-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 データ・ベース作り

今日は暑かったですよ〜。27度で雷雨予報ということで蒸し暑い!ここには初夏というものが無いのかねぇ。一気に真夏だし。

さて、今日は朝からCasa Cafeに顔を出し、展示してある作品のチェックをしてから、スタッフのTakaと図書館へ缶詰めでした。ノートPCを持ち込み、片っ端からカナダで配本されてる雑誌を集め、データを作りました。

このデータ・ベースを基にHYPE TOKYOのプレス・リリースを流すんですよ。アート、音楽、ファッション系はもとより政治や機関紙を含め可能性のありそうな所すべてに配信します。直接パイプがある所にはインビテーションをそのまま送ればいいのですが、何てったって世界は広い。数打ちゃ当たる戦法で異業界にも進出しなければイベントをやる意味がない!

しかし、フレンチやドイツ語は書けないから、悲しくも英語にて配信なんですけどね・・・。で、図書館だけでは飽き足らず、近所の大型書店にもPCを持ち込み、白い目で見られながらもデータの収集に精を出しました(笑)

昨夜は2時間しか寝れなかったので、今日は「寝るぞ!」と意気込んでいたのに時計を見るともう明け方・・・。マイルスの「Kind of blue」を聞きながら正にBlueな心境。

明日はワールド・カップ開幕!明日って言っても日本は半日進んでいるので
もう間もなくですか!近くのPUBが期間中24時間営業になるんで、そこで見ます!

2002年05月30日(木)



 HYPE TOKYOの可能性

着々とHYPE TOKYOの準備が進行している。参加者の販売用ポストカードなどをイベント後に引き続いて販売してくれそうな販路を模索中。日本では飽和状態というこのグッズ系の販路も、ここカナダではまだまだ開拓の余地がある。

日本に居ながら海外もマーケットとして捉えられる状況になれば、このHYPEの意義も更にアップする。つまり2/articが窓口となって日本の先鋭アーティスト達の作品をマーケットに送り込むのだ。

特に雑誌のカットの場合は、細かな契約が事前に交わされるが、この英語契約書というのが一つのネックとなって、思うように海外進出出来ない場合が多い。それも全て2/articが請け負ってくれれば、ほとんど日本と同条件で海外誌と仕事ができるようになる。

また、雑誌のアート・ディレクター達の話を聞くと、日本のアーティストに接触したくてもその窓口が無いという話も聞く。大手の日本代理店を通すと若手の作家を発掘することは出来ないし、既存の作家ではディレクターとしての手腕を振るう場がない。HYPEから生まれた作家とのコネクションを広げ、彼らにプレゼンすることで双方のルートが開かれるのではないか?

既に2/articの会議の題材として挙がっているので、近いうちに今後の展開が発表できそう。まずはHYPEで反響の高いアーティストをリサーチしていく形になりそうですか。

また、私tomolennon的にもいよいよニューヨークに作品を上陸させるプランも固まってきてるので、それも近い内に発表できればいいな。まぁ、まずはHYPEと”Let's〜”でカナダを制圧してからですが(笑)


2002年05月28日(火)



 本好きとして

近所のPageBooksで前から欲しかった本を買った。結構良い値段してたんで、悩んだ挙句にやっと購入。

本て不思議だよね。ただ紙にインクが乗ってるだけなのに新聞みたいにフリーで配ってるものから高級な学術書や美術書まで値段がピンキリ。人間以外から見たらどれも同じ紙なのにさ。世の中で最も値段の幅が広い物質じゃない?紙って。

それでも欲しい情報の為には大枚はたいて買うし、インターネットでも入手できる情報ですら紙媒体で欲しくて買うこともある。不思議だよなぁ。あの購入欲はどこからくるのか?

だから、いろんな人が将来は本も雑誌もインターネットに取りこまれて、紙媒体が無くなる日が来るなんて言っても全然信じられない。新刊の手垢の付いてない訂装を開く瞬間や、本棚にキレイに収まった時の独特の所有感はインターネットじゃ味わえないもんね。

俺もHPでギャラリー公開してるけど、やっぱりそれはあくまでも簡易的なもんで、現物見れなければ、やっぱ画集本として世に残しておきたい気持ちが強い。インターネット回線というケーブルや電線の中だけでちょこちょこ流通してるのと、物体として人の手に取られ、本棚に飾られたり書店に並んだりするのは根本的に存在感が違うから。いつか出版したいという気持ちは固いね。

でもまぁ昔は本を出したければ高額な自費出版しかなかったけど、インターネットで気軽に誰でも著者になれる時代だから、確かにそこから新しい面白いものが続々出てきてることは間違いないけどね。

音楽だってレコードからCDに変わって、今はネット上からダウンロードする時代に入って大分変わってきたよね。それと同じような変化が本に起こったってしょうがないし、止められないけど、俺はいつまでたっても「CDよりレコードが最高!」と言い張る頑固ジジイが好きだ(笑)

2002年05月26日(日)



 There is no mountain high enough!

