-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 JCCCにて

知人の紹介で、某有名企業の秘書が
スタジオを来訪。
すっかりアポを忘れていた俺は
慌てて部屋を片付ける。
聞いた話では、
オフィスに飾る絵を物色中。
しかも日本企業なので日本人の画家がいいという。
はっきり言って俺の絵は日本人ぽくない。
しかも、ヌードとかもある。
オフィスに相応しくないのはこの上なしだ。
予感は的中し、
その秘書は気に入ってくれたのだが
社長にはちょっと刺激が強すぎるとのコメント。
なぐさめに
「でも社長はオープンマインドだから一応ウェブサイト
見せてみるわね。また連絡します。」
と言い残して去っていった。
たぶん、無いだろう。

午後からJCCCにてコンサートの最終打ち合わせ。
もう明後日に迫っている。
ステージ舞台担当のJimさんとChristineとが
費用を巡ってバトル。
どさくさに紛れて俺も会場費のディスカウントを要求する。
はっきり言ってここの会場費はケタ違いに高い。
ちょうど上の階に日本ーカナダ特使であるS氏を
見つけたので、彼にも相談。

帰りがけ、某日系VoiceのTさんを訪ねる。
以前から一緒に絵本をやろうと言われていて、
今日やっとその原本を読んだ。
近いうちにまとまった時間を取って
やってみたい企画だ。

2004年04月30日(金)



 深夜の駆け引き

引き続きコンサート関係の調整と
【Bits】で担当している特集号の監修で一日が終わる。

本当は今日にでもコンサートのプログラムを
完成させなければいけないのだが、
英文のミスや間違いをカナディアンの知人達に見て
もらっている為、なかなか作業が進まない。
とりあえずデザインと文字が入る枠だけを仕上げる。

【Bits】の特集でも、表紙部分を丸々請け負うような形で
かなりキツイ。こっちも明日が締め切り。

どっちもデータが重いので、イラストレーターとフォトショップ
フル稼働で使えるようにHDから余計なファイルを削除。
その量なんと50GB。
めちゃめちゃサクサク動くようになった。

深夜3時に近所のベトナムレストランまで行き、
ベトナム式コーヒーでカフェイン注入。
深炒りエスプレッソとコンデンス・ミルクが
胃袋にしみるぜ。
これで朝までGO!モードに突入。
そのまま麺を注文しそうになり、
「いやいや待てよ。そんな食ってる場合じゃない」
と思い留まる。
深夜の駆け引きに勝つ。

2004年04月29日(木)



 最終調整

あと5日後に迫ったコンサートに向け
最終調整に追われる。
RSVP出席者の名簿作成や
まだ返答がない人への電話連絡が大変。
Famous People Playersの代表ダイアンさんが
やっと捕まったと思ったら、
彼女が招待状を受け取ったのが昨日!だと発覚。
どうやら秘書のテーブルに長い間埋まっていたらしい。
日本からやってくる合唱団【一の蔵】とダイアンさんは
密接な関係だと聞いていたので慌てた。
しかも、すでに別のコンファレンスでスピーチの
予定が入っているという。
最初は「行かれない」と断られたのだが、
そこを「何とかパーティーだけでも」とお願い。
夕方になって、ようやくOKが出た。
滞在時間は短くてもしょうがない。
顔を出してもらうことが大事だ。

レセプションのスポンサーである
M社長のところでミーティング。
こっちの予算では到底賄いきれない量の料理を
出してくれることになった。

プレス関係では、日系のTVからも取材依頼があった。
この番組には度々出てるので、今回はあえて
JCCCのChristineや一の蔵だけを
取材してくれるようにお願いした。
狭い日系社会なので、そう何度もTVに映ると
「目立ちすぎ」だの「いつも出てる」だの
誹謗中傷が多いので(笑)

2004年04月27日(火)



 橋フェチ

今日は画家モード。
5月15,16日のアウトドア・ショーが決まったので
これから数枚を仕上げる予定。
朝から妙にやる気で
7時起床、画材店が開く9時には店の前でスタンバイ
という気合の入れよう。

