ケイケイの映画日記
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2020年12月08日(火) 「朝が来る」




コロナの第3波がザワザワし出した頃に観たので、もう3週間前くらいでしょうか?うーん・・・。評判良かったので期待しました。丁寧に繊細に描けている場面もありますが、あり得ない場面も多く、良かったとか好きだとは、全く言えない作品です。監督は河瀬直美。今回ネタバレです。

不妊治療をするも、子供が授からず諦めた清和(井浦新)と佐都子(永作博美)夫婦。二人で暮らして行こうと思っていた矢先、特別養子縁組を知ります。ひかり(蒔田彩珠)と言う少女から男子を授かり、名前を朝斗と名付け、子育てに追われながらも、幸せに暮らしていたある日、朝斗の母親のひかりだと名乗る若い女性から、朝斗を返して欲しいと告げられます。

前半の妊活、幼稚園での子供同士の諍いが描かれたのは、良かったです。不妊治療が描かれると、女性の側ばかりに焦点が当てられますが、今作は男性側の不妊です。井浦新の上手さもあって、無精子症と言われた男性の、己を全否定されたような失意のどん底にいる辛さが良く伝わり、辛いです。

私が高校生の頃、兄が東大生の同級生がいて、その兄に譲り受けた国語辞典を持ってきていました。東大を合格した人の辞書には特別な事が書いてあるのかと、面白半分、わいわいみんなであれこれ引いていました。「女性」と言う項目も引いてみると、幾つか書いてある中に「妊娠出来る人」と書かれてあり、みんなで顔を見合わせて、「男性」も引いてみる。そしたら「妊娠させられる人」との記述が、やはりありました。今から40年前の事ですが、「これって流石に削除じゃない?」と、その場にいた全員が賛同。今思えば、みんな中々柔軟な思考の女子高生でした。代理母や体外受精が取り沙汰されても、根本的な人としての尊厳や苦悩は、次代を経ても変わらないのです。

子供同士の怪我をさせた、させられたの類は、子育てすると避けて通れない事です。朝斗の言う事を信じられるか否かで、自分が試されているように感じる、佐都子の感情の描き方は良かったです。朝斗が間違っていなかったと安堵する顔は、母親以外の何者でもなかった。

しかし!どうして朝斗が「自分は何もしていない」と言うのに、佐都子は相手の親に電話するの?これはあり得ない。仮に朝斗が友達を怪我させてしまったとして、幼児の悪気ない行為は、目の届かなかった園の責任です。呼び出しを食らうのは良いのですが、こういった場合、加害者とされる方も傷ついているはずで、先ずは園側が謝罪して然るべき。そして必ず園でお互いの保護者を呼んで話し合いです。お互い勝手に連絡しないよう、釘を刺されるはずです。

それと、基本公立でも私立でも園内で怪我をした時は保険が使えるはずです。それを待ってましたとばかり、怪我をした方の母親は治療費と慰謝料を持ち出す。えっ!慰謝料?!私は大阪市内でも柄の悪い地域に住んでいますが、息子三人、怪我をさせたさせられた、及び他のクラスメートでも、こんなケースはわんさか観てきましたが、「慰謝料」なんて宣う親は、今まで観た事も聞いた事もない。捻挫くらいで、まるでタカりじゃないの。全くゼロではないにしろ、こう言う事例はかなり特殊と思われ、ここで違和感が募ります。

怪我した子が嘘をついたとわかったのはいい。どうして即一緒に遊ばせるシーンが入るの?先ずは親子で謝罪でしょ?子供と親を描くなら、当然入れて然るべきシーンです。それがなきゃ、私は一緒に遊ばせられません。細かいようですが、違和感増大。監督はお子さんいるはずなので、余計です。

後半からは、朝斗の実母であるひかりの六年間が描かれます。同級生との恋愛からの妊娠、家庭で大騒動になり、両親(とりわけ母)主体で朝斗を特別養子縁組に出すも、様々な軋轢により家を出て現在一人暮らし。荒んだ様子は、朝斗出産時から変貌しています。ひかりの六年間の変遷を描いていますが、これも謎の連続。

まずひかり妊娠で動揺する彼女の家庭はわかる。でも相手の親は全然出てこず、言い争いになる場面もなし。相手の男子生徒へ、この事が伝わっているかどうかもわからない。ひかりの親が文句ひとつも言わないのは、おかしいです。

二人の「初体験」の場面がロマンチックに描かれますが、これも失笑。イメージビデオみたいですが、中学生同士ですよ?想像するに、数十秒で終わるのじゃないですかね?えっ、私の注文が細かいってか?そうですか。でも私は自分で責任取れもしない中学生の濡れ場に、このロマンチックさは許し難いのです。

