-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 ゲイ・パレード

北米で最大級のゲイ・レズビアンのフェスティバルが行なわれています。今日はメインの「ゲイ・パレード」の日。朝から低音の効いたビートが鳴り響き、寝てるどころじゃありません(笑)

トロントは世界でも1,2を争うゲイ人口を誇り、同性愛者擁護の都市。同姓同士の結婚式が挙げられたことでも有名ですね。

そんな訳で、俺の周りの友達にも日本人でゲイって子が普通にいるんで、何の偏見もありません。10代の少年から60歳過ぎのお爺ちゃんに至るまでゲイのカップルは仲良く手をつないで街を歩いてます。それを誰も好奇のまなざしで見ないし、彼らも決して隠そうとしません。

うらやましい!と思った隠れゲイの方は、是非トロントに移民することをお勧めしますよ。マジで。友達にもゲイで移民を申請した人が何人もいます。

で、そのパレードですが今や一種の観光名物にもなっているので、コースの両脇に鉄柵が置かれ、その間を数万人のゲイが行進します。荷台をダンスフロア風に変えたトレーラーの上でほぼ全裸で踊り狂うゲイの方たちや、屋台でパンツ一枚でハンバーガーを作ってくれるレズの方など、様々です。

しいて共通するならば、七色のレインボー・フラッグをどこかに身に付けてることでしょう。この虹模様はゲイのシンボルカラーなんで、自宅のベランダに掛けてる人や、ゲイ歓迎のレストランにも挙げられてます。自家用車に付けてるひともいる。

海外に行った時に、この虹もようを見かけたら、それはまず同性愛者の事だと思って間違いありません。


2002年06月30日(日)



 Gallery Hop

HYPE TOKYOの会場となるAcadia Galleryにて別の作家のオープニング・パーティがあったので出席した。偵察も兼ねてスタッフ連中も連れて行く。

Acadiaの隣には、もう2軒ほどギャラリーがあって、丁度そっちも今日がオープニングだったんで、3軒を行ったり来たり。それぞれのギャラリー・オーナーにもご挨拶して、是非HYPE開催時にはお立ち寄りください!と営業。

あとはAcadiaのスタッフに「外壁の色を塗り替えたいんだけど…?」と打診してみた。だってさ、あんまり外観良くないからさ(笑)これはかねてから思っていた事。結局そいつじゃダメで、オーナー(70歳くらいのヨボヨボお爺ちゃん!)に聞くと「いいよ、別に」という返答が!多分、事の重大さが分かってないと思われる。

2時間ほど過ごしてから、友達も合流して近くのレストランで夕食。気温が高いせいもあり、飲み足りずにYonge stのBarへ場所を移し、最後は深夜2時くらいまで盛り上がる。いいのか?!こんな調子で。展覧会用の絵は一向に進んでない・・・。

2002年06月28日(金)



 HYPE TOKYO掲載誌

プロモーションの努力の結果、HYPE TOKYOのレビューやリポートが新聞数紙とアート専門誌数誌に掲載されることになった。事前に「載せることが決定しました」と知らされるのは異例で、通常は何の予告もなしにレビューがポンと載ってたりするものだ。

個人的にお世話になってる「Artfocus Magazine」には広告も打ったし、レビューは確実だったけど、「Mix Magazine」は2ページくらいを割り当ててくれることになって驚いた。この雑誌は隔月で、内容は硬派。いわゆるギャラリーが金を積んだような仕込みページが一切無いのが特徴。俺も日本に住んでた頃から輸入して購読してたほどの“憧れの雑誌”である。

カナダはアートの先進国ではないが、立地的にNYに近いこともあってトロントは近年グングンと力を付けている。その証拠に、年々増殖するインディ・ギャラリーとアート系雑誌社の躍進が目立つ。誌面ではカナダの展覧会を取り上げつつも、やっぱりNY展が中心と言わざるをえないが、国内の作家の活躍を願う気持ちはある。だからこそ、今回のように「トロント発!」という展覧会があれば積極的に取り上げてくれるのだ。

