-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 ハロウィンです

朝からレンタカーを借りて、友人から買い取ったソファを引き取りに行く。しかし、約束の時間ちょうどに着いたら不在だった!少し待ったが、午後からミーティングがあるので後でまた来ることにする。カナディアンは時間にルーズだと言われてるけど、全く同感。もちろん人によるけれど、ルーズな人が多い。

2時に【Bit's】オフィスでKazuさんとミーティング。それから外のカフェへ移動して、今後の相談など色んな話をする。

俺は、金にはシビアなところがあり、ずぼらなO型らしからぬ側面を持っている。自分で自覚するくらいだから他人にはもっと思われているかもしれない。どんな友達でも、絵をタダであげたりはしないし、展覧会の企画やイベントも、まずは金の話から入ったりする。

しかし、そんな自分にも「金じゃないよね」と、掛け値無しで手助けしたいと思わせる人もいる。その一人がKazuであり、【Bit's】である。彼の行動には触発されることが多い。分野は違うけれど、海外で共に戦っている仲間だと思えるからだ。

夕方6時、やっと友人からTELがあり、ソファを引き取りに行く。ダウンタウンでは、あちこちで道路工事があり、ハロウィンというのも手伝って大渋滞だ。普段なら30分で行けるところが2時間掛かった。

無事スタジオにソファを運び入れて、今度は彼女とスーパーへ買い物へ行く。車がないと普段買えないもの、ジュースを箱で買ったり、米を袋で買う。夕食は久々に韓国街へ。あちこちで子供が仮装して、キャンディーをもらうために徘徊していた。

家に帰ってから、近所のバーへ出かける。道行く人の90%が何らかの仮装をしてる。半ケツを出して歩いてるオッサンは一体何の仮装だったんだろう?

バーでは、【Bit's】の創成期メンバーであるKenの送別会が開かれていた。皆8時頃からいたらしく、すっかり出来上がってる。軽く飲んだ後で、ケンジントンにあるGiovanniと平井くんの家で二次会。皆で金髪ヅラを被って遊んだ。

2003年10月31日(金)



 少年ナイフ



10時にアシスタントのケイコと共に会場入り。Walterは遅刻でまだ来ていない。会場のセッティングは相当大変だ。隣接するバー・カウンターには“常連さん”達が陣取っていて、朝っぱらからビールを煽りつつTVに見入っているからだ。

VCRのセットをして、画面のチェックをするにも“常連さん”らにお伺いを立てなきゃいけない(笑)何てこった。やっぱりギャラリーでやれば良かった…。

カメラや将棋盤、机などをセットして、何とか会場っぽくなったのは午後5時過ぎ。Walterはカメラ故障と格闘しながら、ギリギリ間に合った。

6時には、Omuni-TVや、National Postらのメディア取材班が到着して、先にインタビューやら取材などを受ける。7時ころから客が入り始め、見よう見まねで将棋を楽しむカナディアン達。

だが、少年ナイフのマネージャー、Seanから「会場入りが大幅に遅れる」との連絡。それから「8時5分に到着します」と連絡を受け、外でひたすら到着を待つ。寒い。

TVカメラなども、到着の瞬間を押さえようと同じく外で待機。しかし全然来ない。週末ということもあって、道も渋滞してるし、あちこちで道路工事がある影響だろうか?そして、メンバーを乗せたタクシーが到着したのは9時15分前!!さすがロック・スターと、納得するために自分に言い聞かせる。

会場横の控え室で、ごく短時間で打ち合わせを済ませ、【将棋ナイフ】T-シャツに着替えるメンバー。マネージャーが良い人で良かった。

いよいよ会場にナイフが登場!という時に、MCのPeterが行方不明!急遽俺がマイクを持ってアナウンスする事になった(泣)。メンバーが登場すると一斉にフラッシュの嵐!さすがである。

席に着いて、いよいよ観客との将棋対決。横には指導員として、架空の将棋達人ToshikiさんとYoshiくんが浴衣姿で仁王立ち。ナイフのサポートメンバーのManaさんは将棋をよくお解りで、自らどんどん駒を動かす。

観客は列を作り、5手くらいずつ入れ替わり立ち代わりナイフと将棋を指す。その模様をプロジェクターを使って中継。かなり白熱した勝負になった。俺はその横で、新聞記者の質問を翻訳させられたりして、ナイフとの仲介役になったり、観客の順番を整備したりで、激忙しかった。

11時よりコンサート本番が控えてるので、9時40分ころ最終コール。将棋の決着は着かなかったけど、それは計算済み。お客さんは、サインをもらったり一緒に写真を撮ったりで、こんなファンとの交流はナイフも初めてだろう。

会場を撤去した後、一度スタジオに全員集合してナイフのコンサートへ。歩いて3分のところにある【Horseshoe】が今夜の会場。かなり超満員スシ詰め状態。全体の8割がカナダ人。去年のPUFFYのコンサートでは8割が日本人だったけど、やはりナイフは外国人気が高いのを実感する。スタッフとして手伝ってくれた、ミホコやケイコも最前で盛り上がる。

コンサート後に【Bit's】の読者プレゼント用にツアーT-シャツをもらったり、記念写真を撮ったりして無事終了。会場に来てたSPINのJUNOやRafi,スタッフ+日本人の若者5人くらいと飲みに行った。

2003年10月30日(木)



 また徹夜かよ・・・

依然、【Much Music】のHannahからは音沙汰無し。30日のコメンテーターとして、どうしても彼女が必要なのに・・・。

代役としてSook-yin Leeに頼もうと思って電話番号を探したけど、無くしてしまったようで見付からない。マユコちゃんに電話して聞こうと思ったが、彼女も不在。ツイてない。

先日ぶっ壊れたプリンターを無理やり稼動させ、将棋のインストラクション・ボードを制作。通常の4倍くらい時間が掛かる。

途中でWalterから電話があり、すぐにGladstone Hotelで落ち合うことになった。30日の【少年ナイフ】とのイベントで使うこのホテルのボールルームは、古びた外観とセットになってるかのような老人達が、昼間から酒を飲んでいた。

ホールにはハロウィーンの飾りつけがされており、心苦しいがオーナーに言って装飾を外してもらう。それから機材やらテーブルやらの配置確認。実際に会場を見て、頭のアイデアが大分固まってきた。

その後Walterと中古レコード店を巡り、ナイフのレコードを探すがどこも無し。レコードにサインでももらおうと思ったのに(笑)。

スタジオまで送ってもらい、メールをチェックしてから再びEastのプリント会社へ。しかし、まだT-シャツが仕上がっておらず30分ほど時間を潰す。

ふと入った中古家具店で、すんばらしい椅子を発見!即買い。多分、アールデコのコピーだが、猫脚と背もたれ部分の装飾が絶品だった。これを逃したら、夢に出てきそうなくらいの美品。後日取りに来ることにして、代金だけ支払う。

8時にトシキさんの家に行く。ギターの達人の彼に、今回無理やり【将棋の達人】役を引き受けてもらった。そして、もう一人シタール奏者としても有名なヨシくんにも来てもらい、2人そろって明日、【将棋の達人】という大役を引き受けてもらう。

ビールで和んだあとで、WalterとCamillaも合流。突然話の流れが変な方へ行き、トシキさんとヨシくんのギターセッションが始まる。それを見たWalterが「それ、明日やってよ!」と、ビックリ発言。

全員が戸惑った空気の中、結局それも加えることにした(笑)。もう面白ければいいやって感じもするが、どうなる事やら。。。

トシキさんの家を後にして、スタジオに戻ってT-シャツの試着。二人とも凄く気に入った様子。それからCamillaが今日、少年ナイフのマネージャーから借りてきたビデオを鑑賞。今晩徹夜で俺がそのビデオを4本ダビングすることになった・・・。

今、ちょうど午前4時。あと2本もある…。同時進行で将棋インストラクション・ボードを作成中。やっぱり今日も寝れない。


2003年10月29日(水)



 夜のミーティング

午前中を電話とパソコンの前で過ごした。30日の少年ナイフとのイベントがメディアに流れ、方々から問い合わせが来る。その度にプレスリリースをFaxしたり、時間のアレンジを頼まれたりする。

これらはCamillaの仕事なのだが、TDをやった時に俺のE-mailが出回ってしまって、何故かこっちにばかり掛かってくるようになった。最悪。

JCCCのリンダにお願いして、将棋盤を5つと、プロジェクター一台を借りれる事になった。プロジェクターって結構用途があって、今まではレンタル会社で借りたりしてたんだけど、一日$100くらいするし、バカにならない。こういう機材をもっと手軽に借りられるようにして欲しいな。だって、今回もリンダやクリスティーナの伝が無かったら、きっと「NO!」と言われてたはずだから。

