-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 2003年を振り返る

2003年はどんな年だっただろう?

やっぱり【Tokyo Doll】のお陰で、だいぶ地元に馴染んできた気がする。道を歩いていても、ギャラリーに出掛けても顔見知りが格段に増えた。

トロント来て、丸4年経ったけど、今までどこか日系コミュニティや日本人を意識して活動していた所がある。あの展覧会のベクトルは完全に”こっち”の人向けだったし、宣伝もこっちのメジャーな媒体を使った。云わば、日系からの【脱皮】を目標にしてたんだ。

それが実現できたのは、それまでのキュレーション活動とは違い、Rafiというカナダ人と組んでやれたことが大きい。奴とはそれこそ毎日顔を合わせて、本気でケンカもしたし、心の底から笑ったし、悔し涙も流したし、とにかく本気でやれた。

外国に住んで数年は、「ひょっとして、外国人と本当に打ち解けることは無いんじゃないか?」と思い込んでた。言葉や文化の壁はもちろん、自分で自分のことを日本から来た【よそ者】だと思っていたから。

日本生まれだって、多少言葉が喋れなくたって、堂々としてりゃぁいいんだ。と、頭で分かっていても中々行動が伴わなかったものだ。そもそもカナダは移民の国。そんな事を気にしていたら、いつまでたっても同じ人種のコミュニティーから出られなくなのは分かっていた。

そんな時期にRafiと出会って、【Tokyo Doll】をやって、気付いたらそんな悩みをとっくにクリアしている自分に気付いた。自分のアートを追及する、という部分ではあまり目に見えた成果は無かったけど、アーティストの前に一人の人間として、この一年はデカかったな、と思う。



2003年12月30日(火)



 平常通り

2003年も、もう残すところあと2日となりました。暫く正月を日本で過ごしてないので、日本式の正月がかなり恋しい気分。

やっぱ、大晦日は早めに風呂入って、年越しソバ食いながらTV見て、新年明けたら神社へ行くってのがイイね。ウチの実家からは【寒川神社】という割と有名な神社が近かったから、そこでお参りして、おみくじ買って、夜店で買い食いってのがパターンだったなぁ。懐かしい。

こっちでは、一応カウントダウンが市庁舎前であるけど、ただ「3,2,1,Happy New Year!」花火がパパン、と上がるくらいで呆気ないほどシンプル。その後すぐに、みんなゾロゾロと帰っていくだけだから。新年も1月2日からお店も会社も平常通り始まるんで、あんまり【ホリデー】って感覚もないし。

年末といっても、そんな感じだから特に大掃除や買出しもせず、普段どおりに過ごしてます。

新作の絵の構想を練ったりしていると、トロントの某ギャラリーから来春の展覧会のオファーがあった。そのすぐ後に、3月のコンベンション・センターで開かれるショウの話も同時に来たりして、中々幸先が良い。

郵便受けを見ると、【Artfocusマガジン】から封筒が届いていた。10月にアワードを獲った時の副賞、画材店の商品券だった。それを持って早速近所の画材店へ。前から狙っていた、シルクスクリーンの制作用具一式を買った。それでも商品券の差額がたくさんあったので、絵の具や備品を大量に仕入れる。これで年末年始の制作には事欠かないはず。

夕方には、先日のオープンスタジオに来られなかったお客さんが突然訪問してきて、絵を購入してくれた。実質的にこれが今年最後のお客さんだろう。記念にパチリ。

2003年12月29日(月)



 カナダ、品揃え悪すぎ

昨日はスタジオ・セールをやって一歩も出掛けられなかったので、今日は買い物する気満々。彼女と一緒に朝から街へ繰り出す。

ちなみに、狙っているものは
*ステレオ・コンポ(MD付き)
*エリザベス・ペイトンの画集
*Woody Allenの映画BOXセット
*アラーキーの写真集
*シルク・スクリーン制作キット
*ガンダムのプラモデル(パーフェクトシリーズ)

30超えて【ガンダム】かよ!って思った人、殺す。マジで欲しい。

まず画集などを見に、Markhamにあるアート専門書店へ。しかーし!俺の欲しかったアラーキーもペイトンも【セール除外品】マークが付いているではないか!!横に並んでいるスタン・ダグラスの画集なんて90%オフとか、異常な値段が付いてるのに。

周りがセールで浮き足立ってるので、何となく定価でも「買っちゃおうかな?」という気にさせられる。ヤバイ、ヤバイ。そんな手には乗らん。諦めてオンライン・ショップのAmazonで買うことにする。

すぐ近くにあるサブ・カルチャー・ショップ【The Beguiling】にて、オレのカレンダーの売れ行きを調査。ガ~ン、ほとんど売れてない・・・。

続いてステレオを見に電気屋へ。日本では当たり前な【MD付き】コンポも、こっちでは当たり前に販売されてナイのだ。「Mini Disc,何ソレ!?」って感じで誰もそんなの買わないからです。

頼みの綱の【SONY STORE】でも、MD搭載は一機種のみ。しかも$599(6万近い)というバカ高い値段を付けている。こっちでは未だにCD+カセットが主流なのですよ。カセットです!カセット!!

これも早々に諦め、またまたオンラインショップのEbayで買うことにする。

その後みたDVDやガンプラも、在庫切れや店頭で買うよりオンラインで買った方が安いことが判明。何てこった。買い物する気度が激減です。

最近、オンラインで買い物することが多くなり、今日の探索でそれに拍車が掛かりそうだ。カナダ、本当に品揃え悪すぎ。


2003年12月27日(土)



 オープン・スタジオ

今日は年に一度の大売出しの日【Boxing Day】。たまたまスタジオがショッピング・エリアにあるんで、それに便乗してスタジオ・セールをやろう!と思い立ったのが10日前。

それから絵の展示やプリントのオーダーをして、招待状の印刷や発送を済ませたのが、ほんの4日前。本当に客来るんかい!?と思いつつ、今朝は7時に起床して、外に立てかける看板の制作。

外に出ると既に30人くらいの行列・・・。

もちろん、スタジオじゃなくて、向かい側にあるブティックのオープンを待つ客だ。普段行列なぞ見かけることのないトロントでも、今日ばかりはアチコチでこの光景を見るはずだ。

12時にスタジオをオープンして、最初にお客さんが来たのが午後1時。見覚えのない顔だが、ちゃんと招待状を持参してくれている。夏のQueen Westでのショウの時のお客さんだった。

メーリング・リストは不特定多数の人が記入するので、こんな風に初めて言葉を交わす人もいる。3枚お買い上げで、カレンダーをフリーでプレゼント。

それからパラパラとではあるが、夕方6時の終了までに15組もの来客。中には、偶然外を通りかかった人が2枚も買ってくれたり、高校生とかも、恐る恐る入ってきたりして面白かった。

これで何とか正月に餅が食えそうです(笑)。

2003年12月26日(金)



 クリスマス・イブ

クリスマス・イブです。街中がクリスマス・ショッピングモードで、外へ出るのも嫌気がさす。が、気付いたら友達Kがウチに来てて、まんまと出掛けるハメに。彼女と3人でノコノコとQueen Westへ。

