときに突然現れた
「向こう側」に住んでいる人種。
いるじゃん!
ついに俺の客層発見!って感じ。
絵が売れたことで、自分の絵の価値を再確認するなんて
思いもよらなかったし、本当にそうなのか?って
思う部分も多少あるけど
今、まさに「自分の信念を曲げずに描いてきて良かった」
と心底思ったのは間違いない。
彼らは、誰も持ってない特別なものを求めるから
他との違いが大きければ大きいほど
その違いを「価値」として評価してくれる。
一般の人の価値観とは正反対だ。

やべーな、
救われちゃったよ。
何かもう、小ざかしいマーケティングとか戦略とか
どうでも良くなっちゃった。
6月にもアウトドア・ショーあるけど
そこで売る為に、必死でセールス・トークするのもやめた。
「買いたい」
と思った人だけが買ってくれればいいんだよ。
俺は、純粋に描きたいと思って描いた絵を
展示するだけ。人が好きになろうが、嫌いになろうが
関係なく自分の表現なんだから。
アーティストの本道に立ち戻れる
それが嬉しい。


2004年05月19日(水)



 出演者 続々決まる

Bitsのパーティーに、Jazzピアニストの
Ron Davisが出ることになったので
レンタルのキーボードを手配する。

ブルース・ハープのケン吉岡さんも快諾してくれた。
何度か面識はあるものの、
ステージをちゃんと見たことがない。今回はギターの
トシキさんとデュオで出てくれることになった。楽しみ。

タレントを目指している日系人のナディアは
バックダンサーとDJを従えて数曲ダンスを披露する予定。

タカの知り合いで、Frog Pilotというパンク・バンドも参加決定。
CD聴いたけど、お歳を召した方には、いささかハード。
救急車が来ないことを祈ります。

チケットの売れ行きが思ったように伸びず
ひたすら電話を掛けまくり、動員を促す。
24日ってVictoria Dayという祝日で
カナダ人はバケーションに出掛けたり、家族と過ごしたりで
あまり乗り気じゃないことが今更発覚。
かなり焦る。


2004年05月18日(火)



 創刊記念サプライズ・パーティーを企画

今、関わっている雑誌【Bits】が創刊2周年を迎える。
社長のKazuは、あまり重要視していないようだが
関わるスタッフとかOB達にとっては
節目となる記念日だ。
よって
Kazuには内緒で創刊記念サプライズ・パーティーを企画!
完全にKazuを騙すため、この日記も開催日の24日までは
封印することにする。

とりあえずスタッフ全員にアイデアを話して
大いに賛同を得たものの
いざ具体的に動くとなると腰が重いようだ。
俺の頭ん中では200人くらい動員して
ライブバンドあり、
ドアプライズ(景品)あり、
創刊号から最新号までの表紙エキシビションあり、
日本食ありの盛り沢山イメージ。

とりあえず会場候補を2つくらいに絞って値段交渉。
1軒目の【Drake Hotel】は、すでに予約が入っており撃沈。
結局、去年【将棋ナイフ】をやった【Gladstone Hotel】の
大ボール・ルームを貸し切ることにした。
ステージと広いホールがあって、バー・コーナーもある。
これなら200人でも大丈夫。






バンド集めも順調にいって、5バンドくらい出ることになった。
その内の一つが、今回のために結成した
【tomolennon with the beatle】
そう、自らも出陣しる!
某日系Voiceのユースケさんと、
某ホンダCanadaのPaulさん(日本人・マッカの大ファン)
某日本食品店サンコー&元Bitsスタッフのヒカタくんの4人編成。
曲はもちろんBeatlesオンリー。
リハーサルなし、ぶっつけ本番の予定。
かっこ良すぎです。
俄然やる気が出てきた。


2004年05月17日(月)



 アウトドア・ショー二日目









快晴でホッとする。
が、寒い。
でも昨日よりはマシだろう。

テントを張らなくていい分
1時間で展示準備を終える。
慎也さんはカメラを手に、あちこち絵のネタ探しをしている。
俺も、絵が売れないなら、自分だけでも楽しむことにする。
会場内をブラブラしていたら
ファーマーズ・マーケットを発見!
今日は日曜日なので、花屋やデザートや
パイ、ホットドッグ、サンドイッチを売る屋台が
出店していたのだ。
早速、イタリアン・ソーセージで朝食。
激ウマ!

