中沢新一の東京アートダイバー ゲスト:細野晴臣 - 2009年11月28日(土) 9時半起床。 昨日来た親子は、14時頃帰って行った。 私は仕度して夕方出かけた。 17時半、渋谷到着。 泉谷さんが表紙だという、「relations」というフリーペーパーを探したところ、棚はすでに次の号の矢沢永ちゃんでいっぱいだった。残念。 ロッテリアで食事してから、青山ブックセンターへ向かう。 さすがに土曜夜の渋谷、混んでました。 今日は青山ブックセンター本店にて、「中沢新一の 東京アートダイバー」という講座に参加してきました。 講座と言っても、いろんなジャンルの人を迎えての対談ですね。 今日のゲストは細野晴臣。細野さんのトークを、じっくり聴いてみたいなと思って軽い気持ちで申し込んだ。 会場は青山ブックセンターの中の、100人ぐらい入る一室。 プロジェクターがセッティングされてて、各席には今日使うらしき資料が置かれていた。それは地図のコピーでした。 都内3ヶ所の地図なんだけど、どうやら昔の情報が書き込まれている。城のあった場所とか、古墳のあった場所とかね。 これを話の中で説明するんだろうな、ブラタモリっぽい、と思ったりして(笑) 時間を15分ぐらい過ぎてから、お二人が一緒に登場。 中沢さんは、初めて生で見る。若く見えるけど細野さんと二つ違いらしい。 細野さんはやっぱり痩せましたね。顔も体もひとまわり小さくなったみたい。 細野さんは最近忙しい、という話から。 ダイエットしたきっかけが、お医者さんからこのまま行くと早死にしますみたいなことを言われたかららしいのですが、それを境にして、音楽も、脳を酷使するようなものから、体を使うものへと変わってきたとか。 今になってベースをバリバリ弾いてるみたいですからねぇ。カッコイイですね。 そして細野さんの子供のころから若いころの話。 細野さんが生まれ育ったのは、今の港区白金台4丁目。 それで中沢さんが、白金台周辺の地図を用意されてたんですね。 子供のころのことで、子供ってのは高音より体に響くような低音が好きで、大きなスピーカーに乗っかって体にズンズン音が響くと、それで病気が治るような気がしたんだよ、と細野さんが言うと、中沢さんが、子供のころってそういう病気ノイローゼみたいなのがありますよね、といたく共感してたのが面白かった(笑) 細野さんも、僕はいろんな病気になりましたよ、なんて。もちろん想像上でしょうけど。私も、子供のころ「家庭の医学」みたいな本を読むのが好きで(笑) 怖い、と思いながらもつい読んじゃうんだよね。 音楽の話もたくさんしてました。 私が初耳だったのは、細野家はクリスマスイブになると銀座に行く習慣があって、チキンなんかを食べに行ったそうなんですが、山野楽器に行って、レコード売り場の手前に楽器売り場があり、そこを通る時に、洋服の袖がアコギの弦に当たってボロロロンと鳴って、それを聴いて天啓のように、これを買って弾かなきゃ、と思ったそうです。それで6千円ぐらいのギターを買ってもらったとか。 だけどなんで、ベースに転向したかと言うと、まわりの友人はエレキブームでみんなエレキを持って、細野さんちに集まったそうで。それで同じメロディを弾くから、三味線みたいなユニゾンだったとか(笑) そうなると、何か足りないなってことになり、細野さんはバッキングにまわり、そのうち今度はベース、ってことになったそうで。それを聞いて中沢さんは、オトナだったんですね、と言ってましたけど。確かに細野さんはオレがオレがってタイプではないですね。後ろに下がって全体を見るってのは、もうそこから始まっていたようです。元からプロデューサーが向いてるんでしょうね。 地図をプロジェクターで見せながらしゃべってたのは、細野さんが子供のころよく遊んだ場所とか。自然教育園にはよく行かれたそうです。地図上では旧白金御料地となってます。 で、地図上に、青い帯状の模様があるんですが、これは、昔、海や沼地だった場所なんだそうです。そういう場所っていうのは、今でも少し低くなってるんだそうですね。そしてその周辺には、古墳や集落跡などがたくさん残っていると。これはちょっと面白い。 