-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 久々にライブ

数ヶ月ぶりにライブをやった。場所は、前回コーセイ達とやった【Cafe May】である。

友達のクリスが、ポエトリー・リーディングのパーティーをやるので、その合間に俺の演奏を入れることになった。午後1時に、スタジオの下の寿司屋でクリスと食事をしながらミーティング。

それからスタジオに戻って、二人で曲目などを選んだ。結局、4曲ずつ、計8曲ほどBeatlesやらRod Stewartやらを演奏することになる。

9時に【Butler's Pantry】で絵の顧客と会ってから【Cafe May】へ到着。オーナーのKさんに捕まって、しばし打ち合わせ。そうだ、12月11日に【John Lennon追悼ライブ】をやることが決まったので、それ関係の話を詰める。

本当のJohnの命日は12月8日だけど、それが月曜日なので週末の11日にやることにした。その前日は俺の誕生日。Approching 30ですな。

クリスのイベントは、まずDJプレイでスタート。それから3人ほど詩の朗読を挟んで、やっと俺の出番。久々に歌うのでちょっと緊張した。Johnのソロ・アルバムから【Love】と、Rodの【Have I told you lately】を続けてやって、ちょっと12月11日の宣伝。

レノン・ファンが一人いて、リクエストで【No Reply】と【Jealous Guy】をやった。ギター一本だと演奏が淡々となってしまうのでイマイチ。もっと練習しないと。

酒も入って、2回目の演奏で調子がでてきた。クリスもギターで加わって【ノルウェイの森】や【Across the univers】、そこにパーカッションのおじさんも入ってきて、【Two of us】【In my life】をやる。やっぱりリズム楽器が入ると楽しいぜ。

最後は一人でオリジナルをやって終了。それから朝4時まで飲む。外は吹雪なので帰りたくない。

帰りのバス内で、若者グループが大喧嘩。窓ガラスが割れて、血が飛び散り、緊急停車。パトカーを呼ぶというので、そこでバスを降りて歩いて帰った。外はマイナス10℃で、風も強い。一時間かかって家に着いたら、ほっぺたが凍傷気味になってた。


2003年11月29日(土)



 連鎖

不思議なものの一つとして
【連鎖】
って何なんだろう!?と思うことがある。

たまたま日本から送られてきたビデオの中に、【はなわ】という若い芸人が歌番組で面白い歌を歌っていた時のことだ。どっかで聞いたことのあるメロディ、どっかで聞いた、似たような歌詞。

あっ、隣人Kがよくこんな歌を歌っていたな。と思い出した。だから俺にとって【はなわ】くんは、隣人Kの二番煎じでしかなく、一方はTVに出て金を稼いでるのに、俺にとってのオリジナルである隣人Kは田舎で中古車屋を営んでたりする。

自分自身でも、ちょうど頭で考えていたのと同じ事を、誰かがTVや雑誌で言ってたりするのを発見することがある。そん時は「ちくしょう、俺が先に言いたかったのに!」と思うが、冷静になって考えると「何で俺とあの人は、同じことを考えたんだろう?」となって、ウ~ンと唸ってしまう。

結局、俺らがやってる事、考えてる事って誰でも思いつく程度・レベルのことしかないんだな、という結論に達したりして、ヘロヘロと力が抜けるんだけど。

だとすれば、それをいかに早く、誰よりも先に世の中に発信した者勝ちというか、そういう部分での勝負になってしまう。

音楽の世界でも、よく「俺はビートルズよりも先に、こんなことをやってた」と言う奴がいるけど、一番先に世界に発信しちゃったのがビートルズだったら、そいつには勝ち目が無いんだよね。だって誰もそんな事知らないんだからさ。

でも、俺の興味はそこじゃなくて、じゃあ「何で同じような時期に、同じような考えをする人がいるのか?」ってところなんだよね。

一つは、世の中の流れとリンクしてるって事がある。例えば地球が温暖化してるって言えば、誰かは「オゾン層を守ろう」って思うだろうし、誰かは「森林を増やそう」って思う、大部分がそう考える中で、「じゃあ、オゾン層を人工で作れば?」と考える奴もいるだろう。

時代が【地球が温暖化してる】っていうテーマを出して、それに反応した人がそれぞれの意見を言う。その意見ってのは、誰もが考える程度のものしか出てこないはずなんだよな。1,000人いて一人だけその意見ってのじゃなくて、たいてい2,3人は同じ意見の奴がいるってこと。それをたまたま誰が早く言ってしまうかの違いだけで。

アートもやっぱりそれと一緒で、完全なオリジナル作品ってものは有り得なくて、長い歴史の中で作られた土台の上に、「俺はこう思います」ってのを付け加えてるだけで、もし土台が無かったら、一体どこに立脚点を置いたらいいんだろう?って逆に戸惑ってしまう。

どんな分野であれ、物事がどんどん細分化されている現代では、誰かが作ってきたものを叩き台にして新しい何かを追加していくわけだから、たまたま同じような考えをもつ人が出てきても不思議じゃない。

現代の人間が【オリジナル】とか【元祖】って言葉に惹かれるのは仕方ないね。それが生れにくい世の中だってことを、とっくに認識しちゃってるわけだから。でも、現代において、一つだけ【オリジナル】に近づく方法があるとすれば、それは自分でルールを作っちゃうことかな?