またお気に入りのカフェ【バルザック】で人間ウォッチング。
気付かれないようにカメラで人々を撮りまくる。
昨日は全然喋らなかった、両隣のアーティストたちと喋る。
みな、再来週もJazzフェスティバルは早くから宣伝されてるのにアウトドア・ショーが全然プロモーションされてないことに怒っていた。同感。

Distilleryに和紙スタジオをもっている
日系人のアケミさんが来てくれた。
「今回はクラフト(工芸)アーティストが多いわね」と言った。
俺もそう思っていたところだ。
横でビーズのネックレスやら、手作りハンドバッグやらを
$10とか$20で売られてたら、俺ら画家は仕事がしずらい。
絵の値段を見て「えっ、$2、000?高い!」
とか言う、ふざけた客が激増するからだ。
クラフトと同じ感覚で、絵を値切ろうとする人も多い。
$1,000の絵を「$80くらいなら買う」とか言う。
思わず「嫌がらせですか?」と聞きたくなる。

午後になって、立て続けに友達がドバーっとやって来た。
事前にEメールで知らせておいた自分のお客さん。
そしたら、俺のブースだけ、やたらに人だかりになってしまい
通りがかった他の人まで「何だ何だ?」と覗き込む。
よしよし、これだよ。これを待っていたのだ。

それから何人かと値段交渉が始まり
やっとアートショーらしくなってきた。
「この絵の女性は、私の妻にそっくりだ」というLさんが
相当、悩んだ末【The place of swan】をお買い上げ。








もうこれで十分。
後は適当に楽しもうと思い、ブースを離れようとするが、
その度に人が来るので結局クローズ時間まで
ブースに張り付くことになった。

片付けをはじめて、絵を全部降ろしたところで
再びお客さん。
しまった絵をまた引っ張り出して見せる。
これが何度か続いて、片付けが全然進まない。
最後に、日系文化会館の館長夫妻がやってきて
一点お買い上げ。
何だか店じまいセールみたいになってしまった。





2004年05月16日(日)



 アウトドア・ショー一日目

今年一発目のアウトドア・ショー。
万全とは言えず、今回出す新作はゼロ。
3月の個展の作品と、アート・エクスポの時の
作品から選んで出品。
夜通しチラシの制作とパッキングをして
一時間ほど仮眠を取った。
朝6時半に、一緒に出展する慎也さんが迎えにきた。

雨は上がって、最悪の天気は免れたが
かなり厚い雲に覆われて、気温は7℃。
前日が20℃を超えていただけに、余計に寒く感じる。
会場であるThe Distilleryは
去年、一度やったときは、地面が砂利で最悪だった。
今年はレンガの場所が確保できると思いきや、
前回とほぼ一緒の砂利道が割り当てられていた。
オーガナイザーを捕まえて苦情を言うも
今回はもう動かせないらしく、仕方なく
次回(6月)は、絶対にレンガにするよう約束してもらう。

テントを張り、作品の展示を終えて
10時の開場時間を待つ。
しかし寒い!
完全に服装を誤った。
周りを見渡せば、同じようにT-シャツ一丁で
ブルブル震えてるアーティストもいて
「午後には気温が上がるさ、きっと(笑)」と慰めあう。
が、
全然気温は上がらず、逆に下がっているようにも思える。

それに比例するように客足も悪い。
宣伝を全然していないのもあるが、
この天気と気温では、誰も外でショッピングするわきゃない。








午後になって、ようやく友達が何人か訪れてくれたが
会場に人影はまばらで、アーティストの数の方が多い。
まじで途中で帰ろうかと思った。

追い討ちをかけるように夕方から雨が降り出す。
ますます帰りたくなる。
もう、絵なんて売れなくていい
とにかく帰して〜!という感じ。
お気に入りのカフェ【バルザック】へ、慎也さんと逃げ込む。
以降、ずっとここに居座る。








終了時間より30分早くかたずけを始める。
俺も慎也さんも今日はボウズだった。当然である。
明日がんばろう・・・



2004年05月15日(土)



