2004年10月26日(火) 銀の目玉の魚
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て9ヶ月と19日目。
わたしと猫は、大きな湖の近くにひっそりと暮らす人々の村に着いた。
年中霧に包まれているというその村は、石造りの家の壁面や
いたるところに不思議な模様替えが描かれていた。

「これは、なんの模様ですか?」

わたしが壁を撫でながら聞くと
たくさんの端切れを縫い合わせたようなターバンを巻いた女性が
にこりと笑って答えた。

「それは、わたしたちが崇拝するこの村の神ですわ。」
「神、さま。」
「ええ。」
「なんだか魚のように見えるわね。」

猫が言う。
女性は猫をちらりと見つめた。
あまり好意的ではない視線だなとわたしは思った。

「ええ、これは銀の目玉の魚の絵。」
「銀の目玉?」
「ええ、以前あの大きな湖の守り神だと言われれていた魚です。」
「守り神…。」
「今よりはるか昔、この村はもっととてつもなく大きな国だったといわれています。
その時、誤って銀の目玉の魚を食べてしまった。
それからこの国は災害に襲われ、恐れた人々は逃げ出しました。
その時残った数人が立て直したのがこの村です。」
「ふむ。」
「そして悟ったのです。神様を食べたわたしたちは、償いをすべきだと。」
「ほう。」
「だからこうやって、神様を描いた模様を描き、祭りをする。これ以上神様がお怒りにならないために。」
「うそくさ。」

猫がぼそりと呟いた。
女性は猫を睨む。猫も負けじと睨むものだから
わたしはあわててふたりの仲裁をするはめになった。

「もう、どうして喧嘩を売ろうとするのよあなたは。」
「だって、この村の人って全員わたしを嫌そうな目で見るんだもの。」
「それもそうだけど。」
「辛気臭いし、霧が鬱陶しいし、魚はないし。早く出発しましょう。」
「そうね。」

わたしたちは、足早に村から立ち去った。
まだ聞きたいことはたくさんあったが、面倒になる前に出てしまったほうがいい。

「それにしても、世界にはたくさんの神様がいるのね。」
「あら、あんたあんな話信じるの。」
「わたしが信じる信じないかは別として。」
「ばっかみたー…」

猫は呆れるように後ろを振り向き、そのまま止まってしまった。
不思議に思ったわたしは、猫が見つめる先をみる。
そこには遠く離れた石造りの村。
そしてその村を包んでいる霧に、目玉が見えた。
銀色に光る、目玉。

その霧は、尻尾を翻すと村を包むようにして丸くなった。
その後はただの形の崩れた霧だった。
けれど確かに銀色の目玉をした魚が、村を包んでいるのを見たのだ。

「…見た?」
「…あんたも?」
「…見た。」

わたしたちは固まったまま、目を合わせて
そしてどちらともなく笑った。

「ねぇ、あなたがあの村で嫌われる理由分かったわ。」
「え、なによ?」
「きっと昔魚を食べたのが猫だったのよ。」
「ふん、あんなまずそうな魚、土下座されたって食う気しないわ。」

そう言いながら猫は足早に逃げていく。
わたしはもう一度振り返る。
霧に包まれた、独特の文化を守る村。
そして彼らを見守る、銀の目玉をした魚。

「しばらく魚は食べれないわ」と言ったわたしに
猫は「ばかね、銀の目玉じゃなければいいのよ」と笑った。

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匿名さんからのお題「銀の目玉の魚」より。





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2004年10月21日(木) 孤高の小説家
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て8ヶ月と13日目。
わたしは山奥のロッジで暮らす、女性の小説家に出会った。

山で迷い、途方にくれていたわたしたちを
彼女は優しく迎え入れてくれた。
わたしたちは、温かいシチューまでご馳走になった。

「すみません、ご迷惑をかけて。」
「いいのよ、客人は久しぶりなの。ゆっくりしていって。」

彼女は優しく微笑むと、猫に温かいミルクと
魚の切り身が入ったお皿を渡した。
猫はうれしそうに小さな口で、ぶきように食べている。
暖炉の薪が、熱に埋もれぱちぱちと音を立てた。
わたしは見慣れない、大きな暖炉のそばでいるだけで
心の底からぽかぽかするような気分になった。

「すてきなロッジ。ここで暮らしてるんですか?」
「ええ、そうよ。誰にも邪魔されない、静かな場所でペンを走らすのがすきなの。」
「へえ。」
「木のざわめきと動物の声、風の音。すべてがひとつになっているの。」
「おひとりでここに?」
「そうよ、小説に人は必要ないもの。」
「寂しいでしょう?」
「わたしには小説が恋人だわ。」

そう言って、彼女は柔らかく微笑む。
けれど、わたしが彼女をしばらく見つめると困ったような笑顔にかわった。

「うそ、恋人には逃げられたのよ。」
「え?」
「最初ここで一緒に暮らしていたのだけど。ぼくにはあなたの見ている世界が分からない、って出て行ったわ。」
「そう。」
「しょうがないわね。わたしは自分の描く世界をどう彼に伝えていいのか分からなかったし、小説のことだけで頭がいっぱいだったもの。」
「それなら、自分の気持ちを書けばよかったじゃない。」