日本食品店【サンコー】で、今晩のパーティーの食材やお菓子を仕入れて、帰り道にある雑貨店をハシゴして「プレゼント交換用」のギフトを探す。「プレゼント交換」て、いったい何歳だ?オレ。

夕方、クリスマス会(?)をやるKのコンドへ到着。いつも通り、日本のビデオを観まくる。今日のビデオは【六本木24時密着】。むむ〜、日本の客商売って恐ろしい。恒例のケンタッキーやピザ、手作りのちらし寿司などを食う。


8時に一旦抜け出して、Kingにある【敏鮨】へ。カーロス・ニュートンやT軍団長らと寿司食べ放題にチャレンジ。

カーロスと会うのは久々。日記には書いてなかったが、カーロスがトロント郊外に引越したため、毎週日曜日にカーロスの自宅にあったジムでのトレーニングが廃止になってしまったのだ。T軍団長の息子Dによると、新居は【豪邸】らしい。

【Bits】でも巻頭インタビューをやったばかりなので、この辺でもう一段の知名度アップを狙いたい。しかも、日本では大晦日に3箇所で大きな格闘技イベントが行われるので、それに出ない手は無いと思うのだが、あいにくカーロスはラスベガスで行われる試合に特別出場することになり、断念したそうだ。個人的には【猪木祭り】に出て華を咲かせて欲しいのだが・・・。

寿司では、納豆がとにかく不評のうえ、20巻くらい頼んでしまった手前、オレと軍団長が責任を取り、完食。そのお陰でほとんど魚が食えず、猛烈に後悔。ほとんど納豆協会の会長と化す。


元世界チャンプのOMARも奥さんと息子を連れて合流。OMARとは練習をしたことは無いが、何度か顔を合わせたことがある。あらためて挨拶すると、「ウチの道場へおいでよ」と誘われる。背丈はオレと同じくらいだが、恐ろしく強いという噂。う〜ん、行きたい。

皆がカラオケに行くというので、俺は離脱してKのパーティーに帰還。それから何故か高校の入試テストを受けさせられる。前にTVで学力テストの番組を観た影響。しかし、なぜにクリスマスにテスト?しかも国語、理科、社会、数学、英語の5教科。

数学は全くお手上げだったけど、国・英はほぼ満点。理・社も合格ラインでびっくりした。なかなかヤルな、オレ。大学でも行っちゃおうかな?と妄想が頭をよぎる。

それから朝5時まで【UNO】勝負。酒も入ってどんどん馬鹿になる。でも最後はオレの1人勝ち。儲かった。


2003年12月24日(水)



 年末の郵便

郵便局にて、26日の【オープンスタジオ】の招待状を顧客に送付。しっかし、メチャ混みである。20分くらい余裕で並んでしまった。

ほとんどがクリスマス関係の用事だろうな。馬鹿デカイ箱をもって、「送料が高い!」と店員に怒ってる客がいたが、それで店員がディスカウントしてくれるならビックリものだが、そんな訳ないだろ。早くしろ!早く。

次の客は、「クリスマスまでに届けたい!」と言うなら、クーリエに頼め、クーリエに!大体、こんな切羽詰まった時期に来るな!そういうオレも所詮は切羽詰まり組ですが、何か?

【Tokyo Doll】の作品を返送してくれる業者KからTELがあり、年末は日本の税関が閉まり、空港にて保管される可能性アリとの事。しかし、問題は、そこで【保管料】なるものが加算されるという!!マジで?

税関の都合で休んで、その上保管料まで取るとは何事だ!?逆にこっちが延滞料金払って欲しいくらいだぞ。それから業者Kと色々相談して、それを回避するには今日中にトロントから荷物を強制出荷させることだと判明。

税関申告書やら受取人情報などをFAXにて慌しく交換。まったく、最後まで気が抜けない。



2003年12月22日(月)



 【オープン・スタジオ】の準備

【Butler's】の撤去日。朝9時に到着し、そそくさと撤去作業を始める。店はまだ開店前で、スタッフが「せめてクリスマスが終わるまで、あなたの絵を飾っておきたいわ」と言ってくれた。ありがたい。

ありがたいついでに、カレンダー買ってもらった(笑)

結局【Butler's】では14枚も売れて、おまけにカレンダーまで販売させてもらい、感謝感激。

スタジオに戻ってから、急遽26日にやることになった【オープン・スタジオ】の準備をはじめる。たった一日のオープンなので、そんなに期待してはいないけど、スタジオの周辺はショッピング・エリアなんで、休憩がてら覗いてくれればいいと思ってる。

まずは顧客に知らせなきゃ、と思い、招待状兼クリスマス・カードを作成。一枚一枚手書きでメッセージを添える。この時に注意するのは「Merry Xmas」と書かないこと。宗教上、クリスマスを祝わない家庭もあるから、ここは「Wishing you a happy holiday season(良い休日をお過ごしください)」で統一する。

顧客リストを全て網羅すると200件以上あるので、それから厳選して50件くらいに送付。主にダウンタウン近郊の人をリストアップするが、Excelに住所録を打ち直すのに相当時間が掛かった。E-mailで送れる人にはE-mailで送付。



2003年12月21日(日)



 男のロマン

年末の大掃除ならぬ、年末の補修工事をした。このスタジオを借りて3年、あちこちにガタがきていて、壁に直付けした本棚が落ちそうになったり、CDの棚が重みで傾いたりして、それらを補修した。

ケンジントンの工具店で材料を仕入れに行き、ついつい余計な物まで買ってしまう。工具店に立ち入ると、目に付くもの全てが必要なものに思えてしまう。これが男の性なのか!?

お陰で俺の工具箱も、年々大きくなり、今では簡易修理工になれそうなほど充実した工具が揃ってる。

少なくともウチのビル専属の修理人ダニエルよりは、良い工具を持っているので、たまに「9番スパナ貸して」とか言ってくる。いいか、俺は画家だ。お前の親方じゃないんだ。

こっちの男性は、大工仕事が出来て当たり前なので、テーブルや棚、パティオや納屋くらいは自力で作ってしまう人が多い。そのため、ホームセンターには、プロが使用する本格的な工具が揃う。堪らない。

さぞかし、本業の大工は儲からないかと思いきや、そうでもないらしい。

知り合いで、クローゼットを作ったHという男がいる。Hは得意げに「このクローゼットには高級パイン材を使ってるんだぜ、へへへ」と自慢するが、どう見ても下の引き出しとか開かないくらい斜め45℃に傾いており、奥さんが困っていた。

そこで奥さんは旦那が留守の間に、大工を呼んで直してもらったらしい。旦那は気付かずに「これ、俺が作ったんだ。へへへ」と、相変わらずの調子。こんな奥さん多いんだろうな。密かに。


2003年12月20日(土)



 【マフィアに脅される】 の巻

11時に印刷所に寄り、カレンダーの追加制作を頼む。来週にオープン・スタジオを行うので、その景品にも使うので。

それからRafiのオフィスで、【Tokyo Doll】作品の返送作業。日本のクロネコヤマトさんの協力で、税関の手続きやらフォームの記入が簡略化された。ありがたい。ただ、内容物の確認に思ったより時間が掛かり、次の予定がある俺は先に失礼。あとはRafiに任せることにした。

午後2時、高級ブティックが立ち並ぶYorkville地区にあるギャラリー【H】でミーティング。これは急に、昨日決まったもの。

バイヤーの友人Joanに数週間前に渡した、俺のポートフォリオ(作品集)がギャラリー【H】のオーナーの目に留まり、すぐに会いたいと連絡を受けたからだ。

Joanと待ち合わせて【H】に着くと、玄関先で黒ずくめのスーツを着た、3人組のイタリア人が待ち構えていた。手には葉巻、スーツはどう見てもオーダーメイドのもの。何だ?コイツらは!?

