-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 有名人と会うと

朝まで絵の続きを描いて、そろそろ寝ようかな?と思ったけど郵便局へ行く用事を思い出したので、今日は寝ずに行動しよう!と思い、街へ出掛けました。

歩いていると、何故かすれ違う女の人ばかりに気を取られてる自分に気付いた。「何でだろう?」と考えたら先日のある出来事が思い当たった。

つい5日前に偶然、アラニス・モリセット(シンガー)とすれ違ったのだ。トロントではたまに仕事で訪れてるハリウッド・スターや有名人を見かけることはあるが、アラニスの場合は全くのプライベートだった気がする。

それ以来、「また、どっかで会わないかなぁ・・・」と気を取られてるのだ。Hiroに話したら、前にも(俺のスタジオの一階にある)寿司屋でテイクアウトしてたのを目撃したという証言もあるし、結構ウロウロしてんのかな?って。

別に、会って何がしたいという訳じゃないけど(笑)。やっぱ自分にとってフェイバリットな人物が、近所を歩いてるというだけで充分エキサイティングな事は確か。何かの発表とかで、公の場で見かけるのと違って、スターが、プライベートで自分と同じ空間を共有してることがエキサイティングなのだ。

映画「イマジン」の中で、セントラル・パークを散歩してるジョンとヨーコに若者が「何てこった!ジョンじゃないか!俺は大ファンなんだ!次のレコードいつ出すのさ!?」ってな具合で相当興奮してる様子が映っているが、自分が生活してる現実世界に、いきなり非現実世界の人が現れたわけだから、その気持ちよ〜く分かる。

不思議な事に、それが大してファンじゃない人物だったとしても、この「現実世界を共有した」という事実だけで、自分の中の「気になる有名人ランキング」が急上昇する。TVや雑誌で見かけると「あ!」と、意識するようになるのが面白い。

また、次にもし会ったら、こう話しかけようとか、色々と妄想シュミレーションを繰り返したりするのだけど、「またどこかで会えないかなぁ」と思っていると会えないものだ。現実はドラマのようにはいかない(笑)。


2003年01月31日(金)



 意見と批判

最近、自分自身が「危ないなぁ」と思う。何が「危ない」かと言うと、自分の意見と批判との区別が付かなくなってきてる気がして。

ネットが発達して、人類総評論家時代と呼ばれるけど、映画好きな人が「あの映画のココが悪い!」「面白くない」と言っても、じゃあお前が映画撮ってみろよ。って言ったら撮れないのと同じように、

俺も、偉そうに日記で人生分かったつもりのような事書いてるけど、気付かずに他人を批判してることもある。それが自分の意見だと思っていても、受け取り方によっては、単なる批判にも取れてしまう。

なぜ批判するのが危ないかと言うと、批判している時は、自分がその人よりも上に立ってる気持ちがあるからだ。意見を言うのは良いことだけど、それが批判にならない様にするのは案外難しいことだと思う。

美術にも美術評論家がいるけれども、その人達が優れた美術を創れるわけでもないのに、アレコレと批判する。そもそも美術家がいなければ評論家も存在しないのだ。

でも、彼らはそういう職業だからしょうがないとしても、俺個人の場合、他人の事を批判する権利はどこにもないのだ。

年齢が上だとか、人生経験が多いからといっても、それが他人より優れてるって事とは無関係だし、意見は言っても批判はするべきじゃないよね。

うーん、難しいな。
結局、相手の受け取り方で、
「俺はこう思う」っていうのが、
「ここが悪い!」に聞こえてしまう場合もあるし、そこで意見か批判か変わってくるのかもしれない。

小学校とかの授業で先生が、
「アリとキリギリスについて、意見ありますか?」
と聞いたときに、
「はい!キリギリスは、夏の間に遊んでばかりだったから悪いと思います!」っていうのは、意見というより、キリギリスは馬鹿だという批判にも取れるし、意見=批判というのは案外小さい時から植えつけられてる問題かもしれないね。

多分、結論は出そうも無いので、このまま放置していきますけど、また思うことがあったら続きを書きたいと思います。







2003年01月30日(木)



 、と。

帰国ラッシュと呼ぶのにふさわしい程、多くの友達がこの月末と来月初旬に日本へ帰っていく。

今日はその中でも、Hiroとイケコの送別会をやった。急遽集まれる仲間だけで集まってQueenのバーへ。

本当は、一人一人ゆっくり話しをしたかったけど、妙にしんみりするのは嫌だったので、いつも通り未来の話ばかりした。

「帰ったらどうする?」
「次はいつ一緒に仕事できるだろう?」
「ニューヨーク?いいな〜」
「面白い話あったら声掛けてよ」
そんな話ばかり。

それぞれに、過去に良い想い出や、記憶として残る出来事があるけれど、昔話をするほど俺達は老いていないし、それよりもこれから2人がどんな成長をするかが楽しみ。だから、ほとんど過去の話はしなかった。あいつらとの関係は、カンマ(、)でこれからも続いていくから。

俺には、「あの頃は楽しかったね」と昔話をする友達がいない。多分、意識的に、そういう“昔話しかできない友達”とは縁を切っているような気がする。

縁を切る、と言っても、その時点では先のことは分からないから、文法でいうところの句読点カンマ(、)をとりあえず打つ。そうすると、多くの友達は数年経った時に、カンマ(、)が自然にピリオド(。)へ変わっているのに気付く。

明日や未来の話が出来る人にはカンマ(、)。もうそういう建設的な話ができない、終わりだと思えた人には、未練があったとしても強引にピリオド(。)を打つ。

一度ピリオド(。)を打った人とは二度と会わないようにもしてる。友達であろうが、昔の彼女であろうが、過去の想い出はすべて鍵を掛けて心の底に沈めておくような感じだ。

人間関係だけでなく、人生においてもこうやって強引にでもピリオドを打っていかないと、人生はカンマだらけになってしまう。それらを背負えるほど人間は強くない。だからピリオドを打って、気持ちだけでも過去を終わらせるのだ。