今日は2/ARTIC全体ミーティングの日。昨日の大事件の余波を受け、事情の説明にはじまった。

しかし、悪い事ばかりではない。昨夜、寝付けなかったので参加交渉中のアーティスト・リストに片っ端から国際電話を掛けた内、浅野忠信氏の事務所から非常に良い返答をもらう事ができた。そして中々連絡の取れなかったPuffyの事務所とも取れたし、猪木事務所とも取る事ができた。

もう一つ大きな進展は、”Let's〜”のテーマ曲を制作してくれる元Luna SeaのSUGIZO氏の来場がほぼ決定!!!会場での演奏に加え、俺と一緒に記者会見+TVの出演もOKという驚きの好条件!

ミーティングでは早速、この件について議論。会場の件など諸問題があるが、とにかく今は進むのみである。

8時間以上ブッ通しでミーティングしたので最後は皆ヘロヘロ。チャイナ・タウンで食事をして解散。お疲れ様でした&今が山場、踏ん張りましょう!という感じ。

2002年05月24日(金)



 失踪!?

久々の更新です。遊んでた訳じゃないですよ、一応。19日の搬入が終わって、次の日を半日休んだくらいで全然休めてない(笑)

今日はHYPE TOKYO用のポストカードのオーダーでAdfactorへ。デザインに時間が掛かっただけあって中々の仕上がり。後日HYPEのHPにアップしときます。

で、そのままTakaと"LET'S HAVE A DREAM"会場予定地であるMercer Union Galleryへ。ここで事件は待っていた!
何と、プログラム・ディレクターであり、我々の支援者でもあったThea嬢が失踪したというのだ!!!数週間前からメールの返信がパッタリ来なくなったので、おかしいな?と思って直接来てみたらこれだ!

どうやら事件性は無いらしいが、コンタクトを取る手段はゼロだという。おいおい、じゃあ”LET'S〜”はどうなっちゃうの!?Board of directorの連中はボンクラばっかりだから話になんないし。

イベントの開催に黄色信号!咄嗟に思い出したのがDelon White Gallery。前に一度Theaと見に行った事があって、もし音楽イベントをクローズアップするならココがお勧め!とオーナーに紹介されていたギャラリーだ。

居ても立ってもいられず急遽Delonへ。事情を説明し、会議中のオーナー、スティーブと話す事が出来た。既に10月はスケジュールが埋まっているが、調整出来る可能性もある、ということで改めて後日打ち合わせることになった。

しかし、まだ不安が消えないので一度オフィスに戻り、ステイトメントを用意してTakaにSPIN GALLERYに飛んでもらった。オーナーのJUNOとは友人だが、事ビジネスになると融通が利かない男だ。Delonの話は伏せて、話だけは通ったようだ。

明日は2/ARTICの全体ミーティングの日。波紋を呼ぶことは間違いない・・・

2002年05月23日(木)



 ワールド・カップじゃないですか!!!

朝9時にレンタカーをピックアップし、Brown Stoneで展示してある作品を撤去。これをそのままJust Dessertでの展示に加えるので、金具をリペアしたり、ガラスをふいたりリフレッシュ!

ガラスが入った額って、やっぱ重いねぇ。裏のワイヤーも念のため張替えしておいた。一度スタジオへ戻って新作を積み込みJust〜へ向かう。と、突然雪が降り出しやがった!お〜い、今何月だ!?絶対去年より寒いよ。

Just〜に着くと、オーナーのリチャードの実弟、ブライアンが道路で待っててくれた。ちと予定が狂って、飾りつけは来週にしてくれ、といきなり謝られた。まぁいいんだけどね。何でも絵のセッティングをスピーディーに済ませる為に、壁にレールを取り付ける工事をオーダーしたらしいのだが、カナダ人よろしく一向に進んでないらしい(笑)で、それが出来次第、俺のショウが始まる予定。