 アメリカ風プレゼン

午後からエグリントン界隈に出没。
あれこれとヤボ用を済ませる。
もうすっかり暖かくなったので
道沿いの小奇麗なパティオがまぶしい。
皆、昼間からビールをあおってる。
待ち合わせまで時間が余ったので
中古のDVDを物色。
ずっと探していた【LEON】の
インターナショナル・ノーカット版を手に入れた。

夕方、Sheppard駅でM女史ほか、数名と待ち合わせ。
空港近くのホテルにて大規模なプロモーション・パーティー
があり、それに出席する。
日本人は俺らと、某大手観光業者のみ。
プレゼンが19時よりはじまり
21時まで続く。長い。死にそうに眠くなる。
切のいいところで脱出して
ホテル内のバーへ移動。
某観光業者も交えて一杯。
しかし、ほとんどが車で来場してるので
アルコールを注文したのは俺ともう一人のみ。
よって、大して盛り上がらずに終了。

それにしても、典型的なアメリカ人によるプレゼンは
絶対に日本人の感覚に合わないな。
オーバーなアクション
いかにも台本臭い台詞の数々
紹介された人が壇上に上がる際、必ず抱き合うとか。
煽られた観客が奇声を発するところも。
TVの公開録画番組でよく見かける光景が
目の前で繰り広げられてる。
ほんと
どんどん醒めていく自分を感じたよ。

幹部連中は、揃いも揃って
ジムやウェイトトレーニングに通ってるらしく
みな小麦色の肌にパンパンの胸板。
50代を超えてるとは思えない肉体。
皺ひとつない肌。
歯が白く光ってる。

お前ら、作りものかよっ!
って突っ込みたくなる要素満載。
きっと奴等の家には
シュワルツネッガーのポスターがあるに違いない。





2004年05月13日(木)



 Holly Coleインタビュー











先日行った【Together In Music】のとき
日系文化会館から振られていたジャズ・シンガーの
Holly Cole(ホリーコール)のインタビュー。

当初、直接会ってインタビューする予定だったのが
キャンセルが続き、二転三転の末
Bitsの発行日締め切りギリギリに電話でインタビューする
ことになった。

俺は彼女の大ファンで、もう10年以上もずっと聴き続けて
いるのだが、今回インタビューと同時に
10枚のディスコグラフィーを書くことになり、再度聴きなおして
色々な再発見をした。
一番驚いたのは、CDの音質が日本盤とカナダ盤で
全然違うのだ。本物のカナダ盤(Alert Music発)は
メチャクチャ音がイイ!
響くような低音から、空気と同化しそうな透通る高音が
バランス良く再生される。
俺のオーディオ装置はあんまり良いやつじゃないにも関わらず
これだけの音質だから、きっと本格的なオーディオだったら
もっと凄いだろう。

ともかく、午後2時にHollyから直接電話が掛かってくるという
ので、じーっと電話の前で待つ。
この緊張感は何だろう?

「ハロー!トモ、ホリーデス。ハジメマシテ!」
って、めちゃめちゃ日本語が第一声。
こっちも「ハジメマシテ」って、外国人発音の日本語になってしまう。
それは愛嬌として、英語でインタビューが始まる。
15周年のことや
日本の想い出とエピソード
トロントでの生活やボーイフレンドのこと
カナダの国民性
青春時代の秘話や挫折
好きだった映画、音楽、本
座右の銘など、予定していた1時間を大幅に超え、
1時間半のロング・インタビューとなった。
これを2,400字にまとめるのは至難の技かも。

ともかく、インタビューはマネージャーの
「ホリー、本当にもう間に合わないよ!」という
怒号と共に終了(笑)
28日のコンサートの楽屋に招待してもらうことになり、
そこで初対面となりそうだ。

電話を切ってから大急ぎで今度は執筆作業。
何が何でも今日中に記事を仕上げなければならない。
ので
この日記はここで終了。

記事の成果をご覧になりたい方はこちらの
インタビューページをどうぞ。
www.bitslounge.com

2004年05月12日(水)



