-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 口コミ

体が重い。連日寝るのが朝6時っていうのもあるけど、トロントの気温の低さもあるだろうな。今日は日中最高で21℃。寒いです。

【Tokyo Doll】のファンドライザー・パーティーが来週に迫り、各方面とのミーティングを行う。基本的にパーティーは、カジュアルでプライベートな形だから、友達関係には気軽に声を掛けられるけど、スポンサーやメディアの方々は『仕事』の一環として来場するので、あんまり無作法はできない。

とにかく、【Tokyo Doll】という展覧会を知ってもらうことと、実際に人形を見てもらうこと。その2つが達成出来ればよい。後は彼らが口コミで広げてくれる。何かを宣伝する時に、口コミという古典的な伝達手段がもたらす成果は大きいなぁ、と常々思ってます。

印象的な出来事や経験を、人は誰かに話したがる。もし、俺がある映画を見て、それが面白かったらまず友達に「あれ、面白いから絶対観るべきだよ!」と話す。その友達と親しければ親しいほど信用度が増すし、友達が多ければ情報が広がる範囲が大きい。

実際、俺も友達の意見を参考にすることが非常に多いんだよね。自分が信頼する人間から「面白いよ」と言われたら、無条件で「観てみよう」と思うし、「あいつはいい奴だった」と聞けば、会う前から「いい奴なんだろう」と信じてしまう。

お金を掛けた宣伝をせずに、大きな効果を生み出す秘訣はどうやらココにあるらしい。

2003年08月30日(土)



 何かがオカシイです!

忙しい時に限って、身の回りの整理や掃除をしたくなりませんか?そんな時間があるなら、さっさと仕事に掛かればいいのに、どうしても今やらないと落ち着かないという妙なリズム。

丁度、今の俺がそんな感じなんです。【Tokyo Doll】やら、自分の展覧会やらで追い詰められているのかも?昨夜は朝6時まで掛けて部屋の模様替え。今日も朝9時から続きをやって、午後2時にようやく片付いた。

3時から【Tokyo Doll】のミーティングと、5時からは絵を購入希望のお客さんがスタジオに来る。今のうちに街で買い物をしようと思って外へ出たら、バッタリRafiに会った。

流れ的にそのままミーティングになってしまって、買い物へ行けなくなった。そして、すぐに5時になり、お客さんが絵を見にやって来た。

その間中、頭の中は「買い物行きたい!」で一杯。行こうと思ってたのに水を差されたのが、より一層その想いを掻き立てる。こうなるともう早く商談を済ませる事ばかり考えてしまってダメだわ。

部屋の模様替えといい、今日の買い物行きたい病といい、自分でも何かがオカシイのが分かるよ。ストレス?寝不足?栄養不足?

健康診断で、『持病』の欄があったら書くべきだな(笑)



2003年08月29日(金)



 スタジオの模様替え

早いもので、このスタジオに引っ越してから2年半になる。チョコチョコと配置換えをしてきたけど、今日は思い切って大・模様替えをすることにした。

スタジオは大きく分けると3つのスペースがある。一つは、壁一面にボードを貼った絵を描く専用のスペース。2つ目は不揃いの一人掛けソファを3つ置いた応接スペース。そしてパソコン2台がある事務スペース。

全部いっぺんには無理だから、今日はこの事務/オフィス・スペースを模様替えすることにした。まず、自作の本棚に収まった大量の本や雑誌を仕分けして、不要なものは屋根裏部屋へ保管。

ほんと、俺は本や雑誌が大好きで、整理しても一ヶ月も経てば収納しきれない本の山になってしまう。この作業が一番大変だった。何故かというと、仕分けしてるうちに読書タイムになってしまうから(笑)。

途中で止めて机の移動や、パソコンの配置換え、棚の修理などをした。ある程度片付いたところで、配置を見直すと、どうもFAXとプリンターの居心地が悪い。前から一箇所にまとめたかったので、良い機会だと思って新しい棚を買うことにした。

思い立ったら、すぐにでも欲しくなってしまうが、あいにくもう夜の8時半。この時間でも開いてる店と言えば・・・?閉店間際のCanadian Tireに棚を買いにいった。丁度良い高さのシェルフをゲット!

早速組み立てて、オフィススペースに置いてやっと満足いく配置になってきた。今夜はこの辺にして、続きはまた明日やろう。


2003年08月28日(木)



 輸送の落とし穴

昨日、今日と久々にカーロスと庭造りをした。暫くご無沙汰してたんだけど、久々にやると気持ちいいもんだ。近頃は【Tokyo Doll】の審査やアウトドア・ショーの準備などで篭りがちだったので尚更。

【Tokyo Doll】に出品される作品が、日本から輸送される途中で行方不明になっていた。日本を発ってからもう数週間経っているので、おかしいと思っていたら、何とカリフォルニアに転送されていたのだ。

業者は大手のD社。はっきり言って、有りえないミス。日本の作家は、自分の作品だから不安なのは当たり前だし、こっちも撮影をキャンセルしたり損害もある。業者に電話で抗議した時に、紛失した理由を聞いたけど、ごめんなさいでは済まない事態にも成り得たわけだから、今回は本気で怒ったし、本気で謝罪を要求した。