っつーかさ、それなら電話くれよ!何の為に徹夜したんだか分かんなくなったぞ!とりあえず奥のオフィスに作品を保管してもらう。

夜、スタジオのコンピューターをネットワーク化するために隣人のSくんと格闘。やけに外がうるさいんで見ると、クラブへ向かう車で大渋滞。そうです、ここ一帯はエンターテイメント密集地区で、週末ともなると朝まで大騒ぎなんだけど、明日月曜日がビクトリア・DAYで祝日となるんで更に凄い。

しっかし、過去の日記にも書いた事あるんだけどさ、クラブしか遊ぶとこ無いわけ!?と聞きたくなるくらい老若男女が詰め掛けるんだな、これが。郊外からもわざわざ車で駆けつけて、ささやかな週末の夜を堪能しに来るんだよ。でも、ここから5分も車を走らせると人一人歩いていないゴーストタウン状態。

数日前はホッケー(カナダの国技ね、一応)で狂乱の騒ぎがあったんだけど、ズバリ、カナダ人の夜の楽しみは?と聞かれたら”クラブ”と”ホッケー”の2つ!!と断言してもいいね。で、公共の場でホッケーの悪口でも言おうもんなら血祭りにされるくらい加熱しちゃってるのが始末に終えない。

きっとイタリアでいう”サッカー”と同じなんだろうなぁ。ホッケー・フーリガンとでも呼ぼうか…。そのサッカーといえば、もうすぐワールド・カップじゃないですか!しかも開催国は我が日本!&Korea.ぜ〜んぜん話題になってないカナダで暮らしていると寂しくなります。ちょっとは話題にしようよカナダ人の皆さんも。

一体どれくらい話題になってないかと言えば、カナダ3大新聞の一つである”Toronto Star"紙(日本でいう読売とか朝日)を一週間毎日読んだけど、「ワールド・カップ」もしくは「サッカー」Or「フットボール」という単語すら出てこない有様!!とは言え、カナダは移民で成り立っている国だから、イタリアやフランスをはじめサッカー王国からの人種も多いんでそれぞれの地域で局地的には盛り上がると思うんですが、カナダ全体で見ると”無視”って言葉が妥当だなこりゃ。

それならしょうがないんで、内輪で早朝集まってTV観戦だね。日本とは昼夜逆なんで、こっちだと大体朝の5、6時くらいからLiveのはず。こんなカナダからでも応援してるぞ〜!King Kazu信者の俺としては辛いW・Cだけどね(笑)

2002年05月19日(日)



 やっぱ、言い訳になるんでしょうか?

随分とWEBの更新してなくてごめんなさい。明後日過ぎればちょっとは落ち着くんで、徐々にやります。

えーと、明日は”My Favorite Oasis In Toronto" のJust Dessert展の搬入という事で、これが終われば少しだけ楽になります。大変だった作品の制作の方は、たった今完成しましたよ。2日間徹夜で本当にギリギリ。

当初の予定ではデカイ新作がズラーっと壁を埋める予定でしたが、デカイのは3枚しか間に合わず、無念の計画変更。元々キツイスケジュールだったけど、やっぱり決めたからには言い訳出来ない状況だったのに・・・。関係者の皆さんごめんなさい。

体調が悪いことで、励ましのメールくれた皆さん(Hypeの参加者からも頂きました)ありがとう!体調には勝ったけど、スケジュールに負けました!また初心で頑張ります。

7月3日にはCollegeのBarで新作展と、11日にHype Tokyoが立て続けにあるんで、もう今からやっとかないと間に合わないですね。うん、休んでる場合じゃない(笑)


2002年05月18日(土)



 失敗!

昨日書いた「一発逆転イチロー作戦」はあえなく失敗しました…。詳しいことは良い子に悪影響を与えるので書けませんが、早朝より宿泊ホテルにて待機。関係者と接触を持つも、直接本人に手渡すのは断念。

言い訳はしません。地道にコミッショナーとの交渉を続けていきます・・・。

2002年05月16日(木)



 イチロー!