そう、やっと描きたいモチーフが固まった。
今は人物でなく、建物・風景を描きたい。
俺は「橋フェチ」で、巨大な橋を見ると気分が高揚する。
土地と土地を繋げるパイプのような橋。
人と文化とが行き来をする橋。
本格的に画家を目指して、初めて描いた作品が橋。
その頃、俺はバンクーバーにいて、
バラード・ブリッジという橋がすごく好きだった。
早朝や夕方、夜と、いくつもの表情があって
何度も何度も描いた覚えがある。

原点回帰として、今とても橋を描いてみたいのだ。
ニューヨークの有名なブルックリン・ブリッジは
何度か描いているので、今回はマンハッタン・ブリッジ。
規模や年数はブルックリン橋に負けるが、
ウディ・アレンの映画【Manhattan】にも出てくる
とても優雅な橋で、ある意味女性的な色気がある。
その橋を、モネじゃないが、連作で描いてみようと思ってる。
もしかしたらアウトドア・ショーには
間に合わないかもしれないけど
今回はじっくり納得いくまで画面を構築してみたい。


2004年04月26日(月)



 テンション下がりっぱなし

天気が良かったのは昨日だけ。
今日はまたも雨。

Rafiに呼ばれてケンジントンまで行く。
画家仲間のダイスケくんがRafiのプロジェクトを
手伝うことになり、今日初のミーティングらしい。
ダイスケくんなら俺よりキャリアも知識もあるから
正にうってつけの人材。

遅れて到着したら
もうミーティングは終わってて
単に雑談をして帰る。
あ、違う違う
大事な話があったんだ。
ワクイくんが個展を延期したいと言ってきたので
その件を話し合う。

夜、Bitsのアートリスティングを仕上げる。
なんだか今回は凄く時間が掛かった。
トロント中のギャラリーをインターネットで検索するんだけど
サイトを更新してないギャラリーが多すぎる!!
メール出しても返事が来ない所も多いし。
やっぱ、アレか?
儲かってないからアドミン雇えないのか、
他に仕事持っちゃって、ギャラリーは二の次なのか、
別に特定のギャラリーを指してるわけじゃないよ。
だから何か、トロントのギャラリー盛り上がってきてる
というのも眉唾なんだよな。

ほんと最近トロントに対するテンション下がりっぱなし。


2004年04月25日(日)



 脱力

一昨日キャンバスを地塗りしたものの
それから全然進んでない。
ぼや〜っと描きたいものが浮かんではいるけど
それを描く勇気がまだない。
そう、描き始めるときって勇気がいるんです。

ここ1年くらい、全く下書きをしなくなって、
いきなりキャンバスに絵の具を乗せていくようになった。
だから余計に描き始めるまでに時間が掛かる。
今、描きたいのは人物でなく
都会の風景画。
実際にあるような、無いような風景を頭の中で
組み立てる。
2時間くらいウダウダとしてたら突然
フッっと、雨上がりのような匂いが鼻を突いて
地面から水蒸気が立ちのぼる光景が見えた。

描け!

というGoサインだと思い
絵の具を調合をする。
よしよし、
いい色になってきたぞ。
仕上げに青をちょっと足して・・・

青が無いーーーーーー〜〜!

ガーン。
目の前に見えていたはずの光景は消えうせ、
何だか分からない脱力感と眩暈に襲われる・・・
天使が逃げたってことは、
こういう時のことを言うんだな。

あ〜、もう寝よ寝よ
という感じ。
そうは言っても寝れないので
二コール・キッドマン主演の【Hours】を観る。
それがかえって逆効果で
今度はイライラして体が火照ってきた。
ほんと絶望的な映画だな、コレ。


2004年04月24日(土)



 早起きは三文の得。だろうか

普段だったら午前中は寝てるけど
今日は珍しく7時起床。
っつーか、ほとんど寝れずに諦めて起きたんだけど。
そんな早朝(?)にいきなり電話が鳴った。
取ると、某弁護士さんからのTEL。
何だ?強制送還されるのか!?
と、一瞬身構える。
だいたい朝一の電話なんて緊急か
何か大変な事態、って感じするでしょ?

