ケイケイの映画日記
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2022年08月16日(火) 「スワロウ」


大阪は高齢者、医療・福祉関係に従事する人、及びその家族は、外出自粛要請中です。我が家も該当するので、映画館はしばしの我慢。この作品は気になりつつも、劇場で見逃していて、アマプラで観ました。異食症と言う珍しい疾患を取り上げながら、繊細な描写で解り易く描いた秀作でした。監督はカーロ・ミラベラ=デイビス。

NYの郊外に住むハンター(ヘイリー・ベネット)。夫は裕福な父親の会社で出世しており、誰もが羨む生活です。その実、自分に関心のない夫、見下す義理の両親に逆らう事が出来ず、神経をすり減らすハンター。やがて妊娠する彼女ですが、どんどん心が追い詰められ、ある日ガラス球を飲み込みます。その事でストレスからの解放を感じるハンター。しかし、やがて夫や義両親の知る事となり・・・。

冒頭、夫の昇進祝いのシーンで、「この昇進は、美しい妻、ハンターのお陰です」と、集まった人に告げます。これは外へ向けた社交辞令です。二人きりになると、ハンターとの会話すら無視する夫。一見優し気に見える義両親ですが、ハンターが話しているのに、それを遮り別の話を持ち出す義父。インターホンも鳴らさず勝手に息子の家に入る姑。ハンターがかつて販売員だと言うと、「息子と結婚出来て良かったわね」と微笑む。優秀で経済力のある息子と結婚しなかったら、あんたの人生なんて値打ちがない、と言う意味です。

もう三人とも、サラサラと見事な見下し。いやいや、多分妻を、嫁を、見下していると言う自覚もないでしょう。本気で自分たちの身内になれたハンターは、幸運だと思っている。この夫側の尊大さ。私の世代なら、ハンターに自分を重ねる事は容易だと思いますが、これは現代のアメリカのお話し。暗澹たる気持ちになります。

ハンターは料理上手で家を美しく飾り、ガーデニングにも精を出します。夫婦の営みでは、昼間の従順さとは真逆で、夫を翻弄する。「バトル・オブ・セクシーズ」で出て来た、「夫たちは、キッチンとベッドのみ妻を愛している」と言うセリフそのままのハンター。夫と言う名の権力者側から見たら、正に理想の妻です。しかし「バトル〜」は1973年が舞台。今も昔も変わらぬ若い妻の苦しみに、胸が締め付けられます。

ストレスから異食が始まったのは理解出来ました。ガラス玉から、釘、ステンレスの尖った部品など、命を脅かすような物まで飲み込むハンター。お目付け役として、男性ナースが彼女を監視します。多分、力づくで止めさせようとしているのでしょう。本当にハンターを思うなら、緊張させないよう、同性を選ぶはず。

しかし善き人でありそうなナースは、「私の国は戦争中で、精神を病んでいる暇はなかった」と、ハンターに語り掛けます。それは確かに。このセリフはズシンと胸に響きました。それでも私はハンターが甘えているとは思えませんでしたが。

ハンターの自己肯定感の低い、自信のない姿は、出生に原因がありました。母の一家は敬虔なキリスト教徒であるため、望まぬ出産を選択。ハンターは常に家族の顔色を窺い、家族は腫れ物のようにハンターに接していたのでしょう。上辺だけの偽りの幸福。これが彼女の自己肯定感の低さの根源です。

どうせ行くところなんかないだろう、精神病院に入院しなきゃ離婚だぞ!と詰め寄る夫や義両親から、寄る辺ない身の上のハンターが、どうやって復活したか?これがあっと驚くウルトラC。凄い脚本だなと感嘆しました。多分ずっとずっと、お守り代りに、「相手」を密かに追いかけていたのでしょう。常に受け身だったハンターの様子からは信じられない、攻撃的な再生に、これが本来の彼女なのだと感じました。

ラストの彼女の選択は、キリスト教、正家や婚家からの決別を表現していると思いました。

Twitterをロムしていたら、「年収600万〜700万の男は、俺の方が稼いでいると、家事育児を妻に押し付け、嫁を財布代りにするが(夫の小遣いが増えると言う意味)年収400万〜500万の男は、始めから自分の稼ぎだけでは生計が成り立たない自覚があるから、率先して家事育児を分担してくれる。狙い目は年収400万〜500万の男」と流れてきて、爆笑しながら快哉しました(笑)。そうだよ、その意気だよ。結婚して子供産んでも、仕事を辞めたら駄目です。

夫婦とは、相手がどんな境遇であろうと、常に対等であるものです。夫が妻を躾るとか、妻が夫を成長させるとか、とんでもない。常に思いやりと敬意を忘れず、支え合い、二人一緒に成長するんだよ。

ヘイリー・ベネットは好きな女優さんです。大人っぽく憂いのある妖艶さが魅力だと思っていましたが、今作ではまるで別人。可憐で愛らしい少女のようです。自信の無さを取り繕うため、ヘラヘラ愛想笑いするハンターの様子が痛ましい。製作にも名を連ねており、入魂の演技でした。

面倒なメンヘラ女性を描きながら、その実、夫から尊重も敬意も得られない妻の叫びを描いていて、私は秀逸な作品だと思いました。一見の価値ありです。





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