ここからの俺は、まるでイタリアのマフィアもの映画に巻き込まれた主人公である。

ギャラリーに入ると、オーナーらしき初老の女性が、ワイン片手に手招きしている。「始めまして」と手を差し出すと、「葉巻は吸わないの?」と極上のダビドフを渡された。これが挨拶代わりなのか?

後ろを振り返ると、さっきの3人組がニヤニヤ笑っている。「Sure(もちろん)」と答えて、マッチで葉巻に火を着ける俺。

オーナーが3人組の1人を横に呼び寄せ、「彼があなたに用があるってよ」とだけ言い残し、席を立った。「やばいよ、やばいよ〜、この展開!」と内心ひきつっている俺を見透かすように、男は「音楽でもかけてリラックスしようか」と、オーディオのスイッチを入れる。

流れてきたのは、聞き覚えのあるピアノのコンチェルト。すると、男の1人を指し「この曲は彼の演奏だ」と言い、CDを差し出してきた。俺はあんまり詳しくないが、イタリアでは相当有名なピアニストらしいことが、CDのジャケットに記された「全曲集」という表記で分かった。

「私は、イタリアのコルシカ財団のCEOです。是非あなたの展覧会をやりたい。」

・・・・ポツリとつぶやき、じっと俺の目を見た。その目は、明らかに俺の様子を伺い、次の反応があるまでは決して視線を外さないという意思が読み取れた。

「もう少し、詳しい話を聞かせてくれませんか?」と答え、葉巻をグッと灰皿に押し付けた。現実離れした唐突なオファーに、そう答えるのが精一杯。内心、「有り得ねぇ〜よ、絶対」と思いながら。

それから男は、俺の今までの作品(多分ウェブサイト)を見たこと、経歴を簡単に調べさせてもらったこと(”Lets Have a dream"の寄付金額を知っていたことには驚かされた)、それにバイヤーのJoanの人間関係も調べたと言っていた。

向こうのオファーは、航空券は実費であること以外は、一切の費用を持つとのこと。額装や展示、ホテルや滞在費、それにオープニング会場には、さっきのピアニストの別荘を提供するという。その代わり、3枚ほどの絵を無償で財団に寄付すること。以上が基本的な条件。

即座に頭の中で「Nooooo!」サインが出た。まずこの状況で話し合うのが嫌だ。イタリアの文化かもしれないが、昼間からワインで酔っ払い、ギャラリー内で葉巻をプカプカさせ(絵にヤニが付くっちゅーの!)、後ろではオーナーと男がダンスを踊っている、そんな現実離れした状況での交渉は誠意が感じられなかった。

「大きな話なので、慎重に考えたい。第一、僕はあなたたちの事をよく知らないし、一体どうやって信用していいのかも分からない」率直にそう答えると、「OK, トロントに来る機会は来年早々にもあるし、その時には君のスタジオに行ってもいいかな?」と、変化球を投げてきた。

連絡先や、今後のコンタクトについてはJoanに話してもらい、一足先にギャラリーを出た。今までの俺の舞台が【ハリウッド・コメディ映画】だとしたら、この数十分は【イタリア・マフィア映画】に足を踏み込んだようなもの。

「何だったの!?怖ぇ〜よ、マジで!【ゴッド・ファーザー】かと思ったよ」

出てきたJoanに泣きつく(笑)。確かに疑心暗鬼なところはあるが、こちらも下調べをして、次の交渉に臨みましょう、というJoanの助言に一応、同意。

帰り道、ジャケットに染み付いた葉巻の匂いがツンと鼻を突いた。


2003年12月19日(金)



 文化会館の役目とは?

午後1時より、北の果てにあるJ.C.C.C(日系文化会館)にてミーティング。ここに来るのは本当に面倒だ。いくら豪華な日本の施設でも、こんな遠くにあるんだったら、車持ちの一部の人しか利用できないんじゃない?

そんなJCCCは、拡張工事の真っ最中。新しいホールやら、日本領事館の一部施設が移転入してくる予定。トロントには、大規模な日系の施設がほとんど無いため、大口の寄付や基金、資金援助などが、ここJCCCに集まる仕組み。

中に入ると、充実した設備や広大なスペースがあるにも関わらず、それらが有効に使われてないことに気付く。特に【現代ギャラリー】という、展覧会スペースは、単なる荷物倉庫と化し、かつて行われた『一世展』などの残骸がダンボールに紛れて放置されている。

しかも【現代ギャラリー】というのは名ばかりで、企画されるのは移住者の歴史を辿るような民族資料館まがいの古いもの。ギャラリーのBoradメンバーの面々を知っているが、中には現代美術バリバリの人間もいるのに、どうしてこんな事になるのか?「ああいうものにしか資金が出ないし、許可が下りないんだよ・・・」それが本音である。

いっそのこと、「文化会館」という看板を下ろし、「文化保存会館」や「歴史資料館」に変えた方がいいんじゃないだろうか?文化は絶えず進化し、変化していくもの。日本のある時点だけを美化し、伝承しようとするなら、個人事業でやって欲しい。

映画【ラスト・サムライ(トムクルーズ主演)】を観た外国人に、「日本の文化は素晴らしいですね」と言われたので、ゾクっとした。明らかに、彼が言ってるのは、JCCCに代表されるような【日本の伝統】を指し、現代に生きる俺らの文化じゃない。

今、これに便乗して「京都をみに行こう!」とか「武士道を学ぶ」みたいので商売しようとしてる奴らが大勢いる。一時の【禅】ブームのように沢山の本が出版され、カルチャースクールが開校し、そういうのを求める人にはJCCCはうってつけの施設だと言える。

じゃあ、今の日本ってどういう国だ?となった時に、JCCCを訪れて資料を探す事は不可能だ。職員もほとんどが地元の人間で、日本にさえ行ったことが無い人もいる。そんな人間で成り立っている会館だから、常に変わりゆく時代を反映した文化を伝えるのは土台無理な話だ。

つまり、沼地のように、一回水が溜まったら、その水が入れ替わることも無ければ、新しい清流が流れ込むこともない。

うらやましいのは、中国の文化会館だ。同じアジア系民族でもトロントで日系人6万人に対し、中国系は40万とも50万とも言われている。その需要もあるのか、文化会館には常に、リアルタイムで最新の中国の雑誌や情報が入っている。ビジネスも、中国とトロントで平行経営できるのは、現地の状況を即座に把握できるからでもある。

