一橋的雑記所

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2006年03月21日(火)

半生です(えー)。



悔しいと。
好きは。
ちょっと、似ている。
かも、しれない。









大好きな焼鳥沢山食べられたから、ちょっとうかれちゃったのかな。
弱いって分かっているのに、周りに勧められてうっかり飲んでしまった。
フレッシュフルーツたっぷりだしそんなに度数高くないよ、なんて。
確かに口当たり良かったし美味しかったけど。
皆と別れてタクシーに乗り込む時にはちょっとふらふらだった。

「ゆかりさん、大丈夫です?」

ふあ、とあくびを噛み殺した瞬間に、隣に座っているあの子が声を掛けてきた。
帰る方向が近いからって、一緒に乗り込んでくれた。
私よりも年下なのに、随分と気が回るし、私よりもずっとサイズミニなのに、バイタリティの固まりみたいなあの子。
そんでもって、かなりの心配性と見た。

「だーいじょーぶだよー」

へらり、と笑って見せたのに、眉間に小さな皺が寄る。
同じシリーズで主役分け合って、結構長い付き合いになるのかな。だから、その間に色んな表情を見てきたけれども。思えばこんな風に二人っきりで過ごす事は意外と少なかった気がする。

「ゆかりさん、お酒弱いんですね……」

困ったような、心配そうな声と表情。あ、今のちょっと、役の雰囲気に近かったな、なんて。

「うんー。てか、奈々ちゃん以外と強いよねー」
「え? や、私もそんなには」

うろたえてるけど、実は結構色んな人に勧められて色んなお酒飲ませて貰っていたのはちゃんとチェック済み。ちっちゃいのに、私よりも若いのに。子どもっぽい言動とは裏腹に、ちゃんと人様のこと気遣えて。
なんか、悔しい。
けどまあ、私には無理だからね。
出来ないものは出来ないんだからね。

「あ、っと。次の交差点で私降りますー」

見覚えある街角に差し掛かったから手をひらひらさせて運転手さんに合図。それから、バッグを探ってお財布を取り出す。

「あ、えっと、私も降ります、から」

え?と思う間も無く、あの子も膨れ上がったでも可愛いデザインのバッグをがさごそし出す。そうこうする内にタクシーは停車灯を点滅させて路肩に静かに停車してしまった。

「――円です」
「あ、領収書お願いします」

てきぱき、という擬音が聞こえてきそうな位手際良く、あの子がお札を出して、お釣りと領収書を受け取る。

「ゆかりさん、行きますよ」

開いたドアから少し肌寒い風が吹き込んで、街頭が逆光になってあの子の表情を暗く閉ざして。
思わず首を竦めながら、差し出された掌を取っていた。


思ったよりももしかして、大丈夫じゃなかったのかもしれない。
送ります、なんて言って肩を貸してくれたあの子を振り解けないまま、おうちまで辿り着く。鞄から鍵を取り出すのにも苦労していたら、あの子は「すみません」なんて謝りながら代わりに鞄の中を探って鍵を見つけ出してくれた。有難うも言えないまま、ドアを開け、薄暗い部屋を見通せる玄関に足を踏み入れる。

「あの、それじゃあ、私はこれで」

律儀に視線を逸らすようにして佇んでいたあの子が、一礼して踵を返す。

「え?何?帰っちゃうの?」

何でそんな事口走ったのかなんて分からない。
気が付いたら、あの子のジャケットの裾を引っ掴んでいた。

「……あ、あの……?」

振り返ったあの子は、少し困ったような顔で。

「あのね、奈々ちゃん、ゆかりとそんなにご近所さんじゃなかったよね?」

急いで言葉を探す。勿論中身はあてずっぽうと言うか、思いつきだった。けれども、その瞬間、何だかあの子は酷く慌てた顔になった。

「あ、いえ、大丈夫です。このあたりからならちゃんと帰れますから」
「今からタクシー掴まえるの? 結構大変じゃない」

何を焦っているのか自分でも分からないまま、掴まえた裾を引く。

「ゆかり、明日オフだから、遠慮しないでも良いよ?」
「はい?」

何て言うんだっけ、こんな表情の事。鳩が豆、だっけ。豆が鳩だっけ。どっちでも良いかこの際。

「奈々ちゃんさえ良かったら、うちに泊まってけば」
「……………っ!」

あ、鳩が赤くなった。


すみませんすみません、と何故か謝り続けるあの子を取敢えずリビングのソファに座らせて、私は洗面へ。結構頭ぐらぐらしてきて目眩だか眠気だかわかんない状態がじわじわ迫ってきていたけれども、メイクしたままはちょっと辛いから、頑張ってしっかりと落とす。あーでも、やっぱり、ちょっと、苦しい、かも。
ずるずる落ちそうになる身体を洗面台で支えようとして、手が滑る。横っちょに置いてあった洗顔剤のボトルがあっという間に転落して、派手な音を立てた。