昨日、スタッフのTakaが接触を試みたマリナーズのイチロー選手ですが、見事に撃沈…。急遽、俺も乗り込むことになりました。

会場のSKYDOMEの周辺は日本人の渦!!さすがイチロー効果(あ、佐々木もだ)今日は”Japanese Night"と銘打たれ、試合前に和太鼓の「Ko-dou」のパフォーマンスがあった。

フィールドではイチロー選手が汗を流している。が、ファンの声援には一切振り向かずCoolな佇まいだったなぁ。ここでの接触は無理だと判断し、関係者入り口へ向かう。早速セキュリティーに止められるが、そこはいつもの調子で直談判。Dome側のコミッショナーに会う事ができた。

この人物を通じてでしか、マリナーズサイドにはコンタクトが取れないので必死に事情を説明するも、中には入れず。最善策として、その人物経由でファイルを手渡してもらうことで手を打った。しかし、イチロー選手の手元に渡るかは、神のみぞ知るところ。

試合を見ずにオフィスへ戻り、電話を掛け捲り、様々な有力情報を得ることが出来たんで、それを元にTakaと作戦会議。一発逆転のアクロバット策を発見!明日、俺が単独でイチロー選手と勝負する!


2002年05月15日(水)



 オンタリオ美術館

一昨日くらいから体調が崩れてきて、今も頭痛が酷い。ついにやっちゃったなぁ、という感じ。何が原因か分からないんで、とりあえず風邪薬のんでごまかしてるけど、風邪じゃない気もする。

友人Mくんは「最近若者の過労死が多いから気を付けな」と不気味な忠告(笑)少し休みながら作業を続けてるんで、大分ペースが落ちてる。やばいねぇ。

プラスさぁ、トロント寒いんですよ!5月なのにまだ最高気温5度だもん、今日なんて。まだ冬用のダウン・コート着てるんだから、日本じゃ信じられないでしょ。日は長くなって、日没が夜8時半なんだけどね。

今日は領事館へPassportの受け取りに行って、帰りにAGO(オンタリオ美術館)へ。ここの地下にはギャラリー経由で美術品を一般に販売、レンタルする部署があるんだけど、一ヶ月くらい前に「作品を提供しませんか?」とのオファーがあったので、この日に直接話を聞くことにしていた。

どこでリサーチして俺の事を知ったのかは不明。作品と名前しか知らないみたいだった。で、契約事項の中に”アーティストとしての経歴5年以上。また、大学もしくはカレッジでの美術専攻とディプロマ”というのがあった。やっぱり、ここでも学歴主義なんだねぇ。

俺は美術系の学校は行ってないんで、それを伝えると「どうして行かないの?今からでもどこか入ればいいじゃない?」と中年の学芸員に真顔で説得される。(汗)

「学校出てるプロのアーティストと、出てないプロの違いは何ですか?」と聞くと、「私には分からないけど、でも有利よ。」と半端な答えをもらう。結局何を聞いてもピントがずれていたので、きっとロクなリサーチして選ばれたんじゃないと判断し、お断りしてきた。

オンタリオ美術館と言えども、名前だけで食ってる部分も多いし、所詮コンサヴァ(保守的)なのだ。今はそっちの商業主義に合わせるつもりはないんで、これでいいのだ。


2002年05月13日(月)



 LET'S HAVE A DREAM 進行状況

徹夜の甲斐があって「Just Dessert」用の作品2点が仕上がった。今日から3点目に突入。

今日は”LET'S HAVE A DREAM !"の進行について報告します。

参加予定のIchiro選手に交渉のFAXを送った件で、マリナーズの広報担当から連絡が入る。基本的にシーズン中は野球以外のイベントに関わることは難しいらしい。現地の日系コミュニティーと関わる事も制限されてるんだって。政治家みたいだ。

しかし、我々は14、15日の直接会談まで積極的に交渉を続けます。書面を書き足しFAX送信。

SLOANのマネージメントからも連絡が入り、秋にヨーロッパ・ツアーが検討されてることを知らされる。今のところ参加はイーブン。スケジュール次第かも。ただし非常にイベントに好意的なので、何らかの協力は仰げそう。プログラムを組み直し、ステイトメント上書きして検討することに。

元Luna SeaのSugizo氏マネージメント側と詳細を打ち合わせる事になり、それに伴った資料をスタッフのYumiと作成。TV関係等は直前にならないとはっきりしたタイム・テーブルが出ないんで苦しい。まず当日のスケジュールと移動枠を元にドラフトを仕上げた。

近況はこんな感じですね。出演者側とはこれからが交渉大詰めです。


2002年05月11日(土)



 銀行のトラブル

今年始めに合併したみずほ銀行のトラブルは、終結したように見えてたけど海外に居てまで被害に会うとは思わなかったよ。カナダから国際電話を掛けて、不具合を報告してるのにタライ廻しされた。