荷物の配送が、早くても明日になると言うので、それを拒絶して今日中に配達してくれと要求した。そして、やっと先ほど受け取ることが出来た。やれば出来るじゃん。

去年、【HYPE TOKYO】をやった時は、俺も輸送のノウハウが分からなかったから、アーティストに適切なアドバイスが出来てなかった。しかし、今回の【Tokyo Doll】では、ほぼ万全を期して、輸送の手引きを行っている。けれども、こういった事態はやはり避けられないんだな。改めて考えさせられた。

2003年08月27日(水)



 秋の訪れ

トロントは、日に日に秋の気配が強くなっています。夜10時近くまで明るかった空も、9時頃には暗くなって、朝晩は冷え込むようになった。昨日、友達のバースデー・パーティーがあって、その帰り道は震えながら帰ったよ。マジで。

このスタジオの窓からは、Queen ストリートに並ぶ洋服屋のショーウィンドウが見えるんだけど、もう大分秋モノが多くなったな。

【Bit's】に書く記事のことで、SPINギャラリーのスチュアートと電話で話した。ギャラリーを一旦閉めて、秋に別のところへ移転・再開するというので、ちょっと寂しい気分になった。

最近、トロントのアート・シーンには良いニュースが無い。唯一の良心的アート雑誌だった【Lola】も廃刊になってしまったし。

何だろう、皆頑張ってない訳じゃないし、どちらかと言えば、SPINもLolaも最も頑張ってた連中。そんな連中が一番先に「不景気」のダメージを受けるなんて切ないよね・・・。

2003年08月25日(月)



 Queen West Art Crawl

今年最後のアウトドア・ショー【Queen West Art Crawl】当日です。昨日から死ぬほど描きまくって、新作を5枚ほど持っていける事になりました。お陰で睡眠は1時間ちょっと。

今回は誰も手伝いが居ないので、8時に会場に着いてから2時間掛けて、ようやくブースが完成。けど、公園だから風が結構強くて、ブースが倒れないか心配な仕上がり。

48インチ四方の特大サイズを3枚、あとミディアム・サイズを7枚と、今回の目玉である10インチ四方の小さなオリジナル絵画を持っていった。この小さいやつは、ヴァンクーバーの【silva-mare】canadianartsandcrafts.com を通して販売される予定で、その試作品として観客の反応を見るために出品した。これは、ほぼ完売という結果になり、大成功と言える。

朝にはWaiwaiwideの収録が入って、簡単にインタビューに答えた。そこで、他のアーティストも紹介して欲しいというので、あのFiona Smythを紹介した。俺も彼女も、この【Queen West Art Crawl】を主催してる団体に「トロントのアート・シーンを盛り上げる為の企画だから是非」と頼まれて出展しているので、今回の主旨やらシーンの状況やらを把握していたからね。

ハッキリ言って、ギャラリーの状況は良くないんだよね。来月には某ギャラリーが閉鎖に追い込まれるし、長年アートシーンを支え続けた【Lola】マガジンも廃刊に追い込まれた。そんな時だからこそ、Queen Westギャラリー地区を盛り上げるために僕らアーティストが立ち上がらないといけない。フラッと立ち寄ったSPINギャラリーのスチュアートとも、しんみりとそんな話をした。

そういった意図を汲んでか否か、多数の観客が会場であるBellwoods Parkを訪れた。俺のブースを訪れる観客も、今までのアウトドア・ショーでも一番と言っていいくらい多かったし、引っ切り無しに話しかけてくるので、トイレにも全く行けない程だった。

アーティスト一人一人の頑張りや、活躍がシーンの再生にも繋がるはず。フリーのアーティストや日曜画家と言えども、出展してる以上はクオリティの高いものを見せるべき。ただの”作品発表会”じゃダメなんだよ。そんな気持ちにさせられるアーティストもいたのが残念。

しかし、公園でのアートショーの他に、近隣に住むアーティストがオープン・スタジオにしたり、カフェやレストランが積極的にアーティストに展示場所を提供するなど、地域が一丸となってる様子が伝わって、全体的には大成功のイベントと言えるんじゃないかな。

俺自身、トロントで活動するアーティストの一員として、何か強い使命感を感じることのできた一日だった。



2003年08月23日(土)



 Happy Birthday Carlos

明後日、23日のアウトドア・ショーの搬入用のレンタカーの予約を忘れていて、大慌て。ネットで調べて、レンタカー屋に電話するものの全く見付からない。やっぱ、8月のヴァケーション時期はどこも繁盛するんだな。

結局、ウェブサイトも持っていないような、ローカルなレンタカー屋まで歩いて行って予約した。日中はずっと絵を描こうと思ってたけど、だいぶ時間をロスした・・・。

Waiwaiwideの千秋さんからTELがあり、アウトドア・ショーに取材に来てくれるとの事。ラッキー。

電話が鳴ると気が散るので、ジャックを外してやっと描き始める。が、7時から【Bit's】のオフィスでミーティングのため中断。【Toronto Japanese Film Festival】というイベントの企画がBit'sに持ち込まれて、そんで俺が相談に乗っているのだ。