「カフェの壁に絵を描いてくれませんか?」

えぇ〜!?
飛び道具のような、その言葉に対応できず
もう一度弁護士さんの名前を聞き返す。

「あの〜、○○さんですよね??」
「そうです。元気ですか?」

やはり某弁護士さんに間違いはなく
淡々と用件のみを続ける。
とりあえずメモに殴り書きをして
後で読み返すと

知り合いのレストラン
改装
カフェをはじめる
場所はMarkham
俺の絵のファン
壁に絵を描いてほしい
一度下見にいく
車無い
弁護士さんが乗せてってくれる

という事らしい。
確か電話で「OKです、やります!」と
答えた記憶がある・・・
やるのか?俺。
やれるのか?
壁に絵って、いくらもらえばいいんだ?
画材は何で描く?

タバコを一服して
頭が覚醒してきたところで再度電話を掛けなおす。
とりあえず見てみなきゃ話にならん。
下見に行く日時を決める。
しまった、見るまでOKするべきじゃなかった・・・
後の祭りです。
頭ん中でサルがダンスしてます。


2004年04月23日(金)



 Queen EastからWestへ

Queen Eastの外れにある
Beachesと呼ばれる地区にお出かけ。
昼間ということもあって、
犬と赤ん坊率が高い。
すれ違う人は皆、このどちらかを連れている。
この辺はヤッピー(死語か?)が多いから
まるで二子玉か自由が丘かというくらい
昼下がりの奥様がウロウロしてるのだ。

昔、絵を展示したことがある高級イタリアンの
【Peppino's】へ寄る。
オーナーも憶えててくれて、コーヒーをご馳走になる。
ヨーロッパ風の苦味のあるダークなやつだ。
バケットも出てきて、オリーブオイルに浸して
つまみながらサッカーの話をする。
ジダンが今世紀最も偉大な選手に選ばれた話。
こういうのって、何か総合力で計ってるようで
デルピエロとレコバが好きな俺からすれば
納得できない人選だ。

午後から、今度は真逆のQueen Westへ。
デザイナーズ・トイ・ストアの【Magic Pony】が
ギャラリースペースをオープンして、
まだ顔を出してなかったのでご挨拶。
あいにくオーナーのステーブとクリスティンは不在。
店番には、なぜかTaniyaがいた。
Derrickの元彼女だ。
ギャラリーは、ショップの奥手にあり
こじんまりしてるが清潔でいい感じ。
現在展示してるStephen Crowhurstは
【Shift】や【Idn】でも使われてるグラフィック・アーティストで
期待していたのだが、あんまり良くなかった。

【Drake Hotel】でオーナーのJeffに会う予定だったけど
ミーティングが長引いていて、結局会えず。
一階のラウンジは、まだ夕方にも関わらず
多くの常連客が飲んだくれてる。
まだオープンして数ヶ月だが、すっかり地元の名所と
なったような雰囲気。

帰りがけ、【Engine】や【Burston】など
ギャラリーをはしごする。
丁度アートスクールのOCAD卒業生展を
あちこちでやっており、なかなか面白かった。
でも日本の学生に比べるとテクニックはかなり下。
それを補うだけの表現力という意味では上かな。

夜、キャンバスを地塗り。
そろそろ5月のアウトドア・ショーに向けて
描き始めなければ。


2004年04月22日(木)



 75周年記念

最近、ずっと天気が悪い。
朝から雨が降ったり止んだり。
5月2日のコンサート関係が
すごく忙しくなってきて、
今日はお世話になっている
M社長のところでミーティング。
実はこのコンサートに今年で75周年を迎える
日本とカナダの文化交流記念公式行事としての
冠が付いたのだ。
我ながらビックリ。
そういう絡みで、コンサートの中で何人かに
スピーチをお願いすることになり
総領事館から一名
会場である日系文化会館から一名
そして商工会の会長でもある、このM社長にも
お願いすることになった。
俺が主催するイベントでそこまでしてもらうのは
何だか恐れ多い・・・。

4時にミーティングを終え、
スタジオへ戻って友達と会う。
雨の中ケンジントンへ行き、洋服を物色。
かなり雨がひどくなったのでカフェで雨宿り。
結局そこでずっと喋ってた。

