リュカの日記

2005年01月31日(月)

「変」を最後まで読み終わった。
読んでる間、ずっと胃や腹にストレスみたいなものを感じていた。
誰一人、嫌がってる男の子の身を気遣ったりせず、身勝手で独りよがりな自分の恋愛感情だけを一方的に撒き散らして自己満足している。
出てくるホモに気を利かすキャラや、そのノンケの男の子とホモをくっつけようという輩は沢山出てくるのに、誰もその子をかばわない。
納得して善い事なんか何一つない。
でも、佐藤くんは凄く可愛かったな。
たまに、自分はショタコンとは違うのかもしれないなと思う事がある。
まぁ、自分の中でだけの線引きなので、殆ど形式的にそう考えるだけみたいな感じなのだが。
俺が好きになったり惹かれたりする対象は、小柄で童顔で年齢より若く見える年下の男の子だ。
この条件に当てはまるなら、1歳歳下の成人男性でも対象になる。
そうは言っても、見た目的には10代に見えるんだろうけど、あくまで実年齢とのギャップが好きだ。
「少年」と言われる年齢に当てはまらないから、ショタコンではないのかなと考える。もっとも、幼さを残した中高生の方が綺麗にも魅力的にも感じられるけど、それ以上の年齢でも十分惹かれる魅力を感じる。
だから、少年というよりも、一番最初に好きになった同姓と同じ特徴を持った同じ種類の男の子が好きだ。追っているという感覚なのか、すり込みみたいなものかもしれない。
もちろん、そんな経緯がなかったとしても、十分過ぎるほど魅力的な人種だけど。
それでも、たとえ二十歳を過ぎていようが、そんな対象になる男の子が汚されるなんてのは絶対に許せないし耐えられない。

午前3〜6時辺りからベッドに横になったのだが、いつの間にか目が覚めてしまっていた。午後9時辺りから「変 HEN」の続編の「HEN」という漫画の全8巻詰め合わせを読んでいた。同じ作者の続編なのだが、内容は女が女を好きになる話だ。4巻辺りまで読んだ。
午後1時過ぎ辺りからまた眠りにつき、午後5時過ぎ頃に目が覚めた。
電車の中で、開久と戦う三橋達に巻き込まれる夢を見た。自分は警察官だった気がする。
今の自分は、タイプの男の子が自分を含めた大人全般に対し、気遣ったり信用したり、嫌悪感情を持たなかったり表さなかったりする事自体が、嬉しい事じゃなくて酷い事のように感じられるようになってしまっている。
以前はそこまで考える事もなく、普通に嬉しく感じてた事まで、少年に対して酷い事に感じられて、それを喜ぶ=ショタコンが少年に近づく事を認める事に繋がる、とうい意識が根付いてしまって離れない。
少なくとも、前はそういう男の子が自分を嫌悪しない、という事があると希望だった。今は酷い事に感じる。
本来嬉しいような感情も辛いものに変わった。それがまた嫌だ。
嬉しく思ったりしていた当時が軽はずみだっただけなのか。
もう、人生楽しんだり希望を持ったりできるような精神状態じゃないし、少年に対して嬉しいような事にも拒絶感情が出るようになっていて、生きてても嫌な事しか感じられなくなったと思う。

自分は、何を希望しててこんなにジレンマに陥っているのだろうとか考えていた。
少年に対しても、何かを喜ぶ事自体が悪になっていて、嬉しく思う感情が出てきたら出てきたで、それが凄く後ろめたいものに感じられて「嬉しがってもいけないし喜んでもいけないのだ」みたいに無意識のうちに必死で自分の感情や感覚を抑えつけている。
どう思いたいのか。
「喜ぶ訳にいかない」というのは、自分が喜ばない事を"望んでいる"というのとはまた違う気がする。罪悪だ、と意識に根付いた価値観だ。
本心では、脳内でだけでも年下のタイプの子を求めていたいし、喜びたい。
喜んでも"善し"と納得できる事を、一番に望んでいる気がする。
それが、いつからか自分の中で出来上がった価値観やルールに反するものになってしまったから、必死で自分の感情を否定しなくてはいけなくなった。
キツイ。
少年を喜ぶ感情自体が嫌な事に感じられるようになっている。
少年に対して、最低の事にも、酷い事にも、可哀想な事にも感じられる。
喜ぶ事もそうだし、軽蔑されてないと、軽蔑してこない子が悲惨だ、とか。
以前と違って、喜ぶ事を納得しないし、できなくなった。しっくりこなくなった。
あの子が告白してくれて、年下の子との恋愛が一瞬でも叶いそうになったというのは、自分にとっては行きすぎたものだった。
自分が望む段階の、"納得する"という事の、さらに上にあるハードルだからだ。望まないというよりも、望む以上の事だったし、あの子がそういう目に合わされていたというので"あの子に対して納得する"というハードルも越えられなかった。
だから、関わる訳にいかないとなって、"納得"のさらに上にある"恋愛を叶える"というハードルは越えられなくなった。



2005年01月30日(日)

前までは、少年との恋愛が叶う様などを思い浮かべて、甘い妄想に浸って気分を癒したり和ませたりする事が多かった。
でも、少年愛というのはそんなに甘いものじゃなくて、現実にはショタコンによって、信じられないほどえげつなく酷い目に合わされている少年が、普通に少年に関わらずに過ごしている分には知らないだけで、日常的に星の数ほど存在しているのだ、という事を今の俺は知っている。それも、タイプの可愛い男の子に限って・・
えげつなくて汚くて残虐で、ありえない、あって欲しくないあって善い訳がない、認めたくないような現実がゴロゴロしている・・・
だから色々キツイ。
甘い妄想に浸って善い訳がないんだ、とか。不謹慎で酷い事に値する。
考え方にも制限をつけなくてはいけなくなった。
あの子を拒絶したのも、あの子と関わっている限り、あの子自身の存在も少年全般に対しても、何一つ嬉しく思うわけにいかなくなる、というのも理由だった気がする。
俺は特別な存在を嬉しく思いたかったから、あの子と接する訳にはいかないんだ、とか。

今日は午後11時前に目が覚めた。
寝起きからタイプの少年の事が意識されて、凄く苦しい感じになってきた。

「変 HEN」という漫画の、全13巻詰め合わせが落ちたので、今日1日ずっと漫画だけを読んで過ごした。(まだ最後まで読んでないが)
内容は、モデル並みにカッコイイという設定の不良高校生が、小さくて可愛い美少女みたいな男の子を好きになり、男の子の方は迷惑するといったラブコメだ。同人誌っぽいけど、昔ヤンジャンで連載されていたらしい青年誌だ。
読みながら、少年との恋愛妄想に浸ったりして、それがまた少し後ろめたい感じになった。一方で、そんな男の子にこの男は全然釣り合わないなと嫌になったりもした。そいつの恋愛が叶ってしまうと、その少年が汚されてしまうみたいな気分になる。
自分自身が10代中頃の時、何故か周りからのルックス評価だけは異常に高かったけど、それでも自分が好きな子と関わると相手を汚す事にしかならないだろうなという意識が強かった事もあって(もっとも、当時は相手を汚すとか傷つけるとかを精神的にも求めていた)、俺はどんなにカッコイイと言われてる奴だろうがそういう少年には絶対に釣り合わないんだと感じている。
そういう子は質そのものが普通の人間と違うから、俺にとって2人とも興味を引き立てられるような人間であって始めて、お互い汚されない釣り合った恋愛なんだと感じる。不快にならない。
そういえば、好きになれそうな相手の子が汚い中年ジジイに無理やり悪戯されてたとかで、今まで俺にとっての恋愛と言えるモノは全部、そんな形の失恋しかした事がないんだよな・・とか考えてるとキツくなった。
普通だったら、恋愛そのものに対してトラウマになるんだろうな。
男の場合なら女性不信とか。
ハッキリ意識してないだけで、もうなってるのかもしれないけど。
そういう子が犠牲になったとか傷つけられた、というのが第一で嫌だったのに、最近自分側からの事で考える事が多くなってるな・・
どれだけ悲惨な状況なのかとか、痛ましい事なのかとか、そういうのを感じにくくなってしまっている気がする。
そういうのを聞かないように聞かないように避けてるうちに、聞いた当時のショックが薄まってきたとか、そういう感じなのだろうか。不謹慎かもしれない。
自分が感じうる限り、何より痛ましい事だというのに・・



2005年01月29日(土)

もう、中年ハゲになった自分が容易に想像できるくらいにまで老けてきた。
うちの親父も、30になる頃にはすでに頭が薄くなっていたという。
それに加えて、俺は未成年時からすでに重度のヘビースモーカー、おまけに数度の欝経験、日々のストレス。すでにオッサン面になっている。
完璧タイプの少年とは釣り合わないし、汚す結果にしかならない。
何だか嫌になってくる。昔は誰にも似ていなかったのに、親父に似てきたのも嫌だ。
もっとも、釣り合って善い訳がないし、そう思って善い訳もない。
でも、だからこそ、自分の中にある少年の存在に対し、どう決着を着けられるかの納得できる条件だけを求めてきたんだけど。
すなわち、意識の中心に少年の存在を置かなくても「善し」とできる条件だ。

今日は、午後11時前に目が覚めた。
寝起きから気分が最低だった。
そのうち、考えても無意味とか、何も解決する力を持っていない事への苛立ちとか、結局はどうにもできないんだとか、晴らす事ができないとか、タイプの男の子との恋愛が叶う事を喜んで善い訳がないんだとか、色んな無意識レベルの葛藤が出てきたので、しばらく横になっていた。
横になりながらも、色々な言葉にもならない絶望感を味わっているうち、いつの間にか眠ってしまった。
飛行機に乗っている夢を見た。
何故か、機内に寺のお堂のような場所があり、巨大仏像の前が俺達家族の寝室だった。
他に、自分の中学時代の同級生が、何故かタイプの男の子だという設定になっている夢を見た。
実際の同級生はそういう少年じゃなかったけど、自分が以前ファンだった年下のメガビ固定とごっちゃになった存在になっていた。
夢の中で、俺はその同級生に惹かれていた。
さらに、その同級生が暴走族だという設定で、田舎っぽい山と海に囲まれた寂しい道を歩いていた。そこにおでん屋があって、同級生と一緒に他のヤンキーから襲撃を受けた。
他に、俺が前に住んでいたマンションに義理の祖母が泊まりに来る夢を見た。何だか、自宅が出る夢はいつも「以前住んでいたマンション」ばかりで、今の自宅が出てこない。
祖母が「あんたの従兄弟が居るから」とか言う。
俺の年齢設定は15〜19歳あたり。
原付で大阪だか三ノ宮だかに向かう事になった。
でも、途中のトンネルには検問だか券売機があって、「午後6時以降は通れない」との事だった。向こう側からはこっちに来る事が出来るけど、こっち側から向こうに行く道が閉じられている。時間はすでに夜中だった。
何度も通ろうと試みるが無理だった。
トンネルを通らずに進もうと思っても、他の場所は川に阻まれて進めない。
何故か、トンネル付近に高校(女子高?)があったので入る事になる。
そこで、見知らぬ女子高生が暗い部室だかトイレだかみたいな場所から「○○君、○○君」と俺の名前を呼びかけてくる。
俺は知らないのに、向こうは俺を知っている。その女子高生は1979年生まれだという設定が出てきた。俺より3つも上なのに女子高生。
「××さんって知ってる?」と言ってきた。誰のことだか分からなかったので無視していたら、どうやら怪談話のタイトルらしい。
それからも、いくつか怪談話を気かされた。
しばらくすると、さっき見た夢とは別の同級生が現れた。1個下の彼女を連れている。現実で、昔よく遊んでいた不良カップルだ。
二人とも、俺の原付と同じような形のモトクロス風バイクに乗っていた。
俺が「あそこ渡れない」みたいな事を言うと「逆走してけばいいんだよ」みたいな事を言われて一緒に行く事になった。俺が逆走しようとしたら「アホか、何も考えんと渡ると死ぬやろ。タイミング見ろ」みたいな事を言われた。
そこに、さっき祖母が言っていた、俺の知らない従兄弟とその友達集団が現れた。
俺が「あんたの従兄弟だ」みたいな事を説明する。
その従兄弟は、さっきの怪談女子高生が好きらしい。
従兄弟を連れ帰る事になった。
しばらくすると目が覚めた。
目が覚めて自分の手足を見ていると、どんどん色が薄れて透明になっていく。動かしている感覚はあるけど、完全に自分からも見えない透明人間になってしまった。
という夢を見た。
午後16時過ぎに目が覚めた。
自分でも、どう言葉に表していいのか分からない絶望感や葛藤。
そういく無意識的な気持ちを整理するのが「夢」だと言う。
今日は、いつもより沢山の、長い夢を見たと思う。
楽になりたい・・・
意識そのものが、もう存在していなくていい。

夢の中で、久しぶりに"惹かれる"という感覚を体験した。
俺がタイプの少年に対してずっと感じ続けていたものだ。
この感覚を失ったとき、これがどういう感覚なのか分からなくなり、ただの言葉でしかなくなってしまう。
理屈じゃなく、関わりたいとか抱きしめたいとか役に立ちたいとか認められたいとか。その子のために死ねるなら、それ以上の事はないとか。
痛みに対して異常なほどの恐怖心を持っている自分が、それまで理解できなかった「身代わりになってもいい」という気持ちになれたり。
そんな感覚になれる対象"年下のタイプの子"というのが自分にとって凄かった。相手の役に立つために人生全部ささげても、無意味だと虚しくならない存在。むしろ生きがいになる。
姫様的に崇めていた。



2005年01月28日(金)

もう昨日だけど、あまりキツくなったり苦しくなったり悩んだりする事がなかった。その癖、いやらしい妄想には浸っていた。
少年に対して、欲望優先のゴミクズになりかけてるのかな、と思う。
そういう方向へ傾きつつある、というか。

今日は午前8時半頃に目が覚めた。
寝起きからモヤモヤした気分になった。
2chを見に行った。
俺が相談していた、2年半続いていたスレッドが、最後まで行かずに「ストップ」されていた。
メガビに居た、俺に詭弁や言い訳、建前や取り繕いを全て崩され「底が知れた最低野郎」だと露呈された下種なショタコン中年が、逆恨み精神から割り込んできたせいだ。
こいつは、少しでも自分に気に入らない事があったり恥をかかされたりすると「削除依頼を出してやる」と泣きつくような情けない糞中年だ。
こんな奴のせいで、2年半も続けてきたスレが停止されたのが許せない・・・
ショタコン賛美して、自分をとことん飾って正当化する下種野郎の癖に。
こいつが恥じぬぐいから、何らかの依頼を出しやがったに違いない。
『僕の性癖では一生性欲を満たせません』
逆恨み、恥ぬぐいという卑怯な卑怯な目的で、てめえで勝手に人のスレまでしゃしゃり出てきて底の浅さを見抜かれて、恥ずかしくなったら削除依頼か。おめでてーな。
ショタコン野郎ってのは、中年になってもこういう陰険なクズばっかだな!