しかし、今までやってきた個人的な展覧会はあまり取り上げてもらってなかったんで、tomolennonという名前でページを取れるとは思ってなかった。そこで、今回はあくまでキュレーターとして展覧会の主旨や意義を前面に打ち出したプレスリリースを発表したんだよね。その結果が形に表れて素直に嬉しいね。

あとは、期待に恥じないよう、ディスプレイを含めて最終チェック。


2002年06月27日(木)



 Charity団体

LET'S HAVE A DREAMの収益を寄付する予定の団体と交渉。数年前から政府の援助が激減となり、どのチャリティー団体も運営が厳しいらしく「寄付」と言えば、わざわざ向こうから出向いてくれる。

入念に調べた結果、ここを含めてもう一団体と交渉を持つ予定だが、小さい団体ながら82年の歴史を持つこの団体に好感を持っている。ただ心配なのがその寄付金の流用法で、何%が団体維持費として計上され、残りの何%が実際に子供たちへ渡るのか。

前年度の年間収支を出してもらい、1セント単位まで細かく公開してもらった。「その総額自体が正しいか分からない」と言えばそれまでだが、善意で寄せられた貴重な寄付金を、不透明に処理されては困るのでこちらも慎重だ。

現に、名の通っている団体の幹部が高級住宅に住み、ポルシェを乗り回し、ゴルフコンペ三昧というのはよくある話。もちろん団体を維持していくために幾らかの収益はそちらへ流用されるだろうが、幹部の腹を肥えさせる為にやるわけにはいかない。

これらの情報は、もちろん団体のWeb Siteやパンフレットからは読み取ることが出来ないので、団体の提携企業や協賛企業あたりをざっと調べるわけだ。すると、あっちもこっちも真っ黒なチャリティー団体ばかり。そうやってやっと2つまで絞ることが出来たのだ。

正式決定までに、あと数回の交渉が必要。どうかこちらが望むような団体でありますように。

2002年06月26日(水)



 郵便事情

スタジオに泊り込んで久々の徹夜明け。7月3日から始まる“College Street Bar”での展示に向けて数点制作しなきゃいけない。48x48”の大キャンバスにGessoは塗ったものの、一向に進まなくて、まだ下絵の状態。しかもトロントは20℃を越す熱帯夜で、座っているだけで汗が噴出す始末・・・。

深夜3時頃まで描き続けたけど、暑さで全然集中できなくって途中でストップ。そっから明日必要なLet’s Have A Dream用の文書を仕上げることにした。パソコンの前だと更に暑さが増すんだけどね・・。

明日の交渉は、遂に収益を寄付するチャリティー団体の代表との第一回目。わざわざこちらへ出向いてもらうから、文書類をそれ用に手直しする必要がある。その合間に日本の参加アーティスト達のマネージャーや事務所との電話があったりして、気付いたら朝7時。

9時になって、続々とクーリエや郵便によってHYPE TOKYO参加者からの作品が届く。でも、このようにスタジオに直に作品が届く率は50%50。届かなかった作品というのは、スタジオが不在で郵便オフィスに保管される場合と、最初からここに届ける意志がなく、「荷物が届いてるからココまで引き取りに来い」という無謀なハガキがいきなりポストに投げ込まれている場合の2パターンがある。

これが本当に厄介!Purolatorというクーリエ会社は東のオンタリオ湖畔付近にあるので、引き取りに行くだけで2時間くらい掛かるし、再配達を頼んでも確実な時間が一切分からない。つまり朝9時から午後6時までの間一歩も家から出られなくなってしまうのだ。本当に使えない。

郵便局の場合はもっと最悪で、配達は無し。最初から取りに来させるつもりなので、集配の車は最初から荷物引き取り所に荷物を持って行ってしまう。そんで、「あなたの荷物が届いてるから引き取りに来い」というハガキを送りつけてくるのだ。

荷押し車を引いて、とぼとぼと引き取りに行ったとしても、突然「無い!」と言われることもある。つまりハガキが先に着いちゃって、荷物が届いてないという状況!マジ信じらんない。マニュアルで決まってるのだろうが、そのいい加減な対応や扱いに怒りを憶えるよ。

俺が政治家になったとしたら、まずこの郵便事情を破壊するね。全員クビ!



2002年06月25日(火)



 日本のサポートいらない?!