ピリオド(。)とカンマ(、)が及ぼす意識への影響は、思ったより大きい。

例えば、イチローは大リーグで失敗したら日本球界に戻ればいいや、というような甘いカンマ(、)ではなく、もう日本球界には戻らない!という強いピリオド(。)打ったはずだ。だから成功したと言える。

例えば、彼氏とは別れた。でも電話があると出てしまうし、誘われると出掛けてしまう。自分が一度ピリオドを打ったなら断れるはずだ。そのままズルズルと関係が続くのは、きっと甘いカンマ(、)しか打てない人なのだろう。

どんなに過去が素晴らしくても、それに固執してしまうと、人間は過去に生きてしまう。頻繁に鍵を開けて、想い出をなつかしんでいるのが、過去に生きる人の特徴だと思う。

「あの時が一番輝いてた」「あの頃は良かった」と、想い出に時間を費やす暇があったら、今日を、そして明日をどう良くしていくかに時間を使いたいと俺は思う。




2003年01月28日(火)



 オンライン・ショップ

朝っぱらから叩き起こされてしまった。ドアを開けるとポリスが来てて、このビルのオーナーとテナントのバカ女が喧嘩してた(^^;

その仲裁に入ったり、話を聞いたりで朝から疲労困ぱいです。そのままダラダラと一日がスタートしてしまい、絵もちょっとしか進まなかった。

後は、ずーっとインターネットで「オンライン・ショップ」を研究。このHPにも近々オープンさせる予定なので、その情報集めにハマってるんですな。

その場合、一番問題なのが、外国向けと日本向けのショップを別々に作らなければいけないこと。外国で一般的な決済方法はクレジット・カード。日本だと今はE-バンクってやつ?が今後の主流になるんでしょ?Yahooとかそうだし。

人様の大事な情報を扱うわけだから、出店するショップの審査も厳しくなってきて、カード会社や銀行との取引締結だけでも結構な出費になる。

あとは発送の問題とか、時差の問題で電話でのカスタマーサービスとか出来ないし、返品や交換も時間が掛かる。日本向けを考えると海外に住みながら立派なショップを構築するのは難しいかも。

とりあえず、簡易的に自分の作品から販売をスタートさせるつもりだけど、ゆくゆくは他のアーティストも扱う総合ショップにしたいのね。しかも外国と日本の橋渡しになるような。

まだ暫く研究の必要あり、ですな。



2003年01月27日(月)



 日曜日の憂鬱

昨日の日記を自分で読み返して、「早起きせねば!」と思い、意を決して今日は昼に起床。

以前預けてあった作品スライドをピックアップしに、Propellerギャラリーへ行く、が、CLOSE!!! そうか、今日は日曜日・・・。仕方ないので周辺のギャラリーを久々に探索することにした。

Burston Galleryで若手のアーティストが結構面白い展示をしてた他は、特に収穫なし。う〜ん、トロント停滞してますって感じ。

特に日曜日ってのは、ほとんどの店が夕方5時くらいで閉まるか、休みって具合なので、街自体の活気がないのもそう感じる原因かもしれない。

だから、こっちで生活してて「日曜日」って聞くと、何だかやる気がそがれる気分。でも、現地の人に言わせると、午前中は教会へ人が集まるし、夜は家庭でゆっくりくつろげるし、貴重な休日なのよ。ってことらしい。

それ聞いて、一週間という区切りで生活サイクルを区切るのも良いなぁ、と思った。月曜日に仕事始め。木、金の夜に遊び、土曜は買い物やアクティビティ。日曜日はゆっくり休む・・・。みたいな、生活のメリハリ(!?)みたいのが少し羨ましい。

俺みたいなフリーランスだと、今日が何曜日かってのはあまり重要じゃなくて、ともすれば曜日すら忘れてしまうくらい。ダラける時は何日もダラけてしまうし、一週間の始まりも無ければ終わりも無い。正にメリハリとは無縁の生活。

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夕方からRafiのオフィスでHYPE TOKYOのミーティング。お互いのコネクションで色々と進展があり、それを再検討する。俺は、関係者用にWEBサイトを作っていて、それに掲載する為の写真を数枚撮影。それから、自分が発表する予定の立体作品のスケッチを検討する。

会場の候補である2つの施設とも順調に交渉が進んでいて、恐らく近日中にどちらか決定する見通し。ただし、現代美術館に決まった場合は、カナダ人アーティストを参加させなければいけないので、そのリストアップ作業を早急に済ませなければならない。

でもカナダ人が入ったら、HYPE TOKYOってタイトルは変更しなきゃならないなぁ・・・。





2003年01月26日(日)



 雑記です

日記にこれだけ「寒い!」と書いてるのに、未だに「どれくらい寒いんですか?」と質問がある。う〜ん、確かに文章では実際の寒さが伝わらないのがくやしい。くやしかったら来てみろ!と言いたい。来ねーか(笑)。

例えば、
「寒い」というより
「痛い」が近い。

「鼻水が出る」というより
「鼻水出て凍ってるが、気付かない」が正しい。

「冷たい空気で凛とする」というより、
「冷たすぎて息するのが痛い」が本音。

この間、歩いて2分のホットドッグスタンド(屋台ですな)でホットドッグを買って、スタジオに戻るまでにトッピングのピクルスが凍ってた・・・。そのくらいです(笑)。

さて、この数日は完全な「絵描きモード」に突入してまして、映画もTVも一切観ずに、ひたすらキャンバスに向かってます。

こうなると昼夜が完全に逆転する傾向があって、午後4時くらいに起きて(辺りはもう暗い)、ご飯食べながら2時間くらいインターネットやって、朝7−8時くらいまで描き続けます。

陽が昇ってすぐには寝付けないので、またネットをやって9−10時ごろ就寝というサイクルです。だから昼間電話があっても大抵出ません。居留守なんです。

この絵が仕上がったら、新しく立ち上げたいプロジェクトが浮かんでいるので、また昼人間に戻さないとイカンね。

そういう新しい事を思いつく度に、カナダの移民権を持ってないのが煩わしいと痛感する。あぁ、何なのこの制度!?税金さえ納めれば、どこの国に住もうがいいじゃん。

日加タイムスによると、この10年間でカナダに移住した人々の出身国トップは中国、20万人!続いてインド、フィリピン、香港の順。

お〜い、もう中国人多すぎだから!我々日本人には移住は高い壁だけど、経済力の弱い国からの移住はほぼ無審査に近い状態だって。そりゃないぜ。

もうすぐ確定申告の時期だ。また多額の追徴課税がある・・・。その税金がこれらの人々の生活保護に回ると思うと複雑な心境です。

2003年01月25日(土)



 これを運動と呼んでいいのか?