物を作るんじゃなくて、ルールを作ること。【Windows】を作ったビル・ゲイツだって、実はソフトを作ったんじゃなくて、自分に都合のいいルールを作るために物を作った人だと思うもん。

小さな会社だって、従業員が社長に勝てないのは、その会社のルールを作ったのが社長なわけだから、それに使われている従業員が逆立ちしたって敵いっこないのと一緒でさ。

話は逸れたけど、なぜ【連鎖】が起きるのかを考えたら、「じゃあ、現代において【オリジナル】とは何ですか?」という所に行き着いてしまったわけです。

2003年11月27日(木)



 結婚

いや〜、寝ました。昨晩夕食を食べた後の記憶がない。多分12時間くらい寝たな。

寝た分を取り返そうと、朝から【bits】関係の仕事をこなす。Fax送っては電話を掛け、ちょっとビジネスマン気分。

昼食はRafiとケンジントンの【Kara】で。久々に見るRafiは、ちょっとやつれた顔をしてた。まぁ、言葉の通じない日本で2週間も居たら誰だってやつれるか。土産話には笑わせてもらった。「定食屋に入って、隣の客が飲んでいた透明な液体を指差して、アレちょうだいと言ったら焼酎だった・・・」とか。思いっきり一気したらしい(笑)

それから、持参したデジカメのバッテリーが初日で切れ、仕方なく使い捨てカメラを買って某有名カメラマンと大事なミーティングに望んだ時のこと。ビシっとスーツを着て、仰々しくプレゼンをやり、いかに展覧会が大規模なものかをアピールしたあと、「じゃ、記念に一枚」と言ってポケットから【撮りっきりコニカ・Mini】を出した途端、場の空気が「・・・・」。それを察して「ごらんの通り、資金が無いんです・・・」と笑って誤魔化したとか(笑)

まだまだ沢山あるけど、ここはRafiのコーナーじゃないんでカットして(笑)

3時にアポを取った某会社にて【bits】用インタビュー。なかなか手強いが、広告までオマケにGetする。さすが俺。

夜、日本に帰ったかつての隣人Kから「結婚します!」とのメール!!驚き!まじかよ。速攻電話して真相を確かめる。奴は将来、総理大臣を目指してる(?)ので、って事は、その新婦は総理大臣夫人に相応しい女だという訳だな?まぁ、とにかくメデタイ。3月にトロントに来るらしいので、そん時は盛大に祝ってやろう。

結婚かぁ。俺は多分、もうしないだろうな・・・。寂しい。

2003年11月26日(水)



 あっ、死ぬかも・・・

一睡もしてないので、昨日の日記と連動してますが、郵便局から「エクスプレス」で書類を送ったあと、地下鉄でRunnymade駅へ向かう。今日は【Westwood】から絵を撤去する日。慎也さんに現地集合で手伝ってもらうことにした。

順調に地下鉄に乗っていたら、Dufferinで緊急停車。「この列車は回送になりますので、全員降りてください」とのアナウンス。で、次に来た列車に乗り、もう一駅進んだ所で、またしても「全員降りてください」・・・。

その時点で、行き先の駅で人身事故があったことを知らされる。駅は大混雑。しかも全然栄えてない駅なもんだから、余計に迷惑。タクシー待ちに長蛇の列。仕方なく慎也さんに駅まで迎えにきてもらった。

【Westwood】では、遂に一枚も売れなかったどころか、電話の一本も掛かってこず、大いに期待外れ。まぁ、オープンしたばっかりの店だし、住宅街の中なので仕方ないか。オーナーのVickyには「次に展示するアーティストが誰もいないの、紹介してくれない!?」と頼まれていたが、結局誰も見付からなかった。

店がスポーツ・バーっぽいのも嫌煙されるところ。特にタバコのヤニが作品に付くのを懸念するし、立地条件や客層にも難がある。おまけに、俺でさえ一本の電話も受けなかったと言えば、誰もやりたがるはずもない。相当厳しいですよ。