先日から日記にも書いてる、例の紛失しかけた品物はその出品作品だったんだよね。そういった迷惑を掛けたこともあり、出来る範囲で協力してあげたい。今日は初対面だったから、色々とイジワルな質問をぶつけたりして様子を伺った。やる気は買うけど、あまりにも無計画でビックリしたけど。

9時にミーティングが終わり、カーロスの誕生パーティーへ直行。本当は先週やるはずだったのが、大停電のお陰で今夜に変更になった。寿司食べ放題だったけど、着いた頃には皆すでに食後トークの時間だった。

久々にHiroさんや、ツヨシとも話す。そのツヨシももうすぐ帰国。またスパーリングの相手が居なくなるなぁ・・・。

カーロスの彼女がお手製のケーキを披露。すっげー美味かったっす。とりあえず食べるだけ食べて、記念写真を撮って解散。もうちょっと早く行ければ良かったな。

Yonge x Bloorから歩いて帰宅し、昼間の絵の続きを行う。そして、現在午前4時、無事にフィニッシュ!!前からずっと使いたかった、黄緑のパステルを存分に使った作品になった。明日ももう一枚描く予定。

2003年08月21日(木)



 【Tokyo Doll】審査スタート

遂に【Tokyo Doll】の審査が正式にスタートした。これまでに日本全国から届いた申請書は100通に迫る勢い。正直、これほどフィギア系の作家が居るとは思わなかった。

第一回目ということもあって、どんな形態や素材や大きさが展覧会の主旨に合っているのか、応募者には戸惑いがあったと思う。それはある意味で我々も同じで、どこまでを範囲に含むのかを相当話し合った。

選考は、俺とRafiを含めた実行委員会が行うんだけど、委員はカナダ国内だけではないので、応募作品をメールで転送して一次審査を行った。まずRafiと会って、二人の意見を統一する。それから各委員と個別に電話で話し合った。この段階で全体の1/3まで絞り込んだ。

これから数日かけて二次選考を行います。もう一回頭の中を白紙にして、応募作品を見るようにしたい。

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23日に迫ったアウトドア・ショーに向けて、今日からやっと絵を描き始めることが出来た。何枚仕上がるかは分からないけど、納得いくものだけを出品しようと思う。

会場はトロントのギャラリー・ディストリクトであるQueen Westなんで、見に来る人もそっち系が多いと思うし、去年アワードをもらった【NOW】マガジンの読者投票もスタートしてるから、ちょっと意識してしまう。

そういえば、去年その【NOW】のアワードをもらった後で、「tomolennonって、日本人だと思わなかった」。とか結構言われた。作品だけ知ってて、本人に会った事無い人は、大体そう思うみたい。

でも、そのリアクションて、あんま良い感じじゃないんだよね。実際に会って、変なアジア人だと分かったら、みんなガッカリすんのかな?

トロントは人種のモザイクだと言っても、まだまだアジア人の扱いは低いですよ、本当。無意識のうちに、そういった意味の戦いもしてる気がするよね。だから、今回のアウトドア・ショーも全参加者の中で一番面白くしてやろうと思ってる。見てろよ。

2003年08月20日(水)



 悪運か幸運か

あったー!!14日に紛失して以来、今日まで行方不明だったものが見付かった!!もう、すっかり出てこないと諦めかけていて、昨日持ち主にも謝罪したところ。でも今朝、最後の頼みで訪問した紛失現場に、驚くべきことに届いていたのだーーー!

発見者は、そこのビルの管理人のおばちゃん。この際、おばちゃんだろうが、お婆ちゃんだろうが、どうでもいい。思いっきり抱きついて『ありがと〜〜ぅ!』と叫んでしまった(笑)。おばちゃんは「You're luckey guy!(あんたはラッキーだよ)」と言ってくれたが、俺の友達は皆『ほんと、悪運強いよね〜』と、幸運ではなく悪運と表現する。なんで?

俺は、割と【ゲンを担ぐ】人間。例えば朝にシリアルを食べた日に、絵が売れたりすると次の日もシリアルを食べるような感じ。逆に黒い靴下を履いた日に悪い事が起こると、黒い靴下を履かないようになったり。

それに当てはめると、今回探し物が見付かったのは【小さい嘘すら、つかなかった事】のお陰である。いつも失敗すると、小さな言い訳や、嘘を考えてしまう悪いクセがあるんだけど、今回は本当に包み隠さずに打ち明け、謝った。

もちろん、口に出すまでに「ちょっと大げさに言おうかな?」とか、「同情を引こうかな?」などと悪い考えも浮かんだが、「いやいや、清々堂々と謝罪すべき!」という自我が勝ったのだった。

そして今、その時嘘をつかなかった自分に猛烈に感謝している。きっと、そのお陰で戻ってきたんだと心から思ってるもん(笑)。この件では、信用や信頼を失う寸前だっただけに、余計に感慨深いものがある。

悪運でも幸運でも何でもいい。とにかくそれを引き寄せられたのなら。

2003年08月18日(月)



 責任の取りかた

大停電のあと、【人生で最大の落し物】の代償は高く付きそうだ。金銭的にではなく、迷惑を掛けた人々に、どうやって誠意を見せるか?というところ。

もし俺が逆の立場で、日本の作家から預かった大切な作品を他人に紛失されたなら、それはいくら謝ってもらっても仕方ない。金を出されても仕方ない。

ぶっちゃけ、無くした物はしょうがないので、この局面をどうプラスに転じさせるかを考えている。そうやって考えると、俺が出来る事はただ一つ。彼らがやろうとしているイベントに参加し、【成功】の二文字をもたらす事だと結論を出した。