文化会館とは別に、「現代ギャラリー」がダウンタウン中心部にあり、中国の現役アーティスト達がバリバリと展覧会を行っている。人間の交流も盛んだ。カナダにいても、まるで現地中国とリアルタイムで繋がっている感覚だ。

その役割を中国の文化会館は果たしてるのに対し、日本の文化会館は、いつまでたっても「ある時点の日本文化」のみを重視している。公的資金を導入してるにも関わらず、ある一部の人しか対象にしていない。

映画【ラスト・サムライ】で、一層それに拍車が掛かるのだろう。常々、日本からカナダに戻ると、時間が止まるような感覚に陥る。逆に、カナダから日本へ帰ると【浦島太郎】状態で、すっかり時代に取り残されてる気分になる。これだけインターネットが復旧していてもだ。少なくとも、俺らの世代が求めているのは、現地とのリアルタイムな同期だ。


2003年12月18日(木)



 【bits】の忘年会

【Butler's】にてお客さんに絵を手渡す。ついでに、オーナーからカレンダー販売の許可をもらえたので、10部ほどもっていき、レジの横に置いてもらう。ここでの展示もあと数日限り。帰り道に【CafeMay】に寄るが、Kさんは不在。

夜、【bits】の忘年会が、スタジオの下にあるスシ・バーで行われた。予約前に到着したスタッフ達が中に入れなかったので、ウチで【UNO】ゲームをやって時間を潰す。

刺身などをつまみつつ、適当に酔っ払う。二次会は、そのまた隣の【Cicago】へ行ったので、俺にとっては本当に都合のいい忘年会だった(笑)

2003年12月17日(水)



 メディアとアートの関係

カレンダーの追加作成で、30代初の徹夜明け。午後【bits】オフィスへ向かう。新年号の出荷作業をちょっと手伝った。現在、アートコラムのライターとして以外に、【マーケティング】部門に協力している。

発端は、編集長であるKazuさんとの個人的な話から生まれた。俺は学校や会社でマーケティングやビジネスを学んだ事はないが、トロントに来てからの4年間、アートという場の実践において独自の方法論で進んできた。

知り合いも、ツテもなければ実績もない。まして英語も喋れないという四重苦(笑)の中で、スポンサーを獲得するには、ただひとつ「度胸」しかない。大企業の社長に初対面で

「お金もらいに来ました」

と言えるかどうか(笑)。これホント。

大きな展覧会ともなれば、どこから資金を調達するかを徹底的に考え、効果的な宣伝とな何か?を一生懸命考えた。これも全て「良い展覧会にしたい!」という部分に直結するから、自分の中では特に【ビジネス】を押し出したつもりはない。

しかし、日系社会においては、これが足かせになることもしばしばあり、「あいつ、アーティストじゃなくてビジネスマンだぜ」と陰口を叩かれることもあった。今でも日系企業周辺では、俺のことを「画家を語った若手起業家(実際に言われた言葉)」と呼ぶ人もいる。

そんなこたぁーどうでもいい。さっきも言った「良い展覧会にしたい!」という部分に直結していれば。でも、2002年に開催した【Let's Have a dream!】展のように、トヨタやSONY、EPSON、アサヒなど海外に進出する大企業が一堂に会すことも、アートという名の下だったからこそ実現できたと思っている。

話は逸れたが、Kazuさんは俺の経験を【bits】に注入したいと考えてるし、俺はメディアを使って、アートの中に新しいプロデュース方法を実践してみたいと思っている。その利害が一致したのだ。

メディアの中に、どれほど沢山のアートの種が埋まっているだろう。アンディ・ウォーホルがその扉を開いて以降、彼ほど上手くアートの文脈にメディアを取り入れたアーティストは出現していない。

内側から入り込む事によって、【bits】という日本人発のメディアから、そういうものが生まれたらスゴイことだと思う。


2003年12月16日(火)



 販路の模索

前夜、鍋パーティーから帰ったあと、なぜか寝付けずに結局朝まで仕事。来年の自分の個展やらプロジェクトやらの下準備。

昼に、またまた【Butler's】でお客さんと会って絵を渡す。長居をしないで、画材店経由で帰宅。クリップやら練り消しやら、今買わなくてもいいものを大量に買ってしまった。

帰り道は、またQueenのギャラリー街を歩く。

頭の中では、いろんな方向でやりたい事が渦まいてて、紙に書き出すと止まらなくなる。やはり根本には【どうやって自分の絵を人々に届けるか?】があり、それから【誰もやってない方法】という順番。

ゴールが1つだとしても、辿り着く方法は無限にあり、どれが自分らしいのか、らしくないのか、見極めるのは非常に困難。だって、やってみないと分からないから(笑)。

前に、村上隆さんにインタビューした時に「新しいメディアって、販路の模索によって生まれるんじゃない?」と言われて、それ以来頭にこびり付いている。

描いた作品を、単に垂れ流すのでなく、ちゃんと求めてる人のところへ届ける作業。ここを他人任せ、自然に任せるアーティストが多い中、村上さんは自分のやり方で1つの方程式を確立した。それは確かだ。

俺が、人との交流や出逢いを重要視してるのは、客観的に自分の立場を見たいからだ。まだまだ視野が狭く、自分の周りしか見えてないから、外部から色んなインプットが欲しい。

それまで鎖国だった日本が、西洋文化に触れ、「こんなに世の中は進んでいるのか!」と気付いたように、自分の内面だけの自家培養では成長できない。



2003年12月15日(月)



 鍋パーティー

日本領事館のMさんの家で鍋パーティー。ほんとパーティー三昧の日々である。今夜は全部で6人と、比較的こじんまりとしてたので気が楽だった。

トロント大学の歯科技師Iさんが【石狩鍋】に挑戦。脂っこい味噌風味に加え、ブ厚いサーモンにじゃがいも、海老などが入る。俺もチョコッと手伝って、サーモンを捌く。

男料理で、大雑把かと思いきや、Iさんは緻密だ。「昆布だしを水から火にかけて、沸騰して7分で止める」とか、ちゃんと計ってる。さすが歯科技師(?!)

ビールとワインと、アイスワイン(ナイアガラ名産のデザートワイン)のチャンポンで、心地よくなってきたところで【人生ゲーム】の登場。

おおー、英語版てかなり日本のと違うじゃん。しかも職業選択には現代風にコンピューター技術者なんてのもある。ゴールに着いたのは一位だったけど、獲得賞金では6人中4位。これが現実にならないよう願う(笑)


2003年12月14日(日)



 日記

今日はお客さんに絵を手渡すために【Butler's Pantry】へ。この一ヶ月、一体何度足を運んだだろう?