帰りに慎也さんと【IKEA】に寄って、またフレームを1ダース仕入れる。それから【バーガーキング】で昼食。一旦スタジオで絵を搬出してからMarkhamにあるジュエリーストア【Draganov】へ。

オーナーのジョージが昨晩緊急入院をしたと電話があり、かなり心配したが、パートナーのトレイシーは「心配いらないわよ、歳だからガタがきてるだけ。」と言う。歳だからこそヤバイんじゃないの?と思う。気は若いままだが、確実に体の衰えはやってくる。

そこから歩いて【bits】のオフィスへ。Kazuさんと新年号のミーティングを7時まで。新年号だけじゃなく、この先の雑誌の方向性なども含めて色々と意見を交換。

帰り道、かなり眠くなる。一度轢かれそうになって「俺は、こういう時に死ぬのかも?」と、縁起でもないことを思う。【起動戦士ガンダム】に出てくるキャラの名前ゲームを一人でやりつつ、何とか頭を蘇生させる。

2003年11月25日(火)



 VISA申請地獄

朝9時に起きてから、ずーーーーーーーーーーーーーーっとパソコンの前に座りっ放し。カナダに滞在する為の労働ビザを申請する期限がとっくに過ぎており、かなり危ない状況。明日の朝イチで出しても間に合わないのだが、それでもやるしかない。

過去にやった展覧会の中から、政府にアピールできそうなやつを選んで、展覧会ごとに10ページくらいの書類にまとめる。掲載された新聞や雑誌、招待状、収支、推薦状や感謝状の類までを順序よく、まるで企業の報告書のように見やすくまとめる。

適当にホッチキスで留めたような、いい加減な書類を作った場合、政府の人も暇じゃないので蹴られる場合もあると聞く。念には念を入れて、ファイルごとに目次ページまでつくった。

それから最大の難関、カバーレターという「何故、ビザが必要なのか?」という手紙を書く。英文なのが余計にやる気を削ぐ。

大体ね、文章の成り立ちが日本語と全く違うのよ。だから、一度日本語で書いたものを翻訳するのは禁物。最初から英語でカナダ人になったつもりで書かないといけない。

まず出だしの2行。
「私は○○だからビザが必要なのです。その理由をこれから説明します」みたいのを書く。

次の段。
「これから、こんな所で、こんな人と協力して、こんな展覧会を開催します」というのを書きつつ、添付資料のA、第3ページをご覧ください。みたいに書き加える。

それから、
「今まで開催した展覧会には、以下に挙げるようなものがあります」として、一番大きなものから順に、いかに芸術文化に貢献してるかを、嫌味なくらい強調して書く。この場合、決してつつましく書いてはならない。まるで世界は俺中心に回ってるくらいの勢いが大切。

で、再び
「こんな優秀な私だからこそ、先ほど述べた展覧会をやるためにビザを与えてください」と再びダメ押しする。

最後に
「私が優秀な芸術家であるということを、下記に挙げる人々が証明してくれます」として、推薦状をくれた人々を【有名な順】に並べる。この【有名】とは、説明の必要がないくらい名前が通ってる人のことで、近所の画材店のオーナーとかではダメ。

俺はこれをクリアするためにオノ・ヨーコさんをはじめ、トロント市長、日本総領事などそうそうたる面子を揃えた。これで取れなきゃ、誰が取れるんだってくらい。

これを書き終えた時点で、もう廃人寸前。お陰で、部屋中のスペースが膨大な量の紙で埋め尽くされるし最悪。

深夜3時、コピーをとるためにチャリンコで5分のところにある【Kinkos】まで突っ走る。が、突然大雪!!おかしいよ、さっきまで晴れてたじゃん!帰り道は、雪でチャリンコに乗れず、押して帰宅・・・。

朝7時にようやく全ての書類が完成。あとは、9時45分に銀行が開くのを待って、申請料を振り込んだあと郵送して完了。その時間まで寝る訳にいかず、この日記を書いてます。

朝食を食べて、最近買ったDVD【起動戦士ガンダム】のオリジナルTVシリーズを見る。劇場版には出てこない隠れキャラがいっぱい出てくる。多分、オリジナル版を見るのは小学校の時にリアルタイムで見た以来。「旧ザク」が出た途端、甘酸っぱい気持ちになった。ガンダム最高!

っていうか、もう銀行開く時間だって。

2003年11月24日(月)



 もしも引っ越すなら?