「――だ、大丈夫ですか?」

耳聡いなあ、なんて思いながら、ゆっくりと床に跪いてボトルを拾おうとしたら、くらり、視界が斜めに歪んだ。まずい、マジでまずい。

「ゆかりさんー?」

心配げな声が近づいてくる。嗚呼、もう、どうしたら良いのか分からない。返事すら出来ないで床にへたり込む。

「あの、失礼しますよ?」

控え目な声と共に洗面のドアが開かれる。

「ちょ……! ゆかりさん?!」

慌てた声がもっと近くなって、訳が分からないまま、あちゃー、って思う。

「大丈夫ですか、気分悪いんですか?」

大き過ぎない、抑えた声が耳元に近づいて、私の胸が意味も無く騒ぐ。頭は相変らずぐるぐるで、何か応えようとしても声が出ない。

「顔色、良くないですよ」

言いながら、そっと肩に手が添えられる。ひんやりとしたそれが、何だか心地良いから。

「……気持ち、悪い」

素直に、言葉が零れ出た。

「気持ち悪いんですか、お水、飲みます?」
「や……飲んだらもっと」

視界は未だにぐるぐるしているけれども、気持ちは少し、落ち着いた。飲み過ぎもあるけど、食べ過ぎもあるかも。胸につかえたむかむかが、気分を倍増しで悪くしているのが分かる。

「……あの、ゆかりさん」

私を支えていたあの子が、なんとも言えない、みたいな顔をして僅かに視線を外す。

「気持ち悪いんなら、吐いちゃった方が、楽かもですよ?」
「……う?」

あー、と思う。打ち上げとか飲み会とか、そういう場面で時折交わされる酔っ払い同士の会話とかが、甦る。そっか、私ってば今まさにそんな状態なのかと酷く冷静になる。

「でも、どやって?」
「……はい?」

確かに胸はむかむかしてる。でも、目眩酷い時とかに勝手に催す気分とは種類が違うから、上手くいくかどうか分からない。

「あーえーとですね、あの、指をですね」

あの子の視線が更に更に逸らされる。既に見慣れた困った時の表情が、やっぱり年下だなあって思えたりする。

「指? どうすんの?」
「だから、指をですね、こう、咽喉の奥に」

う。
想像するだけでもちょっと気持ち悪い。

「ゆ、ゆかりさん、大丈夫ですかっ?!」
「だ、大丈夫」
「あの、お手洗い何処ですか、急いだ方が」
「あー」

情けないけれども、年下の彼女に付き添われる格好でお手洗いに向う。だからって、如何にか出来るもんでもないって気が段々としてきた。

「あの、私、外で待ってますから」

言ってそそくさと外へ出ようとしたあの子の、おうちに上がってからまだ脱いでも居なかったらしいジャケットの裾をもう一度、掴まえる。

「……ゆかりさん?」
「手伝って」
「………はいっ?!」

あ、声ひっくり返った。

「だってもう、ゆかり、何が何だか分からないんだもん。気分悪いし頭回るしーっ」

困ってる。分かってるけど、でも、何だか胸のもやもやが、視界のぐるぐるが収まらなくて。

「上手く出来そうにないから、手伝って」

逃がさない、そんな気持ちを込めてあの子の裾を更に、引き寄せた。


何で、そんなぐったりしてるのかな。
取敢えず、どうすれば良いのかは良く分かったし、お陰様で胸のもやもやも視界のぐるぐるもかなり楽に治まっていた。二人して洗面で確りと手を洗った後、私はうがいを済ませ、その間にあの子は「お水とか貰って良いですか」とか律儀に断ってから冷蔵庫を開けて、その辺に仕舞っていたマグカップを二つ出してきて、ミネラルウォーターを二人分用意してくれた。
「ゆっくり飲んでくださいね」なんて言われながら口にしたそれが、咽喉を落ちて行く冷たい感覚が物凄く気持ち良い。