現在は10月に開催される【Tokyo Doll】に全力を注いでいるが、11月の彼らのイベントに協力できる余力はある。労力ではなく、頭とアイデアで貢献するしかない。

2003年08月17日(日)



 まだ見つからず・・・

朝一で【Bit's】オフィスのあるスパダイナxブロアへ落し物を探しに出掛ける。が、依然見つからず・・・。結局3時過ぎまで、KazuやKenと今後について色々と相談。

午後4時、Waiwaiwideの千秋さんに依頼されていた絵が仕上がり、彼女に手渡すことが出来た。通常、こういったコミッション・ワーク(依頼されて描く絵)の場合、あまり冒険せずに自分のスタイルの中で描く場合が多いんだけど、今回は新しい技法にチャレンジしたり、色使いも他に無いものだったりして、個人的にも満足できるものになった。新居に飾られるそうなので、いつかその様子を見てみたい。

先日、慎也さんの手伝いで、絵の搬入に行った【Butler's】というレストランから連絡があり、9月から一ヶ月間絵を展示して欲しいと依頼があった。ちょうど来週末に迫った【Queen West Art Crawl】用に描く絵もあるし、数は揃うと思ったのでOKする。


2003年08月16日(土)



 復旧

静かな朝を迎える。平日であるが、昨夜の大停電の影響を受け、ほとんどの会社や商店は営業を自粛している。朝方5時頃に、30分ほど電気が点いた。が、すぐにまた停電に戻った。

日本の姉に電話して、ニュースでは何と言ってるかを確認してもらった。そこでようやく停電の原因がナイアガラにある発電所のトラブルが一因だと知る。同じフラットに住む子が「2-30%復旧した電力を、地域ごとに振り分けて供給してるらしい」との情報を持ってきたが、同時に完全復旧までは程遠いことも分かった。

昨日同様、友達が訪問してきた。手には寿司を持っている。もうホットドッグやパンには飽きた様子(笑)。商売根性逞しいアジア系商店では、停電後すぐに通常の倍の値段で商売をはじめている。チャイナタウンのスーパーでは、冷凍食品がダメになる前に袋詰めにして、一袋$10で投売りしてたし、路上では電池やローソクを倍近い値段で売りさばいていた。さすがである・・・。

昼になり、冷凍庫の中身は、ほとんど溶けてヤバイ状態。炭でも買ってきて、肉類は全部焼いてしまおうかと思った矢先、ポッと電気が点いた!目の前のHMVも、横のブティックにも煌々と明かりが点いた。

明かりと共に、停電になる直前の昨日の記憶がフラッシュ・バックしてきて、ある重大な落し物をしたことに気付いた。大停電というパニックの中で、手にもっていたはずの大事な品物をどこかに置き忘れてしまったのだ!

家中を探してもない。昨日合った人々に電話で確認を取る。しかし無い。

昨日、どうやって家に帰ってきたのかを必死に思い出そうとするが、驚くほど覚えていない!これは大変な事になった。彼女と2人で、昨日歩いた道や、寄った場所を確認して歩くが全く手がかりがない・・・。

自分の記憶ほど当てにならないものは無い。人が「白だった」と言えば、「白だったかもしれない」と思うし、「黒だった」と言われれば、「黒だった!」と思う。ましてや、大停電という状況で、通常とは異なる行動を取ったとしたら、思い出す自信もないのだ・・・。

2003年08月15日(金)



 北米大停電

午後5時。突然PCの電源が切れた。「ブレーカーが落ちたかな?」と思ったら、周囲の店の電気も消えているので、一時的な停電だろうと最初は思った。しかし、30分、40分経つにつれ「これは長く掛かりそうだな」と思い、6時に約束がある【Bit's】のオフィスへ徒歩で行くことにした。

その時点で、路面電車は乗り捨ててあるわ、交差点では一般市民が交通整理しているわ、止まった地下鉄から人々が這い出してくるわで、街は異常な様相を呈していた。

これが北米東部に渡った大規模な停電だと知るまでに、かなり時間が掛かった。台風の目と同じで、その真っ只中にいると、自分が今、どういう状況に置かれているかを知る由が無いのだ。たまたま電池式のラジオを持った人がいて、その周りを囲むように幾重にも輪が出来ている。

オフィスに辿り着いたものの、編集部員は既に帰宅した後。仕方ないのでそのまま引き返した。俺は歩いて帰れる距離だから良いものの、遠距離の人はタクシーを捕まえようと必死。それも諦めた人々の列が車道まで拡張し、車が身動き取れないほどに膨れ上がっていた。

今晩は復旧の見通し立たず、というデマがアッという間に広まり、食料を求めてホットドッグの屋台に長蛇の列が出来た。商店はどこもロック・アウト。下手に店を開けると、パニック状態の市民による略奪や混乱が容易に予想できた。