きれいに食べ終えた猫が、そう言った。
彼女は少しだけ笑い、ナプキンで猫の口を優しく拭った。

「書いたの。でも伝わらなかった。紙の上には温度がないから。わたしの思いが少しでも、滲み出せばよかったのに。」
「滲み出す…。」

わたしはふと思い出して、かばんの中から小さな袋に包まれた小瓶を取り出した。
いつかペッパー博士から貰った、あのインク。

「…これは?」
「とある発明家から貰った、書くものすべて滲み出すインクです。」
「書くものすべて…。」
「あなたの思いも滲み出すかと、そう思って。」

彼女はインクを受け取ると、少しだけ振った。
深い藍色の、雲ひとつない夜の色のようなインクが
瓶の中でふわんふわんと揺れ、底に沈殿していた銀色の粉が
きらきらとインクの中を浮遊する。
彼女はしばらくそのインクを見つめ、そして柔らかく笑った。

「そうね、書いてみるわ。」

普段は彼女以外誰も入れないという、書斎でわたしと猫は机に向かう彼女を見守っていた。
彼女は羽ペンの先に、インクをつけると
さらりさらり、まるで踊るように紙の上に走らせた。
字は一瞬のうちに紙の上で滲んでいく。
けれど彼女は躊躇することなく。

わたしと猫は確かに見た。
紙の上から、彼女の描いた世界が滲み出し
滑らかに、優しく頬を撫でていき、窓の外から逃げていくのを。

一瞬、藍色と銀の舞う世界に包まれたとき
わたしは彼女が男の人と寄り添う姿を見たような気がした。
目を開けると、書斎は静けさを取り戻していた。

「彼女の気持ち、彼まで届いたかしら。」

山を下りながら、わたしは隣を歩く猫に聞いた。

「さぁ、届いたんじゃないの。紙の上から飛び出すくらい強い思いなんだから。」
「伝わるかしら?」
「ばかね。」
「え?」
「あんな告白されたら、どんな男だって落ちるわよ。」

そう言って猫は、にこりと笑った。
ざわめく木と風の音、それから動物の声に、薪がゆっくりと燃える音。
それらにふたりの楽しそうな笑い声が混ざるのは、きっとそう遠くない。

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匿名さんからのお題「孤高の小説家」より。





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2004年10月20日(水) 星降らす少女
 

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旅に出て7ヶ月と7日目。
わたしは、見覚えのある帽子を見て絶叫した。

「な、なによ。うるさいわね!」
「あ、あれ、あれって、あれって、もしかしてー。」
「あんたいつもよりおかしいわよ。」

失礼なことを言う猫は放っておいて
わたしは帽子に向かって駆け出す。
パーティーのような帽子の先端には、くるくる回る風車のようなプロペラ。
被っていたのは、まだ幼い女の子だった。

「こんにちは。」
「あら、こんにちは。」
「わたし、その帽子知ってるわ。」
「あら、本当?誰かしら。」
「えっと、一番星の青年と、雲職人のおじさん。」
「あら、そのふたりなら知ってるわ。わたしその青年に憧れて、この仕事始めたの。」
「へぇー!」

わたしは輝くような瞳で彼女を見つめた。
彼女の隣には天高く伸びたはしご。

「じゃあね、仕事の時間だわ。」
「ええ、がんばって。」
「今夜は星降る夜になるわよ。楽しみにしていて。」

そう言って、彼女ははしごを上っていった。
わたしは大きく手を振る。すぐに彼女の姿は雲の上へと消えてしまった。
その夜、わたしは猫と大広場の噴水近くのベンチで空を見上げていた。

「何が始まるの?」

猫がしびれを切らしたようにわたしに問う。
わたしはふふふと笑って

「さぁ、それはあと少しのお楽しみ。」

とわたしが言ったとたん、遠くの空が輝き始めた。
空から、山へと星が流れていく。いくつもの流れ星。
きらきらと深い闇に光の滴を零しながら、流れていく星に
人々は、窓から顔を出し食い入るように見つめたり
恋人同士で肩を抱き合って、うっとりと眺めていたり
誰もが感嘆の声を上げ、静かに見入っていた。
もちろん、わたしと、その隣でぽかんと口を開けている猫も、例外なく。

「きれいね。」
「…あの女の子が降らせているのかしら。」
「きっと。」

わたしはにっこりと笑った。
とそのとき、ひとつの流れ星が、山ではなくこちらを目指して落ちてきた。

「あ。」

きらきらと無数の光を纏いながら、ゆっくりと星は落ちてきて。
高々とあげた猫の手に、ぽとりと落ちた。

「…これ、こんぺいとうだわ。」
「え。」
「見て。」

彼女がわたしに見せたそれは、まぎれもなく薄いピンク色のこんぺいとうだった。
よく見ると流れている星も、いろんな色をしていた。
白にピンクに緑に青に、それから黄色。
猫はまじまじとそれを見つめて、それから口の中へと放り込んだ。

「星を食べるなんてロマンチックね。」

とわたしは猫を見つめながら言った。
猫はもぐもぐと口を動かしていたが、すぐさま口からぽろっとこんぺいとうが落ちてきた。
あわてて猫はもう一度こんぺいとうを放り込む。
そして噛もうとして、すぐまた口から零れ落ちた。