「飲み過ぎると良くないですよ、気をつけて」
「はーい」
「咽喉、大丈夫ですか?」

心配そうに見上げてくる視線に、こくん、と頷いて空になったマグカップをテーブルに置く。私たちのお仕事は声のお仕事だから、咽喉は確かに大事にしなきゃなんだけど。

「大丈夫。焼けたりしてないよー」
「なら、良かったです」

ほっとしたように息を吐くと、あの子もマグカップをそっとテーブルに戻した。確り者だなあ、と思う反面、ちょっと心配性過ぎるなあ、とも思う。

「奈々ちゃん、心配し過ぎ」
「は? え?」
「ゆかりも、子どもじゃないし」
「あ、ええと、すみません……」

まるで叱られた子どもみたいに視線を落とすあの子に、しょうがないなあ、って思う。

「……っ! ゆ、ゆかりさん?!」
「奈々ちゃんは案外、子どもだねー」

撫で撫で、そんな風に、あの子の小さな頭で掌をゆっくりと動かす。怒るかな、と思ったけれども寧ろ、真赤になって困ってしまった。ああ、何だか私、困らせてばかりじゃない?

「そこがまた、可愛いんだけど」
「か…っ!?」

さっきまでの確り者の面影を何処に置き忘れてきたのか、あの子はひたすら慌てふためいている。くるくるとおどおどと居場所が定まらないくるりとした目が何だか凄く、愛らしい。

「ありがとねー、ホント、助かったー」

だから、素直に言葉にして呟くと、もじもじしていたあの子の動きがぴたりと止まった。

「……奈々ちゃん?」
「いえ、あの……すみません」
「何で?」

何でそこで謝るのかな。思わず私も掌の動きを止めたら、そのままするり、っとあの子は身を翻して立ち上がった。

「洗面、お借りしても良いですか?」
「あ、うん、どぞー」

なあんだ、とちょっとほっとする。さっきのは、洗面を借りる為の言葉だったのかな。
自分の鞄を手に洗面へと急ぐあの子を背中を見送ったけれども、それが何だかさっきまでよりもずっと小さく見えて。

「……何なのかな」

もう気持ちが悪い訳じゃなかったけれども、胸の中が少し、もやもやっとなった。


困った。
あの子は思った以上に頑固者だった。

「だからね、別にいいじゃん一緒でも」
「や、駄目ですよ、私寝相良くないですからっ」

今日はもう遅いからお風呂とかシャワーとかしちゃうとご近所迷惑かなあってそっちは我慢して貰って、取敢えずお着替えだけは貸してあげて。それでもかなり強硬に固辞されたけれども何とか押し付けるのに成功して。でも、最後の難関がその先には待ち構えていて。

「だからってソファはあんまりじゃん? 寒いし身体に悪いし」
「平気です。私、頑丈ですから」

確かに、見た目に反して相当タフな体力の持ち主なのは知ってる。こんな小さな身体で武道館だのドームだのを満員にして縦横無尽に走り回って何時間もステージをこなすんだから。でも、だって、それでも。

「そっか」

あんまり遠慮が過ぎるので、ちょっと面倒になってきた。

「分かった、奈々ちゃん、ゆかりと一緒に寝るの嫌なんだね」
「え? あ、あのっ」
「日記とか見てるとさー、結構色んな人と旅行行ったり雑魚寝したりしてるよね。なのに、ゆかりとだけはそんなに嫌なんだ」
「ちょ……っ、ま、待って下さい、そうじゃなくてっ」

慌てるあの子をじっと見据える。口をぱくぱくさせて何か良いたげだけど、ホント、面倒だなあって思う。

「分かったよ。じゃあ、ゆかりがソファで寝るから。それで良いんじゃん?」
「な、何でっ!」

良くない良くない、とぶんぶん首を左右に振るその姿は可愛いんだけれどもな。困り果てたあの子をまじまじと改めて観察する。人当たりが良くて、誰に対しても礼儀正しくて真面目な子。割と誰とでもそつなく付き合ってそうに見えるのに、何でかな、時々、私に対してだけ物凄く頑なに見える時がある。たとえば、今みたいな場合とか。
遠慮も何も無いのにな。さっき、私が面倒見てもらったことなんか、冷静に考えたら物凄く大変な事だし。あの時は、ホント、カッコいいなあとちょっぴり思ってしまった位、冷静で落ち着いてて、しかも優しかったのに。