Markham Aveにあるジュエリースタジオ【Draganov】に顔を出す。トレイシーが不在だったので、仕方なく(?)ジョージと久々におしゃべり。

以前、いくつかリングのデザインをさせてもらった事があるんだけど、その当時はリングとネックレス、ピアスくらいだったラインナップが、最近はキャンドル・オーナメントやバングルなども加わってバラエティ豊かになっていて驚いた。

ジョージと話すと、いつも何故か【部屋探し】の話題になる。このスタジオがある辺りは、【Honest ED's】で有名な名士David Marvishの縄張りで、ほとんどタダみたいな家賃でアーティスト達に提供されている。

だから、この一帯に借りたいというアーティストの順番待ちリストは最短3年という、とてもプレミアムな場所なのだ。ジョージはここにスタジオを構えて長いので、他の住人が退出するらしいとかの情報が早い。その度に「Tomo、あそこが空くから借りなよ」と、こと細かにディテールを教えてくれるのだ。今日も、二軒隣のショップが数ヵ月後に閉店するという情報を教えてくれた。Thanks...

引越しはしたいけど、当分動けないな、というのが正直なところ。もちろん一生今のスタジオにいるつもりは無いが、何かと時間に追われる俺にとって、歩いて5分圏内に本屋や画材店、CDショップ、カフェ、レストラン、郵便局が揃っている今の環境は手放せない。

でも、もし引っ越せる余裕があるなら、Queen Westにある【Candy Factory】という、昔キャンディ工場だったロフトに引っ越したい。前に値段を調べたら1億くらいしたけど(笑)

そのすぐ近くに年内オープン予定のアート・ホテル【Drake Hotel】のオーナー、Jeffからは、滞在用アトリエとして、部屋を一つ貸してもらえることになっている。他の10人のアーティストと一ヶ月ごとに入れ替わるのだ。これもすごい楽しみ。一階には巨大なバーがあって、そこでも絵の制作が出来るように【tomolennonシート】を作ってくれ、ともお願いしてるけど、これはどうなるか分からない。

最近、Queen Westには【Edward Day】や【Monte Clark】などのギャラリーが移転してきたり、名前も知らないような小さなギャラリーがポコポコ出来始めて、再び活気が出てきたように感じる。

2003年11月21日(金)



 【EYE】マガジン・アワード

プリントを展示販売している【Butler's】では、大体一日一枚ずつ売れている。今日も絵の入れ替えのために来店。そしたら「Congratulation!」とウェイトレスから言われ、プリントが売れてることだと思い、「Thanks」とだけ答えたら、向こうは「??」って顔をした。

そしたら、彼女は今日発行された情報誌【EYE】をもってきて、「Tomo、あなたベストアーティストの一人に選ばれてるじゃないの」と言うではないか。し、知らなかった…。

HPをまめに見てくれてる人なら分かるだろうが、同じ情報誌でも【NOW】の読者投票へは毎年HPトップに「投票してくださいね」という告知を打つのだが、【EYE】に関しては全くノーマークだった。まぁでも、同票数が3人いてトップなわけじゃないので。【EYE】からも何の連絡も無いし。

近くにある【Cafe May】に寄り、Kさんと今後のことを色々と話す。そしたら韓国へ強制送還されたはずのYoojinが突然入ってきてビックリ。ビザのトラブルは恐ろしいが、彼はタフだ。

11月29日の【Cafe May】でのイベント、ポエトリー・リーディングと音楽の演奏へはミュージシャンとして参加することになっており、演奏曲目などを決める。それから、12月11日、俺の誕生日の次の日に【John Lennon Tribute】を遂にやることに決めた。

ジョンの命日である12月8日前後には、世界中の都市で追悼コンサートが行われ、このトロントでも毎年小さなクラブでそれがある。毎年観に行くにつれ、俺だったらもっとディープなやつをやりたいな、と思いはじめていた。

自分の企画なら、どんな事もできるし、ローカルのミュージシャンやアーティストを集めて一発やってやろうと思う。もちろん俺も歌います。っていうか、そっちがメイン(笑)

俺の事務所STUDIO 2/ARTIC の【ARTIC】は、ARTとMUSICの造語。いよいよアートと音楽の融合を試すチャンスが来た。

2003年11月20日(木)



 旅に出よう

これから年末に掛けてニューヨークへ出掛ける友人が多い。いいな〜。「どこのギャラリー行ったらいいですか?」という電話を結構もらう。今日はケイコが来て、あれこれとニューヨーク情報を交換。

チェルシーやSOHOなどのメジャーポイントにあるギャラリーは、クリスマスと元旦を挟むのでオフ・シーズンになってしまうけど、Williamsburgあたりのインディペンデント・ギャラリーならば企画もので面白いのが見れるかもしれない。

夜7時、【Bits】オフィスに寄ってから皆で【Toronto Japanese Short Film Festival】へ出掛ける。ワーホリや学生の子たちが集まって、手作りで開催した短編映画祭で、主催者の2人にはミーティングで色々とアドバイスしたことがある。