友達と別れてチェスター駅へ向かう。
Bitsで日本食レストランの特集をやるので
その表紙に使う写真を撮るのだ。
スタッフ総勢7名が参加して
俺の描いた絵コンテどおりに役柄を演じてもらう。
「寿司の食べ放題」がテーマなんで
ガチンコでマジ喰いしてもらい、
その様子を収めるのだ。
最初、カメラマンの子に撮らせてたんだけど、
あんまり納得できる絵が撮れてなかったので
最後はやっぱり自分でシャッターを押す羽目になる。
7人も被写体がテーブルに座ってるので
人と人とが被ったり、ピントが甘かったりで
結構難しい。
そうしてる間に、ほとんどの寿司が無くなった。
ほとんど食えず、納得いなかいので
残ったメンツと共に違う日本食レストランで二次会。
焼き鳥とサワーで締める。


2004年04月21日(水)



 ビッグ・チャンス到来

朝イチでDon Millsの日系文化会館でミーティング。
相変わらずココは遠い!
ほんと行くだけで嫌になる。

ディレクターのChristineとミーティングを兼ねて
近場のカフェでランチ。
彼女とはプライベートでも遊んだり、
道端で偶然会って立ち話する仲なので
あんまり緊迫したミーティングにはならない。
それも良い部分と悪い部分があるんだけどね。

一応、5月のコンサートの件で
詰めるものは詰めて、話はまとまった。
それから話は変わって、5月末に【小林記念ホール】の
こけら落としGALAにて、Jazzシンガーの
Holly Coleが演奏するという話題になった。
2日前にシド池田に、一テーブル$200と聞いて、
高すぎて絶対無理!と思っていた話だ。

Holly Coleといえば、今から10年前に
「Calling you」という曲にノックアウトされ、
以後一枚も欠かさずにアルバムを買っている
大ファンのシンガー。
Chirstineは、それを知ってか知らずか
(知ってるはずないけど)
そのHollyが立つステージのアートディレクションを
俺にやってくれないか?と打診。
思わず絶句!

やるに決まってるじゃないですか!
めちゃめちゃ、やる!
で、
アートディレクションて、何やればいいの?
って感じだけど。

2004年04月19日(月)



 Richie Kotzen

今日、日曜日は珍しく一日中家にいて
パソコンの前でずっと書類作成。
自分のアート関係の溜まった書類はもちろん、
Bitsや5月のコンサート関連の書類を
一気にケリをつけた。

ネットだけで販売されているRichie Kotzenの
CDをやっと手に入れたので
BGMはそれを延々とリピート。
Richieはヘビメタ系のギタリストとして日本では
知られているけど、スタンリークラークやレニーホワイト
などとフュージョン・トリオを結成するなど
腕達者として知られてもいる。
でも、一番の魅力は彼のボーカル。
俺もあんな声に生まれたかったなー、と
心底シビレル声の持ち主。


息抜きでギターを弾いてるうちに
また一曲できた。
何だか最近、絵よりも曲の方がよく書けるみたいだ。
けど、こっちの方は発表の場が全然無いんだけどね。

この間、
「影響を受けた作品」と
「好きな作品」の違いという話しをして、
俺にとってRichieは、そのどちらにも入るミュージシャン。
好きだし、影響も受けてる。
白人なのに、アル・グリーンやサム・クック、サム&デイヴ
のような黒人特有の発声で歌える人。
LAでは、よくクラブでプレイしてるみたいだし、
つい最近はUKツアーを行った模様。
北米ツアーはやらないんだろうか?

興味を持ったらオフィシャルページへGO!
http://richiekotzen.com/



2004年04月18日(日)



 夢の中で

昨夜から今朝まで
睡眠のない夢の中で過ごしてて、
現実というものを見失っていた。
明るいようで暗い
楽しいようで切ない夢だった。
それをずっと引きずったまま
夕方まで過ごしていたら、
フッと、カレンダーが目についた。

「やばい!」

今日は大事な仕事があったんだ!
と、一瞬にして現実に引き戻される。

新○会の総会に呼ばれてて
本当だったら午後2時には
Bathurst北の教会に着いてなきゃいけないのに
気付いたのが4時。
慌てて持っていく書類をかき集め、
会場の住所が書かれた紙をポケットに入れる。
ストリート・カーのみで行ける場所だと思っていたら
さらにバスに乗り換えねばならず、
やっとこ会場に着いたのが5時…
当然、大ヒンシュクを買ってしまった。