少年に対して、本来得られるはずだった感動を、もう感じる事はできない。
俺は、その感動がどれほどのものだったのかを知っている。
だから、中途半端に何かを感じる事を納得しない。
こればっかりは妥協したくないから、もう何も得る訳にもいかない。
悔しい・・・

午後5時半頃になり、昨日新しいスーパーがオープンしたので行ってみる事にした。
学校以外で外に出るのも久しぶりだ。
スーパーまでの道のりが、俺の小学校の校区だったので、歩いていて懐かしい気がした。
今住んでいるマンションの場所は、卒業した小学校の隣の校区の一番角に位置している。だから、散歩みたいな気分がした。
コンビニで売られていないような商品が色々とあって新鮮だった。
海外からの輸入菓子を買った。
2階にある駐車場に行った。建物の外だ。
辺りには高いビルもマンションもなく、紺色の空が凄く広く感じた。
中途半端に暗いから、余計に広く感じられたのかもしれない。
「よくこんな場所に、これだけ広いスペースが取れたよな」と感じた。
少なくとも、俺の小学校の校区内じゃ考えられない空間だ。
スーパーを出る頃には、外も真っ暗になっていた。
帰り道を歩いていて、何だか虚しい気分になった。
心底求めるものも何もないし、さらに人生は長くて、と。
でも、この程度の憂鬱なら、別に俺じゃなくても感じるものなんだろうなと放置した。気分は晴れない。
やっぱり、特別な感情を強く持てる対象が居て、その上で自分の納得のいく条件が出てこない限り、心の平安は得られない。
関われるどうこうじゃないし、別に恋愛できなくても問題にはならない。
ただ、強く感じる事が出来た上で自分で納得する事ができる、という事が重要なのだ。今の状態じゃ、何も励みにできないし。
ただし、そんなに強い状態で、自分の価値観に背くような出来事を目の当たりにしたら、それこそ本当の地獄になる。
これからの人生どうすれば、とため息が出る。
別に死にたくない訳ではないんだけど、苦しむのも後ろめたいのも真っ平ご免だ。

考えているうちにどんどん気分が沈んでいって、久しぶりに弱欝くらいの感覚になった。以前で言う「普通の状態」くらいの感覚だ。
最近、「おかえりなさい」という言葉は霊を呼ぶ言葉なんだという話を2.3個耳にする事があった。
以前、金縛りに合った時に聞いた霊の声も「おかえりなさいま〜せぇ」と言っていた。もちろん、当時はそんな話は知らなかった。
少し背筋が寒くなる。
頭の中で、ルクプルの曲が流れていた。
中3の時、よくMDで聴いていたので少し懐かしい。
最近じゃウォークマンなんて持ち歩く事さえなくなった。

よく聴いていたのはこれじゃなくて、テレビ小説か何かで使われていた曲だけど、これしか出回っていなかった。



2005年01月27日(木)

ショタコン野郎が言い訳の種にするような価値観は、その元になるものだって認めたくないな、とか思ってるうち、自分の中での考え方がどんどん狭まって息苦しくなる。
自分に対して、恥じて「死ね」と思う機会も増えてきた。
今日は午前7時前に目が覚めた。
これに限っては、自分が許せないというよりも、自分がそんな奴等にかぶる事が許せない、みたいな感じだろうか。ストレスたまるわ。

今日のテストは2時限目の「日本語文法論」だった。
少し勉強していた科目だったおかげか、答案用紙の半分は埋める事が出来た。



2005年01月26日(水)

サザエさんが波兵に怒られていた。
カツオが、俺が中1の頃に住んでいた場所の向かいにある、床屋があった場所に店を立てた。古本屋らしい。
それも震災で潰れてしまった、という話だった。
その古本屋の中で、男と女が聞いたことあるような歌を唄っていた。
午前6時50分頃に目が覚めた。
しばらくしてから、その歌は「時の旅人だ」と思い出した。
寝起きから、少し欝っぽい気分になる。やりきれないような沈んだ感じだ。
気分が重くて、胸や胃が締め付けられるような感じになる。
自分の周りの全部が嫌だ、という感情と、そいつらが許せない、許したくないという感情とか色々ある。
タイプの子が陵辱されたとか悪戯されたとかを絶対に認めたくない。
不安感や焦燥感っぽい部分もある。少し吐き気がする。
胸糞悪いのかもしれない。

俺は、あの子が悪戯された事の苦しみを和らげるとか、そういう事は一切してこなかった。悪戯されたと知った時点で耐えられなかったからだ。
でも、あの子に対してそういう意味で気分を軽くしようという人間が出てきたらどうだろう、と考えた。
そいつは、その子の気分を和らげるだけじゃなく、己の欲望のために搾取したりするだろう。
よく、傷を癒すとか言って付け込んでいって、それで少年自身が相手に誤魔化されて搾取される事を喜ぶようになってしまう。
あの子自身が、「愛されてるんだ」とか思い込んで。
これから先、あの子もそんな風になってしまうのだろうか・・と嫌になった。何で嫌なのだろうか、もうそこまで特別視できなくなったのにな。
「特別視できなくなった」みたいな、自分自身に許せない事をあまり口に出したくない。
結局は、全部が全部駄目なんだろうな。
整理つけられずに書いたから、訳の分からない文章になったかもしれない。

今になると、すでに自分の中の感覚やら感情やらが薄れてしまっているから、もう自分の中で納得できる条件や少年の存在そのものを求める理由も必要もなくなってしまったのかもしれない・・
結局、薄れてしまって納得せずに全部が終わる、という後味の悪い終わり方だな・・
今日のテストは1時限目の「西洋美術史」と、2時限目の「日本美術史」だった。
どちらも、殆ど書けなかった。
昨日、学校の行きしにハイチュウのグリーンアップル味を買った。
久しぶりに食べると美味しかったので、今日はグリーンアップル味と蜜入りりんご味を買った。
蜜入りりんごの方は、噛んでいるうちに、何だかシンナーみたいな感じがしてくる。香りなんだろうな。

俺が2chで相談しているスレに、ショタコン板の中年野郎が現れた。
俺の事を否定したいらしいのだが、その理由が俺に言い訳を崩されたから仕返しがしたい、みたいな卑しい目的からなんだというのが見てとれる。
全部が全部、「てめえの卑怯な言い訳のために」だ。
そんな卑しい目的の癖に、さもまっとうぶって少年の話を仕返しのための材料に使う。ゴミだ。
「許せねえ!ぶっ殺してやる!!」と叫んでいた。
多分、こういう奴等を憎み続ける気持ちに終着点みたいなものはないのだろう。一生続く。
少年に対する気持ちは薄れていっても、当初に根付いた憎しみ自体は変わらない。
憎くて憎くて、それでまた苦しくなる。
許せない・・・
「かばいたかった」とか言って、あの子が、自分を悪戯した中年ジジイを、俺と同じように憎んでくれなかったのもキツかった。



2005年01月25日(火)

以前住んでいたマンションの最上階の11階に居た。
別の部屋からキョンシーが出てきた。
キョンシーは道士のような黄色い服を着ている。
廊下を飛び跳ねているキョンシーと、キョンシーから逃げ惑う人間を前方に見ながら、俺は廊下の右脇にあたる個室の前で息を止めている。
マンション中がパニックになっている。
下の駐車場は避難者で溢れ、全員が全員息を止めている。
何故かミートスパゲティーが散乱している。地面と壁一面が、オレンジ色のミートスパゲティーだ。見た目的に、マグマのような灼熱の光景にも見えてしまう。実際はスパゲティーがぶちまけられているだけだ。
俺も駐車場まで降りていて、そこにあるドブの中に居た。
スパゲティーが滑るせいで、そのドブから抜け出せない。
別のキョンシーが俺の目の前に居る。そのキョンシーは、中学時代の国語の教師(兼野球部の副顧問)だった。
目は見えないらしいのだが、言葉を喋る。それがまた恐ろしかった。
俺がドブから這い出そうとすると、その音を察知して手を伸ばしてくる。
息は止めたままだ。
周りにも無数の人間が居るのだが、全員が全員息を止めているらしく、この教師キョンシーに狙われているのは俺だけだった。
水筒をキョンシーの後方に投げた。音に反応してキョンシーが退いたところ、ドブから這い出て上に上った。
マンションに入って、最上階まで避難しようというところで夢から覚めた。
午前0時30分頃に目が覚めた。

MXで落とした漫画を何種類も読んだりしていた。
何冊か読んだけど、内容はファンタジーではなく、現実世界を描いたものだ。どれも買うほどの漫画じゃない。
その中に見える世界観からの影響か、本当に人生とかそういったものがくだらなく息苦しいものに感じる。
人生相談板みたいなところを見ていても、全部がくだらない嫌なものに思えてきたりする事が多い。
将来、多分自分は働いてないんじゃないかな、と思う。
餓死は人によっては楽な死に方になるらしい。
金が尽きたら、水だけの生活になって、そのまま餓死していってもいいかもしれない。というか、自分の将来をリアルに思い浮かべてみると、そんなイメージしか沸いてこない。
何も食べず、水だけ飲んで40日を過ごしたら楽に死ねると聞いた事がある。
何年も前に何度か試した事がある。
親には「俺の分の飯は作らなくていい、自分で買ってる」みたいな事を言っていた。
波はあったけど、そんなに苦しくなかったと思う。
何故か、食べない=する事が何も無い、みたいな感じでイライラ感は募っていったけど、良い感じで死ねそうだった。
体に力が沸かなくなっていったのが、何だかうざったく感じられた事を覚えている。
最終的に、親が「あんたの分もご飯作った、食べないならご飯を捨てる」みたいな事を言ってきて、結局食べる事になった。
「捨てる」という事に凄い拒絶感があったと思う。自分が食べるために作られたご飯が、捨てられてしまう事が勿体無いような可哀相な事に感じられた。
最高9日目まで水だけで過ごした。
自殺する事に後ろめたさも持っており、痛みに対して極度の恐怖感も持っておりで、直接死に繋がるような手段は使えない。
「食べるものがないからしょうがない」とか「寝てる間にゴムでビニール口が塞ががっただけなのだ」みたいに、『自殺じゃないんだ』と自分に言い訳できるような方法ばかり選んでいた。
ヘタレはヘタレで、ヘタレなりに苦痛や恐怖が少なく言い訳の利く方法で死にたがる。ここまで考えて、少し自己嫌悪になった。
人生に対し、筋や道徳の通らない答えを出して、勝手に悟り気分で開き直ってる奴らが気持ち悪くてしょうがないからだと思う。主に30親父みたいな考え方だ。
そういう種類の自己満足に、吐き気を覚える。
今の自分は、ただの虚脱状態という感じで、欝にまでは到達できない。

何となく、
自分と同じような共感できる人間でも居ればな、とか思って、このエンピツの日記検索で「ヒキコモリ」を探してみた。
嫌悪すべき「ショタコン」では検索したくない。
ショタコン野郎は、その考え方やら卑怯さやら、言動までも、何から何までもが、比喩じゃなく俺に吐き気をもよおさせる。
自分と同じようなヒキコモリ体質の人間や、本当のヒキコモリっぽい人間は1人も居なかった。全部"自称"であって、その生活も俺が共感するものとはかけ離れていた。
俺は他の何よりショタコン野郎が大嫌いなので、本当に、自分が認めた上で共感できる人間を見つけ出すのは、とても難しい。
息苦しいな。

今日のテストは4時限目の「音楽美学」だった。
教室に入ると、先生に「この黒板に名前無いよね?」と聞かれた。
見ると、黒板に俺の名前と学籍番号が書かれていた。
「書かれてますね」と答えると、「じゃあ、出席が足りないという事で、テストを受けても単位は取れないから」と言われた。
そのまま教室を出て帰ってきた。

久しぶりにメッセの子と話した。
色々雑談できてよかった。



2005年01月24日(月)

パフェやケーキを出す喫茶店にバイト探しに行ったり、ゼルダの伝説というゲームの世界を体感したりする夢を見た。
午前3時少し前に目が覚めた。
今日も、寝起きから、不安感というか沈んだ気分になる。
タイプの少年でさえも、汚いジジイに陵辱されたりするんだ、という絶対に認めたくない現実を"知っている"という事がキツイのだと思う・・
今日は「建築史」のテストだ。

自分は、本当に少年と恋愛がしたいわけじゃないんだろうな、というのは何となく感じる。
「タイプの子に関して、全般的に意識しなくても"善し"」と自分で納得できるようなきっかけみたいなものを求めている。
少年の存在が、自分の中で大きな位置を占めすぎている。
そんな子に関する話がある度、精神が擦り切れるような嫌な気分になり身が持たない。でも、あくまでも「そういう子を求めているんだ」というスタンスを持った上でないと吹っ切れない。
だから、求めなくても善い理由探しの上にそれらを被せる。
求めたくないからこそ、求める方向に仕向けて、「考えられるのも迷惑だ」みたいに拒絶されて吹っ切りたいのかもしれない。
逆に、求めたいからこそ求めたくないのだ、とも言えそうだ。
多分、精神構造的に、恋愛とかそういったものを自分は受け付けないようになっている。「絶対に汚されないんだ」という安定がない事をすでに知っているわけだし、だから自分の中で終わらせたい、みたいな感じだろうか。
そういう子と関わりたいと考えるのも、考えなくても善しと納得できるようなきっかけを求めて、なんだろうなと考えた。
納得できない上で考えなくなるのも、後ろめたさが常に残る。
だから、納得できた上で考えなくなれれば、後ろめたくもならず、モヤもないまま無意味に人生を過ごす事に躊躇もなく、人生が終わるまでの年月も短く感じる事ができるだろうなとか、そんな意識があるのかもしれない。
人生そのもの、意識が存在している事自体が自分に合わない。
自分の中での大きな存在がある事を拒絶したい、とか。
楽しく、嬉しく生きる事が、"善い事"だとも思えない。=自分の中にある色々なものを麻痺させる事になるからだ。
麻痺させているんだ、という意識も常に憑きまとうだろう。
その時の思考や気分が、意味のない軽はずみなものなんだ、という事も分かるだろう。
それがまた後ろめたい。
全て納得した上で、無関心になりたいのかもしれない。