HYPE TOKYOの関係者向けの招待状を一斉に送付した。中には日本総領事館も含まれるてて、こういう上の人(政府や企業の)にも見てもらう価値があると思うんだよね。

今まで、割と権力に立ち向かう感じで意識的に避けてきた部分であるんだけど、そろそろ彼らにも門を開いてもらう時期が来たようだ。アート展だからと言って、アート好きにだけ向けた展覧会じゃないし、文化事業的な側面を多く持つイベントだと思うからね。

そうは言っても、中々腰を上げてくれないのが常で、政治的メリットが無いから行く必要が無いと判断される場合も多い。俺が先陣を切って色々な紙面に出てるのも、実は彼らに対して存在を示す必要があるからなんだ。まぁ最初は無視されてたこともあるけど、そのうち余りにもtomolennonって日本人が取り上げられてるから見てみようか。と言われるべく露出を増やしている。

実際のところ、画家としての活動では日系人よりもカナダ人から厚いサポートを受けている。絵を買ってくれるのもカナダ・アメリカ人が中心だし、場所や紙面をすすんで提供してくれるのもそうだ。だから今までは、日本人としてじゃなくて単なる一人のアーティストとして活動してきた。日本人に頭を下げて、同郷のよしみでサポートしてもらわなくても、十分にやっていけますよ。という姿勢で。それがある意味で達成されつつある中で、もう一度日系人との関わりを見直す必要があるんじゃないか?と最近思うのだ。

イチローや中田のような有名人ならいくらでも協力するが、無名の画家にはリスクがあるからサポート出来ない。というのが基本的な日本人の考え方。それも正論。「tomolennonという若者が頑張っているから、皆で応援しよう!」という偽善もいらない。ただ、まだ無名でもどういう活動をしているのかは知っておいてもらいたい。それを、彼らが知る努力を怠ったから知らないんだ、と言うのではなく、こっちが知らせる努力を怠っていたから知らないんだ。と思うようになった。

ラーメン屋の店主が「こんなに旨いラーメンなのに何故客が来ないんだ!?」と言うなら、「こんなに旨いラーメンなんですよ、一度食べに来ませんか?」という宣伝はしたのか?と同じこと。それをせずに、ただ「客が来ない」というのは間違いだから。

今までの俺は、結構そんな感じだったからね。「そっちが噂を聞きつけて足を運べばいい!」っていう。そういう時期も必要だったのは確かだけど、これからもう一歩進むには、変な拘りを捨てなきゃいかんね。俺もオッサンかしら・・・


2002年06月24日(月)



 日系メディア

Torontoの日系メディアが最近元気だ。大手の日加タイムスの一紙が独占していた市場に新たに2紙が参入し、若い力によって新陳代謝が進んでいる。

このインターネットが復旧した時代に、ただ日本の新聞記事を取り上げるだけでは最早意味はなく、どれだけ地域の人が必要とする情報を提供できるかが求められている。

先日、インタビューを受けたBingo!誌も独自の姿勢でワーホリや学生が必要とする情報を生で届けているし、スタッフの年齢も若いので送り手と受け手のギャップも少ない。

そしてもう一誌がBitsというエンターテイメント中心の情報誌。実は俺にすごく近い人物が発行に関わっていることが今日分かった。人の縁は不思議なもので実に良くタイミングが重なったものだ。

2誌とも、若い力で何かを変えようとしている。古い伝統も大事だが、歴史があるからこそ出来ない冒険もあるのは確か。彼らがそれらに不満を持ち、現状に立ち向かった証明として2誌が発刊に至ったのだと思う。

この姿勢は俺の活動とも同じで、純粋に「やりたいことをやる」ということだ。やりたい事をやるための場を作り、市場を開拓する。時には徹夜で作業したり、私財を投げ売ったりできるのもそのパワーがあればこそ。

こちらも情報を生み出す側として、絶えず挑戦していくので、その2誌も思うままに情報を送り出してほしい。

2002年06月23日(日)