家に帰ると、友達が数人集まっていた。皆、心細さもあるけど、突然降って沸いた大停電という”イベント”に興奮していた。しまってあったローソクを並べ、懐中電灯の電池を確かめる。日中、珍しく30度を超えたのもあって、ローソクの熱気が部屋に充満する。

9時過ぎに日没を迎え、非常灯すら点かない街の景観に恐怖すら感じる。それとは裏腹に、街に繰り出す若者は、手にローソクや発光灯を持ち、ぬるいビールを求めてレストランに集まり出した。俺も、電気が無ければ、何も手につかないので、今夜は仕事の事を一切考えずにいようと思った。

友人達とローソクの明かりの中で、くだらない話を沢山した。昨晩、ちょうど【北の国から】の第一話を見たばかりだったから、純が五郎に言った「電気が無かったら暮らせませんよ!」というのは名言だ!とか、日本だったら電気が無くてもガスがあるから料理は出来る、とか。

幸い、水は使えたので、飲料やトイレに困ることは無かったが、高層マンションなどでは水を汲み上げるポンプの電源まで落ちてしまっていた。電話機もコードレスや携帯はアウトで、旧式の電源がいらないタイプだけが作動した。改めて、自分達の生活は電気によって支配されてることを考えさせられた。

夜遅く、街を歩いてみると、驚くほど近くに星が見える。こんな夜も悪くないな、と思えたのは、きっと数日後には復旧するはずだという前提があってのこと。馬鹿騒ぎをしてる連中も、きっと同じなんだろう。

ケンジントンのKaraで、「作れるものだったら、何でも良い」と、食べ物をオーダーして、とりあえずの夕食を済ませる。深夜1時頃、この辺り一帯の電気が戻った。一気に夢から現実に戻されるが、復旧したのは本当にここの一部分だけで、ウチのQueen stは依然闇の中。

明日には復旧して欲しいという希望と、もう少しこのままでも良いという気持ちが入り混じりながら、蒸し暑い夜のベッドに入った。

2003年08月14日(木)



 カンヴァセーション

【Tokyo Doll】では、Raffleチケットという宝くじを販売します。一口$20で、抽選で一名にDoll作品が当たるというもの。今日、そのチケットが刷り上ってきたので、一枚一枚に番号を貼る作業をした。キュレーターというと、電話や事務作業ばかりと思われるが、こういった地味な作業も多い。

黙々とした作業の間でも、それぞれの頭の中では色んな作業が同時進行している。思いついた事を言葉にしながら、アイデアを交換し合う。だからトピックは飛びまくりで、一瞬何の話をしてるのか掴めない事も多い。

【Tokyo Doll】は、Rafiと俺の二人に同等の権利があって、それが決断を遅らせることもある。どちらか一方に良いオファーがあったとして、すぐに返事をしなければいけない場面でも、絶えず相手の了承を得る必要があるし、それを待っている間に話しが流れてしまうこともある。

だから、普段から意思の疎通をまめにして、お互いの許容範囲や思考を汲み取っておく必要がある。多分、外部の人が聞いたら「こいつら一体何の話をしてんだ!?」というような言葉の投げ合いであるが、俺らにとっては大事なカンヴァセーションとなる。

午後から日加タイムスへ行き、広告のデータを渡す。それからBit'sのオフィスでKazuとミーティング。



2003年08月12日(火)



 トロントの日本人アーティスト

昨日からの締切りに追われつつ、無事【Vice】の広告を入稿。それから10時に慎也さんが迎えに来て、彼のカフェでの展示作業を手伝う。

Queen Westの【Butler's】という小洒落たレストランで、12−3枚を展示。そこで昼食を食べつつ、【Bit's】用のインタビューをした。いつも思うけど、慎也さんの活動スタンスは超自然体で羨ましくなる。がめつく売り込んでいくのでなく、向こうから話しが転がり込んでくる。かと言って、プロモーションを怠っている訳ではなく、きちんとそれに対応してるんだよね。

スタジオに戻って、今度は電話でYuukoの取材。前からはっきり物の言える子だとは思っていたけど、最近メキメキと自信を付けてて、良い意味でに饒舌になっている(笑)。彼女くらい海外生活が長いと(10年)、思考や言動が日本人離れしていくようで、まるで日本語を話す外国人を取材してるようだった。

それらをまとめ、インタビュー全体の記事が仕上がったのが午後5時。それから【Tokyo Doll】の日本語メディア2紙用の広告をそれぞれ制作する。レイアウトや内容も、それぞれの雑誌に合うように変えているので、全然別の広告みたいになった。


2003年08月11日(月)



 2度目の撮影

【Tokyo Doll】作品の第二回目の撮影。カメラマンのドミニクに来てもらって、地獄の長時間撮影がスタートした。俺、カメラマン目指さなくて本当に良かったと思うもん。たった一枚の写真撮るために、セットやライトや機材の調整など膨大な仕事量がある。

12時からスタートしたものの、セットに手間取り、撮影が始まったのが午後2時。たった5体の人形を撮るだけだが、終わる時間が予想つかない・・・。なので、ここはRafiにまかせて一旦抜け出すことに決めた。何てったって、俺には現在3つの締切りが押し寄せてる。

一つは【Bit's】のアート記事。二つ目は【Tokyo Doll】の日本語用広告を、全く別バージョンで2点。三つ目は【Vice】マガジンの英語広告。この全てが明日締切りなんだよね。

ただ、今日撮影した最新写真をどうしても使いたい部分があるから、どっちみちRafiのオフィスへ戻らなきゃいけない。急いでスタジオに戻り、PCにへばり付く。【Bit's】のインタビューもまだ取ってないのでアーティストに電話して、速攻で明日のアポを取った。何でもギリギリなのが俺の悪い癖だ。

7時に撮影現場へ戻る。ちょうどファイナル・ショットだったので、その場で急いで画像を起こしてもらってトンボ帰り。はっきり言って、今日は日記書いてる暇ナシ!