「もー、きたねえな!ロマンチックぶち壊しよ!」
「しょ、しょうがないでしょ!前歯がこんなに小さいんだから!」

猫は米粒より小さな歯をむき出しにして、そうどなる。
わたしはその前歯の小ささに思わず腹を抱えて笑ってしまった。
そうやって、星降る夜はけっして暗い闇に包まれることなく
星の明るさのなか、更けていった。

次の日、朝早く街を出たわたしたちは再び少女に出会った。

「あ、見つかっちゃった。」
「あ、昨日はおつかれさま。」

そう言ったわたしに、少女は小さく笑った。

「本当は誰にも知られないよう姿を消すまでが仕事なの。失敗しちゃったわ。」
「あら、どうして姿を見られてはだめなの?」
「夢は夢のまま消える、それが鉄則でしょう?」
「そうなの。」
「そうよ。わたしはまた次の街へ行って、夢を降らしてそしてそのまた次の街へ。おばあちゃんになるまで世界中をめぐるのよ。」
「へえ。」
「その人が生きている一生で、たった一回見れるかもしれない夢を降らしているの。」
「残念だわ、もう一度見たかったのに。」

猫が悲しそうにつぶやいた。
わたしは少し考えて、にやりと笑った。

「でもわたしたちは旅人なの。もしかしたら違う街で、またあなたの夢を見られるかもしれないわ。」
「あら、ずるいわね。」

少女はにこりと笑って、くるりとわたしたちに背を向けた。

「でも、どこかで会えたらいいわね。楽しみにしてるわ。」

そう最後に残して、行ってしまった。
もしもう二度と見れなくても、あの夢を見た人はもう二度と忘れないだろう。
それどころか、きっと心に焼き付いている。
色とりどりに散っていくあの星たちを。

「夢は夢のまま、いい言葉ね。」
「そうね。」
「ねぇ、こんぺいとうでも買ってく?」

わたしの言葉に、猫はにこりと微笑んだ。





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2004年10月19日(火) みずたまり
 

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旅に出て6ヶ月と2日目。
わたしは、その土地に着いて早々、みずたまりに落ちた。
はまったのではなく落ちたのである。
時間はさかのぼって、20分前。

前日の雨はすごいものだった。
地面にはいたるところにみずまたり。

「ねー、出発明日にしない?やーよ、泥だらけになるなんて。」
「だめよ。ただでさえ、雨で丸一日宿で過ごしたんだから。」
「あーあ、わたしこの道通り過ぎたころには茶猫になってるわ。」

ぶつくさ言う猫を放っておいて、わたしは道を歩き始める。
と、一泊した宿の、ちょっとふとっちょの女主人が大声で

「みずたまりには気をつけるんだよー!」

と叫んだ。
わたしは大げさだなぁと思いながら

「ありがとうございますー!」

と叫び返した。
その20分後、わたしは大きな大きなみずたまりに
興味本位で足を突っ込み、叫ぶまもなく、おっこってしまった。
みずたまりの底には、大きな大きな穴が開いていたのだ。

「なにやってんのよ。」

上のほうから猫の声がぐわんぐわんと、壁に反射されながらわたしに届く。
みずたまりから落ちたその穴は、とても広くそして、結構明るかった。

「結構広いよー。落ちておいで。」
「あほか。そこで暮らしとけ。」
「えー。」
「わたしはちょっとその辺で昼寝でもするわ。」
「おーい。」

その言葉と、あくびを最後に猫の声は聞こえなくなってしまった。
わたしは仕方なしに、上に戻る方法を探してみる。
すると目の前に看板があった。
『みずたまり喫茶 コッチ→』
わたしは迷わず右に進んだ。

「いらっしゃい。おや、上の人かい。」

みずたまり喫茶の店主は、カエルのような顔をしていた。
わたしはおずおずと近づいて、カウンターのほうに腰掛ける。

「みずたまりから落ちたの。」
「雨の次の日はここと上がつながる扉が開くんだ。それをみずたまりで隠してるのさ。」
「へー。」
「たまにあんたみたいな間抜けがやってくるけどね。」

そう言って、カエル顔の店主は布巾でコップをきゅきゅっと拭いた。

「なにか食べるかい?たぶん口に合うものはないけど。」
「どんなものがあるの?」
「ミミズのスープに、芋虫のソテー、トカゲの尻尾のオーブン焼き…」
「ストップ、分かったわ。」
「おや、そうかい。」

店主はにやりと笑った。
どうやらあんまり歓迎されてないらしい。

「上へ戻るにはどうしたらいいのかしら?」
「あそこにはしごがある、あそこから戻るといい。」
「どうもありがとう。」
「いいや、もう落ちてこないように気をつけな。ここはあんたらから隠れるために作られた国。」
「そう。」
「あぁ、上手く共存しようぜ。」
「そうね。」

そう言って、わたしは店主に背を向けた。
よいしょとはしごを上りきると、おてんとさまの光が目に染みた。
まわりを見渡すと、木陰で猫が寝ていた。
近づくと、気配に気づいたのか薄く目を開ける。
そして気持ちよさそうに伸びをした。