1枚の地図は、白金台より北、渋谷周辺や南青山、麻布、六本木など。 ああ、泉谷さんの地元の東山は、やはり高台ですね、水没してない(笑) でも目黒川周辺はずーっと青いです。 そしてもう1枚、これは解説がなかったんだけど、なんと私の地元近くの奥沢周辺の地図でした。奥沢7丁目に、奥沢城跡という囲いが。はー、城なんてあったのか、知らなかった(笑) そして多摩川の周囲、もっと広い範囲が青くなっていて、そのまわりにたくさんの古墳が。このへんの話も、聞きたかったな。 で、そういう子供のころからの風景が、東京オリンピックを境に、ガラッと変わってしまった。 このことで、細野さんや中沢さんの世代は、大きな傷を受けたというんですね。引き裂かれた、と。日本的なものと、西洋的なものとの間で、ということでしょうね。 中沢さんは、はっぴいえんどなんていうのは、その引き裂かれた東京の叫び声、プロテストなんじゃないか、と言ってました。 だけど、その引き裂かれて断層面ができたときの、「ザラッとしたもの」というのは、表現にとってとても大事だということも、言ってましたね。 そこをならして、なめらかにしてしまうと、つまらなくなってしまう、と。 でも今では、そういう引き裂かれてる感覚がない人がいて、しかもその引き裂かれたあっち側に普通にいられる人が出てきてる、と。名前は出しませんけど、歌手でいうと、もうこの人は黒人だよね、という人が出てきてるって。 確かに……しかもそういう人って売れるんだよなぁ。 このへんの、ザラつきって話は面白かったな。ちょっと、うまく書けなくて申し訳ないんですが。 そうそう、坂本さんの名前が出てきたんだ。中沢さんと坂本龍一さんは、温泉に行ったりするそうで。仕事だかプライベートだか知りませんが。 そういう時に、細野さんの話になって、最近細野さんとわかり合えてる気がするんだよね、と坂本さんがしみじみと話すらしくて(笑) いい話だなぁ(笑) 今日聞きに来てる人たちも、おそらく大半はYMOファンで、昔の二人の確執の話を知ってるだろうから、かなりウケてましたね。 細野さんと坂本さんは直接そういった話はしないそうで。最近坂本さんも幸宏さんもツイッターをやってますけど、細野さんは、僕はチャットもツイッターもミクシィもやらないからね。僕はつぶやかないんです、と言ってました(笑) ちょっと前に坂本さんが、細野さんはツイッターはやらないと思う、とつぶやいてたので、余計おかしかったです。ほんとだ、と思って(笑) 中沢さんによれば、細野さんの笑いは浅草系、坂本さんは関西系入ってるそうで、そこも正反対だと。教授は吉本っぽいのか……確かに細野さんは落語好きだしね。でも声が低いから落語はできないんです、と言ってた。そこをあえてやって欲しいけどな(笑) この先、日本人はどうなっていくのか、と考えたときに、きっと日本人に合った生き方というのがあるはずだから、それを今後問題に直面する若い人たちのためにも、探して示してあげたいと、中沢さんは言ってましたね。 そういう思いはうれしいし、心強いですよね。私はもう若くはないんですけど。だけどまだまだひよっこですから。60代以降の、元気な人たちに、ケツを叩いてもらいたいですよね(笑) そういう存在でいて欲しいっていうか。 いつまでも頼ってちゃいけないのかも知れないけど……でも頼れるうちはいいじゃないですか〜(笑) いいと思うけどなぁ。頼れる人には頼れば。 最後に、お客さんたちから質問を受けてました。 音楽業界のことなんかを話してましたね。細野さんは、僕には関係ない、みたいなことを言ってた、まあ個人でやってますからね。 好きな音楽やりたいなら、それで金を稼ごうと思わない方がいい、って。 ということで、2時間ほどの対談は終了しました。 おもしろかった。もっともっと、聞きたかったです。またこの二人の対談が聞きたいな。中沢さんは、もっとインテリっぽい人だと思ってたけど、結構熱く語る人なんですね。笑える話もはさみながら。楽しかったです。 次回ゲストは、しりあがり寿さんだそうですよ。 -
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