ケイケイの映画日記
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| 2026年03月14日(土) |
「レンタル・ファミリー」 |

想像していた内容と、全然違いました。何と言うか、一人一人固有の孤独を浮かび上がらせ、それを透明感のある演出で抱擁し・・・的な、観る人に委ねる内容を予想していましたが、大外れ(笑)。フェイクな家族、知人を通じて描く、昨今には稀有な、ダイレクトな暖かい人情話でした。監督は私の大好きな「37セコンド」のHIKARI。
CMで一度大当たりするも、その後は売れない俳優のフィリップ(ブレンダン・フレイザー)。日本に来て7年になります。あちこちオーディションを受けては、小さな端役で食い繋ぐ日々。ある日、生前葬のサクラに出かけた先で、レンタルファミリーの会社を経営している多田(平岳大)から、うちで仕事をしないか?と声をかけられます。
日本でのレンタルファミリーに、白人男性って?と思いますよね。多田の台詞で「ニッチ層に重要がある」と語らせます。でも本当はそこじゃない。フィリップは仕事が慣れるに連れて、本分を棚上げして、情の濃いお節介をしだします。
現実を鑑みると、それでは仕事になるはずがない。それで白人の中年大男というファンタジー感使い、リアルではなくて、リアリティ感を出したんだと思いました。「フェイク」の奥にある、優しさや誠を、感じて貰いたいのだと思います。
「フェイクもたまには良いだろう?」と、偽父のフィリップは、娘の美亜(ゴーマン・シャノン・眞陽)に語り掛けます。この作品でも、ご都合的に誰かれなく英語を理解し、話せるのはご愛嬌です。でも映画にリアリティは必要だけど、本当のリアルばかり求めていると、作り手の大事なメッセージを受け取れなくなるなと、改めて感じました。だって映画も、身も蓋もある「フェイク」だもの。
当初こそ、偽の人物になる事に怖気づいていたフィリップですが、豊かな彼の人間力は、クライアントと逢瀬を重ねるごとに、お互いに親睦・親愛が増してくる。それから生まれるのは、信頼です。フィリップはそこで築かれた他者との絆に、責任も感じたのでしょう。偽パパなのに、美亜を想い、オーディションの合格を蹴ってしまうのは、美亜の信頼を裏切りたくなかったのでしょう。
クライアントの仕事依頼の動機はそれぞれ。親を想う娘たち、娘を想うシングルマザー。でも前者は思いやりからの優しい嘘ですが、後者は独りよがりの欲が勝っている。そこには娘を傷つけてしまうというオチが付きます。事情があったのでしょう、彼女は娘の出自から逃げていたはず。これを機に、娘に出自について、話して欲しいなと、描かれなかったその先を願いました。
日本人好みの情の濃さを発揮するフィリップを演じる、フレイザーが秀逸です。異邦人であるのに、津々と日本に溶け込んでいます。そこにフィリップと共に、フレイザーの日本人への敬意を感じるのです。クライアントを想い、愛の籠った暴走に走る彼、を微笑ましく見守ってしまうのは、そういう事ですね。そしてその情を芽生えさせたのは、彼の不遇な7年間だったのでしょう。
偽の不倫相手として、クライアントの妻に謝罪する役割ばかり回ってくる、スタッフの愛子(山本真理)。仕事ながら、心が少しずつ削がれていくのを解かりながら、社長の多田に異を唱えられない。彼女の心に尊厳を取り戻したのもまた、フィリップの暴走でした。
その多田にして、御し難い孤独に身を置いている。彼がレンタルファミリーを始めた動機に繋がるのでしょう。他者を孤独や葛藤から、救いたかったからだと思います。自分のように。多田もフィリップの存在に、初心を思い出したのでしょう。
あれだけの事をやって、普通は丸く収まるはずは無いよね。それでも私を含み、このお話が大好きな人は、フィリップと登場人物たちの愛情の往復に、心を潤しているからだと思います。乾いた心の、滋養になる作品です。