2003年08月10日(日)



 カフェに惚れました

床にワックスを塗った。ツヤツヤで、まるで別の部屋のように見えるじゃん!疲れたけど嬉しい。

午後からRafiとのミーティングをこなして、King stにあるヒロ寿司へ。9月のFundraisingに協力してくれることになり、景品として2名分の食事券をもらった。しかも、そのメニューは、マリナーズのイチロー選手が来店すると注文するというスペシャル御膳だ。値段は【時価】だという(こわい)。

その足でDistilleryへ。6月に俺が出たのと同じアウトドア・ショーが開催されている。前回同様、慎也さんが出店してるので陣中見舞いを兼ねて。数日前にニューヨークから帰ってきたというので、色々と話しを聞きたいところだが、閉館まであと30分だったので、とりあえずグルッと見て廻った。

この敷地内には、俺が今一番惚れているカフェがある。古ぼけた倉庫の味を残しつつ、ネオ・クラシック風に改装してあり、吹き抜けの天井から巨大なシャンデリアが吊られている。そして、これまた俺の大好きなブランドである【Elektra】のコーヒーメーカーが備え付けてあるのだ!もっと近所だったら、毎日通うのになぁ・・・。

時間が無いというのに、どうしてもこのカフェだけは外せなくて、15分だけ絵を見て廻って、15分はこのカフェに居座った(笑)。で、閉館後に慎也さんの搬出をちょっとだけ手伝って終了。

2003年08月09日(土)



 生意気ですが、言わせてもらいます

世界数カ国で配布されているフリー・ファッション・マガジン【Vice】に広告が掲載されることになった。締切りが近いので、急いで雑誌側とミーティングをする。広告はカラーの1/4ページなので、小さいながらも効果的なカットを使いたいと思う。

それにしても、これらの広告を取ってくるChandra嬢は凄い!どっから話を持ってくんの!?ていうか、金払って雇いたいくらい。(Tokyo Doll関係者は無給です・・・) 明日は、あの【NOW】との交渉だというし、恐れ入ります。

風邪が酷くて、カーロスとの庭造りをキャンセルしたというのに、寝る暇も無くみっちり広告制作。

夜9時、【Bit's】のKazuとQueen Westのバーで密談。風邪ひいてるところにアルコールが入って、頭がフルスロットル。何でもやってしまえ!という状態に(笑)。

俺は彼を、ただの一編集者だとは思っていない。分野は違うけど、社会に対して何かを産み落とそうとしている者同士だと思うし、トロントに於ける日系社会に風穴を開ける力をもつ人間だと思っている。

世界を見渡せば、俺らの世代、20台後半から30台前半でドデカイ仕事を成し遂げる奴らが山ほどいる。それに比べたら、このトロントは何て保守的で無風なんだろう。特に日本人。目標遂行能力の無いやつに限ってデカイ口叩くんだよなぁ、困ったことに。

日本人は中国や韓国の人に比べて好感度が高いと聞くので、その理由を探ると、「おとなしい」、「がめつくない」、「言われた事をキッチリやる」、「文句が少ない」、「でしゃばらない」・・・・って、誰も言わないんで、同じ日本人として俺は言う!お前らナメられとんじゃー!あほ。

人種に関係なく、明日の未来を創っていくのは我々の世代なんですよ。それに向かって各国の若者がズンズン進んでいく中で、明らかに日本人だけ出遅れてる気がする。俺はそう感じます。感じませんか?感じるなら、ちょっと本気で人生生きた方がいいですよ。

2003年08月08日(金)



 Kirsten Johnson

朝からカーロスの庭造りに出動。午前中は良かったんだけど、午後から風邪がちょっと酷くなってきた。早めに切り上げて帰宅。

夕方、Kirsten Johnsonの個展【Touchy-feely】のオープニングに出席するためにBurston Galleryへ。女優として映画やドラマで活躍する彼女のオープニングというだけあって、ショービズ関係者の数が凄い!