「奈々ちゃんさあ、やっぱ、ゆかりの事、嫌いでしょ?」

そうでなくても多分、苦手なんじゃないのかなあ、ってちょっと思った。
一緒のお仕事の時は、いつも傍に居てくれるし、共演してる作品の中ではキャラ同士がとても想い合ってるから、役に物凄く思い入れるタイプのあの子は時々、コメントとかで物凄く私が演じてるキャラの事愛してる、みたいな発言もしてくれるから、ホント誤解しそうになるけど。素に戻って冷静に考えると何だか、他の人に対するよりもちょっと引き気味なのかなあって思える態度が見え隠れするし。

「無理しなくて良いよ。奈々ちゃん、優しいから今日だって私のこと、ほっとけなくて付き合ってくれただけだったんだよね」

だから、言葉は止まらなくなる。
何度か言い返そうとする素振りを見せていたあの子の目が、じわじわと伏せられる。
ああ、もう、何だか、とてもとても、面倒になってきた。
何でこんな風に私、ぐるぐるしてんだろう。
不意に、もやもやがまたぶり返す。
そうだ、何処か変なんだ。
この子と居ると、調子狂うことが多い。普通だったら、自分の調子を掻き乱すようなこんな面倒なタイプの子には最初から、下手に近づいたりしないし、お仕事で一緒になること多いからって気に掛けたり近寄せたりしないのに。
だから、言葉にしてしまったせいで、気付いてしまった。
あの子の優しさとか、好意とか、多分きっと苦手なんだろう私にさえ向けてくれるそういう暖かい気持ちとか態度とか、そういうのを、お仕事とは別の次元で多分、受け入れそうになってたんだ。

――なんか、悔しい。

「……無理、なんかしてないです……っ」

ぼんやり、そんな事を考えて、馬鹿だなあ、なんて結論に達しつつあった私の耳に、これまで聴いたことないようなあの子の声音が届いた。
顔はまだ、伏せられたままで、表情は少しも見えなくて。
でも、こんなに苦しそうな、切なそうな声は。
演技でも、普段でも、聴いたこと、無い。

「私の方こそ……ごめんなさい、本当に、ゆかりさんの気持ち少しも考えないで、勝手ばかりして」
「……奈々ちゃん?」
「ゆかりさんのこと、心配で心配で、でも、結局私のしてることって、押し付けがましいことばかりですよね。はは……なんか、今更ですけど、ほんと、申し訳ないです」

ぎゅっ、と、固められた拳が膝の上で震えていた。私の室内着だとやっぱりちょっと丈とかが長くて、子どもみたく伸びた袖がその拳を半分くらい覆っているのが何だか可愛らしいな、と、私は現状には本当に無関係極まりないことをぼんやりと考える。

「こういうの、ほんと、今夜限りにしますから。だから、私がゆかりさんのこと、嫌ってるとか、そんな風に思うのは……っ」

不意に、あの子の語尾が強く揺れて、ぼんやりと見とれていたその拳の上にぱたり、と何かが落ちる。

「な、奈々ちゃん……?!」
「………っ!」

吃驚して差し伸べた手の先で、あの子はいやいやをするように後ずさる。了の拳が俯き加減の顔上半分を覆い隠す。

「……奈々ちゃん」
「ご、ごめんなさい。やっぱり私、あっちで……」

そのまま、立ち上がろうとしたあの子の身体を、私は。
私は、広げた両手で引き止めた。
引き寄せた身体はやっぱり少し私よりも小さくて。
でも、私よりも暖かくて。
ああ、もう、って思った。
何でこんなに面倒でややこしくて、素直で優しくて、カッコ良くて情けないんだろう。こんなに小さいのに。

