828 ニッキ



2004年02月29日(日) おまけの日

四年に一度のおまけの日。
ちゃんと5時半に起きて、叔父叔母を三ノ宮の空港バス乗り場まで送り届けました。
帰りに、昨日の法事の荷物を送って。。。と頼まれていた方の分の荷物を
神戸中央郵便局に持っていきました。
昨日、夜なべして梱包したし。
梱包マスター発揮だったし(笑)

きっと家に帰っても、みんな寝ているだろうね。。。と弟と二人で
ロイホで朝ごはんを食べて帰りました。
帰ったら7時半くらいだったのですが、みんな、まだ寝てたよ。

昼ごろ、弟達が帰って、父母と祖母、そして私の4人だけになりました。
長かった神戸滞在も今日で最後。
昼から母と二人で東京に持って帰るお土産を買ったりする為に三ノ宮に行きました。
母も少し、落ち着いたので気分転換に少し違うものも見ました。
二人で軽いトラットリアのようなところで、ピザビスマルクを食べたりね。
私が帰ったら、母も当分、またこんなことは出来ないだろうな。。。
私はJOCOMOMORA(ホコモモラ)で新作のスカートみたいなパンツと
トップスを買ったりしました♪
なんぼほど服を買うねん。。。と言う感じですが、でも、パンツは袴みたいで可愛いの。
一目惚れしたら、母に勧められて購入。これは、本当にいいよねー。

東京に持って帰る為に、マイスター山の井のベーコンとソーセージも仕入れました。
マイスター山の井のソーセージなどを対面販売しているのは、この神戸そごうのみ。
他では、百貨店の贈答品などになっているだけなんですと。
そごうの山の井は10本単位だったら、ソーセージも真空パックにしてくれるし、
勿論、普通に小単位で買うこともできるし、
ハム類をつかったサラダなどのお惣菜も売っているしでとてもよいです。
いつものように、フロインドリーブのパイなんかも買って、帰宅準備完了。
長い間、留守をしました。
明日の夜は東京です。



2004年02月28日(土) 法事

今日は法事です。
49日にあたる日なのですが、真言宗では3ヶ月にまたがるのを嫌うので、
35日で切り上げるそうです。
朝から、いろいろと準備をして、お客様を迎えるように。
家で法事をするのに、なんと30名くらいの人がやってきます。
祖父母は昔の人なので、兄弟が多いし、さらに、ウチの親族もいるし。
法事の後の食事は近くのお寿司屋さんを予約していたのですが、
やっぱり、お茶だしとかはしなくちゃいけないし。。。
千葉の叔母さんと私がお茶だしマシーンとなりました。

葬儀の時にお会いしたおばさんやおじさんにも再び、お会いしました。
私は結構、祖父母の兄弟に可愛がってもらったんだよねぇ。
そういえば、祖母の妹のひとりにペースメーカーを入れている人がいます。
私も、知らなかったのですが、よく携帯電話などが悪影響を及ぼすという
ペースメーカーを入れている人がこんな身近にいるなんて。
法事の前にお茶を飲んで待って頂いていたのですが、なんだか具合が悪いという事態に。
「なんか、おかしいのよ」と言ってらっしゃって、それはしばらくすると治まったのですが、
もしや、みんなが携帯持ってたから??
おばさんは何も言いませんでしたが、そういうことって本当にあるのかもしれない。
携帯をみんなが使っているような繁華街の人混みとかも、大変なんだな。
ペースメーカーを入れている人だけが、配慮されるなんておかしい。。。
それだったら、もっといろんな事情のある人に配慮しろよ。。。などと思っていたのですが、
身近にああいうのを見ちゃうとちょっと考えちゃいます。
普通に見えても、機械ひとつで生きるか死ぬかなんだよね。

法事の最中はやはり、暴れる姪っ子。
どうも、知らない人がいっぱいいるのと、この雰囲気がダメらしい。
義妹が3階に連れて行こうとしたら、なんと、「ママはいらないの!」と
私と行きたいと言うではないですか。
あらららら。。。ママ、嫌われたな。
ちゅーか、いつのまにこんなになつかれたんだよ。ママよりいいのか?
仕方が無いので、私が姪っ子を連れて上がり、例のブロックで遊ばせていました。
お焼香の時に義妹がかわってくれに来たんですけど。

遅い目のお昼に近所のお寿司屋さんに場所を移して、会席料理を頂くことに。
途中、私と千葉の叔母さん、義妹と従姉妹たちは一旦、家に帰って、
お供えとして戴いたお菓子を「おさがり」として分別する作業をしたりと忙しい。
法事ひとつやるにも人数が多いと大変だねぇ。
でも、盛大なことの好きな祖父だったので、喜んでくれているかな。