お客さんも結構入ってて、興行的にはOKかな?しかし、作品がいまいち。来年はもっと質の高い作品が集まってくれたらいいな。

その後、皆でBaldwinのPubで一杯。旅行の話になり、インドや中東方面に行ったことがないのは俺だけと判明。話に入れず寂しい。てゆうか、住んでるカナダ以外で海外旅行行ったことないもん。あんま旅行には興味ないと言いつつ、今読んでいる本は、石川直樹くんの【この地球を受け継ぐもの】という、北極から南極へ自転車で旅するエッセー。

俺もいつかは!



2003年11月19日(水)



 迷惑FAX

E-mailを使ってるほとんどの人が、毎日大量のスパム(迷惑)・メールを受け取ってることだろう。俺も4つあるアカウントを合計すると、毎日200件くらいBOXに溜まります。まぁ、セキュリティ機能によって直接触れることなく処分できるから良いのだけど、最近のもっと大きな悩みが【迷惑FAX】というやつだ。

うちのFAXには、毎日色んな広告が送られてくる。自動受信だから、否応なしにプリント・アウトされて、紙代は掛かるわ、インク代は無駄だわで最悪です。送信してきた電話番号を着信拒否にしても、またすぐに新しい番号から送られてくる始末・・・。

一度、その会社に文句の電話を掛けたときは、すごく手馴れた感じの人が対応してきて「今すぐ解除手続きをしますから、あなたのFAX番号を教えてください」って。果たして、あれが解除されたものなのか、それとも「こいつは有効ナンバーだ」としていまだに登録されているのかは定かじゃない。たぶん後者。

なぜこんな話を書いたかというと、今日、自分の顧客にFAXを送信していた時に、たまたま間違えて掛けた相手から洪水のような苦情を言われたから。最初、自分の顧客だと思って「これからFAXを送りたいんですけど・・・」って言ったら、間違い電話の主は烈火のごとく怒り出し、「あなたね!毎日毎日大量の広告を送るのは!!」

・・って、イヤイヤ普通そんな礼儀正しく「これからFAX送ります」なんて言わないだろ、そいつらは。たまたま間違えて掛けてしまったと謝っても「そんな言い訳は通用しないわよ!」と、火に油を注ぐ状態。参った。でも、その気持ちも分かるよな。それから慎重にFAXを送ることにした。

そんな事もあって、思ったよりも時間が掛かり、行きたかった銀行に行けずじまい。HMVに寄ってBeatlesの最新作(!?)【Let it be-Naked】を買おうと思ったら、入荷が明日だと言われた。とりあえずJohnのNew DVD【Legend】と、シェリル・クロウのDVD付きベスト・アルバムを買った。

それからPages Bookを覗いたら、【Uncut】のJohn Lennon特集号が出ていて、しかも表紙が2種類あった。ひとつは60年代のマッシュルーム・カットの頃で、もうひとつは【White Album】の長髪の頃。迷った挙句、マッシュルームのやつを買った。

スタジオに帰って、作業をしながらも横ではJohnのDVDをずーーっとリピート再生。YOKOさんが編集に関わっただけあって、未公開シーンが多い。特に、プライベートの8ミリで撮った映像なんて、私生活を覗いてるような生々しさでドキッとさせられる。

夜、一度【Bits】オフィスに顔を出して、書類の整理。それから【Butler's】から電話があり、また一枚売れたとの報告。調子いいねぇ。

自分のWebsiteのことで、色々とCGIについて調べるが、途中で嫌になった。今からCGI勉強するなら、いっそのこと全編FLASHで構築するほうがいいかも。悩みどころだ。

2003年11月17日(月)



 クリスマス用企画

昨日から始まった【Butler's】での展示で、早くも2点目が売れた。架け替え用と、新作の数点を持って会場へ。そこでも何人かのお客さんと直接話し、プリントの需要の高さを思い知る。

それから、すぐ近くに住む慎也さんのオープン・ハウスに顔を出す。あいにくの天気が続くが、売れ行きも好調のようなので一安心。ちょっとお喋りをしてから【Bit's】のオフィスへ。

新年号用の企画などの関わりで、一応「Marketing Producer」という肩書きをもらった。次号アート記事のチェックをしたり、新年号の巻頭企画などをした。あとは、やっぱりマーケティングを含めた今後の方針などを考える。【Bit's】は無料誌であるから、生き残りのためには長期で物事を考え、かつ短期で成果を上げなければならない。

