航海日誌

2004年07月14日(水) やられました。

暑さに。

こんばんは四亜です。

連日、猛暑が続いていますね。

今日は、最後の公開講座でした。
レジュメとおりではなく、酒井抱一。
面白かったです、というか、なんとなく先生の気合いの入り具合が、(笑)
多分、リンパとかめちゃすきそう。(笑)
こういうのはとっても面白いです。がしかし。
空調が効き過ぎで、眠くなり、寝ました。(ごめんなさいすいません)
いや、でも戦ってたんで、その様子はわかったはず・・・!
ひさしぶりにペン落としたよ。(涙)眠りながらノートとって、ノート怖い。
なにげに先生が横通ったときも、うぎゃーーーー(←心の声)と思っていた。
でも、応挙であってたじゃん!先生がなんか言うから、別の近代芸術の巨匠とかかと思っちゃったよ。(笑)

学生はこれから試験なわけで。一応その設問聞いていたけど、うちの大学は少なくとも、わりと簡単だと思う。(・・・今やってる日本美術史の方が面倒だもん)
何せ私でもぎりぎりでとれたくらいだし。

授業を聞いていれば全部答えられる設問でしたんで。

スペースなんちゃらってコースがあるらしい。(2年前にできたらしい)
その展覧会?がスペースD(学校のギャラリー)でやってて、面白かった。
すごく熱心に見てる人がいて、もしかして学長?とか思った。(あまり覚えてないけど、学校関係者だと思う。)
それで、課題を説明してる女の子がすごく真剣で、よかった、こんな人もいるんだ、とか思った。私的には前回見たビジュアルデザインコースより優れているような気はしたんだけど、そもそも畑違いのコースなので、私が知らないだけなのかもしれない。
思うに、平面で表現することってすごく難しい。
使えるものが少ないし(実用的じゃないっていうか、なんか、日常に関係しているのに、日常にそれほど使わなさそうなところとか。)うまく言えない。
パッケージデザインとは、ポスターは別もののような気がするし。
なのに、何でそんなものばっか作ってるんだろうね私。(涙)

半年ありがとうでした。先生、学校。もう行かないです。(遠いし)
図書館は気がむいたら行くかもしれないけど。

オッツー(愛すべき大学の猫ー白黒ぶちー)の碑を発見しました。(涙)
私の愛すべき彼女は(彼女?)事務局のある玄関を出た木の根元にいました。
碑にはオッツーと、オッツーの顔が彫られてました。花と水が供えられていました。
手はあわせなかったけど、なんだか、しみじみ、じ〜んとくるものがあって、しばらく見ていました。今でも愛してます。私の心の師匠。(は?

猫ですが。


それから。久しぶりに、栄へ行きました。
本当は、名古屋へ行く予定だったのだけど、普段使わない電車を使ったら、間違えて(笑)栄へいき、画材屋さんで額を見ました。が、やっぱり予定通り、無いので、ハンズへ行きました。
久しぶりに町にくると、いろんなお店がかわっていて、なんか妙に自分が取り残された気がします。錯覚なんだけどね。
で、ハンズ(栄)はやたら画材が減ったので(怒)やっぱり無くて。
名古屋までいきました。
でもこの時点でかなり消耗してたので、杵屋とやらでご飯、結構まずい。(笑失礼な

名古屋の額屋さんへ行こうかと思ったけど、なんだかもう、自分の身体が身体じゃない感じだったので、とりあえずハンズへ。
何せ今回は予算を押さえたかったから、既存してる安いやつを探してました。
で、マットを作ってもらって、前回より半額くらいでできたのかな?満足です。
今思うと、ネットで注文した方が早かったかもしれないんだけどね(^^;
やっぱり画材屋さんは自分でいかないと。

それから、出来心で、筆を買いました。今度の作品に使うのです。でもアナログじゃないよ。
そして、また出来心で。(笑)鳥獣戯画のクリアファイルを買いました。岡山じゃ買わなかったのに。(笑)しかもあんな印刷ごときにクリアファイルの元値がだいたいわかるだけに、むかつく。(笑)