NYのブルームバーグ市長は、大の嫌煙家(あえて禁煙家じゃなく)として知られている。ジュリアーニ前市長から彼に政権が変わった直後からNY市内の飲食店は全面禁煙になり、タバコ税率も大幅に引き上げられた。

それに習う形で、カナダのオンタリオ州も飲食店の全面禁煙法案や増税に踏み切った。ちなみに現在タバコ一箱が$7.50(約650円)。

他にも嫌煙団体による活動で、日々肩身が狭くなる思いだ。日本では「歩きタバコ禁止地区」が出来たり、喫煙マナーに関しては制限を受け入れてもいい。喫煙家にとっても他人の吸い方は気になるし。

でもさ、こういうのは行き過ぎじゃない??↓
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“ビートルズのアルバムジャケットからタバコが消える!?
イギリスの新聞「SUN」によると、アルバム「アビイ・ロ−ド」で使われた 横断歩道を渡る有名な写真で、ポールがタバコを 指に挟んで歩いています。

しかし、「ファンがまねると良くない」 という禁煙団体の要請を受け、コンピューター処理で、ポスターなどから 煙草だけが 消されてしまいました。

今後、CDのジャケットからも消される可能性もある ということですが、愛煙家の団体は「嘆かわしいことだ。 次はシャーロック・ ホームズから パイプも取り上げようと いうのか」と、 強く反発しています。(JNNより転載 )
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ギャグかと思ったらマジ。困ったもんだねぇ。歴史の書き換えはイカンよ。このアルバムが標的になるなら、それこそビートルズ自体を歴史から抹殺することになりかねない。だって4人は超・愛煙家だったから、タバコが映ってる写真なんて億単位であるよ。それも全部やるの??

俺の描く絵には、タバコが大きな比重をもって描かれている。もし上の記事のような勘違い野郎が「絵からタバコを消してください」とか言ってきたら、勝ち目がなくても戦うしかないよな。でも裁判やるなら日本がいいな。NYだったら絶対負ける(笑)

絵を買ってくれる人や、好きだと言ってくれる人の中には、もちろん禁煙家がいます。「タバコを消してくれたら買う」とかいう馬鹿もいません。

例えば「核は人類を滅ぼすので禁止です。」だったら、「長崎に落ちたのは無かったことにしましょう。コンピューターで書き換えておきます。」って事でしょ!?誰がそんなの認めるのか?

問題の大小じゃなくて、タバコをはじめ、何かを規制するには「これからどうするか?」が問題でしょう!?過去を遡って否定から始めるのって子供のやることだよな。禁煙権だけじゃなく、喫煙権も必要になってくるぞ、これだと。

これは禁煙運動という範囲を超えた「弾圧」でしょう。


2003年01月23日(木)



 来客の多いスタジオ

映画「Traffic」と「Million dollar Hotel」を立て続けに観たので、昼間で爆睡してしまった(^^;。 「Million〜」は大好きなWin WendersとU2のボノの手掛けた作品で、色感がすげー良かった。

セリフ自体も詩的表現だったし、なんと言っても「自分は元ビートルズのメンバーだった」と信じてる男の配役センスが抜群。あいつが居なかったら映画の印象変わってただろうな。

さて、今夜はー32℃まで下がるというトロントですが、スタジオは来客で賑わいました。

まず南米帰りのSくん。仕事を一ヶ月休んで、しかも妊娠中の奥さんを置いての一人旅。彼曰く、俺の絵の色調は南米を思い起こさせるそうです。そんなの初めて言われた。

「人は何故旅に出るか?」という話で、俺は旅人にはなれない事を実感する。実際に俺は全然旅行したことがないけど、行くとすれば何かしらの“目的”を探してしまう。

「NYへ行ってギャラリーを廻りたい。」、「パリへ行くならカフェを廻ってスケッチしたい。」、「イギリスへ行くならビートルズ巡り」、「ドイツならレジデンスを借りて制作してみたい。」Etc...

ガイドブックやインターネットを駆使して情報を収集しまくるだろう。何故なら、それを見るためにそこへ行くのだから。

でも、彼が言ってる「旅」とは、最終地点だけ決めて(場合によってはそれすらも決定ではないが)、目の前にY字路がきたら、その時に右か左かを決めるような旅である。

そういうのも男なら一度はやっておきたいなぁ・・・。人は「いつでも行ける」と思うから旅に出れないのかもしれない。

そんな話をしてると、元アシスタントのイケコが、無事に「Banana Fuck」展(日記1/15参照)が終了したことの報告と、俺が買った作品を持って来た。

HYPE TOKYOを見て「何か手伝わせて下さい」と押し掛けてきた頃をなつかしく思った。トロント滞在は一年と短く、もう月末には帰国だ。まだまだ未練があると思うが、その位のほうがいい。

帰国前にNYへ寄るので、お勧めのギャラリーやスポットを幾つか教えた。「大阪でがんばりますよぉ!」と言い残して帰りました。頑張れよ!