テストは全く分からなかったので、そのまま白紙で答案を出した。
帰りに「パプワ」の6巻を買って帰った。
何か苦しい・・
少年に対しても、自分がどうなりたいのか訳が分からなくなってくる。
求めたいのか、求めたくないのか、どちらにしろ両極端に傾く。
息苦しい・・叫びだしたい・・・

昨日、1月23日は親父の誕生日だったらしく、母親がケーキを買ってきていた。
俺は早めに眠ったので、昨日はケーキを食べていなかった。
4人家族なので、4分の1だ。
普段は、その4分の1をさらに半分にし、2日かけて食べているけど、昨日食べる事ができなくて今日中に食べなければヤバイとの事だったので、一気に2個(8分の1を2個)まとめて食べた。
食べながら、さっき買った「パプワ」を読んだ。
この漫画の世界では、綺麗な存在が少女ではなく、常に少年であるところが好きだ。

現在午後15時49分。
納得も出来ていないのに考えるのも後ろめたいし、考えて善いのかどうかも分からないけど、とりあえず、タイプの少年がどう綺麗な存在なのかとか、どう魅力的なのか、を思い浮かべながら眠ってみる事にする。
昔は気兼ねなくイメージできた。



2005年01月23日(日)

金八の車掌がメガホンで何か喋ったりしている夢を見た。
午前3時27分に目が覚めた。よく眠った。
目が覚めた瞬間は良かったけど、その直後から、漠然とした強い不安感みたいなものがジワジワと。

現在午後12時46分。
今日、目が覚めてから現在にかけて「特攻の拓」全28巻を読んでいる。
昨日の続きの12巻から読み始めて、今20巻目を読み終えた。
話は面白いかなとか思って読み続けてきたけど、なんだか途中からイライラするような息が詰まるような感じになってきた・・
その世界観が嫌いなのかもしれない。
話に出てくるバイクとかギターとか、俺にとってそれほど魅力に感じるものではないのだが、「『興味があって当然』だから、興味があるフリをしなければいけない」という強迫観念的意識を押し付けられていた時の感覚が思い出されて、息が詰まる。
それらを楽しく感じている得体の知れない奴らを恐れて、恐れないよう自分自身がそれらに興味を持っているよう振舞う、くだらない媚び意識もあったのだろうか。
長時間DQN漫画を読み続けていたせいか、関連付けて色々思い出されてしまう。
よく、「社会に合わせられない」という奴らがDQNに走るっぽいけど、俺はそいつらにも合わせられなかった。合わせられないから向かったものにも合わせられなくて、社会に対して合わせられない集団に対して「合わせなくては意識」を持ってしまうような、訳の分からない状況に陥って、凄く息苦しかった事を覚えている。色々な意味で少しトラウマだな。
自分が興味を持てないものを、面白く感じている人間を全般的に「頭がおかしい奴」みたいに感じて、恐れている部分も強かったと思う。
多分、合うものが何もなかったんだろうなと感じる。
合うものが何もないのに、何かには合わせなくては、といった意識を持つのは、多分脅迫観念だろう。
合わせるのが大嫌いな癖、合わせなくては意識も強くて、そりゃ息も詰まるだろうな、と。
引きこもっていれば、少なくとも何にも合わせなくていいのかな、とか思う。だから、ネット上じゃ特に誰にも合わせたくない。
惹かれるモノが何もない事が後ろめたかった。
でも、「何かには惹かれていなければならない」といったプレッシャーがあったと思う。心底少年に惹かれる事ができるようになった事は、ある意味じゃ自分の中で誇れていたのかもしれない。「前みたいに想えるようにならなくては」という意識は常にある。
少し自己分析っぽくなったな。

昔を振り返ってみて、「そういえば」という感じで1つ不思議に思う事が出てきた。
少年時代(中学・高校)、周りの人間達によく言われていた自分の風貌で、色白とか童顔とか女顔とか、女からも男からもカッコイイとか可愛いとか言われたり。
高2の年齢で黒髪の時は、初対面の中学生に小5くらいに見えると言われたり、カツアゲ目的に因縁を吹っかけてくる不良中学生に、たまたま近くに居ただけの赤の他人である小学生と一緒に「お前らちょう来いや」などと同級生扱いされたり、補導してくる警察官やチンピラに子供だと思われたり、そんな事が何度もあった。
特に、中学生から年下に見られる事が多く、
一見して自分のタイプの少年を想像するような事をよく言われていた。
実物を見ても、背も普通、声も低い、顔も普通、で全然そんな風には見えない。未だにそれらが凄く謎だ。
昔の写真を見てみても、俺からしてのタイプの少年にはまるで当てはまらない。かけ離れすぎている。
自分から見た自分と、他人から見た自分で、全く逆のモノが見えていたとしか思えなくなる。
当時からショタコンだったし、自分の中でのタイプの少年の存在が、「念」みたいな感じで外面に具現化されていたのだろうかとか、そんなイメージが浮かぶ。



2005年01月22日(土)

昨日、下種野郎から聞かされた事がまだ後を引いている・・
キツイ・・・

数日前に「特攻の拓」という漫画の全28巻詰め合わせを落としていて、深夜から6.7時間ほどぶっ通しで読み続けている。
12巻の途中まで読んだ。
気分は紛れてくれたと思う。
「R-16」もそうだけど、この作者の漫画にリアリティを感じると、本当にヤンキー恐怖症になる。恐怖世界。
自分ほどヤンキーを恐れてる人間は他に居ないだろうなと思えるほど、俺はヤンキーとか不良とかが苦手だった。
そういう奴らと関わる事を、俺は楽しく感じたりはしなかった。
プレッシャー云々を除けたとしても、だ。つまらない。
自ら好んでそういう人種と関わりにいき、それを楽しく感じる奴も俺にとっては脅威だった。得体が知れない気がしたからだ。
つまらない+緊張状態の維持を余儀なくされる生活。マイナスでしかない。
そんな生き方を心地よく感じている人間。得体が知れない。
考えてみて、何で?と自己矛盾を感じた。
早めに縁が切れなくて、ズルズル染まっていっただけなんだろうな。
生き方に一貫性がまるでない。
生き方の方向付けのような事が全くできない。
恋愛や性に関する以外の事なら、普通より人生経験豊富と言える。
豊富といっても、それぞれに対して思い入れが薄いので中身はないけど。
常にどこかで、自分で自分の人生を見下している部分もあると思う。
人生なんかどうでもいい、薄っぺらいし興味がない。
元から、全部を全部拒絶してる部分があったんだろうな。
徹夜明けもあるのだろうか、大して意味も持たないような駄文をダラダラと書き連ねてしまった。
気分を紛れさせた意識についての事だから、どうでもいいような内容だけど。色々な意味で、「少年」というのが俺にとって唯一中途半端でないものだから、特別価値があったのかな、と思う。絶対感まで持つようになれたし、他の事じゃ考えられない。
現在午後15時46分。
少し横になろうかな。



2005年01月21日(金)

もう、補講授業とテストしかないので、明日からしばらく学校に行かなくてもいい。
俺が受けなければならない補講授業は、分かっているだけじゃ「昨日サボった彫刻」だけ。
だから、唯一の補講をサボってしまった事になる。少し後ろめたい。
冬休み明けの授業に、何一つ参加できていない・・
ショタコン板に、以前俺に言い返せなくて逃げたショタコン親父が戻ってきたので、そのスレでそいつの言い訳否定をしたりして過ごした。
あとは、2chオカルト板で怖い話スレを読んだりしている。

漫画とか映画とか、色々な物語を観てその中の世界観や人生を味わってみたりしていると、関連付けて自分の人生を振り返ってしまう。
俺にとっての"明るい人生"とか"希望に満ちた生き方"というのが、どうも想像できない。しっくり来ない。
全て、俺にとってはありえない。
俺の価値観の中からして、人生や社会にに対して希望にできるものや認められるような物事がすでにない。
死人みたいな感じで生きていく。

俺がいつも言い合っているスレで最悪な話を聞いた・・・
久しぶりに動悸がする、死ぬほど胸糞悪くなった・・・
読んだ瞬間バクン、という感じになった。
急激に血の気が引いて、本能的に「ヤバイ」みたいな感覚だ。
ありえない・・・
本来性的な事に対し、自発的に興味を持たないような小柄な種類の男の子を搾取した、という腐った内容だった・・
ショタコンのゲス野郎が、自慢みたいに話していて「お前も少年にそういう事してみろ」とか言ってくる。これ以上ない腐りきった糞だ。ゴミ野郎。下種が・・
その下種が、そんな小さな男の子をゲイに変えたと自慢げに話す。
憎しみを表す、それ以上の言葉を知らないから下種と言う以外表現できない・・
「ありえないんだ」と信じたかった事を、覆すような話を聞いて、マジで泣き出したくなる・・・・
俺は「よりによってそんな子が・・」という意識を人一倍強く持っている。
久しぶりだったせいか余計にキツイ・・・
http://www.megabbs.com/cgi-bin/readres.cgi?bo=boylove&vi=1094224449&res=1416&fi=no
ショックだった。
俺があの子に対して、一瞬でも人生全部善しとできるような希望が見えたりしたのだって、たとえ悪戯されてなかったとしても全部が全部幻想で、
現実には、最低のゲス野郎が喜ぶような、そんな奴らにとって都合がいいような、俺にとっての暗い絶望しか、この人生では感じられないし存在しない・・・・・・
他の人間にとっての、夢とか希望とかそういったものが、俺にとっては認めたくない絶望的な物事をカバーするには全然足りない程度の糞だから、薄汚い絶望的な現実しか目に入ってこない。
世の中を「善し」と感じるなんて土台無理。
本当に、そんな現実あってほしくなかった・・・
割に合わない、人生早く終わって欲しい。

少年への同情とは違うけど、俺自身それが厭で厭でたまらなくなる。
色んな意識から逃れたくて、俺が今でも一番求めているのが、「認められないとか納得できない」「最低な出来事」「以前持っていた価値観」について、自分の中で清算ができるようなきっかけだ、と思う。
でも、現実にはそんな清算もなされず、全ておざなりのまま、ただ「次」の何かが自分の中で起こって、それで俺自身が変わっていくだけなんだろうな。だから、最初に受けたショックから1年2年が過ぎた今現在になっても、納得できないままでいる・・
そんな現実に対し、未だに何も受け入れる気がしない。無理だ。
だから、何かに対して希望を感じたりする事を、自分自身に「善し」と認められなくて拒絶する。
でも、自分の意思ではないんだけど、それが少し単純化されてきたように感じられる。
上手く説明して言い表せないけど。

すきバサミがあったので、気分転換も込めて自分で散髪してみる事にした。
自分で髪を切るのは中1以来だ。
長さはともかく、髪の量を3分の1程度まで減らした。
切った分から一箇所に集めているうち、黒い山盛りが出来上がった。
弟に見せてみると「上手く切れてる」との事だった。

午後10時前に目が覚めた。
今朝聞いた話のせいで、寝起きから認めたくない、締め付けられるような気分になってたまらない・・
厭だ・・・・

本当はタイプの男の子の存在を喜びたいのに、そういう子の存在を喜ぶ事自体を拒絶しなくてはいけない、みたいな感じの脅迫観念に憑かれる。
価値観というのかなんというか、今の俺には、タイプの少年の存在を喜ぶ事自体が、悪戯された少年の存在を喜ぶ事と同列に近い酷い事に、切に感じられるようになっている。



2005年01月20日(木)

午前0時30分くらいに目が覚めた。
認めたくないような事が現実に存在しているんだ、という意識がうずまいていて、寝起きから最低な気分になった。

2chの顔晒しスレにリンクされてる画像UP板で、昔好きだった後輩そっくりの男の子(おそらくコテハン)の顔写真がUPされていた。
だいたい20歳前後。自分でUPした画像らしく、今現在ならこんな顔になってるだろうな、といった顔だ。
すでに成人してるっぽいのにカッコ可愛い感じがした。
お肌が凄く綺麗で、偽者じゃない魅力を放っていた。
やっぱ絶対こんな子には釣り合えないなと痛感する。
しょうがないか。こんなにも輝いてる子に、自分みたいな薄汚いショタコン野郎が絡んでいくなんてもっての他だ。
悔しいけど、完全に高嶺の花みたいに感じる。

さっきから読んでいる、「BECK」というやたらテンション上げる漫画の影響か、今は躁だ。

今日は彫刻の補講授業が3.4時限目の時間にあるはずだったのだが、やる気がなくてサボってしまった。親はかなり怒っていた。
午後9時頃に目が覚めた。
厭な気分だ。



2005年01月19日(水)

「今日から俺は!」を最後の38巻まで読破した。
面白かった。中野がクールでカッコよくて、変な意味じゃなく少し惹かれる。
中野は元々は「悪者」として登場したのに、後に主人公達が敵のヤンキー集団と喧嘩になっているところに遭遇した時、
いきなり割って入って手助けをし、敵から「なんだよおめーは。なんなんだ、誰なんだョ。なんか俺達にウラミでもあんのか?」と言われ、
「さあ?知らねーよ。あのバカ(主人公)が怒ってんだ。テメーらが悪ーんだろ。俺に退治させてくれよ」と、悪い方を叩こうとしていて何かシビレた。
そういえば、小学生の頃はこの漫画の影響で少し不良に憧れを持ったりしていた。俺が中学になる頃には、もうリーゼントの不良とかは1人も見る事が無かったけど、小6の時に1度だけ、中3の金髪リーゼントを見た事があるのを思い出した。