昼食を買いに外へ出て、思わず本屋で雑誌を衝動買い。この頃とくに物欲が有り余っていてヤバイ。気付いたら商品を抱えてレジに向かってる自分が怖い。

午後から、ひたすら将棋のサイトを徘徊して、カナダ人に分かりやすい将棋の手引きを探す。30日の会場に貼り出す、インストラクション・ボードを制作するため。

びっくりしたのは、海外にも将棋のファンが沢山いて、しかも将棋団体やアソシエーションがあったこと!試しにメールを送ってみたが、今のところ返答なし。

夜、久々に彼女と食事を作ろうと思ったら、Camillaから電話。8時から近くのバーで最後の詰めミーティングをすることになった。

待ち合わせたBarが、あいにく映画の撮影でクローズになっていて、数軒隣りのバーへ。初めてだったけど、すげーいい場所見つけた。近くにこんな良い店あったなんて、目から鱗。

3人で12時近くまで飲む。シリアスな話題は先に済ませて、後はひたすら音楽の話題で盛り上がる。Walterはヘビメタ・ファン。俺もその昔は相当なファンだったので、今度トロントに来る【G3】のライブについて色々と語る。

Walterはトロントのミュージシャンにも顔が広くて、中には俺の人脈とリンクしてて興味深い。結論は、やっぱりトロントは狭いということ。全く知らない人が3人いたとしても、どこかで誰かが繋がってるような感じ。

日本では、周りにミュージシャンやアーティストがいるなんてケースは稀だけど、こっちでは「友達のアーティストがね・・・」という会話が普通に繰り広げられる。

あ〜、頭痛くなってきた。何だろう?気持ち悪いので今日はもう寝ます・・・。

2003年10月28日(火)



 トロント行脚

トロントのバス、地下鉄が乗り放題という一日券がある。滅多に買わないんだけど、今日は予定がいっぱいあるので時間の節約の為に奮発。って言っても、たかが8ドル位だけど。

11時にQueen Westの洋服店【Del Phic】へ。TDのパンフレットや残りチケットを回収。ここは洋服店だけど、Derrickのマルチプルとかも売ってる変わった店。

次にBloor x Bathurstへ行って、現在個展開催中の【Butler's】へ立ち寄る。オーナーのAmillaが偶然いて、彼女のオフィスでお茶を飲む。お父さんが俺の絵を凄く気に入ってくれてるらしい。ならば買ってくれ。

Spadinaの【Second Spin】で少年ナイフの告知を貼らせてもらう。ここの店員のニイちゃんとは顔見知り。口コミで30日のイベントを広めてくれるといいんだけど。

それからすぐ近くの【Bit's】オフィスへ。ほとんど皆外出中だったけど、とりあえず無事にTDが終了したので御礼を兼ねてパンフレットを配る。そのまた近くの【日加タイムス】でも、同様に御礼とパンフレットを配布。

雨が降り出してきたが、今日は地下鉄に乗れるのでさほど気にならない。Queenへ降りて【PULL】へ。昨日取り置きしてもらったT-シャツを26枚受け取り、一旦スタジオへ戻る。

T-シャツのデザインを手直しし、CDに焼いて、Eastのプリント会社へ直行。T-シャツは完全限定30枚(自分、スタッフ含む)の激レアもの。全部売れても儲け無し。悲しい。

CamillaとWalterからの電話が引っ切り無しにくる。ヤバイ、【Much Music】のHannahとの連絡が全く取れないのだ。これは俺の仕事だが、電話もダメ、メールもダメだと打つ手がない。仕方なくRafiに相談するが、あいつも電話かメールしか手段が浮かばない。困った・・・




2003年10月27日(月)



 祭りのあと

今日も雨。日曜日の閑散としたビジネス街、その一角にあるDXに入っていく人を数人見かけた。【Tokyo Doll】は昨日で閉幕したので「おかしいな?」と思ったが、やはりその人らはTDを目当てに来ていた。

「ごめんね、これから作品を撤去しなきゃいけないんだ」と言うと、残念そうに「邪魔しないから少しだけ見せて」とお願いされた。もちろんです、見ていってください。

DX側からは、作品を日本に返送するのを1,2週間延ばすように頼まれた。会期が終わったと知らずに来る人や、電話で作品の購入を問い合わせる人が結構いると言うのだ。

こっちも撤去した後で、梱包作業やら事務手続きがあるので、すぐに返送するつもりは無いのだが、それにしてもこの反響には驚かざるを得ない。4時間ほど掛かって、全ての作品を撤去。Rafiの家へ持ち帰る。

午後6時、30日の少年ナイフとのイベントで限定販売するT-シャツの打ち合わせでQueenの【PULL】へ。在庫ギリギリで色数を合わせてもらう。

夜、電話にて諸々打ち合わせ。プレスリリースが仕上がったので、メディアや友人関係に流す。【人間将棋】という企画があって、カナダ人20名と日本人20名を集めているのだが、カナダ人はすぐに定員以上が集まったものの、日本人が全く集まらず困る。こういう時、やっぱり日本人はシャイな人種なんだ、と痛感する。

2003年10月26日(日)



 ViVA, Tokyo Doll!!

朝からしとしと雨が降っている。10月8日から開幕した【Tokyo Doll】も今日が最終日。本当にあっという間の出来事だった。会場のDXホールは、自由に人々が出入りできるようになっているので、期間中に一体どれくらいの人が訪れたかを数字に表すことは出来ない。でも、想像を超えるほど沢山の人に【Tokyo Doll】という展覧会は知られたと思う。

例えば、TDのT-シャツを着てレストランに入ったとき、ウェイトレスが「Hey,その展覧会知ってるわ」と声を掛けてきたり、地下鉄でアート雑誌を読んでいたら、隣のおじさんが「今Tokyo Dollって展覧会やってるの知ってるか?面白かったから君も是非行くといいよ」と言ってきたり(爆笑)、本屋で顔見知りの店員に「TDって一体誰がオーガナイズしたか知ってる?」と聞かれたり。

本当に様々なシチュエーションでTDの名前が耳に入ってきた。自分はまるで台風の目の中にいるみたいに、周りでどんな風に展覧会の事が話題になってるか分からなかったけど、やっと最近それらの声を聞き、実感しているところだ。

今日、午後1時から始まったクロージング・パーティーにも大勢の観客が来てくれた。メディア関係や友達はほとんど招待してなかったので、実質この会場にいる人々の大部分が新聞や雑誌で評判を聞きつけて来てくれた人々だ。

午後3時に、いよいよグランプリの発表。審査員のデレクとデハラさんが長い討論の末に選んだのが「ワクイアキラ」くん。次点の中川くんと非常に僅差の判定であるがグランプリに相応しいと判断された。おめでとう!

他にも、候補の作品が幾つもあって、全部の名前を挙げることは出来ないが、それぞれに評価ポイントがあって甲乙つけ難い審査だった。無論、TDに出展されてる次点でクオリティその他をクリアしてるわけだから、グランプリを逃したと言っても、決して評価されなかったという事ではない。

グランプリのワクイくんは、来年トロントで個展を開催し、今後の【フィギア・アート】をより広めていく役割を担う。それに耐えうる力量を持っていると判断されたのだと思う。

数ヶ月前に、【Tokyo Doll丸】という名の船にのってカナダに上陸したドール達が、大勢の人々の関心を集める事が出来た。そしてこれからは、そのドール達が自分の力で立ち、歩かなければいけないのだ。TDがここまで成功したとしても、アーティストにとってはほんの少しのアドバンテージに過ぎない。

でも、確実に人々の心を捕らえてるのは、その売り上げからも分かる。今日のクロージングだけでおおよそ全体の半数近い作品が売れた。これには俺もRafiも驚いた。中には電話で「あの作品を取っておいてくれ」という問い合わせもあった。

自分もアーティストであるから、作品が売れる喜びと手放す寂しさの微妙な気持ちが分かる。でも、今回作品が売れたということは、アーティストは素直に喜んでいいと思う。

ひとりぼっちで作品製作に励み、時には人から中傷や、あざけりを受けたりもしただろうが、それでも自分の作品を信じることを止めなかった結果、こうして国籍も肌も違う大勢の人々に愛されたのだ。

買いたいというお客さんは、皆「I Love This」と言う。決して「I Like This」ではないのだ。作品を買うということは、その作品を愛するということ。自分以外にも、自分の作品を愛してくれる人がいたということだ。喜んでほしい。

夕方6時、全ての作業を終え、Rafi達と食事にいった。シャンパンじゃなく、地元の一番安いビールで乾杯というのが俺ららしい。マジ美味くて、久々に酔っ払った。

帰り道、University通りのド真ん中で、この酔っ払い4人衆が爆発!着ているT-シャツを振りかざして叫ぶ

「ViVA, Tokyo Doll!! WOWooo!!!」

最高!