そしてそして、マットができるまで30分かかったので、待っていたりしたら、疲れて常滑どころじゃなくなり。今日はボートもないから、やめようと、また友人にメールしたり。
(ひでぇ)
えーとごめんなさい。(礼)
行こうとは思ったけど、行って何かをしてる自分の姿が思い浮かばなかったです。
また元気な時にいきます。(疲)
それにしても相変わらずハンズは一つ一つがめちゃ高い。(笑)
しかも原稿用紙がいつの間にか少なくなっていたよ。(種類が)
ああでも、ペン先はあったけど。
このへんは、ネット注文にしようと思って、やめた。(だって紙って重いんだもん)

そしてこの暑い中、名古屋駅構内は全然冷房きいてる感じがしなくて。生暖かい風が・・・
おまけにバス3台も待ちました。

死にそうになりながら帰宅。
ノースリーブ状態で部屋にいるんですが、この寒さでも寒いと感じないのは、クーラー病?

・・・・・いかんですなー。

論文はどうなった。

今日はやらないです。(何せ眠いし、疲れたし、緊張したし。)そうやって先送りにするのがいけないのかも。でも明日はちゃんと帰ってきて、やります。うん。

展覧会。
今のところ予定しているのは3つで。増えるかもしれないし。
一番早い締め切りが何故か演習締め切りと重なるのだな〜(涙)
そして、次の締め切りはレポートと重なる・・・(涙)
そして次の締め切りはやるのならJUNCTION4あたりに絡んできそう。

わしズム。を立ち読みした。(買えって?

あいかわらず小林よしのりは変な人だ。いや、天才なのかもしれないが。
漫画などは読者が自分に都合がいいものを選んでいるにすぎないのだ。
みたいなことが書いてあった。
同感でもあるけど、書かせてください。
漫画とはそういうもんです。かなりな割合で。
けれど氏が言うような癒される漫画って何だろう。私は氏ほど戦っている人を知らないが、他の漫画家が戦っていないわけではないと思うわけで。
私はたぶん、この小林よしのりが好きなんだろう。(不本意ながら)
だってこんな濃い人。。。。(涙)
この人の書くことはいちいち最もだと思うだけだけど、この人に対する漫画があってもいいんじゃないかと思った。うまく言えないけど。なんだか、この人のは浮いてる。
というかそもそもわしズム自体、本屋さんで置いてあるジャンルが微妙なところに置いてあったりして。うまく言えないけど、「空の」なんちゃらっていうミステリが山積みにレジ前にあるより、わしズム置いてあった方が面白いと思う。空のなんちゃらってのは、私が気になっている推理もどき。上下巻な上、分厚くて読む気力が無いので、どうしようかと。(笑)

新しい人の本を読むときは、なかなか勇気がいる。
だって当たりかはずれかもわからないのに、高い新書を買うのって、買った後ハズレだと、買ったことに対するより、それをどうしようかという処理に困る。読むには嫌だし、でも結局もったいないから読んでしまって、それで後で後悔するんだ。(笑

あと個人的にはライトミステリが気になっている。青い鳥文庫。これは結構好きで、いろんな人のを読んでみたりする。どれを読んでもあまりハズレというのが無いのがうれしい。

でもライトが嫌いな人はだめ。

で、なんだっけ。わしズムの話か。これは面白いなと思ったのは、最初に刊行された時。ついに雑誌まで作っちゃったか〜というのが正直な感想。

戦争と関連して、今日どうしても読みたいけど、買ってもって置いておきたくないという本が(笑)すごい基準なんだけど。
「生きながら炎に焼かれて」・・・とかいう、オペラ座の怪人を思いださせるタイトル。
表紙もそんな感じなんだけども、ぜんぜん話が違う。
某中東あたりの(←イメージです)多分、少なくとも私が知ってる著名な国ではない。・・・の、女性が殺されるという話。すごい男尊女卑の世界で、女は馬車馬のように働かされ、子供を生むのも、女は2、3人いれば十分で、男を生むことを望まれているという、一昔前の日本のような。
それだけじゃなくて、恋をしたり、ちょっとデートをするだけで殺されるという(しかも肉親に)そんなノンフィクションだったわけだけども。
あまりにすごすぎて、思わず立ち読みを。でも全部はできなかったけど。
私には正直理解できませんが。そんなことがこの同じ地球上で行われているのかと思うと、そのことの方がショックで、しばらく、どうしようかと思ってしまった。
(私がどうしようかと思っても仕方ないが)
とりあえず、日本に生まれてよかったと思った。日本でも男尊女卑のケはある。というか、つい最近までその色は濃かった。
私たちの身近にもそういうことはあるし、現に未だに女性を蔑視している人はいる。意識的にしろ、無意識にしろ。それが正しいと掲げ。