 ミーティング

今冬にRafiが開催するプロジェクトのミーティングに呼ばれる。
直接は関わってないものの、【Tokyo Doll】という名称の下
では今も責任を持っている。

今回はモントリオールのアーティストも参加するようで
ウェブサイトやカタログは日・英・仏語で訳されるらしい。
日本語担当は、友達でもあるアーティストのダイスケくん。
それからフレンチ担当の女の子に会う。
Fundingのシャンドラとローズは【Tokyo Doll】から引継ぎ。
全8人でミーティングだったが
案の定、遅刻してしまって
とりあえず挨拶と顔見せだけで終わった。

夜、領事館のMさんが任期を終えて帰国するので
カズや領事館の面々とスシを食べに行く。
ビールで一杯やってから日本酒に変更。
一の蔵から続いて、最近は日本酒ばっかりだ。
知り合いの寿司屋だったので
オーナーをつっつくといくらでも酒が出てくる(笑)

眠れないので、明け方まで【ロード・オブ・ザ・リングス】の
メイキング番組を観る。
監督のピーター・ジャクソンもごっついけど、
プロデューサーの手腕にはもっと関心した。
あれだけの大作を制作するのは
資金を集められるだけのパイプと経験と頭と、
そして何より熱意だろうな。


2004年05月10日(月)



 お前、最高!

街を歩いていると必ず物乞い(ストリートキッズ含む)に

「Spare change, please(小銭めぐんで〜)」とか

「Can you buy me a coffee?(コーヒー買ってくれない?)」とか

変りダネだと
「Spare smile, please(笑ってちょうだい)」って
思わず笑っちゃう声をかけられるのだが、
今日出会った男を俺は一生忘れないだろう。

その男は、40代後半で長髪、革ジャン。
半年はシャワーを浴びてないのは間違いない。
いきなり俺の前に立ちはだかり
手に持ったビデオテープを差し出して、こう言った

「ロッキーのビデオ買わない?」

・・・・・え!?

あまりの唐突さと
有り得ない文脈に思わず「Pardon me??」と聞き返すと
「This is a fxxkin' great movie, Rocky, eh!」と
男は映画【ロッキー】の解説を始めた。

おいおい、っていうか、
そのビデオは自分でダビングしてないかい??
思いっきり市販のテープですけど、それ。
しかもご丁寧に「Rocky」と、ボールペンで
書き殴ってあるんですけど・・・
本当に【ロッキー】入ってるんですか?

かなりウケて大笑い。
で、いくら?と聞くと
「Only 3dollars(たった3ドルだぜ!)」
おし、買ったる!
お前、面白すぎ。
しかも安い!(それも面白い)

帰って速攻、ブツを再生してみると
確かに【ロッキー】
てか、コマーシャル入ってる。
てか、これTVで放送したやつ。
てか、俺だまされた?
いや、確かにロッキーだし。間違いではない。

いや、面白かったから良しでしょう。
あのオッサンがね。


2004年05月08日(土)



 TVドラマに進出!

久々に飲茶。
ほとんど夕方だったので
あのカートでグルグル廻ってくるスタイルじゃなく、
一品ごとに注文させられた。
飲茶の魅力半減。

数週間前に、カナダのTVドラマ制作会社から
作品を使いたいとのオファーを受けていた。
その内容や、条件などが整ったので
この日OKする返事をした。

外国のTVドラマは、日本でも浸透してるのかな?
昔でいえば【ビバリーヒルズ高校白書】とか
ブラピの奥さんが出てる【フレンズ】とかは知られてる
と思うけど、ここカナダにもトレンディ・ドラマ
(これって和製英語?)を作ってる局はある。
作品がドラマに出ることの一番おいしい部分は
再放送を含めて一日に何度もリピート放映することである。

しかも、俺の作品達はドラマで重要なポイントとなる
Barのセットに組み込まれることになった。
「Barシーンは毎回登場し、主人公たちが集まる場所」らしく
作品は複製され、大きく引き伸ばして
バックライトを仕込んだセットになるとのこと。
何点も渡すことになったので、季節によって作品が変わるか
何点も同時に展示するような【Barトモレノン】とも呼べる
セットになるらしい。(本当か!?)