「おかえり。」
「ただいま。」
「どうだった?」
「とても熱烈な歓迎を受けたわ。」
「ふうん。」
「世界について考えさせられる有意義な5分間でもあったわよ。」
「あ、そ。」

興味なさそうに、猫は立ち上がって歩き始めた。
わたしもその後をついていく。
この地面の下にだって、わたしの知らない生き方がある。
そしてきっと知らない形の幸せがある。

今度は手土産のひとつでも持って、みずたまりにとびこもう。
きっとカエル顔の店主は嫌な顔をして、わたしに泥水でも勧めるだろう。

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響さんからのお題「みずたまり」より。





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2004年10月16日(土) ベランダ会議
 

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旅に出て5ヶ月と8日目。
ついでにいうと、ワルツを踊る猫と旅を始めて5日が経った。
彼女について、分かってきたことは
ワルツを踊るときと外見はお上品だが、他はまったくもってお下品だということ。
(特に怒ったときの言葉の荒さは天下一品だ。)
すぐどこかへいなくなり、ふらりと帰ってくること。
ちょっと素敵な雄猫を見つけると、すぐついていってしまうこと。
(そして文句たらたら言いつつ帰ってくる。きっと振られたのだ。)

「これだから猫は。」

「困った。」
が最近の口癖になるくらいわたしは彼女に振り回されていた。
さすが猫である。

「ねぇ、ちょっと。」

と彼女が呼ぶ。わたしは少し面倒くさそうに振り向いた。

「何?」
「疲れたわ。」
「わたしも。(あんたに疲れた。)」
「気が合うわね。じゃなくて、どこかで一泊しましょ。」
「だめよ。まだ今日はちっとも幸せを見つけてないわ。」
「焦っても見つかるわけないわ、そんなの。」
「もーあなたって文句ばっかり。」
「この野郎、言ったわね。」
「なにさ。」
「なによ。」

一日中この調子である。
これではいけない。あまりにも、よくない。
わたしは小さく決心して、結局泊まった宿のベランダに彼女を呼んだ。

「なにー?わたし今から顔洗うんだけど。」
「いいから。おいで。お月様がきれいよ。」

わたしがそう言うと、彼女はしぶしぶベランダへと出てきた。
ひゅうと吹いた風が、彼女の柔らかな毛をさらう。
紺色の闇の間に、まんまると太った月の光と、部屋からもれた灯りが夜を照らしている。心地いい夜の中。

「いい夜ね。」

彼女が口を開く。
珍しく、愚痴や文句じゃない言葉にわたしは微笑む。
どうやらこの夜の小さな空間を気に入ってもらえたらしい。

「ちょっと、会議をしよう。」

唐突に言ったわたしの言葉に、彼女は透明な目をぴくりと吊り上げる。

「なに?」
「このまま旅を続けるのは、きっとよくない。
成り行きで一緒に旅をすることになったわけだけど、一緒に旅をするからには仲良くしたいと思うわけ。」
「へぇ。」
「そりゃわたしたちは旅の目的も、姿かたちも、きっと過ごしてきた生き方だって違うけど、きっと上手くやっていけるわ。って、わたしくっせーな。」
「良いこと言ってるけど、一言多いわよ。」
「とりあえず、上手くやっていくために、ルールを決めましょう。」

今度はあからさまに、彼女はいやそうな顔になった。
けれどわたしは気にしない。

「親しき仲にも礼儀あり。知ってる?たいして親しくもないわたしたちこそルールが必要なのよ。」
「…ふうん。いいわよ。言ってみて。」

猫は納得したかのように、ため息をついてそういった。
わたしは気合を入れて、鼻息を荒くした。

「1、黙ってすぐいなくならない。2、異性の後をついていかない。3、わがままを言うな。この3つ。簡単でしょう?」
「…ふん、いいわよ。わかったわ。」
「守らなかったらあんたを枕にして眠るわよ。」

猫は心底いやそうにわたしを見上げた。
鬼のような気持ちになって、わたしは眉毛を吊り上げる。
そのうち猫ははーとため息をつくと、再びわたしを睨み付けた。

「いいわよ、その条件のむわ。けど、わたしからも言わせて貰うわよ。」
「げ。なにさ?」
「1、一日に一回は毛玉を吐きに行くわ。2、同じく爪をとぎに行く。習性だもの、仕方ないでしょ。
そして3、わたしたちはペットと飼い主みたいな服従関係じゃないわ。二、度、と!命令するな!」
「…わ、分かったわ。」
「守らなかったらあんたのふくらはぎにわたしの爪の痕が残ることになるわよ。」
「げー。」

うなだれたわたしと、威嚇するように爪を出した猫。
わたしたちはしばらく恨めしそうに見詰め合って、そして肩の力が抜けたように笑った。

「まぁ、そんなわけで。よろしくしたくないけど、よろしく。」
「だから一言多いわよ。ばかなニンゲン。」
「何だと、猫のくせに。少し可愛いからって。」
「ははん、ひがんでるのね。」
「べ、別に。そんな柔らかそうな尻尾が欲しいなんて、ちっとも思っちゃいないわよ。」
「…あげないわよ。」

紺色に包まれた夜空と、いつかの少年が飾っただろう一番星。
それから、真ん丸いお月様の下。
ベランダの手すりにひじをおいて、体重を預けるわたしと
手すりの上に器用に座る猫の影が、部屋から漏れ地面に落ちた光に影を落としている。