次々と帰って行かれるお客様をお送りして、最後は身内だけになりました。
ゆっくり話しているので、私は従姉妹と二人で家の前のお店にお茶をしに行くことに。
彼女はショップの店員として働いているのですが、色々話を聞くと、
こいつも大きくなったんだなぁ。。。って感じ。
「よろしかったら、ご試着くださいね」と勧めるのを若い子が「よかったら」と言うのが
許せないのだとか。。。キミも23歳なのにね。
物事、わかるようになってきたんだね。
今まで毎週、土曜日の夜の仕事終わりに手を合わせに来てくれて、
いろいろ話が出来て、本当によかったよ。

夜は興奮していつまでも寝ない姪っ子にみんなで四苦八苦。
やっぱり、いつもと違うかったからかな。
明日の朝は弟と二人で、先に千葉に帰る叔父叔母を送りに行くので、
朝5時半に起きなければなりません。
いい加減、寝かしてくだちゃい。



2004年02月27日(金) 仏壇

我が家には今まで仏壇がありませんでして。
祖父が亡くなって、初めて、仏壇を買いました。
その仏壇が届いたのが、水曜日のこと。
新しい仏壇を買った場合(買い替えも)は「開眼法要」をしてもらうらしい。
本尊に魂をいれるそうだ。
へー、私ってば何も知らなかったょ。
で、今日がその「開眼法要」の日。
明日は法事で、祖父の位牌も白木から黒塗りになりまして、仏壇に入れますからその前に。

貴重な体験だねー。
「開眼法要」って、いつものお経より、ちょっと長い感じ。
私、お寺さんが家に来るのって、ただ、読経を黙って聞いているのかと思いましたが、
違うんですねぇ。宗派によっても違うのかもしれませんが、実家は真言宗で、
小さな本を渡されてみんなで一斉に読み上げるわけです。
お坊さんは要は進行係みたいな感じ。
私も逮夜ごとに読んでいるので、慣れてきました。簡単なのだったら、覚えたし。
こういうことって体験しなければ知らないままだったな。。。

無事に「開眼法要」も終わって、夕方前に母と二人、明日の法事のお茶菓子を買いに行きました。
そりゃもう、30人ほどの人が来るのですから、お茶菓子も大量!
夜には千葉の叔父叔母も到着しました。
みんなで、お菓子を菓子鉢に持ったり、湯飲みを用意したり、ダイニングセットを移動したりして
明日に備えました。
明日は、忙しくなるぞ。。。
これが終わったら、いよいよ東京に戻ります。



2004年02月24日(火) おともだちと。

週末の法事に備えて、美容院を予約しました。
パーマは年末かけたから大丈夫なんですけどね、あの時、カラーしてなかったし。
なんだか、きちゃない感じだったので、とりあえず、染めていただきましょうと。
祖母のご飯をして、ちょっと遅い目に家を出ました。
美容院の後は、友だちに夕食に誘われていたので、神戸に来て始めての夕食いりませんの日。
いつもは、ほとほと時間のかかる美容院ですが、カラーだけだと早いね♪
やっぱり、わけて行くべし?

仕事がちょい早めに終わったという友だちと三ノ宮で待ち合わせ。
もう一人の友だちもまもなく到着。
ロフトで、ぱりぴんさんの誕生日プレゼントを探そうと思い、
友人二人に協力を依頼して、ロフト中の「パリパリしたものを探せ!」。
ああでもない、こうでもないと言いながら、フランス国旗トリコロールのマグカップと
エッフェル塔がプリントされたパッケージのチョコ、
トリコロールが描かれた妙な駄菓子「ラスキー」がセレクトされました。
ちゅーか、ラスクにとても似たその駄菓子はなんで「ラスキー」なんやろ?
フランスっぽいかんじか?
レジで、マグの中にラスキーを入れてください。。。などと店員さんにお願いしていると
むこうから笑いながら走ってくる友人の姿が!
まだ、あったのかょ?
手に握られていたのは、お弁当グッズ売り場から持ってきたお子様ランチなどに使う国旗セット。
いろんな国の旗が入っております。
「この中から、フランスの国旗だけ抜いて入れてもらいなよ!!!!」
あまりにもノリノリなので、「でわ。。。」と実行することに。
「あのー、この中からフランスの国旗だけ抜いて、マグに一緒に入れてもらえますか?」
「はい。。。フランスの国旗ってどれですか?」
はぁぁぁぁぁぁ????
あんたが、まみれてるマークや。そのマグカップとか、「ラスキー」に書かれてるヤツですが。
書かれてなくても、わかるやろ。。。フランスくらぃ。
間違いなく、ロフトの店員にヘキサゴン!やな。
でも、ちゃんと教えたんですよ。笑いをこらえて。
「この、マグカップと同じマークですよ。」
ちゃんと、ミッションフランスセレクションはラッピングされて完成しました。
私の手元にはパキスタンとか中国とか、日の丸とか残りの旗が入った袋も渡されました。
順番に、トレーダーとかの荷物に入れていくか。。。
でも、パキスタンにはいないよなぁ。

