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■ 連鎖
不思議なものの一つとして 【連鎖】 って何なんだろう!?と思うことがある。
たまたま日本から送られてきたビデオの中に、【はなわ】という若い芸人が歌番組で面白い歌を歌っていた時のことだ。どっかで聞いたことのあるメロディ、どっかで聞いた、似たような歌詞。
あっ、隣人Kがよくこんな歌を歌っていたな。と思い出した。だから俺にとって【はなわ】くんは、隣人Kの二番煎じでしかなく、一方はTVに出て金を稼いでるのに、俺にとってのオリジナルである隣人Kは田舎で中古車屋を営んでたりする。
自分自身でも、ちょうど頭で考えていたのと同じ事を、誰かがTVや雑誌で言ってたりするのを発見することがある。そん時は「ちくしょう、俺が先に言いたかったのに!」と思うが、冷静になって考えると「何で俺とあの人は、同じことを考えたんだろう?」となって、ウ~ンと唸ってしまう。
結局、俺らがやってる事、考えてる事って誰でも思いつく程度・レベルのことしかないんだな、という結論に達したりして、ヘロヘロと力が抜けるんだけど。
だとすれば、それをいかに早く、誰よりも先に世の中に発信した者勝ちというか、そういう部分での勝負になってしまう。
音楽の世界でも、よく「俺はビートルズよりも先に、こんなことをやってた」と言う奴がいるけど、一番先に世界に発信しちゃったのがビートルズだったら、そいつには勝ち目が無いんだよね。だって誰もそんな事知らないんだからさ。
でも、俺の興味はそこじゃなくて、じゃあ「何で同じような時期に、同じような考えをする人がいるのか?」ってところなんだよね。
一つは、世の中の流れとリンクしてるって事がある。例えば地球が温暖化してるって言えば、誰かは「オゾン層を守ろう」って思うだろうし、誰かは「森林を増やそう」って思う、大部分がそう考える中で、「じゃあ、オゾン層を人工で作れば?」と考える奴もいるだろう。
時代が【地球が温暖化してる】っていうテーマを出して、それに反応した人がそれぞれの意見を言う。その意見ってのは、誰もが考える程度のものしか出てこないはずなんだよな。1,000人いて一人だけその意見ってのじゃなくて、たいてい2,3人は同じ意見の奴がいるってこと。それをたまたま誰が早く言ってしまうかの違いだけで。
アートもやっぱりそれと一緒で、完全なオリジナル作品ってものは有り得なくて、長い歴史の中で作られた土台の上に、「俺はこう思います」ってのを付け加えてるだけで、もし土台が無かったら、一体どこに立脚点を置いたらいいんだろう?って逆に戸惑ってしまう。
どんな分野であれ、物事がどんどん細分化されている現代では、誰かが作ってきたものを叩き台にして新しい何かを追加していくわけだから、たまたま同じような考えをもつ人が出てきても不思議じゃない。
現代の人間が【オリジナル】とか【元祖】って言葉に惹かれるのは仕方ないね。それが生れにくい世の中だってことを、とっくに認識しちゃってるわけだから。でも、現代において、一つだけ【オリジナル】に近づく方法があるとすれば、それは自分でルールを作っちゃうことかな?
物を作るんじゃなくて、ルールを作ること。【Windows】を作ったビル・ゲイツだって、実はソフトを作ったんじゃなくて、自分に都合のいいルールを作るために物を作った人だと思うもん。
小さな会社だって、従業員が社長に勝てないのは、その会社のルールを作ったのが社長なわけだから、それに使われている従業員が逆立ちしたって敵いっこないのと一緒でさ。
話は逸れたけど、なぜ【連鎖】が起きるのかを考えたら、「じゃあ、現代において【オリジナル】とは何ですか?」という所に行き着いてしまったわけです。
2003年11月27日(木)
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