スタジオに帰って、今度は自分のクリスマス用企画を準備する。絵を買ってくれたお客さんや、メーリング・リストに登録してくれている人達へ向けたプレゼント企画だ。今回作ったプリントの優先割引販売や、カレンダー、帽子などのグッズを用意してる。

日本にいるRafiから「狭い箱みたいな所に泊まってる。」とE-mailがある。これはカプセル・ホテルのことか?もしくは本当にダンボールに野宿だったりして(笑)。

2003年11月15日(土)



 原画とプリント

昨日、トロントは初雪でした。絵の搬入があるので心配してたんだけど、幸い雪は積もらず。朝9時に慎也さんが迎えに来て、Butler'sの第一号店であるRoncesvalles店に絵を搬入。

これで3ヶ月続いたButler'sでの巡回展が終わる。クリスマスも近いということで、今回は原画でなくプリントを展示販売することにしました。値段もフレーム込みで$80という鼻血価格で御奉仕してます(笑)そしたら、オーナーの妹さんが早速買ってくれた。

最近、特にプリントなど複製品の問い合わせが多い。まぁ原画の値段が上がってるのもあるけど、手頃な価格で複製を持っておきたいという人が増えてる。それは以前、原画を買ったオーナー達からもリクエストがあって、やはり何枚も原画を買うのは難しいので、他の作品をプリントで欲しいというものだ。

これも需要と供給だろうか、あんまりプリントは作りたくないけど、プリント技術も上がってるし、ここら辺でやってみようと、10ずつエディッションを作った。

Roncesvallesでの展示を終え、そのままMarkham店へ。バカでかい原画を3枚も飾ってたので、梱包も一苦労。一旦スタジオで荷物を降ろし、コンベンション・センターで開かれてる【Toronto International Art Fair】に出掛けた。

去年は出展してたSpin GalleryやArtfocusの姿が無いのは寂しい。客の入りはマァマァ。決して多くはない。モントリオールのPierrieギャラリーで、久々にオーナーのJeanと再会。相変わらずゲイ丸出しで、ベタベタ触ってくる(笑)。勘弁してくれ。

Katherine MulherinやPaul Petroなどトロントにも活きの良いギャラリーはあるが、今回はイギリスのギャラリーに良いのが多かった。それにしても、これだけ距離的に近いニューヨークからの出展がほとんど無いのは、やっぱりトロントなんてマーケット範疇に入ってないから??くやしいねぇ。

客観的に見て、カナダのアート・シーンが面白いとは言えないのも確か。何かこう、権威的なんだよね。評価の高まってる同じアーティストが複数のギャラリーで被ってたりして。俺、来年ブース出展しようかと、マジで考えてしまった。

2003年11月14日(金)



 ヴィザに負けるな

そろそろVisa(ヴィザ)の期限が切れる。とっくに延長申請しないといけないのに、まだ書類の準備もしていない。ワーク(労働)ヴィザの中の【アーティスト・ヴィザ】という特殊なカテゴリーなので、用意する書類も一般とは大きく異なる。

そもそも【アーティスト】という職種自体が曖昧な表現なので、とにかく実績と高い評価、それに「これから何をやるのか」が最も問われる部分。基本的には「世界的に活躍する…」人が対象だけど、俺みたいなローカルでも、その証明さえ出来れば十分に可能性がある。

今回、推薦状はトロント市長や日本領事館、評論家やギャラリスト達にもらうことが出来たし、新聞やTVの取材なども多かったので、前回よりは楽に取れるかもしれない。…そう願う。

と言うのは、つい先日、知り合いの韓国から来てるミュージシャンがヴィザを拒否されて強制送還に遭ったからだ。俺からすれば、このヴィザというやつは、不公平の塊みたいなもんだ。しかし、俺らは常に、このヴィザとも戦わなければいけない。負けてられねぇ。

夕方【Bit's】でKazuさんとミーティング。新年号に関することで、色んな戦略を練る。俺の【Bit's】への関わり方は、単なる美術ライターというよりは、全体的なプロデュース面への関わりが大きいかもしれない。

7時に終わって、外へ出ると大雨。珍しい。ケンジントンのMの家で食事会。先日の秋祭りで売れ残った「コロッケ」を処分するために集まったようなもんだけど(笑)。もう芋は当分食いたくない。


2003年11月12日(水)



 Cafe May

以前、コーセイ達とライブをやった【Cafe May】という小さなBarがある。そこのオーナーのKさんからは、それ以来ちょくちょく電話をもらっていた。

「お店を買う気は無い?」と聞かれるのは、もう3度目。実はKさん、体の具合が悪く、年齢もいってる事もあり、店を誰かに譲りたがっていた。

「店を買うことは出来ないけど、時間がある時に手伝うくらいだったら平気だよ」。と、はぐらかしていたものの、どうやら本気で口説きにきたようだ。まぁ、電話だとアレだし、今晩の営業を手伝いがてら、直接出向くことにした。