夕食は行きつけの焼き鳥屋「のんちゃん」で。
結構、すいてましてね。なんでだろうねー。とか思ったのですが、
多分、鳥インフルエンザの影響だな。
人には感染しないって言ってるじゃん。。。
鳥インフルエンザを尻目に私たちはわしわし食べましたよ。
生の鶏肉のお刺身とかも食べちゃいましたよ。
でも、今、お腹痛くなってないもーん。

一通り食べ終わった頃に、もう一人の友人が「今、おわったー」と連絡。
彼女を駅前でGETして、喫茶店に場所を移しました。
彼女とは会わねばならなかったのですが、なかなか時間が合いませんでして。
実は去年の10月にシンガポールに行くというので、キーチェーンベアを頼んでいたのでした。
ようやく、受け取ることが出来たよ。。。
他にも「エトロの布地で作ったテディベア」などの貢物も頂きました。

 

ちなみに、シンガポールのお土産はBenaieのアジアフラッグ シンガベア。。。
「あんた、好きやろ!」
日本でも売ったんですよ!とは言えなかった。ありがとー♪
今日も新たなるネタだとしか思えないような事実を聞いて、いっぱい笑わせて頂きましたよ。
また、あいましょーねー。



2004年02月23日(月) はじめての外来

祖母が退院して初めての外来です。
今日は私が運転して、祖母と二人で病院に行きました。
「この時間に予約してあるので来るように」と祖母が渡されたのは
メモっきれ一枚と診察券だけ。
外来をしたことがないので、病院のシステムもわからないし。。。
受付で聞いたら、マイルレコーダーみたいなのに、診察券をいれたら、
レシートのような紙がでてくるので、指示に従って待つようにとのこと。
へー。なんだか、ハイテク。
レシートの紙には「14:30予約。内科○診の前で待つこと」と書いてありました。
その内科○診で待っていたんですけれどもねー、なかなか呼ばれないんですよ。
祖母の番号は「11」でまだ「6」の人を診察しているみたい。
14:30の予約には何の意味があるねん。。。

結局、待つこと40分。
やっと呼ばれたと思って、内科の受付に行ったら
「あのー、採血と心電図測りに行って来てください。。。」。
「えええええええ!」先に言えよ。
しかも、
「採血って結果出るまでに時間かかるんですよー。
なので、今度から診察の30分前には受けておいてくださいね。」
「はぁぁぁぁぁ?」
それは、なんでわかるんですか?どういうことですか?
「先に絶対、採血やれって言われた?」と祖母に言うと祖母はおろおろしながら
「え〜、言われてないよぅ」。
「だよね!」そうだよね、そんなんだったら、そのメモっきれに書くだろ。
とりあえず、不親切な案内で採血のお部屋に。
採血だって「採血はコチラ!」とか書いてないの。
なんだか、難しい名前のお部屋。
そこの看護婦さんが、優しくて、色々説明してくださいました。
本当は、そういうのがある場合は例のレシートの下に書いてあるんですと!
ええ、勿論、書いてませんがな。
結局、採血の後、2階に行って心電図を測って、帰ってきてまた、待つ。。。

ようやく、診察室に呼ばれて、血圧測ったら200近く。
そら、そうや!多分、おばあちゃん、めっちゃ動揺してます。
自分に落ち度があったのではないか、とドキドキしてるはずです。
キミたちのせいでな!
オチはこの祖母の主治医は循環器科の先生なんですけれど、
月曜日だけは内科の診察に入っているらしい。
それで、祖母は内科で診察されるらしいのですが、そうなると
レシートに採血も心電図の指示も印刷されないんですってょ。
今度から、何も言わなくても済ませておいて下さいね、ですって。
ちゅーかさぁ、それって、最初の外来の前に言いませんこと?
2回目からそんなこと言われましてもさぁ。。。
病院に行ってへろへろになってしまった祖母。
一人で来てたら、倒れちゃうよねぇ。
誰もが家族と来るわけじゃないしさ。ちょっとは気を使ってくださいよ。

「お茶でも飲んでいく?」っと私に気を使う祖母。
病院と家の往復だけじゃ可哀想だと思ったんだろうな。
そんなの。。。いいんですよ。
そんな心臓バクバクの人を連れて、お茶のみたーい!とか言いませんから。
「早く帰って、家でゆっくり休もうよ、今度、お茶しようね。」
っとやんわり断りました。もっと、サクサクだったら、楽しくお茶でもしたけれどねー。