 今日のHYPEプロモーション

HYPEの宣伝のため、Takaが日加タイムスとフリーペーパー”Bingo"にアポを取ったというので付き添うことにした。日加タイムスの編集長には最近会っていなかったので、久々に話したい事もあったのだが、肝心のTakaが遅刻して、次のBingoの時間に間に合わないと判断し、俺は一足先にオフィスへ戻らなければいけなくなった。

結果的に、Takaが日加タイムスと上手くいった様子なのでいいのだが、やはり遅刻というだけでこちら側にマイナス要因が生まれることは明白。厳重注意。

BingoのKさんとの交渉は、主にTakaに任せてあるのだが、初対面ということもあって結構横ヤリを入れてしまった。申し訳ない。雑談をしつつ2時間以上引き留めてしまった。

近くのPubで一杯やってからDJ Akiさん経営のクラブ”UNA-MAS"へ。HYPE TOKYOのオープニングで是非スピンしてくださいと頼む。快く引き受けてくれたのだが、「ハワイ旅行とぶつかる可能性がある。」らしく、月曜まで保留することに。オープニングの予想来場者数は200人。スシとドリンクBarを用意するが、雰囲気をつくる音楽は重要。カリスマDJ・Akiさんにお願いしたいところだ。

2002年06月21日(金)



 河合氏

Japan Communications(以下JC)のBoss,河合氏にお会いして、貴重な経験談とアドバイス頂いた。JCはトロントのメディアの草分けとして、出版やTVメディアを有し、日系コミュニティに絶大な力をもつ。

河合氏は、トロント日系メディアの創世記から一匹狼でのし上がったとして、様々な人から噂を聞いていた。俺が今、イベント”Let's Have A Dream"を手がけていて、色んな迷いや苦悩、解決の糸口が見つからない問題を抱え、次第にネガティブな気持ちが充満するのを、これ以上溜めておくのは嫌だった。

わざわざ河合氏に時間を割いてもらい、JC本社で直接お会いすることが出来た。第一印象は”穏やか”であった。人から「昔は刑事コロンボを地でいったような人。ヨレヨレのズボンを履き、大きなカメラを抱えて一匹狼で走り回っていた」と聞いていたので、ちょっと戸惑った。

しかし、話していくなかで、”穏やか”という第一印象は別の言葉に置き換えられた。それは”抑えることができる人”ということだった。若い頃に熱意があって、行動力がある人は山のようにいる。だが、”抑えることができる人”はそうは居ない。かく言う俺も出来ない人間だ。勢い余って突っ走ってしまい、泥沼にはまってしまうこともある。河合氏は自らを「こういう分野に向いている。」とし、情熱だけで相手を説得するのではなく、時にはグッと抑えることがいかに大切なのかを教えてくれた。

以降、この日の会話は、俺にとって宝となり、帝王学と言ってよいものとなった。そして、会うべき時に、会うべき人と出会った充実感も手伝って、それまで溜まっていたネガティブな気持ちが、全てプラスの方向に転換された気分になった。


2002年06月20日(木)



 日本代表お疲れさま!

日本のワールドカップが終わりましたね・・・。う〜ん、お疲れ様とした言えないなぁ。ホント良く戦ったと思います。

こっちの深夜2時から生で見てました。スタンドの前の方にやたら空席があったんで、またバイロム社だなー!と気になってしまった(笑)。選手の動きは別のチームかと思うくらい悪かったですね。雨というのもあるんだろうけど。

賛否両論あった,先発FWの入れ替えは俺的にはトルシエ評価って感じなんだけど、いかんせん西沢は実戦離れが響いてたね。サントスも気負い過ぎだったし。

試合後の会見で稲本をはじめ数人が4年後へ向けた発言してたんで、終わった事を悔いるより前向きに行きましょうという気分。

ちなみにお隣Koreaは大爆発だね。トロントでもサポーター達が韓国街を飛び出して旗振って走り回ってるのを見ると、海外ではサポーターの面でも韓国に負けてるなぁと思ったよ。だって、期間中ついに日の丸持ってる日本人を見かけることは無かったし、韓国人は韓国街あげての観戦してるのに日本人街のない我々は静かにTV観戦だったもんね。

4年後はその面でも世界に追いつきたいね。

2002年06月18日(火)