総会の後で、ハワイから偉いお坊さんが来ていて
講堂では、ありがたい説法が始まっていた。
ほとんど耳に入らず、
ただ謝るチャンスだけを探していた。
俺の悪い癖で、
謝らなきゃいけない場面では、
なぜか堂々と胸を張って謝ってしまうところがある。
謝られた方からすれば、ちょっとは腰を低く
「すみませんねぇ〜」ゴマすり ゴマすり
くらいはして欲しいはずだ。

遅れたものは取り返せない。
なら、遅れたことを謝るより、
そこでやれることを一生懸命やる。
それが大事だと、身勝手な持論をもっている。

何事も無かったようにローストビーフ・ディナーを頂く。
一応、最後まで居て、日系の知り合いなどに挨拶して
会場を去る。

そのまま家に帰る気にならず
リトル・イタリーのカフェを2軒はしごした。
大好きなパティオがある【Kalender】には、
なかなか一人では入りずらいので
横のスタバで我慢する。
日中は16度もあったので
パティオも大いに賑わっている。
それを横目に数枚のスケッチをする。
たぶん、これはパステルで描くだろうなぁ、と考えつつ
コーヒーをすすっていると
今朝の夢がまた目の前を覆ってきた。

その夢が消えないように
大事に大事に
抱えるようにして家に帰る。



2004年04月17日(土)



 本当の日本食がたべたい!

最近、やけに日本食レストランに行く機会がある。
ほとんど仕事のような感じで
寿司や天ぷらを毎日毎日食べている。
でも、俺が食べたい日本食って
ほんとは寿司や天ぷら、照り焼きなんかじゃなくて
お母さんが何気なく食卓に並べていたような
煮物や酢の物、ちょっとした小鉢。
つまりサイドメニューだ。
色で例えると
メイン料理はカラフルな鮮色で、
サイドは、茶や黒っぽい感じ。

しかし、自分で作らないかぎり
こっちでは食べることができない。
そもそも、こっちの日本食レストランは
中国人や韓国人の経営が多いから
いい加減なメニューばっかりだし、
例え日本人の店であっても
カナダ人にウケるように経営しているから
中国人の所と大差ない。

今度、日本へ帰ったら
お惣菜の料理本を買ってこようと
最近マジで思うようになった。


2004年04月15日(木)



 再びDesign Exchangeへ!

昨年10月の【Tokyo Doll】でグランプリを獲った
ワクイアキラくんの個展をやるために
年明けから色々なギャラリーと交渉を進めていた。
そして、今日やっと正式に会場が決まった。
候補リストの一番手に挙げていた
Design Exchangeに決定したのだ!

そう、【Tokyo Doll】と同じ
あのDesign Exchangeだ。
正直、自分でも「まさか」と思っていたが、
観客動員数やメディアの露出で
【Tokyo Doll】が高い評価を得たことが
やはり決め手となった様子。

久々にディレクターのEliseに会うと、
また仕事が一緒にできることを
彼女も喜んでくれていて
たった半年前なのに懐かしくさえ感じた。
ただ、ちょっと寂しかったのは
受付デスクに座っていたスタッフの女の子たちが
まるっきり入れ替わっていたこと。

Rafiとも、会場が決まったことで
一安心だと、お互いを労いつつ飲む。
そういえば、奴は週末モントリオールへ行っていた。
どこにそんな金があるんだ?

2004年04月13日(火)



 初々しさ

Easter(復活祭)のため、
どこもかしこも休みだ。
人によっては4連休とかで、日本でいうと
ゴールデン・ウィークみたいな感じかな。

5月にプロデュースしているコンサートの
司会者Mさんにスタジオまで来てもらい、打ち合わせ。
日系コミュニティーに幅広く貢献している方だけに、
面識は何度かある。
こういったイベント事は司会者の能力によって
左右されることが多々ある。

出てきただけで場を和ませる雰囲気を持った人。
喋りに乗せられてテンションを上げられてしまう人。
しっかりしてるのに、「大丈夫かな?」と心配になってしまう人。
威厳をもってピシッと会場を制する人。
様々な名司会者を見てきたが、
Mさんの場合は
ベテランなのに初々しさを感じさせる人だ。