家に帰って、Milkちゃんと約束があったので、祖母をおろして、迎えに行く。
私たち、御用達の喫茶店でお茶。
Milkちゃんは昨日も家族とコムサに行ったらしく、激安セットを買ってきてくれました。
1枚300円とかで買ったものがいっぱい入って、500円ですとー!
さらに投売りだな。
この前、もらった段ボールだけでは入りきらないこと確定だったので、
またもや、帰りに二人で段ボール漁りに行きました(笑)



2004年02月20日(金) 激安セール、爆安に

コムサの例のセールが今週の日曜日までなので、最後の平日に再びMilkちゃんと行くことに。
先日はめぼしいものを購入したので、今日は爆安投売りがあったら買いましょうとのこと。
行ってみるとですね。。。。
個々で、すごいタイムセールが開催されていたりするんですよー。
パンツよりどり3本1000円とかね。帽子10個、100円とかね。もう、無茶苦茶なの。
姪っ子に帽子あげよーとか、義妹にパンツあげよーとかいろいろやっぱり、買いました。
今日は先日の失敗を教訓に、車で来たものねー。
ここまでくると感覚が麻痺しちゃいますねぇ。
3万ちょいのカシミア混のベージュのロングコートがすごいかわいくて、8000円だったのですが、
それですら、すごい迷っちゃった。いや、買ったんですけどね(笑)
いいなーと思った黒のジャケットは3000円で、高いと思い、諦め。
それでも、上代1万円ちょいなんですけど。
12800円のロングブーツも2000円でGETです♪

またもや、山盛り状態になって、車に詰め込みました。
塵も積もればなんとやら。。。ということで、結構、使っちゃいました。
ま、定価で考えれば、すごいことになってるんでしょうけど。
Milkちゃんとふらふらして、祖父にお供えするお菓子をお土産に。
明日は四逮夜で、お寺さんが来るし、お茶菓子にもなるしね。

帰りに、東京に送る荷物を作るための段ボール箱をもらうべく、
ディスカウントストアにMilkちゃんと寄りました。
日も暮れて、暗い闇の中で段ボールを漁る二人の女。
今回はどれだけの荷物になるんだょ。



2004年02月18日(水) 出産祝い

高校の時の仲間の一人に子供が産まれたので、
「みんなで出産祝いを買いに行きませんか?」
と先日、祖父の葬儀にも来てくれていた一番近所の友だちから連絡がありました。
祖母のごはんが終わってからだったら、大丈夫、ということで2時半に待ち合わせ。
私を含めて4人集まったのですが、本当!久しぶり。
今日、来なかった京都に住む友たちの結婚式以来だー。

早速、何にするか?ということで、神戸阪急をぐるぐる。
ここにはアカチャン本舗も入っているのでーす。
私はね、子供はいないが、出産祝いマスターでもあるのだよ。
ウチの弟をはじめ、従兄弟たち、相棒の仕事先の人など出産祝いをあげた数、知れず。
「プレイマットはどうかしらーん?」と提案したら、あっさり通りました。
今日参加した中で、唯一、子供がいる友だちが、
「あー、それってば、自分では買わないで何かで済ませようとするから、嬉しいかも?」
という意見を持っていらっしゃいまして。
最初は、マザーズバックにしようって行っていたんですけどね、思ったのがなかった。
昔、GAPに売ってたヤツ、すごい便利でよかったんだけれどなー。
どうやら「自分では代替が利くのでなかなか買わないが、もらうと便利」なものが良いらしい。
なるほどねー。
私の基準も「親は買わない、育てるのに必要がないが、記念になって邪魔にならないもの」だ。
名前と産まれた日付と体重が刻印されたベビースプーンとかさ。
いろいろ物入りな出産直後にこんなものをあんまり買わないものな。
でも、もらうと嬉しいらしい。オリジナルだしねー。
箱に入った小さなスプーンなら、どこにでもしまえるでしょ?
少し、予算に余裕があったので、子供の手形をとって、写真と一緒に飾るセットも購入。
これも、先の友だちによると「やろうやろうと思って、やらず仕舞いだった」とのこと。
キットとかもらったら、やるけどねー。ということらしい。
んじゃ、是非、やっていただきましょう!
配送依頼をして、本日の目的、終了。

折角だから、お茶でもしようよ。。。ということで、にしむら珈琲へ。
子供連れてきていたからね、ゆっくりはできなかったんですけれども。
その子が、ベビーカー嫌いでしてね。
ママがだっこしていないといけないわけです。
うちの姪っ子とディズニーランドに行った時もそうだったけれど、
あれってば、すごい大変ですなー。
誰でもよいから、だっこしていてくれたらいい。。。だったら、まだマシだけれど。
ママしかダメってなると代わってあげることもできないし。
そんな、わけであっさりお茶だけして帰ってきました。
でも、久しぶりに会えてよかったよ。