「奈々ちゃん?」
「…………」

私の腕の中で、凍りついたように身動き一つ取れないでいるあの子は、何だか小動物そのもので、少しだけ愉快になる。

「なーなちゃん?」
「……はい……」

胸元でくぐもったように、低くて小さな声が響く。
不意に、あの子が演じた少女のことを思い出した。
信じるものの為にただひたすらに懸命でひたむきで。そのせいで傷ついてぼろぼろになって。なんでそんなことまで、って、観ていて何度も思った。私が演じる少女が、彼女に手を差し伸べ、その世界から引っ張り上げるまで、ずっとずっと、もやもやし通しだった。
あんな風にひたむきに誰かを求めたりは出来ないな、だって面倒だもん、なんてことをいつか私が話した時、あの子は、私はこんな風に誰かを愛したいです、と綺麗に笑ったっけ。
そういう愛情って相手からしたら結構、重くない?なんて返したら、あの子の笑顔が凄く曖昧になったことも……覚えてる。

「……悔しいなあ」

何故かふと、零れ落ちた言葉に、腕の中のあの子が小さく身じろいだ。

「だって、嫌われてるのかもって思ったのはゆかりの方だよ? なんで奈々ちゃんがそんなに悲しそうなの?」
「あ……っ」

慌てたようにあの子が顔を上げる。くりっとした瞳がうっすらと赤い。

「なんか、ゆかりのが奈々ちゃんを好きみたいじゃない?」
「好……っ!?」

ばっ、と凄い勢いで身を引いたあの子を今度は引き止めなかったから、私はほんのりと上気したあの子の泣き顔をまじまじと目にする事が出来た。

「あ、ゆかり、嫌いじゃないみたいだよ、奈々ちゃんのこと」

物凄く他人事に聴こえるのは承知の上。だって、自分でもまだ、良く分からないから。

「ただ、奈々ちゃんがゆかりのこと、嫌ってたら、少しは悲しいかも」
「き、嫌ってません……! 嫌ってませんから……っ!」
「了解ー」

恐ろしく真剣に頭を振るあの子に、私は笑顔を向ける。

「分かったから、だから、ほら」

ぽんぽん、と、掛け布団を捲り上げたベッドを軽く叩く。

「こっち来なさい。大人しく」

小首を傾げながら誘うと、あの子はほんのちょっと眉を下げた、何処か情け無さそうな顔になった後、諦めたように小さく頷いた。


部屋の灯りを落とすと、何だか外の音が遠くから響いてくるのが急に分かる気がする。いつもなら、その音がいつまでも気になって眠れないのだけれども、今日はそこに別の音が入り混じって、それが何だか心地良い。

「……奈々ちゃん?」
「……はい」

微かな呼吸の音は、遠慮がちに私に背を向けて横になっているあの子のもの。小さいくせに真っ直ぐなその背中は、起きている時同様、カッコ良いけど何処か頑固で微笑ましい。

「今日は色々、ありがとうね」
「……いえ、却ってご迷惑掛けてしまって……」
「あー、もう、それは良いから」

苦笑する。

「奈々ちゃんが居てくれて色々助かったのは事実なんだから」

ちょっと、悔しいけどね。
誰かの為にとことん一所懸命になれるこの子が。
自分には無い素直さとか頑固さとかカッコ良さを持ってるこの子が。
多分、私は、ちょっぴり苦手だけど、嫌いじゃないんだって分かったから。
ホント、悔しい。

「だから、困らせたくなるのかな」
「……はい?」
「あー、うん、なんでもない、独り言」

一番悔しいのは、私のこと、嫌いじゃないって言ったこの子が。
じゃあどんな風に私のこと、想っているのかがやっぱりイマイチ良く分からないこと。
次のシリーズでも共演することは決まってる。しかも今度は2クール。だからその内、その辺についてツッコんだり出来る機会もある、のかな。

「それじゃ、おやすみー、奈々ちゃん」
「はい、おやすみなさい……ゆかりさん」

おやすみの挨拶を交わした後、目の前に横たわる背中に向けて、私は軽く指鉄砲を突きつける。
どうせなら、魔法が良いかな、なんて思いながらばーんと心の中で撃ち放つと、私はそっと、目を閉じた。
二人分の熱を集めた布団はいつもより柔らかくて、とてもとても、寝心地が良かった。



― 了 ―




ええと。
『3月のライオン』のあかりさんが。
とっても素敵だったもんで、つい(胡乱)。


一橋@胡乱。 |一言物申す!(メールフォーム)

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