↓中野


学校に行ったけど、教室は無人だった。
そういえば、通学途中にも1人も大学生を見かけなかったな、と思った。
学校全体に人気がなかった。
教務課みたいなところで聞いてみる事にした。
「もう普通の授業は終わったよ。後は補講とテストだけ」と言われた。
つまり、それ以外は学校に行かなくても善い、との事だ。
家に帰る事にした。
電車の中で「若いうちはいいけど、年取ったらなぁ(略 携帯で迷惑かけとるやつとか(略」みたいな事を独りでブツブツ喋っているオッサンが居た。
しかも、人に話しているような感じで、だ。
オッサンだからか、余計にキモくて吐き気がした。
周りの人間も引いていた。
こういうのが本当の(心理学通気取りの似非バカが煽り文句に使うのとは違って)精神分裂病とかってやつなんだろうな。
何か事件でも起こさなければいいのだが、とか思って見ていた。
こんなキモイオッサンに事件なんて起こされたら、たまったもんじゃない。
降りる駅に着き、近くの本屋で「サイチョコ」という4コマ漫画を買った。
その後で、少し南に行った場所の古本屋に入った。
「ドラクエ�次廚�中古で6400円くらいで売られていた。今日は財布に10000円以上入れていたので、買おうかどうか少し迷った。
でも「気が向いたらしようかな」くらいのやる気しかないし、どうせ発売日は過ぎているのに中古で6400円は高すぎる。もっと安くなってから買おうという事で、ドラクエ買うのは辞めにした。
でも、せっかくのお年玉を全てタバコとかに使ってしまうのもしのびない。
別の機会に、安いゲームソフトでも買う事にしようかな。
マガジンも今週号は全て読み終わった。
2chスレじゃボロクソに書かれているが、「神to戦国生徒会」の椋鳥かおる君が可愛すぎる。タイプ過ぎてツボにハマる。
しかも、上半身裸だし・・・
昨日から一睡もしていないので、とても眠い。



2005年01月18日(火)

とりあえず午前5時46分まで起きてみた。
これで10年目も終わりだ。
昨日は学校で1.2時間眠っただけなので、とても眠い。
さらに、その前日は徹夜だ。
現在午前5時50分。そろそろ眠ろう。
今日の授業は午後からだ。
5時46分になるまで、家に帰ってからずっと、この前出てきた「今日から俺は!」を読みふけっていた。
途中、色々な事に対して嫌に感じたり、自分に対して認められるものがない事がキツくなったり、不快感に憑かれていた。

午後7時半頃に目が覚めた。
寝不足だったせいか、13時間は寝てたと思う。
学校にも行かなかった。

未成年の少年が、オッサンに対して酷い、というのはよくある事だし結構普通だ。
因縁つけて絡んで行ったり、うさ晴らしにボコったり。
オッサンが、未成年の少年に対して酷い、なんてのはありえない。
ジジイの方が少年に対して卑怯だなんて、もう本当に救いようがなく腐ってる。
ドロドロした絶望感みたいなものが感じられる。ありえない。
ジジイが少年の弱みを握り脅迫、悪戯、搾取なんて絶対にあって善いわけがない。糞だ。信じたくない。



2005年01月17日(月)

名称 平成7年(1995年)兵庫県南部地震
発生日時 平成7年1月17日(火)5時46分
震源 兵庫県淡路島北部
北緯 34度36分
東経 135度02分
震源の深さ 約16キロメートル
規模 マグニチュード7.2(平成13年4月23日気象庁が7.3と訂正)

さっき気づいたが、もう震災から10年だ。
今日が10年目。
日付が変わったのに、すっかり忘れて漫画を読みふけってしまっていた。
10年も前の事なんだ、という実感がなく、割と最近の事にも感じられる。
というか、10年も前の事を鮮明に覚えていられる年齢、というのがその時期からは想像もつかなかったな。
えべっさんの呪いで大震災が起きたりしたのだろうか、とか当時から考えていた。
自分の人生振り返っても、俺は地震があったところで人生が2つに区切られてるような意識を持っている。
まず環境が変わったからだな。
それまで育った場所を離れて大阪に行き、1年ほどでまた神戸に戻ってきたら、回りの状況も変わっていて、と。
小学校卒業の区切りの部分が消失した感じで、段階踏んで歳をとった気がしない。
考えてみると、大阪で野球に興味を持つようになり、神戸に戻って野球部に入り、そして部活の後輩(同姓)を好きになった。
震災がなければ、俺もショタコンになってなかったかもしれないな。
それなら、地震さえ起きなければどんな人生送ってたんだろうな。
想像もつかない。
現在午前3時44分。
もうすぐ10年。
せっかくだから、5時46分まで起きていようか。
未だに訳の分からない焦燥感が取れなくて落ち着かない・・
ストレス溜まりまくった時のような、麻痺して鈍るような感じがする。
10年経ったから、祟りで寿命が迫ってるのかな、とかアホな事を考えてしまう。

5時46分になり、テレビをつけると、色々な局で震災関連の取材が流されていた。祟りは無かった。

今、自分の人間性について考えていて、1つ分かった事がある。
俺は自分が犯罪でもしない限り、何をしても謝って見せれば済ませられるという意識があると思う。何かをしでかしたとしても、謝る時は謝る時で「これでチャラにできるんだ」程度の軽い気持ちしか持っていない。
俺の謝罪には本物としての価値みたいなモノはいっさい無い。意識の低下。
だから、「何をしても絶対許してもらえない」くらいで、バランスとしては丁度良いのかもしれないな。
もっとも、心から反省してる奴だとしても、謝られる立場に居るのがタイプの少年だったとしたら、何一つ許す必要なんてないけどな。
現在午前7時28分。
今日は学校だ。眠れなかった。

世の中には、好きなものを求める事が"正しい"とか"善い"みたいな価値観が氾濫してる。腐ってる。
ショタコン野郎がそれらを都合よく利用して増徴する。
醜い自分を詭弁で飾る、自己美化親父を見るたび胸糞悪くて吐き気がする。俺が自分自身に否定している事だから尚更だ。虫唾が走る。
ストレスだ。
ショタコンジジイとかを絡めて考えてるうち、自分自身に認められるものが、どんどん無くなっていくのがキツイ。甘えた奴も許せない。
甘えた考えが社会的に"善し"とされているのも許せない・・

学校は1時限目からだったけど、授業に出たのは2時限目からだった。
今日が俺の、冬休み明け初登校だ。
昼休みになり、1階のロビーのような場所で「阪神淡路大震災 追悼献花式」というのがあったので見に行った。
3時限目は授業がなかったので、空き教室で眠る事にした。
4時限目の終わりまでぶっ通して眠ってしまった。
学校に居る間、何だか凄く苦しかった。
欲求不満っぽいのか、下腹部の内側辺りが嫌な感じで、心的な圧迫感もあり、感覚だけの欝だろうか。
学校に拘束されてて、叫びだす事も出来なかったので、どんどん色んなモノが蓄積されていってキツくなっていったのだと思う。
5時限目の授業は人間関係論だったけど、今日はテストだった。
教科書を忘れていたので、俺は授業についての感想の部分にしか記入する事が出来なかった。
帰りにたこ焼きを買って帰り、家に帰ってから全て食べた。
で、今現在家に居るけど、まだ苦しさが取れない。



2005年01月16日(日)

適当に2chなどを見ていて、イジメに関するスレに行き当たった。
そのスレの中に、ある男子校に通う小柄な男の子が受けたイジメが書かれていた。
安全ピンを皮膚にいくつも突き刺されてて、そのまま肉ごと引き千切られた、とか。
上半身裸にされて、ストーブに体を押し付けられて肉が焼きただれたとか。
何だろうな、一般的に直接性的表現に繋がらないせいか、具体的な内容を書き綴る事に抵抗が少ない。
一般的じゃないので、抵抗が少なくなるのも、俺の中にある卑怯な誤魔化し感情のせいだろうな、と思う。
「陵辱」を「悪戯」と言ったり、「欲情」を「萌え」と言ったり、「買春」を「援助交際」という言葉で軽いモノに見せ掛けようとする、ショタコン親父の卑怯な心理だ。自分の今の発言が、何だかそれにかぶって見えた。
胸糞悪い、汚い部分が残っている。
話がわき道に逸れた。
俺がマクドで好きだった男の子が男子校で、学校のストーブで背中の肉を焼いてしまって肉ごと剥がれた、みたいな事を言っていたのを思い出した。
その子がイジメに合ってたかどうかまでは知らないけど、何だか今日見たスレと酷似している。
「もしかして、あの子の事なんじゃ・・・」と思った。
「厭だな・・」と感じる一方、イジメ内容は陵辱じゃないけど、どこかで萌えてしまってもいた。
厭だと感じる感情が、自分の持ってる欲望より強い、という今までのバランスが崩れていくのが感じられる。
下腹部の内側が疼くみたいな感じになって、いくら処理しても拭いきれない。内側を直接タオルか何かでゴシゴシこすってやりたいような、ムズムズして気持ちの悪い感覚だ。
最近ずっと、欲求を感じても全て惰性みたいな感じだったのに、惰性じゃない今のこれは欲求不満の感覚だろうか。
こんな感覚になる事は、もう何ヶ月もなかったのにな。
その感覚が、精神的圧迫感に繋がっていくのが感じられる。
俺の欲求の本質は、少年の恥辱ではなく痛みであって、それが直接的に意識されてしまったので、それまでソフトなつもりで誤魔化し擬似化され意識の奥底に押さえ込まれていた欲求が、その話で刺激されて本質的な嗜好として蘇ってきた、とか、そんな感じなのかもしれない。
少し自己分析。
文章変だ。上手く言葉でまとめられない。
肌を痛めつける。裸を傷つける。肉を汚す。
ダメージ、影響を与える、とか。
「厭だ」という意識とは別の感情で、今全然落ち着かない。
その"落ち着かない"が不快感。

道徳的に「悪い事だ」と分かっているから、嗜好が誤魔化されてソフトになっても、それはむしろ「善し」にできる。
それなのに、『むず痒くて落ち着かない』が付きまとう。気持ち悪い。
こんな事、本当に何ヶ月もなかった。
性癖の事で悩んでた時はしょっちゅうっぽかったけど、少なくとも半年以上はなかったと思う。
そういえば、あまりに不快感が酷いので、どっかで去勢とか考えてたな。
精神性で無事とか保護とか、欲望とは別の事を強く望むようになってから、この感覚が無くなるようになったと思う。

午後7時頃に目が覚めた。
寝起きからなんかキツイ。
興奮したりする時点で「嫌だ」と思えているのかどうか、となるけど、
タイプの少年が、そんな少年以外の奴から色んな目に合わされている現実が厭で厭でたまらない。
いくら考え続けても、何年悩み続けても、その現実から逃れる事はできない。
腐った現実は存在し続ける。起きた事実も変えられない。
人生糞だ・・・・

大河ドラマ「義経」を途中から観た。
脚本がコメディ作家の三谷幸喜じゃないからか、同じ大河なのに雰囲気が全然違う。多分こっちが本来大河が持ってる雰囲気なんだろうな。
主役の男の子が可愛かった。
先週第一回目の放送を観忘れていたので、このドラマはちゃんと最後までまともには観ないと思う。
個人的なイメージだけど、昔の人間はどこか達観した価値観を持って、物事を悟っている、という印象があった。
現代になっても残り続ける、昔ながらの風景などが映し出されたりすると、何となくそんな印象を受けたりする。
でも、実際は歴史があるってだけの場所で、その当時の人間達は人間達で、何も捉えきれてなかったりするんだろうな、とか思う。
現代人が演じているのもあるせいか、全体的な青さ(若さ、年齢どうこうじゃなく)が伺えたりするからだ。
じゃあ、何でそんな印象を受けたりするのだろう。
多分、大昔に死んだ人間達の魂は残り続け、現代にかけて物事を考え続けてきた時間が1000年とか、そんなイメージの所為かもしれない。

1つの意識で存在し続けられる期間は無限。
転生するとリカバリされたみたいに空白になる。
空白にしない限り終わらない。
それを知った上で、存在し続ける事の無意味さ、絶望感を受け続ける。
どうせ全てチャラになるんだ、とか。
空白にすれば、そんな事も記憶から消え去り、意識しなくて済むようになる。
頑張って転生するよう努力する。
生まれる。
死ぬ。
無意味さが意識されて転生。生まれる。死ぬ。
グルグルグルグル
こんな感じだろうか。>死後の意識
記憶がなくなり、自分じゃなくなるような錯覚だけを求め続ける。
でも、意識は存在し続けるので無意味。
生きてれば生きてるで、腐った現実で欝になる。逃げ場なし。

なんか、精神ぶっ壊れそう。
訳の分からない焦燥感が憑きまとう。



2005年01月15日(土)

どうでもいいような他人にどれだけボロクソに罵られようが、
過去の自分の日記や書き込みを読み返したりする方がよっぽどこたえる。
自分がどういう人間なのか、思い知った。

今日も朝まで起きてしまった。
現在午前7時38分。
冬休みも明けたのに、昼夜逆転から抜け出せない。
今日はずっと、そわそわ感が取れなかった。
落ち着かない。

今日は午後4時前に目が覚めた。
「名探偵コナン」の47.48巻を買ってきた。



2005年01月14日(金)

明日学校に行ってみるので、久しぶりに風呂に入った。
誕生日前から入ってなかったので、大体2ヶ月ぶりくらいか。
「21歳の汚れを22歳まで、2005年まで持って行きたい」みたいな変なこだわり意識もあったと思う。
毛深い癖に皮膚が弱くて、風呂とか入ると全身の毛穴がピリピリしてきて結構キツい。
油か何かでボサボサに固まっていた髪が、サラサラのヘルメット頭になってしまって違和感を覚える。
コンビニに行く途中、走っているとシャリシャリいってる。
さっき親戚からお年玉「1万円」が届いた。
今年貰えたのは計4万。
そのうち1万5000はタバコやら漫画やらに使ったから、残り2万5000円。
結構余裕があるので、久しぶりにゲームでも買おうかな。
ドラマ「H2」を観た。
原作が好きで、中1の頃から集めだして漫画は全巻持っている。
俺が中学で野球部に入りたくなったのも、この漫画が影響している。
他はイチローと、コナンの作者の「4番サード」
ドラマはあまり面白くなかった。漫画の雰囲気が出ていない。
主人公の山田君が、すでに大人であるのに15歳の役を演じているのも違和感があった。
でも、主人公の設定が「中学時代は凄く小さいチビ少年」で、ショタコンとしての俺のタイプの少年に属するのだが、
主人公を演じる役者の山田君自身も、昔はそれに当てはまる少年だった。
今書いた日記の文章、読み返して見るとなんだか和んだ様子に見える。
実際、それほど楽しい気分は沸いてきてない。
出来事だけをまとめると、楽観的な文章になったりするのだろうか。