夏だったら、チャリンコでパーッと行けるんだけど、近頃雪も積もっているのでストリート・カー(路面電車)に頼らざるを得ない。往復約$5の出費もデカイが、乗り継ぎのため、寒い外で相当待たされるのが辛い。

数日前にカレンダーを発売してから、この【Butler's】でも注文を預かってもらってて、ここのお客さんだけで20部以上売れた。凄すぎ。

気分を良くして、帰り道はQueen Westを歩いて帰宅。最近、いくつか新しいギャラリーがオープンしたので、ちょこちょこ寄り道。でも、自分に合いそうなギャラリーは無さそう。

NYとかの巨大な面積を持つギャラリーならいいが、狭っくるしい8フィートの天井にギリギリまでキャンバスがくるような箱って、どうなんだろう?何か日本を思い出した。

夜、Rafiの誕生日会。そう、あいつと俺はほんの数日違いなのだ。近所のSOHOにある、友人宅(かなりファンキーな家)にてチョコレート・パーティー。

甘いものが苦手な俺は、ほとんど手を付けず、壁中に描かれた某カナディアン画家の絵を眺める。階段や天井、各部屋の壁に、時にはドローイングで、時にはスプレーで描かれたそれらの作品は、ある人にとっては【落書き】、俺にとっては【日記】に見えた。

俺は、ここで文字を使って日記を付けているけど、絵で、しかも家中を使って、生きていた証を記録するってスゴイ。


2003年12月13日(土)



 オンライン・ショップ

やっとオンラインショップが完成。と言ってもまだ英語版のみなんだよね。決済システムは米【Paypal】を使用。日本からでも買えるけど、【Paypal】の会員登録が英語だから、ちょっと難しいかも?

ショップのオープンは簡単だけど、この決済システムが面倒なので長い間放っておいたんです。でも、クリスマス・シーズンなんで、何かしらギフトになりそうなやつを急いで作ったんだよね。

ジクレー方式のプリントは、すでに【Butler's Pantry】でも販売していて、物凄い売れ行きになってます。クリスマス価格って事で破格の値段っていうのもあるけど、シーズン終わったら通常価格に戻すので、欲しい人は今のうちです。って宣伝かよ、おい。

要望の多かったカレンダーもやっと完成。レター/A4サイズなので、場所も取らなくて丁度いいんじゃないの!?絵柄は人気ある順にセレクトして、季節に合わせて順番を入れ替えたんです。

野球帽は、トロントのショップ【PULL】から発売されてるやつで、完全受注生産だな。色味は大体同じでも、全部手描きだから同じやつは一個もない。流行らせたいな〜、コレ。夏にはシルクスクリーンで、T-シャツも出る予定です。

今日は宣伝ばかりです。お金無いんです(マジ)。無事に年を越せるかがこれに掛かってるんです(大マジ)。


2003年12月12日(金)



 John Lennon Tribute

今夜はCafe Mayにて【John Lennon Tributeパーティー】を開催。

6時に会場に着いてから、昨晩仕上げられなかった特製垂れ幕を描く。白いシーツにJohnのイラストを、ほとんど一筆書きで描いた。後で、これに来場者が一人一人名前を書いていくようにした。

Chrisが到着して、サウンドチェックという名の練習。この日はじめて一緒に演奏するんで、それぞれのパートも決めてない。まぁ、お互いビートルズの曲は知ってるので、とりあえず頭から通して演奏してみて、お互いの得意パートを取る形にした。

暫くして、Jazzバンドで演奏するJoeさんが来て、どうせなら一緒にやろうと、急遽三人でのアレンジに変える。Joeさんは、Chirsよりもよく曲を知ってて、結構マニアックな曲、例えば「Match Box」できる?と聞けば「こんな感じかな?」と、すぐに対応。心強い。

そんな感じで練習をしているうちに、ボチボチとお客さんが入ってきたので、そのまま練習兼、本番みたいに片っ端から思いつく曲を演奏した。俺的には、初めてやる曲とかも多くて、ほとんどアドリブ。でも最高に気持ちいい。

2回目のステージで、最初に何曲かソロでやらせてもらって、再び三人で演奏。そして、お客さんが満杯になった3回目には、大勢の友達にコーラス隊になってもらい、名曲【Happy Xmas】を演奏。


狭い、小汚い店内だけど、この曲をやってる最中だけは、何故か真っ白な気分になった。俺を取り囲むように、みんなが輪になって「War is over if you want it♪〜」のコーラス。曲を知らない人でも、自然に歌ってる。すごい。一応これが最大のクライマックスになった。

4回目のステージ以降は、酒も入って適当に思いつくままの演奏。【日系Voice】のTさんも飛び入りで演奏に加わったりした。

それからダラダラと深夜1時くらいまでパーティーは続いた。普段あまり会わない友達もいっぱい来てくれて、決して規模は大きくないけど、とても暖かいレノン追悼の夜でした。

来てくれた皆、Thanks!

2003年12月11日(木)



 30

こんばんは。本日30歳となりましたtomolennonです。

「早く35になりたい」とか言ってた割には、ちょっと20代が名残惜しかったりして、喜びと悲しみが半々(笑)

子供の頃に描いていた【大人】というイメージ、例えば家を買って、車を持ってて、髭生やしてて・・・っていうのからは程遠いです。遠すぎて、やっぱ「永遠の18歳」とか宣言してしまいそうになります。

10代のうちにやっておきたい事や、20代のうちに済ませておきたかった事ってあると思う。俺の場合、絵の世界に入るのが遅かったので(25歳)、実質的にトロント来てからの5年間で、どれだけの事が出来たかって考えると、もう少し早く決断してたらなぁ・・との後悔はある。

決断っていうのは、「何が本当にやりたいのか!?」という選択のことで、当時は音楽や役者、映画とか色んなことがやりたかったんだよね。でもそれを「いや、絵一本でいくべし!」と決めたのが25の時。

色んな可能性を自ら閉ざすわけだから、相当勇気が要ったよね。あのまま日本にいたら情報の渦の中で「あれもやりたい、これもやりたい・・」と、結局どれも中途半端で終わったろうな、と思う。そういう意味では、カナダに来て、雑念をシャットアウトできてラッキーだったと思う。

尊敬するアントニオ猪木の自伝の中に、猪木が祖父から「なんでもいい、世界一になれ。貧乏なら貧乏の世界一・・・」っていうエピソードがある。男なら、やっぱ一番になりたいっていうのがあるし、それが日本ていう枠の中だけじゃなく、世界って部分に凄く共感を覚えた。

音楽をやってた時も、楽曲はすべて英詞で、最初から海外でやることが頭にあった。だから絵をやるって決めた時も、何の迷いもなく【世界】を目指そうと思ったよね。でも、じゃあ世界って、どうやったら行けるんだろう?と考えてみた。

自分の中で出た答えの一つが、「ひとつのものを極める」こと。

あちこちに手を出してたら、何一つ極めることが出来ないんじゃないか?と気付いたわけ。だとしたら、もう「これ!」って一つ決めて、追求していかないと世界では絶対に負けるなと思った。

絵の中にも、油絵や水彩や色んな技法があって、それぞれ何万人ものアーティストがその道を追求している。パステルの場合は、それに比べると未開拓の分野で、これは面白いぞと思った。

つまり、オリジナルの技法を編み出して、追求していけば一番になれるのではないか?と思ったんだよね。自分でルールとか競技を作っちゃうのと同じで、そしたら誰も「それは違う」なんて言わないじゃない?