2004年02月15日(日) 大阪へ

本日、セントパトリックピンの発売日。
ようやく、いろいろと落ち着いて来たし、日曜日で母もいることから、
自分でピンを買いに行くことにしました。
@さんとぱりぴんさんとお約束して、ユニバに少し遅れて登場。
うーん、なんか、久しぶりのJR西日本、うまくいかなぃ。
昔は分刻みでもうダッシュとかして、乗りこなしてたのになぁー。
もう、JRマスターみたいで、時刻表まで頭に入っていたのに。勘が鈍ったか。
もっとも、JR東日本なんかにゃ、いまだにわからんちん。
桜木町を目指すだけで、ぼーっと新橋の駅でとまらない電車見送ってしまうほど。
「土曜のこの時間は止まりません」とか教えろよー、駅探め!などとぶちぶち言い、
半泣きになって、倍近い時間をかけ、HRC横浜店に到着する始末。
それに比べれば、ましなもんですけどもね。
そんなこんなで、大阪駅からユニバ行きの電車に乗り遅れました。。。
来るはずだった、電車はどこに行ったんだろうなぁ(笑)

ユニバでピンを買った後、当たり前のように大阪店に移動し、ランチ。
大阪のセントパトリックのピンは「帽子からパセリが出てる!」。
あれ、多分、帽子でパセリを栽培するの図です。
欲しがったのは何でも買う、あの人だけ( ̄ー+ ̄)ニヤリ。
大阪店にはホリデーランチとかいう、メニューがあるのですねん。
平日ランチよりはお高めですが、でも単品注文よりはお得でよい感じ。
神戸にいた懐かしのスタッフさんにも出会えてよかった〜♪
ぱりぴんさん、@さんとたくさん、お喋りして楽しかったです。
ぱりぴんさんからは「預かり物」の「いぬじなまいにち おちゃとも」2号も頂きました。
うわ〜い。誰よりも早く頂いちゃいましたね!
今回の「おちゃとも」は茶帽子とティーパック、チョコのセット。
なにやら、数日前に相棒から聞いたところによると
東京の家にはいぬじさまから「828 1周年祝い」も届いているらしい。
いつの間にやら、1年。
本人すら、バタバタして過ぎ去った1周年に、何も言わずにお祝いを贈ってくださった
いぬじさま、ニクイお心遣いに脱帽。

ぱりぴんさんと別れた後、@さんに行きたいところに付き合ってもらいました。
やっぱ、本町と言えば、アランジ本店でしょ!
ぱりぴんさんに「一緒に来てください」と言う勇気はありませんでした(* ̄▽ ̄*)
誘われた方も困るだろうしなぁ。
アランジ本店まで歩いて行き、やっぱり、いろいろこまごま買ってしまいました。
グラスセットとか買っちゃいましたょ。
パンダの「でたらめダンス」とワルモノの「毒入りドリンク」が良いんだって!
5種類全部、買ったけれども。
こんな馬鹿馬鹿しいグラス、お客が来ても使い道なしだな。
我が家に来る人で喜ぶのは、よりこさんのみか?
その後も、B's Oceanに寄ったり、心斎橋のソニプラに寄ったり。。。
場所を梅田に移して阪急に行ったりしました。
なんだか、関西に住んでいた頃みたいで楽しかったよ。
私ばっかり、どんどん荷物が増えていくんですけどね(笑)
夕方、@さんとお茶をして、お別れしました。
@さんとは去年の10月以来だったなー。楽しかった♪



2004年02月14日(土) バレンタイン

世間様、バレンタインデー。
ちょっと、羨ましい限り。
誰よりも、イベントと季節感が大好きな私は、線香の煙にまみれ、
一番、浮かれたピンク色の世界から遠いのではないかと、寂しい限り。
去年は、プレゼント企画やったりしたよねー。
お世話になった人にちょっとしたものを送ったりしたよねー。
DisneyLandのヴァレンタインナイトに相棒と一緒に行ったねー。
1年後にはこんなことになっているとは思わなかった。

そんな中、よりこさんから大きなチョコの箱が届きました。
「ご家族で食べてくださいな。」っというメッセージ付で。
やさしい、お友達の心遣い。
とても、ありがたい心遣い。
ありがとう。だいじに頂きます。



2004年02月13日(金) 激安セール

毎日、毎日、祖母の為の昼ごはんを作る。
お粥だと味気ないだろうと、あんかけうどんにしてみたり、雑炊にしてみたり、
出汁を効かせた薄味の野菜たっぷりのお食事。
祖母はとても嬉しいようで、すごく良く食べてくれます。
今までは気付かないだけで、心臓に負担がかかっていたようで、
あまりすんなり食事も出来なかったようですが、
最近は咀嚼するということも、すごく楽なようで。。。
こういうところでも、やっぱり弊害があったんだね。

