ケイケイの映画日記
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2021年09月24日(金) 「アナザーラウンド」




久しぶりのマッツです。観てからだいぶ経ってしまいました。しかしデンマークが、こんな酒飲み天国だとは知らなかった(笑)。クスクス笑いながら、人生の哀歓に、デンマークも日本もないなと痛感する、哀愁たっぷりの人間賛歌です。監督はトマス・ヴィンダーベア。

冴えない高校教師のマーティン(マッツ・ミケルセン)。授業では生徒たちや親からブーイング、家庭でも妻や息子からハブられて居場所がなく、失意の毎日です。唯一の救いは、仲の良い同僚トミー、ニコライ、ピーターとの会食。そんな時、“血中アルコール濃度を0.05%に保つと仕事の効率が上がる”という理論を聞きます。そこで、ためしにお酒を飲んで授業を行ったところ、思いのほか気力がみなぎり生徒の評判も上々だったため、これに気を良くした四人は、この説を論文にまとめるための実験と称して、勤務時間中の飲酒を実践していくのでしたが。

まずびっくりしたのは、清々しいまでの飲酒の肯定(笑)。四人とも気力充実、マーティンは存在感の無かった、家庭での夫・父としての立場も復権。授業も活気に溢れて、生徒たちから信頼を得ます。いい事尽くめに描いており、まずそこにびっくり。日本では社会人が仕事中に飲酒など、考えられませんから。

これには訳があり、デンマークでは高校生から飲酒がOKなんだとか。劇中でも、生徒が週に50杯〜55杯飲むとの話が出てきて、はい???となりました。マーティンの奥さんも「飲んだくれの国」と評しています。

やれヘミングウェイは酒を飲まなきゃ仕事しなかった、チャーチルも酒と煙草を欠かさなかったとか、ちょっと知的な雑学と、お酒にまつわる芳醇な香りが届きそうな蘊蓄も挿入。自分たちのしている事の言い訳をする、聖職者たちなる酔っ払いの酒と薔薇の日々が、絶妙にチャーミングに描かれています。

飲酒を始める前、マーティンは妻と上手くいっていない事を、三人に吐露。離婚しないのかと問われると、「妻は母として完璧。父の介護もしてくれ、離婚など切り出せない。このまま二人とも老いて、支え合って生きていけると思っていた」と語ります。えっ、ここって日本?どこのアホな中年男ですか?(怒)。妻は夫を愛しているから夫の父を介護し(奥さん夜勤が多くて、ナースかと思う)、家庭を守り子供を育てているんじゃないの?そこに「愛」と「感謝」があればこそ。これは妻にとって非常に侮辱的な言葉だと、お解りいただけようか?親と子供の世話さえ出来りゃ、誰でもいいのか!と、このマーティンの言い草に、私が憤慨。この辺の中年夫婦の心のすれ違いは、幸せの国・デンマークでもあるんだと、少し感慨深かったです。

しかしマーティンとて、優秀な研究者であったのを、父の介護のため、意に添わぬ教師に転職したと解ります。誰にも愚痴を溢さず、殻に籠る彼に同情はしますが、ちゃんと妻と家族とに向き合わなかった報いが、今来ているのだと思いました。

他の三人も、かつての恋人が忘れられない、恋愛経験がない、美しい妻は三人の子育てで、俺の事は構っちゃくれない等々、現在侘しさを託つ身の上。それを救ったのが、お・さ・け。人生に希望も薄く、適当な日々を重ねてきた彼らが、みるみる自信を取り戻す様子が、ユーモラスに楽しく、そしてペーソスたっぷり描かれています。

このまま行くのかな?と思っていたら、やはりな、の展開。こんなに調子が良いならば、もう少しアルコール濃度を増やしてみようと決める四人。ここから墓穴を掘っていきます。お酒で得た喜びは、お酒によって滅びるのですね。

アルコールの適量は体格や性別にもより、女性は男性の半分です。人種も関係するかな?度を越してしまうと、と言うより、0.05%は、度を超す誘発になる値なのだと思います。お酒大好きデンマークの人々は、国からお墨付きのアルコールを有難く享受しながら、密かに心の底では、依存症に怯えているのかと、後半を見ていて感じました。

やっぱりしらふの時の自分が、自分なんですよ。そう悔い改める出来事があったはずなのに、ラストではどんちゃん騒ぎの誘惑に負けてしまうのな(笑)。その楽しそうな様子に、下戸の私はホッとするやら、羨ましいやら。最後に元ダンサーのマッツの華麗なキレキレのダンスが観られて眼福です。海にダイブするマーティンの姿は、国民的憂いが、永遠に続くような気がしましたが、何故か否定できない喜びも感じます。アルコールに焦点を当て、デンマークの一面を描いた秀作でした。



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