それじゃ、俺の老後計画の一つである【トモレノン・バー】が
他人の手によって現実になるのか。
嬉しいけど少し微妙。
ドラマは全78話で、一年半のクール。
めちゃめちゃ長い。
今度、セットにお邪魔させてもらえるので
詳しい報告はまた後日させてもらいます。


2004年05月07日(金)



 ケベック

一晩寝てやっと復活。
日中、ちょっとだけBitsに顔を出して
夕方から絵を描き始める。
でも来週のアウトドアショーには出さないつもりなんで
ちょっと描いてはギターを弾き、
また描き足してはギターを弾きの繰り返し。
最近またエリック・クラプトン熱が再燃している。
最新アルバムの、ロバート・ジョンソンをカバーしたやつは
ちょっと軽すぎて拍子抜けしたけど・・・。

明日に約束していたR嬢からTELがあり、
勘違いして今晩ダウンタウンに来ているという。
ほんの少しだけ会って見送る。
夏の間はケベックでサマーコースを取るらしく、
暫くトロントともお別れ。
ケベックかぁ・・・。
色んな人から「画家なら一度は行った方がいいよ」
と言われ続けて早5年。
いまだに行くチャンス・・というか、切欠がない。

明け方まで、クラプトンを弾きまくる。


2004年05月05日(水)



 一人ぼっちな気分

Bitsの編集ミーティングに顔を出す。
あややが俺の記事を書いてくれてたが、NGで、ダメ出しした。
ちょっと気の毒な気もしたけど、
「鉄は熱いうちに打て!」精神を発揮して、あえて厳しく。

夕方、Gladstone Hotelのジェリーに会う。
極秘プロジェクトが進行中。
会場費を半額まで値切ろうとガムバッてみたが撃沈。

夜、Mercer Unionギャラリーの裏手にある
【Famous People Players】という
身障者の方たちが運営する劇場へ招待される。
今夜は一の蔵の皆さんが、特別に歌を披露することに
なっているのだ。

ここのオーナー、ダイアンさんの自伝を
某日系ヴォイスのTさんが翻訳していて、
事前に借りて読んでいた。
それだけにかなり期待してパフォーマンスを鑑賞。
厳しい見方をすれば、すでに時代遅れとも
取れるパフォーマンスだったが、
確かに熱いものが伝わってくる。
願わくば、そこに留まらずあえて前進していって欲しい。

デザート後には、そのダイアンさんと初対面。
一度、電話では会話していたので憶えていてくれた。
一の蔵用に持参していた俺のカレンダーを
大そう気に入ってくれて、
「この絵はまだあるか?」とか、
「こっちの絵はいくら?」とか買う気満々。
後日、あらためてアポイントを取る約束をした。

バスで帰還する一の蔵のメンバーを見送り
豪雨の中、歩いて帰る。
が、
あまりにも雨が酷いので、近くのDrake Hotelで
一杯飲んで時間を潰す。
今夜は誰も知人がおらず、窓際に一人でボーっと
路上を見つめる。
慌しかった一週間がまるで去年の出来事のように感じられる。
12時を過ぎ、そのまま寝てしまいそうになったので
雨が止むのを待たずに帰ることにした。
しばらく感じなかったが、今夜はなぜか
とっても一人ぼっちな気分。


2004年05月04日(火)



 反省

一夜明けて、今晩は一の蔵の皆さんとディナー。
地下鉄に興味があったようなので、
ダンダスのホテルから総勢25人が地下鉄で移動。
レストラン絵馬亭を、ほぼ貸し切り状態で占拠する。
コンサートの反省会を兼ねて
また日本酒を飲む。

それにしても、一の蔵の皆さんてタフだわ。
日中はナイアガラ観光でアチコチ行ってたはずなのに。
団長のKさん以外の方々とも話すことが出来て
とても良かった。

ただ、今回のコンサートにて
期待に添えなかった部分が多々あり、個人的に反省している。
なぜ、このコンサートを俺がプロデュースする必要があったのか?
もっと大きなものに出来る可能性がいっぱいあったのに、
なぜ、出来なかったのか?
誰がやっても同じ、というものだったら最初から引き受けなかったはず。
自分なりに、何か新しいチャレンジをしようと思ったから
引き受けたはずなのに、どこかで歯車が狂ってしまった。
そこには、カナダと日本という異なった文化体系の影響もあるし、
単に人種の違い。と言ってしまえばそれまでだが、
カナダ側とは最後まで交われない一線を確かに感じた。


2004年05月03日(月)