Sくんと外で食事してから、隣人と少しギターでセッション。あんま乗らないので今日は止めた。

夜遅く、これまた元スタッフのYumiと彼氏のLeeくんが来た。インターンシップのことや、就職の事とかの相談。そうか、彼女もじきに大学を卒業するんだ。

自分の周りの時間だけが凄い勢いで回ってて、俺だけ取り残されてるような感覚だね。みなそれぞれの選択をして、ある人は街を離れ、ある人は留まる。

これから自分も何度そういう選択をしていくのだろう。

2003年01月22日(水)



 drawing behavior

毎回「今日は寒い!」と書いてるけど、今日も寒かった!(笑)。これしか書くことないね。

WEBの更新したんだけど、アップした“Drawing Behavior”シリーズって、もう2年も前のやつだったんだね。すっかり存在を忘れてて、今更公開する必要ないか?と思ってたんだけどさ。

これを描き始めた時って、ちょうどカフェでの展示シリーズがトリプル・ブッキングしちゃってて、作品が早急に必要!って事ではじめたんだよね。

もともとスケッチ・ブックに落書きしてたものが、そのまま作品になったようなもの。普通なら、ブックのスケッチをキャンバスに清書したり、手を加えたりするんだけど、完成した作品よりもスケッチの段階の方が良いニュアンスが出てたりする。

それで改めてブックを見返して、そのまま公開しても良いな、って絵をセレクトしたのがこのシリーズ。

で、作品のタイトルにはBeatlesの曲名を当て込んでいる。特に内容と関係あるわけじゃないんだけど(笑)、二百数十曲もあるし、どんなシチュエーションにもハマる曲を選ぶことが出来るから、シリーズとして描くにあたって「全曲分、描いてやろう!」みたいな意気込みが持てると思ったので・・・。

また近い将来に、シリーズの続きを描いていきます。気長にね。

2003年01月21日(火)



 トロント写真事情

Here and NowギャラリーのAlyssaから、個展予定日の5月27日付近に、「CONTACT」という写真・フォトグラフの祭典がぶつかりそうだと連絡があった。

トロントの写真協会や、グループ、ギャラリーなどが写真復旧のために毎年大々的に催すもので、普段は写真を展示しないギャラリー等でも、その期間中は好意的に写真を展示したりするんだよね。

彼らが悩む“スペース不足”も深刻なのは知っている。ファイン・アートのギャラリーに比べ、写真専門で扱ってるギャラリーは極わずか。個展をやるにも申請してから2,3年待ちなんてザラ。

発表のチャンスが少ないから、食ってくために仕方なく商業写真を続ける人も多い。でも広告や雑誌媒体にいきなり新人が登用されるチャンスは少ない。どうしても名前や実績で、一握りの写真家だけに仕事が廻ってくる様子。

トロント来てから、写真家の知り合いも随分増えた。中でも先日のBanana Fuckのオープニングで、やっと会えたMr. Shin SuginoさんはYuukoの師匠で、数々の大企業の広告を撮りまくってる有名な人。そんな彼もコマーシャル写真とは別に、プライベートなアートを撮り溜めているらしく、発表の機会を窺っている。

まぁ、彼クラスになると発表の場に困ることも無い。その気になれば美術館クラスで巡回展だって出来るしね。問題なのは、若手の発表の場が無いことだから、「CONTACT」みたいなフェスティバルは必要。

そこで、俺の個展の開催を二週間遅らせてバッティングを防ごうか?という話になった。まるでリリース日をズラすレコード業界みたいだけど(笑)。

でもやっぱ、写真もファイン・アートも共存共栄だし、初日のオープニング・レセプションにどれだけ人を呼べるかも関わってくるから、無理にぶつけない方がいいのは確か。



2003年01月20日(月)



 Mouse Mice Mice

スタジオの大掃除。最近ネズミ(!)が出たからさ。古いビルだし、一階はレストランだからネズミくらい出るのは分かってたんだけど、この間はじめて遭遇してからは「イカン!!」と思ってしまった。

家具を全部どけて、壁と床の境目にある隙間をすべてテープで塞いだ。ドアの隙間もミリ単位までネチッこく樹脂を流し込む。これでも侵入してくるネズミがいれば褒めてやる。

こっちで見かけるネズミはそれ程大きくなくて、せいぜい3−5cmくらいかな?新宿歌舞伎町で働いてた時は、猫くらいの大きさのネズ公を見てたから何てことは無い。

ちなみに英語でネズミは「マウス」。ミッキーマウスのマウス。複数形で「マイス」。こう呼ばれるのはハツカネズミくらいの大きさまでで、大型のドブネズミ級になると「ラット」と呼ばれるらしい。だから、歌舞伎町のやつなんかは「ラット」だね。

先日の飛鳥 童さんのパーティの時、宗像副領事と“Banana Fuck”展へ行く約束をしてたので、ギャラリー閉店を延長してもらって見に行くことにした。彼は政府の人には珍しく、積極的に若者の現状を知ろうとしてくれるので本当にありがたい。

せっかくだからと思って、近所に住んでるRafiを呼んで紹介した。彼は今HYPE TOKYOの事で頭が一杯(笑)。宗像さんが帰ったあとで近所のパブで一杯ひっかけて帰った。

スタジオへ戻って、絵の制作をしようと思ったんだけど、酔いが廻ってて気分が悪い。かと言って何もしないのは嫌なので、Tequilaへ行って小一時間くらいスケッチして帰ってきました。明日はもうちょっと頑張ります・・・。

2003年01月18日(土)



 新たな目標

午前中から額を仕入れに画材店へ行く。今日はごっつい寒い!気温はー16℃なんだけど、もっといってる気がする・・・。

額は5月の個展用。全部で16個仕入れた。去年は大作にはまっていて、48インチ大くらいの作品を多く描いたが、今年は反動で小さな作品が描きたい気分。なので10インチ四方の額で揃えた。とりあえずナチュラルなままで買ったので、これから作品に合わせて作り変える予定。

さてさて、昨日もちょっと書いたけど、最近敵が多いことについて。
あからさまに敵意を剥き出しにしてくる人はいないけど、陰でいろんな噂を耳にする。というか、入ってくるんだよねぇ。どこからともなく。叩く人も、忠告してくれる人も皆日本人。