わたしたちは、またも低レベルないい争いをして、
それから少しだけ笑いあって、嫌そうな顔で握手をした。

ひとりと一匹旅、けっこう、捨てたもんじゃない。
きっとこれからよくなる。

「じゃあわたしこっちのベッドで寝るから。あんた床で寝て。」
「なんだと、猫のくせに。」
「なによ。」
「なにさ。」

…たぶん。

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ひゆさんからのお題「ベランダ会議」より。





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2004年10月15日(金) ワルツを踊る猫
 

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旅に出て5ヶ月と3日目。
わたしはダンスを踊る猫と出会った。
その猫は真っ白い毛並みをふわふわと風になびかせ
二本足で上手にとても優雅に踊っていた。

猫が、二本足で、それもダンス。
わたしはその珍しい光景を食い入るように見つめてしまった。
ふとちらりと猫が視線をわたしへと流す。
宝石のような蒼色の瞳に見つめられ、わたしはぞくりとする。
猫はふぅと溜息をつくと、流れるように地面を蹴っていた足を止め
器用に二本足で立ったまま、わたしを見つめた。
どうやら、邪魔をしたらしい。

「何なの、あんた。」

その場を立ち去ろうとしたわたしに、突然冷たい声が飛んできた。
さっきまで踊っていた猫から。

「げ、またしゃべった。」
「猫が言葉を話せちゃ悪い?」
「いえ、話せる豚や鳥を知っているもので。慣れてます。」
「ふん。」

そう鼻息で返事をすると、猫は前足を使ってタオルで頭を拭きつつ
後ろ足で首付近を掻いていた(なんて器用なんだろう!)
わたしはどうしていいか分からず、その場で猫を見つめる。

「ところで」
「はぁ。」
「わたしのワルツどうだった。」
「ワルツ?さっきの?」
「そうよ、どう見たってワルツでしょう。」
「ワルツはペアで踊るものだと思っていました。」
「わたしは影と踊っていたの。」
「はぁ。」

白い猫はちらりとわたしに視線を投げると、あきらめるようにため息をついた。

「これだから知性の低いニンゲンは嫌い。」
「む。」
「芸術すら分からない。」
「む。」
「舐めとんか。」
「めっそうもない。」

猫は明らかに苛立ちながら、わたしを見つめる。
だがとつぜん、猫はうつむき、その表情にかげりを見せた。
とても美しい猫だからわたしは思わずどきりとする。

「まぁ、そうよね。わたしのワルツには足りないものばかり。」
「へー。」

つい適当な相槌を打ってしまうのはわたしの悪い癖だ。
猫は一瞬にらみかけたが、またすぐ瞳を伏せた。

「わたしのワルツには、世界がない。」
「世界。」
「そう、ダンスは世界。いつも世界を表現してる。でも、わたしは世界を知らない。」
「ふむ。」
「そして、あんたが言うように、相手もいない。」
「重大ね。」
「ええ。」

わたしはかける言葉が見つけられず、猫の吸い込まれるような蒼い眼をこっそりと眺めていた。
それから、柔らかそうな毛に包まれた手足も。
猫は大好きなのだ。わたしは思わずうっとりとする。
と、目が合った。よりにもよって鼻の下を伸ばしていたときに。
(マズイ、変態だと思われる!)とわたしは思い切りあせったが
猫は気にした様子もなく、それどころかわたしに顔を近づけた。

「ねぇ、ところであんたなにしてんの。」
「え、ちょっと幸せ探しの旅を。」
「やっぱり!小汚いから旅人だと思ったのよね。」

(小汚い!)
わたしは軽くショックを受けるが、猫は気にせず話し続ける。
かげりどころか、その目には輝きさえ抱いて。

「ねぇ!わたしも世界を触れたいの。一緒に旅をさせて。」
「げっ。」
「げって何よ、げって。いいじゃん、二人のほうが楽しいわ。」
「人じゃないし。」
「そんな堅苦しいこと言わないで。」

そう言って猫は、柔らかい尻尾をわたしの足首に絡み付けてきた。

「ず、ずるい!」
「ニャー。」

聞いたこともないほど、可愛い猫なで声で、彼女は鳴いた。

「ずるすぎるー!ペラペラ喋ってたくせにいまさら鳴くなんて!」

わたしの必死の抵抗もむなしく、
わたしの旅は一人旅からひとりと一匹旅へと変わった。
道は、果てしなく続いている。
わたし(たち)はふたたび、歩き始めた。

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匿名さんからのお題「ワルツ」より。





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2004年10月14日(木) 落ちていた卵
 

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旅に出て4ヶ月と15日目。
わたしは道端で卵を拾った。
ちょうど卵かけご飯が食べたいなぁと思っていたので
わたしは鞄の中からごそごそと、ちょっと深みのある器を取り出し
卵を軽快なリズムで、近くにあった適当な石に打ち付け
両手でぱかりと殻を割った。

そして自分の目を疑った。
卵からころりと出たのは、輝く黄金色の黄身ではなく
ましてや生まれたばかりの鳥でもなく
真っ白い卵だった。

卵から卵。
見事な連係プレーである。(違う)