 Together In Music

1時間くらい寝ようと思ったら寝付けずに
風呂に入ってしまった。
それからウトウトしていたら結局9時過ぎてしまい、
慌ててスーツに着替え、家を飛び出す。
予約していたレンタカーを借り、スタッフの子を拾いつつ
会場であるJCCCに到着。

ステージ・セットのことや
楽屋のことや
パーティー会場のことや
大小いろんな問題がブァーっと襲ってきた(笑)
こういうイベント事でオーガナイザーが飛び回ってはいけない。
とりあえず一つ一つスタッフに指示を出し、
なるべく俺は動かないことにする。

問題がひと段落してからスタッフを連れて買出しに出掛ける。
開場の午後2時まで、一時の休憩も取れない。
腹は減るし、問題は次々と起こるし全く気が抜けない。

司会者や来賓、ゲストスピーカーらと次々に打ち合わせ。
そうこうしてる間に本番がスタートしちゃった。
結局、満足にステージを見届ける余裕も無く終了。
それと入れ替わりでパーティーが始まる。
一言だけ英語でスピーチ。
俺は一滴も飲まず、というか飲む気分ではない。

20時に全てが終了し、後片付けを済ませる。
スタッフの子達とエグリントンの寿司バーで打ち上げ。
ここでも飲まず。
そして、レンタカーを返却し、スタジオに戻ったそのキッチンで
日本酒ガブ飲み(笑)
爆発しました。
その後の記憶なし…。

2004年05月02日(日)



 怒涛の一日

昼間、某アート雑誌のインタビューを受ける。
英語での受け答えは久々だったので
どうも上手く伝えられなかった。
はっきり言って、ボキャブラが少なすぎ!
辞書持ち歩くようにしないと。

夕方、Bitsにて編集作業のチェック。
自分が手掛けた特集だけに力が入る。
が、ミスが多すぎる!
Kazuさんと相談して、急遽変更を加えることになる。
1/4ページくらい丸々空いてしまって
それを埋めるのだが、今日中に仕上げないといけない。

急いで空港へ向かう。
明日に控えたコンサートに出演する【一の蔵合唱団】が
今晩、日本からやって来るのだ。
先月完成したばかりの新ターミナル1は
「綺麗、センス良い!」と聞いていたのに
さすがはカナディアン、センス悪すぎです。
現代アートが各所に置かれいるんだけど
それが、これ見よがしになっていて思わず失笑。
空港や駅、病院などで見かけるピクトグラムという標識
(文字を使わず絵だけで物を示すもの)は
本来の役目すら果たさず、
どこへ行けば何があるのかも不明。
空港に限らず、良い施設にはデザインそのものよりも
まず機能性が大事。現に、良いデザインは簡単に見える。

【一の蔵合唱団】が時間より多少遅れて到着。
空港からホテルまでチャーターバスで移動する。
ホテルにて食事+明日の打ち合わせ。

帰宅したのが夜11時。
それから明日のプログラムの印刷にKinkosへ自転車で行く。
開いててよかったKinkos。
24時間営業で助かります。
注文していた紙をチェックして、すぐに印刷開始。
思うような印刷の濃さにならず、何度も試し刷りをお願いする。
2時間くらいでやっと400枚が仕上がった。
帰ろうと思ったら外は大雨・・・
自転車なのに・・・

家に帰って、びしょ濡れの服を着替え、
とりあえず夜食。
ここからが本番。
明日のゲストリストをエクセルに打ち込み、座席割りを決める。
それからスタッフ一人一人が受け持つ作業を
紙に書き起こし、データ入力。
一日の進行表を更新。
スタッフ・バッジやチケット販売用の金庫を用意。
屋根裏部屋からパーティーで使用する紙皿やカップを降ろす。
会場に展示するポスター2枚を印刷し、
フォームボードに糊で貼り付ける。

この時点で朝5時。
それからBitsの特集で穴が空いた記事を考え、
デザインを作り直してイラストレーターで書き起こす。
簡単なイラストを描くつもりが、気がつけばかなり緻密な
イラストを2点仕上げてしまった。
とりあえずセーブして、メールでKazuさんに添付。
あとは好きに料理してもらうしかない。

これから1時間くらい寝ようと思います・・・


2004年05月01日(土)
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