夕方Cafe MayでKさんに会うと、酷くやつれた顔をしてたので「他の心配事でもあるの?」と聞くと、やっぱり経営難からくる疲労のようだった。それから色々な話をして、帳簿を見せてもらう。火の車までじゃないが、相当ヤバイ。

昔はコックが8人もいる、結構流行った店だったのが、6年前くらいの交通事故を機にガタッと経営が傾いたようだ。体が不自由なので、料理もままならず、現在はビールの売り上げ一本に頼っている。これでは利益を上げる術は無い。

ボランティアでここの音楽バンドのプロモートをしているChrisが来たので、彼からも話を聞くが、やはり行き詰っている様子。俺は金の面で援助や協力は出来ないが、労働力とアイデアだけなら少し手が貸せる。

深夜2時の閉店まで手伝って、それから朝の6時まで再び色んな話をする。軽はずみに無責任なことは言えないが、これも何かの縁なのだろう、微力ではあるが【Cafe May】の運営に携わることになった。

どうする?何ができる?俺。



2003年11月11日(火)



 一息

近頃なかなか日記を書けない。今年のピークは全て過ぎ去ったはずなのに、この忙しさは何だ?今だに、ホッと一息付く暇がない。

忙しさの合間を縫うように(多分、使い方間違ってる)、昨日は日系の文化イベントに出展しました。年に一度の【秋祭り】というやつで、去年は似顔絵をやったんだけど、今年はそれプラス絵の複製品を販売した。

日頃お世話になっている日系の皆様へ、唯一恩返しというか、直接出向いていける機会なので、なるべく毎年続けていきたいと思う。それにしても、自分のHPでは一切これの宣伝が出来なかったので、きっと誰も俺目当てで来てくれる人は居ないだろう、と思ったら結構沢山きてくれた。一体どこで情報を得たの??

いつもHPをチェックしてくれてて、今回初めて直接話せた人もいた。また、これを機会に俺の作品を知ってくれた人も増えたのだろう。イベントなどに出展すると、毎回ゲストブックにE-mailアドレスを書いてもらうんだけど、数えてみたら今年だけで300人くらい居た。

今日は昼まで寝て、それからRafiがやって来た。明日から日本に2週間も滞在する。今回二人でやった事を、今度は一人で全て取り仕切らなければいけないので、相当なストレスが溜まってると思う。俺も出来る範囲で協力は惜しまないつもりだ。

2003年11月10日(月)



 G3

トロント郊外にあるJ.C.C.C(Japanese Canadian Cultuer Centre)で、午前10時からミーティングだったので朝9時に家を出る。丸一時間掛かって到着。遠すぎ・・・。

コーディネーターのLindaと来年のコンサートについて打ち合わせ。ちょっと時間が出来たので、同じ建物内にある【日系Voice】の田中さんを訪ねた。慌しい立ち話だったけど、強烈に胸に残る言葉をもらった。

俺が「今、色んな話が舞い込んでいて、どれを選択するかが難しいんですよ。」と打ち明けた時に、「あなたは日系の手助け無しに戦える人です。カナダの社会と対等に戦えるんだから、何も日系コミュニティに接近する必要ないですよ。逆にスケール小さくなっちゃうから。」と言われて、何か稲妻がズドン!と落ちた気分。

ダウンタウンに戻って、トロント領事館へ直行。【Tokyo Doll】の反響が大きかったので、何と、日本の本部へ報告書と共に新聞や雑誌のコピーを送付するのだという。M領事不在の為、Ruiさんに預けて帰る。

留守電に、オタワのエージェントのJoanからメッセージがあり、俺の絵に興味を持ったコレクターの人が「トロントへ行く!」と言い出した為、急遽今日の夕方にトロント入りするという。それまでに最新の作品写真とプライスリストを用意するように言われた。

4時に【Tequila】でJoanと落ち合う。駆け足で作品の説明と値段の交渉をして、あとは彼女に任せることにした。最近、絵が売れてないから、大口の顧客は大歓迎だ。

6時に一旦家に戻り、素早く夕食を済ませ【Massey Hall】へ向かう。今夜は久々のコンサート【G3】という、毎年恒例のギタリスト達のコンサート。ジョー・サトリアーニとスティーブ・ヴァイはお決まりだが、今回のゲストは何と、イングヴェイ・マルムスティーン!!