そして言葉。奈良が居住地のようですが、言葉がバラバラ。父親だけ関西弁で、他は母、姉、ひかり、全員標準語で時々下手な関西弁。どうなっちゃてるの?方言指導出来ないなら、居住地は関東に変更したら?それとも原作に理由が書いてあるなら、描くべきです。

ひかりの変貌は、私は想定内です。いくら中学生とは言え子供一人を産んで、人生が変わらないはずはないのです。後で出てくる「なかった事にはしたくない」は、真理。その気持ちを汲み取る事が出来ない親は、しかし毒親だとは思いません。この反応が一般的なのじゃないかな?デリカシーの無さは、とても気になりましたが、親は親なりに、ひかりの人生が「普通」であるよう、軌道修正したかったのでしょう。そして親との感情の乖離から、荒んでいくひかりの気持ちも理解出来ます。この過程は、とてもリアルに感じます。

しかし、ひかりが清和と佐都子の前に現れてからが、またもう。ひかりは最初朝斗を返して欲しいと言います。それを断られると、お金を要求し、出さないと周囲に朝斗が実の子ではないと言いふらすと言う。恐喝です。何故恐喝したか、自暴自棄になる過程がのちに描かれるので、ひかりの気持ちは解ります。

しかしこの夫婦の対応がなぁ。家に呼ぶか?恐喝してるんだよ?普通危ない相手に決まっているでしょう。電話番号だけでも、どこで調べたか聞くべきだし、家なんか教えて個人情報丸裸ですよ。先ずはベビーバトン(特別養子縁組斡旋団体)に連絡でしょう?これも後で団体が活動停止になったと描かれますが、人の命のやり取りです。普通は細々でも受け皿の団体を残すか、別の団体に業務を引き継ぐはず。なのでベビーバトンの関係者に相談しないのは、解せません。実際実親が子供に会いたいと言うケースはあるはずで、ガイドラインはあるはずです。

そしてひかりをあなたは本物のを親じゃないと、追い返す。だから尚更この家の所在と朝斗の関係を何故知っているのか、どうして聞かないの?「あなたは誰ですか?!」と叱責するより、もっと大事な事です。

そしてその後、捜索願いが出ているのでと、刑事が来て、写真と名前を見て佐都子は、本物のひかりだと理解。えっ?近辺に住む女性の捜索願いで、普通刑事が来ますか?警官ですよね?何か事件に巻き込まれたのかと想像しましたが、それもなし。もう何なの?

そして朝斗引き渡しの際に、ひかりから貰った手紙に「なかった事にはしたくない」の文字を見つけた佐都子は、必死でひかりを探す。そして都合よくひかりを見つけ、「広島のお母ちゃんだよ(実の母親と言う意味)」と、ひかりと朝斗を繋ぎます。

↑もう全くわからん(笑)。い「なかった事にしたくない」の一文で、ひかりのこの六年の辛い生活が、一瞬でわかるのか?あんたエスパー?(笑)。理由は何にしろ、ひかりが朝斗の事で夫婦を恐喝したのは事実です。それって朝斗への冒涜でしょ?情が勝る案件ではないです。

ベビーバトンは、早い時期に養子だと子供に教えるようなっているそうで、それは良い事だと思います。しかしいきなり子供の前に、荒んだこ実母を見せる必要があるのか?こういう場合、感情が最優先されるべきは、育ての親でもなく実母でもなく、子供です。ここも許し難い。

とまぁ、一見リアリティのある描き方で、切なさや社会に対して訴えているようで、中身はスカスカ、疑問がいっぱいって、どこかで見たなと思い出したのが、是枝の「万引き家族」でした。技量としては是枝の方が上ですが。煙に巻くのが数段上手い(笑)。

私が好きだったのは、ひかりのような子たちが、出産するまで過ごす広島にある一軒家での生活です。訳あり女性たちが、哀しさを心に秘め、今は元気な子を産むことだけを考えて暮らす様子が、暖かで切ない。そんな彼女たちを白い目で見ず、見守る村民の姿にならなくてはと、痛感しました。

私が一番良かったのは、ベビーバトンの代表役の浅田美代子。幾つになっても可愛いが売りの彼女が、お婆さんを思わすショットも物ともせず、実に包容力のある暖かな演技で、魅了されました。子供がいない元ナースと言う設定です。子供がいない事が功を奏した造形で、「親が赤ちゃんを選ぶのではなく、赤ちゃんが親を選ぶ、それがベビーバントの趣旨です」と語れるのは、子供がいれば過剰になる親への理解を排し、何を優先されるべきかを、冷静に見つめる事が出来るからです。最優先は、生まれ来る子供の幸せです。

その最も優先されるべき子供の幸せが、私には親の自分勝手が過ぎるように感じました。視点は親でも、幾らでも子供の幸せを優先に描けるはずです。

まぁ良いところもありましたが、私には「許し難い」描写が多過ぎでした。
残念でした。



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