話は逸れたけど、自分の中ではいまだに【世界】っていうのがあって、それを30歳になった今でも追いかけていられるのは幸せだなと感じる。

よく「ナンバーワンじゃなく、オンリーワンを目指せ」なんて言うけど、俺はこれ同義語だと思う。オンリーワンの人だけが、ナンバーワンになれるんだよ。

30親父モードなんで、自分に説教のつもりで書いてます。


2003年12月10日(水)



 This is Canada, eh?

久々にRafiとお茶。【Tokyo Doll】の作品の返送の為に業者と打ち合わせがあるので。あと、グランプリを獲ったワクイくんの話や、来年のRafiのプロジェクトについて話を聞く。

【Tokyo Doll】が終わった後で、いくつかのショップが人形を店頭に飾りたいと申し出てくれたりして、幾つかの作品はもう少しカナダに留まることになりそう。

夜、数名で秘密集会と称してのミーティング&食事会。近所の【Montana】でビールを飲む。

トロント発信って、何だ?人々を惹きつけるような、そんな新しいものって、トロントから生み出されてるかな?無いね。

先日起こった【Uptown Theather】崩壊事故にしても、日本のニュースには全く取りあげられていない。この街はこのまま「Unknown City/知られざる都市」の冠を被ったままなのだろうか。何か、世界的に無視されてる錯角に陥る。

最近、俺らの合言葉は「トロントって、マーケット小さいね〜」だ。やはり、日本みたいな単一民族で巨大なマーケットを目で見てきた分、このトロントの分散化された、保守的な枠の中で物事を考えるの欲求不満が溜まる。

害がなく、平和な街だけど、言い換えれば、ギラギラした野心家達を惹きつける求心力がない街。

でも、それだからこそ住みやすく、
平和で、
平常心を保って生活できるのだ。

なんだ、トロント、いい街じゃん・・・。

もしかしたら、俺たちがこれからやろうとしてる事は、多くのトロントニアン、カナディアンにとっては迷惑なこと?

波ひとつ無い水面に、わざわざ波風を立てるような事は、誰も望まないのかな。あぁ、何だろうこの違和感は。

カナダには、俺みたいな人間は必要ないよって、俺を追い出して欲しい。今はまだ追い出されてないのは、まだまだ異物になってない証拠。

これからもっと自分の思うがままに生きて行けば、カナダは俺を追い出してくれるのだろうか?早くそうなって欲しいと思う。トロントの生活が心地よくなってしまう前に。カナダに一生住みたいと思う前に。


2003年12月09日(火)



 Dear John

12月8日がやってきた。John Lennon23回目の命日です。【Lennon Legend】の本やDVDが発売されたりして、例年よりも幾分にぎやかな感じ。まぁ、レコード会社にとっては、年に一回のジョン・レノン・セール大売出し!なんだろうけど。

それでも、やっぱ「お祭り」じゃないんだよな。俺の中では。未だに「追悼」という気持ちが強い。

11日に俺が主催する【John Lennon Tribute】の準備もあって、最近ジョンの曲を聴き直すことが多いんだけども、改めて色褪せない声の輝きや、詩の才能、特にエフェクトなどが掛かっていない【Anthology】シリーズの中の曲に感嘆しているところだ。

よく「一番好きな曲は?」と聞かれて困るんだけど、それでも挙げるとしたら【Happiness is a warm gun】だろうか。いや、【No Reply】か【I'm only sleeping】かも。

やっぱり決められないのだ。いっそのこと、「好きな歌詞」と限定するのだったら【Across the univers】とか、「好きなサウンド」だったら【Rain】とか言えるかも。

そんな事を考えつつ、夜9時にHard Rock Cafeへ向かう。今夜は別の「ジョン・レノン・トリビュート」があるのだ。Oakvilleから来たというビートルズのカバー・バンドがステージに立っていた。

ベーシストはルックスがポールによく似ている。ジョン役は残念ながらハズレ。分かってないな。それでも曲はまともに演奏してて、好感がもてた。

日本が誇る最強のカバー・バンド【Revolver】に育てられた俺からすれば、満足するには程遠い出来だったけど。その【Revolver】のリーダー、リッキーさんという人は、日本のコマーシャルで使われるビートルズの曲のほとんどを吹き替えで歌ってた人。

発音から発声まで、ジョンにクリソツだった。俺がまだ20歳の頃、新宿のライブ・ハウスのPA(音響)をやってた時に、月に一度演奏していたのだ。PAという特権を利用して、ライブを毎回MDに録音してて、カナダにも数十本持ってきているほど、その演奏は素晴らしい。

2回目のステージが終わって、ステージ上から「この中に12月生まれの人いますかー?」と呼ばれて、「ハイ!」と返事をしたら、そのままステージに上げられた。

もう一人、12月生まれの女の子が上がってきて、どちらがジョンの命日に近いかを免許証で確認。めでたく俺が勝って、プレゼントとしてBeatlesのCDをもらった(笑)。既に持ってるCDなので、嬉しいのかちょっと微妙。

で、そのまま降りようとしたら、ベースの人が「君もジョン・レノン・トリビュートやるんだって!?」と聞いてくれて、まんまとマイクを使って宣伝させてもらうことが出来た。そして・・・

「じゃあ、一曲やってもらおう!」まじかよ!!

客席も、変なアジア人が何かやるってよ、みたいなノリで俺を凝視する(汗)

これが日本だったら「聞いてないよ〜」とボケれるところだが、ここはカナダ。乗っかった者の勝ちである。

ざくっと一曲、【Rock'n roll music】をブチかまして帰ってきました。幸い、メンバーもよく合わせてくれて、ギターソロとか回しちゃって、結構楽しかった。

でも、リッキーさん、俺の歌じゃカナダの観客はノックアウトできないよ。あんたの歌じゃなきゃダメだ。いつか金が溜まったら、カナダに呼んで演奏してもらおう。


2003年12月08日(月)



 One of a kind show

年に2度開催されるカナダ最大のクラフト・ショウ【One of a kind】の最終日。やっと行きました。

歩くだけでもくたびれる巨大な会場は、クリスマス・ショッパーで大賑わい。800組を超える出展者たちは例年と同じような顔ぶれで、あちこちに知り合いがいる感じ。

俺が出たのが2001年の春で、その時から付き合いがあるアーティストも数人出てた。あと、去年【Let's〜】のT-シャツをデザインしてくれた【Peach Breserk】のキンギーらも出展しててビックリした。

一応「Visual Art」というセクションもあって、通路2本分がアーティストのブースになっている。Mafuは毎回出展してるので、様子を聞くと「(テロのあった)去年よりはいいけど、4~5年前のような好景気が懐かしいよ・・・」と嘆いていた。が、お前結構売れてるじゃん!