俺も気にしなきゃいいのに、結構ムキになるタイプなんで。でも冷静にその噂や誹謗中傷を分析すると、確かに身から出たサビというか、結局俺が動いたことによって波風が立っているのは理解できた。

物事を起こすときは、必ずリスクがあるから、成功の裏にはそれだけ迷惑を被る人も出るわけで、まさに諸刃の剣だ。でもやっぱりこれが俺のやり方なんであって、平穏無事なアーティスト生活とは無縁なんだなぁ、と妙に納得してしまった。叩かれるのは、それだけ存在が目に付くからで、ある意味名誉な事だと(?)思いたい。

それもあって、最近また一つ目標ができた。今年はその現象をカナダ人社会にも広げようと!どうせ叩かれるなら日本人だけじゃなく、地元のやつらにも叩かれたほうがいい。でもそれには本気で潰しに掛かられるくらいのド新しいことをしなきゃな。そう、斬新なものは最初は嫌煙される。それくらいの事を今年はやりたい!


2003年01月17日(金)



 飛鳥 童さんの個展

画家・飛鳥 童さんの個展がJapan Foundationで開かれた。夕方オープニングに出掛ける。

飛鳥さんと言うと、先日亡くなられた高円宮さんの夫人が書いた絵本の挿絵が有名らしいが、それよりもずっと前からカナダで画家として名を成していた人だ。童話に使われた作品を含め、彼の作品をまじまじと見るのは今日が初めて。

彼と初めてお会いしたのが、昨年末の領事館主催パーティだった。スタジオが近所なので、そのうち遊びに行きますと言いつつ、機会がなかった。またチャイナタウンで買い物中にバッタリ会ったりして、顔だけは何度も合わせてたけど、こうやって本来あるべき姿の飛鳥さんを見ると身が引き締まる思いがする。

カナダに渡って二十数年だし、名誉市民でもあるし、格でいえば大人と子供なんだけど、すごーく腰が低くてかえって俺が恐縮してしまう。しかし、絵に関すること以外は無頓着に見えて、ビジネス面もきっちり話せる厳格さも感じるから羨ましい。

そう、そういうのが良いんだよね。人が良さそうで、ほがらかに見えるところが。したたかさと言ったら語弊があるけど、誰からも愛される要素がある方がいい。俺はその辺、対極に行っちゃってるから、最近敵が多い多い・・・。

パーティーは関係者オンリーだったので、知人に会うことはないと思ってたんだけど、日加タイムスのAさんと、Bit'sマガジンのKくんが取材で来てたので、宗像副領事も合わせた4人でパーティー後に日本食を食べに行った。なかなかエキサイティングなメンツ(笑)

2003年01月16日(木)



 BANANA F**K

'BANANA FUCK'という展覧会のオープニング。日本人の女の子が4人集まってグループ展を開いた。4人全員とも何かと可愛がってきたので、何だか娘の晴れ舞台を見る父親の心境(笑)

HYPE TOKYO 2002に出てくれたミホちゃんが中心になって、去年まで俺のアシスタントをしてくれてたイケコと、“Let's”のカタログ写真を撮ってくれたYuuko。同じく“Let's”にアーティストとして参加してもらったマユコの4人。

特に、言い出しっぺのミホちゃんは、制作のために俺のスタジオの上の屋根裏部屋を借りた事もあって、色々と相談を受けたりしたので彼女の頑張りはよく知っていた。

オープニング当日、誰も男性の手伝いがいないと聞いて、昼から呼ばれてもないのに手伝いに行った。タイトルにちなんで会場中にバナナが吊るしてある(笑)。

4人ともスタイルが全く違うので、ある意味どんな配置で飾ろうと、個性が弱まる心配がないと言うか、よくもこれだけ個性的な人を選んだな、って感じ。

パーティがスタートしてからは、雪模様にも関わらず大勢のお客さんが入って一安心。作品も結構売れてたしね。ちなみに俺はイケコのを一枚購入。

ともかく、こういった形で日本人の子が、しかも女性が中心になって海外のアートシーンに乗り出してくれたのが嬉しかった。気負いもなく、会場がトロントにあるだけで、ノリ的には日本でやってるような感じで。

俺とかがやると、どうしても肩肘張っちゃうと言うか、戦略とか考えてしまって気負っちゃうんだけど。彼女達の、ナチュラルに自分の作りたい作品を作り、そして展示するという行程を見て、「女は強し!」だと思ったよ。簡単じゃないからね、展覧会企画して開催するって。

月末21日までやってるので、お近くの方はぜひ。

2003年01月15日(水)



 Reborn

父の一周忌。今から一年前の14日午後3時35分、日本時間の15日午前5時35分に旅立ちました。早いもので、もう一年。

思えば、打ちひしがれる暇もなく走り続けた一年だった。また、まるでそれを見守るかのように、頻繁に父の夢を見た一年でもあった。夢の中の父は若く、快濶で、いつまでも追いつくことの出来ない存在に映った。

暗示的な夢や、気付きを与えてくれるような夢を頻繁に見るようになると、まるで自分の中に神様が宿った気にもなった。

俺は無宗教で、唯一信じれるのが自分自身だけ、というタイプなのに、その俺にもやっと自分の中の神様ができたような気になったのだ。困難があると、知らず知らず父に問いかけてみたり、教えを仰いだりした。

でも、自分の父親を神様に仕立て上げるのは滑稽だと気付いてからは、それをやめた。想い出を美化し、何かの象徴として祭り上げることで人間であった父が遠く離れた存在になってしまう気がしたからだ。

父は神ではなく人間だった。手をつなぎ、おんぶをしてもらい、プロレスごっこをして遊び、勉強を教わり、時には叱られ、食事をし、笑い、ここまで育ててくれた父は人間以外の何者でもなかった。

肉体がこの世からなくなった今でも、人間としての父を愛している。それを神に昇華させる必要なんてあるのだろうか?