ちゃんとオーガナイズされてから合併して欲しいもんだ(怒)結局、電話代でパンクしそうだったので、姉に頼んで解決したから良かったけど。

さて、HYPE TOKYOのカナダ部門では、「バンクーバー新報」さんの協力によりバンクーバーでの告知が追加決定しました。若いワーホリくんたちのメッカとも言えるんで期待してます。

そしてイベントのDM(ダイレクト・メール)のドラフトが仕上がり、ちょっと校正。プリント会社で打ち合わせした後、近所のPropeller Galleryを覗いて、バレンタイン・ショーでお世話になったStaffのM嬢と談笑。来期のボード・ディレクターを選出してる最中で、何と!俺の名前も挙がっていてビビった。

Propeller Galleryはアーティスト達が非営利で運営する団体で、このボード・ディレクター(以下B・D)10名前後を年毎に選出して運営しているのだ。いわば、選ばれたその一年間はギャラリーの共同オーナーという立場になる。で、展覧会を企画したりオーガナイズするわけ。

帰ってからやっと自分の絵の制作に入る。今日中に仕上げようと、徹夜覚悟で挑む。空が白みはじめた朝6時、一枚目が完成!!!勢いに乗って途中で保留していたやつを引っ張り出し、それも2時間後に完成!!

ベッドが待ってる・・・という安心感を胸にこの日記を書きなぐってます(笑)

2002年05月09日(木)



 胃が痛いっす。

朝6時に起きてオフィスへ向かう。着くと同時にメールチェック。今日も鬼のような数のメールが届いている。そのうち新着メールだけで三桁いきそう・・・

”Hype”や”Let's〜”関係のメールに混じって、久々の俺の作品へのオファーが混ざってた。日本で俺の絵を売るにはまだ早いが、ちょっと良い話だった。返事もそこそこに、次々とメールを返信。気が付くと午後1時。

近所の画材屋+Galleryに”HYPE TOKYO"のパンフを補充に駆け回る。途中で歩きながらホット・ドッグで朝食兼昼食を済ませる。道の反対側にArtfocusのPatを発見するが、無視して着々と巡業を続ける。

Kinko'sからシアトルへFAXを送り、文具屋でプリンターのインクを買って出てくると土砂降り。最悪。オフィスへ戻り、絵筆を握って2時間、隣人のSくんがマーボー豆腐を作ってくれて早めの夕食となる。ラッキー。

と、思ったらスタッフのYUMIちゃんが登場。何やら風邪で病院に収容されてたらしい(汗)大丈夫か!?頼んでた仕事を校正して早めに帰す。

再びメールをチェックすると、”Let's〜”でオファーを出していたカナダの人気ロック・バンドSLOANのマネージャーから直々のメールが届く。小躍り!

ひょっとして順調に行ってるのか!?と錯覚するのもつかの間。絵の制作は一向に進んでいない。ひょっとしてまた締め切り落とすかも・・・。胃が痛い。


2002年05月07日(火)



 怒ってるヒマなし!

パスポートの更新で日本領事館へ。手続きを済ませてオフィスへ戻る。そうだ、こんな事でペースを乱されてはいけない!!怒涛の仕事責めで、スケジュールがパンパンなのだ。

HYPE TOKYO参加のアーティストや、関係者からの鬼のような数のメールに返信を打ち始めること4時間。ちょっと一服したところにスタッフのMannyが突然やってきた。そうだ、JCCC(日系文化会館)と電話で交渉をする予定だったのだ。

軽く打ち合わせしてから電話。その後また書類を手直しして送信。今度はTakaがやってきて14日のマリナーズ・イチロー選手への書類を作成と、球団広報へFAXを流す。

マリナーズはBlue Jaysとの3連戦なので、トロントに3泊の滞在らしい。15日は”Japanese Night"というタイトルが付いてて、試合前に太鼓やら舞踏やらのカルチャーイベントがくっつくらしい(汗)

とりあえずTakaには2連チャンで張り込んでもらう。GOOD LUCK!