俺の部屋は国道沿いで、さっき外でドンッという音がした。
それから10数分すると、今度はやたら無線の声が聞こえてくる。
外を見てみると、パトカー、消防車、救急車、見える範囲だけでも計11台。
警察とかが写真を撮ってた。
下に降りて見たわけじゃないけど、こんなに大騒ぎっぽくなってる事故は今までなかった。どんな風になってるのだろう。

今日は午後6時頃に目が覚めた。
12時くらいに何度も何度も起こされたのだが、そのまま眠り続けてしまった。
今日は学校に行くつもりだったのにサボってしまった。

色々考えたりしていると、ショタコン板の俺が書き込みしてるスレに、以前2chで俺が相談していたスレが貼られていた。
久しぶりに最初から最後までザッと読み返した。
もう、ゴチャゴチャしてきて気持ち悪い・・
昔の心境とかを考えていると、頭痛までしてきた。
毒気にやられた感じがする。
今日学校をサボった事につていも少し考えていて、収集付かなくなっている。頭の中「あ゙〜〜〜〜」みたいな感じだ。



2005年01月13日(木)

息苦しい・・・

最近、今までに聞いた酷い話を思い起こしてキツくなる事があるだろうか、と考えた。最近殆ど無くなっている。=重くできていない。
=大事に思えていない。
仮に、条件揃って悪戯されてない少年と関わる事になったとしても、今の俺はその子を大事に思っていく自信もない。
酷い話に欝になってた頃と比べてみると、なんだか凄く軽はずみだ。
タイプの少年に対し、特別感さえ持てなくなってる。
何も大事に思えない、そんな自分自身になんの価値も見えない。むしろ、マイナス要素ばかり見えてくる。
こんな人間が、本当に年下の男の子に好きになられた事があるのだろうか、と信じられなくなっていく。実感が沸かない。
そういえば、今の自分(感覚色々)はその頃の自分とは全然違う人間なんだな、と考えた。
関連ありそうで別な話。
一方で、あの子がショタコンの自分を求めてきたのも、中年親父に誘われて、魔が刺してついていったのと同じような心理だろうな、と感じられる。
女にも恋愛感情持つ、みたいな事も言ってたし。
今頃あの子は何かの縁で彼女を作り、その彼女に対する感情に目覚め「そういえば、自分は男を好きになってた時期もあったんだな。信じられない」みたいになってそうだなと、白昼夢っぽい感じでそんな様子が浮かんできた。
しょうがない、みたいな感じであまり苦痛に感じなかった。
それでも、以前の俺だったら、たとえ相手が女だろうが「あの子が汚されてしまう」みたいに感じて欝になったりしたんだろうな。そう感じなくなってしまい、なんだかとても軽薄なんだな。
それでも、どのみち男に汚されるよりは数倍マシだな。納得はしないけど。
そうやって、せっかく向こうから自分の事を好きになってくれたのに、どんどんあの子との「縁」みたいなものが擦り切れていったりするんだろうなと、それが寂しく感じたりする。どう考えようが、そういう目に合わされてる以上受け入れるわけにはいかないんだ、という大前提は変えられないけど・・
だから、それが寂しく感じられる事自体が間違っている、と考えるべき。
そういえば、白昼夢みたいな感じになるのも、最近じゃ珍しいな。
常に何かにさえぎられている。

俺がクーデタークラブという漫画の主人公っぽい少年になっていた。
内容はサバイバルっぽい感じだ。
ある駅のホームにある小窓から、緑色の丘が見える。
小窓を出て、その少年(俺)が草原の方に向かっていく。
駅からじゃ見えないが、丘の奥の方は戦場になっていて、それぞれ武器が支給される。敵は兵隊とかヤンキーとかだ。
2つのコースを選ぶ事が出来る。
一つはいくら敵を倒してもポイントは得られないけど、敵からどんなダメージをくらっても「ゲームオーバー」みたいな感じで痛みも何も感じない。出発点に戻るだけ。
もう一つは、敵を倒すごとにポイントが溜まっていく(リアルに影響もたらせる、ポイントによる特典効果みたいなものがあったけど、忘れた)けど、敵に撃たれる痛みは感じるし、普通に死ぬ。ゲームガード?みたいな感じで保護されない。
でも、ガードのない方のコースである程度のポイントを貯めないと帰れない、みたいな感じだったと思う。漫画「ガンツ」の影響もあるのだろう。
まず、1つ目のゲームガードがかかったコースで進んでいく。
痛みも何も恐れないので、簡単に1000ポイント分の敵を倒す事が出来た。
2回目は保護のないコースで進む。舞台は丘じゃなくて、コンクリートの地下室みたいな倉庫みたいな、そんな感じの場所だった。
ここで、俺が同化していたクーデタークラブの主人公っぽい少年と意識が分離してしまう。俺は上から見下ろす視点だけの存在になった。
少年は、今度は命に関わるパターンだからか身がすくんで動けない。
少年の隣には、もう1人のチャレンジャーなのか女が居た。
歳は変わらないみたいだけど、少年は女よりも体が小さい。
さっき虐殺したゴリラみたいなヤンキー2人が現れる。
今度はヤンキーの方が余裕を持ってる。
復讐のつもりなのか、そいつらは卑しい笑みを浮かべている。。
少年と女は全裸にされて、ドロドロ状態のセメントを体中に塗りたくられる。少年は嫌がっている。陵辱だ。
多分女は引き立て役だ。
女より小さい少年が汚されているという意識が出てきて、俺はそれに欲情していた。
そんな色夢を見た。
午後1時過ぎになって目が覚めた。
欲求も強かったせいか、あまり自己嫌悪に陥らなかった。
欲求の方に先に神経が注がれていて、そのまま夢をオカズに自慰をした。
相変わらず、俺の嗜好は「少年が汚されて嫌がること」に留まっている。
愛情なんて微塵も含まれていない、全然関係のないものだ。

弟の部屋で、ダンボール詰めになった「今日から俺は!!」全巻が見つかった。少し読みふけった。
今のマンションに引っ越してきて以来、一度もお目にかかった事がなかった漫画だ。
約3.4年ぶり。
この作者のギャグが好きだ。
個人的には中野びいき。

2chのショタコン被害者が相談してるスレで、少しレスをつけてきた。
何か、被害者としてどう思っていくのが可哀相じゃないのか、みたいな感じの内容だけど、
加害者についてじゃなく、被害者についてなので、今回自分が正しいのかどうかの自信はあまりない。
被害少年やショタコンについて書いていると、他の名無しから「被害少年はナイフで脅されてそうなったんだ」と聞かされた。生々しい。
少しショックだった。内面薄くて、あくまで「少し」でしかないけれど。
昔と比べて、そんな話で意見をつける自分の態度が冷静だ。
冷静に意見を送るぶんには、被害者に迷惑かける事にはならないだろうと思えるんだけど、そんな酷い状況に対して冷静な自分が凄く不謹慎に思えたりもする。
納得できない。
内容自体、納得して良いような話じゃ決してないけど。



2005年01月12日(水)

なんかもう疲れる・・
ショタコン板で、言い訳して逃げられるの分かってるのに、長文書いて理屈も混ぜて否定して。
俺がショタコン否定する事に対し、「ただの憂さ晴らしだろ」とよく言われるが、楽しい訳ない。
晴らすどころか、書き込みに行く度毎回強いストレスを溜め込んでいる。
色んな感情で、いつも気分が悪くなる。
また逃げられて野次られて、色んな事を証明するために労力使って長文書いて。憎さやストレス、頭ん中もボヤボヤになってうんざりする。
でも、ショタコン板に足踏み入れて、それを苦痛に感じてる事は自分自身誇ってもいいのかな、とか考える。
昔みたいに不謹慎に高揚したりワクワクしたりしないから。
もっとも、俺が見てるスレなんて、殆ど言い合いしてるスレだけだけど。

今日は午後4時頃に目が覚めた。
以前はよく、現実逃避みたいな感じで、色々楽しい事を思い浮かべて妄想に浸ったりしていた。楽しい夢を見たら、その余韻に浸ったり。
今はそういう事も殆ど出来なくなってしまっている。
楽しそうな事を思い浮かべようとしても、自分でそれを打ち消してしまう。
何かを妄想して楽しむ事さえ、不謹慎に感じられて厭になる・・
俺の今までの人生で一番の和みってのが「現実逃避で嬉しい妄想、楽しい空想に浸る」みたいな感じだったんだけどな。
自分の今現在の状態に息が詰まる。

「名探偵コナン 銀翼の奇術師」が落ちたので観た。
面白かった。最近、MXで「BECK」という漫画を集めていて、それも読んだ。
あとは、ショタコンスレで長文書いたやり取りをしていた。
疲れる。頭の中がボヤボヤになって、自分の事で考える気力を奪われる。



2005年01月11日(火)

今日は午前11時頃に目が覚めた。
漠然とした強いストレスを感じる。

今の俺は、どんな感覚も感情も厭なんだと思う。
自分で何一つ認めてないし、どんな感情受ける事も納得しない。
素直に喜ぶ事さえ認める事ができなくなってる。
だから、嬉しい気分になったとしても、嫌な気分になったとしても、どちらも変わらず「厭」なのだ。

午後5時頃になって、西宮えびすに行ってきた。
ここが本場らしい。
屋台で300円のたこ焼きと500円のたこ焼きがあった。
どちらにするのか聞かれたので300円の方を選んだ。
何故かしょう油味だった。ソースだと思っていたので、少し気持ち悪かった。300円の方にしといて良かった。
去年のえびす祭りで買ったジャンボたこ焼きも、あまり美味しくなかった。
他に、牛〜串焼(名前ちゃんと記憶できなかった)とかいった肉も食べた。最後にたい焼き。全部焼きだな。
お参りする時の賽銭は100円にした。本来10円なのだが、この神社は他の神社と効き目が違う。
阪神大震災だって、このえびす神社による祟りなのだと今でも思う。
自分にとってはいわく憑きの神社だ。もう、あれから10年か。あまり昔だという気がしない。
3個4個願掛けをした。いざ願掛けしようと思うと、頭の中がゴチャゴチャになって、ちゃんと芯から願いを掛けれた気になれない。
願掛けしている最中、後ろから投げ込まれた賽銭が頭に当たった。
隣のオッサンがブツブツ念仏を唱えだしたのがうざかった。
おみくじを引いた。
「末吉」だったけど内容は良かった。
「願い事 叶う」「待ち人 遅いけど来る」みたいな。
自分的には一番良い結果だと思う。
心も整理されてないまま、何が叶っても意味がないから。
神社を出る時、10歳くらいの可愛い男の子を見かけた。
金髪だったけど、凄く映える。若いっていいな、大人になって頭染めてる奴とか多いけど見てて汚い。
帰り道、中高生くらいの集団の中に1人、タイプの可愛い男の子が居るのを見かけた。リアルでそんな少年を見かけたのも久しぶりだ。
声も高くて可愛かった。
何だか心が掻き乱される。
しばらくすると、感動どころか段々気分が沈んできた。
これはもう性格的な問題なんだ、と考えた。
俺には生きる活力というか気力というか、そういったものがまるでない。覇気がない。何があってもすぐ沈む。
何かを感じるのもめんどうで、全てを無価値にしたいんだ、みたいな潜在意識が感じられた。
恋愛についてもこんな風に感じてしまう訳だから、元から人生楽しめるようには出来てないんだ、と思う。
憂鬱だった。

ショタコン板で、今回俺に言い負かされた腐ったジジイが言い訳かまして逃げ出した。
逃げる理由を俺のせいにしているところがまた姑息だ。
親父の癖に情けない卑怯者の典型。
ジジイの言い訳レス
俺より歳食ってる癖、底が知れたゲスばっかだな。
本当、ゴミみたいな奴しかいない。世の中腐ってる。



2005年01月10日(月)

「のぞき屋」の6.7巻辺りまで読む進めていく頃になると、気分的にもかなりヤバクなっていた。
胸が押し付けられているようなそんな感覚でゼェゼェいってる。
身勝手で自分の欲に都合の良い理屈を押し付けられているようで、登場人物達がそんな理屈を「善し」としているのが、たまらなく胸糞悪い。
なんか、胃に来る。
今までは、ショタコン以外の人間の持ってる欲や理屈に対してなら「少年に影響及ぼすものじゃないから関係ない」みたいに割り切れている感じだったのに、何だか見境なくなった感じだ。かなりキツイ・・・
読んでる間、何度「死ね!」と言ったか分からない。

俺はこの人生で幸せとかそういったものは何も得る事はできないんだろうな、とか考えてしまう。
満たせないとか得られないとかで不満を持つ事は、もうだいぶ前から自分の中で「考えてはいけない事だ」、とタブーみたいになってるのにな。
不謹慎だ、とか。
ショタコンなんだから、むしろ何も得ない事を誇るべきだ、とか。
求められない事について不満が出てくるのも、嫌になる・・
それでも、つい考えてしまう。
それを考えてしまうと、自己否定に繋がってしまう。
ショタコンが満たされる事を俺自身が肯定するのも、ショタコンが肯定するのも許せない。それを少年が認めてしまうのも絶対嫌だ。
普段からショタコンという人種そのものを嫌悪してるだけ、こんな不満が出てくると自己嫌悪も強くなる。

「莫逆家族」の11巻を買ってきた。最終巻だ。
せめて、満たされなくても得られなくてもいいから、納得して気分を晴らせるような楽になれる条件が欲しい。
それが、欝でキツかった頃から今現在にかけて、常に共通して求めてるものだ。

今日は午後3時頃に目が覚めた。
頭の中がゴチャゴチャドロドロしすぎている今の状態が嫌だ。気持ち悪い。
昔みたいに、自分の中で納得できるような物事が一つもなくなったから、何も信じる価値観とかが生まれてこない。