だいたい慣れた人と打ち合わせすると
こっちも大まかになってしまい
「そこは適当に”アレ”して下さい。」みたいな
流す部分があるけど、
Mさんは熱心に説明を聞き、
小さな疑問があればすぐに質問してくれるので
こちらも気を引き締められた。

2004年04月11日(日)



 先生のトークに撃沈

先日のアートエクスポに日本の相模原から
参加した作家の知人という人がトロントを訪問している。
彫刻家だというその人から、慎也さんに連絡が入り、
何故か俺も一緒に昼食をとることになった。
昼に慎也さんが迎えにきた。

日本の大学で彫刻を教えていたとの事だから、
ここでは仮に先生と呼ぼう。
先生は50代くらいに見えるが、喋ってみると
もっと若そうに感じる。
トークが軽妙なのだ。

タバコが吸えるところを。というので、
行きつけの【Tequila Bookwarm】で昼食。
それからQueen Westのギャラリーを
軒並みハシゴする。
ギャラリーとギャラリーの間隔がちょっとでも空くと
すかさずタバコを吸っていた。
凄いへヴィースモーカーだ。

Distilleryへ移動し、またギャラリーを廻る。
次号のBitsで取り上げたJanetの個展がちょうど
今日から始まっていたので、正にグッドタイミング。
それから和紙のアケミさんの工房を訪れるが、
彼女は病気療養中で、代わりにご主人が
店を切り盛りしていた。

お気に入りのカフェでコーヒーを飲んで
一息ついたら、そろそろ疲れてきた。
先生はとにかく喋りっぱなしだし、
人の話を聞かないし。
そんな人といても面白くない。
疲れるだけなので「じゃ、そろそろ俺は帰ります」
と言うと、何となくお開きモードになり、
結局先生をホテルに送って帰ることになった。

歳をとると、人間ウンチクが溜まるから
色んなことを話したくなるようだけど、
人の話も聞くことができる大人になりたいな、と
今日は強く思いました。




2004年04月10日(土)



 自分らの時代に起こっていること

今朝、日本のサイトを見たら
イラクで人質になっている3人の支援者や、
イラクで緊急援助にかかわってきたNGO関係者が
「彼らこそ本当にイラクの人々のために働いていたこと
を現地に伝えよう」と行動を始めたと報道。
俺は、それが本当だと思う。

国会議事堂の前に3000人も集まって
「自衛隊即時撤退せよ!」と叫ぶのもいいが、
すごく嘘くさく見えてしょうがない。
自衛隊の即時撤退が、すなわち人質解放に
つながると本気で考える人は別だが。
この事件が解決したら、また何事も無かったかの
ように普段の生活へ戻ってしまう。
そんな人ばかり集まってるだけに思えた。

自分も含めて、今の戦争が極めて身近で、
自分らの時代に起こっていることだと
あらためて問わないといけないだろう。
過去の歴史だけで知ってる戦争じゃない。
この時代に自分は生きている。
自分はこの時代に生きてるんだから。


2004年04月09日(金)



 拉致事件

イラクで日本人が3人拉致された。
日本は対岸の火事ではないと気づいたかのように
国に「火を消せ!」と詰め寄っている。
ちょっと待てよ。
火を消すための水を送るのは、何も国じゃなくても
送れるわけで、その「水」というのは
自衛隊撤退という一つだけではない気がする。
少なくとも彼ら3人が、イラク復興の力になりたいと
自ら志願してそこへ行ったのだから、
「彼らは敵ではない」
というアピールを関係者や友人達が起こすべき
ではないだろうか?