「もしや君、卵から生まれた?」

などと卵に聞いてみる。
当たり前に返事はない。返事がなくてよかったとわたしはこっそりと思った。

わたしは再び、一回り小さくなった卵を
近くにあった適当な石に打ち付け、両手でぱかりと割った。

ころり、と
卵。

「ふむ。」

わたしはまたも割る。

ぱかり、ぱかり、ぱかり。
ころり、ころり、ころり。
たまご、たまご、たまご。

いい加減飽きたなぁと思い始めたころ、
ぱかりと割ったら、またも自分の目を疑った。
緑色の、渦巻き模様の、風呂敷柄の、小さな卵がころりと落ちてきた。
うずらの卵ほどの大きさのそれをしげしげと眺めると
わたしは丁寧にその卵を割った。

つるり、と出たのは黄金色のきれいな卵。
わたしは思わずにんまり笑って、卵を見つめた。

「それにしても、見栄っ張りな卵ね、あんたって。」

つんつんと黄身を箸でつつきながらわたしは言った。
相変わらず返事は返ってこないが。
当初の予定より、だいぶん黄身が小さいがそれは仕方ない。
卵の性格が見栄っ張りだったんだもの。
さてさて、お昼にしましょ。というところでわたしははたと気づく。

「あ、米…。」

今度は自分自身の情けなさっぷりを疑う番だった。
呆然とするわたしの目の前を緑色で渦巻き模様の鳥が、歩いていく。

「ばーか。」

やけに憎たらしい声で、はっきりとそう鳴いて。

次の日、わたしは炊き立てのご飯を左手に
ふたたび同じ場所へとやってきた。
目指すはあの憎たらしい鳥の生む、見栄っ張りなあの卵。

買ったほうが早いとか、それはこの際おいといて。





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2004年10月07日(木) 嘘を飼う少年
 

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旅に出て3ヶ月と4日目。
わたしは嘘を守るという少年に出会った。

「ぼくは体に、嘘を飼っている。」

一番最初に少年が言った言葉がそれだった。
辺境にある村。旅人が訪れるのは珍しいと村を案内してくれた村長の息子。
それが少年だった。
わたしは少年の部屋へ招かれ、温野菜のスープを飲み
意外な少年の話に耳を傾けた。

「嘘を、飼う?」
「うん。お腹に。」

そう言って少年は自分の腹をさすった。
わたしは少年の体を凝視する。
痩せた少年の体はうすっぺらく、なんの異常も見つけられない。
わたしの遠慮のない視線に少年は苦笑した。

「嘘つきの種って知ってるかい。」
「え、知らないわ。」
「その種は飲み込むと体に、こっそりと住み着く。」
「はぁ。」
「そして飲み込んだ本人がついた嘘を、誰かに打ち明ければひとたび体に根を張って、見る見るうちに大きくなる。」
「嘘を、打ち明けると。」
「そう。最後には口や耳、あるいは皮膚を突き破って枝が伸び、養分を吸い尽くして、大きな大きな木になるんだ。」

ごくり。
わたしは想像して息を呑んだ。

「ぼくは、その種を飲んだ。」
「な、なぜ。」

わたしよりずいぶんと幼いはずの少年は、
大人が見せるような微笑を浮かべる。

「母を守るために、悲しませないために、ついた嘘があるんだ。」
「ええ。」
「その嘘を、守るため。」
「…そう。」
「幸せになるための嘘ってあるんだ。」
「そうね。」

少年は何も言わず、スープをひとくちのんだ。
わたしも何も言わず、ただ少年を見つめる。
当たり前だが、少年がついた嘘がどんなものだったかは最後まで分からなかった。
知らなくていい。気づかなくていい。
間違っているけど、間違っていない。
世界にはそういうものだって落ちている。

「嘘つきの種か。わたしはおしゃべりだから飲みたくないわ。」
「うん、飲まないほうがいいよ。」

少年はそう言うと柔らかく笑った。
きっと少年は誰にも言えない嘘に苦しんでいるだろう。
けれどわたしは気づかないように、柔らかく微笑んだ。

少年の母が、お昼にしましょうと呼んでいる。
あたたかな日差しが目にかすむ、そんな午後だった。

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匿名さんからのお題「嘘を守る」より。





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2004年10月05日(火) ペッパー博士と星空のインク
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て1ヶ月と12日目。
わたしはペッパー博士に出会った。
本名かあだ名か偽名か知らないが、ペッパー博士は初めて会ったとき
「わたしがペッパー博士である。」
と言い放った。(聞いてもいないのに。)
なのでわたしも街のみんなが呼ぶように、彼を「ペッパー博士」と呼んでいる。

ペッパー博士は、いつもくるぶしまでの長さの白衣を身にまとい
昔のホウキのような寝癖がついた髪型をしていて
六角形の形をしためがねをつけていた。

ペッパー博士が暮らす家は、街外れの丘の上。
ペッパー博士が自力で建てた3階建てのその家は
すべてが丸みを帯びていて、なんとなく斜めになっていた。
つぎはぎだらけで、窓はざっと数えて16個。
煙突はトイレットペーパーの芯ほどの大きさのものも入れて7個あった。
ドアは1階2階3階全てについていたが、玄関以外何に使うのか見当もつかない。