2003年10月25日(土)



 Artfocus終了

【Artfocus】の最終日。朝一度会場に顔を出してから、Queenの【PULL】へ。オーナーと相談してT-シャツの素材を選んだ。これは30日に販売する少年ナイフの限定版T-シャツ用。

サンプルを持ち帰って、スタジオでデザインの調整をして、プリント会社まで自転車で突っ走る。オーナーにお願いしても良かったのだが、自分で行った方が早いんで。

スクリーン・プリントとパッチ(貼付け)プリントの値段の違いに悩む。100枚とか作るならいいけど、30枚じゃコスト割れしそうだから、今回はパッチにした。クオリティ的にはさほど問題ないし。

DXにて【Tokyo Doll】のチェック。何と言っても明日が最終日!頼まれていた写真を数枚撮って、受付の子達と記念撮影。彼女たちも本当にDolls達が好きだったようだ。それを聞いてこっちも嬉しくなる。

記念のノートには、観客がぎっしりとメッセージを書き綴っていて、中には人形のイラストを描いてるのもある。無理やり日本語で書こうとしてるメッセージを見て、ちょっと熱いものを感じた。期間中に集まったE-mailアドレスだけでも500人以上。それを後で打ち込むのかと思うとゾッとするけど(笑)

【Artfocus】へ戻ってサクっと搬出。会場とスタジオが近いので、歩いて絵を持ち帰った。今年の行事がまた一つ終了。



2003年10月24日(金)



 Hysteria

DXのTokyo DollとMetro Hallで行われてる【Artfocus】を行ったり来たり。2つの会場は自転車で5分。近くて良かった。

30日の少年ナイフとのアート・イベントが正式にGOサインが出たため、7時からCamillaとWalter、それにコーディネーターのChristinaとミーティング。

この前代未聞のアートイベントに、Mocca(カナダ現代美術館)とJCCC(日系文化会館)が協力してくれることになった。更にゲストとしてMuch MusicのVJが司会を担当。しかもカメラを2台設置して、フィルムに収めることになり、何だか凄いことになってきた。

8時に慎也さんと待ち合わせてアートイベント【HYSTERIA】のオープニング・パーティーへ。これは女性のみによる最大のアートイベント。北米中から画家やパフォーマー、アクトレス、詩人、作家、デザイナー、ありとあらゆる女性アーティストが集結する7日間のイベント。

Camillaは勿論のこと、先日【Bit's】でも取り上げたKirstin Johnsonも参加してる。一体どんなイベントなのか見当も付かないままに会場に到着。

会場はインディペント・シアター【Bad Times Theater】で、どことなく下北の【スズナリ】を思わせる怪しげだがエナジーを感じさせる雰囲気をもっている。

会場のあちこちで同時にパフォーマンスが始まっており、ステージ前ではアイロンを持った女性が床にアイロンをかけている。階下で悲鳴がしたので見てみると、【魔女狩り】を題材とした女性差別の歴史をコミカル描く舞台が始まっていた。


この劇は、観客と共に会場の外に出たり、入ったり、一幕ごとにシチュエーションを変え、ぞろぞろと観客が後に続いて移動しなければならない。

一方、別の部屋では全裸の女性3人がパフォーマンス。体にびっしりと文字が書かれていて、読むと「お前は子供の世話をしていればいいんだ!」とか「寝ろ!咥えろ!」など、男性が女性に対して浴びせてきた屈辱的な言葉が羅列されている。ちょっとショック。

CamillaやKirstinと会場で再開して、しばし飲む。何だか女性のパワーに圧倒されてしまって、男性は肩身が狭い。このイベントの意義は、ボーダレスに様々なジャンルのアーティストが混ぜこぜになってるところにあると思う。それが女性アーティストのみだからこそ成し得たのかは分からないが、とにかく刺激的だったことは間違いない。

どこで何が起こっているのか見当も付かず、パーティーの間中、暗闇を彷徨った。どこまでもアンダーグランドな活気が漲っていて今年、初めて「行って良かった!」と思えるイベントだった。俺が女だったら、来年は絶対に参加したい!と思っただろうな。

2003年10月23日(木)



 授賞式にて

【Artfocus】の授賞式があり、今回は“Best Mixed Media”アワードをもらいました。どうもありがとう。副賞は画材店【Curry's】の$200相当のギフト券。しかしパステル買ったら一回で終わりそう(笑)

今回の【Artfocus】に出てることを、ほとんど誰にも知らせなかった。このHPですら告知もしなかった(笑)何故だか分からないけど、誰も知らなくていいと思ってしまって。

表彰式の間も、他のアーティストは家族や恋人や友達を呼んでワイワイやっていたが、俺は一人ぼっちで表彰を受けた。それがすごく心地よく思えた。

最近はいつも誰かが側にいたし、友達も大勢来てくれたりした。ちょうど、5年前トロントに来たばかりの頃、友達もおらず、こういう場では寂しい思いをしたものだが、今夜は一人でいるのが何故かとても気持ちよかった。

無理に誰かに話しかけるでもなく、声を掛けられたらそれに答えるだけ。コネを作ろうとか、知り合いになるチャンスだとかは一切頭になかった。以前の自分では考えられないほど消極的だ。何かが燃え尽きたのかな?

夜5時からパーティーが始まったけど、速攻で離脱して友達と近くのバーで飲む。近頃、説教くさくなってダメだな。さほど年齢が変わらないのに、自分だけ妙にオッサンくさいのが気になる。

それを助長するかのように、皆「トモは夢を実現させてるから」とか、「何をやればいいか分からない人の気持ちは理解出来ない」とか言いやがる。

言っておくが、俺だって未だに道を探してるし、どこへ進めば良いかなんて決めてもいない。逆に、俺は人よりも臆病な人間だと思っている。臆病だからこそ、歩き続けてないと不安なのだ。

先の事も考えず、ただその日暮らしをしてる友達を見て、ある意味羨ましくもある。だって、もし自分がそうだったら、不安で不安で堪らない毎日だと思うからだ。そんな俺より、お前らの方がずっと人間らしく生きてるよ、と言いたくなる。

結局、自分で道を切り開いて歩くのが好きな人は、先に何があるか分からないから不安が多い。周りの景色を楽しむ暇もなく、ただ前を見て進むだけだ。

一方で、他人がすでに開いた道を辿れば、日々に恐れることなく、のんびり先人が歩いた後を行けばいい。道端の花を見て楽しむことも、遠くの山を見て心を休める余裕もある。

どっちが幸せかは分からないが、後者の方がずっと人生を楽しめるとは思う。結局無いものねだりの水掛け論だが。





2003年10月22日(水)



 大勘違い

最悪です。昨日レクチャーから帰ってきて、再び絵を描いていた時に、ArtfocusのPatからTEL。「Hey,Tomo!今日の搬入どうして来なかったの!?」と言うではないか!!俺はてっきり今日、21日が搬入日だと思っていたが、届いていた要綱を見直すと、そこにはしっかりと【搬入は20日(Mon)】と書いてある・・・

ジタバタしてもしょうがないので、とりあえず謝って明日の朝イチで搬入することになった(笑)それから猛烈なスピードで最後の一枚を仕上げて、そのまま朝8時に搬入。

会場のセキュリティのおじさんに手伝ってもらいつつ、約一時間で終了。近くのフードコートでドーナツとコーヒーを買って、やっと一息。昨日のレクチャーからずっと動きっぱなしで、同じ一日が続いてる感覚だったが、今日がこれから始まると思うと虚脱するぜ。

10時ころ、他の参加アーティストや、Patが来場。「いや〜参ったね」と言ったら、「参ったのはこっちよ!」と怒られた。今日は審査員が来て、グランプリを決めるので、ちょっとナーバスみたい。

それは良いとして、本来俺のブースがあるはずだった場所に違うアーティストがいたので、そのクレームを申し立てる。しかも、そいつは規定の5x10フィートを遥かにはみ出す20フィート四方に絵を展示している。

そいつは某エスニック・アーティストで、画廊やらエージェントやら数人を従えて大物気取りでブースを展開してやがる。禁止されてる複製品を展示してるし、規定にない自作の壁を設置もしてる。例えて言うなら、大草原に現れたサーカス団だ。イカサマ野郎!