 Spring Rollのオーナーとの会話

Hype Tokyoのプロモーションをしてた時に、偶然入ったインテリアショップで”Spring Roll"という有名なレストランを経営してるオーナーを紹介された。

コリアからの移民であり、同じアジア人同志ということもあり気さくに喋ってくれた。やっぱり少なからず欧米人と喋る時はガードが固くなるんだよね。過去の色んな経緯から。

その彼が2号店を出して、今日がそのグランド・オープン前日、招待客のみの試食会。Buffet(バイキング)形式になってて、超食いまくった(笑)オーナーは忙しいのか、全く店内に現れなかったので、食うだけ食って退散した。

ここのメニューはタイ、ベトナム、中華から成るオリエンタル料理。他にもトロントには同様のレストランが多数あるけど、その中でも一号店はNo.1じゃないか?と思うくらいいつも混んでる。

オリエンタル、エスニック系のレストランといえば、ちょっと小汚いというか、インテリアにもあまり気を使わない店を思い浮かべるけど、ここの人気の要因の一つとしてクリーンで小奇麗な内装もあると思う。

随分まえから欧米でもアジアテイストのインテリアが浸透している。ショップを覗けば畳みたいなゴザが売ってたり、”禅セット”なる日本庭園ミニチュアや、和紙製のランプが並んでる。そういうのが好きな人が日本へ旅行に行って、本物を手に入れようとすると苦労するらしいんだよね。どこもかしこも欧米ナイズされた製品ばっかと言って。

で、そのオーナーとその事を話してて出た結論が、インテリアとして割り切って考えること。誰も日本テイストの雑貨を買ったからといって、日本の文化までは得ようとは思わないし、友達が来たときにちょっと「あたし禅について勉強してるの」とか言えば何となくカッコいいという理由だって尊重しなければいけない。

それに則って、店内はあくまでクリーンで、ちょっとセンス良くアジアテイストの飾り付けをする。テイストの出しすぎはダメ。欧米式の建物の中に、ちょこっとだけあるのがいいらしい。

だから、我々は純粋なアジア人だけれども、ここ欧米で暮らしている限りは、こちらの人が望むアジアのイメージだけを出してればいいんだよね。だから映画とかで未だに着物姿の日本人が出てたって、それに怒る必要もないんじゃない?と思えてくる。だってそれがこっちの人が望む形の日本人の姿なんだから。

ジャッキー・チェンがどれだけ成功しようとも、その成功は彼の成功であって、急にアジア人のステイタスが上がる訳じゃない。例えば俺もインド料理店に入って、店員がサリー着てなかったらちょっとガッカリするように、皆イメージを求めるんだもん。だから店員も内装もエンターテイナーとしてその国を演じる事によって、それを求めて来た人を満足させる。

そうやって成り立っているのかもしんないね。で、白人達はその一番上に立ってて俺らが演じてるのを面白がってる。そう考えてしまう俺も馬鹿だけど、歴史がつくりあげた白人優越主義ってのも相当くだらねーぜ。

2002年06月15日(土)



 Fashion Showへ出掛けました

トロントの若手ファッション・デザイナー達とアーティスト、パフォーマーによる”Art of Fashion"というShowがあり、視察してきた。

これは今年で4年目を迎えるそうで、会場となったオペラ劇場風のCapital Theaterはドレスアップした若者と業界人で結構いっぱい。このShowの収益金はSunshine for the kidsという団体に寄付されるということで、我々の”Let's Have A Dream"にも主旨が近い。で、これを主催してるプロダクションにも興味があったわけだ。

Fashion Showは2部構成で、8人のデザイナーによる作品。あんまり飛びぬけたセンスを感じるデザインがなく、ちょっとガッカリ。2/ARTICでも将来的にファッション部門も立ち上げるつもりなんで、良いのがいれば引っ張るつもりだったんだけどね。

アート作品は会場の壁に「陳列」されてるといった感じで、あくまでもFashion Showの添え物みたいだった。もっと面白く出来るのにな〜、と思いながらアイデアをストックする。

カナダというと、あまりFashionに敏感な国ではない。むしろ遅れているというか、あまり気にしない風潮がある。前にトロントに来たフランス人達を案内した事があるんだけど、道行く人を見る度に「パーカーにスニーカーばっかりだね。GapとNikeの天下だ!」とファッション性のかけらも無い若者に呆れていたっけ・・・。