インギー(イングヴェイのこと)は、俺の高校時代のヒーロー。【アルカトラス】のライブ盤を完全コピーすることに情熱を燃やしたものだ。北米では滅多に彼の姿を見れないので、これは逃す手は無いと、前から3列目のチケットをGET!

ブクブクに太った、近所のおばさん的な風貌になってしまったインギーだったが、やっぱり彼はGOD。神である。しょっぱなに、ステージに登場するや否や、一音も弾かぬ間にピックを次から次へ客席に飛ばす。もう、何をやっても許される。てか、早く弾けよ!

ギター奏法については、何を弾いてもインギー節の金太郎飴状態だが、ボーカルが居ないセットの為、思いっきりギターを堪能できた。

続くスティーブ・ヴァイのセットには、この日一番の盛り上がり。何と、サイドギター兼キーボードには、トニー・マカパインが登場!更にベーシストは元Mr.Bigのビリー・シーン!!もう平伏すしかないです。(ごめんね、マニア以外には意味不明かも)

あんまりヴァイは好きじゃなかったけど、このステージを観て変わりました。ヴァイ最高!彼が【G3】に居なかったら、確実にエンターテイメント・レベルが下がるはず。スターとしての風格と、エンターティナーとしての才能、卓越したギターテク、全てを彼は持っている。

その割を食ったのがジョーかな?最後の3人でのセッションは、観客がステージ前に押し寄せ、俺はまんまと最前列へ!相撲取りのように汗を撒き散らすインギーの体液を顔面に浴びつつも、必死でキープ。結構嬉しくない。

あ〜、やっぱギターはいいね。もう一回、昔みたいにトレーニングしようかな?

2003年11月06日(木)



 礼儀とは何ぞや!

トロントでアート活動を始めてもう5年目になる。一番最初にメディアで取り上げてもらったのが、忘れもしない【The New Canadian】というバイリンガル新聞だった。その時のライター、Sさんから久々にメールをもらった。

そして、彼女が今関わっている【Challenge】というWeb雑誌の取材を受けることになり、午後2時に馴染みの【Tequila Bookworm】で待ち合わせた。

アーティストになる前に音楽をやっていた時代の話や、こっちに来てからの苦労話しなど、今までの自分を振り返る良い機会だった。それプラス、Tokyo Dollが終わって、キュレーターとしての活動を停止するのを決めた今の心境なども話すことが出来た。

一通りインタビューを終えて、今度はスタジオで写真撮影やメッセージの録音、色紙にサインなどをする。5年前は、どんなに小さくてもいいから取り上げて欲しいとSさんに取材をお願いしたのに、今、こうやって取材を受けるのは不思議な感じだ。

夜7時、いつもスポンサーなどでお世話になっている某社長のパーティーへ出掛ける。いつも豪華な立食があるので、ここぞとばかりに食いまくる。それから旧知の友人らと話したり、終始リラックスする。

帰りがけに、ちょっとしたことで従業員の男の子に手を上げてしまった。猛烈に反省。

30日の少年ナイフのコンサート後にも、同じような事があったんだけど、近頃の日本の男の子は礼儀が全く無い。20歳そこそこのガキに「お前、カナダで何やってんの?ア〜?」とか言われて、大人しく「売れない画家やってます」と答えるほど大人じゃありません。

その時は殴らずに「腕相撲でもしようか?」と、力の差を見せてあげて、事なきを得たんだけど、今夜の場合はちょっと違いまして。自分が言われるならまだ我慢出来ることも、彼女とかパートナーに対して無礼をされたら黙ってはいられなかった。

よく「外国って敬語もないし、従業員と社長でもタメ口きくんでしょ!?」と、トンチンカンな事を言い出す奴がいるが、よく考えてみ?礼儀って敬語使うことじゃないぞ。自分は相手の顔を立て、相手は自分の顔を立ててくれる。それが礼儀じゃないのか?

その前提があって親しく口を利くのと、初対面でいきなり「よぉ社長、元気!?」と言うのは全く違うこと。そんなのどの世界行っても同じことです。

もう一つは、関西芸人のボケとツッコミの影響からか、気安く人の頭を小突く奴がいます。俺は大っ嫌いです。間違いなくシバきます。まぁ、日本人同士だったら許容範囲かもしれない事だけども、こっちの人は、よほど親しい間柄じゃないと絶対に手を出したり小突いたりしません。

日本の会社では、新人のペーペー後輩が先輩の頭を小突くなんて事は普通なのか?俺は、それが日本流とか海外式とかで良し悪しを言うつもりはない。だが、社会的にみて「それは通用しないよ」という部分だけは守っていきたい。

口うるさいジジイのようだが、俺の前でそういう態度を取るやつにはこれからもビッシビシいきます。

2003年11月01日(土)
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