ショタコン板で俺がいつもショタコン否定してるスレを見た。
気分が悪くなって、どうせ人生糞しかいなくて希望ないんだみたいに自棄な感じで怨霊憑依を読んでみた。
今のところ何もない。
それから、あまり怖くないスレだが1つ立てた。
ストレスとか嫌気とか、色んな事で息苦しい。
締め付けられるようなゼェゼェ言う感じになる。

こういう画像で免疫を作ろう。



2005年01月09日(日)

嫌な場所を「見ない」というのがプレッシャーに感じる。
見たら見たで「次の書き込みは」と気になって、その連鎖から抜け出せなくなる。
なんかキツイ。
道徳、について少しだけ考えた。
道徳自体の内容じゃなく、それに関するあれやこれ。
あくまで自分自身を振り返って言うなら、子供の持つ道徳観念というのは薄っぺらだ。
「何で〜なのだろう」みたいな、内容が伴わず「ただそう決まっているからそうなんだ」と。
10代になると、そんな道徳というものに疑問を持ち始める。
「誰かが決めたからって、自分には関係ない」とか。
内容の伴わない道徳を信仰してきたなら、そんな道徳との葛藤みたいな風になっていく。
20歳になるかならないかあたりになると、それぞれの道徳や法に対し、自分の中で「こうこうこういう訳でこういう事をしてはいけないのだ」と自分自身で感じるものになぞらえて、それらを納得していくようになる。
単位制高校だったけど、俺は哲学の授業を取っていた。
「人間は幸せを追求しなければ〜」といった生き方に対し、自分の考えを書きなさいみたいな問題があった。
「法や道徳に背かない範囲内での楽しみや幸福を追求していくべき」みたいな事を書いたと思う。評価は最大の「5」だった。
当時の俺は、自分自身の出した答えに対し強い怒りや人生に対する諦めのようなものを感じていた。
でも、22歳になった今現在になると「やっぱりそれが正しいし、そうしなくてはいけないんだ」と、ちゃんと自分で感じるようになった。
ショタコン親父に多いのだが、「何で道徳がそうだからって自分もそうしなくちゃいけないんだ?だったら俺はどうすればいいんだ」とか、独りよがりにラリってる糞親父をよく見かける。
「そんな道徳なんて糞くらえだ」と、若いロックシンガーの社会への反発を気取った糞親父。
「道徳を無視する自分。そんな反社会的な社会への反発に対し、大衆は同情的に賛同してくれるものなんだ」とでも思ってラリってるのか。
いい年こいて「何でそれをしてはいけないのか」の道徳を理解しようともせず、なお「理解できない道徳だから〜」と自分の薄汚い欲望に都合の良い屁理屈をでっちあげる。
俺から言わせれば「いい年こいて、大人の癖にてめえはただ自分の情けない醜態晒してるだけだろうが」と呆れ果てる。
対象になるのが未成年の少年なだけに、呆れだけに留まらない。
強い怒り、軽蔑、憎悪。
自分が10代でまだ性癖で悩んでいた時、自分の性癖を認めようとしない社会を憎く感じた。幼稚な表現をするなら、社会は自分の敵だった。
道徳を納得し、少年が搾取される事が耐えられなくなった現在、ショタコンによる犯罪を黙認、軽視する社会が憎い。
俺が犯罪に神経質になって、そういった奴らを罵ったりしようものなら、輪や協調性を重要視する社会はこぞって俺を異常者扱いして叩き始める。
どっちに転ぼうと、やっぱり世間や社会は敵に見える。
人間が憎い。
俺の今現在の人間性は反社会的なものとはかけ離れてる。
なのに、俺の目に映るものは犯罪抑止や不謹慎否定よりも協調性を重視するような人間ばかりだ。

ちゃんと自分で社会的にも正しいと感じる事を主張してるのに、誰も何も理解しない。
俺が満たせない事で悩んでた時、散々否定してきたような周囲の奴らが、俺が搾取を否定する事を否定してくる。
糞だ。
奴らは搾取を肯定、軽視する。
人間や人生が糞に思える。
どういう風に考えたところで、何も理解されないし、何ひとつ満足できない。
ストレスやプレッシャー、怒りや不安感で心に強い負荷がかかると、よく「壊れる」という表現を使う。ショタコンの俺の場合どうなるんだろう。
限度を超えてプッツンきたら、少年に対してまで反社会的な最低の奴になってしまったりするのだろうか。
疲労や痛みが蓄積されると死ねるのに、ストレスじゃいくら蓄積されても死ぬ事が出来ない。せいぜい自殺に走るだけとか、結局痛みに頼る事になる。
ある程度限界点まで心に負荷がかかったら、そのまま意識消滅、みたいになれたらいいのにな。

汚い性欲目的の癖、「人を愛する事が罪ならば」と、自己陶酔むんむんで同情を買おうとする糞親父がいる。
可哀相どころか最低だ。そんな汚い欲望が満たされて善いわけなんて絶対ない。ショタコンなんかに同情の余地は皆無だ。
これは、自分自身もショタコンである俺が言っているのだから絶対。
むしろ、そんな最低な奴に対し、未成年である少年が同情的になってしまう事の方が何百倍も可哀相な事だと思う。
それが悪戯された少年だったらなお更悲惨だ。
「その人」とかって風に、少年がショタコン野郎を人扱いしてるだけで嫌だ。

今日は午後12時ちょうどになって目が覚めた。
自分を美化してはばからないショタコンに対し反発レスをつけてきた。
書き込み2時間後、気分も落ち着いてきたので冷静になって読み返してみても、「我ながら的を得た事言えてるな」と感じた。
ショタコン否定

ここ1週間ほど、昼夜問わず同じサントラばかり聴いている。
気分は軽くしてくれるけど、いい加減音楽聴くのも疲れてくる。
サントラ
今日は「新のぞき屋」全11巻詰め合わせが落ちたので、ずっとそれを読んでいた。3分の1くらい読んだと思う。目が疲れた。
人間の唾とか色々、体液が協調されてて少し気持ち悪くなってきた。
人間が気持ち悪い。
そういえば、殺し屋1もそんなだったな。同じ作者だし。
ゴキブリに話が少し好きな類だったが、それでも萌えるほどじゃなかった。
人間の求めるものが、セックスセックスセックスで、本当に糞くだらない。
よく「心の平安」といった言葉を耳にするが、本当にそういうものが欲しくなる。
生きてて一番マシだと思える状態が「惰性」だ。
この感覚も嫌いなのだが、ストレス感じてるよりはマシなのかなと考える。
社会や人生、人間に対し、糞くだらなさを感じてデ〜っとなってるか、特別に思えて高揚させてくれる存在を感じて絶望してるかのどっちかだもんな。
平安が欲しい。「惰性」が平安なのだとしたら、もう本当に人生糞だ。
高揚しすぎるのも気持ち悪い。
絶望してキツくなってるのも嫌だし、ゲス野郎の人間性感じてストレス受けるのも嫌になる。
本当、全部糞に思える。
あかん、頭働かん。
何時間もぶっ通して漫画ばかり読んでるせいだ。



2005年01月08日(土)

はぁ、、もう疲れた・・
沈んだり戻ったり沈んだり戻ったり沈んだり戻ったり・・
何かを感じたり、感じるのがしんどかったり、また色々考えたり、
自分の内面に神経質になったり。
嫌な話聞きそうなプレッシャーかかったり、それなのに気になって覗かずにいられなかったり・・
しんどい。疲れた。げんなりする・・・
何かを感じるのも嫌になる。嫌だ。

凄い気分悪い、発狂しそう・・・
ショタコンの癖に・・・・
胸糞わりぃ、、
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああfjkだjfぢあおj下ウィ青jdふぃ青jdf歳オjf台をjどぁイオjfダイオfdjがイオfdじゃウィオfdじゃイオgfjだいおghらえいおらひおくぁじだfだあfdsあもう嫌だ・・
キレそうだ!叫び出しそう、泣き出したい・・・

今日は午後14時半頃に目が覚めた。
気分が悪い。
また、嫌な事を聞いてしまった。

「ガンツ」という漫画を描いてる作者の作品で、「変」という漫画の9巻を途中まで落とした。
90年代の漫画で、内容は可愛い男の子(同性愛じゃない)に主人公のリーゼントの男が恋をして、男の子の方が迷惑するといったラブコメだ。
自分としては複雑だ。
嫉妬心強いし、独占欲強いしで、リーゼント男に共感する反面そいつの事が嫌になる。
主人公を応援したい気なんてサラサラないし、でも自分も可愛い男の子を求めているので、、、とか、微妙な感覚になる。
でも、こういうのを読んでいると自分も年下の男の子と付き合いたくなってくる。想像すると「うわぁ・・」と、ワクワクした感じで高揚してしまう。
絶対に手の届かない存在。
付き合いたいとか望む事自体不謹慎に感じられたりもする。
誰かと付き合った事なんかは1度もないし、付き合わないのが今までの普通だったしで、誰かと付き合う自分というのがイメージできない。ありえない。
自分が歳を取れば歳を取るほど、関わる少年が汚される率が増してしまうんだろうな、という焦りみたいな感情もあり。
それ以前に釣り合わないか。
いくら求めたくても、求めて善い条件が0だ・・
まぁ、諦めるのが健全か。
当たり前だ。
絶対に届かないし誰も手出しできないから、自分の中でその価値が絶大、素晴らしい生き物になっていく。
人間なのにそんな風に価値が見えるってのが、俺にとっては凄い事だ。
今感じられている「タイプの少年の存在感」、に浸りたいので、今日はショタコン板も相談板も見ない事にしよう。
今の感覚を持っている時、少年に関してだけは、いくら浸っても浸りきれないみたいな感じで、虚しくなる事が全然ない。



2005年01月07日(金)

今日は午後8時半頃に目が覚めた。
寝起きから少し欝っぽい。

昨日見た夢は、少年への悪戯にうちの親も関与していたという胸糞悪い内容だった。
今日見た夢は、弟の手や足がヤクザか何かの担保にかけられるといった話だった。
〜十万払えば腕を取るのは勘弁してやるとか、手足それぞれに値段が付けられてしまっていて、それを防ぐためなのか俺まで弟と一緒にレストランでバイトしている感じだった。

掲示板でグロ画像を数枚見た。
犠牲になっているのはどうでもいいようなオッサンだったりオバハンだったり。
以前の自分はこういうのに萌えてたんだろうか、何かピンとこなかった。
今の自分の嗜好は、少年に対する、レイプを含めた相手の人格を否定するような暴力だと思う。
実行するわけないけど。
こんな相手を傷つけるような性癖なのに、「道徳観念においてはこのスレ(俺が相談しているスレ)の中で一番まともだ」とか言われる。
全然関係ないけど、数ヶ月ぶりで久しぶりにスレを立てたのでリンクしとく。
『いわく憑きの話を検証スレ』

もう、心が疲れ果ててる。
疲労困憊、

金八スペシャルを観た。
しゅうが健気で可哀相だった。
どんどん救いのない話になっていく。
生徒役でマサト君という小さい男の子が出てくる。
最近不細工に見えてしまう事が多い。
でも、タイプはタイプなので、普通の美少年が傷つけられるよりああいう小さい子が傷つけられる事の方がキツかったりする。
そういえば、マクドの後輩もあんな感じだったかもしれない。
小さい子は質が綺麗だ、と思う。



2005年01月06日(木)

今日は午前8時頃に目が覚めた。
コナンの47巻を買いに本屋に行ったのだが売ってなかった。
代わりに「R-16」の5巻を買ってきた。
古本屋に行くと、ヴァンパイア・クロニクルズシリーズの原作者アン・ライスの「トニオ、天使の歌声」という小説の上・下巻がそれぞれ200円で売られていた。
内容はヴァンパイアではないらしいのだが、とりあえず安かったし少年が主人公っぽいので買ってきた。
少女漫画というか同人誌っぽい表紙絵で、レジに持っていく時かなり気まずい思いをした。
何か、今日1日どうでもいいようなくだらないような事で頭の中がゴチャゴチャにグルグル回っていて気持ち悪い。
前みたいに少年を大事に感じたりはもう出来ないのだろうか。
全然関係ない事ばかり頭に浮かんでしまっている。
どうでもいい事ばかりがゴチャゴチャしていて、もう嫌な事意識しないために気分を逸らすとかそういった範囲じゃない。戻らなくなっている・・
記憶だけ持ったまま、自分が全然違う人間になってしまったような感覚だ。
同列視できるような事じゃ全然ないけど、「男の子が一度でもそういう目に合ってしまった以上」というのと同じように、「男の子への強い感情が一度でも途切れてしまった以上、前みたいには戻れない」みたいなものなのかな。

オカルト板と合わせて人生相談板を見る機会が多い。
また、掲示板に依存し始めた。
相談板で、重い内容のスレを見た。
自分って何なんだろう、とか考える。
自分がどういう人間なのか。
主観的な解釈を入れるとまた分からなくなるから、客観的な結論だけ言うと

俺にとって一番興奮する事: タイプの男の子が陵辱される事
俺にとって一番高揚する事: タイプの男の子が陵辱される事
俺にとって一番望まない事: タイプの男の子が陵辱される事
俺にとって一番許せない事: タイプの男の子が陵辱される事
俺にとって一番認めたくない事: タイプの男の子が陵辱される事

これが自分という人間だ。
「許せない」も「興奮」も同じものから来るようになってる。
俺はタイプの男の子が好きでたまらなかったし、守りたいとか楽しませたいとか喜ばせたいとか幸せにしたいといった感情を強く持っていた。
それでも、たとえ好きで好きでたまらなかった子が目の前で陵辱されたとして、俺は絶望の反面興奮もすると思う。まぁ、ゲス野郎かなと思う。
一応「愛情と性欲は別だし、全然関係ないものなんだ」というのは人一倍理解してるつもりになってる。
というか、そうじゃないと自分自身が成り立たない。
だから、俺は好きになる男の子に対し、そういう性欲的な事を求めない事で、本当の意味で自分も男の子を大事に出来てるのかなと自分自身に納得させられる条件になった。
俺は、「自分がそういう子を大事に想えてるんだ」と思いたい。
大事に出来てるんだ、と自己満足していたい。
そうじゃないと、全部成り立たなくなってしまう。
「タイプの男の子がそういう目に合いさえしなければ」
「自分も、俺自身の欲望でそういう目に合わせないようにさえすれば」
という風に結論付けたんだと思う。
だから、「自分は男の子がそういう目に合わない事を望んでいるんだ」という風に結論付けた。