アーティストもそうなんだけど、やっぱり皆カナダから出ちゃうんだよね。飛び抜けた奴らは。それは当たり前の話で、自分が評価される可能性のある土地へ行くのは当然。そこには耕す必要のない畑が既にあるし、収穫した実を買い求める人々も用意されてるんだから。限られた人生の時間の中で、自分の事だけでも精一杯なのに、業界のために国のために、後進のためにと土壌をつくるのは難しい。

でも俺は、自分の事も大事だけど、その畑を耕すことも好きかもしんない。何も無い所をイチから掘り起こして、道つくって種植えてって作業。種植える前に死んじゃうかもしんないけど(笑)後から来た人が水やって育ててくれるかもしんないし。出来れば大きな畑がいいなぁ、と思うから、やっぱり一人じゃなくて沢山の人が協力してくれないとダメだな。国とか政府も含めて。

2002年06月14日(金)



 アートのなかの政治

10時にOCSのPeterが来訪。引越し後はじめてだったので雑談に終始して仕事の話しは一切しなかった。こっちが時間なくなったのでまた後日来てもらうことにした。

さて、2時からJapan Foundationにて”Let's 〜”のプレゼン。久々にスーツを着て気合を入れる。Taniとサナエさんとは初対面。厳しいアドバイスもありつつ、やはり政治的な話しへと移行。う〜ん、アートって世の中から必要とされてないんだろうか・・・。Japan Foundationがどうとかじゃなくて、やっぱり政府って嫌いだ。けど好きだ嫌いだと言っても、関わらなきゃいけないもどかしさに押し潰されそうになるな。

ふと思い立ってJapan CommunicationsのSさんに久々に電話した。New Canadianという新聞が廃刊になってからあまり連絡を取っていなかったが、昔と変わらず対応してくれて嬉しかった。Studio 2/ARTICを立ち上げて以来、政治的な駆け引きや、やり取りを続けてきたがそれ以前の一アーティストとしての俺を知っててくれる人の一人だ。なぜだかそういう人としゃべりたかったんだよね。

そのNew Canadianと日加タイムスの2紙が当時トロントでの日本語メディアだったけど、今新しくBingoというフリーのメディアが生まれたりして、少しずつ活気が出てきてる気がする。俺は情報を提供する側の人間、政治的な部分は抜きにして、純粋に面白い話題を生んでいきたいね。そうしなきゃ、せっかく新しい媒体が出来たって載せるべき話題もないんじゃつまんないしね。アート部門に関しては俺がドーンと提供しますよ!っていう気で頑張るべし。



2002年06月12日(水)



 サッカーからこんな話題へいってしまいました・・・

初勝利!!!ワールドカップで日本が初の一勝!朝7時からTVにかぶり付きでした。小泉首相がメガホン”パンパン”叩いてて面白かった(笑)

稲本が決めた時には実況のアナウンサーが「Lovely Smile, Baby Face!」と稲本のルックスを子供みたいで可愛いと表現してて、確かに他国のストライカーに比べたら、こんな可愛らしい顔の子供がWCで得点を挙げるなんて違和感があんだろうなって感じ。

中田も積極的にシュートを放ったけど、まだ面白くない。責任が重過ぎるのかな?ここ2戦のプレイは好きじゃないんだよね。日本の中ではあれだけフィジカルが強いと言われてても、まだまだ肉体改造しなきゃね。明神とか頑張ってんだけど潰されるよな、体格面において。宮本は良かった!俺の中では今日のMVP。

込み入った話しになってきたので(笑)この辺で。で、問題はロシアですよ。試合後にロシアでフーリガンが暴動起こしたでしょ!?日本食レストランが襲われたり、死傷者が出たり。これは最悪だよね。他の国にも言えるんだけど、たかがスポーツで人殺すなよ!って。サッカーだけじゃないよ、カナダのホッケー・フーリガンも同様!本当、馬鹿!!!