風景画のPeter Rotterも、値札に赤丸連発(Soldの印)ですごい売れてた。が、その他のアーティストを見回すと、確かに一部の人は平均より売れてるが、全く、一枚も売れてないアーティストの方が遥かに多い。

【One of a kind】は出展料がべらぼうに高いので、そこそこ売れてもコスト割れする程なのに、一枚も売れなかったら最悪じゃない?内心、出展しないで良かった〜と、ホッとする。

何も買わずに帰るのはシャクなので、ワイヤー細工でできたお洒落なブックマークを購入。前回から目を付けてたやつです。

また機会があったら出たいけど、ちょ〜っとね。景気を見て判断しないと痛い目にあうから。

2003年12月07日(日)



 Cafe May 27周年

今日は【Cafe May】の27周年記念パーティー。オーナーのKさんには前日にもTELをもらって、絶対に行くと約束していた。歴代のお客さんや、常連さんで賑わうだろうから、俺としては少しばかりお手伝いができたらなと思って。

店に着くと、すでにクリスをはじめ、日本人のYさん夫妻ら4,5人いて、着々と準備が進んでいた。キッチンではターキーが丸ごと焼かれ、ドイツ仕込みのほうれん草パイなども出来てて、超おいしそう。

10時を回ると、バーも忙しくなってきたが、あいにくこっちではアルコールを扱うにはライセンスが必要で、俺は手出し出来ず。せっせと空き瓶回収に精をだす。

一時は俺が店を引き継ぐという話になったけど、ここ数週間、Kさんと色々な話をして、やはり現状のままKさんがオーナーで営業していく方が良いとの結論になった。

今夜みたいに、大勢の馴染み客の顔を見ていると、それで良かったのだと思わずにいられない。この店は、Kさんがやってることに意味があるんだな、と。

いつかこの店が売られてしまうにしても、それまでは俺でも誰でもなく、Kさんがしっかりと店をやっていって欲しい。自分で自分の幕を引くのは勇気がいることだろう。でも、誰かが中途半端に関わって、Kさんの店じゃなくなるのは反対だな。

とにかく、27年間お疲れ様。また明日から頑張ってね。

2003年12月06日(土)



 【赤味噌の会】

「赤味噌大好き!」と公言する人が、このトロントにどれだけいるだろう?「赤味噌」・・・、好物として挙げるには、渋い。渋い響きだ。

トロントに【赤味噌の会】という愛好会があるのを知ったのは、つい先日。某K保険のHさんに「Tomoくん、赤味噌食べたことある?」と聞かれ、「うん、味噌汁とか好きですよ」と答えたら、「じゃあ、5日の夜に赤味噌の会があるから出てね」と、半ば誘導尋問のようにこの会に参加させられた。

一人じゃアレなんで、bitsのKazuさんを強引に誘って、会場である某松本邸にお邪魔する。玄関でいきなり「会費$35です。」・・・。ボッタクリである。

5,60人くらい居ただろうか?ほとんど日系の企業や関連の人達ばかりで、顔なじみの人も多い。第一、会場である某松本邸じたい、お馴染みなのだ。

35ドルぶんを取り戻そうと、バフェ・テーブルに突撃。しかし、そこには赤味噌料理はたった一品しかなく、あとは普通の日本食が並んでいる。そこで気付いた。これは単なる飲み会なのだと。

カラオケあり、マイクで自己紹介ありのヤバイ展開。しょうがないので、企業の人を捕まえて、あちこちで営業活動をすることにした(笑)。

トロントの皆さん、【赤味噌の会】には気をつけよう(笑)。


2003年12月05日(金)



 メラニーのオープニング

Distilleryにスタジオを持つ、メラニー(写真家)のオープニングに出席。10月のArtfocus展で知り合って、それから【bits】のコラムでも彼女のことを取り上げた。

自分でも、いつか写真を撮ってみたいと思ってるんだけど、機材やら現像の過程やらを考えると足踏みしてしまう。メラニーにその事を話したら、いつでもスタジオ使わせてくれるって。

でも、今どきの写真家はデジタル・カメラが主流だから、そんな現像や機材の知識がなくても出来るという。そこで、俺はやっぱりアナログな人間だから、「いやいや、パソコンで加工したりするんじゃなくて、暗室で薬品を使って、こう現像してる姿に憧れるんだよね(笑)」と言うと、「私も、画家といえば、キャンバスに筆でブァーっと描いてる姿に憧れるわ(笑)」と返された。

画家も写真家も、現代ではパソコンを使う人が非常に多い。で、機材のお陰でどんどん素人とプロの差が埋まっていってるし、自分もその恩恵を受けてるんだけど、それでもなお理想の姿はアナログなのだ。

パーティーの途中で、一階にスタジオを構える【和紙職人】のアケミさんを訪ねる。彼女は、夏のアウトドアショウの時に、俺の絵を一枚買ってくれてからの付き合い。彼女は日系だけど、日本語は全く喋れない。先日取材されたという日本語新聞を見せられて、「これ翻訳してくれない?」と頼まれた。

アケミさんは、とにかくHappyな人。喋っているだけで明るくなれる。今、和紙のランプを作っているらしく、完成したら譲ってもらうことにした。

Distilleryを後にして【Butler's Pantry】へ。昨夜、お客さんから電話があり、4枚ほど購入希望だというので直接会うことにしたのだ。

待ち合わせの7時半ちょうどに着くと、「tomolennon君ね!?」と声を掛けられる。映画の字幕を製作してるというカレンさんは、既に4枚の絵を選び終えて、一番奥の席で待っていた。

こんなに沢山買ってくれる人は久々なので、ゆっくり話しをする。映画制作の現場、他の言語を翻訳する手間、限られた文字数で字幕を作る苦労・・・。並みの人間だったら頭爆発しそう。

彼女がこれまで字幕の仕事を続けてこれたのは、やはりバケーションという長期休暇を頻繁に取ったからだという。南の島で一ヶ月とか、映画のことを忘れてぼーっとするんだそうだ。

傍から聞くと、「優雅でいいですね。」という感じだが、さっきからずーっと鳴りっ放しの携帯電話を見ると、それも必要だと納得する。

4枚買った絵は、一枚は自分用。あとの3枚はそれぞれ友人や家族にプレゼントするのだという。彼女の部屋に飾られた俺の絵が、少しでも安らぎを与えてくれたらな、と思う。



2003年12月04日(木)



 Rufus Wainwrightの悲劇

二日酔いのはずが、なぜか朝8時に起床。疲れている時ほど眠れないものだ。

頭を覚醒させようと、コーヒー飲みながら本を読む。今読んでるのはエマニュエル・ローゼン著【BUZZ〜口コミを広げる】というやつ。エンドノートやPalmの秘話などがあって面白い。

【Butler's Pantry】での展示は今も続いていて、時折お客さんから直取り引きの電話がある。一応、レジの子にお金を預けてもらえば、絵を引き取ってもらえるんだけど、中には直接受け渡しを希望する人がいるのだ。

ここ数日電話のやり取りが続いているNさんもその一人。俺のスケジュールが空くまで待ってもらう予定だったが、亭主のバースデー・プレゼントにしたいから、今日どうしても絵を引き取りたいと電話をもらったので、軽く「じゃあ、1時間後に店で!」と答えた。

いつもならスタジオから【Butler's】までは、ストリートカーで30分なので、多少余裕をみたんだけど、乗った瞬間から道路が大渋滞+大事故。おいおい、30分乗ってるのに、まだ2ブロックしか進んでないよ。