煙突からは四六時中、緑色や紫色の煙がもくもくと湧き出ていた。

「見るからに体に悪そうな煙ですね。」
わたしがそう言うと、ペッパー博士はめがねのずれを直しつつ
「そんなことはない!この煙はオゾンを直すのだ。科学よ天晴れじゃ!」
と咳払いを混ぜながら言ってのけた。
わたしは失礼だがその時(うわぁ、なんて胡散臭いおっさんだ。)と思った。

だがペッパー博士の発明するものはすぐに好きになった。
空を飛ぶブーツに、美味しくクッキーを焼けるオーブン。
美味しいお茶をいれることが出来るティーセット。
どれもこれも、あんまり役に立ちそうもないところがいい。わくわくする。
わたしがそう言うと、ペッパー博士はそれは浪漫だと教えてくれた。
いまいち分からなかったが、わたしは頷いて微笑んだ。
ペッパー博士は照れくさそうに咳払いをした。

「独創性、オリジナリティー、探究心、ユニーク、答えを追い求める精神力、
操作性、発想、スパイスにほんの少しの遊び心。それすなわち科学!」

ペッパー博士は、発明品を紹介するとき、かならずこの言葉を口にする。
とても力強く、自信たっぷりに、けっして傲慢そうにではなく。
わたしは呪文のようなその言葉が好きだった。
わたしは一週間とちょっとその街で過ごした。
毎日博士の不思議な研究所に足を運んで、博士の呪文を聞きながら
たいして役に立ちそうもない浪漫溢れる発明物を眺めた。

柔らかな日差しが零れてくる、穏やかな午後。
わたしはこの街を旅立つことを決めた。

「おお、行くのか。」
「うん。お元気で、ペッパー博士。」
「それがいい。あらゆるところに埋まっているものを自分の目で見る。すばらしいことだ。」

ペッパー博士はそういうと、思い出したように「おぉ」と言い
机の引き出しの中をがさがさと漁り始めた。

「もしかしてお土産ですか。」
「そうだ、科学をプレゼントしよう。」
「うれしい。わたし、あのティーセットが欲しいです。」
「それはいかん、あれはすばらしい出来だからもったいない。きみにはこれをやろう。」

と、博士がわたしに手渡したのは、小さなビンに入った藍色のインクだった。
振ってみると、ビンの底に沈殿していた銀色の粉がきらきらと舞う。
まるで、夜空に浮かぶ星空のようだった。

「きれいなインク。」
「そうだろう。」
「もしかして、水にぬれても滲まないとかいうすばらしいインクですか。」
「惜しいがその逆だ。何を書いても滲む。」
「失敗作じゃないですか。」
「そうだ、失敗作だ。」

わたしは思わず眉間にしわをよせてしまった。
だが博士は自信たっぷりに、人差し指を立てにやりと笑う。

「きみならこの失敗作をいつか幸せへと変えることができるだろう。」
「はぁ。」
「それを見つけるための旅だ。科学が幸せへと導く。すばらしい!土産話を楽しみにしているよ。」

なんとなく上手く言いくるめられたような気がしたが
わたしはなんとなく納得して、インクを受け取った。

こうしてわたしはまた次の土地へと旅立った。
ペッパー博士の呪文のような口癖と、失敗作のインクと
浪漫とかいうものを、胸に抱いて。

「それすなわち幸福!」

ペッパー博士の口癖がうつってしまったのは、言うまでもなく。

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誄さんからのお題「インク」より。





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2004年10月03日(日) 空の歩き方
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て1ヶ月が経とうという頃。
わたしは「空を歩ける」という男に出会った。
男は村はずれに住んでいて、村での男の噂はどれもよくないものだった。
皆、最後には口を揃えていった。
「あいつは、ただの嘘吐きだ。」と。

村から少し歩いた丘の上。
男はタバコをふかしながら遠くを眺めていた。

「こんにちは。」

その男は、瞼を重たそうにこちらへ向けると
低い声で「おぉ」とだけ言って、再び遠くへと視線を投げた。
こんなにめんどうくさそうに挨拶をする人は珍しい。
わたしは思わず頬を引きつらせるようにして笑った。

「なんか用か。」
「ええ。あなたね、空を歩けるというひとは。」
「それがどうした。信じてもねえくせに。」
「信じるわ。わたしも、空を歩いてみたくて。」

男は少し驚いたようにわたしを見て。
そして、無精髭を左手で擦ると少し嬉しそうに微笑んだ。
秘密を打ち明ける少年のような顔だな、とこっそりとわたしは思う。

「わたしじゃ、無理かしら。」
「いいや、誰でも歩ける。」
「どうやって?」

男はにやりと笑って、遠くを指差した。
わたしは男の黒ずんだ爪が指す先を見るが、それはただの空だった。

「なに?」
「直に向こうから雨が降り出す。」
「はぁ。」
「その雨は数分で止む、そしたら太陽を背に何ができると思う。」
「…あ。」
「虹、だ。」

わたしの言葉を待たずに、男はそう言ってにやりと笑った。
ぽかんと口をあけるわたしの鼻の頭に、小さなしずくが落ちる。
雨だ。瞬間的にそう思った。

「きやがった。走れ、川べりに虹が生えてくる。そこから渡れ。」
「え、え、え。虹を、渡るの?」
「そうさ、空にできる橋だ。虹の上からの世界は絶景だぞ。」

彼はそういって、わたしの背中を押した。
わたしは転がり落ちるように走る。
走って走って川べりについたころには、息も絶え絶えだった。
そして気づけば雨も止んでいた。川はさんさんと流れて
雨におびえていた鳥たちが現れ始める。虹は生えてこない。