だから、未だに自分の中に神様はいない。と言うか、必要ない。その代わり自分しか居なかった心の中に、新しく父という存在が、父という名前のままでやってきた。

人は死ぬと神様になるのでなく、人の心の中で生きる人間に生まれ変わるのだと思いたい。

2003年01月14日(火)



 人間の色

大きな決断をすると、体力もかなり消耗する。自分が行きたい方向と、行かなきゃいけない方向が対極にあり、体が引き裂かれそうになる。

人生には辛い事が沢山用意されていて、誰もが逃げたくなるように設定されているのかもしれない。逃げた人には、何度でも設定し直されるように。

“だから、一度目でクリアするほうがいい。”

俺は出来るだけこう考えるようにしている。だってそれらは最初からクリアするために置かれているものだから。

映画「マルコムX」を英語だけで初めて観た。ニガー(黒んぼ)という響き、ホワイト(白人)、ブラック(黒人)、イエロー(アジア人)という響きが胸に突き刺さる。

髪をストレートにし、白人の女と付き合いたがる黒人の主人公。逆に、同じ人種、黒い肌、パーマの髪の毛を愛せないのはおかしい!と言い張る人達。やがて自分のアイデンティティーとは何かに気付く。

人種問題だけを取っても、膨大な根深い歴史がある。キリストは黒人だったとか、人類の原種は混血だとか、マイノリティーからすれば重大な問題かもしれないけど、だったら、肌とか髪の毛とか目の色とか言う前に、同じ人間としてどうして愛し合えないのだろうか。

人類の最も原始的な感情の一つに“嫉妬”があるらしい。女を取られる、男を取られることから、異人種に自分達の人種が犯されることを本能的に嫌うことまで。そこから様々な問題に発展する。

色が違えば「同じ人間」として認めたくない。分からないようで、やっぱ分かるかもしれない。今だったら、例えば北朝鮮の人なんて、肌も同じなのに愛せない風潮なわけだから。

今までの差別を撤廃する運動や闘争により、法律や規則は変えられてきた。でも人の心にある偏見や先入観は無くなったと言えるだろうか?政治が悪いとか、国の罪だとかの前に個人個人が意識改革していかないとダメだよね。



2003年01月13日(月)



 表現のレベル

先日から描きはじめた絵は、本当に描きたいものを描いている実感を持てる数少ない作品。

自分が見たいのもあるし、これを描いて!と内からの欲求に促されて描いている。もちろん、今までの作品もそうなんだけど、描いている最中に手応えをビシビシ感じるというのは、そうそう無い。

自分の中にある感情を、絵として表現できることを感謝したい気持ち。きっと音楽家だったら音楽で、小説家だったら文章で表現するんだろうな。

前に、オノ・ヨーコさんが「表現したいものが自分の中から現れて、これは絵で、これは音楽を使って、これは詩で・・・って指定してくるんです。」と言ってたのを思い出した。

正にその通りだと思う。自分も絵だけでなく、多彩な表現方法があれば、もっと感情に合わせた表現が選べるのにな。でも外部に向けて発表するレベルになるには時間が掛かるよなぁ。

常々、アーティストって誤解を受けることが多い。自室に閉じこもって、自分にしか理解できない作品を作り、それが芸術だ!と叫ぶみたいな(笑)。

もちろんそういう人もいるけど、もし自己満足で良いならギャラリーとかで発表しなくてもいいし、多くはもっと客観的に自分の作品を見ていると思う。だって、展示するってことは、人に見てもらいたいって事だから。

だから、純粋に感情を吐き出す窓口として絵を描く人と、発表することを前提としてるアーティストとは似て非なる者だと思う。分かりやすく言うと、世の中誰でも絵は描けるけど、誰でもアーティストになれる訳ではない。みたいな。

例えば俺が、絵でなく音楽で表現したいとしたら、今はまだ誰でも弾けるギターのレベル。そこから本当に表現できるミュージシャンへ成るにはもっと時間が掛かるよね。

詩でも同じ。それを考えるとヨーコさんって、やっぱ凄いなと思う。自分の感情を色々な表現で形にできるなんて素晴らしい。



2003年01月12日(日)



 自分って何ですか?

午後からHere and Nowギャラリーへ。5月にやる個展のためにキュレーターのAlyssaがレターを書いてくれた。会場内の掲示板には早くも俺の広告が貼ってあって、期待されてるプレッシャーをちょっと感じた。

夜になって、1年振りくらいの友達が隣の部屋に遊びに来てたので合流。そのまま朝7時までにビール数十本とワインを空けた。

ワーホリを含めて数年で日本へ帰ってしまう人たちと飲むのは切ない。彼らにとってカナダ滞在中は息抜きの期間である場合が多いから。

「自分って、何なの?」が彼らの口癖。

大抵、日本を抜け出すのは、自分が日本で身動き取れないからだと思うんだよね。周りは自分をこういう奴だと見ていたり、自分で自分をこういう人だと決め付けていたり。そういう長年積み重ねてきた自分のイメージってのの中で、この先一生いきていくわけだから。

日本へ帰れば、実家の家業を継いだり、就職活動したりが待っている。だから出来るだけ長く滞在して、それを引き伸ばしたい。つまりカナダって現実逃避の場所。

探していた本当の自分が見つかるかもしれない。自分は何がやりたいのか分かるかもしれないとか期待もあるかもしれない。

でもそんなに自分が何者かを考える必要ってあんのかね?しかも多くは、日本にいる時のままの自分に縛られて、いつの間にかこっちでも身動き取れない環境を自ら作っちゃってるしね。

だったら、せっかく誰も知らない、人間関係もゼロから始められて、まるで人生イチからやり直せる所に来てるんだから、自分が何者か考える前に、自然に生きることをやってみたらどうだろう?