俺があまりにもカッカしてるので、そいつが「ブース、ちょっと離そうか?」と気を遣ってきたがNo Thanks。横のブースがどんなに派手であろうが、俺は自分の作品の存在感を信じてる。どうってことない。

他のアーティストは皆いいやつばかりで、閉館の6時まで、いろんなアーティストと立ち話に興じた。

8時にCamillaのスタジオでミーティング。月末の少年ナイフとのイベントの件だ。彼女も俺に負けないくらい多忙だったので、久しぶりにこの話を再開させる。

話の流れから、カメラマンが必要だと判るとすぐにTELしたり、マネージャーの許可が必要だと判るとすぐに問い合わせた。今出来ることは直ぐにやる!これで概要がほとんど固まってきた。

もう一人のパートナー、Walterは「奇跡的なイベントってのは、いつもごく短期間の準備で生まれるんだ」と言って、時間が無い事を、逆に士気を高める道具にしてくれた。Thanks

それからワイン飲んで、ドラム叩いて(笑)ちょっとだけリラックス。Camillaはパソコンにへばり付いてプレスリリースを書き上げた。

長い一日だった。

2003年10月21日(火)



 レクチャー

今朝まで掛かって講義用のファイルを制作。パワーポイントを使って、色んなアニメや立体人形、そしてTokyo Doll参加アーティストの画像をスライドにする。一応、台本みたいなのも作って、話の流れに沿って投影する予定。

2時間ほど仮眠を取り、朝9時から再びペインティングの作業に戻る。現在4枚目の仕上げ中。今晩中にもう一枚だ。

午後1時にTokyo DollスタッフのMさんと待ち合わせて、一緒にEglintonにある学校へ。この【Le Citadelle International Academy of Arts & Science】という学校は私立で、下は3歳半から16歳までで全校生徒160人程の学校。英語、フレンチをはじめ、日本語、ドイツ語、イタリアンなど8ヶ国語の授業があるという珍しいシステム。それだけに、人種も様々であるが、平均して上流階級の子供たちが多い印象。

学校に着くと、ちょうどダイスケくんが工作の授業を行っており、そこに飛び入り参加。日本でも一昔前に流行った【ドリームキャッチャー】を作る授業。生徒はみな人懐っこくて可愛い。だって、自分から「Hi,My name is Hannah」とか挨拶してくるし、紙に名前を書いてポケットに入れてきたりした。こんな子だったら子供にしてもいい(笑)

続いて日本語の授業にも参加。飛び級制度があるので、頭のいい子はどんどん伸びる。日本語のテストも、皆スラスラ答えを書いてる。凄い!

俺の講義は、全部の授業が終了した放課後、全校生徒を体育館に集めて開かれた。中には【ドール】=【パペット/人形劇】のショウと勘違いしてる子とかもいた。「Are you puppet guy?(人形劇の人?)」とか随分聞かれた(笑)違うっつーの。

ただ、講義が始まってしまえばこっちのもの。スクリーンに人形が映し出される度に歓声があがる。それは時にスピーチを妨げるほどで、時折先生から注意が与えられる。

講義の内容は、「ドールと人間の関係」として、過去にあるキャラクター、例えばミッキーマウス(ねずみ+人間)、ハローキティ(猫+人間)、機関車トーマス(列車+人間)を取り上げた。人間は、太古の昔より、動物や物などに人間の人格を与え、キャラクターとして親しんできた。動物や静物に、喋ったり、笑ったり、服を着たりといった【人間】的部分を加えてはじめて“キャラクター”が成立する。

それが実際に手を触れられる人形やぬいぐるみになると、子供達はTV画面の中で見るだけよりも、ずっと親近感をもつ。これは人間の習性で、好きなものに触れてみたい、自分のものにしたいという欲求とダイレクトに結びつくものである。

同じように、アートとドールの関係も、最初は平面の絵画を立体にしてみたいという、作家個人の欲求だったのが、近年では絵を描くことなく、最初から立体人形を制作する作家が出現している。Tokyo Dollでも、ほとんどの作家が人間+何かを合体させたキャラクターを生み出している。

以上のことを踏まえて、立体人形を扱うということは、人間を知るということに結びつく。例えば、【えんぴつ+人間】のキャラクターを作ったとして、走るポーズを想像する時は必ず「人間が走る姿」が想像のスタートラインだ。それを踏まえて「えんぴつだったらどう走るか?」という考えに発展する。

人間と合体させなくてもキャラクターは成立するかもしれないが、じゃあ洗濯機をキャラクターにしてみて、と質問すると、その名前は【洗濯機くん】や【Mr.ランドリー】と名付けられたりして、【くん】や【Mr.】が付いてる時点で、それ人間じゃん!(笑)と言いたくなってしまう。まぁ、それほど人間って部分が創造の根底にあるってことですよ。

立体を作るためには、正面、横、上などから多角的に対象を見なければいけないし、間接は180度曲がらないとか、この体勢は物理的に不可能といったことも念頭に置きながら制作する。そういう人間的に出来ることと出来ないことが最初にあるからこそ、そこから飛躍しようという新しいアイデアが浮かぶのだ。

何も無いところから、新しい創造を生むのが無理なように、ドールの歴史もまた【人間】という立脚点がなければ決して生まれ得なかったものではないだろうか?

そんな小難しい事を講義しなかったけど、一つだけ宿題を出しました。それは粘土で一つキャラクターを作ること。条件は人間+何か。立体人形を作ることで、今まで以上に人間の体や自分のことを知る切欠になるのではないでしょうか?

期限は今月末。子供たちが一体どんなキャラクターを生み出すか、今から楽しみです。

2003年10月20日(月)



 レクチャーの準備

今日は画家モードをお休みして、明日の学校でのレクチャーの準備をする。

画家仲間のダイスケくんが先生をやっている【Le Citadelle International Academy of Arts & Science】という学校で、全校生徒の前で講義をするのだ。

MさんにノートPCを借りにいって、パワーポイントで画像スライドを作る。どんな画像を使おうか、4時間くらい悩みながらネットで検索する。

ダイスケくんが来て、軽く打ち合わせ。この学校は完全バイリンガル学校で、英語とフランス語で授業が進むらしい。また3ヶ国、4ヶ国語を普通に操る生徒が多いらしく、ダイスケくんは生徒に「先生の英語おかしいよ」と指摘される始末。恐ろしい。ガクガクブルブル・・・

ちなみに、授業には「日本語」もあって、明日講義の前にその授業にもお邪魔することになった。その授業中は、どんな質問も会話も日本語オンリーらしい。へっへっへ。めちゃめちゃイビってやる。

一応、何を講義で喋るかを簡単に原稿にする。内容や構成を考えたりするのは意外と時間が掛かる。ましてや生徒の年齢層が6歳から15歳と幅広いし、おまけに先生達まで楽しみにしてると言われたら、どの辺をターゲットに話をしたら良いのかが分からなくなってきた。

結局、原稿をバーっと書いて、それに合う画像を拾ってスライドを作った。後はアドリブで勝負(笑)

2003年10月19日(日)



 ハマリ・モード

さすがに昨夜は疲れて4時間くらい寝た。朝起きてから、朝食前に一筆。が、止まらなくなり、結局朝ごはんを食べたのが午後3時。

RafiからDXへ行くお誘いがあるが、やはり断る。この調子だと来週のTV出演はキャンセルしそうだ。外は雨で、気温は5℃くらい。とてもいい感じ。何だか外に出たくなってウズウズしてきた。

夕方、ちょっとだけ近所の本屋へ出掛けて立ち読み。帰りに韓国レストランで弁当を買って、それを夕食にする。

夕食の時だけはTVを観てもいい事に決めてて、【北の国から】の続きを観る。ドラマの第一回から見直してて、今はちょうどスペシャル編の【'95 秘密】の途中。蛍の演技は凄い!思わず泣けた。

再び絵描きモード。4枚目に突入したところだが、3枚目の仕上がりに不満で再び筆を入れる。これはハマリ・モードかも・・・

何故か最近、女性の顔が黒人チックになってきてる。思い当たる出来事は全くなし。以前は何を描いても白人の時期があったし、日本人の時もあった。これもそうだろうか?

