いらっしゃいませ。ここは「願いが空へ届くように」Diary です。
管理人kazukiの遊ぶ・働く・Kinkiさんにうつつをぬかす毎日をたらたらと書き綴っております。


DiaryINDEXpastwill
■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 

2005年09月07日(水) 掴んだ手に。

筆が遅いせいか、このところPCに向かっても、
日記を書き終えることなく娘の泣き声に呼ばれる。先日も
<おぉぉ〜見逃したぁ〜”新堂本兄弟”。楽しみにしてたのにぃ〜。
自宅に帰ったらMちゃんにダビングしてもらわなきゃ。
でも・・・昨日の大雨大丈夫かしら?練馬のMちゃんち。>
なんてたらたら書いてたら、家中に響き渡るような「んぎゃ〜!」にあたふた。

寝ている赤ちゃんは時々火がついたように泣きだします。
両手両足を天に向かっていっぱいに伸ばして。
押さえる母の手をぎゅっと必死で握り返してくる小さな手。

身体をくっつけて「大丈夫、大丈夫だからね」と言い聞かせながら、
その姿がLove Fighterさんの言葉に重なった。

最新メールの最後にポツリと書かれた言葉。
<誰か僕を掴んでいて>

きっと彼の心は無垢なこの子と同じ。
「大丈夫、大丈夫だからね」彼にそう言ってくれる人は・・・。
おセンチ(←死語?)にそんなこと思ってしまいました。
(はいはい、余計なお世話ですぅ)

そして
人は生まれた瞬間に開いてしまった手から逃げた”何か”を再び掴むために生きるのだ、と。
そんな話を思い出しました。

入院中、外の世界とのつながりはほぼ携帯(ほんとはダメなんだけど)のみで。
唯一KinKiさんを感じられるのは、WebにUPされる彼のメールくらいだったから。
<今日も暑いね><天気がいいね><雨すごかったね>
そんな語りかけがすごくうれしかったよ>Love Fighterさん。

□ ワタクシゴトですが □
誕生日を迎えました。メールくださったみなさん、ありがとう。
これからも、楽しい時をご一緒できたらいいな。


2005年09月01日(木) ありがとう。

9月ですねぇ。防災の日ですねぇ。
・・・なんて何事もなかったかのようにはじめてみました。
てへへへ、またひと月ぶりですね。

ちょっくら旅にでておりました。
天使を連れて戻りました。

以下、ワタクシの「祝・出産!」までの覚書です。

思い起こせば前回の日記を書いて数日後のこと。
予定日大幅オーバーに気をもみながらも、自宅でごろごろしていたら。
下腹で赤ちゃんの頭が恥骨にぶつかった感じ。
お腹に向かって「ゴッツンしたか?」と話しかけてたら、つつつ〜っと何かが流れ出て。
・・・破水らしい。
慌てて「おと〜さ〜ん」に車を出してもらい病院へ。即、入院となりました。

一晩約12時間病室で唸るもまだ陣痛は5、6分間隔の明け方。
看護師さんの「少し寝たほうが」の言葉にうとうとしたら陣痛が遠のきまして・・・。
お〜いお〜い。
そりゃ、陣痛中に寝れる私がのんきなんでしょうがねぇ・・・。
で。結局陣痛促進剤を使うことに。

これがね〜、陣痛の進み具合を見ながら増やしていくんだけど、
3段階目で息止まりそうなくらい身体が硬直する痛みでして。
もう増やさないで!ってのと、早く産んで終わりにしてしまいたい!ってのと葛藤中、
耐える私の耳に入ったのは「胎児の心音が・・・」「促進剤止めますよ、先生」。

ということで。急遽帝王切開となりました。
下半身麻酔なので生まれ出る瞬間に「ご対面」できまして。
↑何気にすごい体験でしょ。・・・半分出たくらいですでに泣いていた雄々しい子でした。

手術台の上ですぐにほほにくっつけてもらった赤ちゃんの体。
何故だか、そのぬくもりに「これが私の体内の温かさなんだ」と、涙がぽろぽろ。
無事に”生まれてきてくれてありがとう”。

なかなか退院できなかったのは、ICU行きになったためで、
術後も大変だったんですが、ま、こちらはまたの機会に。

とにかく。お母さんになりました〜。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■

kazukiMAILHomePage    


↑エンピツ投票ボタン
My追加