「自分」なんて、その時その時の決断や選択、性格や思考の集合体みたいなもんだからさ、考えたって答えなんて出ないのよ。

だから自分はこういう人間だ、なんて知る必要なし。そう決めちゃったら、どんどん自分をその型にはめるだけだから。

やりたい事を見つけるまえに、まずは自分の解放から。だと思う。今までの「自分」ってやつを忘れなさい。


2003年01月11日(土)



 今年初のギャラリー

新年が明けて、そろそろどのギャラリーもオープンする頃。今日はSPINとMercer Unionへ行く予定。

夜8時にRafiと待ち合わせた。SPINは「ドローイング・テンション」というJunoがキュレートした10数人の作家のドローイング特集。“Let's”に出てくれたPaula Coopも入ってて、会場にいた彼女と再会。来月日本でも展示が決まったらしい。すげ〜。

外は大寒波。芯まで冷える夜なのに、ギャラリーは満杯。人々は建物の中に入って遊びたくなるから、こういったギャラリーのパーティはうってつけかもしれない。トロントの冬だなぁ〜と実感するね。

Junoと話した時に、日本のギャラリーの話題になった。やっぱり皆興味持ってるんだね、日本のことは。

Rafiのアシスタント・Juliaが到着して、3人でMercer Unionへ向かった。が、クローズ!!オープンは一週間後の金曜だった・・・。そのオープニングには大勢の関係者が来るはずだったので、Rafiと“HYPE TOKYO”についてPRするつもりだったのに。

しょうがないんで、近くのギャラリー数軒を覗いてからBarで飲み直し。Juliaとは今まで挨拶程度だったので、実は面白い奴だと初めて知った。まぁ、Rafi自体が有名人で変わり者(良い意味で)だし、そのアシスタントが務まるくらいだから、当然かもしれないけど(笑)

その後Rafiと二人で、新規オープン間近のレストランへ移動。そこはRafiの友達がオーナーで、現在仲間どうしで改装真っ最中。今夜はプレ・オープンとして、友達を集めていた。

ビルの2階、レストラン・・というよりBarだね。DJブースや生演奏の為のステージが設置されてる。そして友達皆が「超」の付く美男子ばかり・・・。これには唖然とした。何だモデルの集会か!?

隙を見て、ゲイの友達に電話で教えてあげようとしたが、不在で残念。いやぁ〜、男の俺から見ても、目の保養させてもらった感じ(笑)。


2003年01月10日(金)



 あぁ、やっぱり日本て国は・・・

早朝から新作の続きに取り掛かる。とにかく今は、一日も無駄にできない心境だ。突発的な自分の性格は分かってるつもり。だけど今更ながらこんな自分が嫌になる・・・。毎年一月は鬼門なのか!?

昨夜、Newsで格闘技“PRIDE”社長の森下氏が自殺したことを知った。ネット上では様々な憶測が飛び交っているが、新聞発表のような「痴情のもつれが原因で自殺」というのは有り得ないと感じる。

中学生の頃、地元に来たプロレスの興行を見に行ったとき、隣に座ってたヤクザの人が「ボクはどの選手のファンなんだ!?」と聞いてきた。「越中です!」と答えた僕に「ヤクザになれば越中よりも強くなれるんだぞ。」と言ってきた。

大人になって、裏社会がどういうものか分かり始めた時にやっとその真意が分かった。プロレスに限らず、表の世界にある煌びやかなもののは全て裏社会と繋がっていて、駒のひとつとして世で働かされているに過ぎないということを。

どんな大スターや有名人でも、ステージを降りて裏社会の人々の待つ部屋に入れば敬語を使い、お酌をするのだ。でも問題はそこじゃない。

日本という国全体が真っ黒なのだ。一部の政治家とヤクザと宗教家の為に、日本は運営されているのかもしれない。故・森下氏は、一般人なのに詰め腹を切らされた。それを弾窮するマスコミもなければ警察も動けない。

TVで見る、ほぼ全てのことは茶番だと思った方がいい。国会答弁だろうが、北朝鮮問題だろうが、皆それぞれの役割を演じているだけだ。誰もこの国のシステムを変えられないことを知っている。

そう、昔から日本はそうだったし、これからも変わらないだろう。日本だけじゃなく、世界だって同じかもしれない。一部の人のために人民が犠牲になることは。

だけど、たまに隠し切れない部分が出たりします。ほんの一瞬でも真実が表に見えたときに、それが茶番か真実かを見極めるための目は養って欲しいなと思います。それからどうしろ、とかは無いけど。こんな世界を変えたいと願う英雄は殺されてきましたから・・・。

2003年01月09日(木)



 会場のクオリティ

昼よりRafiとのミーティング。“HYPE TOKYO Part2”の開催に不可欠な要素として、会場のクオリティを上げるというのがある。

前回のAcadia Galleryを考えると、立地的、設備的問題も然ることながら、ネームバリューという点を考えると決して一流のギャラリーではなかった。もちろん、一般への親しみ易さや、二流のギャラリーで一流の作品を紹介することの刺激もあったので逆に効果的ですらあったのだけれど。

今回のHYPEでは、作品と会場のクオリティを同等に設定し、業界内での評価も視野に入れた展覧会にしたいと思う。具体的に言えば、「2004年といえば、HYPEがあったねぇ」という記録に残るようなもの。

そこで、我々がコンタクトを取っているのがM(仮)ギャラリー。トロントのノン・プロフィット(非商業的)ギャラリーでは最大の箱。それと前回書いたMocca(現代美術館)の2つである。ただしMoccaが数年後に都心へ移ってくるため、内部が非常に慌しくてタイミングが難しいと感じている。

また、西のバンクーバーからもアプローチが来ている。これは巡回展という可能性も出てくるかもしれない。カナダのアートシーンは世界的に見れば全く相手にされてないと言っても良い。それを覆すようなコンテンツがないからだけど。もし仮に、HYPEにカナダの起爆剤となる要素が含まれてるとしたら、巡回展をやる価値はある。

まず明後日、Mギャラリーの関係者との顔合わせ。月末の21日には企画書を提出することになっているので、詳しい話はまた後日。

スタジオに戻り、日本から来た友達と談笑。その後「Underwear」展の為のモデルさんとのセッション。夕食はKくん宅でご馳走になり、これからアーティスト・モードに切り替え、「Smoke Screen」展のための制作に入ります。