色の好みも時期によって大分変わる。今は背景と人物のコントラストを減らして、割と統一した色合いを好むみたい。過去の作品を見たりすると、一枚の絵の中にごちゃごちゃ色が入っててウザイ。

日記も細切れにチョコチョコ書き足して、最後にアップしてるので、自分で読んでてあまり面白くないな。

朝5時。部屋の空気が澱んできたので、早朝の散歩に出掛ける。が、寒くて5分で帰還(笑)


2003年10月18日(土)



 引きこもり

制作途中の絵を公開するなんて、今までしてこなかったけど、これも先日の「Back to artist」宣言の効果か?これからもどんどん裏側を見せていこうと思う。

この絵で3枚目。3日で3枚は自分でも異常なペース。別にクスリやってるわけじゃないので安心してくれ。

この絵は去年くらいから構想している【Underwear】というコンセプトの流れから生まれた作品。人は裸になったとしても、決して心の中まで裸になってるわけじゃない。一枚の布はこちらと向こうを隔てる境界線。モデルとのセッションから生まれた写真家的アプローチの作品。


今日は電話が掛かってくる予定があったので、電話線抜かずにいたのだが、そういう時に限って友達からわんさかTELが入る。「忙しいからゴメンね」と切ったあと、「悪いことしたなぁ…」と自責してしまって、昼間は何だか仕事にならず。やっぱ電話線は抜いておくべき。

夜、気分転換も兼ねて、久々に彼女と外食しようと思ったら、友達からお誘いのTEL。はっきり言って誰にも会いたくないので断ったのだが、あまり言い方が上手くないので気分悪くさせたかも。

こうして友達を失くしそうな勢いなんだけれども(笑)ちょっとした言葉でも気に障るし、トゲトゲしてるので会わない方がお互いのため。とにかくこのテンションに水を差されたくないのだ。軽い引きこもりだと思って欲しい(笑)

2003年10月17日(金)



 思うがままに

今日発行されたばかりのNOWマガジンが届いた。Artセクションでは【Tokyo Doll】の事が異例の大きさでレビューされてる。これは凄いことだ。先週のToronto Starで一面を飾ったのと合わせて、トロントの2大メディアを制したのだ。

一日24時間という区切りをせずに、体力が続く限り絵を描き続けている。寝たくなったら一日何度でも仮眠を取り、腹が減ったらそれが深夜であろうが飯を食う。とにかく絵が生活の中心にある。

少なくとも明日まではアーティスト・モードで生活することに決めた。

現在、2枚を同時進行してて、それがほぼ今夜中に仕上がりそう。どちらも今までに描いたことのないタイプの絵だ。何だこれは、冷静になって絵を眺めると、とても自分の絵とは思えない。

思えば、今まであんまり独りよがりに絵にのめり込んで描いたことは無かったかもしれない。自分の絵を誰よりも第三者的に見ることが、自分の絵を描く上での約束みたいなものだったし。

でも、この2枚は明らかにその「第三者」的な目を欠いており、自分の思うままに筆を走らせたようなものだ。だから、冷静に眺めると、これが果たして良いものなのか、どうなのかが分からない。こんな経験は初めてだ。

2003年10月16日(木)



 I'm Back to the artist!

数時間寝てから、ウェブの更新を済ませて、いよいよ本格的に絵の構図を考える。6日後の【Artfocus】に出品する作品だ。今から何枚描けるか分からないけど、とりあえずカンヴァスだけは大量に用意した。

午前中にRafiからミーティングの連絡があったけど、悪いが午後にしてもらう。その甲斐あって、いくつか良い構図が出てきた。何度もスケッチを繰り返して、ピンと来るのを待つ。多分、どの作業よりもこの瞬間が一番楽しい。

楽しいとは言いつつも、雑音が入ると気が散るので、この作業中だけは電話線を抜いて、音楽も止める。キャンバスに転写してからは、お気に入りの音楽を掛けて一気にテンションを上げる。最近やっとインターネット・ラジオの設定をしたので、世界中のラジオが聴ける。サイコー!

特に、アメリカの【Beatle-Rama】は24時間ビートルズなんで、日中はコレ専門。夜になってからは、落ち着いた古いJazzのチャンネルに合わせる。

午後3時にRafiとDXへ行き【Tokyo Doll】の確認作業やらを済ませる。DX側は、今回の成功に気を良くしており、企画当初にアイデアを出していた【Hype Fashion】という、日本のインディーデザイナーを紹介する展覧会を来年のスケジュールに組み入れてもいいと言ってきた。

早速来週、このミーティングを持ちたいらしいのだが、有頂天になるRafiと対照的に、俺はものすごくブルーで、どうしていいのか分からなくなった。その様子に気付いたRafiと一旦外へ出て話し合い。

立ち話で、胸の中にある想いをブチまける訳にいかないので、今日はDXを退散することにして、ケンジントンのRafiのスタジオへ歩いて帰る間、いろいろな話をした。

去年の【Hype Tokyo】と、今回話が出た【Hype Fashion】は将来的に毎年開催できるようなイベントにしたいと思っていた。もちろん、実行は俺一人で、他の誰とも手を組まずにやりたかった。

去年の年末にRafiから【Tokyo Doll】のアイデアを持ち込まれ、一旦【Hype Fashion】の準備を棚上げして一年間やってきた。そして【Tokyo Doll】が予想以上の成功を収めてから、どうも自分の中のアーティストとしての血が収まりつかなくなってきているらしい。

元々一匹狼だから、今まではどんなイベントも俺に100%の権限があった。しかし、今回の【Tokyo Doll】ではチームで物事を創り上げたので、当然100%の権限なんてものは無い。むしろ、周りに合わせすぎてストレスばかり溜まった。

来年この【Hype Fashion】をやったなら、またアーティストとして一年を棒に振ることになる。その辺のせめぎ合いなのだ。キュレーターとしての自分が、アーティストとしてよりも先行し始め、このまま行けば間違いなく次のイベントはデカくなり、そして成功する。

「おいおい、待てよ、お前キュレーターとして成功したかったのか!?」と自問自答すれば、はっきりと「NO!」という自分が今ここに居る訳で、それだったらキレイさっぱり身を引こうかな?と考え始めた次第。

日本から【Tokyo Doll】に来場したアーティスト達を見ていて、自分も頑張らなくては!と刺激を受けた事も確かだし、今年やろうと思ってて出来なかった事が山のように頭にあって、それをどこかに吐き出したい気持ちもある。

現に、今日だって、ほとんど寝ずに絵を描くことに専念できて、体は疲れてるけど、本当にやりたい事をやってるという充実感がある。これを手放す、又はおろそかにする事は愚かな行為だろう。

I'm Back to the artist!

そう宣言する。


2003年10月15日(水)



 2ヶ所同時開催

昨日、アーティスト達を日本に見送ってから【Tokyo Doll】もある意味で一段落。ほっとする暇もなく、昨夜から徹夜で絵の制作。今度は自分の本業である。

言い訳がましいけど、今日から2箇所のレストランで同時に展示が始まるというのに、全く何も準備できなかった。出来た事と言えば、せいぜい今朝までの徹夜でプライスリストや展示予定の絵の修正くらい。展示させてもらう店に申し訳ない気持ちで一杯だ。

朝8時半に慎也さんが迎えにきて、とりあえず現在展示してる【Butler's-Queen】に行ったんだけど、まだ早いのか閉まっていたので、Bloorのレンタカー屋で、先にトラックを借りる事にした。今回は大きな絵を3枚展示するので、慎也さんの乗用車では入らないので。

【Butler's-Queen】に戻り、絵を引き揚げてから次の展示会場【Butler's-Markham】へ。一時間くらいで即効展示を終えて、今度は【Butler's-Roncesvalles】へ。ここで慎也さんの絵の展示を手伝ってから、Runnymadeの【Westwood Grill】へ。

ちょうどランチタイムで客がいたので、ウチらも先に腹ごしらえ。オーナーのVickeyから展示依頼があったのが数週間前で、絵の枚数的にも、展示期間的にも難しかったんだけど、本当に何度も何度も電話をくれて、俺の絵を飾りたいと言ってくれた。その根気に負けて(笑)本当は来週の【Artfocusショウ】に出すはずだった作品9点をもってきた。

と、言うことは【Artfocus】用に新たに新作をイチから描かなければいけないんだけど…。あんま考えないようにしよう(笑)

とにかく、今日から2箇所で展示が始まった。休む暇もなく、月曜日に【Tokyo Doll】のレクチャーで学校で講演会をすることになったし、そして来週は【Artfocus】に、月末の少年ナイフとのアートイベント、【Pull】の帽子デザインの新作発表。あ、【Tokyo Doll】のクロージング・パーティーもある…。

やるしかないのだ。今年の俺はちょっと違うぜ。弱音は吐かない。


2003年10月14日(火)



 突き抜けるということ

前夜に思いっきり飲んだ後、ぐっすり眠れないのは拷問に近いな。デハラさんのホテルのチェックアウトに立ち会う為に、朝9時にホテルへ向かう。

ホテルへあと300mという所で、何やら怪しい人物がロビーへ入っていくのを見た。あのヘアスタイルは間違いない、ドライバーの某Tだと確信する。

今回、日本のアーティストから絶大な支持を受けていた某Tは、特にデハラさんの帰国に際して「空港へは俺が送りにいく!」と宣言しており、律儀にマックで朝食のブリトーまで持参して登場。「おい、朝食だ!食え!」と、デハラさんと俺に2つずつ。朝からブリトー2つも食うのは辛い。