俺はまず、それを調べた。
犯人達に声明を届けるには、E-mailでも何でも
どの国の、どの放送局へ、誰宛てに送ればいいのかを。
相当探したが、未だに確証をもてる宛先がわからない。
知ってる人は、今こそ公開すべきだ。
でも、とりあえず3人のプロフィールをネット上から
コピーして、いくつかの宛先へ送信してみた。

相手は人間ではなく、悪魔かもしれないが、
自分の国を手助けにきた人々を
人種はどうあれ、殺すということを
他の国民も許すのか。
そいつらが信仰する宗教があるのだとしたら、
そいつらを許すのか。
「彼らは敵じゃない」と伝えることを国に頼むのもアリだが、
民間レベルでできることだって相当あるはずだ。
そういう手間を省いて
何でも政府のせいにするのは虫がいい。

自衛隊の派遣。
今回の拉致事件。
これは決して政府だけの責任じゃない。
国の責任。つまりあんたたち一人一人が
集まった日本ていう国の責任だってことを忘れるな。


2004年04月08日(木)



 笑いながら歩こうぜ

人生、同じところをグルグルと廻ってる。
一回りすると、以前見えなかったものが見える。
二回りすると、単純なものほど単純ではないと気づく。
三度回ると、自分の身の丈を知る。

昔、そんな事を誰かが言ってた。
三度目の「身の丈を知る」という部分が
ずっと「諦めなさい」と聞こえていた俺は、
浅はかだったなと思う。

自然の猛威に振るわれた人間が
一命を取り留め、そこで
自分が生かされてることに気づくように
自分の身の丈を知ることで、
人は謙虚になれるのかもしれない。

自分がなぜ、今ここにいるのか。
そして、なぜこれをやっているのか。
答えは数十年後にとっておきたい。
今はただ一つ、
自分に嘘をつかないことだけを誓って
歩けばいい。

ついでに、
どうせ歩くなら
笑いながら歩こうぜ by猪木
という気分だ。



2004年04月07日(水)



 とんでもねぇ世界

アート誌【Mix Magazine】のオフィスへ行く。
エクスポの時にディレクターの女性から
ギャラリーページで紹介したいと言われ、
新しいポートフォリオとスライドを数枚持っていく。
2002年の【Let's Have a Dream】の時に
編集長のミラダには面識があったのだが、
そこ頃の顔ぶれは誰も残っていなかった。
出版業界って本当に入れ替わりが早い。

ポートフォリオを見せるついでに情報収集。
アートの世界にも流行があって、
一昔前にはミニマリズム、
ちょっと前にはビデオ・インスタレーション、
という風に旬なものには追い風が吹き、
対極にあるスタイルは
見向きもされない傾向がある。
純粋な絵画には
まだ当分スポットは当たらなそうだ。

現代美術は完全に頭のゲームだから
今の流行を打ち消して、かつ
次なるルールを制定したジャンルに
次のスポットライトが回ってくる。
それゆえに、
純粋に美を表現するだけの絵画には
謎解きや、何故いま「コレ」なのか?という
時代性が希薄なので、
今のブームを強引に終わらせてしまうような
大役は無理だと思われている。

ぶっちゃけて言うと
今のアート界は評論家が主導で、
自分の論説を肯定化させる道具として
アーティストを扱っている。
評論家の地位が高くなりすぎてるんだよ。
こうなる前は、アーティストと評論家とギャラリーが
同じ部屋で議論を交わし、
タッグを組んで業界に旋風を巻き起こす
時代もあったらしいが、
今では評論家に気に入られなきゃ
マズイと、挨拶しに出向くアーティストだって
いるくらい。

問題の根底には
評論家のお墨付きがないと
作品に価値を見出せないアホな
コレクターが大勢いるという現状。
もちろん投資目的もあるから
当然といえば当然かもしれないけど。
たまに、ブームとブームの継ぎ目に、
異端と呼ばれる作家が話題になったり
するが、長続きはしない。
アート史にも名前が残らない。
評論家の息抜きというか
完全なインターバルだ。

そんな話しをしながら、
何だかとんでもねぇところ(世界)に
身を置いてるな、と。
もし、絵画が一躍表舞台に出てくるとしたら
それも評論家が仕組んだゲームかもしれない。
俺の考えるアートって、そんなもんじゃない。
じゃあ、何なの?
アートが与えてくれたものって何?
内から出てきたものを画家がキャンバスに押し付けて
それを誰かが見て、何かを感じて、感動して、
そんな単純なことだったと思う。

やれんのか、オイ!by猪木
やらせてください!by 藤波

2004年04月06日(火)



 偶然

個展のオープニングの時にはじめて知り合った
Nさんがご主人と共にスタジオを訪問してくれた。
すべての作品が戻ってきているので
スタジオの中は、かたずけきれない絵で一杯だ。
その中から一枚、
個展で展示していた作品を買ってもらった。