考えていたら話が飛んだ。
人生相談板で「レイプにあって悩んでます」というスレを見た。
前スレからの流れらしくてハッキリしないが、ざっと読んだ感じだと男の子が実の叔父からレイプを受けて悩んでいて、それを他の名無し達が色々相談受けたりしているといったスレだ。
多分俺からしてもタイプになる男の子だ。
これを読んで、俺はそれを軽いものに見ようとした。
意識の中心に持ってこないように、「読み流す」みたいな感じだ。
内容は重い。
過去話じゃなく、現在進行の出来事らしく、切迫しているのも伝わってくるしリアルで重い感じがする。一方、どこか高揚してしまう。
読み進めていくうち、加害者なのか、ただの煽りか、カナ文字でレイプ状況を書き綴っている奴が現れた。
それを読んだら、さらに文字だけじゃない現実味みたいなものが感じられて、クラッと少し血の気が引くような貧血っぽい感じになった。
興奮なのか拒絶なのか判断できない。
被害者の子が苦しんでるのは伝わってくる。
状況とか、加害者の親父が少年をこれでもかと追い込もうとしているのが、メガビで関わってた少年に相談受けてた時にかぶってしまう。
でも、どうせ自分にはどうにも出来ないだろうなというのは分かってるし、された過去は変えられないし、今みたいな中途半端であやふやな意識じゃ何もハッキリできないし、他の名無し達が解決策みたいな意見提示してるし、俺は書き込まない事にした。
どうせくだらない事しか書けないし、言い訳っぽいけどこんな奴が色々書くのも不謹慎になるだけかもしれない。
以前も今も、俺が防ごうとするのは「そういう目に合わないためには」であって、「そういう目に合った後で」とは全然違う。
一番重要視するのも、そういう目に合わせない事、だ。
感情が強かった時だって、そういう事と関わらないようにまでは、どうすれば抜け出せるかとか意見出したり考えたりで尽力?できた気がするけど
合った後でどうこうは、もう全部経たれた感じで俺が考える事じゃない、という意識を持っている。
どうせ、いたわったりできないし、しようともしない。
諦めしかなくなるし、どれだけ励ましても足りないし、そんな目に合った上でどう励ましたところで、俺から見て絶対納得できない。
俺は、少年の事でも自分自身が納得できるかどうかを重要視する。
やっぱり、俺はそれを軽く見ようとしているのが分かる。
一回強い感情が絶たれたから、もう同じように強く見ようとはできない、しない、みたいな意識もあるのかな。
今回は、この事について結論しない。ただ、今日自分が見かけた認めたくない事を吐き出しただけだ。

俺はショタコン特有の卑怯さが強い。
自分に対しても自分を誤魔化す。
どこをどう誤魔化しているのか、自分の内面を見つめてみるような勇気はない。モヤは取れない。
日記にしても、嘘を書き綴ったら吐き出しの意味がなくなるので、嘘だけは書かないようにしてるけど、それでも「出してない、隠してる、誤魔化してる」面が沢山ある。
いっそ、唯一真に受け取れるタイプの少年の言葉で、俺の中の汚い部分全部引きずり出してくれて、全部罵倒してきてショック死できれば気持ちいいだろうな。
立ち直れないくらいグサッ!!とくるような、恥じ入って自殺するくらい追い込んでほしい。そうなるべきなのかもしれない。
でも、俺は卑怯なショタコン野郎なので、そういう事態になりそうになると、色々誤魔化して煙に巻いたりするんだろうな。
そういう人間だから。
俺が自分自身の嫌悪する恥ずべき内面を吐き出す時は、さらにそれ以上に見たくない、見せたくない恥ずべき意識を持っている時だろう。全部を出した事なんて1度もない。
自殺は出来ないけど殺してくれ、みたいな比喩かもしれない。
多分、それは心底俺が望んでるような事じゃないんだろうけど、どうなるのが正しいのかで考えたら「追い込んでくれ」みたいな結論になる。
少年からしたら、「そんなん知らん」みたいな感じで眼中ないかもしれないが、ショタコンに言われても意味をなさない。
このまま自分の中で、本質を隠したままの「自己嫌悪」「自己欺瞞」の虚しいイタチゴッコを続けるのもうんざりしてきた。
自分で引きずり出せないもの放置したままで何考えてもモヤなんか消えない。
追い込まれたら生きようとあがくんだけど、生かしたままじゃ解決しない。
だからダラダラ解決しないまま生き続けてしまう。
普段から考えている自己嫌悪については、一度死なないと解決しない、みたいな比喩。
生きるは欺瞞、あがくは誤魔化し、死ぬは解決。
自分の内側に数センチ踏み込んだだけで凄い拒絶感が湧き上がる。
だから、結局何も見ない。自分では引きずり出せない。
ただ、自分は最低に卑怯なんだという事実だけを知っているだけ。
常にその意識は付きまとう。
こんな事を考えているだけで、すでに頭の中「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」みたいになってる。

自分の内面とか色々考えてると吐き気がしてくる。
今日見たスレも頭の中で入り混じってる。
興奮も入ってる。
霊的なものに対するプレッシャーも混じり、グルグルグルグル混乱する。
何から考えていっていいのか、でも考える気もなかったりする。
一度途切れたし、もう2度と強く見るわけにはいかないんだ、という自分でも根拠が分からないような理不尽な意地みたいな意識もあり。
普段は深い内面覗こうとさえしていない。
でも、欲望重視の頃みたいな開き直った奴にはなりたくない、ってのは心底思う。
気持ち悪い・・・・・

だいぶ気分も落ち着いてきた。
少年どうこうより、自分の内面について鬱になっていた感じだ。
劇欝とまではいけないけど、確かに欝の感覚で「これは良い兆候だ」みたいに感じてしまった。全然別の内容で欝になっても、それは道徳に沿ってちゃんと正しい風に感じている、とはいえない。
しばらくボーっと考えた。
「タイプの子が認めた事は善しでいいんだ」なんて馬鹿げてたな、、と思った。
今日見たスレの子は、「死んで欲しい、居なくなってほしい、本当はこんな事思っちゃいけないの分かってるけど思ってしまいます」みたいな事を言っていた。
まだ子供で幼いのに、恥知らずなゲス野郎相手に「こんな事思っちゃいけないのに」とか言っている。
そんなゲス野郎相手に思っちゃいけない、なんて事全然ないのに自分を軽く見て相手を尊重してしまっている。
そんな健気に自身を軽く見てしまうような少年の言葉を、芯から「善し」なんて思ってしまうのはやっぱり間違ってる、と思った。



2005年01月05日(水)

今日は午前5時頃に目が覚めた。
昨日の午後15時頃から眠り始めたので、14時間は眠っていたと思う。
眠りすぎたせいか、目が覚めてから平衡感覚が少しおかしい。
クリスマスも正月も終わって、もう冬休みも終わりだな。

自分がオッサンになってて、飲み屋みたいな場所で酒を飲んでる場面を浮かべると嫌になる。
会社で働いてる場面を浮かべるのも、同僚とくだらない話で盛り上がってる場面を浮かべるのも嫌だ。接待とかゴルフとか飲み会とかしてるんだろうな。考えたくもない。
じゃあ、そんな風にならない人生選べば?とか考えても、選びたいような人生が何もない。流行も糞に見えるし興味ない。
全部くだらない。
ショタコンの小汚いオッサンになって、小汚い人生歩んでいくんだろうな。
今でも十分小汚いけど。
あと1.2年で就職だけど何も考えてない。
大人になっても自分の人生は続いていくんだな。くだらない。

何か変な感じだ。
昨日あたりから、自分が性癖の事や少年の事で悩み始める前のような精神感覚になっている。
不謹慎さも目立つし、内面がそれまで以上にとても薄っぺらになっている。
ただボーっと生きてるだけ、みたいな感じの。

「ホーリーランド8巻」と「名探偵コナン46巻」を買った。
ジャンプとマガジンも出ていたので買ってきた。
古本屋でドラクエ8が5000円で売られていた。
お年玉で買えるし、3以降ずっと買い続けてきたシリーズだ。
どうしようか迷った。
でも、それほどゲームをしたい気分にもならないので買わない事にした。
プレステ2のバイオやサイレントヒルシリーズも安く売られてるけど買わなかった。結局買わない事になりそうだけど、もう少し考えよう。
お年玉はあと2万5000円くらいか。

あの子が「好きになった理由」として挙げてくれた人間像から、全然真逆の人間になってしまったなとか、自分の事を好きになってくれてた子が居たんだなとか浮かべてみて、それで今の状態というか自分のザマを考えてみると、何だか寂しい気分になってくる。

ショタ板でショタ画像っていうか、少年が公園で遊んでる画像を見つけた。
それが、思いっきり俺の家の近所の公園だった。
周りの風景も同じだし、小学生の体操服も地元っていうか、俺の出身小学校と同じ物だった。
しかも、写真の少年が俺の同級生に似ている(子供は顔の特徴が出来上がってないので、これだけはハッキリ断言できないけど)事や、体操服がハーフパンツじゃない事からも数年前の画像だという事が分かる。
こんな事ってあるのだろうか。
東京や大阪のようなメジャーな地域じゃなく、神戸の中の、さらに中心街でもなんでもないような公園なのに。



2005年01月04日(火)

そういえば、俺がメガビで日記を書くのを辞めてこのサイトに移って来たきっかけも「だったら死ねよ!」とか怒って見せる奴が原因だった。
「そんなに苦しいなら早く死ねよ!」「生きているのが嫌ならさっさと死ね!」と散々粘着されて、ログ流されて日記が成立しなくなったからだった。
ここなら自分が書いた文章についてネチネチされる事がなくて済む。
自分からして、どうでもいい他人が人生について「つまらん」とか「辛い」とか「生きる意味がない」とか思ってる事について「死ねよ!」みたいな怒りが沸いてくるっていうのが理解できない。俺からしたら、どうでもいいような他人が自分自身の人生についてどう思っていようが知ったこっちゃないし何の感情も沸いてこない。
さすがに「少年を汚せなくて辛い、生きてる意味が無い」とか言ってるような自己中なゲスには「少年に迷惑をかけずに一人で死ね!」とか思うけど。
「怒って見せる奴」で思い出したけど、俺が以前性癖の事で相談していたスレがあった。
その当時、性欲が満たせない事も辛かったけど、同時に少年が悪戯されたり汚されたりする事も辛くて「でも、世界中の少年を救ったりは無理だろうし・・」みたいな発言をした事があった。
そしたら、それまで相談していた相手の態度が一変。
「はぁ?そんなもん、世界中で毎日何人も少年は殺されてるし、今現在だって少年はレイプされてんだよ!馬鹿な事言ってんじゃねー!!」みたいな事を言われた事があった。
こっちこそ「はぁ?」だ。
何で少年がそういう目に合うのを防ぎたく思う事に対して、そんな怒りを爆発させるのか理解できない。
常識はずれな事を言ったから?何でお前が「殺されてるしレイプされてんだよ!」と、まるでその最低な現実を俺に肯定しろとでも言うかのようなゲスな怒りを爆発させるんだよ、と思う。
ただ「実感なくても怒ってみせれば認めてくれる」みたいな見当違いな奴には反吐が出る。
俺は他人に呆れられる事が多いけど、説教っぽく「怒って見せる奴」の中にはそういった見当違いな奴が混じっている事が多い。
なんか、社会的な形式が出来てるんだろうな。
「こういう場合は怒ってみせるべきなんだ」みたいな。
実感伴わない演技派野郎が多い。そういうのに逆に腹が立ったりする。

昨日、明晰夢についてのスレを読んでいて、今日の夢でいきなりそれを見る事になった。
明晰夢とは、夢の中で「これは夢だ」と自覚できている夢だ。
また、夢の中で目が覚めて、またまた夢の中で目が覚めて・・と、何度も何度も夢の中でループして起きられないらしい。
明晰夢を繰り返すと幽体離脱できるらしい。明晰夢を見る条件として「寝る時に音楽をかけていると見やすい」との事だった。
俺が今日見た夢は、昨日読んだそれら全てに当てはまるものだった。
パソコンでサントラをかけながら眠りについた。
夢の中で自分の布団の中に居て、金縛り状態になっていた。
夢の中で「これは夢なんだ」と思って腕を動かしてみようとするんだけど、指一本動かない。
でも、たまになる金縛りとは感覚が違う。
普通は重圧のようなものが感じられる金縛りで動けないのに対し、今回見た夢の中での金縛りは、腕を動かしている感覚はあるのだが腕が動かない。
よく、漫画とかで魂だけになった人間が腕を動かそうとすると、自分の体から抜け出した幽体の腕だけがスカスカ動いて、本体の腕が動かないという表現があるだろう。
それの、幽体の部分が自分からも透明で見えない感じが、今回の金縛りだ(夢の中での)。
で、だんだん体が宙に浮いていって、窓の外まで出てしまう。空は真っ暗。
このまま宇宙まで行ってしまうんじゃないか、と思えるくらい浮いていく。
で、ある程度浮いたところでハッとなって、最初と同じように布団の中についている。
また体が動かなくなり、魂が抜け出て浮いていって、ハッとなって元の布団に戻っている。それが延々と繰り返された。
夢の中の自分は「これは夢だ」と自覚できていたんだけど、途中2.3度本当に目が覚めた事もあった。その時は本当に体が動き、指をつねったりしてみても痛みがあった。そのせいか、今の状態が夢なのか現実なのか区別できなくなったりもした。
で、すぐにまた眠ってしまって同じ幽体離脱の夢を見る、というのが繰り返された。
怖いというか、結構楽しい気分だった。
でも、自分が離脱していって部屋から抜け出た風景は、実際の俺の部屋の外の風景とは違っていた。ただの夢。
午前8時過ぎに目が覚めた。



2005年01月03日(月)

