ケイケイの映画日記
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2026年01月28日(水) 「Black Box Diaries」




監督の舞台挨拶付きで観ました。日本中に知れ渡った、監督である伊藤詩織氏の身に起こった出来事の六年間を、ドキュメントとして映像化した作品。監督の会見時から私も注目しており、陰ながら彼女を応援していました。しかし最後まで観終わって、同性でありながら、私はなんにも彼女の心の内は、理解していなかったのだと、と痛感しました。素晴らしい作品です。

2015年。25歳のジャーナリスト志望の伊藤詩織。知り合いだった当時TBS報道記者のの山口敬之に、仕事の事で相談。その日に同意なく性行為に及ばれたと、山口を訴えます。

編集は監督の友人であり映画監督の山崎エマ。私はこの編集がすごく上手かったと思います。監督の談話では、400時間の記録を二時間にまとめたそうで、これは相当な腕が要ります。丹念に400時間を掘り起こし、監督本人すら忘れていた動画もありました。時間の流れに連れ、当初知り得なかった監督の想いの変遷が浮き彫りにされ、公私に渡る監督の成長が、観客に届きました。

この事件、当初日本ではハニトラや売名行為扱いで、あちこちで伊藤氏はバッシングを受けたと記憶しています。当時私は、姓名は親に迷惑がかかると、名前だけでしたが、顔をはっきり出しての会見で、その勇気に感銘したものです。今も昔も女性がレイプされたと訴え出るのは、メンタル的に相当辛いものがあるはず。それも、相手は当時の首相・安倍晋三のお気に入り記者。負け戦と解りきって戦う若い女性に、それはなかろうと、憤慨したものです。

風向きが変わったのは、イギリスのBBCが、この件を重大な人権侵害として扱い、放送してからだったかな?これは私の記憶ですから、間違っているかもしれません。猪突猛進で、敵味方なく、たくさんの相手に向かって挑んでいく監督の姿が、前半は描かれます。年齢より大人っぽく見える監督のプライベートは、年相応な愛らしさです。なので、余計に自分の身の上に起こった事を、ジャーナリストとしての正義を、貫いているのかと思って見ていました。しかしそれは間違いでした。

不起訴でふさぎ込む監督。混沌としてくる自分の環境に、「何が正しいのか、解らなくなる」と吐露します。しかし己を鼓舞し、「同意なく性行為に及ばれた」として、民事で訴え出ます。応援、支援、そして止まないバッシング。そこで挿入されたのが、監督の遺書的な動画と、直後の病院での監督が撮ったであろう、ベッドからの点滴風景です。自殺未遂して救われたのだと意味です。

衝撃でした。しかし少し想像力を働かせれば、この壮絶なストレスとプレッシャーの中、彼女の精神が蝕まれるのは、当然の事です。そこで私は初めて、この戦いは、「自分は悪くない」、その一点を自分に信じさせるため、突き動かされたのではないか?そうしなければ、正気ではいられなかったのではないか?です。ジャーナリストとしてではなく、伊藤詩織という女性として、です。

この出来事は、当初監督は全く覚えておらず、挿入は親が観れば悲しむのでと、拒んだそうです。しかし、点滴を打っている姿を自分で撮っているという事は、本当は生きたかったのだと行き着き、作品に入れたそう。少なくとも私には、とても重要なシーンでした。

そして重要な二人の証言者が出てきます。それは当時捜査を担当していた刑事さん。彼は山口氏には逮捕状迄出ていたのに、直前で取り消された事を、彼女に告げます。「証言してあげたいけど、それじゃ組織に居られないので。それとも養ってくれるかな?結婚してくれるのかな?」的な言葉を繰り返し、機密は洩らせど証言は拒む刑事さん。うーん、少しも映画では悪く描かれていないし、監督も言及せず。でも私はすごく嫌な感じでした。個人的に監督に対して、同情があったのでしょう。でもこの物言いは、それ以上の監督への好意を感じます。今ではセクハラでアウトです。

それに比べて、タクシーから出る二人を接客したドアマン氏には、感動しました。民事裁判での証言を頼むと、「私は以前から性犯罪の量刑が少ない事に疑問を感じていた。警察に証言したいと言ったら、会社が拒んだ。あなたは私よりずっと辛かったでしょう。名前も出して下さい、証言します」。ここで監督は慟哭、私は号泣。何の縁もないドアマン氏の正義と勇気を後押ししたのは、監督の命がけの勇気だったと思います。

監督の裁判ののち、性犯罪の視線は変わってきたと思います。私が若い頃は、肌を露出するな、夜道は歩くな、それでレイプされたりしても、女に隙があったから当然だ。それが当たり前でした。男をそういう気にさせた、女が悪い、です。そう信じ込まされ、身を守ってきたはずが、否応なしに、男性から被害を受けても、何も言えない女性たち。「傷物」と蔑まれるのは、女性なのです。この悪しき女性蔑視、人権侵害に、日本において風穴を開けたのは、私は間違いなく伊藤詩織氏だと思います。