空港に着いたら、後の便で出発するはずのサオリちゃんとバッタリ。とりあえずお茶したけど、デハラさんの出発時間が迫っており、感慨に浸る間もなくチェックイン。あぁ、結局ゆっくり話すことは出来なかったな。でも、これからも交流が続くとして、その最初の出会いとしては、最高だったかな。

審査員という立場で【Tokyo Doll】に参加して頂いたけど、他の参加者とも和気藹々と接してくれて、皆すごく喜んでたのが印象的。一方では、その道のプロとしてしっかりと作品の批評をしてくれた。観客からすれば、デハラさんの作品も【Tokyo Doll】の一部として認識しており、「日本のフィギアはやっぱり凄いねー!」という評価を得るのに一役買ってもらったとも思う。

参加アーティストに厳しいことを言えば、誰もデハラさんほど“突き抜けて”いなかったかな?プロとしてやっている人だから、手を抜いていいとは言わないが、こういう企画展に対して“適当な”作品を出してくるかと思ったら、美術館でウ○コを展示するなんて、やはり凄い。

確かに参加アーティストの皆のクオリティは高かったし、見栄えも良かった。それだけに、あのデハラさんの作品の下品さが際立って見えた。まぁ、コンペだから作品のベクトルが完成度やクオリティに向かうのは仕方ないが、アートってそれだけじゃない気もするんだよね。その良い例を今回デハラさんが提示してくれたと思う。

漠然とした言い方だけれども、上へ上へと皆のベクトルが向かう中、唯一デハラさんだけが真下の地面にドカンとベクトルを落とした感じ。実際に会場に来た人なら、きっと言ってる意味が分かると思う。

開催前に「おもちゃと呼ぶか、アートと呼ぶか?」みたいな煽りをしたんだけれども、上記のような事を思う時点でもう答えがハッキリ出てるよね。フィギアのみによる展覧会だけど、つまんない絵画ばっかりの展覧会よりよっぽど緊張感があったし、刺激的だった。これからのフィギア・アート界、楽しみです。


2003年10月13日(月)



 晩餐会

朝9時に高橋ノブユキくんと、北ユキちゃんが空港へ出発。本当にあっという間の滞在中、連日連夜の飲酒+時差ぼけ+睡眠不足で大変だったと思うよ。機内でいっぱい寝てください。

俺も、一日の区切りや時間が訳わかんなくなってきてて(笑)今日は午後まで自宅でゆっくりした。

4時にデハラさんがスタジオに来て、慎也くんと3人でQueen Westのギャラリーへ出掛けた。明日がThanks Giving Dayで祝日なので、ほとんどのギャラリーが閉まっていたのは残念。

それからまた【Butler's】へ行ってお茶した。デハラさんに無理やりこっちのケーキを食べさせる。砂糖そのまんまっていう位すげー甘いやつを期待したんだけど、それほど甘くなかったみたい。期待外れか。

Church Stのゲイ通りを案内して(何故だ!?)、6時半にケンジントンへ。デレクとデハラさん、そして俺とRafiで、昨日審査した結果を元に採決を取る。同時通訳って難しい。英語には無い日本語表現と、そのまた逆もあるからね。

約2時間の協議でやっと話がまとまった。最初は真っ二つに意見が別れてたので、正直ホッとしたぜ。でも色々と考えさせられることが多かった。やっぱりアーティストの今後を左右しかねない部分があるから。


審査が終わってからは、一転友好ムードで、デハラさんがフィギアをプレゼントしてくれたり、写真撮り合ったりして和気あいあい。デレクとデハラさんはお互いリスペクトし合っていたので、何やらプレゼント交換みたいな話をしていた。

8時。残っているアーティスト全員+デハラさん、デレク、Rafi、俺、そしてスタッフのミホコと中華で晩餐。一名を除いてみんな明日帰国してしまうので、本当に最後の夜だ。

2次会でQueenのRivoliへ。パティオで酒が飲めるのも今夜までかな?昨日に比べて随分肌寒い夜だった。最後ということもあって、みんなそれまで聞きたかった質問や疑問をようやく打ち明けてきた。

それは3次会のバーでも続き、特に関口くんや安西くんが熱かったなぁ。酒が回ってきてたとはいえ、Rafiの見解を日本語に訳すのに必死で、肝心の自分の意見をあまり言えなかったのが心残り。やっぱりRafiと共同でやってきた【Tokyo Doll】とは言え、俺には対極の意見もあったりするし、個人的な意見とキュレーターとしての意見もまた別。

Rafiは「作品が展示されたって事は、それだけで一定のレベルに達してるのだから、審査員がどう評価するとか、キュレーターがどう思ってるとかは知る必要ない」と言っていたけど、俺は全く逆で、アーティストは自分の作品のどこが評価されて審査を通過したのかを知るべきだと思っている。

特に【Tokyo Doll】は、ほとんど無名の作家が多い。そしてフィギア・アートという生成期にある芸術を育てる上で、外部と内部による意見交換は不可欠だ。その切磋琢磨によってこのジャンルを押し上げる役割りを【Tokyo Doll】は担っていると思うので。これについてはまた後日しっかり書きたいなと思ってます。



2003年10月12日(日)



 審査日

前夜のアルコールが抜けきらない。今日は【Tokyo Doll】の審査日である。

午後1時にデレク・ホッグソンとDX館長のカナダ側の審査員による審査。一つ一つの作品のコメントをまず採り、それから第一席と二席を決める。

いくつかの共通する基準点を元に、作品が持つ強度とレベルを見比べるわけだけど、これがやっぱり三者三様。非常に難しい審査になった。

そんな中、参加アーティスト達はナイアガラ一日観光に参加。朝9時に出発して夕方までは戻らない。そして前夜パーティー会場で置き去りにしたデハラさんもお忍びで、ドライバーの某Tと共にナイアガラへ(!)

4時に審査のために戻ってきて、開口一番「まじ、キツかったっす…」。二日酔いでキツかったのかと思ったら、ドライバー某Tとの車中がキツかったらしい(笑)

ともかく、それからデハラさんと二人で日本側の審査。作品ひとつひとつにコメントをもらいながら、最終的に二人を挙げてもらうことが出来た。明日、デレクとデハラさんによる決選投票。

夕方、スタジオでデハラさんと他のアーティストの帰りを待つ。7時頃ようやくナイアガラ・ツアーから帰還。荒川くんは、明日のフライトが早いので、ここでお別れとなった。それから夕食会場まで歩いていく間に、おもちゃ屋さんとかに寄り道。

で、さらにスポンサーのMagic Ponyのプライベート・ルームに招待してもらったので、そこで色々なおもちゃや商品を見る。そして買う。ついでに俺もT-シャツを買ってしまった。

Bellvue Dinerで晩餐。明日ユキちゃんと高橋ノブくんが帰国するので、第一便さよならパーティー。…なんか連日連夜パーティーじゃん。ノートとかを皆で廻して、連絡先やらコメントやらを書く。

その後、近くのクラブで知り合いのDJがパーティーやってるというので、そこに合流。ユキ、山極ブラザーズが踊りまくる(笑)そして、今回のTDツアーには欠かせない人物となったドライバー某Tも、最後の宴とばかりに“ハッスル”しまくる。みな大爆笑。

明日帰国する二人と、みんなで抱擁。たった数日の滞在だったのに、いつの間にか連帯感が生まれていた。【Tokyo Doll】という小さな切欠だけども、実際に足を運んで海外の生のリアクションを観て、大きな転機にも成り得る経験をそれぞれがしたと思う。それがどういう形で現れるか、今からとても楽しみです。





2003年10月11日(土)



 Tokyo Doll オープニング・レセプション

昼12時、アーティスト全員とチャイナタウンの飲茶へ。前日のフライトの疲れや時差も感じさせず、みな楽しそうに食いまくる。ついつい頼み過ぎて結構残した。

それから、皆の意見で「ギャラリー街に行ってみたい!」というので、Queen Westのギャラリー地区へ行く。一軒一軒が非常に近く、また独自の色を持ってる。日本にもこういう場所があればなぁ…と、皆口々に言ってたのが印象的。また、時間が無かったこともあり、早足でぐるっと廻っただけなので、また明日ゆっくり見にきます、という人もいた。

途中のButler'sカフェでお茶タイム。そう、ここで今俺の作品が展示されてるので、それを見てもらった。ちょうどそこで時間となり、俺は先に離脱してオフィスに戻る。

通訳のイアンとの連絡が未だ取れず、急遽Bit'sのMさんに電話して「もしイアンが来られなかったら代役お願いできますか?」と無理やり頼む。しかし、そんなのビビるよなぁ。俺だったら「No!」って言うもん。

5時にデハラさんと待ち合わせて会場であるDXへ。今回のために持ってきてもらった新作を展示する。ウ○コをリアルに再現した飛び技的な作品(笑)しかし、食品用真空パックを使ったパッケージや見せ方を含めて「さすがだな」と思ってしまう。