コナンのサントラを見つけたので、久しぶりに聴いてみた。
数年前によく聴いていて、色々浮かんできたので当時の雰囲気に浸ったりした。
10代中頃まで日常化するほどしてきたような事を、今の自分はできないんだろうなというのが何となく理解できて、少し寂しい気分になる。
17.8歳の頃ならまだ、「その気になりさえすれば出来るんだ」という意識はあったけど今は無理だ。
それらに対し、当時は当時で価値を置いたりしてなかったし、今の自分から見てもくだらないような事だけど、何となく全然違う人間になってしまったんだなと感じた。
でも、何を始めていたとしても、物事に浸る事へのくだらなさですぐに冷めたりする事が殆どだった。
周りが夢中になっていたので、若者の遊びらしく自分もバイク(原付じゃない)やギターにハマったりしてみようかなとした時期もあったけど、合わせる事の馬鹿馬鹿しさにすぐに息を詰まらせたり。
独自に趣味を追求してみる気もなかったし、個性にも協調性にも第2次協調性(個性気取りの奴らに合わせる事、ただの造語)にも興味がなかった。
同級生に再会した時などに近況を話すと、生き方変わりすぎだし波乱万丈だな、みたいな事を言われる事が多かったけど、俺からしたら何をしていても薄っぺらかったし、なんか、本当に虚しい人生歩んできたな、と感じる。
小5の時と中1の時だけ楽しかった。その頃だけ、虚しくなかったような気がする。
近所の友達で集まってゲームしたり漫画読んだり、悪い事したり野球(遊びの)したり泥ダンゴ作ったり下水道に基地作ったり。
それでも、自分自身が感じていた、10代特有の空気感は特別だったし、惜しむ気持ちも持っている。

今日は午後に目が覚めた。
近所の神社に初詣に行ってきた。
久しぶりに自転車に乗ったのだが、パンクしていてこぎ辛かった。
原付で行けばよかったなと思った。
自転車のキーホルダーが壊れていたようで、こいでいる間に半分ほど取れて失くなってしまっていた。
賽銭箱の前で3つほど願掛けした。
おみくじは中吉で、内容はあまり良くなかった。
確か「願い事 かなわず」「待ち人 こず」みたいな感じだった。
屋台で昼ご飯を食べた。
たこ焼き500円、たい焼き150円、広島焼き600円を食べた。全部「焼き」だな。
たこ焼きの起源はいつの時代からなんだろう、とか考えた。
帰り道で、中学時代は好きな後輩とこういう場所とか色んな場所でデートしたいとか思ってたな、と少し思い出した感じになった。当時の自分からしたら夢のように嬉しい事に感じていた。
昨日寝る前聴いたサントラのせいか、少しノスタルジックになる。
何か虚しい。子供の頃に戻りたい。

好きだった後輩とかそういう子がどういう生き方をしてどういう人生歩んでるのかな、とか頭の中で捏造して妄想に浸ったりした。
今度は、種類を問わず感情が沸く事が息苦しく感じる。

自分であれ他人であれ何かに興味を持つ事が息苦しい。

自分は本当に駄目人間だと思う。
精神構造が人生楽しむようには出来ていない。
音楽を聴いていても鬱陶しくなってきた。
何かに浸る事が嫌に感じて息が詰まる。
色々な情景を思い浮かべてみても、雰囲気を楽しもうとしても、色んな事を望もうとしても息が詰まる。ダルい、ウザイ、めんどくさい、息苦しい。
こんなので、何を望みたいのか分からない。
切ない感覚が嫌いなのかもしれない。
叶って欲しい事が叶ったとしても、それはそれで息苦しくなったりするのだろうか。叶えたいという事自体、自分の中ででっちあげた建前のように思えてくる。擬似感情で誤魔化して、人生に夢中になれているんだと納得しようとしている部分もあるのかもしれない。これから先、自分が生きていくための理由付けがしたい、とか。
何かに興味を持ちたい反面、何にも興味を持ちたくないと感じている。
それが俺の本質なのかな。
人生を送っていく事自体が嫌なのかもしれない。
息苦しい、無になりたい。
無気力=無感覚というイメージが沸きやすい気がするけど、無気力は無気力で無気力感みたいなものを感じてるんだな、とか考えた。
惰性というか、冷めすぎた感覚が嫌になる。
本当に駄目人間だ。
駄目人間特有のくだらない事がダラダラと浮かんでくる。
人生って年とってまで生きる価値ないよな、とか。

自分が何をどう説明しても、他人はそれを理解できたりしないんだろうなと思う。自分は自分で他人を理解しない。
理解しないし理解されないのが普通なんだろうな。
最近では、タイプの少年について理解しようとする気持ちさえ薄れる。
もちろん何も理解されない。
自分でも自分を理解しきれず、それ以上に他人が自分を理解できるなんて事はありえない。
誰かに何かを相談したとする。
自分が自分について理解できているのが70%だとして、相談相手がその中から理解できるのはせいぜい10〜15%程度だろう。
自分についての理解度が50%くらいなら、他人が理解できる部分は7〜9%とか。
なんか虚しくなってくる。どうでもいいか。
それ以前に、理解されるに値するほどの価値もない。
どうにもならない事ばかりだ。
他は惰性とか虚無とか漠然としたどうでもよさとか。
理解されたところで「だから何?」みたいな感じで、別に人生が良くなる訳でもなんでもない。
人生送る事にも意味がないし、死んで意識が残るならそれも無意味だ。
何のために生きるのかとか考えていくと、大体「種族を途切れさせないため」みたいな答えに行き着くし、そういう答えを出す奴が殆どだろう。
死や痛みによる恐怖感等で生かされてるだけで、本能それ自体は別に喜びとは関係ない。
喜びがあれば、自分が何のために生きてるのかなんて意識する事は少なくなる。
生き甲斐とかいったものは、本能以外に意識を働かせる、人間特有の生きるための無理な理由付けであって本質ではない、と思う。
だから違和感が出てきたりする。
「だったら死ねよ」と怒って見せる奴が多い。
本当にお前は心底腹を立てているのか、と思う。機会があったら「何でそんなに怒って見せるの?」と聞いてみたい。
よくそうやって怒って見せる奴が居るものだから、自分もただそう振舞ってみればいいんだ、といった軽はずみで場当たり的な演技にしか見えない。そういった奴の言葉に実感が感じられない。
アホらしい。
なんか、くだらない事ばかり考えてしまう。



2005年01月02日(日)

昨日ハーバーランドに行ってきたので撮ってきた携帯写真


現在午前1時06分。
昨日、両親は父方の田舎に帰っていった。
俺と弟は家に残った。
今日というか昨日はずっと漫画漬けで過ごした。
MXで落とした漫画だ。
どうでもいいけど、中西パケ代凄いだろ。

深夜映画でジム・キャリーの「エース・ベンチュラ」がやっていたので観た。
テレビは付けっぱなしだったけど、殆ど画面は観ていなかった。
欲求解消の代用品としてAV動画を観た。別に女とセックスしたいわけじゃないけど、嫌がって苦しんでるのがツボらしい。
成人女性が陵辱されてる動画だったせいか、観終わった後で吐き気がしてきた。
服を着た少年が一番綺麗だ。
何か、人生生きるのが馬鹿らしい。何を楽しめばいいんだろう、と思う。
自分がどこかで若者っぽく遊んでる情景を浮かべてみても、それが息苦しいものに感じられた。くだらな過ぎて価値が無い。
よく、何の苦しみもなくフッと死ぬ事が出来たらなと考えていた。
それでも、霊に魂抜かれて悪霊と対面する、みたいな事を想像するとゾッとする。

少年に悪戯した犯罪者共は、少年を無理やり汚した上に、さらに少年との恋愛が叶う事を妄想してそれを楽しむ事さえ出来る。
好きな対象を汚い奴らによって悪戯された俺は、少年との恋愛を頭に浮かべて脳内だけでも楽しむ事さえ不謹慎になってしまって希望が無い。
少なくとも、俺自身汚い奴らによって、「叶いそうだった少年と、少年を思い浮かべて生きる希望を持つ事」その2つを奪われた。
何だこの理不尽さ・・・
最低であれば最低であるほど勝ち、みたいになってるのが許せない。
こんなもん納得するかよ!ざけんなゴミ共!ゲス野郎が!!
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない・・・・・・
2時間くらい眠ったと思う。
何だか気分が欝みたいだ。欝とまでは行かないけど、感覚が似てる。
プレッシャーや強いストレスを感じる。理不尽さが納得しないし許せない。

朝マックを食べにマクドに行った。
パンケーキセットとチーズバーガー2つ食べた。
本屋が2件、古本屋が1件あるのだが、本屋1件しか開いてなかった。
親戚や親から元旦に2万円分のお年玉を貰っていたので、そこで「番長連合6・7巻」「ラブコン9巻」を買った。
本当は「R-16 5巻」「ホーリーランド最新刊」「ベルセルク最新刊」とか色々欲しいものもあったのだが、品切れ状態で買えなかった。
現在午前11時15分。

漫画でもタイプの少年とかが出てくると、色々考えさせられるものがある。
15歳の可愛い子が出てきた。
少年を自分の中の偶像みたいにして、大人の癖に少年の追っかけみたいな自分が情けなく思える。
年下の子を求める事を、不謹慎だとかとは違った意味で恥じ入る気持ちが沸いてきた。
年下だから大事にすべきは正しいし「善し」でいいんだけど、年下の子相手に何かを求めたりするのは違うかな、、と考えた。
価値観狂ってきてから、大人としての自分を見つめなおして少年に対して恥じ入る気持ちが麻痺していたような気がする。
こう考えられてるのも今だけで、また次の日には麻痺してたりするんだろうな。
大人として少年についてどう考えるべきか、が正しいと思う。
「欲望求めるなんてのは論外だ」なんて事は、最初っから自覚出来てるからいいけど、それ以外の事だな。
現在午後12時54分。
今から眠って、忘れないよう起きてからまた日記を読み返して考えてみよう。何か、今少し自分が納得できそうな新しい価値観みたいなものを作れそうな気がした。
価値観を形成する条件は、「実際に自分がそれを実感して善しと思える」だ。大人の癖に、年下の子相手に恋愛が叶わなかった事を引きずってる事自体恥ずべきことに感じられた。
今だけ、にならないようにしないとな。

午後15時半前に目が覚めた。
ロックマンとマリオが融合したような夢の中に居た。
ボスが電気を使う敵だった。磁石とタップが融合したような武器で倒した。
寝起きから締め付けられるような感じで気分が重い。
その重さに、以前持ってた感覚だ、と少し安心感のようなものを感じてしまう。
少年に対し、大人としてどう感じてどう考えていくか、考えていくと息苦しくて気分が重い。自覚が足りないのだろうか。

こんな意識じゃあいつらと同じだ、こんな感情じゃあいつらと同じだ、こんな考え方じゃあいつらと同じだ、こんな言い訳してるようじゃあいつらと同じだ、みたいな意識は常に付きまとっている。
自分の中の、そいつらとかぶる面を、実際にショタコンの被害に合った子が認めたりする時、苦痛に感じる。
もっと軽蔑意識を前面に押し出してきて欲しい。
どんな妥協や甘えも許されない。納得しない。



2005年01月01日(土)

ジャニの番組も興味あったけど、カウントダウンはナイナイの番組のやつを観た。2005年だ。
NHKの「ゆく年くる年」で、神戸ハーバーランドのポートタワー、神戸モザイクが映し出された。
さっき、というか数時間前にうちの家族で行った場所だ。
ポートタワーの真下である、ふもとの道路を車で走っていた。

天使な小生意気の小林と田中一がごっちゃになった人間と話しをする夢を見た。
他に、中学校か高校の教室でテストを受ける夢を見た。
全員私服だった。
前の前くらいの席に、好きだった後輩が座っていて、後姿だけ見る事が出来た。
昔塾で見かけた時と同じ黒いTシャツを着ていた。
当時「前に座っているのは後輩だ」と思いこんでいただけで実際顔は見れなかったので、夢に出てきた少年も後輩だ、とは断言できないけど。
午後12時少し前に目が覚めた。
寝起きから、少し心的に圧迫された感じで、モヤモヤして気持ち悪い。
認めたくないような事が現実に存在している事や、それらが自分の中で中途半端になりつつある事についての抵抗で、こんなにモヤモヤした気分になっているんだろう、と思う。

ジャニーズJrの歌っているPVを落とした。
やっぱり少年は輝いてるな。少年特有の変声期前(または途中)の声も魅力的に思う。
同時に、その時期を過ぎたら失ってしまう儚さのようなものも感じられる。
輝いていれば輝いてるぶん、何だか切ない気分になる。
大人側の身勝手な欲望で、その綺麗な存在の無邪気さ?のようなものを奪い取って踏みにじって汚すなんて事は絶対に許されない。
老化などの自然現象ならしょうがないと思えるけど、純潔さ含めて綺麗なものは綺麗なままでいてほしいし、それを搾取するような奴らは許さない。
少年は、可愛ければ可愛いほどに純潔に見える。
少年の最大の魅力は絶対に汚されないだろうと感じさせる初々しさだ。
「こんな子に限って・・」というショックを受けるような印象を与えるような出来事こそ不道徳だ。

気色の悪いショタコン親父にキャップが漏れた。
トリップもすでに漏れているので、個人板以外で自分だと証明するものが無くなった。ウザイ。
漏れたっぽいスレ
話は変わって、少年に萌える自分自身を崇高な存在だと思いこんでるショタコン親父が多いようだ。
少年自身が崇高なのは俺も認めるところだ。
タイプの少年は凄く綺麗な存在だし、惹きつけるような魅力を持っている。
ただ、それに萌えてるショタコンが「崇高だ」というのは認めない。
ショタコン親父なんかに何の魅力も感じない。
見たいとも触りたいとも思わない。脂ぎった、ただの薄汚い肉の塊だ。
質からしてドロドロに汚い。
そんな親父が崇高な存在?ありえねぇぇぇ〜
勘違いもはなはだしい。「自分は崇高な存在なんだ」と、特別者ぶって自分自身を崇高だと思いこんでるショタコン親父、どこまでおこがましい奴なんだと本当に呆れ果てる。
特別なのは少年であってテメーなんかじゃねぇんだよ!てめえはただ、綺麗な存在に欲情してるだけの汚い汚い糞だろうが!と思った。

俺に守護霊は居ないらしい。
少し安心したような気もする。
502から
このまま地獄の日々が続くと言われた。
俺に対する事ではずれがあって、なんかこの霊能者信憑性薄い。


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リュカ

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