もう一つ、私が深く感じ入ったのは、ご両親の存在です。映画を通じて、良いご家庭に育ったのだろうと、感じました。監督は色んな人に助けて貰って感謝していると語りますが、そこには親は出てこない。監督にとってご両親は甘えるのではなく、心配させてはいけない存在なのでしょう。お父様は裁判に反対でした。それでも突き進んだ娘。娘の窮地に、見守るだけしか出来なくて、さぞご両親は辛かったでしょう。自立し、お互い尊重しあえる親子の姿でした。

自分の身の上に起こった特異な出来事を、攻撃的に社会問題として提議して、見事に昇華させた一人の女性を映したドキュメントです。監督は、性被害は一生忘れる事は出来ないと仰いました。劇中、「今日は私は公にレイプされた女だって、世間に知れ渡った日だ!」と自虐的に語るシーンがあります。ふとした拍子に、その事がフラッシュバックするでしょう。その時はこの作品や書物が、彼女の心の支えになるかと思います。力作です。



2026年01月20日(火) 「アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし」


 

誰もが知っている「シンデレラ」のお話を、意地悪とされている、義姉妹に焦点を当てて描いています。色々グロくて、出てくる女たち、妹を除くとみんなビッチで、男もロクでもなくて、説教したくなるんですが、哀しいかな、観ていてビッチの方は気持ちが解るんだよ。秀逸な面白いダークホラーです。監督はエミリー・ブリックフェルト。ノルウェーの作品。

母のレベッカ(アーネ・ダール・トルプ)の再婚により、スウェランディア王国へとやってきたエルヴィラ(レア・ミレン)とアルマ(フロ・ファゲーリ)姉妹。そこには新しい父と、義理の姉アグネス(テア・ソフィー・ロック・ネス)がいました。美しくエレガントなアグネスに、憧れと嫉妬と複雑な感情を抱くエルヴィラ。しかし、アグネスの父親が急死すると、立場は一変します。

グリム童話では、意地悪な継母と義理の姉たちが、財産目当てで、シンデレラの家に入る、じゃなかったかな?しかし、今回は二方が財産目当ての再婚で、そして二方お金が無いという設定。そして再婚夫にお金が無いと解かると、失神寸前で、「冴えない娘と垂れ乳の未亡人が、どうやって次の男を探すの?」のレベッカの台詞は、「垂れ乳」のせいで笑えるんだけど、笑えない。昔々、そこそこ上流とされる家は、男が死ぬと万事休すなのですね。なので、アグネスも寝込んでいる。

舞踏会で王子様から選ばれるための予備校なんてものがあり、放り込まれるエルヴィラ。この様子がバカバカしくも切ないのよね。かのデヴィ夫人に著書に「選ばれる人におなりなさい」だっけ?男性に選ばれるための手練手管教本みたいなのがあるそうですが(認識が間違っているかも)、現在85歳前後かと思われる夫人だってそうなんですから、この時代は当たり前の思考なのでしょう。それほど太っているとは思われないエルヴィラですが、母親は厳格なダイエットを命令。育ち盛りの18歳には過酷です。その辛さを相談した予備校の教師から手渡されたのが、サナダムシの卵。この卵が、エルヴィラの人生を狂わせます。

エルヴィラは会った事もない王子に憧れており、彼の詩集が愛読書。それは王子の人格が好きなのではなく、王子と言う身分に憧れているだけ。それを表現するため、王子や取り巻きの身分の高そうな男たちの、ゲスさ加減も挿入しています。

金の為に、上流の男をどうやってゲットするかが、徹頭徹尾描かれています。私は整形迄出てくる予告編を観て、ルッキズムを問うのかと思っていましたが、そのルッキズムは何のため?が、描かれていました。身分の高い、または金持ちの男に見染められる、それしか女の出世はなかったのですね。

エルヴィラは、垢抜けないので美しいとは言えませんが、なかなかキュートな顔立ちです。しかし王子をゲットするため、整形させる母親。このシーンがですね、私は身体的にグロイのは、割りと大丈夫なのですが、出血が少量なのが返ってリアルで、もう痛い痛い痛い!当時では命懸けだったんでしょうね。それを母親がさせるとは。

舞踏会でも、アグネス=シンデレラが謎に包まれて登場すると、王子はエルヴィラを振り切り、アグネスに一目散。状況を観て、あの男この男と踊れと娘に指示する母親。狂ったように相手するエルヴィラですが、まるで廓の回し部屋です。

今の感覚では、レベッカは毒親なんでしょうが、彼女も老いの身を投げうって、あの男この男にご奉仕です。好き者なんだと思っていましたが、ラスト近くのシーンで、アルマに若い男との行為を観られ、娘を見つめる彼女の表情は、物凄く哀しい。