祖母の食事を済ませた後、昼から、Milkちゃんと久しぶりのおでかけ。
目的は年に2回、ハーバーランドのコムサストアで開催される激安セール。
これってば、本当にすごいのですよ。
日本では神戸でしか開催されていないらしい。。。
50%OFFは当たり前、80%、90%なんかもあって、まるで投売り。
約10日間、開催されるのですが、その間に在庫をかき集めて全部売り切ってしまうかんじ。
初日に高かったものも、最終日まで残っていれば、考えられない金額になっていたりします。
このセールは初日に行って、いいものは先に買い、どうでもいいけど安ければ買うというものは
終わり間近に行くのが攻略法。
今日は初日なので、いいものがあれば買いましょうな、という感じで行ったのですが、甘かった。
いいもの、ありすぎますねん。
私は79000円のマントを10000円でGET♪
これは、デザイナーズ系の特徴的なデザインの黒いメンズのマントなんですが、
こういうの、欲しかったんだよねー。
メンズだけれど、試着したら可愛かったし、1点だけだったので、迷わず、購入。
他にも、マフラーだとか、スカート、パンツ、帽子・・・大量にお買上してました。
コムサで一番大きな袋、4杯分になっておりましたが。
「ああ、もうこんな時間だわ!」と急いで帰宅しました。
もう、改札も通れないほどの大荷物っぷりでしたわ。
関東で留守を守る、よりこさんにも「いろいろ買って送ってくだちゃい!」と言われていたしね。
久しぶりの買い物、今までおとなしくしていたのを全て吹き飛ばすくらいの勢い。



2004年02月10日(火) 退院

今日は祖母の退院の日。
月曜日予定通り、胃カメラを飲んで、今日、退院。
胃カメラの結果も何でもなかったようで、めでたしめでたし。
先日の金曜日にほぼ退院と同じだけの説明を受けたりしたので、今日はあっさり退院。
母と二人で迎えに来ました。
この病院にもまるっと2週間、毎日、通いました。
丁度、お昼時だったので、母と祖母と3人で近くの和食屋さんで昼食をとってから帰ることに。
久しぶりの病院以外の食事に祖母は何を食べても美味しいようです。
心臓食は塩分が高く血圧があがるといけないので、ちょっと薄味。
コレステロールも高いと心臓に負担がかかるので、油ものも控えめ。
元々、祖母は薄味だし、油ものもあまり好きではないので、苦ではないらしいですが。
少しだけなら、食べても大丈夫ですよ。。。ともお医者さまに言われているので、
退院祝いも兼ねて、外食したのですが、ことのほか、嬉しいようでした。
この前の外泊の時に一口だけ食べたケーキも「ああ、美味しい!」って感動してましたな。

これからいろんな意味で頑張ってゆかなければなりません。
今までは失った哀しみだったけれども、これからは生きることへのチャレンジだと思います。
母は仕事に行かねばならないし、まだ祖母一人では不安なので、
私は2月いっぱいまで神戸にとどまることにしました。
おそらく、2月28日が法事になるようだし。
葬儀が終わってから、「香典返し」を送る為のリストもエクセルで作り始めました。
こういう仕事ってば、私しか家で出来ないし。。。出来るだけ。
品物を選んで、お願いして、法事の段取りも、仏壇もいろいろやることはあります。
今まで詳しくは知らなかったけれど、法事・法要ってこんなにあるんだね。
勉強にもなります。



2004年02月08日(日) ちょっとおでかけ。

祖母がお世話になった病院の方々へのお礼のお遣いを頼まれたので、
千葉の叔母と二人で、神戸阪急へ。
時間がなかったので、目的の物を買うだけのお出かけだったのですが、
ちょっとだけ神戸阪急のバレンタインフェアをのぞきました。
そうしたら、アランジの今年限定のバレンタインチョコがあったので、購入。
義妹に電話をして、義妹のリクエスト分とあとよりこさんの分も買う。
留守中いろいろ、関東でお願いして買ってもらっているしなー、お礼ということで。

バタバタ帰宅して、祖母を病院へと送り届け、その足で、大阪の実家に戻る叔母を
三ノ宮駅まで送っていきました。
今日はなんだか、1日が短かったぞ。
祖母は病院に着くなり、「あ!薬、忘れてきた!」。
叔母を送った後、もう一度、一人で病院に薬をお届けに行きました。
薬を忘れるくらい、元気になったんだねぇ。。。