キャンバスは48インチ四方の大きいやつ。早く仕上がったら月末の「My Favorite〜」展の方にも出したいと思ってる。大きいシリーズでは一番良いものが描けそうな予感。



2003年01月08日(水)



 諄々

結局、一睡もせずにスノーボードへ行った。初めて会う子も、そうでない子もみんな良い人で、とても救われました。でも今日は、本当の笑顔を一度も見せることが出来ませんでした。

朝8時、出掛ける直前に、本当は行くの止めようと思いました。主催者であるにも関わらず。自分の一番大切なものが壊れそうな時、人は本当に弱いものです。

ただ、1月1日の日記に書いたように、僕はここから歩いていくしかないのかもしれません。そう何度も繰り返し、やっぱり僕は歩くことにしました。

遠く離れた場所に、会わなければいけない人がいます。泣いています。

今にも押しつぶされそうな程小さい心がそこにあって、僕が今までずっと大切に守ってきたものです。

暫く見ないうちに、随分と汚れてしまって僕を見ても思い出さないかもしれないけれど、僕に出来ることはそれしかないのです。

僕は、未来を書く鉛筆は持っているけれど、過去を消す消しゴムは持っていません。だから、その鉛筆だけを持っていくと思います。



2003年01月07日(火)



 弾き語り

隣人のSとTくんと、久々に弾き語り大会。絵を描きに来ていたMちゃんも混ざって夜中2時過ぎてからのドンチャン騒ぎ(古いね、表現が)。周りは迷惑しただろうなぁ(笑)。

Tは若いくせに割りとBeatlesを知ってるので嬉しい。なので必然的にBeatlesを次々と演る。それからMちゃんがその場で書いた詩に3人で曲を付けた。AメロはS、BメロはT,サビは俺が作った。なんかミスチルっぽい曲。

やっぱり、たまに歌って演奏するのはいいね。ストレスとか悩みとか忘れられるし。

これから寝ずにSnowboardに出掛けます。総勢12人の大所帯!去年から予定してて、どんどん人数が増え、急遽12人乗りのVanを借りて行くことになった。ちなみに俺はカナダに来て初めてのスノボーです。しかも5−6年ぶり。今年最初で最後かもしれないんで、楽しんで来ようと思います。


2003年01月06日(月)



 Underwear

治りかけた不眠症がまた再発している。寝るときに頭をオフにできるスイッチがあればいいんだけど・・・。

さて、今年も明けたところで、いよいよ制作活動再開です。今夏予定している「Underwear」展のために、モデルさんとのセッション2回目。プライベートでも知っている人だったので、気が楽だったかも。

「Underwear」直訳すると「下着」だけど、別に下着を描きたい訳じゃなくて、普段人には見せない内面的な部分を描き出せたらいいなと思う。自分の中では写真家の表現に近いものを感じてて、撮る人間によって驚くほど内面が露出するような写真的アプローチをするつもり。

プラス、キーワードとして「ジェネレーションX」世代以降のライフ・スタイルを観察したものになると思う。「ジェネレーションX」っていう言葉は死語かもしれないけど、いわゆる中流階級の甘やかされて育った、社会や政治意識に乏しい世代のひとりとして、自分達のことを自分達の表現でしてみたい。

昨年末に、この展覧会のためのステイトメントを書き上げていて、その翻訳が先日仕上がってきた。絵の方はともかく、こういった文章として自分の考えを表現するのはやっぱり難しい。今更ながら自分の文才の無さに笑顔がひきつる(笑)



2003年01月05日(日)



 第二の人生

今日のトロントは今冬初めての吹雪。市内でも最高30cmの積雪だから、郊外はもっとすごいんだろうなぁ。よって飛行機も欠航が相次ぐ。

新年明けてから、結構人と会っている。昼間にカフェでコーヒーを飲みながらというのもあれば、明け方まで話し込む場合もあるが、何故か最後はいつも同じテーマに話を持っていってしまう自分に気付いた。

老後に何をやりたいか!?つまり「第二の人生」って奴だ。ビジネスの世界では、引退するのが若ければ若いほどステイタスが高いらしい。つまり、成功者ほど若く引退する。という美学。

そして引退後には、今まで出来なかった事にチャレンジする。何かに成功する人は基本的にチャレンジャー精神が旺盛なのかもしれない。

人生は短いので、ひとつのことを極めるのも難しい。だからまずは一つだけに絞って全力で進んでいく。それこそ人の10倍、20倍の努力をするから、人よりも10年、20年早く引退できるとも言える。

俺の場合、アートをやっていく上での引退は無いと思ってるので、その例には当てはまらないが、仮に「第二の人生」と呼ぶべき時期が来たら、きっとアートを通した平和や教育に関心をもつだろう。

平和というのは漠然とした表現で、それを構成するものとして歴史や政治、教育、文化、人種問題など多方面に渡った勉強が必要なのは云うまでも無い。今のうちから少しずつ勉強を始めて、ゆっくりと来たるべき時に備えておきたいんだよね。

もうすでに“Let's Have A Dream”などに兆候が現れてるかもしれないが、若い間は独り立ちするので精一杯。音楽や映像との融合など、今やっておかねばならぬ試みが山ほどあるし。

今はまだ、アートという文字を習ってる段階。それからその文字を使って何を書くかが「第二の人生」かもしんない。俺にとっては。

2003年01月03日(金)



 スタート

2003年の幕が開けた。

新年早々あまり良い気分じゃないが、これも仕方が無い。俺はここから新しい年をスタートする。

今年のテーマなんてない。ただ今を全力で生きるだけだ。

人を信じるという気持ちは、人間の中で最も壊れやすい感情で、ほんの些細なヒビだけでも割れてしまう。でも、人を信じようとする気持ちは、湧き出す地下水のように限りが無く、だから今日も僕らは人を許し、信じることを止めないのだろう。


2003年01月01日(水)
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