いつものギャラリー・オープニングとは明らかに異なる華やかさで、ちょっとした社交場の様相。【Bit's】の取材でKirstenとはメールのやり取りをしていたので、初対面だけどすぐに打ち解けて話すことが出来た。でも次から次へと、彼女と話したい人々が列を成してたのであまり長話しはできず。

そうしてる間に、どんどん絵が売れていって、オーナーのジョシュアは値段交渉に飛び回っている。こんな風に売れていくのは初めて見た。もちろん絵自体も良いけど、やっぱ人脈だねぇ。

2時間ほど居て、別のギャラリーを覗きつつQueenを東へ。数人の知り合いに出会って立ち話をしつつ、「ちょっとコーヒーでも飲んで帰ろう」と【Tequila】へ入ったら、何か見慣れた顔がいるではないか。数週間前にトロントに戻ってきたMayukoだった。

Kensington周辺では「Mayukoちゃんが帰ってきてるよ」と度々聞いていたけど、全然会うチャンスが無かったのに、こんな所でバッタリ。とりあえずビールで乾杯。日本の皆さん、彼女は元気でしたよ。安心してくれ。

2003年08月07日(木)



 風邪

ついに風邪を引いてしまったようだ。ウチのフロアの同居人から始まって、彼女へうつり、そして俺にも。咳が結構出るようになった。

オーダーされている絵も、完成予定の明日には間に合わず、仕方なく「遅れます」というお詫びのメールを出したところ。

汗をかくのがいいだろうと、先月借りて、現在リフォーム中の隣の部屋の床磨きに精を出した。両腕が筋肉痛になるくらい磨いて汗びっしょり。

夕方、MihokoとRafi邸でミーティング。アップされたウェブサイトが、Macで見るとレイアウトが崩れてしまうのを補正するためなんだけど、どうしてこう、WinとMacって相性悪いんだろう?

アート業界ではMac派が主流なので、サイトも必然的にMac上で完璧なレイアウトが最低条件になってくる。それなのに、作成してる俺もMihokoもWindowsだ(笑)。

頭痛いので寝ますzzzzzz...


2003年08月06日(水)



 食える仕事・食えない仕事

一日で終えなければいけない作業が日に日に溜まっていって、就寝が朝5時という日々が続いている。心地よい疲労感じゃなく、憔悴に近い気もする。ピリピリしてる時の自分は嫌いだ。周りの人に気を使わせてるのが分かるから。

100%自分でコントロール出来る仕事がベストだとすると、現状は50%だろうか。でもね、【食える仕事】やってる時って、50%くらいの時なんだよな。分かり辛い感覚だけど、人の意見を半分くらい受け入れた方が、バランスが取れた仕事ができる。

でも、100%でやってる時は、理想に突っ走っちゃってるから【食えない仕事】になる。全て自分で決められるし、思い切った事も出来る。それと引き換えに、確実性とか保障ってものが無くなるんだけどさ。

今、【Tokyo Doll】をRafiというパートナーとやってて、不満もありつつも保障されてる自分に気付いて、何だかスケール小せえなぁ、と思うわけよ。ある程度、結果が見えてて、それなりに成功を収めるだろうけど、自分の中のでは50%だからな。

去年まで、ずっと一人でやってきて、100%俺がコントロールしてきたものは、どれも赤字だらけだったけど楽しかったな。もちろん、当時は泣きたいくらい大変だった事もあるけど、後悔は無いしね。それらの失敗から学んで、今回のプロジェクトはすごく安全な道を選んでいて、それはそれで自分には必要な経験なんだけど、何だかつまんないっていう。

音楽の世界でもさ、一匹狼で活動してきたギタリストとかが、急にポンと有名なミュージシャンのバックバンドに入ったりするじゃん?名前も売れて、金も入るし、決められた事をやればいいわけだから凄い楽になる。でも、明らかにそいつの魅力とかが無くなって、長い目で見たらマイナスになるような事ってよくあるよね。「勿体無いな、あいつ」って。

そうして、どんどんセッション・ミュージシャンに成り下がっていく奴もいれば、途中でそれに気付いて、「イカン、イカン」って飛び出す奴もいる。

音楽もアートも、【食える仕事】ばっかりやってたら意味ないんだよね。誰も賛成しなくても、本人が満足すればそれで良いっていう部分、それは【食えない仕事】ってなるんだけど、大企業の社長に対しても「バカヤロー、俺は帰る!」って、言えるのが俺らの生き方じゃないか?とも思うんだよね。

そういう意味で、現在の俺は職業アーティストです。早くこの「職業」ってのを取り去りたいね。



2003年08月05日(火)



 優越感の侵害

朝まで映画を観ていたお陰で、昼頃起床。すっごい損した気分。今日はカーロス道場が休みなので、久々に家で日曜を過ごした。

【Tokyo Doll】のウェブ更新作業が溜まってるので、一気にケリを付ける勢いでPCと格闘。それで夕飯を作る気力もなくて、久々に彼女と二人で絵馬亭というジャパレスで日本食を食べた。ウマイけど高い!

そっからまたウェブの作業に戻って現在午前3時。とりあえずフィニッシュ!