(うーん、だまされたか。)

と思ったそのとき、まったく別の方向に虹が現れた。
とてもはっきりと。そしてその上をすたすたと男が歩いている。

「あーーー。」

わたしは思わず、情けない声を張り上げて男を指差した。
彼は可笑しそうにけらけらと笑ってわたしを見下ろす。

「残念、川べりじゃなくて杉の木の近くの大岩だった。ソーリー。」

タバコをふかしながら、面白そうに男はスキップをしながら空を歩いていく。
わたしは小さく震えながら叫んだ。

「う、うそつきー!」

その3日後、わたしは今度こそ本当と、森の中の湖まで足を運んだが
またも見当違いな方向に虹は上がって、彼は「絶景かな」と空をてくてくと歩いていた。
わたしはまたも叫ぶことになる。
村人はそんなわたしを見て「だから言ったろうに。」と呆れた顔で笑った。

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響さんからのお題「空の歩き方」より。





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2004年10月01日(金) 地図にはない場所
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て一週間目。
わたしは、バスの運転手からもらった地図を眺めながら歩いていた。
地図のとおり、このへんには草原と遠くの山以外なにもない。
まあ、なにもなくてもいい。のんびり行こう。そう思っていたときだった。

「これ。大事なものを見落とすぞ。」

と、いきなり話しかけられた。
驚いて横を見ると大きな台車を押したおじいさんが立っていた。
わたしは小さなお辞儀をして、首をかしげる。

「見落とす?」
「そうだ、世界は自分の目で眺めろ。紙の上にのっていないものも見えるぞ。」
「地図にのっていないもの。」
「たとえば、その地図におじょうさんはのってるか。」
「いいえ。」
「そういうことだ。」

おじいさんはそう言って、台車を押しながら歩いていった。
振り向いたわたしに、背中を向けながら手を振って。
わたしは少し考えて、地図を小さく折りたたむとポケットに入れた。

そこから少し歩いた先に、ベンチがあったので腰掛ける。
周りには色とりどりの花畑。あっという間に目を奪われた。
そのとき、わたしはまたしても突然話しかけられた。
それもとんでもなく小さな声で。

「こんにちは。」
「え?」
「こんにちは。」

わたしは声のする方向を必死で探して。ふと、気づいた。
ベンチの近くに咲いていたピンク色の花の上。
たいして大きくもない花の上に、小さな家が何軒かたっていた。
おまけに、小指の第二関節ほどの大きさの人間らしき生き物も。

「あぁ、気づいてもらえた。」
「あ、ごめんなさい。なかなか気づかなくて。」

その小人は小さくお辞儀をし、にっこりと微笑んだ。
その小人のまわりに、わらわらと他の小人たちもあつまってくる。

「わぁ、大きな人間だぁ。」
「なんだか怖いわ。すごく大きい歯ねぇ。」
「ビックなだけにビックリー!なんてね。」

好き勝手言われた上に、とんでもなく面白くないダジャレで迎えられ
わたしは思わず鼻で笑ってしまった。
すると、わたしの鼻息がそうとう強かったのか
花の上の家はブルブルと震え、小人たちは叫びながら3センチほど吹っ飛んだ。

「あ、ご、ごめんなさい。」
「うぅ、気をつけてください。」

それから、わたしは彼らの小さな声に注意深く聞き耳をたて
彼らを飛ばさないよう囁くように返事を返した。

「この花畑にはたくさんの村があるんです。」
「へぇ、そうなの。ひとつの花の上がひとつの村になるのね。」
「そうです。枯れたら、落ち葉の上に引っ越すんです。」
「そうなの。」
「向こうのチューリップ畑に咲いている、とびきり華やかなピンクのチューリップには、この国のお姫様が住んでいるんですよ。」
「へぇ。摘まないように注意するわ。」
「…お願いしますよ。」

すっかり仲良くなって、彼らはわたしに
特別な蜜のジュースをご馳走してくれた。
それは持つのも苦労するくらい小さな鍋に入っていた。
わたしは落とさないようにそっと持って、舐めるように飲んだ。
ほんのちょっぴりしかなかったけれど、舌の上にじんわりと甘さが広がる。
それがとろけるように美味しいことは、難なく分かった。

「美味しいわ。」
「そうでしょう。」

お礼にわたしは地図を小さく破って彼らに渡した。
紙は貴重品なのだと、彼らは喜んで受け取ってくれた。
(たぶん20年は紙に苦労しないだろう。)

花畑を後にして、わたしはおじいさんの言葉を思い出していた。
せっかく旅にでているのだ。
世界は自分の目で見なければ。
わたしはあの蜜のジュースもう一度飲みたかったなぁと思いながら、また歩き始めた。

大切なものを見逃さないように、世界に目を向けて。

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サクラちゃんからのお題「地図にはない場所」より。





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