その後、絵の制作に入るが全く手につかず。思いっきり勘違いな色を背景に塗りたくってしまい、後悔手遅れ・・・



2002年05月06日(月)



 Hype Tokyoキャンペーン

19日から始まる「Just Dessert」展示用に、48x48インチの巨大キャンバスを4枚描いている。といってもまだその一枚目しか手を付けてないんだけどね。

その一枚が今日でほぼ完成・・・と思ったんだけど、ちょっと寝かせておくことにした。どうもね、「完成!」と手放しで喜べないところがあって、これは保留だな、と。

次に、これまた4ヶ月程寝かせてあったやつを引っ張り出してきてリフィニッシュ。長いこと寝かせてあった甲斐あって、イメージがすっきり頭の中に生まれてきたね。まぁ、あんま作品の進行具合を書いたところで、つまんないとの意見も耳にするんで止めましょう(笑)。

話題といえば、7月のHYPE TOKYO。これは本当に面白くなりそう。もちろん参加するアーティストが面白いわけだけど、こっちもプロモーションに本腰を入れる時期が来たね。とりあえず専用HPをちょっとリニューアルしました。

これからどういうプロモーションをするか?と言うと、デカイのは路上キャンペーンをやります!トロント在住の参加アーティスト一人を引っ張り出して、トロント市内の3箇所で大パフォーマンスを決行してもらう予定。スタッフのTakaとミーティングしてて、イケそうな手応えだったんで。

予定日は開催日前後の休日が有力。一週間ずれてたらアメリカの独立記念日やカナダ・デイに当てれたんだけど、これは無理そう。それまでに約一ヶ月前から準備及びリハーサルをするんで、あんま時間ないね。

何でリハーサルが必要なのか!?それはまだ言えないけど、とにかく街中の話題を独占することは必至でしょう(笑)


2002年05月03日(金)



 どんな世の中に暮らしてるのだろう

5月を迎えた今日という日は、とにかく悩む・考える日だった。大きく分けると、自分自身アーティストという道を進む上で避けては通れない、つまり解決することのない悩みと、もう一つはイベント”LET'S HAVE A DREAM"についてだ。

前者の問題は、ひとつ進めばまた新たな問題が出てくるので、その度に考え直すだろうから進むしかないと、諦めにも似た感覚があるのだが、後者はちょっと違った。

ある知人に、第三者としてこのイベントについての意見をもらったからだ。つまり、事前にイベントの主旨も参加者も何も情報を与えずに意見を言ってもらったのだ。

まずステイトメントを見せてイベントの主旨を文面から読み取ってもらった。直接話して訴えるのではなく、文章から読み取ってもらいたかったからで、ステイトメントの完成度が低ければそれだけ疑問や穴が見えてくる。

これを読んでもらった段階で、知人は疑問を抱いた。「理想論だね」と一言。まず”夢をもとう”という言葉の響きが彼にはリアルではないということだ。彼は40歳前後の世代で、常に”ゴール”へ向かって生きてきたという。彼曰く「夢というのは全く叶うはずがないものだから夢なんだ。でも実際に目標として進むべきものは”ゴール”なのだ。」と。

言いたい事はわかる。俺だって色んな大きさのゴールを自分で設定してそれに向かってるんだから、それが夢という名前でないことも理解している。しかし、恵まれた環境にいる子供ならいざ知らず、明日さえわからない子供達に対していきなり「ゴールを設定しろ」と言ったって、出来るはずがない。

一人一人が安心して明日を迎えられる世の中が来なければ、誰もゴールなんて決められないんじゃないか?このイベントは、まずその世の中をつくっていこうという段階なのだ。

あなた自身、命の危険に晒されず平和に暮らせているから”ゴール”を目指せなんて言えるんだ! そう言いかけたが飲み込んだ。よく考えると俺の周りにはこういう考えの人々が沢山いるし、こういう人達にこそ理解してもらうことが大切だからだ。ステイトメントの文章を読んだだけではきっと伝わらないのだろう。それじゃあ、口で伝えればいいのだが、それではダメなんだよな・・・。

世の中には金があって、地位や名誉をもった人々が大勢いる。その人達が平和のために何もせず暮らしてて、金も名誉も時間もない俺みたいな無名の画家が私財をなげうって平和のイベントを開催しようとしている。どんな世の中に俺は暮らしてるんだろう?と不安になる。

そして知人は、「一体こんなことをやって何になる?君は若いんだし、自分自身のやるべきこと、画家として一流になる事だけに専念すればいいじゃないか?」とでも言いたげな表情をした。哀れに思われる筋合いはない。価値観が違うのだ。自分だけよければ他はどうなっても構わないという人とは。





2002年05月01日(水)
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