同じ日の夕方、ウェブサイトのショップで
4枚の絵の注文があった。
自分自身がスランプに陥っているときに、
こうやって買ってくれる人が現れるのは
偶然ではないような気がする。

久々にギターを持って爪弾いてるうちに
なんとなく一曲できてしまった。
今の気分をそのまま表してるような
暗く、静かな曲。


i laid down on the bed

in the middle of a frozen November night

ain't nobody like to be alone

2004年04月04日(日)



 クラブのイベントで泥酔

【Bits】の連中と合流してクラブのイベントに出掛ける。
編集の子の旦那が仕掛けてるイベントで、
ケンジントンの薄汚れた穴場クラブで開催された。
俺のスタジオにあるような
錆びれた感じのソファがあって、そこを占領。
我が家のようにくつろぐ。

深夜になって、バンドの演奏が始まると
会場の熱気が上がって、かなり蒸し風呂状態になった。
とりあえずビールをガンガン飲む。
いつもより飲む。
飲まなきゃやってられない今日この頃。
会場には地元のアーティストの絵なんかが掛けてあって、
すごく目障りだった。
今は誰の絵も見たくない。

ホールは超満員。茹だるような暑さ。
カーロス・ニュートン道場で一緒だったダニーを発見。
ダニーというよりも、T軍団腸の息子と言ったほうが
しっくりと来る。
現在は、オマーの道場で練習してるらしく、
一段と逞しくなっていた。
今戦ったら、秒殺されそうで怖い。

Kazuさんが先に帰ったあと
残りのBits軍団総勢9名でベトナム・レストランで夜食。
思えば、こうやって皆で飲んだり、食ったりは
あんまりない。
新鮮だったので、ちょっと機嫌が治る。

酔ってるのに、何故か全く眠れずに
ウディ・アレンの【ギター弾きの恋】を観る。
主役のショーン・ペン、最高。
セリフの中に、
「俺は天才だ。でも、世界では二番目のギタリストだ。
一番はジャンゴ。奴にかなうやつは居ない。」
という件があって、自分を天才だと呼んでるにも関わらず
それよりも上に神のように崇める存在がある。
それって、矛盾してるけど分かる気がする。
本当は天才じゃないからこそ、
そういうセリフが出てくるんだろうな。


2004年04月02日(金)



 一人称

昼間、偶然カメラマンのYuukoに会う。
今夜は彼女の10周年記念パーティーなのだとか。
何の10周年?
カナダ初上陸から10年!
すごい。
俺は4年半。まだ彼女の半分もいってない。

夜、慎也さんのオープニングへ行く。
ペインティングじゃなく
去年もやったインスタレーションのやつ。
他にも4人ぐらい一緒のグループ展で
やけに年齢層が高い。
観客も比例して年齢層高し。
売れてる人は結構売れてる。
信じられない。

慎也さんの作品は2点だけで、
中でもキャンバスを【ひっつき虫】で埋め尽くした
絵画がかなりカッコ良かった。
部屋に飾ったら絶対カッコいいって。







日本人は俺と慎也さんの二人だけ。
頃合を見計らってエスケープし、
【Drake Hotel】で飲もうと思ったら満員。
ラインナップできてるし・・・。
仕方なく隣の小奇麗なバーで飲む。

最近、なんだかトロントに幻滅してるので、
グチなどをこぼしつつ、語りに入る。
絵を積極的に売ろうとも思えなくなってる。
買いたきゃ、買えって感じ。
売れなきゃ売れないでボヤくくせに。
どうしたもんだろう?

今年は4回もある【Distillery】でのアウトドアショーの
申し込み期限が迫っているのに、
いまだに迷ってる。
【Queen West Art Crawl】からも招待が来たけど、
これも迷ってる。
というか、
トロントでショーをやる事に迷ってるのか。

思い通りに描けば描くほど
観客との距離が開いていくのを感じる。
以前のように、客観的に自分の作品の良さが分からない。
自分の中に居たはずのディレクター的部分が
最近はどこかへ消えてしまったようだ。

作家に例えると、以前は三人称で書いてたのが
今は一人称で書いているような違いがある。


2004年04月01日(木)
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