バタバタしてるうちにRafiが登場。続いて通訳のイアンが不安そうな表情で会場に来た。内心すごくホッとした。すぐにデハラさんとスピーチの打ち合わせをしてもらう。













日本のアーティストも続々と会場入りしたところで、ちょっと遅れて6時過ぎにオープン!瞬く間に会場が人で埋まり、熱気が一段と増す。入り口で入場者を数えていたDX側のスタッフも「多分、一階ホールでこんなに人が入ったオープニングは初めてじゃないか?」と言うほどの入りで、200人を超えたのがちょうど7時頃。

全アーティストにステージ横一列に整列してもらい、Rafiと俺による短いスピーチ。そしてDX館長のサマンサによる祝辞をもらう。そして俺から一人一人日本のアーティストの紹介があり、いよいよデハラさんのトークショー。

会場に集まった人々も熱心に彼の言葉を追い続ける。通訳のイアンも、急なお願いだったけど見事にその役割を果たしてくれた。全部のスピーチが終わったところで、皆やっと普通の表情に戻ったね。(★写真左から:荒川くん、トモレノン、デハラさん)





会場に散らばったアーティストの周りに続々と人が詰め寄る。言葉の問題はあれど、身振り手振りで作品の紹介や説明をする姿は見ていて感動した。つい先日まで日本だけを戦場にしてきた彼らが、今日はこうして海外のお客さんを相手に奮闘している。アートは言葉や人種の壁を超えられる数少ないもの。言葉で十分伝えられなかった部分は、作品が代弁してくれてるよ。大丈夫。

観客も一人来ては一人帰りで、その数はついに300を超えた。閉館の9時を過ぎても人が引かない。痺れを切らしたDX側は、照明をパカパカ消したりして合図を出す。それでも引かない(笑)!

多分、アーティストが会場に居ては観客が引かないので、二次会の会場へ先に向かうことにした。が、Rafiの奥さんが急に体調が悪くなり、ここでRafiは離脱。タクシーに分乗してKingを西へ。とりあえず乾杯したものの、キッチンが既に終わっており食べ物が何も無い。向かい側にある寿司屋からケータリングをして腹ごしらえ。

12時を過ぎた頃、RafiのアシスタントのJuliaの友達の家へ全員で行くことになり、またタクシーに分乗。皆すっかり酔っ払って「何でも来い!」状態に。その家では誰かの誕生会をやっており、一軒家丸ごとパーティー会場になっていた。

誰が誕生日なのかも分かんないのに、とりあえず「Happy Birthday!!」の掛け声と共に乗り込む(笑)各自それぞれに居場所の良いところを見つけて、ある人は語り、ある人は飲み、ある人は踊りまくる(爆)

あまりにも心地よさそうに踊っているデハラさんと、ドライバーの某Tさんを置き去りにし、退散した(笑)


2003年10月10日(金)



 トラブル連発

昨夜発生した問題で、今朝8時に早速某政府機関から電話が鳴った。まずいなぁ・・・。この問題は、別に誰が悪いとかじゃなくて結局皆に責任の一旦がある類のものと言われたが、そう言われても主催者がケツをまくるわけにはいかない。

Rafiとは今朝になっても連絡が取れないので、俺の独断で対処させてもらった。こういう時に資金力のない、俺らみたいなインディペンデントの辛さを思い知る。

10時半、会場のDXに到着。高橋ノブくんはもう到着してたが、安中さおりさんがいない。TVクルーはもうセッティングを済ませていて、先に高橋くんのインタビューを撮ることになった。

いや〜、いいね彼は。インドっぽい風貌もそうだけど、何よりも堂々としてるのがいい。カメラを前に、作品の解説をする。その間にやってきたRafiと今朝のトラブルの事情説明。唸りまくるRafi。

その唸りまくった顔のままRafiのインタビューの番(笑)さぞかし複雑な心境だったろう。

このTV番組には、俺は数回出ているので、今回は出演を控えさせてもらった。下手にTVに出まくると影で何を言われるか想像つくし。

11時過ぎにやっと安中さんが到着。時計を一時間遅く合わせてたらしい(笑)よくある海外での失敗談そのままじゃん(笑)彼女は「緊張して、挙動不振になっちゃった・・・」と言いつつも、アドリブで観客と話したりして、いやいや中々度胸が据わってますよ。

撮影後にフードコートで昼食。その後、アーティストの二人とRafiはギャラリー散策へ行き、俺はアシスタントのユリコと、ドライバーのTと空港へ向かう。そう、今日は6人ものアーティストが日本からやってくるのだ。

フライトの到着時間が近いユキちゃんと、デハラユキノリさんを先に出迎えて、一度ダウンタウンのホテルへ向かう。その間俺は空港で次のフライトを待つ格好。

ユキちゃんはウチにホームステイするから良かったけど、デハラさんのホテル予約が間違って入っており、ちょっとしたトラブルになったらしい。空港からでは何も出来ないので、とりあえずホテルやRafiと連絡を取り合って、何とかチェックインできた。

それから安西くんと荒川くんの乗ったフライトが到着。ややディレイ気味。30分後に安西くんが出てきたけど、一向に荒川くんの姿がない。別ターミナルに次の便が来るので、安西くんに待っててもらい、俺はターミナルを移動。そこで関口くんを出迎える。

またターミナルを移動して、安西くんと合流するものの、まだ荒川くんは来ていない。どういうことだ?かれこれ一時間になる。航空会社に問い合わせても、乗客の搭乗情報は一切教えてくれない。最低。

これはもう乗り過ごしたな、と判断して、一旦このメンバーでダウンタウンへ向かう。Rafiとその他のアーティストは、野外バーベキューを準備しており、ホテルにチェックインして、荷物を置いてすぐにRafiの家へ向かってもらった。

デハラさんと俺がRafiの家に着いたのは、もう10時を廻ったころ。乾杯だけして、ホテルを取ってない安西くんと二人で空き宿探し。運良く、ケンジントンのホステルが一部屋だけ取れたのだが、案内された部屋には不法宿泊客が寝てた(爆)。有り得ない!と思いつつも現実を受け入れ、違う部屋へ変えてもらった。すげぇ笑えた。

丁度その時、スタッフから電話が入り、荒川くんが飛行機に乗り遅れたため、深夜12時半にトロントに着くらしい、と情報が入る。今からではとても空港には間に合わない。パーティー会場に一度戻ってから、皆に別れを告げて、荒川くんが宿泊するホテルに先回り。

深夜1時前にようやくタクシーで荒川くんが到着した。彼は海外初めてだから、一番空港まで迎えにいってあげなきゃいけない人だったのに。まぁ、これはこれで旅の想い出になるんだろうけどね(笑)。

とにかく、これでやっと日本からの参加アーティストが勢揃い。明日の昼は皆で飲茶へ行って、夜のオープニングに備える予定。みんな本当に元気。グロッキーなのは俺だけか?


2003年10月09日(木)



 【Tokyo Doll】プレビュー

遂に【Tokyo Doll】がスタート。今夜は夕方6時よりスポンサー、プレス関係者のみによるレセプションを行った。個人レベルで付き合ってる人達ばかりなので、特にスピーチとかをやる必要も無く気が楽だった。

日本からの参加者、安中サオリさんと高橋ノブユキくんも8時過ぎに無事到着。早速パーティーの輪の中に入っていった。外国人に話掛けられても堂々と受け答えたりしてるのを見て「日本の作家もずいぶん国際的になったなぁ」と感心したよね。

元々海外経験が豊富な二人だけれども、日本人特有の“はにかみ”みたいなものが無いのはきっと、肝っ玉が据わってるからに違いない。良いことだ。

9時にパーティーを終えた後、日本食レストランで軽い打ち上げ。デレクとセス、それにスポンサーのMagic Ponyのオーナーらも混じって団欒の一時。そういえば、これが今日初めての食事だ(笑)

明日、急遽TVの取材が決まり、今日来た二人のアーティストにも出演してもらうことにした。朝起きれるといいのだけれど・・・。

スタジオに戻り、留守電をチェックすると“とんでもない事件”が起こっており、その対応に追われる羽目になった。今夜こそは寝れると思ったのに・・・。

肝心のRafiの携帯は不通。きっと撃沈したんだろう…クソッ。


2003年10月08日(水)



 【Tokyo Doll】搬入二日目

朝イチで銀行関係の用事を済ませ、10時にDXへ。ディスプレイに使うコーティング用紙が今朝届いたので、人形達の下にそれを敷く。これでグッと見栄えが良くなる。

Rafiと意見が対立していたブースについても、お互い歩み寄って何とかクリアできた。しかし、DX側とレセプションの費用やスタッフの手配について折り合いがまだついておらず、Rafiは途中からその交渉の為に一旦現場を離れた。