「お気に入り」のウェブ・サイトをぐるっとチェックしてるうちに、【Bingo!】という雑誌でコラムを書いてるイアンのページを発見。

彼とは数回面識があるけど、いつも「今度ゆっくり!」と言いつつまだあんまり喋った事無いんだよね。でも、コラムは毎号読んでて、着眼点の面白さと遠回しじゃない主張にはいつも関心させられる。

その【イアンのいいやん】という、彼から見た日本、カナダ、文化や感覚の違いを題材にしたコラムの中に「カナダで知り合った『日本が嫌い』って言ってる日本人のまわりの人が日本人ばっかりやで! しかも、ほとんど日本語しかしゃべれへんぞ! どないやねん!?」

という一節があって、思わず唸ったね。100点あげたいくらいその通りだから。今日たまたま彼女ともそういう話をしてて、(自分達も含めて)街ですれ違う日本人には冷たくして、シカトするくせに、友達は日本人しか居なかったりする。

な〜んでだろ?やっぱり優越感を侵害されるのが嫌だからだろうか?日本の友達からは「いいな〜、海外で暮らして」という羨望の眼差しで見送られて、鼻高々でカナダへ来たものの、そこには大勢の日本人が暮らしてる。

そこでいかに【外国人の友達を作る】【英語が喋れる】ようになるかという競争が待っているのだ。その競争に一歩リードした人は、「もうあんた達とは同レベルじゃないのよヨロシク」症候群に掛かってしまうんだな。

俺もそういう所あるもんなー。「ワーホリですか?」って聞かれたら、「いや、ワークビザです!」なんて答えたりして、メッチャ感じ悪いし(笑)。

でも、そうやって聞いてくるのは日本人だけで、時々何でそんな事聞くんだろう?と不思議になるけど、そこがやっぱり他人を気にする日本人たる所以なのかもしれない。

同郷人で助け合ってる人種も多いのに、日本人は牽制し合ってばかり。というか、白人社会に我先に融合したがってるだけのようにも見える。人種のモザイクであるトロントに日本人街が出来る日は来るのであろうか?

2003年08月03日(日)



 損して得とれ

【Tokyo Doll】のFundraising Partyが9月4日に決定した。会場はUna-Masというトロント屈指のクラブ。そこでは、一足先に出展される作品の一部を公開するのと、俺のライブ・ペインティング、アンダーグラウンド・フィルムの上映、そして豪華景品が当たるロッタリーを予定しています。

日本ではあまり【Fundraising(資金集め)】という言葉が良く思われないので、日系新聞や日本人の協力者には【プレ・オープニング・パーティー】という言葉を使うことを余儀なくされる。

この【Fundraising(資金集め)】という言葉については7月4日の日記に書いてあるので一読頂きたいが、今日はこれにまつわる更に突っ込んだ話題。

ロッタリー用の景品として、コーディネーターのロザーナとRafiは既に20点以上もの景品を入手している。例えば、一流ホテルの宿泊券やディナー・クルーズ券。人気レストランのディナー2人分、ブランド洋服の$50オフやヘア・サロンの無料券まで。

カナディアンのショップや企業にアポ無しで飛び込んでも、Fundraising(資金集め)】という言葉が浸透してるので比較的簡単にスポンサーを取ることが出来る。

実例を挙げると、カナディアンの洋服店から【オーダーメイド一着無料券】を出してもらった。店長に伝えた事柄は主に「Tokyo Dollという展覧会を成功させるために資金が必要なのでパーティをやります。」「パーティには200人以上来ます」という、たったそれだけの情報だ。

すると店長は「ウチの服を買った事ない人でも、オーダーで一着作ったら絶対に気に入るはずだ。そしてウチの洋服のファンになって、友達にも薦めるかもしれない。もちろん本人のワードローブはウチの洋服で一杯になるはずだ。ワッハッハ!」と豪快にOK。

こちらがアレコレ言わずとも、勝手にその効果を期待してくれるのだ。もちろん細かく、どんな客層が多いとか自社商品のターゲットに合うものか等、色々と突っ込んでくる人もいるが、あくまでも提供に前向きな質問がほとんど。

それと同じことを俺もやらなければいけないんだけど、俺は自動的に日系企業・店舗を担当する訳で、これが非常に困難を極める作業なわけだ。

今日、飛び込んだある日本食レストランでのやり取り:
俺「〜こういう展覧会を成功させるために是非協力をして頂けませんか?」

店主「こっちに何かメリットあるの?タダで出せるわけないじゃない。」

俺「パーティには200人以上のお客さんが来ます。良い宣伝の機会ですし、ディナー券が当たったお客さんがリピーターになるかもしれませんよ。」

店主「ウチだって商売厳しいのに他人の商売に協力する余裕なんてないよ。」

俺「人の集まるところに名前が出るので、これも一種のビジネスチャンスだと思いますが。」

店主「タダ券で飲み食いされて終わっちゃうなら、こっちに儲けが無いよ。」

俺「例えば$50のディナー券を出したとしても、お客さんがそれ以上の追加注文をするかもしれませんし、友達を2−3人連れて来るかもしれません。また、$50といっても損失は材料の原価と人件費だけですから、結果としてプラスになる事が多いと思いますが。」

店主「じゃあ、ジュース一杯無料ならいいよ。」

俺「・・・・・・・。」


まぁ、どこへ行ってもこんな具合でとても【豪華景品】と呼べるものは契約出来てません。ジュース一杯なんて、子供じゃあるまいし無料券をもらっても行く気も起きません。

こういった実例をRafiやロザーナに話しても、彼らは理解出来ないようです。「何故、日系企業はどこも景品くれないんだ!?」と真剣に考えてるけど、絶対的な価値観の違いがそこにあるから難しいです。

でも彼らに言わすと、俺の言い方がマズイそうで(笑)、「俺が日本語喋れたら絶対取れる!」と言い切ってる。やってみろって。



2003年08月01日(金)
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