でもまさか、親が決めた結婚相手以外と合うことすら、許されなくて、それでいきなり、肉親に火ぃつけられちゃって、!?えええええ。
えー。
えー。。。
嫌ですよ、いたいじゃないですか、怖いですよ、もう。泣けてきそうです考えただけで。もう考えることすら及ばないのだけど。だってそんなの嫌だよ。
自分が焼けるんですよ、焼かれるんですよ、生きているのに。(涙)
うえーごめんなさい。気持ち悪いですね。私も気持ち悪い。

私は古き良き習慣というのは、残すべきだと考えているのですが、たとえば昔からしてきたことも、全く意味の違ったものになっていたり、意味すら知らずに行っていることもたくさんあるのです。ちなみに、今度の絵のテーマはそんな感じなことも含めますけど。
(今度っていうか秋?)
祭り、というのがあります。夏祭。納涼祭。まぁ何でもいいです。(え?)
お盆に、ご先祖様が帰ってきて、それをお迎えするわけですが、これと夏祭りと何の関係があるのかと思っていたところ。
とある町の資料に。昔の水軍を鎮魂するため、とか、日露戦争の勝利をたたえたためとか、まぁいろいろあるんですわ。おおむね、祭り、というのは昔から鎮魂のためだったりするから、お盆に祭があるのもその所為かな、なんて思ったりして。
では何故盆に先祖を迎えるかというと、またまた別の話になるわけですが・・・

だからして話を戻すと、習慣と宗教というのは、本来ならば生活の一部になっているものだと私は思うわけで。けれど、その中に人が人を殺すことを肯定するものが存在するのかどうか、それがはなはだ怪しいと思うわけです。

・・・・・・ああ眠くなってきた。

そんなわけで、習慣の中にも変なもんもたくさんあるよ、とか。ま、それって理屈じゃ何の解決もできないんだとは思う。宗教と同じ。民間信仰というやつ。意味があるか無いかはやってる人にしかよくわからないし、意味なんか無くてもいいのかもしれない。意味がかわってしまっているものは、既に伝えられていない人間の無責任さを表しているし、それでもいいものも中にはある。
何が言いたいのかっていうと、どうして同じ人なのに、人を殺す権利があるのか、それがわたしにはさっぱりさっぱりわからんのです。

人を殺すということは、人とその人に連なるすべてを背負うというものです。
だから、そんな恐ろしいこと普通はできませんし。その人個人が死んですべてが変わるなんて夢物語はあり得ません。それでも裁かれるべき人間はいるし、それを裁く人間もいる。
不思議なことです。
何故、人と同じようなのが嫌いなんでしょう。何故、自らが優れていると思えるのでしょう。
私は事デザインや商品について優れたものを求めるのはわかるんです。「もの」ですから。
でも人は人間は、「もの」ではないので、そんな風に求めてはいけないのだと思います。
また自分を殺すということも、自分と自分に連なるすべてを自分が背負い、さらに自分の親しい人に背負わせていくということです。
だから、簡単に死にたいなどという人を私は嫌いです。死ぬ気があるならその命を私にくれと思う。私は恵まれているから、こんなことを簡単に書くのだと思わないで欲しいです。

お金があれば、いくらでも物は買えます。そしてお金は大切なものです。
けれど、命がなければ、お金を使うことも、何もできないのです。
命。
それが昨今のドラマやゲームでは安易に置き換えられているような気がします。
命、それを教えることのできる人が、この国にどれだけいるのでしょう。
命。ただ、いとおしいと感じるからこそ、厳しい現実を戦うこともできるのだと。
命、ただそれだけを、伝えることをしなくてはいけない。

命、ただそれだけを、思い出さなくてはいけない。
忘れてしまった、幾人もの悲しい目をした人間のような存在が。
人間もどき、がいてはいけません。人間にならなくてはいけないのです。

そんな風に思ったところで今日はおしまいです。
それではおやすみなさい。よい夢を。


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