あと15分で約束の時間になってしまう。仕方なくタクシーを拾うが、ほとんど大差なし。【Butler's】までに近道もあまり無く、運転手も地理に詳しくないようだった。到着したのは、約束の時間から30分後。もう平謝りしまくり。

帰りに郵便局で荷物をPick up。やっと来た!アマゾンで注文していた【Lennon Legend豪華本】です。手作業で丁寧に折り込まれた、ジョンゆかりの品物の数々に感動。

おっと、今日はゆっくりしていられない。8時から【Rufus Wainwright】のコンサートへ行くのだ。これでRufusのライブは5回目。トロントへ来たらほとんど見逃さない。しかし、今日に限ってチケットをまだ受け取っていない。インターネットで予約したやつをお店に取りに行かないといけないのだ。

コンサートの前に、日本から遊びにきている友達と夕食を食べるので、すぐに家を出発。Eatonセンターまで歩いて無事チケットを発行してもらい、そのままKingまで下がって【Marche】で食事。

皆と別れ、一人でコンサートの会場【Massey Hall】へ向かう。慎也さんも来ているはずだが、混雑で見付からず。

前座は、Rufusのお姉さんMarthaだった。見かけが益々インギー(マルムスティーン)に似てきたぞ。やばいっす。

席はステージに向かって上手で、丁度Rufusのピアノとは対極だったのが残念。でも前から5列目。最高ー。Rufusはいつもより緊張気味!?声の伸びが悪いです。と、思ったのも最初の3曲くらいまで。

いつものゲイ・トークを挟んでからグングン調子が出てきたみたい。曲目はほとんどが、最新アルバム【Want One】からのもの。ライブで聴くと、これがまた組曲のような流れで、非常に心地良い。一曲単位というよりも、3〜4曲で起承転結みたいな感じ。

しか〜し、その良い雰囲気も、次第に壊れていく。Rufusはピアノの時も、ギターの時もステージ下手に陣取っている。それは良いのだが、何でギタリストがステージど真ん中にいる必要があるわけ???こいつ(あえて言わせてもらう)が飛んだ勘違い野郎で、終始ムスっとした表情で、マネキンのように立ち尽くしながらギターを弾いてんだ。そんで「俺ってクールだろ!?」って雰囲気を丸出しでさ。全然クールじゃねぇよ、バカ。

他のメンバーがビートに合わせて揺れているような、ノリの良い曲でも、ほんと微動だにしない。そんな奴が真ん中に突っ立ってるとイライラする。俺がバンマス(リーダーね)だったら、間違いなくブッ飛ばして首にする。

ミュージシャンでもアーティストでも人前で、金を取るって演るってことは、エンターテイン(楽しませる)することなんだぜ。それが嫌ならお前、スタジオに一生篭ってろって感じです。

こいつが中心に立っているお陰で、その覚めた空気が広がっていって、何とも奇妙な空間になっていた。Rufusももうちょっと考えた方がいい。だって、あんたが主役なんだから、ずーっとステージの左端にいたって、右側の観客は盛り上がれないよ。

それでも我慢強く、なるべくギターの馬鹿を見ないようにしてRufusの歌声のみに集中。【Foolish Love】も【Across the univers】も演らなかったけど、アンコールは3回やった。多分、きっとRufusも不完全燃焼だったんだな。

次来る時は、あのギター連れてこないでね。


2003年12月03日(水)



 天皇誕生祝賀パーティー

いよいよ12月です。今夜の日本総領事館主催のパーティーを筆頭に、今週はパーティーずくし。年末ですな。

4時に【bits】オフィスでKazuさんとMihoちゃんと待ち合わせ、車でWestin Princeに向かう。このパーティーは【天皇誕生日】を祝うもので、毎年この時期に行われる。招待されるのは日系企業のトップやら、文化人やら功労者達なので、年齢層がぐっと上がる。俺らは多分最年少の部類に入る。

去年、初めて招待された時はスタッフのYumiを連れていって、人脈ずくりに一生懸命だったが(笑)、今年は別にもうそんな気は無いので気楽です。一応【Tokyo Doll】とか【Eye】のこととか知ってる人が「おめでとうございます」と言ってくださる。嬉しいけど、気恥ずかしい。

それでも領事の宗像さんが、親切に色々と紹介してくださるので、今までに顔は知ってたけど、話したことが無かった人とも知り合いになれた。

例えば和太鼓のグループ【Yakudo】の人。面識はあるのだが、やっとお互いが何者かを理解できた感じ(笑)。後日、リハーサルを見学させてもらうことになった。

建築家のレイモンド森山さんともやっと話せた。すげー礼儀正しい人。

以前インタビューして下さったMさんの奥さんは、俺の作品をよく知っていて「あの絵は、あそこの部分が素敵ですね」と、次々に作品の解説をしてくれる。が、俺の記憶からすっかり消えてる作品もあったりして、逆に「それはどんな絵でしたっけ!?」と質問する始末。思わず「マネージャーとして雇いたいです」とオファーしそうになった(笑)

結局、テーブルに並んだ料理に手を出す暇も無く、色んな人とお喋り三昧。けっこう疲れるんだよね。着ているスーツも堅苦しいし。

その後、二次会として。元WaiWaiのHさん宅で【若者(?)】だけで飲む。てか、空腹で酒を飲んだので、俺はすっかり撃沈モード。あんまり記憶なし。

2003年12月02日(火)



 NEWケイタイ

携帯電話を換えた。今まではプリペイドを使っていたんだけど、使用頻度が上がってきたので月額に切り替えようと思って。

そしたら【Fido】から【Telus】に乗り換えキャンペーンというのをやってて、無料で最新機種がもらえるというので、あっさり【Fido】を止めてみた。何で今まで【Fido】を使ってたかと言えば、電話番号が入ってるメモリーチップが取り外し可能で、他の機種に乗り換える時に番号を入れる手間が省けるからだった。

ちょっと惜しいなと思いつつ、【Telus】で契約してた時「じゃあ、今まで使ってた携帯をお預かりします」と言うではないか!異企業同士の乗り換えキャンペーンでは、よくあるシステムらしい。古い機種と交換で、別会社の新しい機種がもらえるというやつ。

「でも、すっごい一杯電話番号入ってるんですよ・・・」とゴネると、「ハイっ」と紙とペンを渡されて、その場で書き写すことになった(泣)おおよそ2百件の電話番号を書き写すのに、紙を3枚と30分掛かった。久々に超アナログな作業をして目眩がした・・・。

ちなみに日本の皆さん、こっちの最新機種って言ったって、カメラも無ければE-mailもできません。着メロのダウンロードなんてものもありません。スクリーンはバッチリ白黒です。機能は必要最低限で、余計なものは付いてない本当の意味では【正しい携帯電話】なんだろう、きっと。

そういえば、Rafiが日本でプリペイドの携帯を買ってきて喜んでたっけ。でもキーがどれも日本語で、英語スクリーンに切り替えることすら出来ず、ほとんど使わなかったらしい(笑)

2003年12月01日(月)
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