2004年02月07日(土) 仮退院

祖母を父と一緒に病院に迎えに行きました。
途中、お供えのお饅頭とお寺さんへのお茶菓子を購入。
祖母は思ったよりも元気で、洋服を着た祖母はなんだか前に戻ったかんじ。
祖父の訃報を聞いて、神戸に私がかけつけた日、仮通夜やらで忙しかったので
私は一人で祖母のお見舞いに来ました。まだ、集中治療室にいた頃のこと。
祖母のお見舞いに神戸に来たよ。。。という理由で、行ったのですが、
私が東京から来てくれた、というだけで泣くほど気弱だった祖母。
集中治療室で祖母の顔を見た時には、私もお正月に会った人とは同じ人と思えないほど
気力も精力も無くて、「ああ、この人は本当に死を見たんだ」と感じました。
そんな祖母と今日の祖母は全然違う。
本当に回復したんだね。
ナースステーションに挨拶に行った時、看護婦さんも最初、祖母だと気付いてくれなかったの。
名前を名乗ったら
「ああ、パジャマじゃないからわかりませんでしたよ!見違えました♪」と言ってくれました。

家に戻って、祖母は小さくなってしまった祖父と対面。
一番、怖い瞬間だったのですが、でも、やっぱり取り乱すことなく落ち着いていました。
思いつめると胸が苦しくなるような気がすると、深く考えず、現実を受けとめるようにしているようです。
「なんだか、夢みたいだねぇ。。。」と呟いていました。
千葉の叔母も叔父が海外出張の為に大阪の実家に帰ってきていて、来てくれました。
弟夫婦と姪っ子も来てくれたし、祖母は疲れちゃったかもしれませんが、みんなが集うっていいね。
二逮夜の法要も滞りなく終了。

姪っ子は法事の雰囲気がまだ、少し怖いようです。そら、そうだわな。
周りの大人たちも、あまりかまってくれないし、ただならぬ雰囲気を感じているよう。
先日の葬儀が終わった後は、数日、様子がおかしかったらしいし。
幼心に何かを感じたんでしょう。
なので、なるべく、かまってやるようにしていました。
夕方もちょっと車で、義妹と出かけたのでブロックを買ってやりました。
すごく、嬉しかったようで。。。
「買ってもらったの。買ってもらったブロックで遊ぶ?」って、ずっと言う始末。
一緒に遊んでやっていたら、前の人見知りが嘘のようになついてしまいました。
最後には私の膝の上でケーキを食べるほど。
今まで、どんなことがあっても自分のお席で食べてたじゃんよー。
ま、かわいらしいので、いいや。四六時中だったら、疲れちゃうけど、たまにはね。
義妹も嬉しいだろ?開放されて(笑)



2004年02月06日(金) 告知

祖母に告知をする為に、母と二人、午前中から病院に行きました。
最初に別室で、主治医の先生から病状がどこまで回復したかの説明を聞きました。
祖母の病状はとてもよくなっているそうです。
本来は最低3週間は絶対安静などと言われていたのに、リハビリもどんどんこなし、
とても早い回復だったそうです。

その後、病室で祖父が亡くなったことを伝えました。
母が祖母にひとつひとつ言葉を選ぶように語っていきました。
最初に母が言った、「おばあちゃんから預かったおじいちゃんを亡くしてしまいました。
ごめんなさい。」という言葉を私は忘れることができません。
私はただ黙って、その場にいるだけでした。それでも、涙が溢れてきました。
それを聞いた祖母は信じられないと言ったことを口走りましたが、冷静でした。
お葬式も全部、ちゃんと済ませたよ。。。ずっと、隠していてごめんね。
そう言った私たちに祖母は「ありがとう」とお礼を言ってくれました。
「二人とも辛い想いをさせたね」と言ってくれました。
私が祖母だったら、絶対に許さないと思っていたのに、祖母はそれどころか
私たちに感謝すらしてくれたのです。
私はなんて、自分が小さい人間なんだろうと思いました。
そして、祖母という人は想像できないくらい大きな器の人なのだと。

明日は丁度、二逮夜(ふたたいや)なので、祖母も一度外泊することになりました。
本当はもう、退院できるほど回復しているらしいのですが、
月曜日、入院ついでに胃カメラを飲む予約をしてしまった為。
このまま一人にしておくのは不安があったので、夕方遅くまで一緒にいようということに。
夕方、私の従姉妹や、仕事帰りの父もかけつけてくれました。
みんな、おばあちゃんが良くなることをこんなに願っているよ。
だから、頑張ってね。
明日、朝、迎えに来ることを約束して、遅めに病院をでました。
父母と従姉妹と一緒に食事をして帰ることに。
なんだか、おかしな話だけれど、開放された感じ。
本当に、大変なのはこれからなのかもしれませんが、これで悲しい時は祖母と一緒に泣けるしね。



