JIGOKUNOMISOGURA

2005年10月27日(木) グラスハート。

おかゆ生活から解放されたので、最近の私はがつがつ食べています。
季節のせいかメシも美味い。
夕食を食べている私を見て、姉がしみじみと言いました。

「どうして好き放題生きて、食っているおまえが病気するのか理解できない」

それは私の心が姉ちゃんが理解できないほど小鳥のように繊細だと言うことよ。



2005年10月25日(火) …なんだかなあ。

外出時、眉墨を忘れたので姉に
「眉毛かして」
と言いました。
姉は真顔で言いました。
「姉ちゃんの眉毛は取り外しでけへん」



2005年10月12日(水) こんな仕打ちにも耐えてみせる。

ちなみに現在もおかゆ生活です。
消化器官は時間がかかるらしく、結構、むりやり退院してきたので「食事は常識的に消化の良いものを」と言われ、せっせと自分でお粥を炊いています。
まだ整腸剤が手放せなかったりもするので、食べれるものを自分で準備しているのですが、今日、自分用の食事としてシチューを面倒くさいので数日分を見越して(気分は離乳食作り)大量に鍋で作っていたら。

知らないうちに、今晩の夕食の一品に数えられていました。

…………いいんだけどね。
私がささみとか(ほぐしたら食える)買ったんだけどね。
材料も買ったんだけどね。
私には今晩、それしか食うものがないんだけどね。(今夜のおかずは唐揚げ)。
この世は弱肉強食です。弱肉強食ですとも。



2005年10月11日(火) それゆけ入院ライフ。

ちなみに外来で病院に行ったときは、入院するほどの病気だとは思ってませんでした。
真っ直ぐ立てないくらいには激痛でしたが。
一晩、のた打ち回って、次の日になっても腹痛が治まらないのでこれはおかしいと思ったのは既に午後。
これで熱が出てたら内臓が炎症を起してんな。ととりあえず測ってみたら体温計は38℃。
これで姉に車を出してもらって病院に行きました。

盲腸の疑いがあると言われ、詳しく検査をしたら問題は腸にあることが判り。まず言われたのが「絶食と入院」。
口が開きましたとも。

とりあえず自力で歩けてはいるので、入院が必要なほどだとは思っていなかったんですね。当然、外来で来たときも帰るつもりでいました。
入院、と言われて私がまっさきに頭に浮かべたのは
自室に無造作に放りだしたホモ本の山でした。
あんまりえげつない表紙のものはこっそり隠していますが、そんなにティーンズ小説と見分けがつかないような表紙のものはけっこう、そこらへんに放置していたりしていたのです。
やばい。
と思いました。
さすがに掃除されたらバレる。
いや、多分、私の趣味は家人にとって暗黙の了解だとは思うのですが、判って放置するのと、とりあえず隠しているのと大分、気分が違います。
入院期間を恐る恐る聞いてみれば
「う〜ん、少なくても4、5日かなあ」(大嘘つきめ)。
反射的に言っていましたよ。
「いっぺん、帰っていいですか」

わかってますとも。
バカなのは私が一番、判っていますとも。
腹は激痛。歩くのがやっと。熱は病院で測っても38℃。
それでもやっぱり家族に見られたくないものはあるんだよ!
……入院の準備と偽り、一旦家に帰らせて貰いました。
自分でも何やってんのかな〜、と思いながら。

腐女子のみなさん。
何かの時のためにも掃除と事後処理はしっかりやっといたほうがいいですぜ。
事故とは予想がつかないからこそ事故なのです。
気をつけよう。



2005年10月09日(日) いけいけ入院ライフ。

家に戻っても、次は月の苦しみで体調がままなりません。我ながら不幸。
腹痛過ぎてまた腹痛。
今日は一日そのせいで寝ていたのですが、体調が悪いときと言うのは悪い夢を見ますね。
何故だが、4500円という非常に具体的な金額を騙し取られる夢を見てちょっとテンションが下がっています。しかし何故4500円。

入院の原因は、手っ取り早く言えば腸炎だったのですが、腸内に異物が溜まる方の炎症だったので、酷けりゃ切る。と言い切られていただけにびびりました。
しかも場所が盲腸の真上だったため、盲腸まで炎症を起こしていたので、最初はどっちか判らず(最初の診断は盲腸でした)、盲腸だったら、軽けりゃ薬で散らせるんじゃないのかと、中途半端な知識だけは持っている素人の浅はかさで希望を持っていたのですが、とりあえず、自力で歩けるとは言っても長時間は無理と言うくらいの激痛と炎症具合だったので、盲腸だったら逆にさくっと切られてたみたいですね。……良かった。
折りしも阪神優勝決定戦で燃える病院のロビーで私は不幸でした。
別に阪神ファンではありませんが(金本がステキなのでちょっと俄かファン)、優勝の一方は入院の病室で点滴を受けながら聞いていたのである意味忘れられん。
病室の天井を見ながらやっぱりこれはネタだと思いました。関西人です。
さすがにこういう形での病気と入院は、いくらうちで一番の病弱でも初めてだったので、家人も開いた口が塞がっておりません。
おかげさまでもともと一番、立場が弱い人間なものですから(我が家は病人に人権がない)、現在、針の筵なんでございます(笑)。
退院の日、母が真顔で言いました。
「入院保険に入ってくれ」
この歳で頼まれる自分もどうよ。と思いましたが、もう、こんなことはないと言い切れる自分ではないのが哀しいです。
……でも今回ばかりは本当に青天の霹靂だったよ。ママン。



2005年10月08日(土) 今年はどうやらダメな模様。

いやはや。
入院しました。
持病なら自嘲とともにまたか、と自分でも思うんですが、今回は大した事はなかったとはいえ、全然、別の病気だったのでちょっとショックを受けました(苦笑)。
女2×才。
微妙な年齢です。

ところで私、絶対と言っていいほど病院ではネタを仕込んでくるのですが(…)今回は平平凡凡な入院ライフで実につまら…ごほごほ、結構なことでした。
……しかし、オバちゃんというのはどうしてこう、二人集まればかしましいのか……。


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