でも男に催促されて、娘の前で「ご奉仕」を再開します。当時としては充分老いの身の上ながら、その屈辱は解らないのでしょう。搾り取るなら天晴ですが、男から男へ寄生する以外の道を知らないのです。

アグネスもなかなかのビッチで、馬番とデキているのに、「王子様を射止めないといけないの」←駆け落ちしても構わんだろうが。彼女も当時の価値観に踊らされている。

一人、アルマのみがこの価値観の中、抗います。彼女が初潮を迎えた時、本来ならおめでたい事なのに、悔しがる様子が不憫でならない。女性としての自分を否定しているのです。アルマが老婆になったような姉エルヴィラを、家から連れ出すラストは、この物語が、一番語りたかったことではないかしら?女性を苦しめ続けた価値観からの、脱却です。

かく言うワタクシも、充分に「女の人生は男次第」を叩き込まれた世代です。それは間違いだと、今は断言します。人生は自分次第。金目当てで、男探しなんかするんじゃないよ!という、教訓がいっぱいの作品です。


2026年01月04日(日) 2025年 ベスト10




明けましておめでとうござます。今年もよろしくお願い致します。

昨年は洋画邦画合わせて、45本の劇場鑑賞でした。この本数ですが、良く観たなぁ、というか、観られたなぁが実感です。
実は昨年三月半ばより、長年住んでいる団地の役員に久しぶりに就きました。居住者の高齢化による衰退は解っていましたが、蓋を開ければ衰退どころの騒ぎではなく、ほぼ死に体。

団地の自治会は、単なる親睦団体ではなく、自主管理団体です。私は謙虚でありたいと思う人間ですが、必要以上の謙遜は、嫌いな人間です。マンション管理の仕事に携わって12年、自治会を立て直せるのは自分しかいないと自負し、会長の元、今年は大車輪でした。お陰様で、倍のスピードで頑張った甲斐があり、何とか形になりました。役員に就いた頃は、劇場鑑賞は30本切るかと予想していて、ベスト10は出せないと思っていたので、嬉しいです。

そうは言っても本数は少なく、洋画邦画共に、御作品ずつ選びました。

洋画

1.教皇選挙

2・フランケンシュタイン

3.ワン・バトル・アフター・アナザー

4.愛を耕す人

5、トロン・アレス

邦画

1,爆弾

2,敵

3,フロントライン

4,ペリリュー 楽園のゲルニカ

5,国宝

洋画と邦画を合わせての一位は、「教皇選挙」です。

以上です。胸が熱くなったり、心が躍ったが基準です。そういう意味では「敵」は別物でした。時には滑稽で侘しささえ漂わせながら、老いのダンディズムを見せて貰い、最後まで好奇心いっぱいで観られました。私的に主演男優賞は、長塚京三です。「爆弾」なんて、破綻している部分も感じていますが、熱さが上回ったので、邦画では不動の一位です。「教皇選挙」は、聖職者には程遠く描いているのに、神の存在を身近に感じられて、最後は崇高な感情に包まれて、幸福感さえありました。「国宝」が時間を経ると、段々感情が薄まっていくのに対して、「教皇選挙」は、そのまんま。ぶっちぎりで今年の一位でした。

役員は三月半ばまでなので、役員に向けていた体力・気力は、再び劇場通いに向けたいと思います。今年もよろしくお願い致します。


2026年01月03日(土) 2025年 ベスト10


明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

昨年は46本映画館で鑑賞出来ました。少なっ!と思うところですが、実のところ、よく観られたなと、少々感慨深いです。というのは、長年住んでいる団地の自治会で、三月から役員に当たりました。これがもぉ、蓋を開ければ、完璧に死に体の状況。団地なので、自治会といっても親睦団体ではなく、自主管理団体です。私は謙虚で在りたいとは思う人間ですが、必要以上の謙遜は嫌いな人間です。マンション管理に携わって12年。立て直せるのは、ここでは自分しかいないと自負しました。会長の補佐として超多忙だったので、今年は劇場では30本くらいだろうと、諦めていたのが、感慨の理由です。

では本数が少ないので、洋画五本、邦画も五本です。

洋画

1.教皇選挙

2.フランケンシュタイン

3.ワン・バトル・アフター・アナザー

4.愛を耕す人

5.トロン・アレス


邦画

1.爆弾

2.敵

3.フロントライン

4,ペリリュー 楽園のゲルニカ

8.国宝

共通での一位は、「教皇選挙」です。


「好き」「面白かった」「心が動いた」を基準に選びました。なので、ボコボコ穴がある作品もありますが、気にしていません(笑)。昨年は体力気力を、大幅に持って行かれた役員の仕事も、あと二か月半程。今後も細々手伝いはする気ですが、また映画に向けて、体力を使いたく思っています。今後とも、宜しくお願い致します。


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