2004年02月03日(火) 祖父の死

2004年1月26日早朝、神戸の祖父が心筋梗塞で急逝しました。
私は朝7時半頃の父からの電話でそれを知りました。
祖母が先週の金曜日に入院していないので、朝、母が祖父を起こしに行ったら、
電気もテレビもヒーターも全部、つけた状態で祖父は倒れていたそうです。
誰もが死の瞬間を看取ることが出来ない、そんな死でした。

祖父は長い間、パーキンソン病を患っていました。
祖母はそんな祖父を看病し続け、ついに病に倒れました。
父母と同居しているというものの、実際の世話は祖母がしていました。
母は食事を作ったり、家事をしたりという分担でした。
祖母が心筋梗塞で倒れて、一命を取り留めた後、お医者様からは
もう祖父の世話を今までのようにすることは体の負担になりますから、控えてください。
と、言われたそうです。それを前日の夜に祖父に伝えた翌朝のことだったそうです。
母は「おじいちゃん、これからは私と頑張りましょうね」と覚悟を決めていました。
でも、元々、軍人でプライドの高かった祖父にはそれが耐えられなかったのかもしれません。
別に、「死にたい」と自殺したわけではありません。
世を儚んで、生きる気力を失ったわけでもありません。
祖父は亡くなる前の晩、父母と楽しくあんこう鍋を囲んだそうです。
祖母が入院した夜、千葉や神戸市内から駆けつけた自分の息子や娘とも会ったそうです。
誰も祖父の死の瞬間を見ていませんし、本人に聞くことはできませんから、
本当のことは解りませんが、私は祖父は「充分だ」と思ったのだと思います。もう、充分生きたと。
そして、もう自分の世話をすることが出来なくなった祖母に残りの人生を
プレゼントしたのだと思います。
祖母は二十歳の頃から自分の意のままに何かをすることなく、
祖父にずっと尽くしてきたのですから。
不思議なことに祖父は祖母と同じ病気で亡くなりました。
祖母は一命を取り留め、3日後に祖父は亡くなりました。
私はそこに不思議な縁を感じられずにはいられません。
祖父は他にも動脈瘤など、亡くなる原因になる病気はたくさん、あったのに。
何故、誰もが予想することがなかった心筋梗塞で亡くなったのか。

祖母は祖父の死を未だに知りません。
告別式の日、祖母にそれを伝えようとしました。
でも「今、それを祖母に伝えても心臓が持ちこたえられないだろう」とドクターストップがかかりました。
祖母のいないまま、祖父は世に別れを告げました。
母と私は今でも祖母に嘘をつき続けています。
私が祖母であったならば、私たちを恨むだろうな。。。と思います。
60年間、添い遂げてきた人の最後を知らされずにいるのですから。
いつかは祖母はこのことを知らなければなりません。
その時、祖母は私たちのことを許してくれるでしょうか。
私だったら、許せないだろうな。

金曜日くらいにそれを病室で伝えましょうと主治医の方がおっしゃいました。
葬儀の日、たくさんの親戚が私に「お母さんを支えてあげてね」と頭を下げていきました。
一番、大変なのは母かもしれません。だから、私がしっかりしなければいけない。
いろんな事に想いをめぐらせ、鬱屈した日々がずっと続いていました。
今日は一人で祖母のお見舞いに行くつもりでした。
母を置いて家をでました。
その前にMilkちゃんと会って、会葬に来てくれた御礼も言いたかったし、お茶をする約束でした。
お茶をして、Milkちゃんと話をしていると、少し、固かった私の心が解れていくのがわかりました。
私自身も誰かに聞いて欲しかったんだなぁ。。。

今日は祖母のお見舞いに本を買って行こうと本屋に寄り、本を買いました。
これから一人でお見舞いに行くから、と言った私にMilkちゃんは「私も病院に行くよ!」
と言ってくれました。「でも、面会は家族だけって言われているし、いいよ」と断ったのですが
彼女は「だったら、むこうで待ってるから、一緒に乗せて行ってよ」と強引について来てくれました。
「ああ。。。きっと私を心配してくれてるんだな。」というのがすごく伝わってきました。
普通にしていたつもりだったけれど、私はどこか様子がおかしかったのかもしれません。
そんな私が一人で車を運転して、病院に行くのが危なげに見えたんだと思います。
私はMilkちゃんに甘えました。
時には「なんでこんな事になってしまったんだろう?」とか
「おじいちゃんが亡くならなかったら、今ごろおばあちゃんの回復だけを待っていられたのに」
などと思ったこともありました。
でも、こうして私を心配してくれている人もいる。
頑張らなきゃいけないと思いました。
本当に、ありがとう。

病院に行った帰り、Milkちゃんを家まで送り届けて車を走らせていると
ラジオから「Jupiter」という曲が聞こえてきました。
その歌詞が心に響くのが解りました。
そうだ、「ひとりじゃない」よね。


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みっきー
ひとことお願いしまふ。


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