| 2026年03月06日(金) |
「木挽き町のあだ討ち」 |

出だしの華麗な仇討ち場面で、あぁそうなのか、とは解るんです。でも何故そうしたかが、とても大切な作品でした。豪華キャストが奏でるお江戸人情ミステリーで、大変面白く楽しく、含蓄のある作品でした。監督は港孝志。
歌舞伎の舞台小屋「森田座」の前で、美濃遠山藩士・伊納菊之助(長尾謙杜)が、見事な父親・清左衛門(山口馬木也)の仇討ちをして一年半。菊之助が妹の許嫁だと名乗る加瀬総一郎(柄本佑)が、森田屋を訪ねます。虫も殺せぬ菊之助が、仇討ちを成し遂げた事に疑念を抱く加瀬。彼は、菊次郎が暮らしていた、森田屋の人々を訪ね歩きます。
冒頭の仇討ち場面が、ほぉ〜と見惚れます。ちゃんとした立ち回りで、緊張感と暴力的な凄みの中、とっても華やかで、まるで舞台の一場面のよう。これにも訳がありました。菊之助の一生懸命感が、前面に出ているのも良い。「炭小屋」はヒントであるのは、判りました。
森田屋での加瀬の聞き込みで、ここの人々は、人生に出自に、皆々が苦悩や挫折を味わい、流れ着いた「訳アリ」と解ります。そうよね、歌舞伎役者は、大昔は瓦乞食と言われていたんです。座付き作者の金治(渡辺謙)の元、座員の全てが、傷の舐めあいではなく、切磋琢磨しながら助け合って、飯の種を分けあう姿が、暖かい。その暖かさに菊次郎は傷心を癒やしたのだと、加瀬は理解します。
世の中には上流ばかりではなく、下流でしか生きられない人もいて。その人たちが、仇花ではなく、真っ当な花を咲かせる場所、それが森田屋なのだと思います。
武士の本懐を果たすため、幼い時から自分を慈しんでくれた、下男の作兵衛(北村一輝)を、心ならずも討たねばならない菊之助。その心中を誰よりも解っていた菊之助の母たえ(沢口靖子)。見栄や沽券ばかりの武士の掟から、どうか息子を解放してやって欲しいと、幼馴染の金治に、涙ながらに懇願します。この場面は、今の世の中にも通じる感情で、心に沁みました。
しかし私が涙したのは、「情けない主人ですまぬ!」と、号泣しながら畳に頭をこすりつけた、清左衛門の姿でした。武士の沽券など微塵もなく、ただ正義を貫きたい、家名も守りたい姿が、そこにありました。家名を守るとは、言い換えれば、妻子を守る事なんだと、瞬時に理解出来ました。武士の矜持の根底を観た思いで、武士に対しての敬意も感じます。
これも演じる山口馬木也の熱演です。「侍タイムスリッパ―」で一躍躍り出たみたいに言われていますが、私は「剣客商売」を楽しみに毎週観ていたので、彼は先刻承知。大二郎役は清々しくて、彼に良く似合っていました。良い役者なのに、なんで芽が出ないのかと思っていたので、やっと本領発揮という感じですかね。
私、柄本佑が好きなんです。若い頃より今が好き。軽妙洒脱でユーモアも知性もある彼の個性が、加瀬のキャラに溶け込んでいます。佑だけじゃなくて、主要キャラはたくさんいるんですが、皆さん地ですか?くらい、役柄に溶け込んでいます。いつもは地味な立ち位置の正名僕蔵だって、もうピンピンにキャラが立っていて、大御所の渡部謙と同じらい印象に残ります。演出・脚本・演技と、三位一体じゃなきゃ、こうは行かない。役者はちょい出でも名のある人ばかりでしたが、皆に花を持たせて、素晴らしい。
特に良かったのは、昔女形だったという二台目ほたる役の、高橋和也。もうお母さんにしか見えない!母性全開で、菊之助を抱きしめるシーンなんか、共感しまくりでした。年季のいった女性の、肝っ玉の据わった暖かさでした。とにかく、役者はみんな超が付くほど良かった!
武士の美学と、下流に大倫の花を咲かせる人々を並べて描き、見事に両立させた作品です。この楽しさと温もりを、どうぞご覧ください。
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