**これ以降は個人的な憤りを書き殴っているので、良くない表現や言葉が使われています。苦情は送らないでください。

あんなの馬鹿ばっかり。試合見て興奮したり騒いだりすんのは分かるよ。でも物壊したり暴れたりってのは大人の行為とは言えねぇぜ、正直。こんな馬鹿がいる限り戦争なんて絶対無くならないよ。まぁ戦争は政治家が引き起こすものだけど、こんな馬鹿どもが利用されるんだからさ。政治家は楽だよな。馬鹿を煽ればいいんだもん。

他にもいい歳して窃盗することばかり考えてる人間が多いしさ。自分で働きもせずに人から奪うことばっかり。日本も治安悪くなってきたけど、外国の比じゃないよね。日本の犯罪は置いておいて、今日本に入ってる外国籍の悪い奴らってほんの一部だからさ、本国のテリトリーが無くなったから日本まで足伸ばしてるだけで、本国見ればそんなのがウヨウヨひしめいてるんだもん。もちろんそんな風にしてしまった本国の情勢や政府も悪いけどさ、「俺が泥棒するのは、そうしなきゃ生きていけないからだ!」とのたまう開き直った馬鹿も悪い。

世の中で、本当の意味で”教育”なんて存在しないよな。先生が正しい訳じゃない、政治家が正しい訳でもない、キリストだって国の象徴だって何が正しいかなんて知ってるはずがない。何が正しいかは個人が決める。それが人間なのだなぁ。俺も含めて本当に愚かな生き物だな、人間て。



2002年06月09日(日)



 浮遊票をつかめ!

午前中より、ダウンタウンを中心にHYPE TOKYOの営業。インテリアショップやギャラリー、雑貨店、洋服店等にポストカードを置いてもらい、ほぼ1000枚配布完了。カードが足りなくなったので追加注文しなきゃ・・・。

ほとんど歩きっ放しだったのでTakaとオフィスに戻ってから撃沈。いや、でも営業って楽しいね。嫌いじゃない。直に店員と言葉を交わして、反響も直にもらえるし勉強になった。中にはさ、門前払いって所もあったけど、いちいち凹んでる場合じゃないから、断られても「OK、またね!」ってあくまでSmileで通した。

アートと無縁な店に飛び込んだ時に、そこの店員が「店には置けないけど、従業員室に置いてあげるよ」と言ってくれてハッとした。そうだよね、お客さんだけじゃなくて従業員だってターゲットなんだ!と教えられた気分。それからは積極的に店員と無駄話しして、興味がありそうだったらオープニングに来てよ!と言うことを心がけた。

今の世の中、金さえあれば大々的に宣伝も出来て一番効果的だけど、そんなイッパシの一流企業もどきで広告打つことが最良か!?と言われれば、そんな事はない。実際、今日こうやって足で歩いて廻ってやっと「この街でHYPEを開催するんだ」ってことが実感できたし、アートをもっと一般の人にも気軽に楽しんでもらうために、これからも畑を耕していかなきゃ、と決意も新たにできたから。

呼ばなくても会場に足を運んでくれる人もいれば、どんなに宣伝しても見向きもしない人もいる。で、その間には「面白ければ行く」という浮遊票の層がある。その浮遊票の人々にいかにアクセスするか?って部分が一番難しい。まずは今回ポストカードを置いたり、店員からの口コミでその可能性に手を伸ばしてみた。


2002年06月08日(土)



 HYPE TOKYO プロモーション

遅ればせながら、日本代表良くやりましたね。朝5時から生中継でみましたが、稲本の幻の勝ち越し弾もありつつ「勝てた試合」じゃないですかね?ま、中田も言う通り、WCはそんなに簡単じゃないかもしれないけどね。勝ち点1でOKとしましょう。やっぱりホーム効果かな?これが前回同様に海外で開催だったとしたら同じ結果だとは思えない気もする。

さて、HYPE TOKYOですがカナダ側の応募が昨日締め切られまして、早速審査に入りました。写真作品や洋服での参加者も目に付きます。またHPでも関係者向けのPress Releaseが見れるようになりました。これが出版社や業界各方面へイベントの開催をお知らせするものです。

今日は日中、Takaとゲリラ的に新聞社、雑誌社を廻りHYPEのプロモーションへ出掛けてきました。一般へ最も影響が大きいと思われる「NOW Magazine」は今日が自社の音楽イベントの開催日という事で担当者にあえず、他にもアポイントを取ることを要求された所があるので、そこはまた後日セットアップして行きます。

明後日、土曜日はギャラリーや雑貨店を中心にプロモーションです。

2002年06月06日(木)



 Just Dessertスタート!