前日に続き、スタッフのモハメドと格闘しながら(笑)一つ一つのブースを設営すること4時間、やっと完成!既に噂を聞きつけた人々がちらほら覗きに来ていた。

サインボードやスポンサーのフラッグは明日の朝搬入なので、とりあえず今日出来るのはここまで。

6時にBloorでボランティアのみほこちゃんと待ち合わせ。明日、空港で日本から来るアーティストを出迎えてもらうので、その打ち合わせ。2便あるフライトがそれぞれ夕方着なので、レセプションに間に合うかギリギリのところだ。チェックインなどがスムーズにいってくれればいいけど・・・。

夜10時、Rafiと2人でポスター貼りに出掛けた。大量のポスターと大量の糊をもって(笑)怪しげな2人が街角にポスターを貼りまくる。Rafiは初めての経験らしく「手がベトベトで最低だ!」と連発してた。

しかし、こういった地道な作業が積み重なって、大きな反響に繋がるので手は抜けない。数週間前に配り歩いたポストカードは、ほぼ全ての店頭から消えて「もう少し持ってこれない?」と聞いてくる店もあったほど。あいにく3000枚もプリントしたのに俺の手元にももう無い。

夜中12時過ぎにポスター貼りを終えてから、ケンジントンのバーで一杯。さすがに二人とも疲労で無口になった。Terryから電話があり、ボードのデザインのことで急遽彼の家に行くことになる。Rafiが死にそうだったので、とりあえず俺だけ行ったんだけど、家にあるデータが絶対必要になり、速攻で家に帰る。

明け方4時までTerryとメールで作業をして、撃沈…。

2003年10月07日(火)



 【Tokyo Doll】搬入一日目

そろそろ本格的に【Tokyo Doll】以後の展開を準備しなくてはいけない。昨晩はそれに関する書類の準備や調査で、結局一睡もすることなく朝9時に会場であるDesign Exchangeへ向かった。

ちょっと遅れてRafiと作品運搬トラックが到着。DX側のアシスタントのモハメドらと作品を会場内に運搬。DX前のBayストリートが工事で片側通行になっており、うちらのお陰で大渋滞。

展示プランに従ってディスプレイ台を倉庫から降ろすのだが、全くこのモハメドという奴は仕事しない。最初は黙って見ていたのだが、さすがに昼食から2時間も戻ってこなかった時は「昼寝でもしてたのか!?」とお灸をすえた。

彼に言わせると、今年初頭にDXで行われた原研哉さんの【Re:Design】展でも「日本人はなぜそう急ぐのか?」と戸惑ったらしい。しかし、Rafiを見よ!この【Tokyo Doll】プロジェクトをスタートさせて以来、毎日俺のペースに合わせているので、すっかり日本的な仕事のペースに慣れている。

言い換えれば、動く前にまず「どうやったら最も効率が良いか」を考えることだ。思いつくままに行動しては、二度手間、三度手間だ。特にこういった時間の限られた搬入には、効率を考えなければいけない。

夕方6時までで、全体の50%の展示が完了。明日は残り50%とディスプレイ・ボードなどの飾り付け。そして、日本から来るアーティストを空港で出迎えるスタッフとのミーティング。

本当は、明日の午後にレストランへ絵を搬入しなければいけないのだが、色々と考えた挙句に来週まで延ばしてもらうことにした。こういうスケジュールぎりぎりの時に、無理に詰め込むとトラブルが起きたときに両方に迷惑が掛かるからね。


2003年10月06日(月)



 カーロス勝利!

朝イチで【日刊スポーツ】ウェブサイトをチェック!日本で行われた【PRIDE】に我等がカーロス・ニュートンが出陣してるからだ。グレイシー一族対日本勢の5対5マッチ。カーロスは日本代表の一員として、先鋒であのヘンゾ・グレーシーと対戦。

結果・・・「判定2−1でカーロス・ニュートン勝利!!」ぐぉーー!!!やったぜ!めちゃくちゃ嬉しい!勝利者インタビューでは、恒例の『かめはめ波』をカマしてくれたみたいだし、試合内容も断トツで良かったみたいだし、言うことなし!

相手のヘンゾ・グレーシーは一族随一のテクニシャンで頭脳派だったので、長い試合になるだろうとは思っていたけど、寝技でも終始圧倒してたみたい。ただ、危ない場面も幾度かあった様子で、それをよく抜け出したとか書いてあった。早く映像が見たい。


午後、Rafiの家で【Tokyo Doll】作品のパッキング。明日の朝9時に搬入なので。カタログの印刷トラブルも何とか脱して、あとはもうオープンを待つだけだ。

夕方、Runnymadeのレストランへ向かう。知人を通して展示のオファーがあり、その下見。ハイパークという巨大な公園の北に位置するこの辺りは、小洒落た店が立ち並んでいて環境もいい。

【Westwood Grill】という名のレストランは、奥まった住宅街にあり、つい2週間前にオープンしたばかり。オーナー夫妻が出迎えてくれて、軽く食事をした。

俺のスケジュールでは、来年の2月まで展示場所が決まっており、手元にはストックが数枚あるだけ。しかし、どうしても来年まで待てないというので、ストックの数枚を火曜日に搬入することにした。で、今やってるButler'sが終わったら、そこからも数枚持ってくる。

てことは、他の会場用にまた数枚描かないといけないな。【Tokyo Doll】がオープンしちゃえば時間的に余裕が出来るはず・・・だと願う。

2003年10月05日(日)



 髪を切る

寝不足が続いてるからか、一日中ずっと眠気を感じる。Rafiと待ち合わせてDesign Exchangeへ。ディスプレイの最終確認と、レセプションのケータリングの話をした。

昨日完成したばかりの【Tokyo Dollバッジ】をEliseにもあげたら大喜びしてた。たった直径1cmの小さなピン・バッジ。会場のみで販売する予定。こっちでは、わりといい大人も服やカバンにバッジを付けてるので、結構人気になるんじゃないかな?

3時にスタジオでKazuさんと会う。次号の写真の件などなど。

4時に美容院の予約。一ヶ月ぶりに髪を切った。美容師のチャコちゃんとは、もう4年の付き合いになるけど「最近髪質良くなったねぇ」と言われた。ブリーチとヘア・マニキュアの相性だろうか?とにかく、これでコザッパリしてオープニングに望める。

帰りにふらっと寄ったHMVで【Jeff Buckley】の新譜を発見!デビュー前の貴重なライブ2枚組みだ。資金難なのにおもわず買ってしまった・・・反省。

簡単に夕食を済ませ、【Pull】の帽子デザインと少年ナイフのイベントT-シャツ・デザインを同時進行。BGMはもちろん今日買った【Jeff Buckley】


2003年10月04日(土)



 Anything Else?


無理やり時間を作って深夜映画を観に行ってきました。いや〜、久々に笑った。ウディ・アレンの新作【Anything Else】ですが、ここ数作では一番好きかも。ウィットに富んだ台詞を楽しめるだけの英語力がないのが難点だけどね(苦笑)

コメディだから映像は軽かったけど、全体的に黄色がかったフィルムの色がとても印象に残った。ちょうどホームページのトップ画像を変えたばかりなんだけど、偶然にも同じような色彩だったので。

今日、日中は【Tokyo Doll】の諸作業に追われ、特にWebの更新がストップしてるのを俺が補助することになったら大変だった。違うオペレーションシステムのサイト作成ツールを無理やり引っ張ってきて更新した。朝起きてから、映画に出掛けるまではずっと缶詰め。

明日は再びDesign Exchangeにてディスプレイの再検討である。

2003年10月03日(金)



 直感

午後、Queen Westのブティック【Pull】にて、オーナーに完成したばかりの帽子を渡す。合計5点の帽子にペイントをした。オーナー以上に店の従業員の子達が気に入ってくれた様子。とても嬉しい。

サンプルのつもりで作ったから、まだサインを入れてなかったので、一度スタジオに持って帰って、サインを入れて納品。明日には店頭に並ぶらしい。で、続けざまにもう10点の追加注文を受けた。

夜9時、10月30日の少年ナイフとのジョイントに向けて、CamillaとWalterと3人でミーティング。かなりアイデア爆発してました。

前もって、それぞれ資料などを下調べしていたので、具体的な案をひとつづつシュミレーションしていく。そんな中で、ポロッとCamillaがつぶやいた一言がピンと来た。タイトルが決定である!

こういうのって、インスピレーションの交換だから、アンテナに引っかかるものだけを信じて、直感的に「良い」「悪い」を決めていく。そのタイトルも正に直感でピンと来た。

2003年10月02日(木)
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