午前中に"LET'S〜”のパッケージを日本側のアーティストに発送。Sくんが久々に訪ねてきて、昼飯を食いながらやっぱりビジネス談義。午後からTakaも加わり、「やっぱ趣味は持たなきゃいかんねぇ・・・」と老後の心配して盛り上がった(笑)

夕方、新しい展示会場である”JustDessert"へ。先月末に作品を運び込んだのに、壁の補修やらで展示出来ないでいた。そんで連絡無いんで心配になってたら、オーナーのRichardからTELがあって「もう何人か値段を聞きに来てるんだ。至急プライスリスト持ってきてくれ!」だと!て、言うか勝手に飾るなよ!という感じ。

店に行くと、何と俺の展示プランを知ってたかのように、正にドンピシャで作品が配列されてて驚き。コーヒー飲みながらRichardとウェイトレスの子に一つ一つの作品を説明してまわる。

この店は大手銀行が入ってるビルの一階なんで、昼間はビジネスマンが多いが、夜になると近くのゲイ・タウン(新宿二丁目みたいな感じ!?)からHipな奴らがタムロしにくるような所。営業もしんや2時までだし、吹き抜けの中二階にはPoolBarもあって中々雰囲気が良い。

Richardが一発で気に入った作品があって、また勝手に「売約済み」のシールが貼られてた。勝手に貼るなって!

それはともかく、来年にももう一発やってくれということになり、次回はオープニング・パーティを開こうと約束した。

さてさて、今夜は早朝に起きてワールド・カップ観戦!日本の初戦ですよ!小野大丈夫か!?



2002年06月03日(月)



 HYPE web site更新

朝7時に起きて、今日もワールドカップ観戦からスタート。スウェーデンって強いじゃん、なかなか。個人技はそうでもないけど、やっぱチームワークがいい!ちょっとファンになった。それよかアルゼンチーノ!!カッコいい!!長髪がブームなんだろうか、それとも伝統なのか彫りの深い顔に黒髪ロングって最高にカッコいいじゃん(そう思うの俺だけ?)。やっぱバティが決めたねぇ!

さて、昼にオフィスに来てすぐに怪しい電話が来た。英語なんだけど、訛りが超凄くて、とりあえず相槌打って流してたんだけどさ。俺の作品がBeautifulだのBrilliantだの多分褒めてくれてたんだろうけど、何の用件かさっぱり分からず。Buyとも言ってたから、買いたいってことだったのだろうか???

"LET'S HAVE A DREAM"の会場探しの為に、Mercer Unionに再び顔を出す。Natalieは居なかったんで、代わりの人に事情説明と書類を渡した。明後日にもう一度来ることにした。

そっからDelon White,Bus Gallery, Katherine Mullen Galleryと廻って最後は西のOlga Koffer Galleryまでチャリンコで駆け回る。HYPEに合いそうなアーティストが一人いたんで、勧誘してみた。

帰って来てから、そのHYPEのWEB更新。てこずった・・・


2002年06月02日(日)



 今日は早めに・・・

いや〜始まりましたね、ワールドカップ!第一戦のフランスvsセネガル生で見ました。徹夜明けそのまま近所のBarで朝7時から!

そこはフレンチ・レストランだったから当然フランスのユニフォームに着替えたサポーターが燃え狂ってた。で、予想外の敗戦でへこむへこむ・・・。あんま英語で喋ってる人が居なかったんで、話しかけるの止めてそそくさと帰ってきました(笑)。

昼にスタジオへ行って、TakaとHYPE用の資料作り+Faxのデータ整理。このために友達にFAX借りました。パソコンから直接FAX送れるはずなんだけど、何故か調子悪いんで。

今日は早めに切り上げて、久々に友達と食事に行く予定。っつーか今年初だと思う。そんなのが・・・。

2002年06月01日(土)
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